読書と音楽の愉しみ



●鴨長明著「方丈記」を読む


名文に惹かれる
 約30年ぶりに再読。今回は、新井満著「自由訳 方丈記」と佐方郁子「新訳 方丈記」の2冊を読んだ。いずれも原文を併載、また解説文も載せていて、あらためて学習しなおすという気分で読む。800年の時差を楽しめます。(成立が1212年なので、2012年で800年になる)


人それぞれの感想があるとして、駄目男が最も惚れたのは名文ぶりです。知らない語彙や難しい言い回しがたくさんあるのに、読み出したらやめられない「かっぱえびせん」的な魅力は作文が上手いから、というしかない。「ゆく河のながれは絶えずして・・」の冒頭から一気に読み手を惹きつけ、離さない。そして、心地よい音楽を聴くような「ノリ」とともにエンディングまでゆく。その時間、長めの交響曲と同じくらいではないでせうか。(原稿用紙なら二十数枚分の長さらしい)


もう一つの魅力は、読みながら、瞬時にアタマに映像が浮かび、映画を観てるようなリアリティを楽しめること。前半の恐ろしい大火事や悲惨な飢饉のありさま、後半の山のなかの独居のようすが易々と画像化されるのは名文のなせるワザではないか、と勝手に思うのであります。
 素敵な音楽を聴くように、美しい映像を見るように誘ってくれる800年昔のエッセイ。これに勝る名文があるだろうか。あれば名乗ってみよ、と言いたくなります。


スタジオジブリも興味を?
 今回、再読するきっかけになったのは、月刊「文藝春秋」昨年12月号の巻頭エッセイで、スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫氏が鴨長明の人物像に関する文を書いていたから。ムム、ジブリの親分が鴨長明に興味をもっているのか。もしや・・。さらに関連情報では宮崎駿氏も「方丈記」について蘊蓄を語ってるらしいとわかった。両氏とも、方丈記=映像化に興味があるのではと勘ぐりたくなります。


なぜか評判の悪い長明サン
 「方丈記」が傑作であること、誰も異を唱えない。しかし、作者、鴨長明の人物像では「なんだかなあ・・」という評価の人が多い。800年昔の男の生き方を現代に照らしてあーだこーだというのはいかがなものか、という気がするけれど、おおむね、評判はよろしくない。


かの鈴木氏も鴨長明の生き方、人物像についてはマイナスの評価だし、膨大な読書情報、松岡正剛氏の「千夜千冊」を見てもダメ男的な見方をしている。方丈庵での隠遁生活も現代人から見れば「世の中スネ男」の引きこもり人生に見えてしまうらしい。駄目男もおおむねこの見方に賛成です。もっとも、実際の暮らしでは、ときどきは都に出て「世俗の風」にも当たってるし、遠路、鎌倉まで一人旅して源実朝に会ったりしています。全く世間と没交渉ではなかった。


断捨離・シンプルライフの大先輩
 文学的評価はさておき、方丈記の後半で語られる隠遁生活は、今で言うところのシンプルライフのお手本になります。方丈(3m四方)のスペースに1LDKの庵をつくる。組み立て式の構造で、建材は荷車2台分の量だと方丈記に書いてあります。トイレなし、水は谷水を利用する。
 文章をもとに建築家が考証を重ねて設計し「こんな家とちゃうか」と再現した方丈庵があります。場所は下鴨神社の敷地の南端にある河合神社の境内。中へは入れませんが、構造や設えは分かります。けっこうお洒落なデザインです。ただし、あくまで想像の建物だから、どれほどリアルに再現しているのか、なんとも言えません。駄目男の想像では、家とは言えないような粗末な小屋だったのではないでせうか。


30年ぶりに方丈庵跡を訪ねる
 再読を機に、やはり30年ぶりに京都伏見区日野の方丈庵跡を訪ねました。次回に掲載します。


鴨長明像
方丈記 


左が新井満の自由訳「方丈記」 右が佐方郁子の新訳「方丈記」
方丈記







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