閑人帳



●日本は二度負けた ~太平洋戦争~

 関野通夫著「日本人を狂わせた洗脳工作(WGIP)」を読む(その2)


◆マスコミを支配する
 全国民を洗脳するためにはマスコミを支配下におくことが肝要だ。米軍基地での不祥事など絶対に報道させない。もし、そんなことをしたら、即発行停止処分になる。具体的にはどのように「言論の自由」を封鎖したのか。以下は35~36頁の文のコピー

日本のマスコミに命じた「報道するべからず」30項目

wgip 

wgip 

こんなあこぎな言論統制が行われていたことをご存じでしたか?要するに、アメリカの占領統治に文句を言うな、外国に対する批判はまかりならぬ。23番・占領軍兵士と日本女性との交渉(つまり買春)24番・闇市の状況、26番・飢餓の誇張・・こんなことも新聞に書けなかった。逆にアメリカ型民主主義の素晴らしさの宣伝は大いに推奨した。


◆「大東亜戦争」→「太平洋戦争」に変更させる
 これらの言論統制を守るために厳しい検閲を行い、かの戦争の責任はすべて日本政府、日本国民にあると信じこませるように洗脳した。ネーミングも戦争開始時、日本政府は「大東亜戦争」と名付けたが、戦争終結後は米軍の命令で「太平洋戦争」という名称に変えさせられた。実際の戦域は東南アジアをも含めた広範囲な「大東亜」だったにも係わらず、あたかも日米だけの戦争であるかのようにイメージチェンジさせた。


8月15日の戦没者慰霊祭などで語られる天皇陛下のお言葉には「先の戦争で多くの犠牲者云々」があるが、どちらの名称も使いたくないというのが陛下や関係者の本音ではないか。だから「先の戦争」というあいまいな表現になってしまう。これは駄目男の個人的見解であります。もう一つ、イヤな表現は「敗戦記念日」を「終戦記念日」と言い換えていること。どう考えても「敗戦」のほうが正確な言い方であります。それを「終戦」と言い換えて、あたかも日米合意の上で戦争を終わらせたかのような印象に導くような表現はまずい。「敗戦記念日」が正しい。

 この日本的なあいまいな概念は、後の広島原爆慰霊碑に刻まれた言葉にも受け継がれる。「安らかにお眠り下さい あやまちは繰り返しませんから」ここにも主語が無い。だれがあやまちを犯したのか、これでは分からない。アメリカが過ちを犯したと考えても間違いではない。


◆憲法はGHQがつくった   (GHQ=連合国軍総司令部)
 話戻して報道規制の第3番は「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」を禁じると明記している。このため憲法自体は国民に公布されたが、憲法を誰がどのような経緯で起草、文章化したのかはあいまいなままだった。以後、さまざまな研究がなされたが、曖昧さは未だに消えない。しかし、GHQが憲法を起草した、即ち戦争の勝利者が原案をつくり、敗者に押しつけた・・表現はともかく、これが事実でありませう。当事者である日本国民の意思など、しっかり無視された。


「憲法には指一本触れさせない」憲法改正絶対反対を唱えるサヨクの皆さんは、その憲法がGHQによってつくられたことを知らない? まさか、そんなことはありませんね。憲法9条の核である「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」の発想は、アメリカによる「日本が二度と白人社会に刃向かうことがないように、徹底的に無力化する」という意図でつくられた。少なくとも、日本の未来永劫の平和を探求する崇高な理念でつくられた憲法では無い。これ、現代史のキモですからね。


◆アメリカ豹変、軍隊を作れ、だと
 この素晴らしい?平和憲法の思想は、しかし、数年で変化を迫られる。1950年、朝鮮戦争が勃発すると、アメリカはコロリと態度を変えた。日本に軍隊の保持を要求したのです。憲法で戦力の不保持を謳ったのに、共産勢力の浸透を防ぐために軍備を進めよ、と迫った。あの崇高な平和憲法ってなんだったのか。こうして自衛隊の元祖、警察予備隊が発足した。予備隊なんて、名前はヤワだけど、戦況の悪化にともない、たちまち装備は本格化されて、迫撃砲やバズーカ砲、戦車まで扱って訓練した。アメリカにすれば、日本国憲法は自分たちがつくった。少々の軌道修正はええやろ。平和探求の理念より、現実の危機に対処するべし、であります。


国民まるごと洗脳してしまうという壮大なプロジェクト、WGIPは大成功した。ほぼ100%の日本人が洗脳されたという自覚すらないのだから見事というしかない。メディアが多様化したした現在ではあり得ないが、新聞とNHKラジオしか無かった時代には可能な洗脳工作だった。
 一部の識者が言う「戦後レジームからの脱却」とは、洗脳工作で生まれた戦後思想からの解放のことである、と駄目男は思っています。



スポンサーサイト