読書と音楽の愉しみ



●石平著「私はなぜ中国を捨てたのか」を読む

 若い頃、ちょっとした縁で日本へ留学し、暮らしてるうちに、中国で教育された「日本」のイメージと、現実の日本の姿のあまりの違いに驚き、葛藤が生じて、ついに日本へ帰化してしまったジャーナリスト、石平氏。今や強烈な「反中国日本人」なのだから、他人事ながら「ようやるなあ」と感心します。


そういえば、ここで何度も紹介した、元韓国人の呉善花(オソンファ)氏もトコトン「反韓国日本人」で、動機や経歴も似ている。翻って、今、日本国に絶望し、日本国籍を捨てたい日本人がどれくらいいるのか、全く想像できない・・くらい私たちには非日常的な発想です。しかし、韓国では7割くらいの国民が「できれば韓国人をやめたい」と願ってる。動機は、国家の未来に絶望してるからです。この絶望感は正しい。


石平氏が帰化した根本動機も、日本が大好きだからではなく、祖国に絶望したからです。本書の半分くらいはその経緯を書いているが、彼は特異な人生を歩んだわけではなく普通に育った。もし、日本留学という機会がなければ、平均的な反日人間のままで暮らしたはずです。


著者は1962年生まれだから、文化大革命時は子供だった。教育により、毛沢東は神様のような崇拝の対象だった。しかし、文革の終焉で民主化運動が盛んになる頃は大学生で、勉強そっちのけで運動に情熱を注いだ。神戸大学へ留学し、カルチャーショックに戸惑いながら暮らしてるときに「天安門事件」が起きた。これで著者の祖国愛はプッツン、切れてしまった。・・と書くのは簡単ながら、インテリであるだけに、祖国への愛と絶望のはざまでどれだけ悶々としたか、当人しか分からない。


ともあれ、石平氏にとって、毛沢東や鄧小平から習近平まで、最低最悪の人物である。これを中国で書いたら、即タイホ、豚バコ入りであります。日本で書けば安全なのか。なんとも言えない。今後の発言でも過激な中国非難が続けば、ヤバイことになるかもしれない。中国に無視されてるうちが幸せともいえます。


中国語には「やさしい」という語彙がない
 174頁~に面白いエピソードが載っている。著者が神戸大学の留学生だったとき、同じ留学生の女性から電話がかかった。むろん中国語での会話のなかで、彼女が恋人のことを「やさしい人」と言うとき、やさしいを日本語で話した。本では「対! 我他認為他是個・やさしい的人」
とあり、両人とも「やさしい」と話した。


日本で暮らしてるうちに「やさしい」の概念が身につき、応用もできる。すると、中国語で語るほうが難しくなるという例です。
 では「日中辞典」では「やさしい」をどう説明しているのか。これがとても難しい。一言で中国語に当てはまる概念が見つからない。善良、慈悲、懇切、温情、温和、温順・・みんな間違いではないが、一言では対応できないのが「やさしい」の概念です。結局、「やさしい人」を中国語で言う場合は「最も良い人」の意味になる言葉を使うそうだ。


ついでに書くと、ふだん何気なく使ってる言葉で意外と単語で翻訳しにくい例に「アイデンティティ」があります。IDカード(身分証明書)とか、気軽に使ってるけど、辞書をひもとけば「自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性」という難解な説明になります。これを一言で表すのはとても難しい。
 何十年か昔、ベストセラーになった「甘えの構造」(土井健郎著)の「甘え」という言葉も英語圏では語彙がない。面白いですね。日本人独自の概念です(2009年8月 ワック株式会社発行)


石平 




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