読書と音楽の愉しみ



●清水義範著「身もフタもない日本文学史」を読む

 文学を解説する本ではとびきり面白い、駄目男好みの読み物です。身もフタもない・・というタイトルからして自虐的だし、小見出しの上に「雑談」の語を置いて、堅苦しい文学論ではありませんよと念を押している。さりとてパロディやいちびり感覚だけで書いているわけでもなく、「そうだったのか」と頷けることもたくさんあります。


千年を遡って、日本文学の最高のケッサクはなにか。いうまでもなく「源氏物語」です。実際に読んだ人はごくわずかなのに、この作品名を知らない人はいない。読まなくても日本人の教養のベースにこれがあると。西洋人だって、みんなが聖書やギリシャ神話を読んでるわけではないのに、キリストのことは知ってるし、ギリシャ神話の一つ、二つは語れる。それと同じように、日本には源氏物語がある。


もっと身近な読み物に「随筆」があります。その元祖が清少納言と吉田兼好。そして、随筆の本質は「自慢話」だと喝破しているのが面白い。男が書けば、訳知り顔でつい教訓めいた話になりがちだ。女が書けば、いくら卑下してみせても、わたしってセンスがいいのよ、という下心が透けて見える。つまり、随筆を書く人はみんな「徒然草」や「枕草子」みたいな文を書きたがる。全然意識してなくても、日本人なら、かの名作のDNAに呪縛されてるという。


千年飛ばして近代最高の文学者は誰か。夏目漱石だと断じています。作品個々も優れているが、彼の最大の功績は書き言葉としての現代の日本語を確立したことだと述べている。(漱石以前の作家の文章は現在の日本人にはほとんど読めない)。
 明治から昭和にかけて文豪と呼ばれるような作家がたくさん生まれたが、共通してダメな点は「自分のことしか書けなかった」作家が多かったことでせう。気宇壮大な物語を生めず、自分や家族、友人しか登場しないネクラな「私小説」がブンガクとしてもてはやされた。これは著者だけの見方ではないけど駄目男も同感です。引きこもりの元祖みたいな作家の作品を有り難がる風潮がありました。


紀行文では松尾芭蕉、戯曲では近松門左衛門がナンバーワンという評価は異論がないでせう。多くの偉大な先輩が遺した傑作を労せず楽しめる
現代人は幸せです。(2009年7月 PHP研究所発行)



本 身も蓋も





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