読書と音楽の愉しみ



●根深誠著「ヒマラヤのドン・キホーテ」を読む

 12月17日の記事「エベレストトレッキング大盛況」の中で名前だけ紹介したホテルのオーナー宮原 巍さんに密着取材して、彼の業績や人生観、希望などを記したドキュメント。著者自身も山男であるから、宮原さんの思想は以心伝心で受け止め、咀嚼できる。なかなかの力作であります。


宮原さんの苦労物語といえば、標高3800mの山中に「ホテル・エレベスト・ビュー」を建設したときの苦労話だと思い込んでしまうけど、本書で語られるのは政治家・宮原の苦労物語がメインになっている。
 ひたすら山にあこがれたロマンチストが、ネパール暮らしのなかで政治に目覚め、日本人をやめてまでネパールの政治改革を目指す・・これもロマンには違いないけれど、まあ、えらい変身ぶりであります。


しかし、肝心の政治の話、パスします。ネパールの国内情勢が複雑で短文で説明できない。そして、宮原さんの心情はさらに複雑であるゆえに。 前回の記事「エベレスト トレッキング大盛況」と書いたけど、この本の原稿を書いてる時点では青息吐息の経営だったらしい。順調に客を送り込むツアーのシステムが未熟だったからである。


ヒマラヤ山中に世界はじめてのホテル建設
 ホテル建設、と簡単に言うが、ヒマラヤの山深い、3800mの高地での建設工事である。ほとんどが手仕事、そして人海戦術で行われる。
1969年から3年あまりにあいだに、のべ20万人の労役が必要だった。建設資材は全部カトマンズの田舎から人力で運んだ。片道14日を要する。資材運搬どころか、職人の食料も全部遠くから担いでくる。近くの村で仕入れると村で食糧不足が起きるからである。


ホテル建設と平行して飛行場の建設も行った。こんなの、普通の観光事業ではありえない工事である。急峻な山岳地のわずかな緩斜面を利用して短い滑走路をつくった。こんな難儀な工事だったのに怪我人も出なかった。宮原さんは「神の加護」だと信じている。
 費用はいくらかかったのか。ホテルと飛行場の建設で1億4000万円。40年前の話とはいえ信じがたいほど安い。日本なら住宅数軒ぶんの金額でだ。

ようやく完成し、旅行代理店との連携もできて、世界中からトレッカーがやってくるようになった。なんといってもエベレストが眺望できる世界最高のロケーションだから満足度は高い。日本人もたくさん来る。しかし、宮原さんは嘆く。宿泊費は日本の中級ホテルの金額と変わらないのに、「このホテルは泊まり賃が高いので、石垣をさすって帰ります」とか、お金の話ばかりする。建設にどれだけ苦労したかなんて知ろうともしない。(注)現在では、こんなアホな客は減ってると思われます。


宮原さんは続いてカトマンズにもホテルを建て、さらに三軒目をポカラに建設中である。80歳にしてこの馬力。このとんでもない元気、情熱が、ホテルオーナーから政治家への転向の動機にもなった。思い込んだら猪突猛進。本のタイトルの「ヒマラヤのドン・キホーテ」はこれが由来である。


村に学校をつくって寄贈・・は偽善
 とことんネパールに関わってしまった宮原さんが苦々しく思ってることがある。日本人の発想による援助の話である
。「ネパールに学校をつくりたい」と。宮原さん曰く「ネパールに学校を建てるという、この美談のような話は偽善であり、むしろ弊害を生む。ネパールでの教育の問題は学校の建物がお粗末だということではない。政府の教育政策にある。


よしんば、学校の建物をつくったところで、その中身と先生はどうするのか。児童の教育は、本来、父兄と地域が一体となってささえなければならないはず。援助はその精神を損なうことになる。仮に、一つの村で援助によって学校をつくったとする。隣の村はどうするのか。そこには差別が生じる」 すなわち、国民の自立心と自主性をなくし、依存心を高めるのであれば、そんな援助は、むしろ国家の発展を阻む害悪ではないか」(
169頁)


正義感と慈善のココロ一杯の人が市民に呼びかけて寄金を募り、ネパールの山奥の村に学校を建てる・・・こんな話題、だれでも知ってるでせう。実際に寄付をした人もいるかもしれない。それを「偽善」だと宮原さんは言う。あたたかい慈善のココロに何の問題も無い。しかし、知識や経験の裏付けがなければ「大迷惑」になりうること、肝に銘じたい。


私たちは、ネパール国民には「純朴で善良、質素に暮らす」人たちというイメージを抱いてる。その通りだけど、これが国民性だと思うのは間違いだ。実際は、政治腐敗と怠慢の横行が国の発展を妨げている。この現状に義憤を覚えて、宮原さんは日本の国籍を捨ててまで「ドン・キホーテ」になった。しかし、本書を読む限り、宮原さんが情熱を燃やす政治改革は、ほぼ絶望である。人生最後のチャレンジは99%成就しない。それでも前進をやめない
姿を目の当たりにして、著者はページの大半を費やして「政治家・宮原」の生き方を伝えたかったのだ。なにげに本書を読み始めた人は、表紙のイメージと内容の乖離に大きな違和感を抱くかも知れないが、この本を見つけたのは、図書館の「観光ガイドブック」の棚だった。(2010年11月 中央公論新社発行)


ヒマラヤ 


スポンサーサイト