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読書感想文

読書感想文
01 /31 2021
 

万城目学・門井慶喜「ぼくらの近代建築デラックス!」
 人気作家二人が、京阪神、東京、横浜の近代建築を訪ねてウンチクを披露する読みもの。題名からしてクソまじめな本でないこと分かりますが、作家にもこういう趣味をもつ人がいると知るだけで楽しい。

 万城目氏は大阪生まれなので関西の建築に詳しい。そういえば、「プリンセス トヨトミ」という作品では大阪府庁を登場させていましたね。取り上げる建て物はメジャーなものばかりで、中央公会堂、大阪府庁、綿業会館、芝川ビル、難波橋、など。例外は堂島薬師堂で、この設計は誰なのか気になっていましたが「日建設計」でした。(個人名不詳)

 大正から昭和時代にかけて日本で一番活躍した建築家は辰野金吾と渡辺節(せつ)であるという見方は賛成です。この二人が近代建築設計におけるリーダーだった。辰野金吾は大阪の中央公会堂と東京駅の設計者であるといえば、そのデザインの共通性でハハンと納得する人おられるでせう。

 渡辺節はdameoの大好きな「ダイビル本館」の設計者で、オフイスビルという合理主義優先の建て物に、なにやらおどろおどろしい、エキゾチックな様式を加えて浪漫と風格を演出している。注文したオーナーは「なんどす?このけったいな飾りは」と困惑したのではと想像します。淀屋橋の「芝川ビル」も小さいけどかっこいいビルでお気に入りです。

 知らなかったのは、あの京都鉄道博物館のSL機関車庫の設計も渡辺でした。無装飾、合理性のみの建築でも無難にこなしてるのですね。紹介されてる京阪神のビルはほとんど知っているので、なつかしさもあって、すいすい読み終えてしまいました。

 余談ながら、中之島中央公会堂は現在建て物正面の東西方向の道路が車道から歩道への改造工事が行われており、完成すると公会堂正面のロングショットがかっこいい風景になるのではと期待しています。この道路工事が計画されたのは、昨年、道沿いに子供向き本の図書館「子供 本の森 中之島」が新築されていて、子供たちの通行の安全を保つためではないかと察しますが、その裏で図書館の設計者(寄贈者)安藤忠雄氏の働きかけがあったのではないか。これも想像ですが、ほぼ、間違いないでせう。(2012年 文藝春秋発行)


表紙 

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01 /28 2021
 

南 清貴「行ってはいけない外食」を読む

 副題<飲食店の裏側を見抜く> ファミレスやファストフードの店で食べる料理がいかにええ加減なものかを告発する本。著者は一般社団法人 日本オーガニックレストラン協会代表理事。

 なにしろ、飲食業界は競争が厳しい。いかに安く仕入れて高く売るかで勝敗が決まる。いかに、安全で美味しい料理を提供するか、に注力する業者は生き残れない。そんな業態のウラ側を説明するのでありますが、本書を読めば、神経の細かい人は外食する気がなくなるでせう。

 たとえば、ファミレスや持ち帰り弁当などの白いご飯。品質の悪い米をごまかすために精米改良剤という薬品が使われる。見ても、食べても分からないから誰も疑わない。この薬品はプロピレングリコールという物質が主体で、食品添加物としては「乳化剤」として扱われる。同じものを工業製品として作る場合は「界面活性剤」と名付けられる。シャンプーや洗剤に使われる化学製品である。これを炊飯時に混ぜると、白く、つやつやの光沢あるご飯に仕上がる。しかし、味までよくすることはできないから、見た目はいいのに食感は「モソッとした」感じになるが、鈍感な人はだまされて「美味しい」と感じてしまう。ご飯のツヤは界面活性剤のせいだった・・。どないです?自分は知りませんでした。

 中華料理店を主として野菜類は洗わずに調理するのが常識になっている。手間を省くためでもあるけど、一番の理由は劣化を防ぐためだ。大量に消費するネギなどは洗いナシで機械で刻んでオワリ。雑菌はついたままで客に供される。少数の運の悪い人は病気になる。
 調理師の仕事ってほとんどハンドワークだと思いがちだけど、それは一握りのエリートのみ。一般のレストランではコストダウン、省力化、すなわち「生産性の向上」をはかるために、食材や調理方法はどんどん「工業製品化」されつつある。では、工業製品=美味しくないのか、といえば、そうではない。そこは一所懸命に努力して客に嫌われないように「美味しそう」にして提供している。界面活性剤入りのご飯と同じ発想で客を欺いている。化学薬品で「美味しさを演出する」時代である。

 ファミレスやビジネスホテルのレストランで供されるサラダバー。食べ放題だから「野菜もしっかりとらなくては」と皿に取り込むが、この野菜は栄養価がほとんどない。なぜか。野菜自体、上等なものはない上に、見た目の鮮度を保つために次亜塩素酸ソーダという薬品の液に漬けて消毒、殺菌し、このままでは匂いがきついので水でジャブジャブ洗って匂いを消す。この時点で野菜の栄養分はほとんど洗い流されてしまい、食物繊維くらいしか残っていない。でも、見た目はシャキッとしているので、客は「新鮮な野菜」と錯覚してしまう。この作業は工場で行い、店では包装を解いて盛りつけるだけ、素人のバイトでもできる。(次亜塩素酸って、コロナウイルスの消毒にも使われてるような・・)

サラダバーの食べ物で調理人が作る料理はひとつもない。全部、工場から搬入されたパック品である。食べ放題をうたってる料理にコストをかけていては大赤字になる。オール「工業製品」で賄ってこそ赤字を免れる。 「味の素」の発明?以来、化学調味料の研究、開発が進み、同時に人間の舌が化学調味料に慣れ(なじみ)天然もの本来の味や香りを忘れつつある。伝統を守る一流店で昔ながらの「天然の味」で料理を出すと化学調味料になじんだ二流の客は美味しくない、とか、物足りない、という反応を示す。ニセモノが本物を駆逐するのだ。さりとて、店も商売だから、そんな二流客を無視すると客がいなくなる。で、渋々、二流客の味覚レベルに合わす・・店の料理レベルが落ちる。悪循環がはじまる。

 というわけで、国民の大半は残念ながら味覚において二流レベルだから「一流の店」の維持はだんだん難しくなっている。本当に美味しいご飯、本当に美味しい刺身、本当に美味しい野菜・・を知らない人がどんどん増えて長年築き上げた食文化を壊しているのが現状だ。ふだん、私たちが巷のレストランや回転寿司店で食する料理の大半は「工業製品」であることを認識しておこう。「安い」のは事実だとしても「旨い」のが事実かどうか、いささか怪しい。(2016年 三笠書房発行)

外食 


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閑人帳

閑人帳
01 /27 2021
 

コロナ禍・・dameo の一年前の無責任予想が当たる

 昨年3月29日に掲載した「閑人帳」記事の最後に、dameo の大胆無責任予想として「世界規模でいえば、年末に感染者数1億人、死者300万人」と書きました。東京、大阪の感染者数が一日に50~100人で推移していた、今から思えばずいぶんのどかな時分でした。
 その時点で年末に世界で1億人って数字は口から出任せの無責任な数字でした。しかし、その後は現実がデタラメ数字に追いついてきました。昨日の報道では感染者は1億人に達した。死者も200万人を超えた。約一ヶ月のズレはありますが、当たらずとも遠からず、であります。


 以下は昨年の予想記事の原文です(略)「4月末時点で東京都の感染者数が5000人超(一日平均160人)となれば、おそらく医療の対応が困難になる。感染経路が不明な患者が常に5割を超えるともう「爆発」は防げない。出来たて「特措法」発動です。
  この際、駄目男の大胆無責任予想。世界規模でいえば、今年末までに感染者数1億人、死者数300万人、と勝手に予想します。これが楽観的予想なのか、悲観的予想なのか、どちらとも言いにくい。これくらい大きな犠牲を払ってようやくワクチンが登場する・・う~ん、厳しい」(2020年3月29日掲載)


読書感想文

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01 /25 2021
 

小谷野敦「文豪の女遍歴」を読む

 正月早々、楽しい本に出会いました。明治以後、昭和時代はじめまでに生まれた作家約60人の女性遍歴をセキララに書いている。森鴎外、島崎藤村、芥川龍之介、太宰治・・そうそうたるメンバーが女性問題をどう切り抜けたか。メンバー表を見ると、一流作家の7~8割くらいは問題を起こしていて、トラブルなしなのは少数にとどまる。夏目漱石もいろんな人が調査したが、まあ、問題ナシとされた。(さりとて、鏡子夫人との仲が円満だったとはいえない、とかなり疑われている)


 一般人と違って問題が取りざたされやすいのは、作家はスキャンダルでさえ作品創作の糧にできることで、スキャンダル=悪、と評価しにくい面がある。谷崎潤一郎なんか実生活の女性問題を次々小説のネタに取り入れる名人?で「細雪」「鍵」「瘋癲老人日記」「春琴抄」などの名作をものにした。自分の醜聞を文学作品に「変換」する名人だったと言えます。じっさい、女性問題で谷崎をマイナス評価する人は少ない。


 その点、太宰治は女たらしを糧にしつつ、処理の仕方がヘタクソだった。自殺や心中の失敗を重ね、恥をさらした。だからといって、世間全てが太宰治大嫌いというものでもない。どうしようもない駄目男と認めつつ、作品は好きというファンが多い。醜聞とは関係の無い優れた短編をたくさん作ったことが「女たらし」のイメージを割引きしている。
 

 川端康成は失恋の傷を抱え、やけっぱち気分で田舎の芸者をモノにした。それが「雪国」のヒロイン、駒子に仕立てられ、揺るぎなき名作と評価されて後にノーベル文学賞受賞に至るのだから「才能」というしかない。湯沢温泉のB級芸者、小高キクさんにしたら、さりとて妻にしてもらえたわけでもなく、小説の素材でしかなかった。本書によれば、川端康成は合計10人くらいの女を愛人にしたらしい。ほとんどが水商売の人だが、むろん、正妻もいた。いちいち嫉妬なんかしてられなかったにちがいない。川端自身は誰にも看取られない自死を選んで旅立った。


 読み終わって、60人のなかで一番のワルは誰かと考えたら、島崎藤村ではないか。本人も性悪は「血筋」と認めていたふしがある。ドジな太宰治や谷崎潤一郎のように「笑って許す」気にはならない。血族間の人間関係の醜さ、陰湿さは耐えがたいものだったと思われるが、藤村自身も被害者ではなく加害者側だったことで救いがない。女性に対しては卑怯、無責任な態度を通したことも印象を悪くさせる。しかし、歴史に残る「文豪」であることも変わらない。優れた文学作品のウラにどれだけ醜悪、悲惨、滑稽なドラマがあったかを知る意地悪な本でもありました。(2017年 幻冬舎発行)

表紙 文豪の 



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プチ・ケチの研究

プチ・ケチの研究
01 /23 2021
 

食器用洗剤節約の記録更新したのに・・・

洗剤使用量は前年の半分に
 食器用洗剤を一日どれくらい使ってるか、なんて、みなさん興味はないでせうが、プチ・ケチ研究者dameoはこんなしょーもないことも調べるのであります。方法は簡単、ボトル(商品名 キュキュット)に使用開始日を書いておき、空っぽになった日までの日数を数えるだけです。ひとり暮らしのデータですが、前回に比べ、大巾に節約できました。


 770cc入りのボトル、前回は7ヶ月で消費しました。一ヶ月で110ml、一日では3,7mlでした。同じボトルで今回は13ヶ月使えました。一ヶ月では59ml、一日では2cc、実に5割近くの節約になります。


前回に比べ、こんなに節約できたのは
・前回より節約を意識した。
・健康上の理由からフライパンを使う料理を減らした。
・洗い桶でのつけおき洗いをやめた。


しかし・・自慢できる節約ぶりではなかった
 主にこの三点が節約効果を高めたと思います。「スポンジのサイズを小さくする」という節約方法は前回も実施していました。一日の消費わずか2ml、これは自慢できる節約成果だと思いました。それで、参考のために、日本の都道府県別の食器用洗剤使用量を調べたところ、あちゃちゃ・・、意外と少ないではありませんか。ガッカリです。


・dameo 宅の年間使用量・・・720ml
・全国平均・・・・・・・・・1760ml

2倍以上の差がありますが、全国平均は世帯人員が平均2,2人くらいなので、一人当たりの消費量で見るとほとんど変わりません。(1760÷2,2=800ml)


因みに、全国で一番消費の多いのは神奈川県で2200ml。一番少ないのは鳥取県で1403ml。えらい差があります。大阪府はどうかというと1513ml。順位は42番目、大阪のおばちゃんはdameoと同じくらいのけちん坊でした。洗剤の値段はml入りで278円、これを一年間で消費すれば、一日あたり1円弱になります。


 この数字の差は、食事ごとの洗剤の使用量の多少だけでなく、料理の内容や外食機会の多い、少ない、なども影響していると思われ、無駄遣い、ケチの判断は難しい。使用量最少の鳥取県の人がケチで粗食で外食好きなんてこと、まあないだろうと思ってます。


 ・・というわけで、せっかく一年間ケチを続けてきたのに自慢できる成果はあげられませんでした。しかし、言うまでもなく、環境への負荷を考えると日本中で消費をケチって総量を減らすのが正しい考え方です。洗剤の洗浄力がぐんと高まっているのに、それに気づかず、20年昔の感覚でブチュ~~と放出するのはまちがい、ほんの少しの気遣いで2~3割の節約ができます。

参考情報
https://region-case.com/rank-h29-washing-up-detergent/


洗剤の単純な節約方法はスポンジを小さくすることです。水の量も減らせます。(標準サイズを買ってハサミで半分に切ります)
洗剤ケチ 

アートシーン

アートシーン
01 /22 2021
 

おっさんデザイナーの眼


コレはなにですか?


アートシーン



碁石ですよね!

大人の 99.9%は そう答える

イイエ! 違うんです

孫が 遊びに来て 

碁石を 出せと言う

オオッ! イイね!

先日教えた 五目並べ する?

ジイチャン ジャマ

なにか おとなしく 遊びだした

出来たのが コレ!

01碁石の絵 (2)



小学1年生の 孫娘作

雪だるま

碁石で 囲碁や 五目並べ

先入観など マッタクない

白色と 黒色の 「丸いもの」

何に使うか 自由

白と黒の 画材です

5歳の 孫娘は おもちゃ茶碗に

白色を 入れて はい! ごはん

『子供は 誰でも芸術家だ

問題は 大人になっても

芸術家で いられるかどうかだ』

パブロ・ピカソ

『子供は 誰でも発明家だ

問題は 大人になっても

発明家で いられるかどうかだ』

おっさんデザイナー?

セミナーで エラそうに

「先入観持つな!」と 言い続けているが

孫に いつも 教えられる

老いては 孫に・・・

イヤー! 知識・経験 

ジャマ しますな

************
おっさんデザイナーの眼
kuniharuichi.blogspot.com
************

知識や経験が<dame人間>をつくる
 上の記事はデザイナーIさんのブログを許可を得て引用したものです。小学一年生の孫娘さんのつくった「雪だるま」作品。このアイデアを羨ましく思わない大人はいないでせう。学習で培った知識や経験が自由な発想を妨げている。大人は、より「無能」になるために努力、精進している。

読書感想文

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01 /21 2021



嵐山光三郎「不良定年」を読む

 著者は若いじぶんから作家稼業専門だと思っていたら間違いで、40歳近くまで平凡社に勤めて雑誌「太陽」などの編集をしていた。だから「不良定年」という書名で本が書ける。脱サラ後になんとか文筆でメシが食えたのは本人の才能もあっただろうが、一番役立ったのは豊富な人脈ではないかと思う。不良定年なんてアンチな本を書きながら、腰を低くして付き合いを増やす。この才能、努力は欠かせない。まあ、不良ぶってるトコもあるわけです。


 発行は2005年、今から15年前になるけど、やはり時代感覚の差は感じます。当時は60歳定年がきまりだったというだけなのに今とちがうなあと感じてしまう。会社の定年人物の扱い方はだんだん厳しくなって50代から給与カットや役職停止など、イジメが続く。60歳で、軽くても役職つきで定年になれば幸せというものです。


 著者は40歳直前に希望退職した。しばらくぶらぶらしたあと、仲間を募って出版会社を立ち上げた。総勢7人だからみんな役職つきになれる。著者は常務を選んだ。脱サラしながら、結構、役職つきにこだわってます。こういう選択ができたのは、やはり人脈があったからでせう。男子たるもの、退職したらみんな不良定年になるべし、なんてかっこいいこと言えるのは自信のあらわれです。ちなみに、著者推薦の不良定年の模範(あこがれの不良ジジイ)は永井荷風と谷崎潤一郎だそう。これに共感覚える人、多いと思います。


 話変わって、今朝の新聞の人生相談欄にこんな投稿がありました。「69歳男性。都会から田舎に引っ越したけど、文化施設皆無の町で、友だちもできず、妻と二人きりの生活。長いサラリーマン時代にこれという趣味もなかったので、この先どう暮らせばいいのか。最近、ウツ気味です」という相談。(過去にガンを患ったが、克服し、今は健康)


 いまどき、趣味がない人なんて日本中に3人くらいしかいないだろうと思っていたが・・、おられるのですね。これ自体、感動ものです。さりとて、仕事が趣味だったとも思えないから、不良定年どころか「純粋退屈男」として生きてきたのでせう。気晴らしのネタがゼロの田舎町に来て「退屈」が際立ってきた。それにしても、69歳になるまで「楽しく暮らす術」を考えなかったという生き方、それに同調してきた妻って、いったい・・・(と、また感動する)


 15年前、著者は「不良定年になろうぜ」と呼びかけたが、世間の情勢は逆に「善良定年」になる人が増えているように思う。その理由は退職金の減少や年金生活への不安などの経済情勢のせい。著者の唱える不良定年に必須な「無頼生活に要する遊び資金」の乏しさでありませう。

 
 嵐山センセが不良定年を実践できるのは甲斐性があるからです。ほとんどの男は善良定年しかなれない。いま、この本を再版してもぜんぜん売れないと思いますよ。(2005年 新講社発行)


追記
 本書を読み終えた明くる日、半藤一利氏の訃報が伝えられた。出版界では標準的なカタブツと思っていたが、本書の表紙絵(下の写真)が半藤氏の作品と知って驚いた。こんな楽しい裏ワザをもっていたなんて・・。著者と半藤氏が昵懇の間柄であることを知るとともに、頼まれた半藤氏としてはこの裸婦絵が精一杯の「不良」ぶりの表現だったのでは、と想像したものです。半藤氏の奥さんが夏目漱石のお孫さんであることは知ってました。


不良 


半藤氏死去


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01 /18 2021




酒井順子「泡沫日記」を読む

 前回感想文に続いて酒井順子の登場です。「金閣寺の燃やし方」とはぜんぜん趣の違う酒井流本来のエッセイ。同氏のエッセイはすでに数冊読んでいるけど、今回は「何が魅力で酒井順子の作品を何冊も読むのか」検証してみようという下世話な興味があって読んだ。


 文壇の有名作家ではない。ヒット作メーカーでもない。有名な「賞」を受けたわけでもない。TVなどのメディアで露出するタレント性もない・・日常生活の断片を切り取って原稿用紙4~5枚ぶんの文にまとめているだけの、イージーライターに思えるのですが、こんな地味な作品をコンスタントに発行してメシを食っておられるのであります。野球でいえばバントヒットだけで打率を稼いでるような作家であります。


 本作「泡沫日記」のテーマは、自分はいつのまにか四十女になってしまった。しかし、このトシになっても「人生初体験」になるものはたくさんあって「世間ってこんなものなのか」と学ぶ機会になると。小さな初体験を悲喜こもごもを綴るのであります。
 「ガードル」「引っ越し」「白髪」「介護」「オペラ」「コメダ」(珈琲店)・・等々について淡々と、しかし、退屈させない文章で読者を惹きつけておく。刺激はないけど飽きもしない・・ これです、酒井流「薄味の魅力」は。なんのことはない、エッセイの基本をしっかりわきまえての個性であります。他のエッセイストとのちがいは、さりげなく酒井流ユーモアを散りばめるセンスでせうか。


 であれば、前回紹介した「金閣寺の燃やし方」はいつになく重いテーマに真剣に取り組んだ作品だったと言えます。資料調査や現地調査に多大の時間をかけ、いつものエッセイストではなく、ドキュメンタリー作家として取り組んだ。dameo はその意気込みをヨシとするのでありますが、内容が深刻すぎて酒井ファンにはあまり評価されなかったのではないか。ホームラン狙ったのにファウルになってしまった?。あと20~30年は書けそうだからバントヒットの合間に二塁打くらいは打てると思います。(2013年 集英社発行)

泡沫日記


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01 /16 2021


酒井順子「金閣寺の燃やし方」を読む

 ものすごく深刻で悲しい話なのに、なんですか「金閣寺の燃やし方」なんてふざけたタイトルは。センセ、酒井順子のイチビリを懲らしめとくなはれ。センセとは三島由紀夫と水上勉のことであります。

 昨年暮れ、図書館へいくと「三島由紀夫没後五十年」で作品の特集展示をやっていて本書が展示されていた。こんな本があるとは知らなかったので、わ、ラッキーとニンマリして借り出した。何がうれしいのかといえば、三島由紀夫の「金閣寺」と水上勉「金閣炎上」の二冊を読んだことがあり、この本は両書の成立、解説をした作品だから。

 ふざけたタイトルはいかにも酒井さんらしいセンスで、他の作家なら絶対こんな題名にはしません。著者は三島由紀夫ファンだと言ってるので作品の評価は三島寄りになるのかと思いきゃ、本書では水上応援団になっている。自分自身の読後感、感銘度でも圧倒的に水上ヨイショ側なので、さらに酒井ファンになってしまった。

 金閣寺放火事件は昭和25年7月に起きた。犯人は寺の徒弟であった林養賢。放火の動機は、表向き厳しい戒律のもとに維持されている禅宗寺院が実際は高僧まで堕落した生活に明け暮れていることへの反感だったといわれる。さらに林は生来吃音であることや病弱な身体から人生の将来に絶望していた、とされた。当人は放火後、自殺するつもりだったが大文字山の山中で逮捕された。

 この大事件を二人の作家がそれぞれのイメージで描いた。三島は放火の動機を「美への嫉妬」などとして小説に、水上はドキュメントとして犯人の不遇な生い立ちに肩入れして執筆した。表向きの印象をいうと、文章は三島のほうがずっと上手でなめらか、対して、水上の文はのつこつして、つっかえるという感じ。車にたとえたら、三島はベンツ、水上はエンストを起こしそうなおんぼろ軽トラックという感じだ。

 しかし、読後の感銘度では水上「金閣炎上」が断然勝る。水上と犯人が同郷(若狭の寒村)だということが強い共感を呼ぶ。犯人の出生地である成生という集落の細々した描写を読み、地形図を購入して犯人の育ったお寺の位置や自然環境を確かめたくらいである。酒井さんもこのあたりの現場調査に力を入れていて、水上と犯人が一度だけ峠道で偶然に出会ったシーンを自分が目撃したみたいに丁寧に描いている。

 犯人、林養賢は収監後、結核が悪化し、統合失調症も発症して衰弱し、27歳で亡くなった。唯一の肉親だった母親は事件直後、警察に呼び出されて事情聴取された。そのときの衝撃が大きく、帰宅するべく乗った山陰線の列車が保津峡を通過時にデッキから飛び降りて自殺した。
 金閣寺と保津峡トロッコ列車・・観光客で賑わう有名観光地が薄幸の母子の悲劇の現場であったことを知る人はもうほとんどいないのではないか。もう70年昔の事件ですからね。

三島由紀夫と水上勉、いずれもファンの多い作家だけど、両方とも好きという人は少ないような気がします。この本との出会いをきっかけに「金閣寺」と「金閣炎上」読み比べてみてはいかがでしょうか。同じテーマを扱いながら、作家の個性の違いがくっきりとあらわれている作品です。

参考
三島由紀夫 「金閣寺」    1956年発行
水上 勉     「金閣炎上」 1979年発行

金閣寺


ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
01 /14 2021


沢木耕太郎が語る<旅の魅力>論を紹介

 コロナ禍のせいで日本全国旅行禁止みたいな風潮になってしまいました。当面、リアルな旅はしにくいなか、ネットで出会った新潮社のPR記事を紹介します。沢木耕太郎の「旅のつばくろ」刊行に際してのインタビューです。
引用元 https://www.shinchosha.co.jp/book/327521/
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 つばめのように軽やかに。人生も旅も――。沢木耕太郎、初の国内旅エッセイ

編集者―この作品は、日本国内の、とりわけ北の地方を歩いて書いたエッセイ集ですが、沢木さんの「はじめての旅」をなぞるようなところがあるのが印象的です。十六歳、高校一年生の春休み、国鉄の東北均一周遊券と三千円ほどのお金を持って出かけた旅でした。

沢木 当時ちょっとしたアルバイトをしていて少しお金が貯まっていたんです。それを使って、ザックに毛布を詰めて上野駅から奥羽本線に乗り込みました。でも、長い年月のあいだに、どこをどう歩いたのか、記憶が曖昧になっていたんです。いつかその旅を「再構築」してみたいという気持ちはずっと持っていたんですが、折よくJR東日本の「トランヴェール」という車内誌が、旅のエッセイを書いてくれないかと声をかけてくれました。はじめての旅から五十年以上がたった今、新たに北の土地を歩いてエッセイを書くことで、はじめての旅を再構築できるかもしれないと思いました。十六歳のときの旅が蘇るかもしれない。あるいは全然蘇らないということがわかるかもしれない。はじめての旅の記憶がひとつの層としてあり、そこに新しい旅をして生まれる層を重ねて書いたら面白いんじゃないかと思ったんですね。

司馬遼太郎の旅
――旅を重層的に書くということですか?

沢木 司馬遼太郎さんが『街道をゆく』という一連の作品を書いていますよね。司馬さんの旅というのは、出版社が何もかもお膳立てして、記者や編集者、挿絵画家、その土地に詳しい人なんかがマイクロバスに乗って大勢同行するというものです。それじゃあ旅というよりは「大名行列」じゃないかなんて、ちょっと冷ややかに見ていた(笑)。

 だけどある機会があって、青森を歩いて書かれた『北のまほろば』を読み返してみて、印象が変わったんです。そんな単純な話ではないぞと思って。この作品の一番の表層は、もちろんその大勢の同行者たちと土地を歩いて取材していくというものですが、そのすぐ下に司馬さんが産経新聞の記者だった頃に取材をしたり、会った人々の記憶の層が加わる。青森出身の棟方志功と一度だけ会った時の印象なんかが語られるわけです。さらに作家として生きてきた時間の中で交わった、作家や文化人とのかかわりから生まれてきた記憶の層がある。
 たとえば直木賞の選考委員だった今日出海やその長兄の今東光。二人も青森に縁の深い人で、素敵なお母さんの話が出てくる。そして司馬さんが小説を書くために取材をし、勉強もした、戦国時代から幕末、明治に至る歴史の層がある。最後に「仮説の証明」という層も加わってくる。縄文時代に青森を中心とする北の国に豊かさや美しさがあったという司馬さんの仮説がいろいろな形で明らかになっていく。あるいは自分自身で深く納得していく……。

 『北のまほろば』という作品はこうした五つの層が豊かさを生んでいるんです。それに比べると、僕のこのエッセイ集は、たったの二層にしか過ぎません(笑)。まあ、僕が大学を卒業して、フリーランスのライターとして取材をし、人と出会い、触れ合ったり、付き合ったりしたという層が加わって、かろうじて三層ぐらいになっているかもしれませんが。

――就職した会社を一日で辞めて、フリーランスのライターになり、しかし先が見えないという時期のことも書かれています。永六輔さんや小澤征爾さんに取材したときのエピソードも印象深いですね。沢木さんにもこういう時代があったんだな、と。

沢木 でも、重層性ということでは司馬さんの足元にも及ばない。だから司馬さんには、心の中で密かに「生意気なことを思っていて、申し訳ありませんでした」と謝りました(笑)。

「旅の性善説」

――十六歳のとき、はじめての旅の行き先に東北を選んだのはどうしてだったんですか?

沢木 それはごく単純な話で、東北には長い夜行列車の路線があったから。それに乗ることで宿泊代を浮かせることができるわけです。少年の僕には、一人でどこまで長く旅を続けられるかが大事でしたからね。その旅の前年、つまり中学三年生の時、船に乗って大島まで行って、三原山に登ったんです。途中で親切なお兄さんに出会って、「このテントに一緒に泊まってもいいよ」と言われたんだけど、急に不安になってしまいましてね。どこかで罪を犯した逃亡者じゃないかと下らない妄想をしてしまって、三原山から下りたあと、まっすぐ波止場に戻って船に乗りこんで帰ってきちゃったということがあったんです。「あら、一週間は帰ってこないんじゃなかったの?」なんて、姉たちにからかわれました。よし、今度はちゃんと行くぞと思ったんでしょうね。いま思うと、よく親が出してくれたなと思うけど。

――宿を予約しているでもなく。

沢木 そう、まったく。車中泊と駅のベンチが大半で宿には二泊だけでした。なのに、帰ってきても「ああ、お帰り」というぐらいだった。でもそれが僕にとってはよかったんだろうと思います。あらゆることを任せてくれたということが……。いま思い出すと、僕は特別に早熟な子どもではなかったと思います。平凡な、ごく普通の高校生だった。ただ、一人で何でも決めて、一人で何でもやるということが、ほかの人よりほんの少しだけ早かったかもしれない。一人で何かをするという経験は、その後の僕にとって決定的に重要だったような気がします。

――旅ではいやな思いはしなかったんですか。

沢木 それが全然なかったんです。上野から奥羽本線に乗って、まず最初に秋田県の寒風山に行きました。そのときの僕の旅の基本的な方針は、かっこいい名前のところに行くという、ただそれだけだったもんだから(笑)。寒風山って、かっこいいじゃないですか。それで山から下りて道を歩いていると、トラックが止まって、「あんちゃん、乗んな」って言って乗せてくれた。運転席の前にリンゴが置いてあって、運転手さんが「そのリンゴ、一個持っていきな」と言ってくれました。

 今はみんな、旅をするときにミネラルウォーターをザックに入れて歩くでしょう。昔はミネラルウォーターって高かったので、その代わりに僕はいつでもリンゴを一個用意していました。水分補給できるし、何かあったときにはお腹の足しにもなる。今でも旅していると、ホテルの朝食のュッフェで必ずリンゴを一個失敬して、ザックに入れておきますが、あの旅のあの経験が原点だったんだなあと思います。寒風山のトラックの運転手さんにリンゴをもらう。あるいは北上の駅でベンチで寝ていたら、ホームレス風のおじさんが滑り落ちた毛布を掛け直してくれる。

 僕は「旅における性善説」の信奉者ですが、その十二日間の旅は、そういう親切に満ち満ちていたんです。まさに、旅の神様の「恩寵」に満ちていた。そもそも、最初の、上野からの奥羽本線でも、向かいに座った人にヤクザみたいなおじさんがいて、東京の裁判所から召喚状が来たから行ってきたんだとか意気がっていたんだけれど、僕が何も食べ物を持ってきてないということを知ると、バッグからあんパンを取り出して、「食べな」と言ってくれたりしてね。

長く旅を続ける方法

――そもそも(笑)、少し楽観的でないと、旅って楽しめないのかもしれませんね。

沢木 どちらかと言えば僕は楽天的な人間だと思う。文章を書く人間には向いてないのかもしれないんだけど(笑)。僕だってもちろん過去を回想して文章を書いたりします。けれど、行動においては、過去のことに拘泥するということはあまりないんですね。たとえ、うまくいかないことが起きたとしても、それを面白がるということが、とりわけ旅を続ける上では大事だと思います。家族の者には「一晩眠ると、みんな忘れちゃうだけでしょ」なんて言われるけど(笑)。実は、そうなんです(笑)。旅をしていく中で、それが強化されていったということはあるかもしれません。過ぎたことに拘泥すると前に進めなくなりますからね。旅を続けていくにはフットワークを軽くしたい。だから可能なかぎり荷物を少なくする。それと同じように、生活もできるだけ簡素にしておくと、動きやすくなる。生活を大きくしなければ、無理にお金を稼がなくても済むし、借金もせず、贅沢もせず、軽やかに生きていくことができる。旅も人生も、きっと同じなんでしょうね。

――いつでも旅に出ることができるというのは素敵なことですよね。

沢木 僕はできるだけ予定を入れないで済む人生を歩みたいと思ってこれまで生きてきました。締め切りなんていうものをなるべく抱えないでね(笑)。もちろんたまには雑誌の連載を引き受けたりもするわけだけど、そんなものはその気になれば、全部書いて、編集者に渡しておくことだって可能なわけで、さほど行動を制約されるものでもない。手帳に先の予定が埋まっていないと心配だという人がいるけど、僕はどれだけ手帳を空白にしていられるかということに、人生を懸けてきたようなところがあります。

――長い空白があるとホッとする。

沢木 そう。今年なんか、本当の意味での約束なんて、二つぐらいしかないんじゃないかなぁ。それを除けば手帳は真っ白という感じですね。そういう人生を生きたいと思ってきました。そして、ほぼ、そういう人生を送ることができてきたと思います。

好きなものが一つあれば人生はOK

――若い人たちが旅に出ない、内向的になっていることを嘆く向きがありますが……。

沢木 よくそういうことについて意見を述べよと求められるんだけど、基本的には何も言わないで来ました。これからもたぶん言わないでしょう。誰かに何か偉そうなことを言われるの、やっぱりいやだなと僕は思うから。でも、単純に何かに興味を持てば人は動き出すというところがありますよね。人生にとって一番大事なことって、好きなものを一つ持つということだと思うんですよね。

――そうですね。

沢木 どんなことでもいいから、好きなことを一つ持っていればいい。それは何でもよくて、趣味であったり、あるいは好きな人であったり、ペットだったり、とにかく好きだというものが一つでもあれば、人生は一生、楽しく生きていけると思う。それはきっと巡り巡って、例えば外国に出かけるといったことに結びつく契機になるかもしれない。とにかく好きなものを一つ持てば、人生はそれでOKだと僕は思っています。

――内向的になって、外に向く目が弱くなるということは、好きになる気持ちが弱くなることなのかもしれません。

沢木 外に向かう感情、他者に向かう感情の架け橋がなくなっていくのはあまりよくないことですよね。好きになるということは、関心を持つということで、関心を持つということは、ほとんどもう好きであるということと同じことのはずですから。何かに関心を持ち、何かを好きになるという感情が痩せてしまうと、ちょっと困ったことになるとは思います。

(さわき・こうたろう ライター) 「波」2020年5月号より

                                            ~引用おわり~

sawaki

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読書感想文

読書感想文
01 /11 2021
 
田辺聖子「私本・源氏物語」を読む
 日本の文化遺産といってよい「源氏物語」をコケにした、おふざけ源氏物語。もともと読む気なんかなかった「源氏物語」ではありますが、本書を読んで200%原作を読む気がなくなりました。田辺センセもけったいな本を書きはります。こんな本、誰が読むねん、と思って奥付を見たら、あちゃ~、85年から91年までに14刷とある。もしや10万冊くらい売れたのかも知れません。誰が買うてん、こんな本。

 田辺聖子は源氏物語の現代語訳本として、与謝野晶子や、谷崎潤一郎や円地文子とならぶ立派な「新源氏物語」を書いている。それで十分ではないかと思うのですが、このイチビリすぎる「私本・源氏物語」もぜったい書きたかった、と本人が述べている。まあ、そういう発想も田辺聖子らしいけれど。

 本物の雅の世界ではなく、思いっきり俗物源氏物語を書きたかった。よって、本書に登場する人物は光源氏をはじめ、全員が今ふう大阪弁を語るのであります。えらいこっちゃ。

 たとえば、こんな場面。夜ごと美女のもとへかよう光源氏、若い美人に飽きてしまい、ある夜、付き人の中年男(おっさん)に、婆さんもええもんやで、とのたまう。「私も若い女は飽いたよってに、ここらでひとつ、年かさのオナゴに当たって経験ふやそ、思うてな、典侍(ないしのすけ)をくどいた」 おっさんはおどろいた「年かさはよいが、五十七、八とは・・。程度(ほど)ちゅうものがおますがな、もうちょっと頃合いの年かさのご婦人、おられませんのか」「いや、三条のが四つ上、六条のが八つ上や」

 全編、こんな会話が繰り返されて話が進む。田辺センセ、書いてて楽しいけど、どっかで打ち切らんとズルズル続いて果てがない。・・ので、明石の汐汲み女がでるところで打ち止めとなる。その「明石の汐汲み女」が筋肉隆々、アスリートみたいな大女で、なよなよ男、光源氏はさすがに持てあましてしまい・・てなところでエンドになる。

 こんな、おもろいけどゲスな「源氏物語」で田辺センセは何を伝えたかったのか。ゲスの勘ぐりをいえば、千年昔、平安時代に創作された最高の文学作品とゆうたかて、よう考えたら「雅なポルノグラフィー」とちゃいますか。しかし、今さら「源氏物語」を王朝ワイセツ文学というわけにもいかず、ほんなら、ホンマはこういう本なんやで、とシモジモにもわかるように脚色したのが「私本・源氏物語」である。さらにソフトに表現するために大阪弁でごまかした。

 もう一つの勘ぐり。田辺センセは新・源氏物語を書くために平安時代の生活、風俗の細部まで猛勉強したにちがいない。しかし、その大量に仕入れた知識すべてが源氏物語に取り入れられるものでもない。それらがデッドストックになるのはもったいない。だったら、パロディを作ってそこで書いたろ。で、「私本・源氏物語」を書いた。

 たとえば、当時の貴族はどんなトイレを使ったのか、についてウンチクを述べている。大のほうは漆塗りの四角い箱で・・専任の処理係がいて、云々と「見てきたように」詳しく書いてある。そもそもあの大層な衣装(装束)を着てのトイレだから、一回毎に難作業となる。「厠」という設備がなかった時代に十二単を召した姫君が一人でトイレを済ませるなんて不可能なこと、誰でもわかる。

 食事のこともえらく詳しく書いてある。しかし、サイド情報なので本編に書く必要はほぼ無い。もったいない・・で、パロディ版に書いた。 この本読んだ人は本物「源氏物語」は読まない(読めない)。「源氏物語」読んだ人はこんなアホくさい本読まない。そやけど、どっちにアクセスするかはあんたの自由でっせ。好きなほう読んだらよろし。これが田辺センセのメッセージではないかと勝手に判断したのであります。(1985年 文藝春秋発行)
 

本 源氏物語 






閑人帳

閑人帳
01 /09 2021
 

詠み人知らず・・コロナ禍を恋歌に「変異」させた才能に感心

 NKさんからお洒落なコロナ情報が届きました。こんな楽しい変異種なら世間で感染流行大賛成です。LINEで拡散中とのことですが、どなたが創作されたのでせうか。えらい!

    しばらくは 離れて暮らす コとロとナ
             次ぎ会うときは 君と言う字に

下のNKさんのイラスト書を見ると子供でもわかります。日本語でしかつくれない落首(ざれ歌)です。これを読んで思いだしたのは江戸時代末の「泰平の眠りを覚ます上喜撰  たつた四杯で夜も眠れず」という有名なざれ歌。コロナも蒸気船も日本中を怖がらせた災厄ですが、ビビルだけでなく、ユーモアでいなすセンスも健在です。


コロナの替え歌




閑人帳

閑人帳
01 /07 2021
 

NHKニュース 新年<初ドジ>?
 めったに見ないNHK「ニュースウオッチ9」の画面を見てめまいを起こしそうになった。自分以外にもおられたのではないか。 大きなグラフ画像なので分かりやすいのがアダになった。何気にみてグラフの棒の高さと数字が合わない。なんかヘンやな、と思ってるうちに画像が消えた。

 巷にはNHKのアラ探しを趣味にするウオッチャーがいるのか、問題の画像がネットにでていたので、もう一度よく見ると、やはり表示が間違っていた。単純ミスだと思うけど、正月早々みっともない。(1月4日)


棒グラフ 左から二本目の944人より、右端の884人のほうが多く表示されている。もしや、数字を入れ間違えたのかもしれない。右が944人なら棒の高さと合う。
NHK

閑人帳

閑人帳
01 /05 2021


お正月に見たテレビ番組(12月31日~01月03日)


◆奇蹟のピアニスト 辻井伸行 (BS朝日)

 正月ではなく、大晦日の晩でした。この人のライブを聞きたくても大阪では機会がすくなく、チケットが取りにくいので未だに未経験です。2時間の番組は演奏そのものより彼の「成功物語」をたどる内容で、長い曲をフルバージョンで弾いたのはショパンのピアノ協奏曲1番だけでしたが、なかなか味わい深い、成熟味を感じる演奏でした。この曲をナマで聴いた最初の演奏会はもう50年以上昔?・・弾いたのは中村紘子、まだアイドル的人気もあった時代だったから満員御礼の演奏会だった。(フェスティバルホール)


 ショパンのつくるピアノ曲の魅力の一つがメロディに演歌でいうところの「小節」を効かせることで、この1番の協奏曲や夜想曲集などで頻繁に使われる。メロディラインにオタマジャクシ一個分だけ装飾音を加えることでとても艶っぽい旋律になります。そのコツを覚えたショパンは「これで女心をとろけさせたる」と自信をもっていたのでは(笑)。・・いや、これは dameo の勝手な妄想で世間では「なんのこっちゃねん」と笑われる、しょーもない思い込みです。


 協奏曲では、ピアニストは指揮者をチラチラ見てテンポなどを阿吽の呼吸で合わせるのですが、全盲の辻井さんはそれができない。どうするのか。おそらく身辺の空気感で測ってるのではないか。指揮者のタクトが心眼で見えてるのではないか、と想像してしまう。オケとの共同作業なのだから意志疎通は必須です。「見えない」のはこちらの単細胞判断で、実は見えてるのかもしれません。(12月31日)


◆歌舞伎座中継「らくだ」(Eテレ)

 落語ネタをパクッたおなじみの喜劇。役者によって笑いのボリュウムがずいぶん違います。今回は愛之助、左団次、芝翫、ほか。死体役・・不詳。紙屑屋をやった愛之助、熱演だけど笑いをとるチカラは今ひとつ。無難にこなしたという感じ。大家老夫婦はもっとハデに死体を怖がってほしい。アドリブも使えるのだから、正月らしい笑いがほしかった。


◆100分で萩尾望都(Eテレ)

 これが一番面白い番組でした。少女コミックなんて無縁だったから刺激十分です。紹介された作品の一つ「半神」をさっそく図書館で借りました。少女漫画業界については何の知識もないのですが、見終わって気づいたのは萩尾さんって、男性作家なら手塚治虫に該当する資質をもった作家もしれない、ということです。表現は三次元だけど、発想、思想は四次元的世界。そして、コミック=楽しいの概念をハナから無視している。四次元といってもドラえもんのそれとは違う深刻世界です。


 文学界には「純文学」という、なんかよう分からんジャンルがありますが、漫画界でも「純漫画」なるジャンルを認知したらどう?という考えも可能ではと想像します。売れ筋を量産するのではなく、作家の書きたい作品を書く。コミック売り場では売らない作品があってもよいとおもうのですが。例えば、池田理代子センセの伝記作品シリーズのグレードアップ版みたいな作品。(そんな作品、すでにあるかも知れません)


 優れた原作があり、ジブリのような優れた制作スタッフとの共同作業で、さらに日本のアニメ作品のレベルが上がる。これで外貨を稼ぐ・・おいおい金儲けの話かい? まあ、半分はそれを目指してもよいかと。 あの独裁者、ヒトラーを描いた漫画があるのだから、と言い訳を用意して、中国の文化大革命~天安門事件のドキュメントを漫画仕立てにした作品あればええのに、とまた妄想が湧きました。(出演はヤマザキマリ、夢枕獏、中条昇平、カズレーザー他とインタビューで著者当人)



古墳カラー


◆英雄たちの選択SP (NHKーBS)

 「古代人のココロに迫る」というテーマで、縄文時代から古墳時代に至る一万年以上のあいだに原日本人は何を考えて生きて来たのか、を想像します。未だに謎だらけの縄文文化は土器などのユニークなデザインから当時の死生観、民族継承の智恵、などを思い測る。弥生時代後期には「日本で最初に書かれた文字」なる資料も紹介されて興味津々です。

 
 面白い土偶のデザインを見ると、縄文時代も現代も美意識や表現力についてはほとんど変わっていないのではと思うくらいです。裸婦とか、土偶の人物像をキャンバスに描けばピカソの作品になりますからね。一昨年だったか、京都の国博で土偶の現物をみたときは、そのデザインのかっこよさに圧倒されてしまった。縄文人に負けてるやんか、が正直な感想です。

 
 脳科学者の中野信子センセの独自の見解も楽しい。日本列島では一万年昔から大規模な内乱がなかったとされる。集落の規模が大きくなり、人口が増えると、食糧問題などで争いが起きるのが常識だけど、少なくとも遺跡調査ではそんな争いは起きなかったと。殺し合って得る利益と、折り合いをつけて損害を小さくすること、そんへんの案配を智恵で解決する術を心得ていたのではないか。むろん、島国で単一民族に近い構成だったのも幸いした。


 後世、神話時代になって英雄は存在しても敵を皆殺しという征服はしなかった。神武天皇東征の話なんか、進む道すがら、あちこちで「折り合い」つけまくりです。そんな日本人のDNA、今も残っています。 福岡県の王塚古墳のカラフルな彩色空間。誰がこんなアイデアを出したのだろう。一番見たい古墳はどれか、と言われたら断然、ここへ行きたい。(出演 荒俣宏 中野信子 ほか)

カラー古墳




お知らせ・ニュース

お知らせ・ニュース
01 /04 2021



お知らせ・・・

再度、看板のかけ替えのお知らせです。
2021年1月4日より「浪花閑人帳」に変更しました。
URLは変わりません。

閑人帳

閑人帳
01 /03 2021



初詣・・コロナでお賽銭激減? 露店全廃

 例年、一日に数十万人が訪れる住吉大社、今年はコロナ対策の「三密」防止が呼びかけられたせいで大巾に減りそう。日本中の神社が三が日の売上げを減らしてしまい、その金額、何百億円にもなるかもしれません。3日の午後、お参りにいくと、混雑規模は例年の半分くらいで、3密は避けられるし、お賽銭の遠投に苦労することもありませんでした。
 
 さらに、今年は百軒以上?という露店が廃止されたため、境内の雰囲気が妙にスカスカして活気がない。安全だけど活気がないというのはお参り気分を大いに損ないます。露店も間隔をあけて営業するという方法はとれなかったのかしら。恐らく、神社も悩んだでせう。

 役所の発想による営業規制では露店は一番弱い業種です。締め出されても何の反対給付もない。給付金の申請などできないと思う。そもそも、店主名や住所もはっきりしない。いつ開業して、いつ廃業したかも不明。業者のほぼ全部が税務署なんか行ったことが無いはずです。(所得申告なんかしたことがない)20年くらい前までは裏社会が仕切っていたビジネスだから仕方ないとも言えます。

 世間の規範から外れた存在のマイナービジネスだから、登録とか申告といった手続きで「表向きのビジネス」に変えるのは大難儀でせう。逆に怪しい?商売であることが魅力というか、親しみやすさを感じさせています。「いか焼き」買って「はい、レシート」を渡されるとしらけそうです。

 ホワイトとはいえないが、さりとて「ブラック企業」というほどでもない。グレービジネスともいえる露天商のリアルライフに興味があるのですが、なぜか情報がありません。サーカスや大衆演劇の暮らしぶりはなんどか読んだことがあるけど、露天商の暮らしを描いたルポを読んだことがない。なんか、新アイデア(業種)が生まれそうな気もするのですが。

こんなに空いてる初詣風景をはじめて見た
初詣 住吉

閑人帳

閑人帳
01 /01 2021


30年前のいちびり年賀状

あけまして おめでとうございます。
 「正月はおとなしくしていろ」といわれなくても、巷のすみっこ暮らしを余儀なくされている駄目男であります。今年もよろしくお願いします。

 1980~90年代につくった年賀状とその原稿が見つかりました。10年間くらい続けた「いちびり年賀状」です。(いちびり=ふざける、面白がる、の意味の大阪弁。今は大阪でも若い人には通じないらしい)手書きか味気ない印刷か、当時はやったプリントゴッコしか表現方法がなかった時代にけっこう手間かけてつくった賀状です。

 名画の中に、芝居の舞台にさりげなく潜り込んでスマしてるところがウリです。いわば「騙し絵」の類いですが、現在のように画像の加工が簡単にできなかったアナログ時代だったので、いかにさりげなく騙すか、苦労したものです。


マネの「草上の昼食」に潜り込む
itibiri nenngajou 


ベラスケスの傑作「ラスメニーナス」(女官たち)に潜り込む
itibiri 


歌舞伎「駕籠釣瓶」の舞台に潜り込む
itibiri 


「あけまして」を逆さまにして笑いをとる。なんで?
itibiri





 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ