読書と音楽の愉しみ



●氏家幹人著「大江戸死体考」を読む

 書名の通り、おどろおどろしい内容であります。時代小説に詳しくない人でも名前は知っている「人斬り浅右衛門」こと、山田浅右衛門が活躍?した時代の「死体の扱われ方」を詳しく記した本です。
 今じゃ、道ばたに犬や猫の死骸さえめったに見かけなくなりましたが、江戸時代は道ばたやお堀、川に死体を見かけるのは日常的光景でした。あの「四谷怪談」の戸板がえしのような場面も大ニュースではなかった。死体は自殺や心中、行き倒れによるものが多いけど、強盗や辻斬りで殺された者もいる。タテマエとしては奉行所が捜査することになってるけど、数が多いと処理しきれずに放置されることもままある。死体=粗大ゴミ扱いの時代でした。


そこで思い出すのが爆笑落語「らくだ」です。フグの毒に当たって死んだ貧乏男の死体を友人が背負って大家の家へ出かけ、びっくりさせて酒をせびる話です。こんなの、実際にあったら腰を抜かしますね。
 しかし、江戸時代も進んで平和が続くと、辻斬りのような無意味な殺人は減ってくる。すると、武士なのに人を一度も斬ったことがないという人が増えてくる。さりとて、刀の手入れは怠ってはならず、常に斬り合いの準備は必要だ。ハテ、俺の刀は実戦で本当に役立つのか。切れ味は大丈夫なのか。(わら人形をいくら斬っても、実戦感覚は得られない)


で、浅右衛門の登場であります。彼は浪人という武士社会ではフリーターの立場だったけど、刀の鑑定ができるだけでなく、刀の「切れ味テスター」でもあった。実際に人を斬って切れ味の評価ができる。こんなエグイ人、そこらへんにいませんよ。なので、人斬り淺右衛門と呼ばれた。
 人体を使っての試し切りやなんて、どどど、どうやってテストしますねん! そのオソロシイ場面がたっぷりと説明してあるのですが、割愛。


一つだけネタを明かすと、テスト用人体は刑場で首をはねられた罪人だった。これをモノとして扱い、依頼品の刀の切れ味テストをした。かくして、淺右衛門が職業として斬った人体は3000人にのぼるという。(もっと多い先輩がいた)なんと因業なプロフェッショナルでありませう。
 牛や豚を処理する職人、業者でさえ、永く非人として差別視されたのに、彼は人体を扱ったのだから最たる極悪非道人間である。世間でもの凄く蔑視されて当然であります。本当にそうだったのか。


違うのであります。山田家は九代続いたが(公には八代)貧乏暮らしなどではなかった。鑑定や試し切りの依頼人は一般武士だけでなく、将軍、大名もいたから高額の料金が得られた。そして、何と言っても有利なのは「オンリーワン」ビジネスであること、他の業者と相見積もりなんてなかった。
 その上、もう一つの独占事業があった。死体から取り出した肝や腎臓や睾丸などを加工して、高価な薬品、健康食品として販売した。これもライバルなしだから飛ぶように売れた。かくして、江戸末期には敷地一万二千坪を有する大屋敷に住む身分になった。ただし、本当の身分は「浪人」のままだったけど。


明治時代になって、ついに山田家の最期がくる。明治13年、法改正により、死刑は斬首から絞首刑に変わって仕事は途絶えた。斬首制度の最期に浅右衛門が手がけた罪人は、知る人ぞ知る「高橋お伝」だった。(1999年 平凡社発行)


処刑される高橋お伝
大江戸死体

大江戸




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