閑人帳



●絵と写真で見る「大阪大空襲」

 大阪城公園の南端、中央大通り沿いに「ピース大阪」という施設があります。大阪の戦時中の空襲の記録や市民の暮らしぶりを展示する施設です。現物資料は少なくて、写真や市民が描いた絵画が中心です。 戦前生まれの人(昭和15年までに生まれた人)が見たらライブ感はなかなかのもので、気が滅入ってしまいますが、戦後生まれの人が見れば単なる紙情報として見るだけなので「こんなもんか」という感覚で見ることができます。


たくさんの写真を見たら、当時6歳だった駄目男の記憶がよりリアルに再現できるのではという期待があったのですが、自分の記憶と展示写真の合致する場面は、四天王寺の五重の塔が炎上、倒壊する場面(当時は四天王寺の南300mくらいのところに住んでいた)と市内中心部(今の中央区)にB29爆撃機が墜落した現場へ見物にでかけたことの二つくらいしかない。


昭和20年は、3月から8月までに計8回の大規模空襲があり、大阪市や堺市、尼崎市などが灰燼に帰した。(大規模空襲とは一回に100機以上の爆撃機、戦闘機による攻撃があることを指す)

ピース大阪の案内
http://www.peace-osaka.or.jp/


四天王寺五重塔 歴史上、実に八回目の炎上、倒壊。(七回目は室戸台風による倒壊)この場面で写真を撮っていた人がいたことに感心。
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「火の雨」と称された焼夷弾の軌跡。
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本町交差点から南方を見る

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焼夷弾でボコボコにされたJR環状線 森ノ宮駅ホーム
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難波から北方向の焼け跡風景。 遠方、中央左寄りが大丸百貨店。右手の和風建物は「中座」?
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終戦前日の8月14日に京橋駅で爆撃に遭い、数百人が亡くなった。遺体をトラックにのせているところ。
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堺市の空襲で街は火の海になり、追い詰められて次々土居川に飛び込み、溺れ死んだ。

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中央の建物は中央公会堂。その右は府立中之島図書館。爆弾の水煙と機銃掃射の水煙(右側)が同時に起きることはあり得ないけど、作者の実感はこの通りだった。
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焼夷弾の実寸模型。焼夷弾は日本の木造家屋を焼き払うために開発されたアイデア商品。長さ50センチで六角形のものが38本セットされている。鉄バンドで結束されてるが、地上500mでバラけると同時に着火する。屋根瓦を突き破って室内で破裂し、もえやすいナパームをまき散らして燃え広がる。尾部に麻布があって落下方向を安定させる。これに火がつくと写真のような「火の雨」に見える。

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