読書と音楽の愉しみ



●大原哲著「先駆け! 梅田雲浜」を読む

 立派な仕事をしたのに、当人にスター性がないために埋もれてしまってる人物がいる。幕末から維新へすすむなかで、吉田松陰とおなじ思想で活動しながら、地味侍で終わってしまった梅田雲浜(うんぴん)の生涯を描く本であります。


著者はアマチュアで、本書は恐らく自費出版と思いますが「文芸社」からの発行となれば百万円以上の費用がかかったと思われます。趣味道楽にしては高価だけど、熱のこもった文章からみて、ご本人も満足の行く出来栄えだったでせう。自分史よりずっと有意義な出版です。


梅田雲浜は若狭、小浜藩の藩士、著者にとっては郷土のヒーローです。文武両道を修め、国家の役に立つ人物たらんと若いじぶんから京都、江戸で学び、インテリタイプの侍に成長しますが、思想は明快に勤皇思想。それはよしとしても佐幕派の小浜藩では次第に煙たがられるようになり、ついに除籍されてしまう。ただの浪人に落ちぶれてしまった。


それでも彼の思想に共鳴する武士は多く、京においては勤皇派のリーダーとしてブイブイ言わしたらしい。当然、幕府の気に入らない。井伊直弼が悩みまくった挙げ句に日米通商条約に調印すると、勤皇派はさらに反幕府行動を強めるので、リーダー格の人物を次々引っ捕らえた。吉田松陰、橋本左内、梅田雲浜・・これが「安政の大獄」。雲浜は45歳で獄死(本書では毒殺されたと記す)。吉田松陰、橋本左内は斬首。

松陰の辞世は・・
 
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし大和魂

雲浜も辞世といえる歌を詠んでいるが、松陰作ほどかっこよくない。また、松陰は著作物をたくさん残して後輩たちへのテキストにしたが、雲浜は摘発を恐れて自ら処分してしまった。この違いは大きい。業績を示す資料がかいもく無いと著者は悔しがるけど、気持ち、分かります。


司馬遼太郎が吉田松陰を小説や随筆でたびたび取り上げたのは、松陰や長州の情報が豊富にあったからでせう。これが松陰の知名度を高め、その効果は長州、萩の観光客動員数の多さにも表れた。もし、雲浜がネタをたくさん残しておれば、当然、司馬遼太郎の気を引き、作品に主役として登場させたかもしれない。ならば、若狭小浜の町も今よりずっと賑わっていたはず・・。本当に惜しい。(2016年6月 文芸社発行)

umeda unnpinn





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