閑人帳



●「週刊文春」拾い読み  (1月22日号)

「植村隆元記者の「文春提訴」本誌はこう考える」

 当ブログでは、三年くらい前から朝日新聞を批判する記事を書き続けてきましたが、昨年8月、朝日が「慰安婦問題」でとうとう誤報(実際は捏造)を認めたことでネタが増え、8月から年末までに二十数本の記事を書きました。おかげさまで、当ブログの閲覧者で朝日新聞の読者は皆無になった(かもしれない)。


ボコボコに叩かれて、朝日もそれなりに反省し、第三者による検証をするなど改善の努力はしていますが、だからといって朝日の反日体質が変わるとは思えない。反省や謝罪はポーズに過ぎない、というのが駄目男の見方です。朝日に対する不信や軽蔑の念は一生モンです。(言うても、あとチョットですけど)


年あらたまって、この件も落ち着いたのかと思えば、新ネタが出ました。
「1月9日、朝日新聞元記者の植村隆氏が「週刊文春」の記事によって名誉を傷つけられたとして、文藝春秋社と東京基督教大学教授の西岡力氏に1,650万円の損害賠償を求める訴えを起こした」。


これぞ朝日新聞記者のクオリティ、であります。上の標題は、ホンネは「アホか、お前は!」となるべきところ、そこは抑えて「本誌はこう考える」としたのでありませう。植村氏がこの訴訟を起こした経緯を簡単に書くとこうなります。

〇慰安婦問題について、週刊文春が植村氏に取材を申し込んだところ、植村氏は拒否して、記者の前から逃げ出し、取材出来なかった。
〇産経新聞ほかのメディアや西岡氏も本人に取材を申し込んだが、全て拒否した。
〇しかし、NYタイムズなど外国メディアの取材には応じた。
〇この間、植村氏は一方的に「売国奴」などと批判され、反論できる場がなかった。
〇この状況をみて、月刊誌の「文藝春秋」が植村氏に反論の機会を与えるかたちで寄稿を求め、2015年の新年号に「慰安婦問題「捏造記者」と呼ばれて」というタイトルで掲載した。
〇その文藝春秋社を植村氏は上記のように名誉毀損で訴えた。(訴えたのは「週刊文春」記事の内容についてだが、相手は文藝春秋社となる)


常識で考えると、植村氏は文藝春秋社に対して多少の恩義を感じる、となるけど、被害意識のほうがずっと大きいから訴えた。一番マズイのは、慰安婦問題についての取材を全面的に拒否しながら、つまり、自らの意見を述べないで、いきなり「名誉毀損で訴えた」ことです。


この対応に文藝春秋社はカチンときた。当たり前でせう。記事では概要こう書いている。言論人ならば、言論で反論するべきではないか。なぜ、逃げ回った挙げ句に、いきなり名誉毀損で訴訟なのか。正論です。
 自分の記事に間違いや捏造がないと言うのなら、なぜ逃げ回るのか。おまけに、この問題で家族や勤め先の大学に脅迫状が届いたとして被害者ぶっている。ま、ジャーナリストの風上におけないヘナチョコ男です。


記事はさらにこう書く。ジャーナリストが言論で戦わず、いきなり訴訟を起こすのなら、言論界は裁判だらけになってしまうと。全くその通り。
 駄目男の抱く大きな疑問は、50歳代半ばというタイミングでなぜ朝日新聞を退職したのか、ということ。有名記者なら引く手あまたでせうが、並のレベルなら定年まで勤めてしっかり退職金をもらうのがベターなはず。なんで中途半端にやめたのか。もしや、社内で慰安婦問題の検証がはじまり、自分の書いた記事に「捏造」の疑惑が起きることを恐れたのではないか。あるいは、社のほうから、将来、大問題になるから今のうちに身を引いてくれと諭されたのではないか。疑われても仕方ない。


原告、植村氏には170人もの弁護団がつくそうであります。世に言う人権派や時代遅れのサヨクの面々がバックアップする。これでもう植村氏の世評は確定したと言ってよい。さすがに、朝日新聞もこんな明快な左巻の連中を応援するわけにはいかない。植村氏を擁護する勤め先の大学の評判も、下がる事はあっても、決して上がることはない。嗚呼、エライことしてしもた~~。今頃、後悔してるかも知れませんネ。


文春訴訟 






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