ウオーキング・観光



●八尾・安中新田会所 見学

 江戸時代、平野部で新しい田畑が開墾されると、これを円滑に管理するために、開発者、所有者等による組織が必要になり、地域毎に集会所が設けられた。これが「会所」で、運営は地区の有力者が担います。


明治時代になって次々廃止されましたが、ごく一部が昔の面影を残して保存されています。八尾の安中新田会所も、最近になってようやく保存、修復工事が終わって公開されたので見学しました。
 この会所は、当地の有力者だった植田家が住宅を兼ねて建設したもので、いわば、自宅兼集会所といった公私混同型の建物です。場所はJR八尾駅から東へ徒歩5分の住宅街にあります。


この会所が設立されたきっかけは、1704年、大和川が付け替えられたあと、旧河川を再開発して新田を増やしたときの「土地の割り振り」を円滑にするためでした。誰某の農地はこの区画といった、今の土地台帳に相当します。具体的には地図をつくって区画と所有者を記入するのですが、そのサイズがすごい。
 長さ6,5m、巾1,5mで、縮尺は300分の1。正確を期すために(モメごとが起こらないように)こんなサイズにしたのだと思います。これに所有者の名前と田んぼのサイズを記してあります。(写真参照)それでも、実際にはいろんな問題が起きるから、これを合議するのが会所だった。封建制の時代にあって、一応、民主的な運営がなされたと言えるでせうか。


大和川の下流(柏原より下流)は自然の川だと思い違いしてる人がいるけど、100%人工の河川です。(淀川も毛馬から西は人工河川です)洪水の被害に耐えかねて何度も幕府に陳情し、ようやく認められて工事をしたのが300年前、驚くのはその工事期間の短さで、約15キロの区間をわずか8ヶ月で完成させた。手道具しかなかった時代にこの早さは信じがたいほどです。新大和川が完成すると、あたふたと旧大和川(という名前は無くて、現在の長瀬川や玉串川など)流域を埋め立て、灌漑用の水路に作り直し、旧河川敷で新田を開発した。このときに出来たのが会所です。


大阪には、ほかに加賀屋新田会所(住之江区)と鴻池新田会所(東大阪市)が昔の姿を残して保存、公開されています。いずれも趣のある屋敷です。


■安中新田会所
http://kyu-uedakejutaku.jp/

■鴻池新田会所
http://www.bunkazaishisetsu.or.jp/kaisho/

■加賀屋新田会所
http://www.city.osaka.lg.jp/suminoe/page/0000066283.html



会所の玄関
会所 


本宅と庭園
会所



座敷の一部
会所 



二階からの眺め
会所 



展示室の床タイルにプリントされた巨大地図
会所 






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