閑人帳



●笠智衆著「小津安二郎先生の思い出」
 貴田庄「小津安二郎と東京物語」を読む


 欧米の映画人が評価するところ、小津の人気は黒澤明や溝口健二を凌いで「日本で一番」になっている。その作品のなかで「東京物語」は文字通り不朽の名作とされる。(東京物語は1953年に公開)


◆プロが選ぶ世界一の名作に
英国の団体が企画する、世界の著名映画監督が10年毎に投票で選ぶ映画史上の傑作選、2012年版は次のようになっている。

一位・・東京物語
二位・・市民ケーン
三位・・2001年 宇宙の旅
四位・・81/2
五位・・タクシードライバー
六位・・地獄の黙示録
七位・・ゴッドファーザー
八位・・めまい
九位・・鏡
十位・・自転車泥棒

 あまたの名作、傑作を押さえて堂々の一位。因みに、2002年においては三位でした。知名度では上の黒沢明はランク外です。この10作品で駄目男が観たのは4作品だから、並みの映画ファンです。なんで「東京物語」がこんなに高く評価されるのか。正直なところ「ワカラン」というのが本音でありますが、今回、2冊の本を読んでも答えは得られなかった。(本の選択を間違えた)


◆酒で元気を付けて脚本完成
 ま、小津作品のゲージツ論はさておいて、この作品がどういうプロセスで作られたかは知ることができます。小津はかなり詳細な日記を残していて、これが大いに役立ちます。物語は、脚本家、野田高梧との合作です。二人で茅ヶ崎の旅館に泊まり込むかたちで、約3ヶ月かけて書き上げますが、この間に一升瓶を43本空けたという酒豪ぶり。(日記に記してあった)あのマジメで切ないホームドラマが酒浸りの日々から生まれたなんて・・とにかく二人とも酒好きだった。


当時の台本は「ガリ版刷り」でした。正しくは「謄写印刷」なんのこっちゃねん? の人、多いかも知れませんが懐かしい。学校のテストなんかみんなこれで作りました。先生が鉄筆でガリガリ原稿を書いていたのを覚えています。紙もサイテーの紙質で、インクは滲み、すぐ破れる。


◆ヘタだから愛される?・・笠智衆
 小津は完璧主義的なところがあって、まあ、これでいいか、みたいな妥協をしない。納得できるまでトコトンやり直すので、スタッフや俳優はいつもピリピリしていた。演技で一番しごかれたのが笠智衆サン。俳優志望で俳優になったのに、不器用なこと天才的だったらしい。なので、笠が出番のときは、5回10回やり直すのが普通で、本人はハラハラ、監督はイライラのし通しだった。それでも小津監督は笠をクビにせず、ほとんどの作品で彼を使った。不思議です。あの、独特の天然ボケみたいなキャラクターは余人に代えがたい魅力なのか。観客も一度彼を見たら忘れませんからね。一本調子のしゃべり方も記憶に残ります。


笠智衆といえば、おじいさんの役柄ばかり思い出されますが「東京物語」に出演したときは49歳だった。しかし、役柄は70歳の老人。息子や娘に冷たくあしらわれて悄然とするさまは老人の風情がないとこなせないはずですが、そこは勝手知ったるフケ役、違和感なく演じました。


◆ローアングル撮影、俳優は困惑も・・
 小津作品の絵づくりの特色はローアングル撮影。これは監督の美意識の反映でありますが、そのセンスを俳優連が理解していたとは言えないらしい。室内はむろん、アウトドアでも人物がいる場面ではローアングルのシーンが多い。原節子はじめ、小津作品に出る俳優は多くの場面で下から覗かれてるようなカメラ位置に戸惑ったらしい。

 他に、小津監督らしい絵づくりの特色は、フェードイン、アウトの場面が少ない。移動撮影が少ない、などがある。技巧的でない、自然な描写を好んだからで、観る側にはとても落ち着いた、安定感のある映像に見えます。


◆映画の「世界遺産」制度できないかな
 それにしても、こんな地味な、モノクロのホームドラマが世界ナンバーワンの傑作に選ばれるなんて素晴らしい。もし、将来、映画の分野でも「世界遺産」作品(永久保存、公開を旨とする名作)選定制度ができたら、真っ先に選ばれます。「2001年 宇宙の旅」なんか歴史資料価値が大きい映画です。2100年でもこの映画を観られるようにするには公的な組織で保存する必要があり、文化遺産としての選定に反対する人はいないと思いますよ。映画はすでに100年の歴史を有する文化だから、世界のどこかで選定制度創設の声が上がるかもしれませんね。


笠智衆著「小津安二郎先生の思い出」(2007年 朝日新聞社発行)
貴田庄「小津安二郎と東京物語」を読む(2013年2月 筑摩書房発行)

東京



ポスター
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後列左から、原節子、杉村春子、山村聡、三宅邦子
前列中央は東山千栄子と笠智衆
東京物語 



原節子と香川京子
東京 



熱海海岸でのシーン。49歳の笠智衆は、老人に見せるため、自分のアイデアで背中に座布団を入れた。そういえば、なんだか座布団が入ってるみたいに見える。
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