FC2ブログ

読書と音楽の愉しみ


●多胡輝著「正岡子規 運命を明るいものに変えてしまった男
●ドナルド・キーン著「正岡子規」を読む

 図書館の近代文学本の棚には子規に関する本がどっさりあって,何を選ぶか迷ってしまう。今回は上記の二冊を借りたが、キーン先生の本は大部なので、チラ読みで終わってしまった。しかし、子規という人はだれもが評論したくなる魅力的な男だったこと、理解できた。


多胡氏の本を開いた途端に誤植を見つけた。本文1頁目、「辛い」を「幸い」に誤植している。著者、編集者のショックを想像する。ご両人、ヤケ酒煽ったでありませう。しかし、1ページ目でのチョンボは珍しい。
 この本は子規の生き方を人生論に置き換えて艱難辛苦の凌ぎ方を語っている。ちょっと子規を誉めすぎとちゃいます?と文句つけたくなるくらい。子規は伊予で育って上京し、東大へ入るが、そのときの同窓に夏目漱石や南方熊楠がいた。文学者として身を立てようと張り切っていたのに、二十歳くらいで喀血し、それは脊椎カリエスという難病に転じて、以後、34歳で亡くなるまでほとんど病人暮らしを強いられた。


晩年は、今で言う「寝たきり」生活に近い状態だから、不安や絶望感はいかばかりかと察するけど、子規はそんな境遇でも「自分には何ができるか」と、身辺へのささいな好奇心から文学論まで、考え事でアタマは年中フル稼働状態で過ごした。病院暮らしなら、結核感染のリスクから見舞い客との面会は制限されるが、子規は自宅療養だったので、門人、友人の来訪多く、それをいやがるどころか、歓迎した。客のない日はえらく寂しがったという。


キーン氏の論によると、子規は蕪村の俳句を高く評価し、芭蕉の作品にはあまり共感しなかったらしい。「写生」という概念を大事とした子規のスタイルから納得できるが、この辺は諸説ありそう。

 さて、芭蕉の最有名句は・・・
 
古池や 蛙飛び込む 水の音

 そして、子規の最有名句は・・・
 
柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺


この二句の印象を駄目男が簡潔に表すれば「それで ええやん」であります。解釈するからややこしくなるのだ。先日、何かの本?で目にしたのは「古池や、というが、池は概して古いものである。出来たての池など滅多にみることはない。では、なぜ、わざわざ古池というのか、云々」とあって、古池をあれこれ詮索する。柿食えば・・だって、なんで柿なのか、ミカンじゃ鐘が鳴らないのか、とセンサクしてもあまり意味がないと思いますけど。


これらの句がしょーもない等とは申しませぬ。世間の評価に合わせて名作だと思ってますよ。しかし、だったら、真剣に誉めてみよ、と言われると、んぐぐぐ、言葉がでないのであります。この「古池や・・」の句を完璧に誉めた論文ってあるのだろうか。あれば読んでみたい。(多胡本 2009年 新講社発行)(キーン本 2012年 新潮社発行)


正岡

正岡








スポンサーサイト