閑人帳



●安楽死は是か非か・・日本も議論を始めるべき

 「文藝春秋」昨年12月号で脚本家の橋田壽賀子さんが「私は安楽死で逝きたい」を掲載したら大きな反響があった。なかなか積極的に言い出しにくいテーマを91才の橋田さんがキッパリ公言したことで大きな説得力があった。そこで、編集部ではあらためて有識者(文春と付き合いのある人)にアンケートを試み、60名から回答を得た。


問いは
A・安楽死に賛成か
B・尊厳死に限り賛成か
C・安楽死、尊厳死、に反対か、 の三択。
これに短いコメントを加えてもらって回答とした。

■大半が安楽死、尊厳死を望んでいる
 結果はどうだったか。60名中、安楽死に賛成が33人、尊厳死に限り賛成が20人、安楽死、尊厳死に反対が4人、選ばず、が3人だった。60人中、53人が安楽死または尊厳死を認めている(求めている)。しかし、不治の難病を患ってる人がみんな安楽死を求めているとは限らない。回答者の一人、元学習院大学の教授、篠沢秀夫氏は自ら重いALSの患者だが、この病と闘う気概があり、安楽死、尊厳死を拒否している。


安楽死、尊厳死を是とする人の考えをまとめると・・
・人は出生に関しては選択の自由がないが、死ぬときは自分の意志を貫きたい。
・重い認知症やひどい苦痛に襲われる前に、自分の人生の最後はこうあるべきと決断し、ベターな処置を医師等に依頼しておきたい。
・回りに迷惑をかけたくない。単に「生きてる」だけでは無意味である。
 安楽死、尊厳死に賛成の人は、肉親など身近な人の終焉を見たことがあって、自分もこうありたい、または、あのような末路は真っ平ご免と体験で語るケースが多い。逆に、反対論の人は、人はすべて自然死するものであり、自分自身や回りの者の意志で死期を決めるなんて傲慢である、といった死生観を優先させている。


一般人を対象に世論調査しても、このような「安楽死は是」の結果は覆らないような気がします。但し、自分の死をどこまで真摯に考えての判断なのか、少々怪しいけれど。人間、60才を過ぎたら、誰しも自分なりの死生観をもつべきと思いますが、考えたことがない、考える気もしない脳天気な人もいる。まあ、人生まるごとミーハーで終始するのも悪くはないでせうが。


多くの人が安楽死を是としても、日本では残念ながら不可能です。本人の固い意志や、身内の強い懇願があったとしてもアウトです。現状では医師が告発され、有罪になる例があるだけで、安楽死=無罪の例はない。しかし、尊厳死の場合はたくさんの実績?が積み上げられており、すでに社会的に認知されている。いずれは、安楽死と尊厳死の境目があやふやになることも考えられます。


橋田壽賀子さんは、自筆で遺言書を書き、回復の見込みのない病気や認知症になった場合、安楽死したいと望み、それを叶えてくれる施設を探したけど、なかなか見つからなかった。先進国といわれるベルギーでも審査が厳しくてパスしそうにない。ようするに、安楽死を望むにしては、橋田さんはアタマも身体も健康過ぎる。これが大弱点なのです。さりとて、ボケてしまってからでは意志の確認が難しい。それでも橋田さんが有利なのは、貧乏人と違って、ベルギーやスイスという安楽死先進国?を選ぶだけのお金があることです。人生の店じまいにおいても経済格差が表れる。貧乏人は死に方の選択肢がすくない。


■安楽死の現場を見た
 今回の安楽死特集は70頁もあって、いろいろな視点から人生のラストシーンを見つめ、問題点を書いている。宮下洋一氏のレポートには著者が安楽死の現場を見たときの生々しい場面が綴られている。

 英国人の81才の老女は、英国は安楽死を認めないのでスイスで最期を迎えた。夫に先立たれ、身寄りがない。かつ、末期ガンの患者だった。
 以下引用 ~260頁~ 
医師から数々の質問をされ、それでも安楽死(自殺幇助)の決意は変わらなかった。自らの81年間が「良き人生だった」と口にすると、老婦の目から涙が溢れ出た。そして、その人生が身体の衰弱によって失われることは避けたいと断言した。
(略)女医が最後に質問した。「これからあなたに何が起こるか、分かっていますか」老婦は一瞬、たじろぐ姿も見せたが、しっかりした声で答えた。「はい、私は死ぬのです」女医が心の用意ができたら点滴のストッパーを開くように伝えると、老婦はためらわずに致死薬を体内に流し込んだ。それからわずか20秒、老婦の口が半開きになり、頭部が右の枕元にコクリと垂れた。まるでソファでうたた寝をはじめたかのようだった。

 橋田さんがこのレポートを読んだら「ん!スイスに決めた」と大喜びするかも?しれない。


■安楽死承認が生きる力を与えることもある。
 重い病や障害をかかえ、なお精神も病む人は自殺願望が強い。このような絶望感をもつ人に安楽死承認の判断を下すとどうなるか。すぐ死にたいと思う人もいるが、逆の判断も生まれる。いつでも死ねると分かったら、今の生を大事にしようという欲が湧く。少なくとも自殺はしなくてよいのだという安堵感が生まれる。安楽死承認にはこのようなポジティブな反応もあることが分かった。


昨年のリオ・パラリンピックの陸上競技でメダルをとったベルギーの女子選手は「進行性脊髄疾患」による苦痛から安楽死の承認を得ていたが、これによる安心感が「今、がんばらなくては」の意欲を起こさせ、素晴らしい成績を獲得した。安楽死承認が大きな安堵感となって競技に専念することができた。自分の死は自分で決めるという自由がハンディを克服させた。とはいえ、当のベルギーでもスイスやオランダでも、安楽死に対する考えはまだバラバラで、実績を積むほどに問題点も浮上しているというのが実情である。それを承知の上で、日本でも議論をはじめることが求められている。すでに現実になった、高齢化、大量死の時代。なのに、安楽死問題どころか、死に関する話題を「縁起でもない」と火葬場の建設にも反対するアホな某県某市民もいる。


安楽死 





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