大阪日暮綴


●「絵図っておもしろい」展見学 ~吹田市立博物館~

 日本全体の古地図と吹田周辺の絵地図を集めた展覧会。村の絵図は、田んぼの区割りや水利関係の地図が主で、これは個人の利害に直接関わることだから、正確に表示する必要があり、どうしてもサイズが大きくなります。最大は吹田村の一部の詳細図で3m四方くらいあって大変な労作です。ということは、どの村にも、地理の詳細を把握し、絵図を描ける人がいたはずです。そんな人の苦労話なんかが残っていたら面白いでせう。撮影禁止なので、残念ながら絵図の写真は撮れませんでした。


日本全体の地図で一番古いのは「行基図」と呼ばれるものですが、8世紀において日本国の地形の概念があったのか疑問です。後世、行基という当時のスーパーマンの名声に託したブランドであって、行基自身が地図をこしらえたとは思えない。そもそも、どうして情報を集めたのか。


しかし、農業の開発や戦争の企ては地図なしではできないので、不正確ながら地図は作られた。そして、家康が天下を取ってから日本地図は急速にリアルになってきます。幕府は各藩の藩主に自領の「藩図」を提出させ、これをつなぎ合わせて列島地図をつくった。各藩は狭いから比較的正確な地図をつくることができます。最大300くらいの藩があったから、これをつなぎ合わせるのはパズルづくりみたいだった?  江戸幕府のオフイスで、各地から送られてくる地図を縮小して描き、これをつないでいく。昔は「地図の上は北」という概念が無かったから、向きをそろえるだけでも苦労したでせう。


何度も作り直し、江戸時代後半になると、測量なんかしないのにリアルな日本地図が出来ました。但し、北海道だけは情報不足できちんと描けませんでした。その後、伊能忠敬がクソ真面目な測量をしたおかげで、おどろくべき正確な日本地図が出来た。(下の日本地図はネットから引用)


16世紀、日本がジパングと呼ばれた時代にスペイン人がつくった日本地図。当時の知識で、どうしてこんなにしっかりと地形を把握したのか、不思議です。
絵図


江戸時代の日本地図。北海道を除けば、かなり正確な地図です。
絵図


西国三十三札所めぐりの案内図。概念図としては、これで十分です。
絵図


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●なつかしい「ほくさん バスオール」

 博物館のロビーに、これが置いてあります。戦後、20年くらいは風呂のない家庭が多かったので、「後付け」できますと売り出されました。半畳、一畳のスペースでも設置できるコンパクトさがウリでした。これが進歩して「ユニットバス」になります。左が半畳用です。

絵図 




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