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閑人帳

閑人帳
10 /28 2019



●八千草薫のハダカを見た ~88歳で死去~

 おばあさんになっても美人であり続けた女優といえば、吉永小百合と訃報が伝わった八千草薫の二人が代表といえるかもしれない。そんな八千草薫のハダカを見たなんて、どどど、どえらいスキャンダルかい?と勘ぐられそうですが、いへいへさうではありませぬ。

 八千草さんは1931年生まれ、駄目男は8歳下で、この年齢差が彼女のハダカを見る機会をもたらした。なんのことはない、近所の銭湯でお目にかかったという単純な話であります。彼女の自宅は天王寺区寺田町の交差点近くにあり、家業は美容院だったような気がするが記憶はあいまい。駄目男の自宅は300mほど西にあり、その中間にA湯というボロイ風呂屋があった。そこへ小学2、3年生まで母親に連れられて「女湯」へ通ったのであります。

 身体を洗いながら母が小声でささやいた。「あの子見てみ、きれいやろ。宝塚歌劇受かってスターになるねんて」湯気の向こうにその子はいたが、白いボディ以外、顔立ちとかぜんぜん覚えていない。もし、自分がそのとき9歳だったら彼女は18歳、高校在学中に宝塚歌劇に合格したという履歴に合っている。もし、自分が8歳なら彼女は風呂屋の有名人になる前だったかもしれない。もし、自分が10歳なら、もう「女湯」は卒業していたかもしれないので、まことにビミョーなタイミングで遭遇したことになります。

 風呂屋で八千草サンと遭遇したということは、彼女の家に風呂がなかったということであり、後の「深窓の令嬢」ふうイメージとちがって庶民の娘さんでありました。残念なことに母親は洋画一辺倒の邦画嫌い人間であったために自分も感化されてずいぶん年を取るまで邦画を敬遠し、八千草薫出演の映画は一度も見なかった。風呂屋での遭遇以外になんの記憶もない。


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閑人帳

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10 /27 2019



●災害地を支えるブルーシートのメーカー

 地震や台風の被災地に欠かせないブルーシート。どんな会社がつくってるのだろうと興味がありました。たまたまWBSでトップメーカーを紹介していたので拝見、社名は「萩原工業」という化学繊維メーカーですがはじめて聞く名前です。製品のイメージから全国に散在する中小企業がつくってるのではという想像はまちがいで、この会社は年商226億円、従業員460人の堂々たる東証一部上場企業でした。工場は岡山県水島の工業団地にあり、ここで年間72万枚ものシートをつくっています。

 私たちが社名を知らないのは、ホームセンターなどで売ってる安い商品のほとんどがノーブランドの輸入品だからかもしれない。いちいちブランドや社名を確かめずに買うのが普通です。災害に遭った人もブランド無視、値段優先で買うのが普通ではないでせうか。WBSによると、萩原の製品は安物に比べて耐久性で何倍も優れている代わりに価格も3~6倍くらい高い。よって、大量販売するホームセンターがこれを優先的に仕入れるかどうかわからない。メーカー、販売店、消費者それぞれの思惑があって「高品質だけど高価格」の萩原シートが市場を独占するのは難しい。

 しかし、最近の災害続きで工場はフル生産を続けており、倉庫は空に近い状態が続く。一般家庭向けに供給する余裕はなく、災害現場の復旧需要優先ではないかと思います。崩れた堤防の仮復旧や一時的補修でもブルーシートは大活躍してますが、何より丈夫さを求められる場面だから二流品は使えない。公共事業だけですごい需要があります。
 尤も、災害現場で活躍するブルーシートゆえに、ネガティブなイメージの商品になってしまい、例えば、お花見で敷物にするシートもブルーばかりでは敬遠されそうな気配がある。それを見越しての新商品も企画してるそうです。あと数年たてば、お花見シーンでブルーシートは消えてるかもしれません。


ブルーシート



こんなデカイ工場で製造している
ブルー 


災害用シートのイメージを消すために企画された新製品
ブルー 








たまには外メシ

たまには外メシ
10 /25 2019


●「象印食堂」の夕食

 なんば高島屋に隣接するビル「スカイオ」に象印が食堂を開業、おいしいご飯が売り物で人気を博してるというので、Tさんの案内で夕食を賞味に出かけました。メニューは2種類だけですが、ご飯のお代わりは自由、それも三種のタイプがあって選べます。
 駄目男は「鯛茶漬け」を注文、写真のような、流行のちまちま総菜が前菜として供されます。それに鯛の刺身と茶漬けがついて刺身はごまだれで頂きます。(隣の胡麻専門店とのタイアップ?)茶漬けはお茶漬けではなく、専用のダシをかけて食べますが、この味がとても微妙でおいしい。

 売り物のご飯はべつに感激するほどの美味しさではなかったけど、期待し過ぎだったかもしれない。10万円?の炊飯器で炊くのだから美味しくて当たり前です。鯛茶漬けお値段は2640円。昼間のランチもっと安いので平日でも満員になるそうです。


象印 


ちまちま総菜
象 


鯛の刺身
象 


最中の皮に鯛の切り身が入っている。特製のダシを書けて食べる。
象 




閑人帳

閑人帳
10 /24 2019



●神が降臨した・・・!?

 偶然にしてはあまりに話が出来すぎている、と話題になっているのが天皇陛下の「即位礼正殿の儀」での気象状況。直前に雨がやみ、皇居に虹がかかった。最も大事な式の間だけ晴れ間に恵まれ、式が終わると再び曇天に戻った。それが気象データに残っている。

即位式

式のあいだ8分間だけ日が照り(日照時間)このとき以外は曇天又は雨天だった。(10月22日 赤枠の中)
即位式 


雨雲が去り、虹がかかった。
即位式

一方、韓国の首相が空港に到着したときは雨天だっただけでなく、強い風に見舞われて、タラップを下りる首相は雨傘を壊されてしまった。空港での接遇でこういう場面は珍しい。神風が吹いたのだと悪口をいう人もいたかもしれない。それにしても、単なる偶然というには話が出来すぎている、太陽の神、アマテラスが降臨して晴雨をコントロールしたのではないか。


即位式


引用情報
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7672.html





ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
10 /22 2019


●なつかしいチラシ ~さざなみ快道の思い出~

 古い書類を整理していると下の写真のチラシが出てきました。「山の彼方の空遠く・・・歩きませんか、日本海まで」とオジンらしくないロマンチックなキャッチフレーズで「漣(さざなみ)快道 遊歩ガイド展」の案内です。時は1991年、今から30年近く昔のイベントでした。
 写真を大きなサイズに引き伸ばしてみて、その下手くそさにガクゼンとしましたが今さらどうにもならず、ま、写真の作品展ではないのだからと自分を納得させての催しでした。のべ500人くらいの方に来て頂いて、恥をさらしつつ「さざなみ快道」という個人が勝手につくったウオーキングコースのPRをしました。


漣快道遊歩ガイド展のチラシ 写真の風景はマキノ町の知内川
さざなみ快道  

 それは良いとして肝心の地図の作り方がわからず、仕事も忙しかったので放置してしまい、地形図に手書きの情報を書き込んだガイド地図ができたのは7年後の1998年でした。せっかく展覧会に来て下さった方々を裏切るお粗末な経緯です。さらに、地図が出来ても売る方法が分からず、コピーしたものを前に思案投げ首の体です。「さざなみ」に続いて「やまなみ」「新高野」快道もできていたけど、宣伝するお金もないから地図を新聞社に郵送して「こんなことやってます」としょぼいPRをしていました。朝日と毎日がヒマネタとして市内版で紹介してくれました。

 こんな超ローカルな情報を日経新聞東京本社文化部の記者が探しだし、自宅まで取材に来て文化面で紹介してくれたのが2000年(H12)5月2日の朝刊。全国版だから当時は400万部くらいあり、日経東京本社に問い合わせの電話が殺到し、FAX番号を知った人が駄目男に注文してくれて大忙し状態になりました。しかし、自分でコピー店でコピーするのだから、その後は朝から晩までコピーと発送にかかりきりという日々が何日か続きました。大阪近辺のコースなのに、東は東京や新潟から、西は福岡の人から注文を頂きました。一番遠い注文主はロンドンで暮らすどこかの大学教授で、当時、新聞の衛星版の発行ができていたので注文が可能でした。英文字のアドレスをみてびっくりしたものです。その後、注文は減りましたが、だらだらと売れ続け、約5年間でコピーした数が5万枚(三快道合計数)。本町通りにあるコピー店に100回以上通ったと思います。

 三快道のうち「さざなみ快道」に愛着があるのはコースの終点近く、滋賀県と福井県の境界を通る「深坂古道」への思い入れがあるからです。はじめてこの峠を越えたのは1987年5月、数人のグループで出かけたものの、想定外の手強い藪漕ぎ道で、というか、もう道の形跡すら無いような状態でした。(地形図には点線路が記載されていた)大難儀の末、なんとか麓の集落へたどり着き、帰りの電車に間に合いました。ルートを確かめるために、翌年、10月に一人で出かけたところ、福井県側に入ったとたん、高密度な笹藪に阻まれ、10m進むのにゼーゼーハーハーの状態、早々に諦めて退却しました。

 こんな悪路じゃウオーキングコースになりません。さりとて諦めるのは悔しい。この道、ただの峠道ではなく、昔は若狭や敦賀と京を結ぶ幹線道路で、若狭からは鯖街道、敦賀からはこの峠を越え、塩津から琵琶湖を経て都に通じる二大ルートでした。あの紫式部が父とともに越前の赴任地へ向かうとき、この峠を駕籠にのって越えた史実もあります。そんな有名ブランド道が廃道になっている。こんなことで委員会?

 思い余って敦賀市へ手紙を出しました。(宛名が誰だったか忘れた)京都から続く歴史街道が敦賀市のエリアでは廃道になっている。いま、全国で歴史街道の再評価、保存、観光地化が進むなか、この「深坂古道」もぜひ復元してほしい、と言う趣旨で訴えた。(本当は自分の趣味の実現が目当てでしたけど、それはおいといて)

 駄目男の手紙は「大阪のオッサンがなんか言うとるで」と無視されたと思いますが、その2,3年後、敦賀市の教育委員会と気比史学会という団体が古道復活の施策を唱えはじめ、敦賀市の公共事業として実施されたのです。完成は1992年。これでかつての難路はすいすい通れる「快道」に生まれ変わりました。1998年から発行した地図を使うウオーカーは何の苦労も無く歩けるようになりました。この峠道は、今津あたりの湖岸道とともに、さざなみ快道で一番人気のあるエリアになりました。新緑、紅葉の季節が最高に魅力的。ただ、この地域は熊の生息地なので、無防備の歩行は危険です。(注)その後、この道は環境省管轄の全国版自然歩道に組み入れられたかもしれない。

 千年以上の歴史を有する峠道がよみがえり、これに便乗した「さざなみ快道」はたった数年で役目を終え、泡沫(うたかた)のように消えてしまった。「山の彼方の空遠く・・」の宣伝に騙されて?地図を買い、実際に歩いて下さった人も年老いて次々鬼籍に入りつつあります。いま振り返れば、さざなみ快道は素敵な道と人に出会った「人生街道」でもありました。苦労したことは忘れ、
楽しい思い出だけが蘇ります。


深坂古道復活を伝える「福井新聞」(1992年)
さざなみ快道




閑人超

閑人帳
10 /19 2019



●文政権の末路が見えてきた

 来年の東京オリンピックのサッカー試合で、北朝鮮と韓国は合同チームをつくって派遣し、南北宥和を世界にアピールする計画がある。実現すれば文大統領の面目躍如といえる大きな成果になるが、先日のFIFAサッカー予選での両国の試合はこの願望を木っ端みじんに打ち砕くことになった。北朝鮮の韓国に対する異常ともいえる憎悪表現は選手はむろん、韓国民の心情を大きく傷つけた。なのに、なお北朝鮮を擁護する文政権。はやくも文大統領の惨めな末路が見えてきた。以下はサッカー試合の異常な経過を伝えるMSNのレポートの引用。(青色文字)

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散々なサッカー南北戦、なのに北を擁護の文在寅政権

曺国問題で守勢に立たされた文在寅(ムン・ジェイン)大統領を襲う次の危機は、北朝鮮発になる可能性が濃厚となった。
 10月15日、平壌(ピョンヤン)で行われたサッカーの2022年ワールドカップ(W杯)のアジア2次予選「韓国vs.北朝鮮」の試合で見せてくれた北朝鮮の異常な態度が、米朝会談がうまくいかないことに対する苛立ちと、韓国の文政権に対する怒りを物語っているからだ。

「記憶したくない」
「無事に帰っただけでもありがたい」
 韓国が誇るストライカー・孫興民(ソン・フンミン。27歳、トッテナム・ホットスパー所属)選手が17日、平壌でのアウェー戦を終えて仁川(インチョン)空港で記者団に打ち明けた感想だ。韓国代表チームを率いた団長の口からは、「もはや戦争だった」という嘆きが漏れたほどだった。

 今年7月、2022W杯カタール大会のアジア2次予選の組抽選によって、韓国は、レバノン、北朝鮮、トルクメニスタン、スリランカとともにH組に入った。以降、8月3日、北朝鮮側が10月15日の韓国と北朝鮮とのホーム戦を平壌で開催するという意思をアジアサッカー連盟(AFC)に伝えると、韓国では1990年の親善試合以降、29年ぶりの南北サッカーAマッチが平壌で行われることに対する期待が高まっていった。そして、これはスポーツを政治利用することに卓越した才能を持っている文在寅政府を大きく鼓舞させることにもなった。

 南北(韓国と北朝鮮)間の経済交流が米国と国際社会の対北朝鮮制裁に阻まれ、膠着状態に陥っている中、文在寅政権は民間交流、特にスポーツ交流を通じて南北関係の進展を図ってきた。その努力が見事に光を放ったのは2018年2月の平昌(ピョンチャン)冬季五輪だろう。文大統領がここで北朝鮮を国際外交舞台に引き出す役割をしたのは周知の通りだ。

 その目論見に沿うように、平昌五輪後、南北首脳会談と米朝首脳会談が相次いで行われ、文大統領は、「韓半島(朝鮮半島)問題の運転者」(北朝鮮核をめぐる問題において韓国が主導的な役割をしているという意味)を自任し、彼の支持率は70%台の後半に達した。

 しかし、今年2月のハノイ米朝首脳会談の決裂以降、状況は一変した。10月のストックホルムの米朝実務協議まで事実上決裂し、米朝関係が進展を見せていない状況で、文在寅大統領の差し出した手をやすやすと握ってくれる北朝鮮ではなかった。

 8月以来、韓国サッカー協会は選手団の宿舎と練習場、移動方法などを数回にわたって北朝鮮側に問い合わせたが、北朝鮮はいつまでたっても応じようとせず、韓国側を苛立たせた。「予定通り平壌で試合を行う」との返答が来たのは、試合を20日後に控えた9月24日になってのことだった。ところが、その後から行われた実務協議では、韓国からの応援団派遣、取材団派遣要請を断り、韓国選手団が試合のほかに宿舎を出てはならないという条件まで付けてきた。選手団にはノートパソコンやタブレット、携帯電話はもちろん、本の持ち込みまで禁止された。

 あまりに非常識的な北朝鮮の態度に、韓国側では「FIFAに第3国の開催を要請しなければならない」という主張もなされたのだが、文在寅政権の顔色を伺わなければならない韓国サッカー協会としては何の決定も下すことができなかった。

 結局、10月13日、韓国代表チームは中国・北京を経て、3時間かけて北朝鮮・平壌の順安(スンアン)空港に到着。韓国チームは空港で自分の所持品をいちいち紙に書き出す形で荷物検査を受けなければならなかった。しかも書類に書かれた内容が間違えば、初めからまた書類を作成するなど、入国手続きにかかった時間はおよそ3時間。その後、韓国チームは時速50キロ以下のバスに乗って50分かけて記者会見場に到着、北朝鮮記者5人だけ(!)による記者会見に応じなければならなかった。その後は、8時25分頃から9時15分頃まで練習、やっと宿泊のホテルに着いて荷物を下ろしたのは9時半過ぎだった。

 そして15日、北朝鮮が誇る平壌の金日成(キム・イルソン)競技場で、いよいよ歴史的な(?)南北サッカーAマッチが行われたが、この試合は「世界で最も奇妙なダービー」(英国BBCの報道)になってしまった。
試合直前の14日まで韓国のKBSと中継権を協議していた北朝鮮が、金額問題で折り合わなかったことから生中継を最終的に拒否、中継なしに試合が行われた。さらに驚愕した点は、競技場に入場客が一人もいなかったことだ。 こうして歴史的な平壌試合は、無中継、無取材、無観衆の「3無試合」となり、外国メディアから、「幽霊試合」「世の中で一番秘密のワールドカップ予選」などの嘲弄を受けた。

 韓国メディアからの非難はもっと強かった。0-0で終わったこの日の試合の様子は、生中継はおろか、マレーシアのAFC本部を経て、伝達される簡略な「文字メッセージ」を通じて韓国に伝えられただけだった。韓国メディアは、この状況を「地獄」「悪夢」「恐怖」などの言葉を使って酷評した。

さらにメディアの怒りに油を注いだのは、こんな状況でも北朝鮮を庇護するような文在寅政権当局者たちの発言だった。 南北問題の主務省庁である統一部長官は、順安空港で北朝鮮側がわざと過度な入国手続きをしたのではないかという指摘について、「後進国だと丸一日かかったりもする。特に厳しかったとは考えにくい」と答えた。観客を入れずに試合が行われたことについては、(韓国側の)応援団を受け付けなかった状況で、(北朝鮮が)自分たちなりに公正的な措置を取ったという解釈もある」「北朝鮮は中継権料と入場券料を放棄したのだ」と北朝鮮側の姿勢に理解を示して見せたのだ。 また、北朝鮮に抗議すべきという主張については、「サッカー協会と政府の役割は別にある」とし、政府が直接抗議はしないことを明らかにした。

 しかしさすがに怒り心頭の韓国サッカー協会は、AFCに北朝鮮への処分を求める要望書を提出した。メディアや応援団を入国させるよう何度も要請したのに、北朝鮮サッカー協会が非協力的だったのは懲戒の是非を検討するに値する、同じようなことが繰り返されないようAFCに努力を求める、という内容だ。だた、今後AFCから何らかの働きかけが北朝鮮に対してあっても、北朝鮮側が反応することはないだろう。なぜなら、そもそも韓国に対して非常に強い怒りをもっているからこそ、韓国代表チームにあのような異常な対応をしたのだから。

 一方、中継権の契約金で3億5000万ウォンを北朝鮮に渡したまま、生中継を拒否されたKBSは、録画による中継を予告したものの、それも突然取り消された。「画質がよくない」という理由だったが、「北朝鮮選手のあまりにも荒っぽいプレーを見て、韓国人の北朝鮮に対する感情が悪くなることを心配したため」という説が韓国では説得力を得ている。

 文在寅政権としては、曺国問題で急落した支持率を高めるためには、北朝鮮の支援が切実だ。18日に発表された韓国ギャラップの最新世論調査では文大統領の支持率が39%まで下がった。曺国問題以降、30%台の支持率になった世論調査は3つ目だ。支持率の上昇を図るため全力で推進しているのが11月の金正恩(キム・ジョンウン)委員長の釜山訪問なのだが、結局こちらも不発に終わる可能性が濃厚だ。

 加えて、今回の南北サッカーAマッチによって、文政権が精力的に推進している南北スポーツ交流に対しても悲観論が巻き起こっていた。文政権は、現在、2023年FIFA女子ワールドカップを始め、2030年FIFAワールドカップ、さらには2032年の夏季オリンピック大会を南北共同開催で行うという青写真を持っているのだが、これがすべて水の泡になる可能性が出てきた。おそらく、2020年の東京オリンピックに出場する南北共同代表チームの編成に対しても批判が高まりそうだ。

 文在寅政権に追い打ちをかけるように、先日公開された「白馬に乗った金正恩氏」の写真は、「重大決心」の前触れという警告がアメリカのメディアから出てきた。近いうちに、ICBM挑発や核実験などの挑発を予告しているという悲観的な観測だ。もしもそうなれば、米朝関係と運命をともにする文在寅政権も致命傷を受けるしかないだろう。

引用元
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e6%95%a3%e3%80%85%e3%81%aa%e3%82%b5%e3%83%83%e3%82%ab%e3%83%bc%e5%8d%97%e5%8c%97%e6%88%a6%e3%80%81%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e5%8c%97%e3%82%92%e6%93%81%e8%ad%b7%e3%81%ae%e6%96%87%e5%9c%a8%e5%af%85%e6%94%bf%e6%a8%a9/ar-AAIZMuu#page=2

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 これだけ徹底的に見下げられ、バカ扱いされても抗議一つしない政府が国民に支持されるなんてあり得ない・・と思うのですが、それは日本人の感覚で、韓国では少なくとも3割の国民が支持している。



ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
10 /17 2019


●西高野街道を歩く

 昔「新高野快道」というガイド地図をつくったことがあって、これは東高野街道を快道メーカー流にアレンジしたものでした。東高野街道は主に京都方面の人が使った道、中高野街道は大阪の、そして、西高野街道は堺(泉州)の人がよく利用した道です。東高野街道、中高野街道は近世になってかなりの部分が国道に取り込まれてしまい、歩いて楽しむには適さない不快道になってしまいました。もしや、西高野街道は昔の町並みが残っているのでは・・そんな淡い期待を抱いて出かけたのですが、残念ながらハズレでした。

 起点は堺市の中心、大小路あたり、ここから河内長野へ南海高野線の西側、主に国道310号に沿って歩きます。観光案内所で10頁の立派なパンフをもらったので、そこに描かれている地図を頼りに進むのですが、地形図ファンにはなんとも頼りない、情報が少ない概略図です。かといって、この地図のコースを一般の地図に落とし込む(転記)するのも面倒で、そんなことするハイカーはほとんどいないでせう。

 幸い、自宅からはアクセスしやすいエリアだったので、毎回、午後出発の短区間歩きを4回続け、河内長野駅へゴールしました。1キロも引き返すといった大きなミスはしなかったけど、3~4回は道迷いしました。迷った原因はパンフの地図がアバウトであること、現地の道標などの整備不足です。このパンフは「西高野街道観光キャンペーン協議会」という団体が発行しているのですが、道標整備については自治体まかせにしているらしく、堺市ではそこそこ整備しているけど、大阪狭山市エリアでは「我関せず」となんの案内もない。これでは沿道各市が参加する「協議会」の意味がないように思えます。

 肝心の「歴史街道」風景はどうか。一部分でも古風な民家の連なる旧街道風景があれば、と期待したけど残ってませんでした。合計で7~8軒くらいは立派な古い民家が残っているけど(下の写真)歴史街道を20キロ以上歩いてこの有り様ではいささか物足りない。
 西高野街道を観光資源として整備、売り出すという意図はわかりますが、観光、ハイキングで訪ねてみる価値ありや、と問われたら「なし」と答えます。もっとも、これは自称「快道メーカー」の判断で、歴史街道であれば風景なんか問題でなく、全て是とするファンなら「価値あり」になります。この西高野街道の唯一の救いは国道とか幹線道路に取り込まれなかったことで、騒音や排ガスを浴びながら歩く場面はありません。但し、道幅が狭く、歩道の整備は皆無なので神経を使います。昼食ができる公園緑地、トイレは白鷺公園のみで、グループでの歩行には向かないコースです。

堺東駅前の観光案内所でもらった立派なパンフレット。イラストのような風景はどこにもありません。
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この略図で間違えずに歩くのは極めて難しい。
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沿道で見かけた立派な古民家の一部
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西高野街道と中高野街道が合流する「与津の辻」
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アートシーン

アートシーン
10 /13 2019


●本町通りに「日本のガウディ」の作品が・・

 ガウディの作品を日本に紹介したことで知られる建築家、今井兼次(1987年没)の作品がビジネス街のど真ん中にあるなんて知りませんでした。知人に教えられて本町通りの堺筋交差点に行くと、そのすぐ西隣にありました。「糸車の幻想」という大きなオブジェはガウディのセンスをコピーしたようなデザインです。実はこれは原作のコピーなのですが、とことん原作に忠実につくろうとものすごく苦労したらしい。要するに100%手作業でなければ作れない難儀な作品でした。

 終戦後の復興期、ここには東洋紡のビルがあり、ビル建設と同時に何か東洋紡らしいモニュメントをつくろうという企画があって今井氏に制作を依頼、作品はビルの屋上に設置されました。ということは社員しか鑑賞できなかったわけです。年月経て東洋紡は別の場所に移転し、商工信用金庫がオーナーになりましたが、新ビルを建てるに際し、誰でも作品を鑑賞できるようにと、2017年、二階の公開スペースに移したのが現在の姿です。ビルの設計は安藤忠雄事務所。

 今井兼次の建築センスは安藤忠雄とは対照的な非モダニズムタイプで、私たちに一番なじみ深い建物は長野県穂高町にある「碌山美術館」かもしれない。レンガ造りの古風な建物です。

 
本町通りにある「糸車の幻想」
gaudhi 

gaudhi 



gaudhi 



安曇野の碌山美術館
gaudhi

 





読書感想文

読書感想文
10 /08 2019


F・エーデルマン著「チェリビダッケの音楽と素顔」を読む

 先日、TV番組をネタに美空ひばりの特殊な歌唱法のことを書きました。本書はかなりマニアックなクラシック音楽解説本ですが、美空ひばりの歌唱の特異さと似た現象がオーケストラの演奏においても起きると書いてあり、驚きました。いやはや、新しい知見が増えて楽しい。

 本書の後半、チェリビダッケとオケのメンバーや知人の座談会が収録されていて経験談などをフランクに語っています。そのなかで「チェリビダッケはなぜ録音を嫌ったのか」の話題があります。(注)他の有名指揮者と違って、チェリビダッケは録音によるCDの制作、販売を嫌った。どんなにハイテクを駆使してもナマの音を再現出来ず、そんなものは自分の作品とは言えないという考えだった)

 156頁から引用 「なぜ、録音しなかったか、についてですが、彼の説明は精神的な理由とかではなくて、物理的な理由を挙げていました。そこが非常に興味あるところです。ミュンヘン・フィルハーモニーの演奏を聴くと、その響きのなかに言葉では表現しがたい独特の「輝き」が現れることがありました。これこそ、マエストロにとって演奏の成否を左右する決めてだったのです。この「輝き」は現在の録音技術では捉えることが出来ませんし、まして、個々の再生機においてはなおさらです。

 マエストロは「オクターブ」と言ってましたが、非常に演奏がうまくいったときに、倍音の一種というか・・エピフェノミナと言ってましたが・・それによる非常に不思議な音の帯が現れるそうです。それが、録音・再生では絶対に現れない」(引用ここまで)

 先日の美空ひばりの歌唱の特異さを書いた文でメインの音程(声)と同時に違う周波数の声(倍音)を出し、これがたまたまコンピュータの解析で捉えることができた、と書きました。この現象をうんと高度化したときに意図せず生まれる「倍音」がクラシック音楽の演奏でも生まれる、ということです。まあ、関係者以外には未知の世界の現象としか言えません。もし、演奏会でこんな体験ができた聴衆がいたら超シアワセ者ですが、その経験を他人に言葉で説明するのはとても難しい。ま、不可能といえるでせう。

 チェリビダッケが常にオーケストラに過酷な練習を強いた、ホールの響きの善し悪しをとても気にした、といった話は事実で、滅多に体感できない「究極の音」を求めるためだったと理解できます。チェリビダッケファンの多くはカラヤンが嫌いですが、それは技法やスタイルの違いではなく、音楽に対する姿勢の違いと言えます。
 似たようなことを朝比奈隆も言っていた。「音楽の一回性」という言い方で、いかに楽譜に忠実に演奏しても結果はバラバラであり、自分も聴衆も満足した、素晴らしい出来栄えの演奏会も再現は不可能だと。(2009年 アルファベータ社発行)


チェリビダッケ 





読書感想文

読書感想文
10 /07 2019



●樹木希林著「一切なりゆき」を読む

 一切なりゆき、というタイトルから察すると著者は恬淡とした性格の人物のように想像してしまうけど、なかなか、どろどろした執念、執心もたっぷりありそうな、複雑な人格の持ち主であります。内田裕哉とのヘンテコな夫婦生活を凌に「一切なりゆき」なんて呑気なこと言えるはずがない。内田裕哉が無断で離婚届を出したとき、希林は裁判を起こして戦った。(勝訴した)ぜんぜん成り行きまかせなんかではありませんて。

 実は樹木希林の出た映画やTVは一度も見たことがなく、見覚えがあるのは冨士フイルムのCMだけ。不美人を誇張したCMは面白かった。この人以外にあんな笑いのとれる女優はいないかもしれない。ご本人はCM契約期間中はその会社の人間だと自覚しており、会社が不詳事を起こせば我がことのように悩む、マジメな一面もある。

 そんな複雑な性格が興味をもたれて、雑誌などのインタビュー記事がたくさんでき、抜粋してまとめたのがこの本。人生論にしては軽すぎるし、これくらい安直な本づくりも珍しいけど、結構売れてるらしい。  内田裕哉との愛憎についてもあれこれ書いているけど、読者には何がなんだか分からずじまい。おそらく、娘やその婿、本木雅弘だって理解出来なかったのではないか。(2018年 文藝春秋発行)


樹木希林

閑人帳

閑人帳
10 /05 2019


●レジ袋有料化で削減効果はある?

 来年4月からレジ袋を有料にしようという計画があり、実現する可能性が高い。プラゴミの排出量のうち、レジ袋の生産、消費量を減らすのが目的ですが、本当に減るのだろうか。
 疑う前に、一人暮らしが一ヶ月でどれくらいのプラゴミを出しているのか、自宅での量を調べてみた。7月1日から31日までの一ヶ月間で960gでした。このゴミは大阪市のゴミ分別方法によるもので、再生資源にされるペットボトルは含まない。さらに、レトルト食品の袋やマヨネーズの容器は一般ゴミ(生ゴミを含む)として捨てるので含まれない。これらも含めたプラスティックゴミは30%くらい増えるのではないか。

 一方、目下、タダで貰ってるレジ袋は、スーパーやドラッグストアに限れば一ヶ月に20枚程度。標準的なサイズで一枚約7gなので、月に140gくらいになる。この袋のほとんどは生ゴミ用に使います。(ペールで二重底にするので、一回で二枚使う)いまのところ、貰う量と使う量がほぼ同じで、生ゴミ用にゴミ袋を買うことはありません。45リッター入る大きなゴミ袋は滅多に使わない。

 さて、この生ゴミ用に使ってるレジ袋を有料にすると、客の大方はレジ袋を拒否し、マイバッグ持参となるのでレジ袋の消費は大巾に減るハズ、であります。では、生ゴミはどこへ入れるのか。いきなり45リッターの大袋へ入れる? それはないと思いますよ。やはりレジ袋サイズのほうが使いやすい。それが有料になって受け取り拒否しても、レジ袋と似たようなサイズの袋を買うのではないか。だったら「削減」は難しい。もし、大巾に生産が減ったら、袋のメーカーが生産減で赤字続出・・になるはずです。しかし、無料袋の生産を減らす代わりに、別途販売の有料袋の生産を増やしたら、ほとんど削減効果は望めないのでは、と思います。

 イオンの吹田店では、バッグを持参しない人に無償で大型のバッグを貸し出す実験をしている。10kgまで入る、大きくて丈夫なバッグで、客は都合の良いときに店へ返却する。これを1万個つくる計画だけど、そのバッグの材質がポリエステル樹脂というから笑ってしまった。これじゃ削減どころか、袋のカタチ、仕様が変わるだけで樹脂製品の増産になります。なんか、発想が根本的にまちがってるように思えます。材質を樹脂以外に変えなければ効果はガタ減りです。この貸し出しバッグ、もしや、樹脂メーカーへの配慮から企画されたのでは、と疑ってしまいます。


キッチンスケールで目方を計る
プラゴミ 




たまには外メシ

たまには外メシ
10 /01 2019


●南千里「バードツリー」のランチ

 Mさんの案内で阪急南千里駅から徒歩6~7分、公園のなかにある新しいイタリアンの店へ。午前11時開店なので、11時10分ごろについたら、平日なのに20人くらいの行列が・・・。ヒルメシ食べるために店前で並んだというのは、たぶん生まれてはじめての経験です。店内が満員で並んでるのではなく、開店前に並んだ人を一度に店内に入れると料理づくりが追っつかず、苦情が出るため、一組ずつタイムラグをつくって席へ案内するとのことでした。

 店は広くて100人くらいの客の9割は女性でこの店のヘヴィーユーザーです。サラリーマンふう男性は一人もいませんでした。男の客なんか一人も来なくてもしっかり稼げる店であります。料理はイタリアンで、三種類くらいしかない。メニューを増やすと効率が落ちて客の回転率が悪くなるためでせう。(食事は90分以内に、というお達しがある)

 本来、公共の用地である公園にレストランがあるのはおかしいが、大阪城公園や天王寺公園の民営化成功が引き金になって民間業者への場所貸しが流行っている。ツボなんぼで貸すというのではなく、売上げの何パーセントをショバ代として払うシステムなら業者の負担感は小さくなり、役所は何の努力もしないでショバ代収入があるのだからウインウインというわけです。長居植物園にも同じシステムの店ができました。


パスタセット約1800円(税共)。前菜のチマチマ料理は和食のセンスで女性のウケ狙い。ほかに食べ放題のパンがつく。味はみなさんに好評でした。ボリュウムも十分。

バード



バード 



バードツリー 



バード 



バード 






 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
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■1939年大阪生まれ