ウオーキング・観光



●龍馬がつないだ二つの天保山

 大阪市港区の天保山公園に、近年、新しいモニュメントが加わりました。木造の灯明台のような記念物に「ここが坂本龍馬とお龍の新婚旅行出発地」という説明があり、二人の旅行は日本で最初の新婚旅行だそうです。伏見の寺田屋で難を逃れた龍馬は傷の手当てのあと、お龍と淀川を下り、ここ天保山から薩摩藩の「三邦丸」という英国でつくった軍艦にのって鹿児島へ向かいます。


そして着いた先が鹿児島市の天保山。ありゃ、こっちも天保山かいな。カップルは驚いたかもしれません。但し、大阪の天保山は「てんぽうざん」ですが、鹿児島のは「てんぽざん」と読みます。なんで同じ名前なのか。両方とも天保時代に、そばの川の底をさらって土砂を積み上げ、山にしたからです。大阪は安治川、鹿児島は甲突川、いずれも河口に築いた小山です。


さらに共通しているのは、両方とも山に砲台を築いたことです。大阪の天保山砲台は安治川に進入する外国船を撃つため、鹿児島の砲台は錦江湾に入る外国船を撃つためです。いかにも幕末らしいインフラ整備。
 では、本当に役立ったのか。大阪の天保山砲台は出番がなかった。しかし、鹿児島の天保山砲台は大活躍します。あの「薩英戦争」の火ぶたはこの砲台からの射撃ではじまったのです。英国の艦隊と1~4キロの距離をおいて激しい撃ち合い。大砲の性能では英国の方が最新式だから負けですが、それでも薩摩軍は訓練の成果が出て善戦します。


勝負はいかに・・・薩摩軍はボロ負けと書く本もあるけど、五分五分とする資料もある。大砲の性能は英国軍のほうが良くても、揺れる船からの射撃は命中率が落ちる。その点、陸から撃つ方がずっと有利です。
 閑話休題、鹿児島の天保山についた龍馬カップルは遠く高千穂あたりまで旅したという。波瀾万丈の人生のなかで、わずかに安らぎの日々を送った二人でした。鹿児島の天保山公園には二人の銅像が設置されていて大阪よりずっと待遇が良い。ま、それは龍馬と薩摩藩の関係から当然だと思います。でも、こんなに共通点があるのだから、地元の町どうしで交流して、両方とも今はぺちゃんこの天保山を観光で「盛り上げる」のも楽しいのでは、と思います。

薩英戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E8%8B%B1%E6%88%A6%E4%BA%89



大阪の天保山公園にあるモニュメント
天保山 


同説明文
天保山 


幕末の浮世絵に描かれた天保山灯台
天保山 


鹿児島の天保山公園に建つ龍馬カップルの銅像と公園風景
天保山 


天保山 


同地図
天保山 




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