読書と音楽の愉しみ



●早坂茂三著
「田中角栄 頂点を極めた男の物語」を読む

 戦後に就任した総理大臣の中から有能ぶりでベスト3を選べと言われたら・・吉田茂、池田勇人、田中角栄を挙げます。世論のおおむねはこの三人ではないでせうか。次点で、大平、佐藤、中曽根、などの名が浮かびますが、昭和に活躍した人ばかりなのが残念。


そんななか、田中角栄の業績、人柄を見直すような本の出版が続いている。石原慎太郎の「天才」はベストセラーになりました。本書は角栄の秘書、早坂茂三が書いたもので、このあと角栄に関する本を数冊書き、老後の生活の糧にした。但し、あのロッキード事件に関しては、ほぼ知らん顔している。難しい政策論ではなく、角栄の人物像に的を絞って書いてるので読みやすく、楽しい。


田中角栄=土建屋、のイメージが強いけど、実際、14歳から東京へ出て土方をはじめた。土工や大八車での荷物運びで日当は50銭。これが昭和9年ごろで、現在の日当が1万円だとしたら、2万分の1になる。そんなミジメな生活のなかでも夜学に通うなど、猛勉強して建築、土建の知識を身につけた。この頑張りが権力の座に着く礎となった。地元、新潟で国会議員に選ばれてからはとんとん拍子の出世。中央のエリートからはバカにされたが、やがて、そのエリートたちが田中の下で喜々として働くようになる。天性の「人たらし」と無学歴を補って余り有る猛勉強のおかげである。地味な勉強の方は話題にならなかったけど。


著者の早坂は早稲田出身で「東京タイムス」という新聞の記者だった。なんとなく波長が合う付き合いになり、ある日、田中から「お前、わしの秘書にならんか」と声をかけられる。このときから二人は運命共同体になった。23年間、著者から見て、田中は総理ではなく「オヤジ」だった。このスタンスはオヤジが地獄へ落とされても変わらなかった。


コンピュータ付きブルドーザーなどと呼ばれて、日本のインフラのベースをつくったほか、日中国交回復など、業績は多いが利権や汚職のネタをばらまいたことも事実。未だに悪しき伝統は消えない。権力のトップに登り詰めても、私生活では「田舎のオヤジ」気風は抜けなかったようで、食べ物の嗜好でいえば、料亭のグルメなんか大嫌い、さんまの焼き物に大根おろしをたっぷり載せて・・の「子供時分のご馳走」を好み、フォーマルなパーティでもこれを持ち込んで参会者を困惑させた。ある高級料亭で出された白魚の躍り食いでは女将に「これはメダカか?」と真顔で尋ねて女将をがっかりさせたそうだ。世上言うところのグルメには全く興味がなかった。フランス料理なんか、大嫌いだった。


せっかちで、暑がりで、冬でも扇子をパタパタさせることがあることも知られていたが、実は、男性では珍しいバセドー氏病を患っていた。仕事でカッカするのも、扇子パタパタもこの病気のせいらしいが、幸いメルカゾールという良い薬があり、某医師がこれを適切に投与して体調をコントロールした。症状が進むと眼球が飛び出してきて人相が変わるなど、やっかいな病気である。


義務教育終了だけの学歴で総理大臣まで登り詰め、しかし、犯罪被告人として地獄へ転落の憂き目も味わったなんて希有の人生を送った人物は恐らく彼だけに留まる。国家の発展のためによく頑張ったが、裏で悪事も働き、失敗もした。そんな評価は伊藤博文や山県有朋にもなされる。しかし、100年を経たら、なぜか悪事のほうはだんだん影が薄くなるのが常である。昨今、再評価されているように、田中角栄なんか大嫌いと嫌悪する人は、年月を経て少数派になりそうな気がする。本書は石田俊雄さんより拝借しました。(2016年6月 PHP研究所発行)



田中角栄本



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