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読書と音楽の愉しみ



●高橋洋一著
 「これが世界と日本経済の真実だ」を読む

 本書のような国際情勢を論じた本は賞味期限がせいぜい2年。それより古い発行のものはまず読む気がしないほど中身が陳腐化が早い。著者は元財務省(大蔵省)のエリート官僚。あわよくば最終、事務次官に出世できたかもしれない。しかし、売れっ子ぶりをみると、下野したのは正解でせう。東大の数学科卒というのがミスマッチだったかもしれない。


一番興味があるテーマは中国の現状と将来
 しかし、2年前の発行だから最新の情勢はなく、中国のGDPのええ加減さを論じて、経済発展はもう行き詰まってると説く。そして今、米中貿易戦争が勃発して形勢は中国に不利であります。人民元の下落、外貨の急減、「一帯一路」政策の不振から先行きを不安視する人が多い。そして、つい最近は習近平への反感を露骨に表す人もいて、写真のようにポスターに墨汁をぶっちゃける事件まで起きた。(即逮捕された)コツコツと神格化をすすめてきたのに挫折する可能性5割と予想します。規制が厳しいとはいえ、これほどの情報化社会で個人崇拝=神格化を目指すほうがおかしい。


高橋 本



国の借金1000兆円、のインチキ
 財務省を主として「財政再建至上主義」を唱えるひとが国の借金1000兆円だぞ、どうするのだ、といって国民を脅かす。実際、これを真に受けて心配する人が多い。マスコミも財務省の言い分をそのまま垂れ流すから、単細胞人間は「えらいこっちゃ」気分になってしまう。1000兆円の借金があるのは事実だが、これは国の資産がゼロみたいな勘定での表現であります。うんと話を絞って、100万円の借金がある人を想定してみる。100万円の借金があるからといって、その人は野外で裸の無一物暮らしをしているわけではない。家があり、家財道具があり、普通に服を着ている。趣味も楽しむ。つまり、資産があるわけです。これを無視して素っ裸の状態で借金だけあると仮定するのが1000兆円借金説です。


国には1000兆円の借金があるけど資産もある。本書では貸借対照表で細かい数字を並べているけど、資産のうち、換金価値が高いものを選ぶとおよそ650兆円ある。これをさっ引いた金額が本当の借金といえます。先進国でもふつうは借金で国政を賄っていて、これくらいの比率なら「えらいこっちゃ」のレベルに非ず、というのが著者の見立てです。この極めてノーマルな話を無視して借金だけ吹聴するのは財務省の基本姿勢であり、その下心は明快に「増税」であります。


日本の「左巻き報道」に騙されるな
 これは本書のサブタイトル。左巻の具体名は挙げていないけど、あの新聞、あのTV局、などを指す。彼らは「国の借金1000兆円」で国民の不安を煽り、反安倍政権思想に誘導する。さらに、高齢化や人口減という事態を踏まえて「もう経済成長はしなくていい」と国の活力を削ぐような思想を刷り込む。左巻という言葉は左翼を指すとともに馬鹿なメディアであることもあらわす。経済問題を感情論でしか語れない左巻メディアを数学の達人は許しがたいらしい。(2016年 悟空出版発行) 

高橋本 








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応募ありがとうございました
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「追憶の山々」 ~投稿・YMさん~            

 子供の頃、「山」と言えは、まず「帝塚山」だった。我が家から10分かからずに行けた。弟たちはトンボとりなど、いつも、その辺りで遊んでいた。今は、当時の様子が思い出せないほど町はすっかり変わってしまった。ところが、6年生の歴史学習で、担任の先生がクラス全員を連れて帝塚山へ。そこで、初めて「帝塚山」が古墳だと知った。


同じ頃、その年の初冬に「金剛山」へ「ウサギ狩り」と称して登ったが、滑って滑って難儀した。男の子の中には、運動靴にわら縄を巻き付けて歩いていた。今のような子供の登山靴など思いも浮かばない頃だ。お昼ごろ、一応、目的の場所にたどり着いて「ウサギ汁」を頂いた。男の子に言わせると「あれは豚汁や。」と言うことだった。そうだったんやと納得した。なにしろ、ウサギの姿すら見なかったから。


中学生になって、新卒の担任の先生に誘われ、お弁当持ってクラスの数人で登ったのが「二上山」。ザラザラの道で、その時も、滑って滑って困った。けれど、木々の間を吹く風や木洩れ日の優しい穏やかさは60年以上も昔の事なのに、今も昨日の事のように思い出される。その後、高校の卒業旅行で登ったのが、長野県「白根山」。この時「硫黄のにおい」が鼻をついて、たまらなかった。その後も登る機会があったが、最初の時の印象からの逃れられず、かなわんなぁ~~ って思う。


弟も成人し、よく「ご夫婦ですか?」等と言われながら、一緒に歩いた。弟が入った山の会の毎月の例会にも、ついて行った。山小屋の雑魚寝も、この頃初めて体験した。特に、「金剛山」と「大台ケ原」は何度もコースや登る相手を変えて歩いた。


その後、結婚して、弟・夫・私の3人でも仕事の合間を使って歩いた。今も楽しかったなぁと思い出すには、3人の休暇を合わせて、大台ケ原から松坂まで1泊2日の歩き旅。「桃の木小屋」に泊まり、川沿いを歩いた。今や、この道は崩落してしまった。「桃の木」も個室の山小屋となっているとの事。


又、夫と二人で「立山」へ行き、雄山へ。雪渓を恐る恐る歩いた。山腹では生まれて初めて、ライチョウの親子に出会えた。優しい鳴き声の親鳥と子鳥は、勿論、アッという間にはい松の中に消えてしまったが・・・。
ところが、その後、室堂のバス停へ帰ってきた時は、最終バスが出発した後。急いで下ったけど・・・。たどり着いたのが、黒部の工事現場の飯場。そこで、泊めていただくこととなった。親切なおばさんの炊かれたご飯とお漬物のおいしかった事。清潔なお部屋とお風呂。翌朝は、工事用のトロッコに乗せてもらって帰ることとなった。当時、幸いなことに、黒部はまだまだ工事中だった。


二上山
二上山 


立山連峰 雄山
立山 




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小学生時代の思い出    作:DH
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(53)  食(めし)家の事

 今回は眠っているような町、泉佐野市にも曾てはこんな時代もあったとの郷土史の一席を。小学校の校門を入って右側に「食家之跡」と記した石碑があった。いつの間にかなくなってしまったが、小なりとは言え、1000名を超える生徒の小学校がその跡地と言うのだから、元の邸宅が如何に広大なものであったか想像できよう。


楠氏の末裔とも言われる食家は曾ては「出羽の本間か、和泉の食か」と本間家と並び称される程の豪商で、落語にも「和泉の若大将」として ちらりと姿を見せる程の全盛ぶりだったが、ご一新でお大名がご存知のような有様になり、何十万両か何百万両か知らぬ貸付金がすべてパーになって没落した。盛時を偲ばせるものに「紀州の殿さま お国入り・・・」で始まる唄が残っていて、にわか雨に逢った殿さまの御一行が雨宿りに立ち寄った折、「冷や飯にては候えど・・」とこれで宜しければ すぐにでもご用意致します、と言ったとかの物語が縷縷として述べられている。


 この「冷や飯でも・・」が聞かせ所で、暖かいご飯なら、炊けばいくらでも用意できる。冷や飯が常時それほどあったと言いたいのだ。また「いろは四十八蔵」があったとも言われ、今もその二つ、三つが小学校から一寸離れた所に残っている。想像を膨らませば、これらの蔵のあたりまでが屋敷の内だったとも思える訳で、となると小学校のある向日出町(ムカイデチョウと読む。今は町名が変えられている)一帯がすべて食家の屋敷だったのではと話が大きくなる。お粗末様でした。


食家(食野家)の邸宅跡に建つ石碑
 道明 食家 小学校



食家の敷地に小学校が出来た(白い部分が屋敷)
道明 食家



泉佐野の和菓子店「むか新」では「食野長者」という煎餅を売っている。繁栄の象徴である千石船の型押しがある。
道明 食家




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投稿ありがとうございました
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思い出の山「白神山地」 ~佐藤由弘~

 ここは、白神岳(1235m)山頂。四方はうっそうとしたブナの森である。白神山地は1993年に日本での世界遺産第1号として登録された。世界自然遺産に登録されるような山地とはどのようなものか関心があった。また近くの十二湖にも興味があった。

2001年8月8日5:30、天気は晴れ、海抜0mの麓の小屋を出発して山頂に10:30に到着。灌木と草藪の高原に避難小屋をはさんで南端に山頂、北にトイレ小屋。どちらへも100mくらいか。小屋に荷物を置き、山頂に5時間も居座っている。日本海、岩木山、八甲田山の眺めが素晴らしい。夕方まで30数人の登山客が登ってきた。日帰りの人が多かった。

その中で3組のパーティーが印象に残っている。一組は定期的に登って環境調査をしている地元の3人。「水場に煮沸して飲むことと書いてあったが」とたずねると、「今は大丈夫。トイレができたから」と。以前は、水が汚染されていたが新しいトイレができて汚物はヘリで運んでいるとのこと。

その水場の薮から若者が一人、大きなザックを背負って現れた。東側の西目屋村から入山して1週間かけていくつもの山を越えてきた沢専門のツワモノだった。もう一組は南斜面の3人。2時間前から見え隠れしていたが山頂直下の大薮にてこずっているようだ。調査の人たちがザイルを持って下りて行った。小学3年生の女の子を連れての夫婦だった。秋田県側から沢を登ってきたという。白神山地の核心エリアには道はない。入山にも許可が必要である。
 みなさんのこの山への熱意に感服である。翌日、土砂降りの雨の中、6時間かけて尾根を縦走し、十二湖に下りた。ブナの大きさと青湖の青さが眼に残っている。

山頂にて
白神山地



渓流
白神



神秘的なブルーの青湖
白神 





大阪日暮綴



●ようこそ COCOROOMへ

 某日の夕方に訪ねるとイタリア人の先客あり。近所の安宿に泊まってる観光客と思いきゃ、来日間なしの学生でユースホステルに泊まってるという。佐竹店長が堂々たるブロークンイングリッシュで訊いたところ、大阪市立大学の文学部、哲学コースで学ぶために来日したとのこと。だったら、鈴木大拙とか禅といった東洋哲学を学ぶのかと尋ねるも、どうにも言葉が通じないのでありました。


日本語のイロハは学んできたようですが、哲学のような抽象観念を日本語で学ぶのは大難儀ではないかと他人事ながら心配します。彼も努力はしていて、いつも学習ノートを持ち歩いており、その一頁が下の写真です。会話に出て来る日本語をメモしていて、読みをカナやローマ字でなく、いきなり漢字で覚えてしまうという学習法です。写真の中央の「新」の文字にアラタとふりがなをしているのですが、同じ意味でふだんの会話では「アタラしい」と言うほうが多い、と説明したものの、彼は??で、アラタがなんでアタラになるのかと。余計なこと言わなきゃよかった。


日本語練習帳
ココルーム


お付き合いノートをつくりました
 店へ来る客の大半は音楽趣味をもつ人なので、自己紹介になるような短文をノートに書いておけば、おたがいの趣味歴が分かりやすいのではと、駄目男の提案で写真のようなノートをつくりました。各自で書いてもらい、10~20人くらい集まれば常連客の「傾向と対策」が分かります。むろん、書かないのも自由です。客のキャラクターが分かってくれば、店主はサービスの中身も考えやすいし、客どうしの交流もしやすくなります。年中カオスの店、ココルームへお運び下さい。
「佐竹レコード 佐竹店長」で情報が得られます。


ココルーム 








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投稿ありがとうございました
■思い出の山 ~投稿 MTさん~

氷ノ山 山小屋滞在

 20代には日本アルプスなどへ登山やスキーに出かけた懐かしい思い出もあります。しかし、今の「わたしの一名山」は退職後スタートした氷ノ山の山小屋滞在です。

ことは学友T君の誘いで始まりました。彼は大学山岳部OBで今はその山岳会会員です。当時氷ノ山千本杉にあるこの神大ヒュッテの管理をしていました。そんな関係もあって。年2~3回同行、これまで約10年間で計20回以上になり今に至っている。一緒するメンバーは常連5名ですが、ほかにその友人や家族が加わることもある。山小屋滞在時期は残雪の頃(3~4月)、夏の千島タケノコ採り(6月初旬)、避暑(7~8月)、紅葉の秋(10~11月)などです。通常3~4泊し、自炊、暖は薪ストーブ、照明はランプとローソク、風呂なしの非日常生活です。登山口駐車場(標高1,100m)までは車で、そこから個人装備に加え食材、燃料、アルコール飲料などを、メンバーの体力に応じ12~25Kgに分けて、ヒュッテ(標高1,350m)までボッカする。

小屋での過ごし方は基本自由。楽しみの一つは食事で、最大の贅沢は高級牛肉ブロックの炭火焼きが恒例です。それ以外の全食は京のおばんざいを自称するNさんがもっぱら調理。事前に作った全日程のメニューメモをもとに腕を振るってくれる。ドリンク類は3~4ダースの缶ビールのほかたっぷりの各種アルコール類で酒池肉林に?。水は徒歩10分ほどにある清流からひいた豊富な蛇口の流水が利用できる。ただし、残雪シーズンはパイプ内が氷結するため、小屋のまわりの雪を融かすか、水源まで20Lのポリタンクでのボッカが必要となる。食事以外の時間はもっぱら小屋にいて昼寝などでくつろぐほか、天気がよければ頂上(1,510m)まで散策、360度の眺望を楽しんだり、鉢伏山までのトレッキングや雪のシーズンには頂上からの山スキーもできる。晴天の夜には満点の星空が満喫できるのも都会ではできない経験である。


また、何度もでかけているといろんな出来事に遭遇する。ある年の秋、初冠雪で一夜にして銀世界に。下に駐車してある車が積雪で下山できなくなるのを恐れ、急遽、小屋を出発、安全な場所へ移動を与儀なくされた。またある下山の日、車で山道を下る途中、登ってくる3台の消防車に遭遇、さらにヘリまで出動した。なんと原因は引き払ったヒュッテから煙がでていると登山者からの通報によるもので、原因は薪ストーブの残り火の煙が煙突から見えたからでした。これは反省材料となりました。


また、ある早春の山行きで、例年にない積雪のため、いつもより下方のスキー場に駐車し、まだ営業中のリフトを乗り継ぎ、アイゼンを装着、腰近くの新雪斜面をラッセルしつつ上をめざしたのですが、予想外に歩行困難で時間を要し、天候も下り坂、ヒュッテへの到着が夜になと予想を、やむなく勇気あるへ撤退となっためこともある。この初日での下山は、高速道路の通行不能もあり、夜中の帰宅で家人を驚かせた。こんな山小屋滞在も、メンバーの大半が70台後半となり、体力の低下は否めず、雪シーズンは割愛、当面80歳までの安全登山をめざしている。


小屋の内部
南さん 山小屋にて


残雪のラッセル
南さん


小屋の外観(早春)
南さん 小屋外観

 





閑人帳



●少し硬めの報道番組

 ひとつのテーマを複数の専門家が論じる、えらく地味な番組があります。BSフジの「プライムニュース」で平日の午後8時から約2時間の放送。政治、経済関係のテーマが多いけど、昨夜(22日)は「中小企業の生き残り策」という割合身近なテーマでした。ゲストのHILLTOPの副社長、山本氏の話が面白くて聴き惚れてしまいました。中小企業といえば、朝から晩まで汗水たらして働いて・・というイメージが強いが、この会社はそんな常識から脱却し、なるべく働かないでしっかり儲けるという理念?でどんどん改革を進め、社員わずか120名の会社なのに、上海やシリコンバレーにまで支社をつくって稼いでいます。


・・というような話は平易に聞けますが、もっとカタブツのテーマもある。米中貿易戦争問題、安保問題、日銀の金利政策、といった話題はある程度予備知識がないとついていけない。しかし、ひとつのテーマに正味一時間半くらいかけて解説、議論するのだから、普通のニュース番組より10倍中身の濃い話が聞けます。国会議員もしょっちゅう出て来ますが、話の内容でいかほど問題を学習しているか、ほぼ分かります。


この番組よりややポピュラーなのが、BS日テレの「深層ニュース」一時間足らずでひとつテーマを解説、議論します。さらに、これらの番組をうんとミーハー化したのが、地上波での池上彰氏が解説する番組です。池上氏は、本当はもっとレベルの高い解説をしたいのかもしれませんが、なにしろ視聴率優先の一般向け番組だから、それは叶わない。数年前に比べたら出演番組が増え、さらにミーハー化が進んで普通のバラエティ番組に落ちぶれてしまい、自分は見なくなりました。いま、TV局は池上氏とは「ニュース解説芸人」として付き合ってるのかもしれません。


このような、視聴率の取れない地味な番組は、本来、NHKが企画するのがスジではないかと思いますが、なぜか無い。むしろ、NHKもずんずんミーハー化していて、もはやカタブツ番組には興味がないのでせう。


プライムニュース(BSフジ)
プライムニュース







犬町・猫町情報



小学生時代の思い出    作:DH
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(52) K君の事

 学校の机は一人一人別個ではなく、一つの机に二つの腰掛のついたものだった。私の右隣がK君だった。書くのは勿論、鉛筆である。鉛筆は力が足りないと字が薄くなって読めないし、力が強過ぎると 字の部分が溝になって裏まで通ってしまう。それを防ぐためにノートの下に「下敷き」という薄いセルロイドの板を挟むのが普通だった。K君は「下敷き」を使わない。鉛筆も芯を殆ど削らず、かなり太いままで力を入れて書くものだから ノートの裏側は凸凹である。(こいつは一寸変わった奴ちゃな)と思い、余計なお世話かと思いつつも「お前 なんで下敷き使えへんのや」と言ってみたが 彼は知らんぷりである。


 そのK君が二年生の時には居なかった。後で聞いた話では彼の家はお医者さんで、お父さんがK君の将来のためにはレヴェルの低い田舎の学校より、都会の学校の方がいくらかでも良かろうと転校させたとの事だった。これで彼との縁も切れたかに見えたが、どっこいそうはならなかった。数十年の後、私の息子と彼の息子が高校の同級生で、しかも親友となった。同じ町に住んでいるのだからこうなっても別段、不思議でも何でもない。更に更に、彼は親の後を継いで個人経営の病院の院長になっていたが、その一部のホームが私の母の終焉の場になった。人間と人間の関係は何処でどうなるやら、ほんとに ややこしいものである。



道名教室  






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●下重暁子著「家族という病」を読む

 よくもこんなにイヤミな題名をつけたもんだ。まあ、幻冬舎らしいセンスも感じますけどね。でも、この題名に惹かれて買った人も多いと思う。ヒットしたのかどうか知らないけど、中身より題名のインパクトで売れたこと確かでせう。著者、下重さんはNHKのアナウンサー出身らしいけど覚えていない。


一家団欒という言葉に象徴されるような「幸福な家庭」なんて本当にあるのか。幸せぶってるだけではないか。という根源的な問いから著者自身の生い立ち、人生を振り返って、自分は幸福な家族の一員ではなかったと断じる。父は軍の高官だったので経済的に困ることはなく、母にも溺愛された、という境遇からみれば「食うのに精一杯」な庶民にはとても贅沢な、幸せな家族に思えてしまう。幸福の次元が違うのであります。


真に自立した人生を送りたければ、家族のしがらみを捨てよ、と説くのでありますが、インテリで、実際、自立できている著者だから言えるのであって、シモジモの民は共感できないでせう。ただ、著者も言うように、現代の家族における不幸、親殺しや子の虐待死事件の増加は家族における「病」の増加であり、家族であるゆえに解決が難しい。・・というわけで、なかなか著者の家族論にはついていけないのでありますが、世間づきあいという点まで見方を広げれば納得できることもあります。でも、著者のような洞察力の高い人とつきあうと、自分は常に観察されてると負い目を感じてしまいそう。自分とちょぼちょぼの、スキマだらけの人間と付き合うほうがうんと楽しい。(2015年 幻冬舎発行)



家族という病 








閑人帳



●どうしてこんなに上手いのか
       
~高校ダンス部選手権大会~

 なにげにyoutube で上記の大会のようすを見て、出演者のダンスの上手さに驚きました。学校の部活としてトレーニングを積み、優秀なチームが全国から集まってワザを競う。と書けばカンタンですが、わずか3分ほどのダンスのためにどれだけ厳しいトレーニングが要るか、門外漢でも想像できます。この手のダンスといえば、スポーツ応援のチアダンスくらいしか知らなかったので、それとは段違いにハイレベルなパフォーマンスに驚いたわけです。なんか、今までの「高校生」のイメージがぶっ飛んでしまった。


大会へエントリーする学校が増えているところへ、昨年は堺市の登美ヶ丘高校のチームが「バブリーダンス」とかのテーマでド派手なパフォーマンスをやり、大会優勝を遂げた上に、NHK紅白歌合戦にも出て、一挙に知られるようになった。(紅白は見なかったので不詳)はじめて動画を見たときは「え?、これ高校生かい」とびっくりしたものです。これを見たら、今まで普及していた「よさこい踊り」なんかダルくて見ちゃおれん、という感じですね。スピードとキレが全く違う。恐らく、動作の誤差は100分の1秒くらいに収めるくらいに練度が高い。「よさこい」だったら10分の1秒くらいは許されるって気がします。しかし、よさこいの経験が基礎にあっての進歩かもしれない。


それにしても、限られた時間、予算のなかでこんなに上達できることが不思議に思えます。あんたら勉強してるんか、とギワクの眼で見たくなります。かつ、チームのダンスだから、主役を張って有名人になれるわけでもない。みんな脇役で終わる。また、指導者が有名人というわけでもないらしい。ならば、個人の内発的なエネルギーが進歩向上の糧になっているのか。化石人間には理解不能でありますが、見れば元気がもらえるかっこいいダンス。関係者だけの催事に留まらず、オープンな公演も望むところです。

●視聴回数 6300万回という「バブリーダンス」
後半の映像でダンサーが肩にかけてる黒い箱は、バブル時期の携帯電話器ということを、若い人は知らないかも
https://www.youtube.com/watch?v=Lxr9tvYUHcg

バブリーダンス






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●9月例会 ご案内 
 
イラスト 梅本三郎

 四度目の二十歳 出たきり老人 今日は西
         (仁木悦子 古いなあ~)

㊈月例会 イラスト


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くちまめさん 9月例会案内 ~8月20日UP~
 ~日程訂正しました。お間違いなきよう~

             
9月は暑いでしょうから 先ずは軽いウオークから始めましょう、「お好み散歩道」の<7>コースです。

9月13日(木)魚崎から六甲アイランドへ  5.5㎞
集 合:阪神魚崎駅 10:00   
コース:駅~酒蔵見学~南魚崎駅(六甲ライナー乗車)アイランド北口駅~小磯記念美術館~サンセット橋~神戸国際大~サンライズ橋~アイランドセンター駅着(弁当持参要)

⁂次回は10月11日予定してます


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魚匠「銀平」でランチ ~担当 辻さん~
 
今年は少し予算をアップ ”さかな”を食べに行きましょう

■9月20日(木)
■集合・・・11時15分
 近鉄大阪難波駅 東改札口(地下鉄御堂筋線側)
■食事処・・「銀平」道頓堀店 06-6211-9825
    ミニ会席料理 11:30~13:00ごろまで。
    和歌山直送 とれたての魚が食べれます。
■費用・・・2160円 (税込み)飲み物は各自注文
■申込み・・9月10日までに梅本さんへメールで申し込んで下さい。

■店の案内はこちら
銀平 道頓堀店 案内
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270202/27001291/





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小学生時代の思い出    作:DH
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(51) 小学校一年生

 いよいよ小学生だ。新しい制帽に新調の制服、ランドセル。何もかも新らしずくめの文字通りピッカピカの一年生の誕生である。年は数えで八つ、満では六歳だが4月生まれだからすぐ7歳になる。あの頃は年齢はすべて数えで、満は滅多に使わなかった。そうそう「胸に五つの金ボタン」を忘れるところだった。それに校章は五弁の桜の中に佐の字という、ありふれたデザインだった。さて靴は・・・入学式は多分、革靴だったろうと思うが。革靴は専ら余所行きで、履くのは年に精々数回ぐらい。平素は「アサヒ靴」というゴム底のズック靴だった。


 校長は藤田先生。小柄でおとなしそう。道ですれ違っても誰も校長先生とは気づくまい。教頭は八坂先生。こちらは背も高く恐そうな顔をしていた。担任は家次(やじ)先生。勿論女の先生だ。家次、家治(どちらも ヤジと読む)が わが町ではよくある苗字と知ったのはもう少し大きくなってからの事で、この時は耳からヤジと聞いてヤジさんキタさんしか連想できず、面白い苗字だなとおかしかった。

 
 入学に先立って担任の先生との「面談」があった。広い教室で先生とたった二人、対対での面談で何故あんな事をしたのか今もって良く分からない。何だかオジってしまいそうな場面だが、そんな事はなかったように思う。何でも動物の名前を知ってるだけ言ってみよ、との事でパっと閃いたのが干支(えと)で、あれなら動物がぞろぞろ出てくる。しかしそのままでは まずいだろうと子供心にも頭を働かせて まず鼠の後に猫、牛には馬、虎にはライオンと続けた。兎はペアになるものが思い当たらぬので兎だけ。竜は流石に出せない。蛇も蛇だけ。馬は牛の時に使ったからパス。羊に山羊・・の辺りでもう宜しいという事になったが・・。あれは一体何のためだったのだろう。





大阪日暮綴


●住みやすい都市・・大阪が3位に出世

 Bloomberg が伝えるところ、最近の調査で「世界で最も住み心地のよい都市」はウイーンがトップ、メルボルンが2位、3位に大阪が入っています。(前回は10位くらいだったような・・)4位カルガリー(カナダ)、5位シドニー、6位バンクーバー、7位東京&トロント(同位)9位コペンハーゲン、10位アデレード(豪)・・というランク。


ロンドンやニューヨークが下位なのは、巨大さだけでは魅力にならず、公共交通実や医療施設の充実、犯罪の少なさ、家賃など物価水準なども勘案されるからではないか。大阪が東京より上位になったのは、京都や奈良に近いこと、東京に比べてずっとコンパクトにできてる(移動に便利)から・・とは、駄目男の想像です。

引用元
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-08-15/PDHP9S6KLVR801

読書と音楽の愉しみ


●鳥海 修著「文字をつくる仕事」を読む

 私達が新聞や本をよむとき、印刷された文字の書体について、なんという名前の書体か、誰がデザインしたのか、なんて気にすることはまあありませんね。しかし、その文字にはすべて書体名があり、デザインした人(グループ)がいます。そんな文字のデザインについてのウンチクを語っているのが本書です。こんな本、誰が読むねん、と訝りつつ、実際、退屈なページもあるけど読んでみました。


A新聞を10年間購読したあとB新聞を読むと、ん?・・と違和感を覚えることがあります。新聞名が変わるのだから当然ですが、記事紙面だけ見ても「なんか違う」という感じです。その原因が書体の違いのせいだと気づく人は少数ですがいます。そう、各社同じように見える書体が実は異なっています。朝日、読売、日経・・と各社専用の書体で紙面をつくっている。なおかつ、何十年かに一度、全部作り替えることがあります。それを請け負っている人の一人が著者で、書体デザイナー(フォントデザイナー)と呼ばれています。


書体は新聞社のように専用のものといろんな印刷物に使う汎用があり、デザイナーがこだわるのは汎用の書体です。自分のデザインした書体が世間でたくさん使われることでお金になるし、やりがいもあるからです。そして、一番チカラを入れるのが「本文明朝体」。新聞や本で普通に使われる書体です。では、優れた書体の条件はなにか。
 □読みやすいこと
 □美しいこと   

この二点です。言い方を変えると、良い書体とは、「水のような 空気のような」書体、即ち、個性や主張は許されない。読者に「書体」を意識させるようなものはアウトです。


こんなに厳しい制約のもとでデザインしたら、逆に、良い書体、悪い書体が生まれることなく、全部ワンパターンになってしまうのではと思いますが、そこがまた違うのですね。ものすごくビミョーな相違がある。優劣のある証拠に、著者がつくった「ヒラギノシリーズ」という書体は2005年にグッドデザイン賞を受けています。要するに、彼らプロに言わせれば、書体は年々進化、改善されてるというのですが、一般人(読者)には全然気がつかないくらいのミクロ的改善です。


そんな新書体開発の熱意が昂じると、本文明朝体においても、時代小説向きの書体とか、翻訳小説向きの書体とか、ついには「藤沢周平」作品にぴったりの書体をつくろう、なんてことを言い出すデザイナーが出て来る。言うのは簡単だけど、新しく書体を開発するには一万~二万字をデザインしなければならず、今はコンピュータを駆使するといっても、膨大な労力と時間がかかります。私達一般人が知らないところで熾烈な開発競争が行われているわけです。


逆にいえば、漢字や仮名文字には汲めども尽きぬ魅力があるということでせうか。読みやすい、美しい、というテーマでまだまだ追求するだけの奥深さがある。こんなデリケートな表現ができる文字って、日本語だけではないかと思いますが、それは一人よがりで、外国語にはそれぞれの「読みやすい、美しい」書体があるのでせう。(2016年 晶文社発行)


明朝にもいろいろな書体がある
文字をつくる仕事 



大正時代の活版文字の書体
文字 



文字 






閑人帳



●賢い?・・がめつい?・・「獺祭」商法

 好事魔多し・・先月の西日本豪雨で山口県の旭酒造の酒蔵が浸水被害を受け、大わらわであります。製品や仕込み途中の酒がほとんどパーになってしまった。その数、65万本~90万本というから常に強気の社長さんも真っ青です。被害額10億以上とか。杜氏をおかない、オールコンピュータ管理による製造装置でン億の借金を抱えているのにこのきつい試練であります。


65万本以上の酒、仕込み品を全部廃棄するのか。する、が常識でせうが、一部はしない、という選択をしました。酒の品質を保てる状態のものをB級品として発売することに決めた。品質、味、大丈夫かなあ。もちろん、味や安全面のチェックはしますが、小売り3万円台の高級品と普及価格の吟醸酒をブレンドすることもあるらしい。で、販売価格は1200円。ウイスキーのシングルモルトどうしの掛け合わせみたいなことをする。ほんま、だいじょうぶでっか?。


この大ピンチに助っ人が現れた。漫画家の弘兼憲史氏です。山口県出身なので同郷の士のピンチを座視できないと応援役を買って出たらしい。そして、この怪しい?B級酒に「島耕作」なるブランドをつけ、販売すると記者会見まで開いてPRした。(下の写真)
 これって、逆境を跳ね返す賢い商売なのか、それとも単純にがめつい売り方なのか。どちらにせよ、獺祭というブランドなればこそ出来るきわどいビジネスでせう。このニュースをWBSで知って、明くる日、図書館のそばにある扱い店に行き「あの~、ダッサイのアレを・・」というと、店員さん「今日午前中に割り当てぶん、全部予約で埋まりました」とつれない返事。不良品を売りつけてるのに売り切れ? んなもん、買うヤツがアホやねん、ということにして、ダサイ自分を納得させたのであります。


WBSより
ダッサイ 

ダッサイ 



ダッサイ



閑人帳



●映画「ジュラシックワールド」 鑑賞

 たまにはエアコン止めなくては・・そんな不純な動機で映画館へ。夏休みで子ども向きの作品が多いから選択肢が乏しい。で、この映画を選んだのですが、中身はしっかり子ども向きの映画でした。涼みがてらに出かけたのに、映画の副題が「炎の王国」なのを見落としていて、火山の噴火や森林火災で涼むどころか、アジジ、アジジな場面がたっぷりありました。


ハリウッド製恐竜シリーズも、はやネタが尽きたのか、この作品ではワルの一味が恐竜を独占し、かつ、新製品(新種)開発もしてオークションで販売するという話をつくりました。さりながら、顧客が恐竜を競り落としたとして、どうするのでせうね。檻に閉じ込めて見世物にするのか。・・ま、そんなこと気にするまえに映画は終わってしまいますが。
 CGの絵づくりはよく出来ているけど、全編、恐竜がドタバタしてるだけで面白くない。最後の30分は退屈しました。東宝の「シン・ゴジラ」のほうがずっと良かった。(アポロ シネマ)



ジュラシック








閑人帳



●TVで納涼・・ドローン撮影の山岳大観

 けふも暑くて引きこもりの一日でしたが、夜のNHKーTVで立山連峰の風景をドローンで撮影した番組があって、涼感満点でした。特に冒頭の「称名の滝」の近接撮影はドローンでなければできないワザで、水しぶきを浴びるようなリアリティがある。実際は放映時間の何十倍もの撮影をして「ええとこ」だけ編集したものと思われますが、今後、風景撮影で大いに活躍しそうです。滝の上部の峡谷なんか、ヘリが入れないくらい狭いので、小さいドローンしか撮影できない場面です。案内役の山岳カメラマンがドローンの活躍に「嫉妬を覚える」 と言ってましたが、実感でせう。(8月11日)


落差350mの「称名の滝」の最下段を撮影するドローン。(中央右手の白い点。サイズは40×40cmくらい)
立山


称名の滝の上流は「廊下」と呼ばれる狭い谷。
立山


ドローンが撮影した、立山から剱岳への縦走路風景
立山 


立山 


立山 





読書と音楽の愉しみ



●佐藤優著「読書の技法」を読む

 読書人にもピンとキリがあって、佐藤氏はまちがいなくピンの一人でせう。作家だから、読むより書くほうが仕事では、と単純に思ってしまうが、書くためには膨大な読書が必要であります。では、どれくらい読んでるのか。一ヶ月平均で300冊だという。え?・・30冊の間違いでは? いいえ、300冊です。


まず、献本が月100冊くらいある。これは義理もあるから全部読む。それから新刊本を70~80冊、さらに古本を120~130冊くらい読む。これは平均で、多いときは月に500冊読むことがある。一日に10冊以上読むのが佐藤氏の読書習慣であります。その数の多さでビックリしてしまいますが、問題は中身。大半が哲学、思想、歴史、政治、法律、語学関係の本で、ちゃらい小説なんか皆目ない。(たまにマンガも読むらしいけど)


本は難易度で三種類に分けると著者は言う。「簡単に読める本」「そこそこ時間がかかる本」「ものすごく時間がかかる本」で、簡単に読める本は1~2時間、そこそこ・・本は政治や思想に関する本が多く、一週間くらいかかることもある。ものすごく時間がかかる本の見本は、田中美知太郎「ギリシャ語入門」改訂版で、一年以上かかった。月間300冊のうち、7~8割は一冊1~2時間で読める。これくらい早く読まないと「書く仕事」の時間がとれなくなってしまう。


佐藤氏は独自の速読術をもっている。では、世間に流布する速読術の本を素人が読んでも役立つのか、といえば、アウトだそうだ。そもそも、速読ができるのは、本の内容に関してある程度知識を有していることが必要である。哲学書なんか読んだことのない人が「哲学入門」なる本を速読できるわけがない。速読を学ぶ前に膨大な知識のストックが必要であります。そんなにムリしないで、普通に読んでスピードアップしたければ、1頁を15秒で読むトレーニングをしなさいと。う~ん、これだって相当に難しい。


こんなにモーレツに読みまくるのはなぜか。人生は有限、読書に費やせる時間は限られている、という切迫感のせいであります。時間がないのに、読みたい本はうじゃうじゃ湧いてくる。そんな気分は多少理解できます。駄目男が年間30冊の本を読めば、50年間で1500冊。たった1500冊、という少なさにガクゼンとします。これぽっち読んで何ほどの意味、価値があるだろうか。この無意味感は常にあります。(2012年 東洋経済新報社発行)



読書 佐藤優 





犬町・猫町情報



★★  子供じぶんの思い出話 ★★  MT

家族との記憶 
                          
私は太平洋戦争開戦時の、1941年8月に神戸で生まれ、物心つく前の4歳直前で終戦を迎えました。灘区青谷に家族で住んでいましたが、記録に残る悲惨な神戸大空襲の記憶はほとんどなく、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって自宅の防空壕に避難したかすかな記憶がある程度です。終戦直後は、自宅の空地でサツマイモ?などを作っていました。父は母との再婚で、近所に住む腹違いの次兄が進駐軍関係の仕事していた関係で、ジープでやってきた米兵がチョコレートやガムなどをくれました。小学校入学前、母が履物店を始めることになり葺合区(現在の中央区)の大安亭市場へ大八車で家財と共に転居しました。家から校区外の小学校に入学、記憶にあるのは主に両親の仕事の手伝いです。


大工の父とは下小屋で、ノコギリ、カンナ、ノミなどの大工道具で材木を加工し建材に加工したり、出た端材はこれも私の役目だった五右衛門風呂を沸かす薪に利用していました。夏休みや冬休みには、盆、正月の繁忙期に、店に出て母を手伝い、当時日常の履物だった下駄や草履の鼻緒をすげたり、裏金打ちをしたりしました。父が60前と比較的高齢だったので一緒に遊んだ記憶あまりないのですが、一度、夜行列車で弟2人と4人で夜行列車で熱海へ旅行し、大切にしていた真空ガラス瓶入りの魔法瓶を無くすドジな思い出があります。また春夏の休暇には神戸港から汽船で淡路島へよくつれていかれましたが、手漕ぎの船で父の親戚のある最寄の港(郡家、志築)やさらには、木炭バスや徒歩で2里の山中長澤へ出かけていました。夏の帰宅時には乗船待ちの時間を利用して素裸になって浜辺で泳いだりしました。


当時姫路広畑(現日本製鉄)にいた20歳上の長兄宅へも出かけましたが、社宅近くの川(夢前川?)で初めて泳げたのが嬉しかったのをおぼえています。そしてある年の夏、年長の従兄が引っ張るリヤカーに上半身裸で乗せてもらい、自宅の葺合区から須磨区にあった従姉の家に出かけ、山陽電車で帰宅する際、やむなく、従姉の長女の下着を借りました。その時は思いもよらなかったのですが、時を経て、彼女と結婚、国内外の各地に転居した末、今住んでいるのが家内の親元です。

小学校 神戸市立雲中小学校
修学旅行先 伊勢と奈良


小学5年生(左右は弟たち)お父さんと熱海旅行の記念写真
南さん家族  







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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(49)古金屋

 大掃除は夏の風物詩だ。畳を上げて外に出し、日に曝して湿気を払う。同時に床板も上げて床下に風を通す。その日になると、布袋さんのような大男が着物一枚、胸はだけ姿で大きなドンゴロスの袋と棹秤(サオバカリ)を持って「古金屋のテンコでござーい」と大声で呼びながら街に廻ってくる。古金屋と言っているが、ありようは屑屋お払いで、古新聞・古雑誌や空き瓶など平素から溜まっていた不用品の一切合切、何でも買ってくれる。


今は何を捨てるにもお金のかかるご時世だが、当時は逆にどんな廃品でもお金になった。屎尿だけが例外だが、これも江戸時代まで遡れば直接お金にこそならぬまでも野菜類との交換材料にはなった。肥料と作物の物々交換で完全なリサイクルが成り立っていた。今は折角の大資源を処理するためにムザムザと巨費をかけていると或る社会経済学者が論じている。


大掃除は、まず畳を上げる作業から
道明 大掃除




(50)餅搗き屋(もちつきや)

 餅つきは楽しい年末行事の一つだ。その頃になると「搗こ、搗こー。搗こ、搗こー。」と「搗き屋さん」が昔の駕籠かきのように二人で臼を担いで町にやってくる。「搗き屋さーん」と声がかかると、「あいよーっ」と家の前の路上に臼を据える。呼んだ家は予め蒸籠で蒸したもち米を用意しており、それを臼にあけると、すぐさま餅つきが始まる。一人が搗き役、一人が介添えで、搗き役が杵を振り上げている間に さっと餅の一部を裏返して、搗き役がいつも同じ所を搗けばよいようにする。アッという間に一臼(一升)の餅を搗きあげる。二人で役を交代するから疲れる事もなく一日中でも搗く事ができる。少ない家でも三臼,多いところでは十臼ぐらいもの注文が出る。


こうして次々と廻ってゆくのだが,難を言えば商売柄、少しでも早く搗いて次に廻ろうとするから、どうしても搗き方が雑になる。50回搗くべき所を40回で上げようとする。するとどうなるか。餅の粘りが少なくなる。外見では分からないが 食べれば瞭然、餅の伸び方が違う。10センチ伸びる所が5センチで切れてしまう。搗き屋に頼む以上、これは止むを得ない事と諦めねばならない。


今どきの餅つき・・
社員の親睦を深めるために企画された「社内もちつき大会」
同名もちつき


金屏風の前でショーのように演出するもちつきもある。
道明 もちつき 





大阪日暮綴



●なにやら気味悪い「ちょい停電」

 昨日の午後、パソコンを使っていたが、室内が暑く感じられたので、ふとエアコンに目をやると停止しているではありませんか。OFFにした覚えがなく、勝手に停止している。で、パソコン上の照明をつけようとスイッチいれたら点かない。でもパソコンは普通に動作している。
(電球は先月LEDに変えたばかり)

ブレーカーで電気を遮断したようすもなく、そもそも、このとき過剰に電気を使用する理由がない。ナニコレ? 珍風景であります。念のために各所をチェックすると、エアコンと照明がOFFで、コンセントからとっている、パソコンや冷蔵庫などは正常だった。しかし、ガス給湯器の、年中ONにしているコントロールパネルの電源がOFFになっていた。


もしや、関西電力が需給逼迫で供給を止めたのか。で、関電のHPを見ると、そんな情報はありませんでした。すこ~しアタマが錯乱しそうになって何気にエアコンのスイッチをONにすると、動くではありませんか。ほぼ同時に照明も点きました。そんなアホな・・。だったら、今の停電は何なのよ。ブレーカーが作動しないで停電し、勝手に復旧した、というのは初めての経験です。停電は10分程度、その後、なんの問題もありません。貧乏人を標的にサイバー攻撃の練習? ガハハ、考え過ぎです。しかし、ちょっと気味悪い。


追記:8月15日 午前7時25分ごろにも停電がありました。今回は全部の電気がOFFになった。約5分後に復帰。原因わからず。











犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので、あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中からお金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。

(47) 富山の薬売り

 「越中 富山の万金丹」という言葉はお聞きになった事があろうかと思う。その富山の薬売りというのが百姓家を一軒、一軒回っては赤い丈夫な紙袋を置いて行く。中には風邪薬、頓服、腹痛、下痢止めなど家庭用常備薬一式が入っている。この時は無料である。一年経つとまた薬売りが回ってきて、その間に使った薬の代金を請求するとともに使った薬を補給するというシステムで本当に良くできたやり方だと思う。健康保険も無かった時代の事とて百姓たちは滅多な事では医者に掛からなかった。街に近い所ならともかく、遠く離れた所では急場の間に合わない。どうしても手許の薬に頼る事になるし、又それで八割から九割方の病気は治ってしまうものだ。こんな便利なシステムが成り立ったのもどこにでも商人宿などがあって旅回りの費用が安く上ったからだろう。今のように旅行費、人件費が高くなっては とてもやっていけるものではない。という事でいつとなく 消えてしまった。先に「子供の遊び」に出てきた「紙風船」はこの富山の薬売りが子供への景品としてくれたものである。


訪問販売の元祖?・・薬売りの商いのようす
クスリ売り 


「トンプク」なんて懐かしい
クスリ売り




48)下駄の歯の差し替え

 この所すっかり靴が普及して、下駄を履く機会が殆ど無くなった。下駄にも一木物と差歯型の二種 類あるが 今我々の履いているのは略すべて一木物で、歯がすり減れば(そこまで履くとはとても考えられないが)それまでの使い捨て型である。これに対し差歯型は下駄の台に二本の細い溝を掘って そこに歯を差した物だから、歯が減れば歯だけ差し替えれば良く、いつまででも履ける。それにこちらの方が少しだけれど背が高いから道路事情の良くなかった昔は雨の日はこちらに限った。とにかく今は絶滅してしまったと思うが、或は今でも料理屋の板前さんあたりが特別歯の高い所謂「高下駄」を履いているかも知れない。床が常に水浸しの所には適していよう。

 前置きの下駄の説明が長くなってしまったが、という訳で差し歯のチビったのを替える商売で鋳掛屋と同じく道端に腰を据えて カミさん連中がチビた下駄を持ってくるのを待って仕事にかかる。勿論、要望があれば鼻緒の方も新しいのに替えてくれる。


歯入れ行商人
下駄 



下駄



店を構える商人もいた
下駄







読書と音楽の愉しみ



●野坂昭如著「火垂るの墓」を読む

 著者の少年時代の実体験をもとに書かれた短編で、文庫版でも34頁しかない。しかし、本作品は「アメリカひじき」とともに直木賞を受賞した。新潮社で文庫化され、昭和47年以来76刷と地味ながら長く読み続けられたロングセラーです。尤も、人数でいえば、本を読んだ人より、アニメで観た人のほうがずっと多いような気がする。アニメは観たことがないので、出来栄えはわからないけど、著者と同世代の、つまり、戦争の記憶がある人は原作を読むほうがずっと共感しやすいと思う。


ところで、この本を読んだ動機は作品自体の評価とは別のところにあります。産経新聞6月24日の文化欄「道ものがたり」で本書がとりあげられ、作品の舞台になった神戸市灘区界隈を紹介しています。ライター、福島敏雄が注目したのは「作家はどこまでウソが許されるか」という、なんだか穏やかでない話です。もちろん、小説=フィクションだからウソが当たり前であること前提にしつつ、本書以外の自伝的作品におけるウソの記述に首をひねる・・というルポです。


著者の14歳時の空襲体験は作家としての原体験であって「火垂るの墓」以外の作品でも度々語られている。その生い立ちや人間関係の記述が安定しない。そんな細かいこと、どうでもええがな、と思うのですが、ライターは気になったらしい。また、著者自身、晩年になって今まで「自伝」として書いてきたことの真偽を反省しているようにも思える。
 最後に、野坂昭如はペンネームで、本名はの姓は「張満谷(はりまや」という変わった名前だった。そして中央区春日野の墓地に代々の墓があって、毎年6月(空襲を受けた月)に墓参りに出かけたと「ひとでなし」という作品に書いている。


ライター氏は春日野墓地に出かけて墓を探した。管理事務所でも登録簿を調べてもらったが、張満谷という名の墓はなかった。だからといって、戦争を描いた文学作品のなかで傑作といわれる「火垂るの墓」の評価を貶めることにはならない。それを認めつつ、ライター氏は「作家の倫理」に一抹の不信感を抱いて文を閉じている。


「火垂るの墓」の舞台を訪ねる
http://www.hyogonet.com/drama/hotaru/index.html

アニメ制作では小説で描かれた神戸や西宮の現地をロケして、かなりリアルに風景を再現しているらしい。上記のブログでその説明があります。下の写真は、14歳の主人公、清太と4歳の妹、節子が意地悪な親戚の家を出て、池の畔に穴を掘って暮らす場面に出て来る「ニテコ池」。ここでたくさんの螢を見た。節子はこの穴で餓死し、一ヶ月後、清太も三宮駅構内で、誰にも看取られずに餓死する・・という筋書きになっている。


ニテコ池 遠くの山は甲山
ほたるの墓 ニテコ池

(昭和47年 新潮社発行(文庫版)
表紙


犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(43) 鋳掛屋

 路傍で、しかも毎日ではないが決まった日があるのだろう。その日になると近辺のおかみさん達が穴のあいた鍋や釜を持って集まってくる。鋳掛屋の仕事は鞴(ふいご)で火を熾す事から始まる。細長い、さして大きくもない箱の下の方にある把手を押したり引いたりして火を熾す。燃料は炭火ではなくコークスを使っていたように思う。青白い炎が出てきた所でハンダの登城である。何だかよく分からぬが、これを火で炙って穴に当てるとジューっと薄い煙が出て穴が塞がってしまう。子供の眼には魔法でも見るような驚異だった。それ以前に鍋や釜に穴があくという事自体も信じ難い気がするが。後年 ゴルファーの親睦会に「ハンダ会」というのがあった。ハンダのように会員間の仲を親しくくっつけようの意らしい。ハンダにはこういう活用のされ方もある。



底板全部取り替える大仕事
鋳掛けや 


真ん中部分だけ修理した鍋
いかけや 



江戸時代の鋳掛け屋 左手で操作してるのが「ふいご」
鋳掛けや


(44) こうもり傘の修繕

 まだ番傘や蛇の目が主流だった時代の事で、こうもり傘がまだ珍しく漸く出始めた頃の事とて品質も良くなく、しょっちゅう骨が折れたり曲がったりした。今ならポイ捨てものだが、これに限らず使えるものはとことんまで使い切る時代だったから修繕屋は貴重な存在だった。恐らくペンチ一丁での仕事だと思うが、「コーモリガサノ シューゼーン」と呼び歩いて、二、三本集まったところでお宮さんの玉垣の前あたりにやおら腰を据えて仕事にかかる。これも露天商の一つである。



(45) 羅宇屋(らおや・らうや)

 まず煙管(キセル)から説明の要がある。日本のパイプだと思えばいい。シガレットにパイプは不要だが「刻み煙草」(煙草の葉を細かく刻んだもの。煙草そのもの)は煙管がないと吸えない。これにも二種類あって(A)普通の煙管、または長煙管。実物はともかく花魁が口にしている絵はご覧になった事があると思う。「雁首」と「吸い口」が金属で、両者を繋いでいる竹が「ラオ」である。吸われた方はご存知のように煙草って凄い程ヤニを出すもので、ラオがヤニですぐ詰まってしまう。それは自分の眼で見ると、こんなものを吸っていたのかと恐ろしくなる程だ。紙縒りや竹のヒゴ又は針金などで自分で掃除する事もできるが、汚いし汚れる上に、それでもすっきり綺麗にならないのでラオ屋の登場となる。


小さい四輪の車を押して大抵夜中に廻ってくる。按摩じゃないが、ピーっと割と甲高い音をたてるのですぐ分かる。こちらはラオに蒸気を通して掃除をするので本当に綺麗になって その後の一服が格別においしいとの事だ。
 もう一つ「鉈豆煙管」もある。こちらは鋳物製で前者よりぐっと短い。専用の煙管入れの袋に入れて、これまた専用の煙草袋と共に腰に手挟むのが普通である。落語によく出てくる「卒爾ながら 火を一つ・・」のあれである。吸い終わるとプっと吹いて、まだ火の残っている吸殻を掌の上で転がしながら、次の一服の火種にする所なんか、熱くないのか、火傷しないかと、見ていてはらはらする。


きせるの説明
きせる 


きせるの行商兼「らおや」?
らおや




(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中から お金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。




犬町・猫町情報



●原稿募集 「わたしの一名山」「追憶の旅」

暑中お見舞い申しあげます。
 酷暑に耐える日々が続きます。さりとて優雅に避暑旅行というわけにはいかないのが現実でありますが、せめてアタマの中で懐かしい登山、旅を追想してみませう。7月26日に新潟の佐藤由弘さんの「百名山リスト」を紹介しました。これに因み、思い出の山、旅の作文を募集します。


作文はかなわん、と言う人は、たとえば、関西百名山のなかで登頂した山のリストをつくるとか、テキトーに手抜きした原稿でもOKです。「一名山」が道に迷って往生した山でも面白いと思います。暑さしのぎにキーボードをたたいて下さい。

関西百名山 リスト
http://www.komachans.com/list/kansai100.html

■〆切り・・8月20日 
■投稿はメールに限ります。(1000字以内 ワード、エクセル不可)
 写真添付OK。
■名前は英文字の頭文字で。送信時は名前を記入して下さい。


こんな思い出も・・一番長距離の切符を買った旅。小樽発~鹿児島行き
最長距離きっぷ  



半畳雑木林



●「半畳雑木林」今年のラインナップ

 今年はなぜか発芽率が悪く、発芽しても成長が遅いという不作の年になりました。加えて猛暑。小さい鉢に植えているから土自体がえらく高温になってしまい、水やりは水分補給とともに「水冷」にもなります。それでも、モミジバフウの一鉢は葉が腐ったように三日で枯れてしまいました。常緑樹より落葉樹のほうがデリケートみたいです。

今年のラインナップは、モミジバフウ、シナアブラギリ、シマトネリコ、ナンキンハゼ、ザクロ、クルミ、ムクロジ、センダン、シラカシ、樹種不明、の10種。


今年の半畳雑木林