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プチ・ケチの研究

プチ・ケチの研究
10 /28 2018


●効果ある?・・レジ袋の有料化

 環境問題という視点から、政府はレジ袋の有料化を義務づけることを考えているらしい。消費者の反応は賛否なかば、または有料化賛成がやや多いという感じです。また、スーパーでレジ袋を有料にしたら、マイバッグの持参者が7割くらいに増えて削減の効果があるという。本当に有料化イコール石油資源の節約、環境問題への貢献があるのでせうか・


単純に考えれば,効果アリですが、レジ袋が無くなれば、消費者はこれに代わる「ゴミ袋」を用意する必要があります。調査では、レジ袋をゴミ扱いして捨ててしまう人はほとんでいなくて、95%くらいは生ゴミなどのゴミ袋として再利用している。ならば、レジ袋に代わるゴミ袋を購入する必要がある。無料レジ袋-有料ゴミ袋の差が本当の節減量になります。


なかなか計算しにくいかもしれませんが、この本当の節減は環境問題に貢献云々といえるほどの量になるのか、疑問です。大巾に節減出来るのなら関連業界に売上げ低下で倒産続々の状況が生まれるはずですが、そんな気がしない。そもそも、打撃を受けるメーカーからレジ袋有料化反対の声が上がっていないし。業者にすれば、売り先が流通業者から消費者へ変わるだけで、売上げの大巾減少への危機感なんかもっていないのではないか。


レジ袋有料化による逆効果も懸念されている。その一番は万引きの増加。マイバッグ持参が普通になれば確実に増える。この被害額はレジ袋削減効果より大きくなるかもしれない。これを防ぐために警備員や監視カメラを増やさねばならないが、これは全部店の負担、政府は知らん顔です。店の従業員の負担も増える。特にコンビニのレジ係は憂鬱でせう。お客にいちいち「レジ袋つけますか」と確認しなければならない。要る、と言われたら金額を追加する。客もレジ係も鬱陶しい。セブンイレブンの社長さんは有料化に取り組むと述べているが、ぜんぜん現場のこと分かってませんね。


コンビニ店が客にマイバッグ持参を奨励するのは万引きを勧めるのと同じだから、レジ袋有料化なんてなんのメリットもない。・・というわけで、スーパー、コンビニのレジ袋を100%再利用している「プチ・ケチ研究」家、駄目男は有料化に反対であります。

レジ袋








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読書と音楽の愉しみ

読書感想文
10 /21 2018


●大越哲仁著「マッカーサーと幣原総理」
  
~憲法九条の発案者はどちらか~ を読む

 以前から興味をもっていた問題に答えてくれそうなこの本に出会い、さっそく読み始めるも、まあ、なんとややこしい話であることよ。3頁読み進んでは1頁後戻り・・という感じで、これは著者の文章力が拙いせいではなく、語られる問題が複雑すぎるせいであります。どの時点で、誰がああ言い、其れがこう言う、さらに別の某はかく言った・・と、そこは混乱しないように書かれているのですが、それでも頭がこんがらがってしまう。


そんなゴチャゴチャは全部端折って著者が言うのは「憲法九条は幣原総理の発案である」という説であります。かなり説得力があります。マッカーサーとの交渉をそばで見ていたような書きぶりのせいでもありますが。ところが、この説にどっこい待ったをかけた人物がいる。それが幣原総理の長男、幣原道太郎なのだから、ガチョーン(ふる~~)であります。これじゃ話が前へ進まない。


半分くらい読み進んで、ようやく九条発案の輪郭が見えてきた。幣原総理が憲法案づくりにおいて一番頭を悩ましたのは天皇の位置づけだった。戦勝国の中には天皇は有罪である、処罰するべきという意見があり、この要求を呑まされると日本の歴史がひっくり返り、大混乱に陥る。で、これだけは避けたい。そこで、天皇は象徴として権力から離れ、憲法で国民主権を謳う。その代わり、戦争に関わる問題では武力放棄をうたい、世界に前例のない非武装国として再出発する・・。この国民主権と非武装の考えはマッカーサーの要求に十分応える内容である。もう一つの要求、華族制度の廃止も受け入れた。


つまり、天皇の存在自体を守るために、平和を謳う思想は自虐精神満点の、諸外国に土下座するようなへりくだった案をもってマッカーサーと会談した。終戦後、まだ日本への憎悪、侮蔑の感情に満ちていたマッカーサーとの交渉が対等であるはずがない。日本を、二度と白人社会に刃向かわせる国家にしないために叩きのめす、との思いは欧米すべての国に共通する感情だった。


著者のこの説によれば、憲法案に関する重大な交渉を幣原総理一人で交渉したことになる。当時の録音やメモがないので、実際はどんなやりとりがあったのか分からない。しかし、この交渉のあとでGHQが憲法の原案をつくり、これを議論して憲法案がまとまってゆく。
 日本には再軍備させない・・という強い意志で支配を続け、憲法九条に戦争放棄をうたわせたたマッカーサーだが、なんという皮肉か、数年後に朝鮮戦争が勃発すると、一転して日本に再軍備を要求した。以後、九条は空文化してまもなく70年になる。(2018年 大学教育出版発行)


マッカーサー 


<参考>憲法第九条
一項・・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二項・・前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。




ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
10 /14 2018


●ひさしぶりに「快道マップ」づくり

 「お好み散歩道」以来、4年ぶりに「西除川」コース地図を制作中。なにしろ「快道」の乏しいエリアなので、なんとかカッコつけようと苦労しています。それに、コースの区分も難しい。しかし、それだけ作りがいがあるとも言え、下見で、なんやかんや70キロくらい歩いてしまい、おかげさまで、ええ運動になりました。第1回のコース地図は、コース表示しかない未完成地図になります。

今回ははじめてA4サイズでデザインします。従来の大きな地図に慣れた人には文句言われそうです。但し、原図はA3でつくっていますので、サイズの融通(拡大)は可能です。 デジタル時代に敢えて紙の手作り地図づくり、アナログじじいのしょーもないレジスタンスです。


西除け川地図






読書と音楽の愉しみ

読書感想文
10 /14 2018



●有栖川有栖著「幻坂」を読む

 書店員が選ぶ「本屋大賞」にはローカル版があるそうで、本書は昨年の「大阪ほんま本大賞」を受賞した。よって、本の中身は大阪がテーマで、幻坂とは天王寺七坂のことであります。その坂ごとに短編小説を書き、別にオマケ?なのか、芭蕉の終焉を描いた「枯野」と藤原家隆の日想観を描いた「夕陽庵」が添えてある。


七坂の物語で一番面白いのは「天神坂」。死んだことになっている中年女と私立探偵がこの坂を訪れ、客席わずか五席の小さな割烹を訪ねる。「ははん、あれやな」大阪人読者の半分くらいは気づくかもしれない。この店主が浪花割烹の親方、上野修三さん。「㐂川」の元オーナーであります。一度引退して、ここにある自宅の一部を改装し、小説のように、五、六人しか入れない小さな割烹を開いた。その店のありさまが描かれる。えも言えぬ味わいに舌鼓をうっていた女は、死んだことを忘れて?生気を蘇らせる・・という話。しかし、上野さんはこの店をたたんで、今は幻坂の幻の店になってしまった。


天神坂にはもうひとつ幻の店があった。芭蕉ファンなら誰でも知っている「浮瀬」(うかむせ)であります。芭蕉ファンでなくても、この店への憧憬をもつ人は多い。現に、下の写真のように当時の絵が残されているので、もし、元祖とされるこの料亭が再現されたらどんなに素晴らしいかと夢を描く。当時の浪花の文人たちが集っての宴会風景はどんなものだったのか。料亭の跡地は星光学院が買い取り、保存しているが、非公開なのが残念であります。


この店の主が俳人という縁で芭蕉は招かれた。大勢の弟子たちに囲まれて宴会になるが、この宴の意図は芭蕉の弟子どうしの不和を仲裁するためという鬱陶しいものだった。本当は大坂なんかに来たくなかったのだ。この「義理の旅」が結果的に「死の旅」になってしまった。

この席で二句を読んだ
 
此道を行く人なしに秋の暮れ
 此秋は何で年よる雲と鳥

華やかな宴席でも体調はよくなかったが、以後、医者の手当ての甲斐もなく、下痢が続いて体力衰え、一人でトイレにも行けなくなる。死を悟ったうえで最後に詠んだのが「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」浮瀬の宴会から半月後、10月12日に亡くなった。(平成28年 角川文庫発行)


幻 


天神坂にある案内板の画像「浮瀬」
幻坂 

幻






閑人帳

閑人帳
10 /12 2018



●花も嵐も踏み越えて・・・

 ときどきここで紹介する田代さんが産経「朝の詩」に三回目の入選を果たしました。今月から、選者が新谷和江さんから八木幹夫さんに変わったけど、早々の入選です。早速、新聞を切り取り、数枚のコピーとともに郵送。彼女は新聞を取っていないので、駄目男が知らせないと入選が分からないのであります。


ただ今94歳。この年齢なら、八割、九割は要介護の状態が普通ですが、まあ、元気なものです。近々「おはぎ作るからおいで」の連絡ありそう。一体、何が元気のモトなのか、よく分からないけど、意地っ張り、割り切りの良さ、くよくよしない・・タイプの人。前回、訪ねたときは、昔、子育てで忙しいさなかに座右の書として親しんだのが、カール・ヒルティの「幸福論」だといわれて少し驚いた。自分は読んだことがないけど、昔々、渡部昇一(故人)が書いた「知的生活の方法」という本のなかで紹介されていたことは覚えている。本人はあまり言わないけれど、決して順風満帆の人生を送ってきたのではない。家庭が嵐のときに、縋る思いで「幸福論」をくり返し読んだのかもしれない。


前にも書いたと思うけど、この「朝の詩」には、もっとすごい先輩がいた。99歳?で詩集「くじけないで」を出版した、柴田トヨさんだ。ここで入選の常連になり、なにかのきっかけで大ブレークした。上には上がいるものです。有名、無名を問わず、表現者であるという気概が元気のモトかも知れません。


田代さんの詩 



閑人帳

閑人帳
10 /10 2018



●永谷園の「かに玉」をつくる

 何ヶ月か前に試したのは、イオンがどこかのメーカーに作らせた「トップバリュー」商品。今回はCMでおなじみのものを試してみました。いずれの品も「卵3ケ使って二人前」というのが煩わしい。二人前つくって半分こに分けると「あん」がうまく分けられなくて見苦しいことになる。さりとて、一人前のレシピをつくるのも難しそうなことは想像できます。要は、ある程度のボリュウムがないと作りにくいということ。


それはさておき、味はこの永谷園製のほうが優れている。かに玉の調味料と「あん」の味でイオン製より勝っています。インスタント感がないということですか。数回繰り返したら、見栄えも包装袋のようなプロっぽい仕上がりになるかもしれません。



DSCN9498.jpg 


かいたま







閑人帳

閑人帳
10 /04 2018

 

●東山魁夷展鑑賞 ~京都国立近代美術館~

 混雑を想定して午後3時半に入館。以後、客はどんどん減って鑑賞に支障はなかったけど、まあ、この画家の人気ぶりに感心しました。外国人の姿もたくさん目についたのは京都のせいかしら。
 自分のお目当ては唐招提寺御影堂の障壁画。この作品を見るのは四回目で、二回はデパートでの展示展、一回は唐招提寺での特別公開展。正直に感激の度合をいえば、今回がビリでした。その理由の第一は照明を落としていたから。水墨画の「桂林月宵」や「揚州薫風」は暗くても気にならないが、独特のブルーが見せ場の「山雲涛声」は暗さで色が冴えない。完成当時の昭和50年ごろは今ほど照明を落としていなかった(照明による作品劣化への気遣いが少なかった)ので、あの独特のブルーが鮮やかに見られたけど、今回はくすんでしまっている。しかし、それで文句を言っても仕方ない。四回目、恐らく人生最後の鑑賞は少々期待外れにおわりました。


会場を一巡すると、小品を除くほとんどの作品は見覚えがあることに驚きましたが、これは画家のベストヒット作品を網羅するのが企画のコンセプトだったせいかもしれない。あるいは、何度も画集を見ているので、なんとなく覚えてしまっていたのかも。それに、あちこちの美術館巡りをしたさいにもたくさんの東山作品に出会っている。美術館にしたら、人気が落ちないと言う点で無難なコレクションでもあります。


それはさておき、唐招提寺障壁画を見てつくづく思うことは、霧を絵に描くことにおいては日本画の画材が最高であり、リアルに描く腕前では東山魁夷がトップでありませう。西洋の油彩は雲は描けても霧は描けない。霧の絵は、外国人鑑賞者にはかなりのカルチャーショックを与えるのではないでせうか。(10月2日) 本展は10月8日まで。


唐招提寺障壁画 「山雲涛声」
東山 

東山魁夷 


東山



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●プーシキン美術館展 鑑賞 ~国立国際美術館~

 「風景をありのまま描く」なんて、当たり前のことだと思うのは現代人の感覚。16~17世紀頃までの西洋絵画にそんな概念はなかった。風景は主役たる神や聖人の像の背景として、オマケ風に描かれていた。リアルである必要はなく、適当に、画家の想像で描いた・・と解説で述べています。なるほど、そういえば、あの「モナリザ」の絵だって、背後の風景はダ・ビンチが想像で描いたもので、アトリエからあんな風景が見えたということではありません。


プーシキンのコレクションの中から、フランスの風景画に絞って歴史をなぞるのがこの展覧会。なので、最初の数十点の作品は先記したように、リアルに見えても実は想像の風景を描いたものが多い。神殿が水没してる風景なんてのもある。こんな絵、誰が注文したのか、と素朴な疑問が湧きます。しかし、年月を経て風景画は商品価値を獲得します。さらに、印象派なんて新スタイルが広まると、人物画より風景画のほうがもてはやされる時代になる。シスレーやセザンヌやコロー、モネなど、おなじみのブランド画家の作品が並んで、鑑賞者はようやく「そうや、こんなのが見たかってん」と納得、エンディングに至るのであります。ヨカッタ。(本展は10月14日まで)


国立国際美術館の北隣では新しい大阪市立美術館の準備工事が始まった。
プーシキン







 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ