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ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
05 /27 2019


●東奔西歩さんの「日本列島ジグザグ縦断歩行」

歩いて、登って・・1万キロを超えた

 ウオーキングが趣味の人にとって「日本列島縦断歩行」は人生最大のイベントといってもよい、ハードでやりがいのある旅です。しかし、自由業ならともかく、普通のサラリーマンにとってはまとまった休みがとれないという理由で実現は難しい。旅行のために、半月とか一ヶ月の有休を申請できる人は皆無に近いでせう。まして、昭和の時代には・・。

 そこをなんとか、と諦めずに、2~9日の短い休日を活用してコツコツと足跡を延ばし、ついに佐多岬~宗谷岬を完歩したのが東奔西歩さん(岡山県倉敷市出身 静岡県富士市在住)です。フツーのサラリーマンでも実現できますよ、の良い見本になると思います。実行には、体力、お金、時間、が必要なこと言うまでもありませんが、もう一つ大事なのは「執着心」でせう。先日、令和の改元記念にGWの10連休の休みを利用して「日本列島縦断歩く旅」その69(日本海側の空白部分をつなぐ旅)を行った東奔西歩さんから日本列島縦断歩行の日程の記録を送っていただきました。これを見て浮かんだのが「執着心」という言葉です。「根性」に似て非なる、クールで醒めた闘志といいますか、そんなことを想像しました。

 頂いたデータを大まかに説明すると、昭和64年(平成元年)から平成23年まで23年がかりの歩行です。GWや正月の休みなどを使って出かけた旅の回数が68回、延べ日数は330日に達します。ふつう、日本海側コースで佐多岬~宗谷岬間の約3000キロを踏破する場合、100日前後のケースが多いのですが、東奔西歩さんの場合、どうしても日程がこまぎれになるので、現地へ往復するためのロスタイムが増えます。

 しかし、延べ日数が多いのはロスタイムのせいだけではありません。縦断コースがシンプルで最短の一本道ではなく、寄り道、回り道がいっぱいあってタイトルのようにジグザグコースになったためです。さらに、普通の縦断歩行者はやらない登山プランもあり、富士山や羊蹄山といった山に登ることにも時間をかけています。もう一つ、i東奔西歩さんには「全国のふるさと冨士めぐり」という遠大な企画もあって、すでに300座以上の富士山に登頂しており、これにかけるエネルギーも相当大きい。そんなこんなで登山を含めた歩行距離の合計は10、810キロに及び、普通の列島縦断歩行の3倍以上の距離になります。これに要した日数が330日ですから、単純に計算して一日当たりの歩行は約33キロになります。これって、ご本人は「日常感覚」かもしれないが、世の99%の人から見れば「超常人間」としか思えない。これをサラリーマンが成し遂げたことで、駄目男みたいな凡人の脳の配線はワヤワヤとこんがらがってしまうのであります。


日本列島縦断歩行達成の猛者は何人いる?

 日本列島縦断歩行のような非日常的大歩行を成し遂げた人は何人くらいおられるのだろうか。100人?どころではないでせう。1000人?・・う~ん、もっといるかもしれない。歩いた人全てが名乗りをあげるわけでもないから数えるのは不可能ですが、仮に人口10万人に一人の割合として1200人くらいいることになります。10万人に一人・・なんか納得できる数字に思えるのですが。

 ネット上での行きずりで「長い旅の本ガイド」というサイトに出会いました。http://munoji.web.fc2.com/nagatabi.htm#new
 ここには十人十色、いろんな歩きのレポートが紹介されています。こういう情報を片っ端から集めて読む人がいる、というのも驚きです。何千キロの歩き旅が奇人変人の趣味ではなく、文化の一端を占めていると言えるかもしれません。歩き旅といえば大先輩に松尾芭蕉がいる。現代においてめいめいが「ぼくの細道」を著すなか、共感を呼ぶユニークな作品が生まれるかも知れません。


東奔西歩さんのブログ

 日本列島縦断歩行 最新のレポートが読めます。
https://blog.goo.ne.jp/michioaruku

最終歩行のレポートから「鳥海山山麓風景」
鳥海山 黒川写真 






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読書感想文

読書感想文
05 /24 2019


●武田邦彦著「偽善エコロジー」を読む

プラゴミは燃やしても良い・・に転換

 一週間前の報道で、地味だが自分には興味深い記事がありました。ゴミ問題について環境省の対応を伝えており、廃プラの処理(分別・再生)が困難な状況になったので焼却処理をしてほしいと全国の自治体に要請した、というものです。 ゴミの分別とその有効性について日ごろ疑問を感じていましたが、今回の報道で分別、処理のシステムに破綻が起きたことが分かりました。プラスチックゴミ・・大阪市の分別基準でいえば「資源ゴミ」のなかのペットボトルと「容器・包装プラスチック」が対象になります。これらは今まで焼却場で燃やさずに、リサイクル、再利用のための原料として扱ってきました。それでも処理できない分は中国などへ年間100万トンも輸出していたのです。しかし、中国などでは技術が進んで自ら樹脂製品を生産できるようになり、2年前に輸入を中止した。これがモロにこたえて日本の産廃業者は行き場のないゴミを抱えて大弱りの状態になった。焼却するのは自治体の仕事ですが、リサイクルは民間業者の仕事です。・・ということで、役所も市民もリサイクルについては知らん顔してきたのです。

 2,3年前、平野の焼却場を見学したとき、係員に「回収したプラスチックゴミはどうしているのか」と尋ねると「産廃業者のトラックに積み替えて姫路の処理場まで運んでる」とのことでした。大阪から100キロも離れた業者へ運んでいたのです。そこでゴミをベルトコンベアに流して作業員が手作業で「使える」「使えない」を選別する。家庭で「普通ゴミ」に仕分けるべきマヨネーズの容器や納豆のトレー、おかずがこびりついた総菜トレーなどが混じってるので、ひどい悪臭、悪汁のなかの作業になります。そこで働く人のほとんどが外国人というブラックな職場です。そして、悪質な業者は残ったゴミを山林に不法投棄する・・よく聞く話です。私たちは役所が回収するのだから役所が責任をもって処分するハズとカン違いしている。そして、役所と業者の間には利権が生まれ・・の構図が全国でできている。

プラスチックの再利用は有名無実
 ところで、回収したペットボトルはどれくらいリサイクルされているのだろうか。下の表は本書から引用したものですが、消費量の10%、回収量の20%くらいしかありません。大半は再利用されずに焼却や埋め立て処分されています。この表は武田氏がつくったもので、不思議なことに、業界団体がつくったグラフには消費量と回収量の表示はあってもリサイクルされた量のデータがない。(一部のデータしか見ていないので見落としがあるかもしれない)私たちはペットボトルは有効に再利用されてると思っているゆえに、水洗いしたり、ラベルをはがしたりと手間をかけて出しているのに、そんなの無意味らしい。 アホクサ!であります。

 プラスチックゴミは焼却処分する、となれば、今のように、本体と、キャップとラベルを別々に出すという手間は不要です。このあたり、役所は市民にどのように説明するのでしょうか。分別を細かく指示してきた役所ほど慎重にしないと市民に批判される恐れがあります。
 市民の一部には、急に大量のプラゴミを焼却することになれば焼却炉の負担が大きくなって不完全燃焼とか、マイナス面が出るのでは、と心配する人がいるかも知れない。しかし、そんな心配は要りません。よほど非力な自治体はともかく、大方の市町では焼却能力に余裕があり、無理なく燃やせます。大阪市の場合、むしろ、燃やすゴミが足りなくて近隣市のゴミまで引き受けています。この余裕綽々の原因は市内のゴミ排出量が想定以上に激減したからです。(ピーク時の半分になっている)

 石油が原料のプラゴミは良く燃えるので、生ゴミ等を燃やすときの助燃剤になり、そのぶん重油を節約できる。また稼働率が上がれば発電量も上がり、これは電力会社が購入してくれるから維持経費の改善に役立ちます。ダイオキシンが増えて健康に悪影響?・・が心配な人は本書を読んで下さい。答えが書いてあります。


レジ袋削減運動も無意味

 スーパーなどが「レジ袋削減キャンペーン」をすると、いっときマイバッグ持参の客が増えます。では、その人はゴミをどのように保存するのでせうか。生ゴミをいきなり45リットルの大袋に入れるのか。それともダイレクトにペール容器に入れるのか。そんなこと生まれてこの方したことありません。レジ袋を断れば別の同じような袋を買うしかない。これでは削減効果ゼロです。買うよりもらう。もらった袋は大事に使う。
「タダでもらう」というのは間違いで、店はレジ袋費用を販売コストに計上しているからタダではありません。こんな単純な仕組みを知らず?にレジ袋を減らす運動(マイバッグ愛用とか)に情熱を傾けている人がいるのだから笑ってしまいます。そのマイバッグが石油系原料でつくられていたら・・馬鹿丸出しです。

 著者が薦めるゴミの分別は単純です。「金属類とその他」これで十分だと言います。金属類は再生できる。特にアルミ缶はリサイクル材としてスグレモノだそうです。一挙にここまで単純化は無理としても、大巾に改善はできます。駄目男がイメージする一番悪質な自治体は、チマチマと細かく分別を指定し、かつ、指定のゴミ袋を強制的に買わせる町です。無能と悪意てんこもり、そんな町、本当にあるとは思ってませんが。(2008年 幻冬舎発行)

ペットボトルの消費量、回収量、リサイクル量のグラフ
1偽善


駄目男宅の生ゴミ容器
 直径20センチ、高さ22センチの樹脂容器に標準的な35×35センチのレジ袋に入れ、それより小さめのレジ袋または他のポリ袋を底に敷く(漏れを防ぐために底を二重にする)このサイズで約3日分。過去10年くらい、消費量ともらう量がほぼ同じで過不足がない。45リットルの大きなゴミ袋は紙ゴミなども入れて、月に2~3枚程度使う。プラゴミは大きいレジ袋に入れる。

ゴミペール


偽善 



参考資料 
https://mainichi.jp/articles/20190516/k00/00m/010/010000c

廃プラ、産廃も焼却要請へ ~環境省、市区町村に~ 
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毎日新聞2019年5月16日 03時00分

 国内で処理が追いつかなくなっているプラスチックごみ(廃プラ)について、環境省は、焼却炉などで家庭ごみの処理を担う市区町村に対し、企業など事業者が出す産業廃棄物の廃プラも受け入れるよう要請する方針を固めた。関係者への取材で判明した。緊急措置として一定期間の受け入れを求め、応じた自治体への財政支援などを検討する。都道府県や政令市に近く通知を出す。
 全国で排出される廃プラは年間約900万トン。うち産業廃棄物として扱われるものは約700万トンと8割近くを占める。国内の態勢が整わない中、輸出されていた分などのうち一定量の廃プラがリサイクルされず焼却されることになる。

 リサイクル資源として日本が輸出する廃プラの大半を受け入れていた中国が2017年末に輸入を原則禁じて以降、日本国内での廃プラの処理が追いつかず、中間処理業者の敷地内に山積みになるなど問題化していた。さらに、廃棄物の国際的な移動を規制するバーゼル条約の締約国会議が今月10日、汚れた廃プラを21年から対象とすると決めた。日本が現在輸出している年間約100万トンも規制対象になる可能性があり、国内での処理がますます難しくなる懸念が出ていた。

 関係者によると、家庭ごみの分別が徹底されてきたことで、自治体が所有する焼却炉は稼働率が低水準のものも多く、事業ごみの廃プラを焼却する余力があるという。このため環境省は、緊急避難的に廃プラの処理を市区町村に要請することとした。受け入れた自治体には財政支援をするほか、処理費用の徴収なども認める。

 ただ、自治体の所有する焼却施設は「迷惑施設」のイメージもあり、周辺住民の反対なども予想され、自治体によって対応が分かれる可能性がある。廃棄物処理法は、市区町村は原則として家庭から出る一般廃棄物を処理するとしているが、自治体が認めた場合に限り、事業者が出す産業廃棄物を処理することもできる。【鈴木理之】

バーゼル条約
 有害物質を含む廃棄物について、主に貿易などで国境を越える移動を規制する国際的な枠組み。1992年に発効し、日本は93年に締結。186カ国・地域と欧州連合(EU)が加盟している。締約国会議で今月、汚れたプラスチックごみを輸出入の規制対象に加える条約改正案が採択された。条約改正の発効は2021




アートシーン

アートシーン
05 /18 2019


●マーラー編曲のベートーベン「7番」

 5月12日のEテレ「クラシック音楽館」で上記の曲を演奏していたので興味深く拝聴。実は、マーラー以外にも編曲を試みた作曲が複数いたらしい。なぜ、大先輩の名曲をいじりたくなるのか。そのワケはサウンドの貧弱さにある。曲想の立派さ、スケール感に対して表現力がイマイチだから、もっとかっこよく聞こえるように編曲しなおす・・というのが本意だと想像する。

 で、マーラー版の「7番」はどうだったのか。聴いてみれば、旋律やテンポはまったく変えず、木管楽器の編成を8名から16名に倍増した。これだけです。(細部に変更があったのかも知れないが、聴感では分からなかった)なので、少々期待はずれでした。それでも音に厚みが増したのはわかり、弦楽器が前に出すぎるギスギス感が小さくなっていた。

 自分の印象では、ギスギス感が気になるのは「7番」と「9番」の2曲。9番(合唱付き)は聴くたびにオーケストレーションの貧弱さが気になる。ヴァイオリンとビオラのコンビネーションにもう少し配慮すればええのに、なんて勝手に想像する。しかし、考えてみれば、この曲を作った当時、ベートーベンの聴力はひどく衰えており、新しい発想での曲づくりは無理だった。それに、当時は金管楽器の性能が発達途中で現在の楽器のような、大きな音を安定して出すことができなかった、という理由もある。初演のときの人数が合唱団合わせて100人未満なら、そもそも分厚いサウンドなんか望むべくもない。

 現在の「9番」の演奏は「一万人の第九」という年末行事的な大スケールの演奏会もあるけど、オケの編成はあまり変わらないのではと思います。(不詳) だから、ギスギス感も変わらない。
 他の交響曲はどうか。駄目男の好きな「8番」なんかイジッてほしくない。室内楽のような、こじんまりしたところが魅力の曲だから。「3番(英雄」もさわらない方が良い。では、先輩のモーツアルトの交響曲はどうか。上記のような不満や違和感を感じたことがない。ということは、スコアの完成度ではモーツアルトのほうが一枚上と言える・・なんちゃったら、ベーさんファンに怒られそう。(演奏はベルリン放送交響楽団)


ベートーベン

ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
05 /14 2019


●Nさんの「太子快道」レポート

 平野区在のNさんより「太子快道」完歩しました、の便りが届きました。Nさんはウオーキングや旅行が趣味ですが、歩きに関しては「20年間で4万キロ」歩行を目標にして毎日の歩行距離を記録されています。4万キロは地球一周分の距離です。1年なら2000キロ、一ヶ月なら約167キロ、一日なら約5,6キロ、毎日一万歩くらい歩けば達成できるという計算ですが、一日サボれば翌日は10キロのノルマになり、怠惰な駄目男にはぜんぜん向いてません。

 では、実績はどうか。Nさんのブログ「散歩人の夢想」によれば、開始の2010年1月21日よりただ今(5月13日)までの歩行距離が1万8693キロです。残りは2万1307キロ。この歩行にはハイキングでの歩行だけでなく、日常生活のなかの歩行も含まれているかもしれず(不詳)趣味での歩きだけではかなり荷が重いような気がします。なんにせよ、目標をもって続けることは、しんどい半面、励みにもなります。「太子快道」を全部歩いても77キロで、数字稼ぎにはあまり役に立たないけど、四天王寺から飛鳥村の橘寺まで、さらに叡福寺へのお礼参りまで、フルコース踏破されました。この場で御礼申しあげます。
 なお、Nさんは昨年暮れにつくった「西除川ウオーキングコース」も歩き、今後「京快道」も予定に入れてもらってます。

このブログに「西除川」と「太子快道」のレポートがあります。
「散歩人の夢想」
http://beigehare3.sakura.ne.jp/





読書感想文

読書感想文
05 /12 2019


●坂本政道著「あの世はある!」を読む

 なんだかキワモノふうタイトルですが、よくある自称「霊能師」とかが書いた本ではないのが手にした理由。著者、坂本氏は東大物理学科卒業でソニーに就職、約10年間、半導体素子の開発に携わった人。本人も「自分はガリガリの物質主義者」と述べている。そんな人に「あの世はある!」と言われてもなあ・・困惑しつつ読みました。

 読んで見ると、あの世へ行くには相当に高度なサイエンスのチカラを借りなければならないことが分かる。その方法を開発したのはロバート・モンローというアメリカの音響技術者で、後に「ヘミシンク」と名付けたテクノロジーを研修会などで学んだうえでトライできる。アホなおっさん(心身のデリカシーを感得できない人)はあの世へいくことができない。 知性、感性のレベルが高くて、かつ心情冷静な人であることが重要だ。落語の「地獄八景 亡者の戯れ」にでてくるオッサン、オバハンではとても無理であります。

 ま、難しい話はさておき、あの世を訪ねるためには段階を踏まねばならない。トレーニングと成果はつぎのような順になる。

(1)夢を見る、幻覚が起きる
(2)体外離脱体験
(3)あの世を訪問
(4)死者との交流、自分の過去世を知る

著者はこれらを全部マスターし、世に広めようと何十冊もの本を書いている。おそらく、日本におけるヘミシンクの第一人者と思われる。著者がこの道に進んだわけは、もともと死後の世界に興味があったことと、死ぬことに対する恐怖感がすごく強かった。しかし、死んでもあの世で暮らせることが分かれば恐怖感は大巾に減る。死=不幸ではなくなる。

 著者によれば、体外離脱なんて朝メシ前だ。やはり本命は「あの世」の訪問である。さすがにこれは簡単に体験できず、米国での研修会では5泊6日の日程でレッスンする。レッスンの大半はヘッドフォンで特殊な音を聴くことである。宿泊研修するヒマなんかない、と言う人のためにCDセットがある。え?・・CD聴けばあの世に行けるのか、と怪しむが、ネットで調べると普通にCD商品として販売されている。なんだかとてもイージーな感じがするが、これがマユツバ商品なのかどうか分からない。

 それにしても、亡くなった父母に会いたいと思ってあの世を訪ねたら本当に会えた、という話を俄に信じる気にならない。あるいは、自分の過去世を知って自分のこれからの生き方を学ぶという話。例えば500年遡って何人もの「自分」に会い、その中に殺人者がいたら・・。どひゃ~~、であります。本書の最終章にはあの世を訪ねた人のレポートがたくさん載っているけど、読後感は総じて暗い。明るい風景や楽しい語らいといった場面はなく、争いや戦争に巻き込まれて苦労するといったネガティブな体験談が多い。

 それはさておき、本書の内容がまるでインチキともいえないのは、私たちが観念としてもっている「三途の川」や「輪廻転生」に通ずるところがあるからでせう。しかし、いまや、神様や仏様に導かれてあの世へ行くのではなく、研修会とCDによってあの世へ行く時代になった。キリスト様やお釈迦様も、いやはや、えらい世の中になってしもたなあ、と嘆いておられるに違いない。(平成26年 ハート出版発行)


本 あの世はある

ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
05 /10 2019


●「ネモフィラ」だらけの丘  ~馬見丘陵公園~

 大阪・舞洲のゆり園が昨年の台風被害でオシャカになり、代わってネモフィラを植えたところ、なかなかの人気で、ピンチヒッターがホームランを放った感じ。関西では、この花の大規模な栽培がなかったのも好評の理由だと思われます。同じネモフィラが奈良県の馬見丘陵公園にもたくさん植えられて、あちこちで青いお花畑が見られました。
 和名は「ルリカラクサ」というそう。一年草で、栽培簡単、たぶんコストも安いのでこんなにたくさん植えられたのでは、と勝手に想像しています。(5月8日撮影)

ネモフィラ



ネモ 


ネモ 


ネモ 


ネモ 


ネモ 





閑人帳

閑人帳
05 /07 2019



〇ビのレジャーは古本屋めぐり

 ヒマあり、カネなし・・オジンの楽しみは古本屋めぐり、というわけで、四天王寺の「春の古本祭」に出動。なんせ、店も本も多すぎて選ぶのがたいへんです。ある店で古地図がたくさん出ていて買いたいが、一枚5000円くらいするので手が出ない。明治、大正時代の絵葉書にも魅力的なものがあります。ま、それは諦めるとして、3時間くらいウロウロして買ったのが写真の7冊。購入価格850円ナリ。

□向田邦子「あ・うん」
□津本陽「巌流島~武蔵と小次郎」
□タン・ロミ「阿片の中国史」
□武田邦彦「偽善エコロジー」
□正岡子規「病床六尺」
□宮本常一「絵巻物に見る日本庶民生活史」
□新潮日本文学アルバム「宮沢賢治」



フル品  



閑人帳

閑人帳
05 /07 2019



●憲法問題 世論調査のええかげんさ

 毎年、憲法記念日の一ヶ月ほど前に憲法に関する世論調査が行われる。3000人くらいを対象に郵送などの方法で実施されるので回答を考える時間は十分にあり、電話による調査とちがって結果の数字は妥当だと思いがちだけど、そうとも言えない。新聞社の思想、姿勢が結果に反映されることが多い。だから、一つの新聞社の調査結果を見てそれが日本国民全体の世論だと思うのは間違い、少なくとも2社のデータを見比べたほうがよい。

 下のグラフは読売と朝日の世論調査の結果を象徴的に表示したもので、グラフをつくったのはなんと「朝鮮日報」さんです。有り難く拝借させてもらいます。一目、文章で説明するよりずっと分かりやすい。質問内容がズレてるにせよ、読売と朝日、なんでこんなに違うのか。両社、全く同じ質問文で調査したらこんなに差異はでないはずです。ということは、各社とも「こう言う結果が出てほしい」という思惑があり、望ましい答えを導くために誘導尋問的な問い方をする。

 朝日の場合は憲法九条改正は絶対反対の立場だから、改正反対の答えが増えるような問い方をする。具体的には「安倍政権を評価しますか」要するに「安倍さん、好きですか、嫌いですか」といったニュアンスの質問を執拗に繰り返す。憲法改正の内容より安倍政権の好き嫌いを答えなさい、って感じです。解答者が憲法改正反対の人や朝日新聞読者なら安倍憎しの思いから積極的に回答するでせう。もし、解答者が読売新聞の熱心な読者なら質問を読んだだけでムカつくかもしれず、回答拒否するケースもある。約30%の無回答のなかにはそういう例があります。

 回答する人の世代が高年齢に偏っていることも数字に影響する。高年齢ほど憲法改正反対者が多く、かつ回答率が高い。ということは、世論として「憲法改正反対」の数値が大きくなります。これをもって「日本人の世論」とするのはアブナイ。朝日の調査で憲法改正反対の数字が大きいのはこんな背景、ウラ操作がある。読売の質問内容が見られなかったが、まあ、同じような事情があると思います。
 グラフによると、朝日の調査では64%が憲法改正に反対している。反対するのは自由だが、反対派の人たちは憲法問題についてはほとんど思考停止の状態で、GHQや左翼メディアに洗脳されっぱなし、自ら学習しようという気概など皆無という人たちです。国家的問題を論理でなく、感情優先で考えるなんて韓国人とそっくりさん、と言われても仕方ない。

朝鮮日報制作のグラフ
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/05/04/2019050480005.html

グラフ



参考情報
https://www.j-cast.com/2019/05/03356689.html?p=all 
https://www.asahi.com/articles/ASM4M4CDXM4MUZPS003.html


閑人帳

閑人帳
05 /02 2019


●「令和元年」それがどうした、という新聞

 天皇が退位、即位され、元号が変わった5月1日、各新聞は最大級のタイトル文字で新時代の幕開けを報じた。しかし、数百万部の発行を誇る聖教新聞はトップニュースにしなかった。5月1日のトップニュースは「池田大作先生がブラジルの某大学から名誉博士号を授与された」というものだった。(この種のトップニュースは年に100回くらいある)
 宗教団体の新聞だからこの扱いは当然だとも言える。むしろ、その潔さに感心するくらいだけど、一方でこの新聞の読者は支持する公明党を通じて政治世界に深く関わっており、世間の動向に敏感なはずである。

 だったら、もう少し「世間の今」のありさまを伝えてよいではないかと思うけど、それはアウト。なにしろ、阪神大震災や東北大震災でさえマイナーニュース扱いなのだから天皇の代替わりくらいでトップ扱いするわけにいかない。天皇の動向の報道が池田先生のそれを超えることは絶対に許されない、という不文律があるのでせう。
 では、令和元年に関するニュースはどこに載っているのかと探すと、全12面の第10面に8段を使って掲載している。これっきりです。一般ニュースのほとんどは共同通信などから買っていると思われるので仕方ないと言えるが、その記事スペースは12面中2面しかない。ここに政治、経済、社会事件、スポーツニュースまで詰め込む。ぜんぜん無いよりマシではありますが、この新聞を読んで社会の動向を知ることは難儀でありませう。(注)政治問題に関しては別に「公明新聞」がある。

<追記> それがどうした・・と聖教新聞の知らん顔ぶりを書いてから、今日、5月2日の新聞を見たら、一面トップに「新天皇陛下即位」の記事がでていてドヒャーッとびっくり仰天。池田大作先生をさしおいて天皇の記事。聖教新聞のセオリーを破った大変身であります。やっと世間の常識に目覚めたのか。半強制的に購読させておきながら、読者の意向など忖度しない編集部の石頭ぶりに読者(信者)がキレた?。昨日(1日)の紙面を見た読者から編集部へ「なに考えとんじゃ、ボケ!」と抗議の電話が・・あったと勝手に想像します。


5月1日の聖教新聞 第一面
聖教新聞



 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ