閑人帳



●三陸海岸に祈りの遍路道計画   

 たなかよしゆきさんから届いた毎日新聞記事に表題のような新発想の遍路道案が載っており、これはグッドアイデアだと感心しました。
 地元の人は無論のこと、外部者にとっても、金品の寄付や奉仕活動だけではない、鎮魂の気持ちをあらわせる案です。実現するには、コースの設定や道標の設置、お寺との交渉など難儀な仕事がありますが、趣旨を考えれば、協力は得やすいのではと思います。また、観光ほどではないにしても、ウオーカーが増えることで若干の消費が生まれます。何よりも良いのは、義理や義務感に拘泥されずに地元の人たちとの交流(会話)が生まれることでせう。以下、毎日新聞WEB版7月11日の記事をコピペします。(青色文字)


 東日本大震災で母親ら親族13人を失った岩手県釜石市出身の三味線奏者、駒幸夫さん(59)=米国在住=が、岩手、宮城両県の沿岸部を新たな「お遍路道」にしようと呼びかけている。慰霊だけでなく、仮設住宅に暮らすお年寄りに健康づくりのために歩いてもらうためで、既に周辺の約20寺院に「札所」になってもらうよう依頼した。震災丸4年となる来年3月11日、駒さん自ら母の遺品の財布と三味線を携え、新しい遍路道を歩くつもりだ。


 駒さんが提唱する遍路道は、津波被害が大きかった岩手県岩泉町−宮城県南三陸町の約270キロ。リアス式の海岸線を走る国道45号に沿うように進み、横道に入って周辺の寺院や海辺、岬などを訪ねる。「東日本大震災津波霊場・三陸遍路道」と名付けた。今後、詳細なルートを選定し、札所となる寺院を増やすほか、宿泊施設や食堂などにも協力を求める。


 駒さんは20歳のころ釜石市職員を退職し、三味線を手に民謡歌手や音楽プロデューサーとして活動してきた。現在はニューヨーク国連国際学校で指導する。震災当時も米国にいた。釜石市の親類宅にいた母幸子さん(当時82歳)は津波で行方不明となり、1年以上たって遺体が確認された。隣接する岩手県大槌町でも多くの親族を失った。


 震災3カ月後。帰国してから古里を訪ねたとき、よみがえったのは幼い頃からの母の言葉だ。「人に助けられて生きているのだから、人を助けなさい。古里に恩返しをしなさい」。「母のようなお年寄りを元気づけたい」と何度も来日し、避難所や仮設住宅などで無料三味線ライブを続け、今年6月で450回を数えた。


 長引く仮設住宅での生活で運動不足となり心身に支障が出ている高齢者や、癒えない心の傷に悩む遺族と出会い、支援のために思いついたのがお遍路だった。駒さんの国内の活動拠点は徳島県にあり、四国のお遍路さんと三陸沿岸を歩く人々の姿が重なった。「三陸沿岸は身内を亡くした人にとって追悼の祈りをささげる霊場。道中で遺族同士が心の内を話し合うだけでも気持ちが楽になる。運動不足の解消にもなる」と話す。
(引用ここまで)

引用記事
http://mainichi.jp/select/news/20140711k0000m040141000c.html


新聞記事には「杖一万本目標」という文があり、遍路に欠かせない杖の寄贈を募るとあります。自分は現地に行かないが、杖を寄贈することでも、参加、共感の気持ちを表すことができます。市販品の杖ではなく、写真のような、「上部に複数の枝を残した雑木」の杖が良いそうです。(駒さんの電話 070-5357-9031)


発案者の駒幸夫さん(右)
sannriku hennromiti





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