閑人帳



●感動シーンの裏側を読む


オバマ 


 オバマ大統領が広島の原爆記念碑を訪れたとき、二人の老いた被爆者と対面した。写真はそのうちの一人、森重昭氏との対面シーン。森氏は英語で挨拶しようと思っていたが、本番では緊張のあまり、言葉が出なくなってしまった。それを察した大統領が、緊張をほぐすように森氏の背中をやさしく撫でる・・それがこの写真になった。


森氏自身、被爆者である。しかし、森氏が40余年、ひたすら続けて来たのは、広島で原爆死した米国兵捕虜12名の身元探しだった。終戦の一月ほど前、空襲で飛来したが撃墜され、山口県へ降下したところで捕まって捕虜になり、広島へ移された。運悪く、そこが爆心地近くで、彼らは全員死んだ。もとより敵国の人間だし、誰もが無視し、忘れてしまったのも仕方ない。


しかし、当時8歳だった森氏は長じてこの米国兵捕虜の死を知り、彼らの身元調査をはじめる。残された遺族の悲しみは敵も味方も変わりない・・が発想の原点だけど、歴史研究マニアの「知りたい」願望もエネルギーになったにちがいない。組織に頼らず、たった一人で調べること40年、ついに遺族のリストが出来上がった。その成果を『原爆で死んだ米兵秘史』という本で著した。


しかし、これをどうしてホワイトハウスへ伝えればいいのか。この課題で大きな役割を果たしたのが広島テレビの社長、三山秀昭氏(69)である。氏は、読売新聞のワシントン支局で特派員として活動し、のちに政治部長を務めたジャーナリストである。ホワイトハウスを訪ねるのは「まいど・・」の感覚だろう。


広島TVはローカルTV局として「オバマへの手紙」キャンペーンを行い、知事や市長から一般市民まで幅広く意見を募って請願資料とし、三山社長自らホワイトハウスへ持ち込んだ。その中に森氏の 『原爆で死んだ米兵秘史』の英訳文もあった。強い思いを込めた手紙の数々であるが、内容は「追悼のために広島へお越し下さい、現地を一度見て下さい」の願望であり、米国に謝罪を求める手紙はなかった。被爆当地の市民の思いが怨念より「赦し」のトーンになっていた。(意図的に謝罪要求の手紙を排除した疑いもあるが)


オバマ大統領の広島訪問実現は、日本政府や安倍首相だけの功績ではなく、森氏や三山氏はじめ、広島市民、県民の草の根的ジミな運動の成果でもある。声高に反戦や平和を叫ぶことしかしらない人や団体は、もう地元でも受け入れられない。


新聞各紙の論説は、オバマ訪問を概ね肯定するものだったが、朝日は例によってイヤミな書き方だ。

5月28日社説の中段
「アジアでは、原爆は日本の侵略に対する「当然の報い」と考える人が多い。オバマ氏の広島訪問にも「日本の加害責任を覆い隠すものだ」といった批判が韓国や中国で相次いだ。戦禍を被った国々と真摯(しんし)に向き合い、戦地での慰霊といった交流の努力を重ねる。日本がアジアの人々の心からの信頼を得るには、その道しかない」。


「アジアでは、原爆は日本の侵略に対する「当然の報い」と考える人が多い」だと。朝日新聞のいうアジアとはどの範囲をさすのか。中国と韓国以外はアジアではないのか。中韓以外のどの国が「原爆投下は当然の報い」と言ってるのか教えてほしい。朝日が言いたいのは、オバマが広島で謝罪しないのは了とするが、日本はアジアにおいて永久に許されない加害国であり、謝罪を続けるべき、ということだ。もうウンザリする、朝日式ワンパターン反日作文です。情けない。


引用・参考情報
http://shasetsu.seesaa.net/archives/201605-2.html
http://blogos.com/article/177299/

森氏の仕事に関する情報
https://www.youtube.com/watch?v=l2mYQgD5X00
https://www.youtube.com/watch?v=fflq6vLg1Aw


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