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閑人帳

閑人帳
08 /31 2020



●ただいま、1000人に一人のわりあい

 昨日(8月30日)時点で大阪府民のコロナ感染者数は8491人。府民人口は880万人なので、およそ1000人に一人の罹患率です。但し、大阪市民に限ると罹患率はかなり高くなります。死亡者は148人。府民では約0,02%、2万人に一人くらいの率です。

 100人中、99人は、このクソ暑い日々でも律儀にマスクをつけ、3密に気を使いながら暮らしているが、100人に一人は無頓着人間で酒場でどんちゃん騒ぎをし、カラオケで鈍感な振る舞いをしてクラスターを生む。人間だもの、こういう人をゼロにするのは極めて難しい。不可能でせう。ゼロにするには国民全部が衛生観念と行動において完全主義者にならないといけない。そんなの無理。百点を目指すなんて・・なんかヒトラーの顔を思い浮かべてしまいます。(ふる~~~)。

 日ごろの努力や工夫で99点を達成してる。これでええじゃないか、と思うのですが、その甘さがイカン?。岩手県はながいあいだ感染者ゼロが続きましたが、いつだったか、この記録が途切れた。自分が岩手県民だったら悔しがっただろうか。いいえ、ホッとしたと思います。ただし、この気持ち、忖度して近隣他人には話さない。
 

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ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
08 /29 2020



●コロナ不景気対策 「青春81きっぷ」提案

 旅行が趣味という人は多いけど、自分でプランをつくり、乗物や宿の手配もする人は半分くらいでしょうか。しかし、安くて便利、だけのパックツアーに満足しない人もたくさんおられるはずです。コロナ禍で交通、宿泊など観光ビジネスの売上げがガタ減りになったいま、なにか名案はないだろうか。・・で、思いついたのが表題の「青春81きっぷ」です。なんや、18をひっくり返しただけかい。その通りのさぶ~いダジャレでありますが、新きっぷはシニアに金を使わせるためのサービスを提案します。いま思いついたばかりのアイデアは・・。

70歳以上の人を対象に身分証明書提示で購入できるきっぷを新発売する。

1・「81きっぷ」の値段は「18きっぷ」の1割高とする。
2・「81きっぷ」は普通列車のほかに在来線の特急、急行列車も使える。
   特急券の値段は3割引き(券は車内発行)
3・新幹線は一日一回、乗車距離300km以内で利用可。
  但し、自由席のみ。特急券の割引きは3割(改札精算)
4・使用期間を大巾に増やし、年末年始とお盆の繁忙期以外は利用可能とする。
5・きっぷの有効期限は購入後1年とする。未使用きっぷの払い戻しはしない。
  (一冊5枚綴り=5日ぶん)
6・81きっぷの提示により、駅構内のコンビニ、カフェ、土産物店の会計は5%引き。
7・利用時はマイナンバーカードを携帯すること。(本人確認、事故時の対応のため)
8・新きっぷの名称は公募する。

ま、1時間ほど考えた結果のアイデアです。70歳定年が普通になることを見越した提案。父さんはおおっぴらに家出できてハネを伸ばし、母さんは自由時間たっぷりできてハネを伸ばし・・観光関連業者は潤い、家庭円満をもたらし、マイナンバーカードの普及促進にも寄与する「81きっぷ」です。

読書感想文

読書感想文
08 /26 2020



●ジョージ・ビーム編
 「スティーブ・ジョブズ 夢と命のメッセージ」を読む

 国籍や貧富を問わず、世界中の人の生活スタイルを替えた偉大な人物として、22世紀まで功績を語り継がれること間違いなしのS・ジョブズ。56歳の若さで亡くなったことでさらに賞賛のテンションが上がったみたいです。彼はどんな素敵な言葉を残したのだろうと期待して読んだけど、ハズレでした。十代、二十代の若者にはメッセージたり得るけど、彼より年長の大人に対しては説得力に欠ける。「優れたビジネスマンの発言」の域を出ない。

 言葉のインパクト、面白さでいえば、先般ここで紹介した永守重信(日本電産会長)の発言「1位以外はみんなビリじゃ」のほうがずっと頭に残ります。このレベルの言葉がない。また、ジョブズ自ら起ち上げた企業(アップル)のトップの座を追放されるという大失敗を経験しながら、後悔すれども反省せず、の態度が気になります。アップルにリターンしたら、また、いけいけどんどん一筋で、まあ、それが成功したからよかったけど、ヘタしたら二度目の追放もあったかもしれない。しかし、その一途なキャラクターが成功のモトにもなったのだから、功罪 半々でありますが。

 ジョブズはMSのビル・ゲイツを明らかに見下してるが、人間的には(性格や教養面では)ゲイツのほうがベターかもしれない。本書を読んで共感や尊敬の気持ちが湧かないのは、発言の半分が「商品自慢」であることだと思った。開発思想においては謙虚さも語られているのだけど、結局は成功者の自慢話のほうが多い。編集者のセンスの悪さが本書の価値を下げたという感じです。あの世のジョブズも「しょーもない本出すなよ」と文句言ってるでせう。(2011年 三笠書房発行)

jabuzu







読書感想文  

読書感想文
08 /22 2020


●李登輝著「武士道 解題」を読む

 阿川佐和子さんが新聞への寄稿文で、7月30日に97歳で亡くなった李登輝の業績や人柄を誉め、日本の総理になってほしかったと述べています。日本の政治家で彼と並ぶような人物はいないということで、これは自分も同感です。彼に比べれば今の日本の政治家は明快に格下です。

 その李登輝が精神の糧とした本の一つが新渡戸稲造の「武士道」。これを現代の日本人向けに解説した本です。読み手としてはなんだか台湾人の爺さんに日本人のあるべき姿を説教されてる感じがします。日本人が英国人に騎士道精神を説教するようなものです。だが、口惜しいけど、李登輝爺さんの博識、教養の高さに頭を垂れるしかない。
 それはさておき、興味深いのは、新渡戸稲造も李登輝も武士道精神を説きながら、自らはクリスチャンだったことです。そんなことで委員会?とイチャモンつけたくなりますが、言うなれば「武士道」で説かれる精神がいかに普遍性が高いか、ということになります。国民性や宗教という枠を超える説得力を持っているということです。

 それを証す一つのエピソードが、後に仇敵になるアメリカのルーズベルト大統領が発行されたばかりの「武士道」を読んでいたく感動し、自費で30冊も購入して友人たちに配ったことです。日本人でさえ理解が難しい「義」「名誉」「忠義」といったテーマの概念はよほど上手に英訳しないと分かってもらえないことを考えると、新渡戸がどれだけ苦労したかが察せられます。尤も、新渡戸の著作の動機は、いきなり米国人に武士道の何たるかを訴えたいというのではなく、米国人のヨメさん、メアリーが「ブシドーって何なのよ」とまるで理解してくれなかったために、まずはヨメさんを説得するために武士道をどう解説するか、これが動機になった。そのためには西洋の「ノーブレス・オブリージュ」の研究が不可欠であり、儒教も学ばねばならず・・という学習の積み重ねを経て「武士道」の位置づけができた。宗教と道徳律との相関性を学ぶのは容易でなかったはずです。そして、西洋人読者にとって「武士道」の理解を助けたのが「ノーブレス・オブリージュ」です。自己犠牲の概念で相通じるものがある。読者の地位や教養が高ければすんなりと受け入れることができたのか知れません。

 李登輝は「武士道」を読んだだけで感化されたのではありません。異常に早熟だったらしく、子供じぶんから「死生観」にとらわれて悩んだという。十代から哲学書を読みふけり、トマス・カーライルを出発点にして、カント、ヘーゲル、ショウペンハウエル、ニーチェ、等の書を読破、一時はマルクスにもはまった。京大時代には西田幾多郎や阿部次郎などの作品も読んだ。「武士道」に出会ったのは台北の高校生のときだった。ならば、京大では文学部哲学科に席を置いたのか、というと、それが違って「農業経済学」なのがユニークです。実際、政治家になる前はこの学問がメシの種でした。本当に頭のいい人は何をやっても一流に成り得るという見本です。(2003年 小学館発行)



 李登輝





閑人帳

閑人帳
08 /21 2020


●古いアルバムの再編集

 コロナ閑を生かして昔のアルバムを作り直しています。昔、というのは1960年代、昭和40年代のことで9割以上が白黒写真です。アルバム自身の品質が悪くてあと何十年ももたないと思ったのも作り直す動機になりました。もう余命いくばくもないのに、今さらそんなことして何になる?という気もするけど、これも趣味の一つと思ってシコシコ作業しています。 個人のアルバムの作り直しなんて、しょせんゴミの再生産でしかないとも言えますが、唯一、ネウチがあるとすれば「時代」が写ってることです。半世紀前の自分の姿や風景が記録されてる。写真の上手、ヘタ関係なく、時代が写ってることにネウチがあります。

 さりとて、昔の写真を全部残すというのも、たいていははた迷惑になります。両親が旅行のアルバムを30冊も残して亡くなったら、ほとんどゴミとして処分される。保存するネウチも未練もないと判断されるからです。だったら、当人が生きてるうちに「編集」してコンパクトなかたちで残せばゴミ扱いされない。ここでいう編集とは、記録の大半を自分で捨てる作業だと言えます。で、実際にやってみると結構手間がかかり、なかなか進みません。十分にヒマがあり、こまめな性分の人におすすめします。


手前は編集済みの「蒸気機関車のある風景」向こうは編集中の「青春の旅・さいはての旅①②」A5クリアファイルを使用。

arubamu





読書感想文   

読書感想文
08 /19 2020



●川勝宣昭著
 「日本電産 永守重信社長からの42枚のファクス」を読む

 いま、日本で一番注目度の高いカリスマ経営者、永守重信氏に仕えていたのが著者の川勝氏です。日産を55歳で部長定年になったとき、スカウトされたらしい。そして約10年、永守社長の厳しい指導で赤字会社を黒字化し、期待に応えたうえで退職してコンサルタント事務所を開いた。著者にとって永守氏は恩師であり、その経営のハウツーを分かりやすく伝えています。7月23日のテレ東「カンブリア宮殿」に出演していたのを後半20分くらい視聴し、興味をもって本書を読みました。

 「二位じゃ駄目なんですか」「あか~~ん、一位以外は全部ビリじゃ」これが永守流の発想です。仕事以外にはなんの楽しみもない。一日に16時間働き、元日以外に休日はなし。・・と書けば、すごいブラック企業のように思えるが、そうではない。今どき、搾取するだけの経営ではとても生き残れない。M&Aで買収した企業も社員を減らしたりせず、まるごと引き取る。その状態で赤字会社を黒字化するのが永守流。こうして世界中でM&Aを繰り返し、今や年間売上げ1兆5千億に達する。個人資産は5千億。孫正義のようなあぶく銭稼ぎではないところが立派ですが、果たしていつまで成長するだろうか。ご本人は120歳まで生きてバシバシ稼ぐと意気軒昂です。

 著者は永守氏に鍛えられて成功した幹部の一人なので仕事のハウツーに関しては永守流をベタほめしていますが、人生まるごともコピーしたいかというと、そうではありますまい。業界での儀礼的付き合いや友だち付き合いなんて時間の無駄の最たるものと言う考えだから、普通の人には耐えがたい「一人ぽっち」でありませう。それを全然気にしない人柄はトレーニングでは無理、生来の才覚だと思います。

 小型モーターの生産で世界一を目指すという大目標はもう達成されてるのではと思いますが、目標はもっと上にあるとすれば、もしやEV(電気自動車用)モーターで世界を席巻できる企業を目指してるのではないか。ならば、敵はトヨタやテスラやベンツです。これらを凌ぐ高性能モーターで世界に君臨する。会社が儲かるなんてケチな話ではなく、国益に寄与する大企業にしたい。それが夢なら、ホント、1分、1秒たりとも無駄にできない。一日、20時間働いて下され。(2016年 プレジデント社発行)

nagamorihonn







アートシーン

アートシーン
08 /15 2020



●「mt展」 ~マスキングテープでつくるアート展~

 文房具店や100均店で売っているマスキングテープ。色柄が何百種類もあって、みなさん、これを何に使ってるのかと訝っていましたが、まさか、アート作品の材料になっているとは・・驚きました。素人の趣味どころではない、ゲージツ作品に使われているのです。
 その小さな展覧会が中之島中央公会堂で開かれているので拝見。テープのメーカーが宣伝を兼ねての開催です。下の写真でもお分かりのように、テープを貼りまくった作品とは思えない細密な仕事ぶりが分かります。もし、小中学校の図工の時間に教材として使われたら大量の消費が見込めます。アートでなくても、いろいろ装飾に使えるので当分の間は流行り物になるのではと思います。(8月21日まで・地下会議室)

作品例
mt展


同ディティール
mt 





mt 



大作「睡蓮」
mt 


同ディティール
mt 







閑人帳

閑人帳
08 /12 2020



●日本列島縦断ですごい新記録
          ~自転車漕いで6日間で走破~

 コロナ禍でうっとうしい話ばかりのなか、スカッとするような快記録が生まれました。高岡亮寬さん(42歳)が自転車による新記録を目指して力走、鹿児島県・佐多岬から北海道・宗谷岬までの2600キロを6日13時間28分という、ホンマか?と思うような早さで走破。一日平均にして400km以上になるから、まるで車でのドライブ旅行なみです。ものすごい体力、精神力の持ち主でなければあり得ない記録です。(過去の記録は7日19時間37分)

 但し、ウオークでの日本縦断のように自分で重いリュック担いで、というプランではありません。自らが自転車店のオーナーだから最高の自転車を使える。また、全コース伴走車つきだから本人は空身で自転車漕ぎに専念できる。まあ、そこんじょらのサイクリストにはできない恵まれた条件でのチャレンジです。
 それにしても一日400kmというのはしんどい。高速道路でいえば、大阪~沼津くらいの距離になる。(静岡より50kmくらい東京寄り)これを一般道路で、信号待ちもしながら走ります。仮に、午前4時(薄明るくなる時刻)にスタートし、午後6時に走り終えるとしたら行動時間は14時間、このうち、実走行時間を12時間とすると・・400km割る12で平均時速33kmとなります。マラソンの1,5倍くらいの速さです。これを毎日12時間・・。タマラン重労働であります。

 一日目にはや九州を抜け、二日目には広島、岡山あたりを走っていたことになります。ウオークでの列島縦断と同じく、効率よく距離をかせぐために日本海側の道を北上します。山越えはしたくないから、もしや下関から山陰側のコースを選んだかもしれません。海沿いのすてきな景色を楽しむ余裕はあったのでせうか。他人事であっても素晴らしいチャレンジと結果に楽しくなります。伴走車がついていたのならドキュメント映像を記録してるかもしれない。ぜひ奮闘ぶりを見たいものです。

jitennsya


閑人帳 

閑人帳
08 /08 2020



● 球磨川流域・住民聞き取り調査報告集編集委員会著
    
「ダムは水害をひきおこす」を読む

 先日来、中国の洪水に関する情報を伝えてきましたが、国内でも大きな被害が出ていること、ご存じの通りです。一番規模が大きいのは熊本県の球磨川流域で約60名の死者、行方不明者がでました。
 球磨川は急流の川であるとともに清流としても知られ、当地の大事な観光資源でもあります。しかし、この風光明媚で恵み豊かな川は大雨による災害も多く、住民を苦しめてきました。本書の巻頭に球磨川の水害年表があり、これを見ると、災害の頻度、規模、そして死者の多さに驚きます。年表から人命被害があるものだけをピックアップしてみると・・・(死者数には行方不明者も含みます)

1671年(漢文11年) 大洪水
1677年(延宝5年) 死者432名
1755年(宝暦5年) 死者506名
1888年(明治21年) 死者3名
1944年(昭和19年)  死者23名
1954年(昭和29年) 死者6名
1954年(昭和29年)  死者28名
1963年(昭和38年) 死者46名
1964年(昭和39年) 死者9名
1965年(昭和40年)  死者6名
1971年(昭和46年) 死者6名
1972年(昭和47年) 死者2名
1979年(昭和54年)  死者7名
1982年(昭和57年) 死者1名
1982年(昭和57年)  死者4名

1982年以後も水害は続きますが、幸い死者は出なかった。
 そして今回(2020年・令和2年)の大被害です。床下浸水レベル以上の被害は明治以後27回経験しており、住民の生活史のなかで水害被害を被っていない人は少数ではと思うくらいです。なお、現在、流域には三つのダム(いずれも昭和時代に完成)があり、四つ目に計画されているのが「川辺川ダム」これが本書の主役です。本書で提示される結論を言うと、住民のほとんどは「ダム建設反対」を唱えています。

 住民の生活体験に基づくダム建設反対論はいずれも説得力があり、もし、自分が球磨川流域の住民だったら同じようにダム建設反対を唱えたかもしれない。住民のなかには建設反対どころか、既存のダムの撤去を要望する人もいて、ここではダムは災いのモト視されてるようです。

 治水問題だけでなく、球磨川の美しい自然景観やアユなどの生物環境を守るためにもダムは百害あって一利なしとみなされている。本書はこのような住民の故郷愛をベースに意見集約した本です。公平を期すという意味では少数のダム建設賛成論も紹介するべきではないか、と思いますが、実名を出して賛成論を述べるにはすごい勇気がいるだろうと想像します。ヘタすれば、昔風の村八分にされかねない。

2008年、本書「ダムは水害をひきおこす」が発行された。
同年、知事選挙で蒲島知事が選ばれた。
同知事は球磨川の治水について「ダムによらない治水」を唱える。
2009年、「コンクリートから人へ」を唱えた民主党が政権を奪取。

 このような情勢に至り、川辺川ダム計画は頓挫した。問題はそのあとです。2008年から今年の大水害までの12年間、知事(行政)も住民も「何もしなかった」。知事は「ダムによらない治水(が望ましい)」と言ったまま、なんの施策もとらなかった。住民はダム反対論が地域の多数派になったことで安堵した?。ダムが水害を引き起こすのであるなら、逆に、ダムがなくても水害は起きないハズ・・と思い込んだのか。

 まさか、そんなひどい思い違いはしないと思いますが、実際、行政も住民も球磨川の基本的治水に関しては「何もしなかった」。水害後の記者会見で蒲島知事が球磨川の治水策を問われ、苦渋の表情で「何もしなかった」と答えた。たまたま、このTV画面を見た駄目男が、後日、たまたま図書館で本書を目にしたのがこの記事を書く動機になりました。

 60人もの犠牲者を出した大水害の原因は想定外の集中豪雨でありますが、被害を拡大させたのは行政の無策と住民の油断ではないか。防災関係者からはそんな指摘がなされてるかもしれない。
 知事には災害関連で大きな宿題があります。熊本地震と今回の球磨川水害です。地震発生については知事に何の責任もないが、球磨川水害には「無策」だった責任を問われる。住民の油断は悲しいことながら、水害慣れしているせいでは、と想像します。床下浸水など珍しくないため、避難 や片付けのハウツーができていて「またか」という感覚だった。それに、死者が出るような大きな被害は1982年以後なかった。40年間の「対処できる水害」に慣れてしまったのが油断を招いたのではないか。

 2017年、となりの福岡県朝倉市で今回と同じ規模の大水害が発生した。他人事ではなかったはずなのに、球磨川での被害がなかったので他人事視した、といわれても仕方ない。
 知事の「ダムによらない治水」は12年間、なんのアイデアも出なかった。ダム反対を唱えた住民の反対論も結局は住民の経験則の範囲内でのダム不要論だった。経験したことのない大雨ではどうなるか、朝倉市での恐ろしい実例を知りながら、知らん顔した。ダム反対を強力に唱えた人で今回、身内を亡くした方がおられたらどんなに辛いことだろう。

 むろん、川辺川ダムをつくっていたら今回の水害は起きなかったと決めつけるのは間違いです。しかし、被害を大巾に軽減できたことはほぼ間違いない。なのに、住民は逆に「ダムが水害をひきおこす」と考えてこの本をつくった。ここまで明快にダムを悪者扱いにした以上、もうダム必要論は唱えられない。十数年前まで、西の川辺川ダムと東の八ッ場ダム(群馬県)は無駄な巨大公共工事の見本として批判され続けてきた。しかし、八ッ場ダムは工事完成直後、台風による大雨で貯水の役目を果たし、無駄な工事ではなかったことを証明した。コンクリートから人へ、という旧民主党の発想こそ無意味であることを知らしめた。

 このたびの水害の被災者のほとんどが「ダムが水害をひきおこす」と論じた人たちであることがいっそう当事者を苦しめる。住民が国や県の無能を批判すれば、きっちりブーメランとなって我が身を傷つけるだけである。12年間におよぶ無為無策はさらに延長されるだけなのか。(2008年 花伝社発行)

ダムが水害をひきおこす






閑人帳

閑人帳
08 /05 2020



● 偉大な統率者だった 李登輝

 下の青色文字の文は2016年2月14日にこのブログに投稿した読書感想文(当時のタイトルは「読書と音楽の愉しみ」)です。先日亡くなって国の内外から多くの追悼の言葉が寄せられており、昔ふうにいえば「建国の父」的存在になった。

●李登輝著「李登輝より日本へ贈る言葉」を読む

 考え事をするときは日本語で考える、というほどの親日家。今年93歳。本書の出版は2014年、91歳のときだから、もう死ぬことを忘れたんとちゃいまっか、と言いたくなるくらいの元気じいさんです。台湾の現代史の生き字引みたいなおじいさんでもあり、本書を読めば、台湾の近、現代史がほぼ分かります。


147頁に超カンタンな台湾統治史が書いてあります。
1624年 オランダが台湾南部を占領
1626年 スペインが台湾北部を占領
1642年 オランダがスペインを駆逐、台湾の統治者に。
1663年 明の将軍、鄭成功が渡来してオランダを追い出し、
            台湾の統治者になる。
1683年 清国が台湾を併呑、清国の一部になる。
1895年 日清戦争後、台湾は日本の一部になる。
1945年 日本敗戦。連合軍から委託された国民党が進駐。
1951年 サンフランシスコ条約締結により、日本は台湾を放棄するが、台湾の主権の帰属は決まら ないまま現在に至る。

日本の過去400年の歴史に比べれば、外国の侵略、干渉が多くて、難儀な歴史をもっていることが分かります。この時代の「日本史」はほとんど国内問題だけにとどまるのに比べ、かなり深刻です。一番の難儀は、未だに独立国になれないことです。国連に加盟したくても、ほとんどの国に承認してもらえず、オリンピック参加においても「台湾」「中華民国」何れも名乗れない。(参加するときは「チャイニーズ・タイペイ」という名称にしている)要するに、世界中から継子扱いにされている。独立を阻んでいるのは、もちろん中国です。

そんな難しい舵取りを求められる台湾において、李登輝氏はのべ三代にわたって総統をつとめ、なんとか平穏な国政を維持してきた。そのまとめ方の上手さは政治手腕以前に彼の教養や人格がプラスになっているように思えます。独裁者になろうと思えばなれたのに、その道をとらなかった。このようなタイプの政治家は、アジアでは彼一人ではなかったか。

 もし、台湾が韓国のような反日国家だったら・・当然、両国はタッグを組んで日本に嫌がらせを仕掛けるでせう。中国と北朝鮮も合わせて、隣国=すべて敵対国になりかねない。ほとんど意識しないけど、台湾が親日国であることはとても大きな救いになっています。(2014年(株)ウエッジ発行)

李登輝氏の経歴
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E7%99%BB%E8%BC%9D (引用ここまで)


ritouki

 上記の感想文を書いてからまだ4年しか経たないが、李登輝のイメージは変わっていない。なんとアタマの良い爺さんなのかと感心した感想も変わらない。それは無論彼の資質によるところが大きいが、次ぎに影響したのが日本での教育、学習の成果だった。外国人なのに日本人以上に「日本にはまった」ことが人格、教養の向上に大きく寄与した。

 日本贔屓の例としてしばしば引用される自身の言葉「難しいことは日本語で考える」という不思議な表現は台湾人の劣等感から出たものかも知れないが、自分の想像では当時の台湾の民度では高度な抽象概念を表すための語彙がなかったのではないか。日本へ留学し、京大で農業経済学を学ぶ傍ら、「古事記」から「源氏物語」「枕草子」「平家物語」「武士道」まで読破して日本文化のハイレベルに圧倒されてしまった。日本は台湾よりは文明開化でちょっと先輩・・の国ではなかった。文化の基本のキである言語においてとても日本にはかなわないという思いがこんな自虐的発言を生んだのではと思っている。(安倍首相が「難しいことは英語で考える」なんちゃったら大問題です。死ね、非国民野郎!と言われても仕方ない)

 李登輝の立派な仕事ぶりに比べ、隣の韓国の歴代大統領のお粗末ぶりはいかばかりか。初代の李承晩から先代の朴までほぼ全員が惨めな末路をたどった。失脚、逮捕、暗殺、自殺・・これほどクオリティの低い統治者はアジアで一番、世界でもワーストクラスでありませう。それを恥じない韓国民の民度の低さはもう救いがたい。日本人の3割くらいは、ホンネをいえば、台湾と国交を回復させ、韓国とは国交断絶を望んでいるのではないか。

 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ