読書と音楽の愉しみ



●井上ひさし著「わが友 フロイス」
 川崎桃太著「続・フロイスの見た戦国日本」を読む

 さしたる期待もせずに手に取った本が予想外に面白かった、ということがままあるけど、本書もその例。ルイス・フロイスとの最初の出会いでもあります。2冊読んだのは、井上本が手紙文形式でフロイスの人となりを伝え、川崎本がフロイスの著した「日本史」の断片を取り上げていて、合わせてフロイスの業績が理解できるからです。


フロイスはまじめで誠実なキリスト教宣教師である半面、好奇心満々にして饒舌という「神のしもべ」らしからぬ性格の持ち主であったらしい。見たこと、聴いたことを即時に文章化できる能力に長けているために、膨大な記録が生まれ、16世紀、日本の戦国時代の歴史編纂に大きな役目を果たした。もし、彼がいなければ、織田信長や豊臣秀吉の人物像が少し違ったものになっていたかもしれない。戦国時代をヨソ者の眼で観察した貴重な記録を残した。


せっかく、遠いポルトガルからやってきたのに、日本は戦国乱世のさなかだった。フロイスにとっては不運だったが、得もした。外国にものすごく関心が高い、信長と秀吉にサシで面会できた。それも儀礼的な対面では無く、自由にモノが言えるフランクな対話ができた。

伏見城で秀吉と面会したときは、こんな会話があった。
 秀吉「予に多くの側室を持つことを許すなら、キリシタンになってもよいぞ」と言うと、フロイスは「殿下、そうなさいませ。殿下一人が地獄へ行っても、日本人は助かりますから」秀吉「ぷはは」ぷはは、は駄目男のオマケでありますが、普通なら、即時、首が飛ぶところでありませう。フロイスは、内心、秀吉を嫌悪、軽蔑していたが、そんなことおくびにも出さず、チャラけた会話もした。


宣教師たちは使命感に燃えて、一所懸命に布教活動をしたが、成果はイマイチだった。一番の難儀は、権力者がほとんど気分で、キリスト教を許したり、禁止、弾圧したりと、めまぐるしく変えたからである。いらついたフロイスは、本国あてに「艦隊を送ってくれ」とか、信者を守るために「砦を築きたい」と請願して、およそ、平和の使徒らしからぬことを言いだし、すべて却下されている。まあ、気持ちは分かりますけど。


フロイスには、相手を見て瞬時に性格を見抜く感受性の鋭さがあり、彼が書き残した、信長や秀吉、明智光秀、石田三成といった大物の人物像は、現在、私たちがイメージしている人物像と変わらない。(むろん、好き嫌いはあるけど)信長を討った光秀は悪人としつつも、無益な殺生はしなかった、まっとうな人間性は認めている。


あれこれ言いたいことがいっぱいあって、本国に手紙を出すと言ったって、片道2年、3年かかる。返事がくるのは数年後になる。途中で遭難、沈没も普通に起きる。今じゃ考えられない不便な時代、それでも布教活動をやめなかった意思の強さには感心するばかりであります。


その間に、フロイスは日本で見聞、経験したことをマメに記録し、欧州人による「日本史」にまとめた。その膨大な資料を発見し、コツコツ日本語訳本をつくったのが川崎桃太氏だった。ライフワークになった、この地味な仕事にも敬意を表します。(井上本 1999年 ネスコ発行・川崎本 2012年 中央公論新社発行)


フロイス

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