FC2ブログ

読書と音楽の愉しみ



●有栖川有栖著「幻坂」を読む

 書店員が選ぶ「本屋大賞」にはローカル版があるそうで、本書は昨年の「大阪ほんま本大賞」を受賞した。よって、本の中身は大阪がテーマで、幻坂とは天王寺七坂のことであります。その坂ごとに短編小説を書き、別にオマケ?なのか、芭蕉の終焉を描いた「枯野」と藤原家隆の日想観を描いた「夕陽庵」が添えてある。


七坂の物語で一番面白いのは「天神坂」。死んだことになっている中年女と私立探偵がこの坂を訪れ、客席わずか五席の小さな割烹を訪ねる。「ははん、あれやな」大阪人読者の半分くらいは気づくかもしれない。この店主が浪花割烹の親方、上野修三さん。「㐂川」の元オーナーであります。一度引退して、ここにある自宅の一部を改装し、小説のように、五、六人しか入れない小さな割烹を開いた。その店のありさまが描かれる。えも言えぬ味わいに舌鼓をうっていた女は、死んだことを忘れて?生気を蘇らせる・・という話。しかし、上野さんはこの店をたたんで、今は幻坂の幻の店になってしまった。


天神坂にはもうひとつ幻の店があった。芭蕉ファンなら誰でも知っている「浮瀬」(うかむせ)であります。芭蕉ファンでなくても、この店への憧憬をもつ人は多い。現に、下の写真のように当時の絵が残されているので、もし、元祖とされるこの料亭が再現されたらどんなに素晴らしいかと夢を描く。当時の浪花の文人たちが集っての宴会風景はどんなものだったのか。料亭の跡地は星光学院が買い取り、保存しているが、非公開なのが残念であります。


この店の主が俳人という縁で芭蕉は招かれた。大勢の弟子たちに囲まれて宴会になるが、この宴の意図は芭蕉の弟子どうしの不和を仲裁するためという鬱陶しいものだった。本当は大坂なんかに来たくなかったのだ。この「義理の旅」が結果的に「死の旅」になってしまった。

この席で二句を読んだ
 
此道を行く人なしに秋の暮れ
 此秋は何で年よる雲と鳥

華やかな宴席でも体調はよくなかったが、以後、医者の手当ての甲斐もなく、下痢が続いて体力衰え、一人でトイレにも行けなくなる。死を悟ったうえで最後に詠んだのが「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」浮瀬の宴会から半月後、10月12日に亡くなった。(平成28年 角川文庫発行)


幻 


天神坂にある案内板の画像「浮瀬」
幻坂 

幻






スポンサーサイト