閑人帳



●こうの史代著「この世界の片隅に」を読む

 昨年11月末に映画を見て原作ではどんな描き方をしているのか興味があったが、偶々、「まちライブラリー」で見つけたので借りました。 前編・後編で約400頁、表現にもいろいろ工夫があって丁寧につくられています。感心したのは戦時中の世相、生活のこまごましたところをずいぶん詳しく調査したことが伺え、情報の密度では映画より勝ると思いました。著者はまだ50才まえで、戦争体験などあるはずがないが、そこは丹念に調べ尽くしたうえで、恐らく何度も修正しながら描いたものと思われます。軍艦や飛行機をええ加減に描くと必ずクレームがつくので、さぞかし気を使ったことでせう。


空襲や食糧難という最悪の環境なのに、人々は平常心を保ち、ユーモア感覚も忘れない。これは著者が意図的につくった場面ではなく、実際の生活もそれに近かったと思われます。呉の町外れのすずさん宅より10倍くらいヤバイ環境だった自分の生活も、家人や周辺には恐怖で気が狂ったり、ウツになった人はいなかったと思う。明日死ぬかもしれないという予感はあっても、だからといってどうしようもないとなれば、明日の死に怯えるより、今夜のメシをどうするかのほうが大事であります。心配や恐怖も、繰り返してるうちに「慣れ」が生じてしまうこともあるでせう。


後年になって気づいたことは、人は意外に死なない、しぶとい、ということです。大阪空襲の場合、大規模な空襲だけで延べ8回、一回あたり、300~500機の爆撃機や戦闘機が来襲してテッテー的に街を破壊し、焼き尽くした。それでも死者は1~2%でおさまった。しぶといというしかない。安全が保証された逃げ場所なんかないにもかかわらず、です。


左巻の連中がこの本を読めば、話が甘すぎると不快になるでせう。しかし、著者の意図が奈辺にあるのかはともかく、戦時中の庶民の生活感覚としては納得できる。それがいえるのは昭和15年までに生まれた人だけですが。著者は、そのハンディを埋めるために多くの資料で学習した。
被災当事者なのに恣意的に描いた「はだしのゲン」とえらい違いです。


大阪市都島区あたりが炎上中。画面中央上は大阪城(右が北)右のエンジンが破損している?
この世界の


コミックのB29の画。上の写真と比べても、かなり正確に描いてることがわかる。
この


焼き尽くされたミナミ。左下が南海難波駅と高島屋。中央に「大劇」と
「千日デパート」(ビックカメラ)右下は松坂屋(高島屋東別館)
この





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