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犬町・猫町情報



小学生時代の思い出    作:DH
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(75) 活動写真

 活動写真がやがてキネマ(或はシネマ)から映画と呼ばれるようになるかなり以前の話で、勿論、無声、白黒でカツベン(活弁)が活躍した時代である。客席のまだ前に弁士の席があり、有名な「東山三十六峰 静かに眠る丑三つ時、突如として起こる剣戟の響き・・」とか「春、南風のローマンス・・」などと言った名調子が言い伝えられている。


わが町には「電気館」と「春日座」の二つの映画館があった。但し「春日座」の方はその名前からも察しられるように、映画もやるが旅回りの芝居も出すの二刀使いで どちらかというと後者の方が主だったかもしれない。活動を見ると言っても専らチャンバラで、ストーリーも分からぬまま、斬った方が良い方で、斬られた方が悪なのだ。当時の主役として羅門光三郎、綾小路弦三郎、木暮月之介などの名前が記憶に残っているが、いずれも恰好良く強そうな名前ではないか。見て帰って暫くの間は興奮覚めやらず、エイ、ヤッと一人で物差しを振り回しては人を斬ったつもりになって喜んでいた。嵐寛十郎、片岡知恵蔵、市川歌右衛門など一流俳優のものは、こんな田舎町にはやって来ない。


その中トーキーが始まった。映画の題はもとより、ストーリーも何も覚えていないが、主演女優の顔がアップになって「あたし 淋しいの」と言ったシーンだけが強烈に印象に残っている。殊に「あたし」という言葉が耳新しく、フーン、東京の女性は自分の事を「あたし」と言うんだと感心するとともに、何だか背筋がゾクッとしたものだ。


田中絹代と上原謙の「愛染かつら」が大ヒットしたのは何時頃の事だったろうか。これ亦、記憶にあるのは看護婦姿の田中絹代がプラットホームで、汽車で去って行く上原謙を見送って(謙の方は絹代が来ている事を知らなかったのではないか)「浩三様~」っと叫ぶラストシーンだけである。尤も「花も嵐も 踏み越えて・・」の歌の方はよく覚えている。
 「絹代の初恋」という映画のポスターがどういう訳かわが家の中の壁に貼られていた事があって「初恋」の意味が分らないから、折から家に来ていた派出婦さんに聞いたところ「その中 大きくなったら分かるわよ、ウフフフ」と笑われてしまった。失礼な奴だ。


返す返すも残念なのは、エノケンの映画を殆ど見ていない事で、見たのは「ちゃっきり金太」ぐらいだ。「西遊記」なんか見たかったナ~。エノケンは逸話の多い一種の天才で、例えば走っている自動車の左のドアから飛び出して自動車を追い越し、右のドアからはいったとか、走った勢いで垂直の壁を駆け上がったばかりか、そのまま向きを変えて地面と平行に何メーターか走ったとか。特に見たかったのは映画ではないが彼の演じる「瀕死の蠅」で勿論バレーの「瀕死の白鳥」をもじったものだが、蠅取り紙に捕まった蠅がじわりじわりと身動きならなくなってゆく所をバレーでやったとかで観客は抱腹絶倒で涙を流しながら、その天下一品の至芸に酔いしれたそうだ。見たかったナー。


映画「愛染かつら」の一部と主題歌「旅の夜風」昭和13年
https://www.youtube.com/watch?v=TOlgIIhMwYk


道明 映画


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