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犬町・猫町情報



小学生時代の思い出    作:DH
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(78)伊原君・覚野君

 伊原君の家はわが家から東へ三軒の三叉路を南へ三軒だから徒歩一分もかからない。それで同級生だからどうしても遊び仲間にならざるを得ない。所が困った事にどうしようもないキカン坊で、なんでもかんでも自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起すという本当に付き合いにくい子供だった。有難い事に、世の中はよく出来ていて、やはりすぐ近くに覚野君という母親べったりの甘えん坊の同級生が居て、これが伊原君の腰巾着さながら、何でも彼の意のままに唯々諾々と従うものだから、伊原君はすっかり親分になった気分でご機嫌だし、お蔭でこちらは伊原君に気兼ねせずに付き合う事ができた。その意味では覚野君さまさまだった。


三人寄ると決まって近くの上善寺の境内で野球ともサッカーともつかぬ遊びをやった。ホームベースとおぼしき所からキッカーがボールを蹴る。残る二人が守備で一人が野手、一人がファーストで、セーフでもアウトでも選手が交代する。何しろ三人しか居ないのだから、こうしないと順番が廻って来ない。
 伊原君については嫌な思い出がある。いつもの仲間で近くの池へ釣りに行った。釣りと言っても、まともなそれではなく、その辺に落ちていそうな細い竹の先に普通の糸で釣針を縛り付けただけのもので、浮子もなければ餌も附けなかった。それを伊原君が闇雲に振り廻すものだから一緒に居た僕の耳に針が引っ掛かった。痛いったらありゃしない。それに針の先は鉤になっているから簡単には外れない。あの時は本当に往生した。


覚野君もちょっとまともでない所があって、我々みたいな牌を見た事もない子供に急に麻雀をしようと言いだしてみたり、かと思うと突然「オタマジャクシは蛙の子 それが何より証拠には やがて手も出る足も出る・・」と歌いだして、ジャズなんか聞いた事もない他の二人は呆気にとられてポカンとするだけという事もあった。
 伊原君の家は「木村家」というパン屋で、それはいいが、この店のショウウインドウはいつも湯気で曇っていて中が見えなかった。子供心にもこれではお客さんも買いにくいだろうと思っていたが、果たせるかな、僕たちが中学生の頃、夜逃げして居なくなってしまった。

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●ミーハー隊長の「エアーズロック(ウルル)」登頂記

エアーズロック

 低山の話題でときどき紹介する加藤さん、定年退職後も山への情熱は衰えず、国内外の高山、低山ハントに勤しんでいます。今年は豪州のエアーズロックにツアー参加のかたちでチャレンジ、無事、登頂しました。エアーズロックという名称は旧名で、現在は「ウルル」に変更され、これが公式名称です。原住民の聖地を観光地にしたことで、いろいろ問題が起き、結局、2019年10月25日をもって登山は禁止されます。加藤さんもこれを知って出かけました。


ウルルは周囲が9,4km、麓との標高差は335m。岩だけの斜面の上下で最大斜度は47度というから相当にハードです。その上、入山時間に制限があり、モタモタする人は途中でリターンさせられます。ほかに、天候その他の自然条件によって登山禁止の日が多く、一ヶ月のうち、1~2週間しかチャンスがない。このため、ツアーでは最低三日くらいの待機日を含めた日程を組むそう。普通の観光気分で行くとエライ目にあうかも知れません。加藤さんのレポートでも、かなりきつい上りだったことが伺えます。


加藤さんの「エアーズロック」登頂レポート

http://tozan.a.la9.jp/kiroku18/180609.htm




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●<雑感> ゴーン容疑者、屈辱の日々

 権力は必ず腐敗する・・昔からいわれた人間の性を知らなかったはずがないのに、自らの腐敗に気づかなかった。突然のタイホ、拘置所暮らしをゴーン容疑者はどう受け止めているでせうか。家賃300万円?の高級マンション暮らしから独房生活へ。天国から地獄へ真っ逆さま・・とはこのことでせう。人生最初にして最大の屈辱。収監一日目は現実を認識できずに錯乱状態だったのでは,と想像します。


東京拘置所は悪者専用無料宿泊所で、無料ゆえに待遇はよくない。独房はトイレ付き3畳の和室。トイレは囲いがないから用便中も刑務官からは丸見え、というオープンなインテリア。暖房はないので冬は冷え込みが厳しいらしい。(上等のパジャマや毛布の差し入れがあるでせう)但し、外国人には洋室も用意してあるそうだ。


ゴーン容疑者は反省しているか。それはないでせう。裏切った幹部への怨念がたぎっている。あいつとあいつ、二人の執行役員だ。(一人は外国人)ケリーには秘密厳守をもっときつく言っておけばよかった・・と悔やんでも後の祭り、いまや、日産役員と全社員、そして日本人すべてが敵だ。権力者から一転、容疑者、ムショ入り・・こんなのって田中角栄以来ではないでせうか。これに比べればホリエモンのムショ入りなんてかわゆいもんです。


容疑が固まれば保釈になるでせう。保釈金はなんぼ?・・30億~50億円くらいは積んでもらわなくては。しかし、懲役刑が決まれば再びムショ暮らしに戻る。仮に懲役5年となれば、そして、そのあいだに、もし、ルノーがこけたりすれば、ゴーンは完全に居場所を失ってしまう。
 今回の事件で日産とルノーの軋轢が大きくなって提携解消とかになった場合、ルノーはもう生きてゆく術がない。日産に代わるパートナーを見つけるのはほぼ100%不可能。となれば、今はゴーンを擁護しているルノーと仏政府も「こんなことになったのはゴーンのせいだ」と恨むしかない。ともあれ、日産とルノーの関係はかなり悪化しそう。三菱は・・当分、日和見するしかありませんかね。


取締役会でルノー出身の二人の役員をなんとか「解任賛成」説得にこぎつけた。第二の関門は臨時の株主総会か。ここでルノー側の株主がゴーンの解任反対を唱えてゴネたりするかもしれない。難儀の一つは、日産側は言うまでも無く「民事」案件だが、ルノー側は仏政府の資本が入っている。これだけでなんだか鬱陶しい。それはそうと、今回の騒動によってフランスの企業文化の内実が垣間見えるかも、という興味もあります。最後に、個人的に彼の姿勢に?を感じたのは、昨年から続いた日産の検査不正問題で、トップとして何の発言もなかったこと。対応はすべて西川社長ほかがやっていた。イヤな事案には知らん顔をする。日産幹部が嫌悪感を抱くのは当然でありませう。仏側が言う「クーデター」説は1%くらいは当たっている。


家賃無料の悪漢専用マンション
東京拘置所 








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小学生時代の思い出    作:DH
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(77)教育勅語

 校庭の一画に「奉安殿」と称する小さい建物があった。簡単に言えば神社のミニチュアで、正方形の地所を玉垣で囲い、小さいながら「いぶき」も植わっていた。杉鉄砲の弾はこれの実である。また墨をする時この葉を入れると色が濃くなるとも言われていた。「奉安殿」の内部は見た事がないが、天皇皇后両陛下の御真影と教育勅語が入っているとの事だった。


これが開かれるのは式日だけ。この日は教頭先生が「奉安殿」から教育勅語を取り出して塗の盆に載せ、目八分に捧げ持って校庭に整列している生徒一同の前を静々と歩いて壇上に立っている校長先生の前の台に置く。校長先生はやおら教育勅語を持ち上げ、一杯に開いて(巻物になっていた)からおもむろに、そしてできるだけ荘重に「朕(ちん)惟(おも)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト広遠ニ・・・」と読み始めるのだが、この間生徒一同は直立不動、頭をやや前に倒した姿勢で拝聴しなければならない。さして長い時間ではないが、最後の「御名御璽」の言葉を聞くと頭を元に戻してホッとする。


その中ごろに「・・父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ・・・と道徳教育の根源のような立派な言葉がある。しかし、これは山岡鉄舟の道場に掲げられていた文言をタネ本にしたものだとの説もあるやに聞いている。
 ともあれ、教育勅語は私にとっては大きなメリットがあった。「お名前は?」「どんな字ですか?」など日常よくある事だが道明はまあよい。問題は肇で、戦前なら勅語の「国ヲ肇ムル」の肇です、と言えば ああ分りましたと即座に通じた。戦後はそうはいかない。ハナ肇で通じた時期もあったが、これも大分遠くなってきた。拝啓の啓の字の上半分と筆の下半分では分かりにくくて正確に通じたかどうかも疑わしい。事実、道明筆様と記された書状が届いた事もある。ああ「教育勅語」時代が懐かしい。


教育勅語 
教育勅語



奉安殿 左の社ふうの建物
教育浴後 






 

読書と音楽の愉しみ



●山本功次著「阪堺電車177号の追憶」を読む

 図書館へ返本に行ったら、たまたま著者の講演会に出会い、拝聴してこの本を買い、サインしてもらった。本書は「2018年 大阪ほんま本大賞」受賞作。先日、紹介した有栖川有栖氏の「幻坂」に続いての受賞作品購読であります。主人公は阪堺電鉄の最古参車両「モ161型」の177号(実在しない架空の番号)であります。


主人公は昭和の初めから85年働いてとうとう廃車になるまでの乗客や沿線住民の暮らしぶりを六編の短編小説で描く。戦前、終戦直後、高度成長期、バブル崩壊・・と時代の様相をとらえて描くが、著者は戦後生まれなので、戦前のことは父親に聞いて書いたという。題名からは鉄道ファン向けの作品を想像するけど、まあ、普通の人情小説と言えるでせう。


著者は鉄道会社に勤めるサラリーマンなので電車の知識が豊富なのは当然として、では,どこに勤めてるのか。当然、阪堺電鉄と想像するところ、ご本人は言わない。趣味で小説を書くことは会社の了解を得ているけど、社名は明かさないこと、とクギをさされている。であれば、阪堺電鉄以外の会社、阪急とか近鉄とか、かもしれない。(一時、東京へ転勤になったというから、阪堺電鉄はあり得ませんね)


サラリーマンの傍ら小説も書く、という二足のわらじ生活は羨ましいと思われがちだけど、ご本人の話ではやはり苦労も多い。使える時間が限られているから集中できるのは土曜の晩くらい。ということは徹夜です。エッセイやコラムくらいならともかく、小説を書くとなれば相応の才能が要る。それを考えれば本書はよく出来た作品と言えます。(2017年 早川書房発行)


小説の主人公になった車両。もしや現役で最古参?
阪堺電鉄
 

阪堺


阪堺 









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●試験艦「あすか」見学

 先週はかっこいい帆船を見学しましたが、続いて自衛艦「あすか」の公開があったので、かけあしで見学してきました。試験艦とは、自衛艦の各種装備をテストするのが役目の船、だから武装は一切ありません。魚雷の発射装置やミサイル、電子戦管制システムなどのテストを請負います。日本ではこの一隻のみ、世界でも珍しい役目の船だそうです。

全長151m、排水量4250トン、ガスタービンエンジン2基で4万3000馬力。速力27ノット。住友重工浦賀工場製です。桟橋で展示していた高機動車(装甲車)の無骨なデザインが興味深く、船より人気があるみたい。戦車ではないけど、普通の車よりは銃撃に耐える仕様でメーカーが小松製作所というのも面白い。車より重機に近い発想で作られています。乗り心地は無茶悪そう。詳しい性能諸元はマル秘だそうです。(11月18日 大阪港中央突堤)


あすか 



あすか 



あすか



あすか 




あすか 



クルマとは思えぬ無骨なデザイン
kあすか








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(76)へっつい(竃)さん、ご飯炊き、薪。

 へっついさん、竈(かまど)の事である。昔の絵では随分背が高く、薪は直接地面の上で焚かれているように書かれて居り、あれでは火とお釜の間が遠くなって効率も悪いし、炊きにくかったろうと思う。わが家の竈は下が薪の置き場になっていて薪の炎が直接お釜の底に当たる程だった。焚き口が二つあって、どちらを使ってもいいようなものだが、何故かご飯を炊くのは右と決まってた。竈の奥からの煙突は上がT字型になっていて雨が煙突から竈に入らないようになっていた。


燃料の薪は一寸田舎へ出れば農家の壁際に殆ど軒の高さまで積み上げられている、あの薪である。買った薪はさほど太くはないものの長さの揃った丸太で、これを小さく割るのはこちらの仕事になる。かなり太い丸太を輪切りにしたものが台で、その上に買った細い丸太を立て「よき」という小さい斧を木の真ん中目掛けて振り下ろす。うまく軸に当たるとスパーンと小気味よく割れるが、一寸でも軸から外れると木に食い込むだけで割れないばかりか、食い込んだ「よき」を抜くのにもかなり力がいる。大体 一本の木を4から6本に、時に太いものは8本に割っていた。本来は父の仕事だが、私も少し大きくなってからは手伝うようになった。最初の中はなかなか軸に当たらず、手こずったが何でも慣れでやっている中にだんだんうまくなった。


薪に火をつけるには鉋屑があれば最適だが、そういつもあるものではないので、結局新聞紙のお世話になる。ちょっとでも火がつけば今度は火吹き竹の番で、ふうふう吹いていれば、その中に火が広がる。薪の2,3本も燃え上がれば後はご飯が炊けるのを待つばかりで、火守りの仕事は一寸一服だ。ご飯の方は「始めチョロチョロ 中パッパ 赤子泣くとも蓋取るな」とご承知の通り。火守りの辛い事と言えば薪の中に生乾きの木が混じっていると、それが燻り出して竈の外まで煙の出る事があり、そうなれば煙に噎せて咳も出れば涙も出る、。もう一つ怖いのは風の強い日。風は気まぐれで時に煙突から竈へ吹き込む事がある。大変だ。思いもよらぬ時に竈から火が吹きだす。ぼやぼやしていると眉毛ぐらいは焦がす事になりかねない。風の日はくれぐれも要注意である。


さあ、ご飯が吹きこぼれてきた。炊き上がったのだ。「火を引け、火を引け」と母から言われたが、ここの所の記憶がやや曖昧で、多分燃えている薪を引き出して水で消したのだろう。その薪をどうしたかが思い出せない。熾火は火消し壺に入れて「カラケシ」にする。
 炊き上がったご飯は大きな杓文字でかき混ぜながらお櫃に移す。ここで可なりの水分が飛ばされる。お櫃自身も若干ながら水分を吸収し、かくしてカーワリとしたおいしいご飯となる。今の炊飯器ではなかなかうまく行かないように思う。外食のご飯も殆どがベチャ飯だ。水分の多い方が嵩が増えるから当然と言えば当然だろうが。米食に関してはコンビニのおにぎりが最高で本当に良くできている。


お釜でご飯を炊くとどうしてもお焦げができる。どうするかと言うと、お釜に少しお湯を注ぎ、お焦げをコソげ落し、お茶碗に移して少し塩を加え「お焦げ粥」にする。香ばしくて一寸乙な味がする。お米は一粒と言えども無駄にしない「勿体ない」精神そのものだ。

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駄目男の蛇足・・お米は日本人の命の糧。ゆえに、他の食材とは違った、別格の扱い、呼ばれ方をしています。たとえば・・・

・米は洗うのではなく「研ぐ」
・炊けたご飯を混ぜるのではなく「切る」
・お茶碗に入れるのではなく「装う」

など。米を大切にすることや、美味しさの追求を重ねているうちに、こんな尊敬の念が含まれた言葉が自然に生まれたのでは、と思います。



かまど 


かまど 


子どものご飯炊き体験
かまど 




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●歯ぎしり用マウスピース

 半年くらい前、歯科医院での「歯の掃除」のときに衛生士さんから「歯ぎしりしているからマウスピースをつくりませんか」と言われた。歯ぎしりなんかしてません、と否定したものの、本人には判断できないものらしくて自信がない。説明によると、歯ぎしりのときは、歯のかみ合わせで200kgくらいのチカラが歯にかかり、老化で弱っている歯は耐えられなくて割れてしまうこともあるという。歯ぎしりの有無は歯の表面の状態を見れば分かるそうだ。(ホンマか?)


歯が壊れてから後悔しても遅いですよ、となんだか脅かしめいたことを言われ「で、なんぼかかりますねん」と歯ぎしりより気になる費用のことを尋ねた。一割負担だから千円くらいでできます、と言われて注文を決めた。(なんか、セールストークにのせられた気もしつつ)


マウスピースといえば、とりあえずボクサーが試合で使うアレを想像しますが、こちらのは至って簡単にできます。粘土みたいな樹脂で型どりをして乳白色の樹脂で成型する。制作は一週間くらいかかり、試用で微調整して完成です。この樹脂の少しのクッション性が歯ぎしりの圧力を減らし、ギリギリいう不快な音も無くす(又は減らす)わけです。ピースは上側の歯に装着します。


使ってみれば、違和感もなくてすぐに慣れました。歯ぎしり以外の効用は、睡眠中の口の渇きがほぼ無くなったことと、眠りが深くなったような気がすること(感覚的な判断です)で、マイナスの作用はありません。慢性的な肩や首のコリに悩まされてる人は症状の軽減もあるそうです。歯が弱ってきているのに歯ぎしりをする人には解決策の一つになりそうです。どこの医院でもやってるのか分かりませんが、チラシで見た下記の医院はコレ専門だそうで(歯の治療はしない)そこそこ需要があるのでせう。チラシには3割負担で8000円位とあります。

ABO歯科クリニック (西梅田)
http://www.abodental.com/

寿命は半年くらいと言われたが、まだ使えそう
マウスピース







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小学生時代の思い出    作:DH
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(75) 活動写真

 活動写真がやがてキネマ(或はシネマ)から映画と呼ばれるようになるかなり以前の話で、勿論、無声、白黒でカツベン(活弁)が活躍した時代である。客席のまだ前に弁士の席があり、有名な「東山三十六峰 静かに眠る丑三つ時、突如として起こる剣戟の響き・・」とか「春、南風のローマンス・・」などと言った名調子が言い伝えられている。


わが町には「電気館」と「春日座」の二つの映画館があった。但し「春日座」の方はその名前からも察しられるように、映画もやるが旅回りの芝居も出すの二刀使いで どちらかというと後者の方が主だったかもしれない。活動を見ると言っても専らチャンバラで、ストーリーも分からぬまま、斬った方が良い方で、斬られた方が悪なのだ。当時の主役として羅門光三郎、綾小路弦三郎、木暮月之介などの名前が記憶に残っているが、いずれも恰好良く強そうな名前ではないか。見て帰って暫くの間は興奮覚めやらず、エイ、ヤッと一人で物差しを振り回しては人を斬ったつもりになって喜んでいた。嵐寛十郎、片岡知恵蔵、市川歌右衛門など一流俳優のものは、こんな田舎町にはやって来ない。


その中トーキーが始まった。映画の題はもとより、ストーリーも何も覚えていないが、主演女優の顔がアップになって「あたし 淋しいの」と言ったシーンだけが強烈に印象に残っている。殊に「あたし」という言葉が耳新しく、フーン、東京の女性は自分の事を「あたし」と言うんだと感心するとともに、何だか背筋がゾクッとしたものだ。


田中絹代と上原謙の「愛染かつら」が大ヒットしたのは何時頃の事だったろうか。これ亦、記憶にあるのは看護婦姿の田中絹代がプラットホームで、汽車で去って行く上原謙を見送って(謙の方は絹代が来ている事を知らなかったのではないか)「浩三様~」っと叫ぶラストシーンだけである。尤も「花も嵐も 踏み越えて・・」の歌の方はよく覚えている。
 「絹代の初恋」という映画のポスターがどういう訳かわが家の中の壁に貼られていた事があって「初恋」の意味が分らないから、折から家に来ていた派出婦さんに聞いたところ「その中 大きくなったら分かるわよ、ウフフフ」と笑われてしまった。失礼な奴だ。


返す返すも残念なのは、エノケンの映画を殆ど見ていない事で、見たのは「ちゃっきり金太」ぐらいだ。「西遊記」なんか見たかったナ~。エノケンは逸話の多い一種の天才で、例えば走っている自動車の左のドアから飛び出して自動車を追い越し、右のドアからはいったとか、走った勢いで垂直の壁を駆け上がったばかりか、そのまま向きを変えて地面と平行に何メーターか走ったとか。特に見たかったのは映画ではないが彼の演じる「瀕死の蠅」で勿論バレーの「瀕死の白鳥」をもじったものだが、蠅取り紙に捕まった蠅がじわりじわりと身動きならなくなってゆく所をバレーでやったとかで観客は抱腹絶倒で涙を流しながら、その天下一品の至芸に酔いしれたそうだ。見たかったナー。


映画「愛染かつら」の一部と主題歌「旅の夜風」昭和13年
https://www.youtube.com/watch?v=TOlgIIhMwYk


道明 映画


道明 映画 









●西除川ウオーキングガイド


●西除川ウオーキングガイド ~地図をつくりました~

 南河内を流れる全長26キロの地味な川「西除川(にしよけがわ)」沿いのコース地図をつくりました。堺市の浅香山から狭山池を経て天野の金剛寺まで行程は32キロ、ほぼ平坦な道です。西除川流域は今まで観光やハイキングでは無視されていた感じがありますが、下見歩きを重ねて、昼食場所やトイレ事情も確かめ、コースにまとめました。但し、32キロのうち、2キロほどは、歩道がなく、車の多い道を歩きます。

 コースはシニアの歩行を考えて四区間に分けています。
 第一区間 南海高野線 浅香山駅~松原市民運動場 8,5km
 第二区間 市民運動場~南海北野田駅 7,0km
 第三区間 南海北野田駅~南海滝谷駅 7,5km
 第四区間 南海滝谷駅~金剛寺 9,0km(河内長野駅までバス)
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ウオーキングガイド地図(A4コピー5枚)
(2,5万分の1地形図に手書きで情報を書き込んでいます)

頒布価格 送料とも 一部  送料共     480円(郵便払込)              
          二部        送料共     700円(郵便払込)
          四部  送料共 1000円(郵便払込)

代金は後払いです。郵送時に郵便払込票を同封しますので、マップ到着後、お近くの郵便局でお支払い下さい。(手数料は当方で負担)

問い合わせ・申込先・・小西尉司(こにし じょうじ)
           電話・FAX 06-6692-1340
                メール 
kai545@violin.ocn.ne.jp

■カテゴリー別項に「なにわ快道」「太子快道」も案内しています。

西除川ウオーキングコースの景観
(スタートは南海高野線 浅香山駅です)

大和川への合流点(堺市常磐町)
西除ブログ


一日目のランチは天美西公園で
西


堺市美原区今井の古い民家
西


誰も利用しない「西除川緑道」
西


禅宗の寺、法雲寺の山門
西


狭山池のとなり、副池のほとりも歩く
西


狭山池と狭山池博物館
西 


中高野街道と西高野街道の合流点
西 


河内長野市下里町の田園風景
西 


金剛寺境内を流れる西除川(当地では天野川)
西 


平成の大修理で美しく蘇った金剛寺金堂(左)
西 


ガイドの表紙
西


地図
西





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(74)スキヤキ

 竹の皮から連想されるもの・・・スキヤキというとまるで判じ物のようだが。母が「晩はスキヤキにしよか」と言うと喜び勇んで肉屋に走る。「ロース(?)の肉 百目。」(目は匁で3・75グラム)と言うと肉屋さんが竹の皮を拡げ(そーら竹の皮が出てきた)それに、おおよその肉を盛って秤に載せ、多少足したり減らしたりして丁度百目にし、最後に四角い脂身を添えて一丁上がり。竹の皮の端をピッと割いて作った紐で縛って「はい、お待ち遠さん」となる。


さてスキヤキ。世の中にこれ程ヤヤコシイ料理があるだろうか。ヤヤコシイというのは、料理の仕方も味付けも地方によっても違い、各家によってもやり方がいろいろあるという意味で、それぞれの家でその家のスキヤキをする分には何の問題もない。所が、赤の他人が五六人集まってスキヤキ鍋を囲む段になるとさあ大変。肉が先だ、野菜が先だ、いやまず下地だと収拾がつかない。結局、ご苦労でも誰かが鍋奉行になって仕切らないと前に進めない。


所で、肉以外の具も所により季節により様々あるとして、これだけは絶対欠かせないものとなると、まず葱、焼き豆腐に糸蒟蒻ぐらいだろうか?ほかには、玉葱,シイタケ、春菊、白菜などなどはその時任せという事にしておこう。
 ここに卓袱台なる「すぐれもの」が登場する。丸い板の裏に一対の二本脚が折り畳まれているだけの簡単なものだが、平素は部屋の隅にでも立て掛けて置けば場所を取らないし、望みの場所まで運ぶにしても転がしてゆけるから子供でもOKだ。場所が決まれば四つ脚を開いて食卓の出来上がり。おまけにテーブルの真ん中辺の四角い部分を外すとそこにカンテキがすっぽり納まるようになっている。こうして居間が食堂に早変わりし、狭い家を出来るだけ有効に活用する生活の知恵である。


スキヤキの中で何が一番好きと聞かれたら、躊躇なく「脂身」と答える。肉にはなかなか砂糖の味が浸み込まないが、脂身はすぐ甘くなり、それが口の中で溶けるおいしさ。最高である。しかし、これもたった一つしかないから余計おいしく思うのかも知れない。それよりも翌日の食べ残し(もしあれば)の方がもっとおいしい。こってりと味が着いている。スキヤキの最中はただもう食べる事に忙しくてゆっくり味の附くのを待っていない。勢い味の方は薄味となるが、一晩置いた後のじっくり浸み込んだ濃厚な味は、これこそ肉の最高の味になっている。


スキヤキ

スキヤキ








閑人帳


●絵画展二つご案内

■川島恵美子 作品展

11月3日(祝)~18日(日)
絵画展 

絵画展 

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■鳥越ゆり子 絵画展(感情細胞)

絵画展 


絵画展 


絵画展 





読書と音楽の愉しみ


●多胡輝著「正岡子規 運命を明るいものに変えてしまった男
●ドナルド・キーン著「正岡子規」を読む

 図書館の近代文学本の棚には子規に関する本がどっさりあって,何を選ぶか迷ってしまう。今回は上記の二冊を借りたが、キーン先生の本は大部なので、チラ読みで終わってしまった。しかし、子規という人はだれもが評論したくなる魅力的な男だったこと、理解できた。


多胡氏の本を開いた途端に誤植を見つけた。本文1頁目、「辛い」を「幸い」に誤植している。著者、編集者のショックを想像する。ご両人、ヤケ酒煽ったでありませう。しかし、1ページ目でのチョンボは珍しい。
 この本は子規の生き方を人生論に置き換えて艱難辛苦の凌ぎ方を語っている。ちょっと子規を誉めすぎとちゃいます?と文句つけたくなるくらい。子規は伊予で育って上京し、東大へ入るが、そのときの同窓に夏目漱石や南方熊楠がいた。文学者として身を立てようと張り切っていたのに、二十歳くらいで喀血し、それは脊椎カリエスという難病に転じて、以後、34歳で亡くなるまでほとんど病人暮らしを強いられた。


晩年は、今で言う「寝たきり」生活に近い状態だから、不安や絶望感はいかばかりかと察するけど、子規はそんな境遇でも「自分には何ができるか」と、身辺へのささいな好奇心から文学論まで、考え事でアタマは年中フル稼働状態で過ごした。病院暮らしなら、結核感染のリスクから見舞い客との面会は制限されるが、子規は自宅療養だったので、門人、友人の来訪多く、それをいやがるどころか、歓迎した。客のない日はえらく寂しがったという。


キーン氏の論によると、子規は蕪村の俳句を高く評価し、芭蕉の作品にはあまり共感しなかったらしい。「写生」という概念を大事とした子規のスタイルから納得できるが、この辺は諸説ありそう。

 さて、芭蕉の最有名句は・・・
 
古池や 蛙飛び込む 水の音

 そして、子規の最有名句は・・・
 
柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺


この二句の印象を駄目男が簡潔に表すれば「それで ええやん」であります。解釈するからややこしくなるのだ。先日、何かの本?で目にしたのは「古池や、というが、池は概して古いものである。出来たての池など滅多にみることはない。では、なぜ、わざわざ古池というのか、云々」とあって、古池をあれこれ詮索する。柿食えば・・だって、なんで柿なのか、ミカンじゃ鐘が鳴らないのか、とセンサクしてもあまり意味がないと思いますけど。


これらの句がしょーもない等とは申しませぬ。世間の評価に合わせて名作だと思ってますよ。しかし、だったら、真剣に誉めてみよ、と言われると、んぐぐぐ、言葉がでないのであります。この「古池や・・」の句を完璧に誉めた論文ってあるのだろうか。あれば読んでみたい。(多胡本 2009年 新講社発行)(キーン本 2012年 新潮社発行)


正岡

正岡








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(73) へし(菱の方言)の実

 この辺の池ならどこでも自生している水草の実である。秋も深まり実が生ってくると家庭の盥の五倍ぐらいはありそうな盥舟で菱取りに出かける人がいる。盥から身を乗り出し、菱草を手繰り寄せては葉の裏に生っている実をもいでまわる。いい加減たまったところで町へ持ってきて「へしー、へしーっ」と売りに廻る。それを二升とか三升とか買って 茹でて食べる。母が「今夜は夜なべにしょうか」と言えば夜食に菱をたべようという意味で、やったー、である。


へしは名の如く菱型で幅一寸あるかなしかの平べったい実で、両横には鋭い棘があって気を付けないと痛い目に合う。茹であがった「へし」を出刃でポンポンと輪切りにし、ミシンのドライバー(これが最適)かそれに似たようなものでほじくって食べる。実は純粋な澱粉で色は真っ白で、味もなんにもない。実の外側の薄皮に渋みがあり、その味が実にも微かについている。決しておいしい物ではない。しかし おいしくないから飽きがこず、一度食べ出したらなくなるまで止められない。冬の夜の大きな楽しみの一つだったが戦後は「へし売り」が来なくなった。「へし」を取って売るぐらいでは稼ぎにならないらしい。


もう一度食べたいものだと話していると、それを聞いた嫁がネットか何かで探して佐賀県から取り寄せてくれた。確かに菱には違いないのだが一寸イメージのものとは違って両横の随分大きなものだった。
 以上は「真べし」の事で、この他に「鬼べし」もある。こちらはサイズも一回り大きい上に左右表裏に4本の角(棘ではない)があって甚だ割りにくく且食べにくい。しかしこちらの殻だと思うが何かの薬になるらしく、漢方薬の店先に干してあるのを見たような覚えがある。


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閑人帳


●後期高齢者に係る「医療費通知」書

 ・・なる郵便が年に二回届きます。あなたは半年間にこれだけ受診、治療し、これだけ費用がかかりました、というお知らせです。要らぬお節介と受け取る人もいるかも知れないが、無駄な通知とは思わない。
 下は、駄目男への通知書です。半年間の総額は8万300円。このうち、歯科医院の費用が大きくて4万2050円と半分を占めます。月に一回の歯の掃除と小さな治療1~2回でこれだけかかる。それにしても、寄る年波に勝てず、というか、いつのまにこんなに治療費用を使う身体になってしまったのかと、少し情けない気分になる。


医療通知書(黒点は歯科の治療費)
医療費2  


話広げて、国民総医療費となると、年間40兆円を超えている。金額が大きすぎてピンとこないけど、国民一人あたりでは33万円。前記の駄目男の医療費は半年分なので、単純に2倍して年間では約16万円。国民平均の半分くらいなので少し安心する。50年以上、お役所が勧める総合健康診断やガン検診などは全部パスしてることが費用減少に役立ってるかもしれない。しかし、風邪なんかで医院へ行ったことは一度もなくて,全部市販薬をテキトーに使ってるから、この費用を加えると、自己負担は、ん万円プラスになる。(市販薬より処方薬のほうが安いはずだし)


医療費を年代別に分けたグラフがある。これを見ると、60歳以上の高齢者の医療費が断然多いのに驚きます。概算ですが・・・
 60~64歳・・・40万円
 65~69歳・・・50万円
 70~74歳・・・65万円
 75~79歳・・・80万円
 80~84歳・・・93万円
 85~90歳・・108万円   (平成27年度のデータ)

ワシはこんなにぎょうさん使てへんぞ、とクレームつける人が多いと思いますが、これは平均。個人では上下のばらつきがとても大きい。たとえば、人工透析をしている人は年間500万くらいの費用がかかるし、話題のガンの特効薬を使えば年間1000万円以上かかる。では、最も医療費が少ない世代は、といえば、14~19歳で年間8万円。


健康保険の根本意義は「お互いさま」の精神にあると思う。平等に算定された保険料を徴収、プールして、必要な人が使う。健康自慢の人だって事故で怪我して入院治療することもあるし、急病に見舞われることもあるから、おたがいさまの助け合いに納得するしかない。それでも、自分が支払った保険料の範囲で治療費を賄いたいという、妙な貧乏精神があって、18歳~60歳ごろまでは明快に支払い保険料が医療費より多かった。それが60歳過ぎると医療費の方が多くなる。せめて、生涯トータルでトントンになればええか、と弱気になりました。
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年代別医療費(H27年度)
医療費