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読書感想文

読書感想文
12 /29 2019


●山本藤枝著「現代語で読む<太平記>」を読む

 今年読んだ本のなかでは一番印象深い作品。この本に出会わなければ太平記なんて難儀な古典に接すること100%なかったでせう。文庫本240ページに膨大な情報を凝縮かつ分かりやすく表現している。
  それにしてもややこしい話である。何十人もの天皇、公家、武家、僧侶などが出入りし、登場人物の名前を覚えるだけでも苦労する。後醍醐天皇、足利尊氏、新田義貞、楠木正成、高師直、くらいはなんとか知ってるけれど、これの20倍くらいの人物がバイプレイヤーとして登場し、結構、重要な役目を果たすので、もう話がこんがらがって何度もページを遡りつつ読んだ。でも、その物語の波瀾万丈ぶりが十分読み応えありだから止められない。

 主役の一人である後醍醐天皇は天皇としては珍しく「政治も行う」天皇で幕府に対抗して新しい発想で「建武の中興(新政)」なる政策を唱えたことは教科書で習った。なのに、その反面、人格的に駄目なおっちゃんでもあり、都を追われて笠置や吉野の山中を逃げ回るという、天皇らしからぬブサイクな体たらくをさらし、結局、捕らえられて隠岐の島へ島流し・・。これも教科書に載っていましたね。これでくたばるのかと思いきゃさにあらず、密かに島を脱出し、軍勢を整えて都へ帰還・・。この執念、バイタリティは凄い。天皇のイメージから外れている。

 江戸時代に成立した「仮名手本忠臣蔵」の序章に出て来る高師直(こうのもろなお)は太平記の高師直を400年ほどスライドさせて登場するが、歌舞伎ではパワハラ親父として描かれている。太平記でも執事として有能である反面、陰湿なイジメ役として描かれている。ということは、江戸時代には庶民のあいだでも太平記の世界がそこそこ知られていたことになります。単純な勧善懲悪物語では師直は悪役の見本みたいなイメージだった。(赤穂事件をリアルに描いた作品は真山青果作「元禄忠臣蔵」で昭和時代に完成した。)

 太平記ではもうイヤになるほど合戦場面が何度も出てくる。そこで気になるのが戦闘員の人数であります。湊川合戦では足利尊氏の軍は30万、水軍が調達した大型船700隻といった数字が出てくるけど、ホンマか?と疑ってしまう。応援に駆けつけた上杉軍が8万・・。ちょっと数字を盛りすぎじゃありません? 30万の兵士が巾3間の道路に並んで行進したら行列の長さいかほどになるか。仮に1キロに1万人並んだとしても30万人なら最後尾は30キロも離れることになる。

 甲子園球場満タンの人数が4万5千、これの6~7倍のスケールに相当します。十分の一の3万でも大群衆で、指揮官が兵士に命令を発するとして、どうしてそれを伝えるのか。スマホも拡声器もない時代、情報を伝えるだけでも大難儀のはずです。実際には馬も加わるのだから行列の長さはさらに長くなる。兵士の食糧補給はどうするのか、まで考えるとこれらの数字はとても怪しい。本当は十分の一くらいではなかったのか。逆に「楠木正成が五〇〇余騎を率いて突撃」なんて場面はリアルに想像できます。太平記を記したのはもちろん当時のインテリですが、インテリといえば公家か僧侶しかいなかった時代、軍事情報に疎いまま、武家の話を丸呑みし、ときに自分で数字を盛ってしまったのではないか。

 ともあれ、中世史の一部を学ぶには恰好の本です。大苦労して現代語でまとめてくれた著者に感謝します。(1990年 集英社発行)

太平記






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閑人帳

閑人帳
12 /28 2019


●手づくり本をPR

 まちライブラリー東大阪文化創造館で手づくり本の見本展示をするなか、12月21日に、興味のある人向けに説明会をしました。趣味の記録や子供、孫への形見づくりなど、テーマはたくさんありますが、要するに、文字や写真で「本」のかたちにしてメッセージを伝えませんか、というのが趣旨です。ネット上に溢れる情報はしょせん泡沫(うたかた)それより、紙に文字で記録するほうがずっと確実、100年でも保存できます、と宣伝したのですが、伝わったかどうか・・・。


手づくり本PR 


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閑人帳

閑人帳
12 /28 2019


●駅ピアノ

 BSのどこかのチャンネルで「空港ピアノ」という番組を見たことがある。空港のロビーにピアノが置いてあり、誰でも許可無く演奏できる。その場面を録画しただけのナレーションとか一切なしの番組。 先日、地下鉄天王寺駅の構内で同じ場面を見た。駅の雑踏のなか、ハデにペイントされたアップライトピアノが置いてあり、誰でも演奏できる。空港ピアノのマネですね。みなさん、なかなかお上手です。

 残念なのは雑踏の騒音レベルが高すぎてピアノの音がよく聞こえないこと。せっかくの熱演も見物客に伝わらない。その代わり、ミスタッチなど、アラも聞こえないから演奏者は助かりますけど。おじさんの演奏が終わると、すぐ女子高生が待ってましたとばかり得意曲を弾く。駅の雑踏のなかに自己表現の場があるなんて粋なサービスだと思います。


駅ピアノ






アートシーン

アートシーン
12 /24 2019


●紙芝居の表紙絵展

 府立中央図書館のロビーで上記の展示が行われています。戦時中から戦後の紙芝居の表紙だけの展示ですが、敗戦を境に当然、がらりとかわりました。戦後の大ヒット作「黄金バット」の展示がないのが残念です。手塚治虫の「鉄腕アトム」もあるので、当時は手塚先生もそれほど忙しくなかったのかもしれません。(12月28日まで)

■戦時中の作品
紙芝居



マレー沖海戦・・勝ちパターンの戦いは大いに宣伝する。
紙 

うちてしやまむ・・敵を打ち砕いたあとで戦いをやめよう、と言う意味。
紙

■戦後の作品


紙 


菊田一雄作「鐘の鳴る丘」 いやあ・・懐かしい。
紙 



紙






閑人帳

閑人帳
12 /24 2019


●いまや「ヘル(地獄)朝鮮」になった韓国

 前回記事で「人口減少で国家滅亡確実・・韓国の近未来」という文を書きましたが、これを裏付けるような厳しい現実を韓国のジャーナリストが自著で書いています。週刊文春デジタル版から引用、紹介します。(一部を省略しています)青色文字が引用文

「韓国経済、50年で最悪の状況」と英フィナンシャル・タイムズ(11月29日付)に論評された韓国経済に、今何が起こっているのか。韓国経済を国民生活の視点から切り取った『 韓国 行き過ぎた資本主義 』(講談社現代新書)の著者、フリージャーナリストの金敬哲氏に聞いた。

 いま、韓国では「ヘル朝鮮」という言葉が流行しています。「地獄(HELL)のような韓国社会」という意味で、わざわざ「韓国」ではなく「朝鮮」としているのは、14世紀から続いた朝鮮王朝時代のような「前近代的な国」という自虐の意味が込められています。
 1997年のIMF危機以降、韓国では新自由主義的な政策が続けられ、国民の間に経済格差が広がり社会問題になっています。「この状況を変えて欲しい」と、国民から希望を託された文在寅政権でしたが、経済政策の失敗が続き、国民の期待は裏切られた格好です。

 経済が悪化した結果、いまの韓国は、社会のどこにいても激しい競争が求められる上に、生まれた瞬間から“階級”が決まってしまっているような閉塞感に包まれています。これが「前近代的」というわけです。

 若者の就職率の低下は深刻です。韓国の大卒(文系)の就職率は、56%。そのため就職活動は熾烈です。インターンシップでさえ倍率は異様なほど高騰しています。大手財閥系企業なら数百倍にもなります。激しい競争の中で、いかに自分が優秀かを示さなければいけない。韓国の学生たちは、就職に必要なスキルや資格のことを「スペック」と呼びます。

 韓国の大学生に就職に必要な「8大スペック」とよばれるものがあります。その内訳は、「出身大学」「成績」「海外語学研修」「TOEICの成績」「大手企業が開催する公募展」「資格」「インターン」「ボランティア活動」。学生時代にこれだけ幅広いスキルを身につけるとなれば、時間が必要です。いまの大学生たちに話を聞くと、最近は「時間がもったいない」という理由で、友達づきあいも避ける学生もいる。友人や恋人と食事に1時間費やすより、10分でコンビニのご飯を食べて、残りの時間はスペックを磨くことに使うのです。

 当然ながら、それだけ教育にお金がかかりますから、家の経済力も重要です。いま、韓国では「スプーン階級論」という言葉が使われています。「スプーン」とは生まれた家の経済力のこと。「金のスプーン」を持って生まれたら一生裕福ですが、「土のスプーン」では生涯貧乏。経済格差が広がり、生まれた瞬間から「自分がどこまでスペックを積めるか」が決まっているように感じてしまう社会なのです。

 ここまで追い込まれた韓国の青年たちは、自分たちの世代を自嘲的に、「N放(ポ)世代」と呼びます。「放」とは、韓国語で「諦める」という言葉の頭文字です。 2011年に恋愛、結婚、出産を諦める「三放世代」という言葉が韓国で流行ったのですが、その3つ以外にも、就職、マイホーム、人間関係、将来の夢、さらには自分の人生そのものまで……不定数の「N=すべて」を諦めた世代という意味です。

 こんな環境では、2018年の出生率が世界初の0人台を記録したのも不思議ではありません。2019年7~9月では、ソウル市の出生率が0.69となりました。少子高齢化が信じられないスピードで進んでいるのです。

 高齢者に目を転じても、格差社会が広がっています。高齢者の貧困は大問題になっています。老人貧困率はOECDで最も高い46%。韓国で国民年金制度が本格的に導入されたのは、1988年。そのため、国民年金を受け取っている老人は、全体の42%にすぎません。老人の2人に1人は、政府が所得の低い老人に配る最大30万ウォン(約3万円)の基礎年金を含めても、月の生活費が100万ウォン(約10万円)に届きません。
 その結果、韓国は、高齢者が世界で最も高齢まで働かざるを得ない国になりました。OECDの資料では、労働市場から完全に離れる引退年齢が、2017年時点で男性が72.9歳、女性が73.1歳です。
 韓国も日本同様、60歳定年が一般的です。「定年からさらに10年以上働くのか」と思うかもしれませんが、実際はもっと長い。というのも、韓国企業は社内も実力主義で競争が激しく、50代前半には退職させられるケースが多いのです。サムスン電子など財閥大手は30代後半でクビも珍しくありません。

(略)

 老人たちを取り巻く苦難は経済的な問題だけではありません。社会福祉の仕組みが整わない状態で高齢化が進んだため、いま現役世代の経済的な負担が一気に増大しています。
 この不況で若い世代はいくら苦労して働いても、自分たちが年寄りになったら年金として戻ってこない。なぜ今の老人たちをそんな自分たちが背負わなければいけないのか、という不満が噴出しているのです。韓国といえば「敬老社会」とされてきましたが、いまは若者が老人を「年金虫(=年金をむしばむ害虫)」と老害扱いして、虐待と暴力も増加傾向です。高齢者の自殺は社会問題になって、「嫌老社会」化が進んでいます。

(略)

 ここまで、韓国の現状を見てきましたが、私は、日本社会も実はあまり変わらないのではないか、と考えています。今回の本を書いた目的も、韓国のことをしっかり理解してほしいという思いと同時に、「近未来の日本でも起こり得ること」として読んでもらいたかったのです。
 私が日本に留学したのは1990年代中盤。当時、バブル経済が崩壊した後とはいえ、まだまだ経済的な活力があったし、元気な社会でした。それが、最近の日本は、格差社会が叫ばれ、やはり老人の貧困問題が浮上しています。「自己責任」という言葉がもてはやされた時もありました。実は、一歩一歩、韓国に似てきているのではないか、と思うのです。韓国の今の極端な状況は、いつでも日本でも起こり得ること――という気持ちで捉えてもらえたら嬉しいです。(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)

引用元
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/《最悪の韓国経済》恋愛、結婚、出産、就職…若き「n放世代」は人生を諦め、老人たちを虐待する/ar-BBYhAZp?ocid=spartandhp

過去の例にならって大統領も地獄行きが確実
daitouryou 






閑人帳

閑人帳
12 /20 2019


●人口減少で国家滅亡確実・・韓国の近未来

 経済的苦境に見舞われている韓国では若者が結婚できなくなった。結婚しても子供をつくらなくなった。特にこの数年はその傾向が著しい。子供の数の減少では日本も同じ悩みを抱えているけど、韓国のそれは極端である。

合計特殊出生率(女性が一生に産む子供の数)を比べると・・・
・人口が維持できる数値・・・2,1
・日本の出生率・・・・・・・1,42
・韓国の出生率・・・・・・・0,88

日本でも人口はジリ貧になっているが、韓国はガタ減りになる。早ければ、今世紀後半に韓国は経済力や国防力で国家のかたちを維持できなくなり、滅亡するかもしれない。ある学者は「韓国は人口減少のために消滅する世界で最初の国になる」と予測している。

 ほんの数年前まで、韓国は将来北朝鮮と一体になって貧しい北朝鮮を救済する、といった話が普通になされていたのに・・。他国の救済どころか、自分の国が滅亡する確率のほうがはるかに高くなった。むろん、逆に、北朝鮮が韓国を救済するなんて、夢の夢の夢・・もあり得ない。
 さらなる不幸は、韓国や北朝鮮が消滅しても他国は全く困らないことだ。先輩国のコピーやパクリだけで生きてきた国ゆえに、ヨソの国は痛くも痒くもない。この百年間で世界に影響力をもった韓国の文化(智恵や技術)は一つもなかった。自称先進国なのに、ノーベル科学賞を一つも取れなかったことがそれを象徴している。

 昨今の中国と同じように、韓国の大金持ちや頭のよい若者は祖国に見切りをつけて海外へ脱出する傾向が強まるかもしれない。企業の海外移転はすでにはじまっている。こんな情けない国に海外資本が投資するはずはなく、資本の引きあげが進む一方になる。これがウオン安を招き、株が下落を続け・・も現実に起きつつある。ウオン安、株安を買い支えるために韓国政府は国民年金基金を使いはじめた、とは鈴置高史氏(元日経編集員)がプライムニュースで語っていたことである。

 もはや「反日」を生きがいにしてる場合じゃないでせうが。人口という国家の礎が崩れはじめているのですよ。そうか、「韓国の人口が減少しているのは日本のせいだ」とでも言うのか。ま、勝手に滅びなさい。

参考情報
https://japanese.joins.com/JArticle/260091?sectcode=110&servcode=100

閑人帳

閑人帳
12 /18 2019


●診察券のコレクターになった・・最悪の一年

 誰にも「不運な年」はあってそれを「厄年」などといって注意喚起する風習もある。今年は正月から今までずっと病人暮らしという珍しい体験をするハメになりました。心身快調といえる日は一日もなかったと言ってよいくらい。それでも、先月、大腸がんの手術を終えて、やれやれこれで一件落着と安心していたら、また異変が起きた。外出するとなんか目眩(めまい)がする。 ナンデダロー? 歩きながら左右の目を開け閉めしていて原因がわかった。左目で見る風景が15度くらい傾いている。なので両眼で見ると正常な像と傾いた像がミックスされて風景が歪んで見える。駅の階段を下るとき、階段のヘリが直線でなく歪んで見えて足の置き所がはっきりしない。手すりを持たないと怖くて下りられない。

 えらいこっちゃ・・一難去ってまた一難。すぐ近所の眼科医院へ行って診てもらう。センセ曰く、白内障が進んでるけど、それでこんな症状は出ない。何かの原因で眼球がずれたということも考えられるけど、心配なのは「脳梗塞の前兆かもしれないこと」脳梗塞が起きたら重い後遺症がでる・・。センセ、イヤなこと言うて脅かさないで下さいヨ。
 その場で市大眼科あての紹介状書いてもらって診察を受けた。帰宅して財布から診察券を取りだし、並べたら6枚もあって溜息がでた。ロージンならそんなの普通ですがな、という人もいるでせうが、もう、ええ加減にしてや。自己嫌悪の念、ふつふつと湧く。市大病院では正月明けにMRI検査を受けることになった。不思議なことに家の中では柱や家具が傾いて見えることがない。ナンデダロー。


sinnsatukenn 





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12 /15 2019


●創元社編集部編
 「大阪 難読地名がわかる本」を読む

 昔から住んでる街の地名が読めないというのはかなり恥ずかしい。もう30年住んでる住吉区でも最近まで読み方を知らない地名が一つあった。それは「長峡町」(ながおちょう) 住吉大社当たりの町名で細井川の地形が関係していそうだけど、長い谷間の街というイメージは全くない、フラットで平凡な町並みです。なんで「ながおちょう」なのか・・。同じ住吉区でも「遠里小野町」(おりおの町)はヨソに住んでいた子供の頃から知っていました。大和川にかかる遠里小野橋という橋があり、交通情報なんかでしょっちゅう出て来る名前だから自然に覚えてしまった。もう一つ読みにくいのが「千躰」(せんたい)で、躰の文字も珍しい。

 となりの東住吉区をみると「杭全町」(くまたちょう)と住道矢田町(すんじやたちょう)があり、ヨソもんにはまず読めないでせう。これと同じくらい難しいのが西区の「立売堀」(いたちぼり)や西淀川区の「御幣島」(みてじま)。城東区の「放出」(はなてん)は 大阪の難読地名の代表みたいになって、いまや他府県のひとでも読めることが多い。
 大阪の地名は概ね戦国時代から江戸時代にかけて生まれたものが多いらしい。しかし、地名ではなく、住吉区にあった池の名前「依網池」(よさみいけ)は日本書紀に出て来るほど古い。池はなくなったけど地名にぜひ残してほしかった。但し、読みにくさはサイコーです。ただ、地元にはこだわりを持つ人もいるらしく「よさみ幼稚園」という名の私設の幼稚園がある。(2003年 創元社発行)

大阪難読地名本 







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12 /07 2019


●サラバ・・聖徳太子の本

 聖徳太子には昔から興味をもっていたけど、それが昂じて「太子快道」という自分流ウオーキングコースをつくることになり、関連本をたくさん読みました。自分で購入したのは20冊くらいでしたが、終活の一端で「まちライブラリー@もりのみや」に寄贈することにしました。うち、16冊を現在、入り口近くのコーナーで展示しています。むろん、捨てる、という選択もあったけど、なかには定価の数倍の値段で購入した古本もあり、ゴミにするには忍びないという未練があってこういうことに。

 近年は聖徳太子非実在説がそこそこチカラを有しており、実在説派を脅かしている。教科書での記述も実在と断定するような説明はしなくなっているらしい。駄目男は無論、実在説をとりますが、展示本には非実在説本も取り入れています。しかし、読み物として一番面白いのは「聖徳太子外国人説」でせう。アホクサ、と白けながら、読んでるうちに妙にリアリティを感じてしまう内容です。外国人って何人?・・モンゴル人です。大草原をさすらう孤高の人・・なんか、アラビアのロレンス像がかぶったりして。ふる~~~。

 惚れた人物に関する書物を集中的に読むってなかなか楽しい。まず、本を探す楽しみがあるし、読めば知識の蓄積ができ、より中身の濃い人物像を有することになる。それが生活上何の役に立つ?・・まあ、なんの役にもたちませんけどね。聖徳太子以外に関連本をたくさん読んだのはモーツアルトと世阿弥。時代を超越したアーティストです。


聖徳太子本


聖徳 




聖徳  




聖徳 








閑人帳

閑人帳
12 /01 2019



●他人の形見づくりのお手伝い・・三作目

 語るべき何もない人生だった・・となんの足跡も残さずにあの世へ旅立つのも潔くて良いと思うのですが、実は、あれこれ語っておきたかったと言う人もいるでせう。形見はお金やモノだけでなく、言葉でメッセージを残す方法もあります。今年の春、DHさんの「子供じぶんの思い出」話をまとめて本の体裁にし、プレゼントしましたが、遊びを通じて戦前の暮らし向きがよくわかり、他人が読んでも楽しいドキュメントになりました。

 その後、同人誌仲間だったTMさんの随筆を読んで、これはぜひ家族に残してほしいと思い、本づくりを申し出て一冊にまとめました。今年95歳になるTMさんにとって思いがけない形見づくりになりました。原本は粗末で薄っぺらな冊子なので、そのまま遺品として残しても恐らく捨てられてしまうだろうと想像し、敢えて「お節介」したわけです。家族が捨てる気にならないよう、編集、装幀にも気遣いしたうえで差し上げたところ、大変喜んで頂き、改めて読み直してみたら、自分史、家族史としてまとまっていることを認識されました。随筆の一編は原稿用紙三枚(1200字)の短文ながら、これを60年分積み上げると集積効果で自分史、家族史になります。これはご本人も想像しなかったことでした。何十年も昔の、当時は深刻だったかもしれない夫婦関係や家族間の葛藤が長い年月で浄化されて今なら笑い話で済むという「歴史効果」もあります。

 これを見たHAさんが「私の作品集もつくってほしい」と依頼があり、もっか三作目を編集しています。HAさんも50年にわたって書き続けてこられたので、トータルでは原稿用紙150枚分のボリュウムがあります。一年に一回しか書かないから個々の内容は「書いた尻から忘れる」のが普通ですが、いま、50年分を一挙に読み返せばまさにファミリーヒストリーです。(NHKにそんな名の番組があるらしい)
 編集者のわがままを言えば、この三家族には直系で100年くらいリレーしてほしいとお願いしています。令和の次の次の次ぎの世代くらいまで引き継いでもらえば各家の歴史資料になります。100年前にはこんなじいちゃん、ばあちゃんがいて、こんな暮らしをしていたのか・・。想像するだけでも楽しいではありませんか。

 ほんとうは「語るべき何もない人生」を送った人なんかいないと思います。とすれば、問題は人生の中身ではなく表現力に帰するのではないか。人生をやり直すことはできないけれど、表現力を学ぶことならいつでもできる。先生がいなくてもできる。そんなふうに気楽に考えてこの世への置き土産になる文章を綴ってみませんか・・とそそのかす駄目男でありました。


TMさんの作品集
田代光枝  



ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
12 /01 2019


●秋色

 約二ヶ月ぶりに長居植物園へ。花壇の花はみんな出番を終えて雑木林の紅葉が園内を彩っています。目を引いたのは、昨年の台風21号で折れた池端のセンダンの木がすごくエネルギッシュに新しい枝葉を伸ばしていることです。これだけ活力があればあと数年で樹木らしく再生するかもしれない。あと数年・・生きてるかな?


syokubutuenn 


植物園


新しい枝葉が伸びるセンダン
センダン


昨年の台風で折れて幹の大方が切り落とされた。右に延びてる枝も危険なため、後日、切られてしまった。(2018年10月)
センダン







 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ