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読書と音楽の愉しみ



●高橋輝次(編)「誤植読本」を読む

 誤植についての自分のイメージは、年中ドタバタの原稿作りをしている新聞や週刊誌に意外と誤植が無い(少ない)ことで、これは誉めてもいいと思います。なのに、少しは時間的余裕があるはずの一般の出版物に誤植がよく見つかる。特に、文学作品での誤植は、著者と編集者には大ショックで、見つけた日には眠れないほど気に病む。やけ酒飲んでも醒めたらジンジンと心が痛む。とても「ま、ええがな」気分にはなれない。


本書には、作家や編集者、のべ42名が誤植体験を綴っていて、その半分くらいは、ニヤリ、ガハハと笑える文章なのが楽しい。ガハハと笑える誤植例の一つが林真理子サン。まだ若かりし独身時代のエッセイで大ミスが発生した。原稿で「こういうふうな言い方をすれば、女性の心を動かすことができて」に続いて「イッパツできまる」と書いた。それが、本ではなんと「イッパツできる」となっていたのだ。うら若き乙女?にあるまじきエロ作文ではないか。カーッと頭に血が上った林サン、出版社に駆けつけて猛抗議したが・・。


作家、中村真一郎センセの話。尊敬する哲学者が翻訳本を出版され、中村センセにも一冊恵送された。その「あとがき」に哲学者は出版が遅れた理由を書いていて、それが「或る情事のため」となっていたのだ。「事情」を「情事」と誤植してしまった。著者も編集者も真っ青・・この本、どうなったのかしら。


外山滋比古センセの話。明治32年、歴史的誤植事件が起きた。読売新聞がロシア皇帝について社説に書いた文に「無能無智と称せられる露国皇帝」なる字句があって大騒ぎになった。原稿は全能全智であったが、原稿文字の崩し方がヘタで、文選工が全を無とまちがって拾ってしまった。それはともかく、国際的大事件だ。どうしたか。空前絶後の「訂正号外」を発行して、なんとか事なきを得た。はじめに、新聞は誤植が少ないと書いたけど、この大誤植事件の教訓が今でも生きてると好意的に考えたい。


誤植は絶対許さない、という印刷物がある。印刷と同じ歴史を有する聖書であります。それでも不幸なことにミスは生まれる。聖書の印刷でチョンボしたらどうなるか。関わった人は死刑になった。聖書に「人は誰でも過ちを犯す」という文言があったように思いますけどねえ。神は許すけど、人は人の過ちを許さなかったということです。


とても悩ましい誤植があると書くのは詩人の長田弘センセ。人一倍感受性が強く、一字一句にこだわる詩作に誤植なんてあり得ないはずですが、それが・・ある。あった。センセの「貝殻」という作品の一行・・・

涙が洗ったきみやぼくの苦い指は

しかし、印刷された詩集では次のようになっていた。

涙が洗ったきみやぼくの若い指は

 苦い指が若い指に誤植されていた。許せる? 絶対許せない。地図で言えば、北海道と九州の位置を逆にしたくらいの大間違いだ。センセは即、編集部にミスを指摘し、友人知己には「若い指は苦い指の誤植です」と触れ回った。ところが、である。詩に造詣の深い友人知己の反応が意外だった。みんな「苦い指より、若い指のほうがいいじゃないか。苦い指では感興が浅くなる」というのだ。センセは誤植だけでもどーんと気分が落ち込んでいるのに「誤植のほうが良い」なんて言われて、さらにどどどどど~んと落ち込み、詩人のプライドはぐわらぐわらと崩壊した。


で、どうなった?。長田センセ、誤植を是としたのであります。何百回も苦い、若い、のあいだを彷徨しているうちに、誤植の「若い」指のほうが詩的に優れていることを認めた。たった一字の違いにどれだけ悶々と思い悩んだか・・ご本人しか分からない苦悩であります。誤植は悪である。しかし、万にひとつ、こういう想定外のどんでん返しもあります。


複数の作家が誤植について同じ悩みを書いている。熱心なファンがいることはとても有り難いけど、なかには誤植探しに熱心なファンもいるというのだ。新刊が発行された。著者が最初に目を通して不幸にも誤植を見つけてしまった。十分に落ち込んでるとしばらくして「熱心な読者」から手紙が届く。「先生におかれましては既にご存じのことと拝察しておりますが・・」と丁寧な文章に〇〇頁の何行目、〇〇頁のどこそこに誤植があります、と指摘してくる。著者は読者より先に目を通して誤植を見つけ、ガックリきているところへ読者に追い打ちされる。傷口に塩を擦り込まれるってこのことだ。しかし、その読者には御礼と感謝の言葉を連ねて返事を書かねばならない。嗚呼・・・。


と、他人の誤植話を楽しみながら、ならば、駄目男の文の誤植(誤字・脱字)はどないやねん、と言われると、無論「あり」としか言えない。掲載前に読み直し、掲載後でも気づいたら訂正しているけど、ゼロにはならない。なのに他人の作文(ブログ)のミスは気づいたりして・・。もしや、人間には「誤植病」という不治のビョーキがあるのではないか。(2013年 筑摩書房発行)

 誤植読本







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