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犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び つづき

(24) 紙風船

 これは売り物ではない。富山の薬売り(稿を改めて別の項で紹介する)がお得意さんの子供たちにサービスとしてくれる細やかなプレゼントである。子供の掌に入る程小さく小さく折り畳んであるが、それを丁寧に広げて行くと、そこそこの大きさになる。端っこにある穴からプッと息を吹き込むとと膨らんで風船になる。毬つきと逆に上につく一人遊びだ。中が空気だから間違ってもゴム風船のように飛んで行ってしまう心配はない。


紙風船 


紙風船


(25) 縄跳び

(A)一人跳び
 この場合は遊びというよりもトレーニングの色彩の方が強いように思える。殊に一跳びの間に二回縄を廻す場合には。しかし縄跳びをしながら追っかけっこをするのは間違いなく遊びと言える。

(B)大勢で
 
二人の子が長いロープの端を持ってぐるぐる廻し始める。廻っているロープの輪の中へ一人また一人と順々に入って行くのだが 何故か女の子だけの遊びになってしまって男の子は殆ど入らない。入る時のタイミングだけが問題で、これを誤るとロープに足を取られて自分も危ないし遊びもオワになって又始めからやり直しとなり、引っかけた子はロープを廻す方になる。エスカレーターのような簡単のものでも、初めての時はなかなか第一歩が踏み出せないようなもので、慣れれば何でもない。


縄跳び 



(26) ひっつき虫。
 本当の名前は何というのか知らない。ラグビーのボールのような形でとげとげだらけの小さい雑草の実の事をこう言った。人の着物なら何にでも簡単にひっつくから。これを誰でもよい前に居る子の背中に向かってひょいと投げるとぴたりとくっつく。小さい物だから、くっつけられた方は全然感づかない。そこで引っ付けた方が「後ろの紋付き代書の子」と囃し立てるのだが、何の事だか言ってる方も分からないという変な遊びである。 (駄目男・注)ひっつき虫の本名は「オオオナモミ」です。


ひっつき虫 


とげの先がかぎ針形になってるので、はずれにくい。
ひっつき虫




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●7月 ミニ企画をふたつ ご案内

(A)緑陰 de 昔話とか地震のことを語る会

長居植物園はハスが見頃です。ハス池の畔の木陰(写真)でおしゃべりのひとときを。(弁当持参・ビールは少々用意します)

7月9日(月)ハス観賞で臨時開園 雨天の場合は12日(木)
■10時10分 地下鉄長居駅 南改札口集合 
■入園料 200円
■参加の方は前日までにお知らせ下さい。

緑陰ランチ  

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(B)西成で、ちょい呑み&ジャズライブ
    次のどちらかにします。
    7月20日(金)ライブ・永信防災会館 19時~ 
    7月21日(土)ライブ・太子KAMAPUB 19時~ 
    どちらにするか、7月8日にお知らせします。





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●6月例会レポート

 中之島万歩   
~担当 駄目男~

 街歩きは不人気で、今回の参加はサイテーの3人。幸い、天気は曇り日だったので、汗だくにならずに歩けました。端から端まで歩いてみれば、KYさんの歩数は10700歩。約6キロとなります。(クイズは取りやめにしました)

南さんのスケッチ 
 中之島の西端、昭和橋からの「川の駅 船着場付近」
中之島 


堂島川遊歩道
中之島 



ランチは「エルガーデン」 関西電力本社の4階にありますが、広大な玄関に何の案内もない。ガードマンに場所を尋ねてゆくと長い廊下の突き当たりにありました。この不案内=不親切は社員食堂扱いのせいか、と思ったけど、店は、R・ロイヤルホテル直営とか。ロイヤルがが社員食堂やるの? ま、ヨソモンが一人で行くには相当勇気がいる社食?です。ランチはドリンクつきで1000円~1200円くらい。

中之島万歩

中之島


中之島



ゴールは天神橋の下
中之島 



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●7月・8月の例会、くちまめ企画はお休みです。
 7月にミニ企画を考え中。


閑人帳



●滅びゆくDPE店

 米屋さんや文房具店が消えてゆくように、昔は駅前や商店街の一等地にあった写真のDPE店もほとんで見かけなくなりました。もともと地味な商いなので廃業しても気づかないことが多い。スマホが普及したいま、プリント写真は存在価値を失いつつあるように思えます。


懇意の店「P」店のオーナーが言うに、店を維持するには,最低一日に数百枚の注文がいる。これがないと全自動DPE機に使う薬剤(液体)が劣化して使い物にならなくなる。マシンの中を絶えず循環して安定を保っているので、仕事がないからと機械をオフにすると、即、写真の品質に悪影響を与える。まあ、自転車操業みたいなもので、止まると倒れるわけです。


もう一つの難儀は、この全自動マシンの減価償却の問題。一台1200万円くらいするから、10年で償却するにしても年間100万以上の負担になり、これに見合う仕事量が必要です。(他に薬剤などの維持費がかかる)要するに、現在はこの高性能機械が失業状態になるほどプリント注文が減ってしまいました。一枚20円とか30円のプリントを細々やっていては商売にならない。(注)今は小型のマシンもあるが、それでも能力オーバーでフル稼働は難しい。L判なら1時間で最大700枚プリントできる。


この全自動マシンは「ノーリツ鋼機」という会社が開発、普及させましたが、フイルム写真時代に比べたら,廃業店続出で売上げガタ落ちです。しかし、市場を独占するほど売りまくったおかげでライバルがいない。日本にいないだけでなく、世界中にもいない。大げさにいえば、世界中のプリント写真を「ノーリツ」で独占できる。日本で廃業したDPE店の中古機を中国に輸出し、当然、メンテナンスも請け負うから商売になります。有名だった「コダック」なんて会社もこの世界からとっくに手を引いてしまったから、易々と市場に出られます。逆に言えば、ライバルが現れないくらい、この機械の開発が難しかったということです。


店がバタバタと倒れても、プリントの需要はゼロにはならない。結婚式や成人式、七五三、などで需要があるし、プロ写真家の仕事でもプリントが必要になる。そんな仕事をかき集めると結構な金額になります。街の写真館やプロ写真家が自ら高性能プリンターを保有することは金銭的、スペース的に不可能だからマシンのある店を頼るしかない。そこで、稼働率の高い、即ち、高品質のプリントができる店に仕事が集まるのです。


「P」店のオーナーさんはすごい努力家で、商いのネタになりそうならなんでもやってみる。しかし、その頑張りの原点はマシンの稼働率の維持であることが少し切ない。まあ、商売には当たり前の苦労ですが。よい品質を保つためにプリント枚数を確保しなければならない。このしんどさに耐えられない店は廃業です。


スマホに頼りすぎるのも怖い。オーナーさんが言うに、ある若いお母さんは、赤ちゃんが生まれていらい三年間、その成長ぶりをずっとスマホで撮影、保存していた。スマホは大事な宝箱です。しかし、ある日突然トラブルが起きて再生ができなくなった。動転して「なんとかして」とオーナーさんの店に駆け込んだが、店は写真店であってスマホ修理店ではない。しかし、そこは商売、玄関払いせずに専門業者に取り次いで無事解決したらしい。


ここがポイントで、一枚のプリントの注文もしない客だからと追い返したら、それでおしまい。スマホのリスクを説明し、少しはプリントでも保存しませうと説明し、納得すればお客さんになる。実際、大事な写真を少しのミスでパーにした人は多いのではと思います。あの東北大震災で、ボランティアの努力もあって、なんとか救われたのは紙の写真でした。メモリーが泥にまみれたら100%助かりません。・・てなこと言うたくらいで、スマホ中毒は治りませんが。
(注)現在のノーリツ鋼機は写真関係の機械製造はしていない。
(注)ガス機器メーカーのノーリツとは関係ありません。

フイルム写真のDPEもできるマシン
ノーリツ








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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び つづき

(22) 折り紙

 折り紙と聞けば、まずカラフルで正方形の千代紙で折った鶴。次いで千羽鶴とくるのがまず常識。だが、ここで一捻りして通常の四分の一の千代紙で折ってみる。超ミニの鶴ができる。これを外人の目の前でやってみせると彼らは吃驚仰天、オー ワンダフルとウケル事、請け合い。日本人て何と器用なんだろう。まるでマジシャン(手品師も魔法使いも英語では同じマジシャン)のようだとお目眼をパチクリ。少しは尊敬の(?)眼差しで見てくれるかも知れないし、ほんの僅かでも国際親善に役立つかも知れないから、たかが折り紙と馬鹿にせずに、一つ位は知っておかれても御損はない。しかし子供の遊びでいう折り紙はこれとは違って新聞紙1ページを使う。千代紙より格段に大きい。それにモノクロで長方形だ。残念ながら兜、舟、飛行機しか折り方を知らない。

(A)兜
 これは横山隆一の「フクちゃん」だったか、「サザエさん」のカツオだったかがこの兜を冠っているマンガを見たような気がする。だとすれば、今も生きている訳で立派なものだ。実際子供の頭がスッポリ入る程大きいし、ちゃんと前立てまで附いている。これを着てチャンバラをやると幾らか強くなったような気になるから妙だ。

新聞史でつくった兜
道明 かぶと 

(B)舟
 左右のみならず前後も対称という簡単な構造である。しかし紙製の悲しさ 折角の舟ながら水に浮かべる事ができない。浮かべるとカチカチ山の狸の泥舟じゃないが、水を吸ってゆっくりゆっくり沈んでしまう。全く何のための舟だか。

色紙でつくた舟
道明 舟 

(C)飛行機
 これにも先の尖った超音ジェットのようなのと、先端に尾翼が付いたようなのと二種類がある。飛ばす時は余り力を入れず、そっと押し出すように投げるのがコツで、ちょっと力を入れるとすぐ墜落してしまう。上手にやれば結構飛ぶよ。

チラシでつくった飛行機
道明 飛行機 


(23) 紙芝居。
 カチカチカチと拍子木の音が聞こえると、どこからともなくガキんちょどもがわらわらと集まってくる。そんな空地がどこにでもあった。紙芝居屋のおっちゃんがその辺を一回りして、まあこんなものかと言った所でやおら飴を売り出す。この一銭を払えない者、払う気がない者もいる。「飴買わんもんは、うしろで、うしろで」とおっちゃんは喚くが、なあに前でも後ろでもたいして変わらない。


人気一番は何と言っても「黄金バット」。首から上は髑髏、裏が赤地の黒マントを着てサーベルにブーツという完全な洋式スタイル。善い方がピンチになると、何処からとなく現れて助けてくれる。まるで鞍馬天狗だが、こんなのが一番うける。子供の世界は善い方か悪い方かの二つしかないから極めて分り易い。これとは別にこわ~いシーンを覚えている。ストーリーはまるっきり思い出せない。ただ一シーンだけ。旅の母子がいて、母親がくたびれ果てて道端の手ごろな岩にもたれてウトウトしている内に、その岩に吸い込まれてしまう。母親の姿形がだんだん薄れて行く所が怖くて、いまだに記憶に残っている。


紙芝居
道明 紙芝居 


道明 紙芝居 


人気作「黄金バット」のタイトル
道明 紙芝居 黄金バット


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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

(20)将棋

 将棋と言えば今なら羽生永世名人、藤井新七段,ちょっと古い所で大山名人、もっと前なら坂田三吉などが頭に浮かぶところだが、ここは子供の遊びの場でそんな高尚なものではない。幾つかの遊び方があるが、ここでは単純な「積み木崩し」型のみ説明する。

積み木崩し型

 ありったけの駒を盤の上にうずたかく積み上げる。この積木の山を崩さずに動かせる駒を探す。案外、一つ二つはあるものだ。見つかったらそれを引き抜くのだが、抓んではいけない。指一本でそーっと、そーっと抑え込みながら盤面を滑らしながら引き抜く。なかなかスリリングで指先に全神経を集中しないとうまく行かない。緊張の一瞬である。指がちょっとでも震えると崩れてしまってダメ。崩れると選手交代でまた動かせそうな駒を探す所から始まる。これの繰り返しで山を崩さずに引き抜いたコマの多い者が勝ちで二人でも三人でもそれ以上でも遊べる。他に「双六型」「おはじき型」という遊び方がある。


積み木崩しあそび
道明 将棋



おお! 猫でもできるのか。
道明 将棋



(21)日光写真

 ・・というヘンテコなものもあった。ネガとプリント紙は 駄菓子屋で売っているが ハイポは薬局でないと買えない。サイズは手札型位だったかな。絵柄は相撲取り、映画俳優、野球選手、と言った所。ネガは勿論、実際の絵とは白黒が逆になっている。ネガとプリント紙をガラス板つきの写真立てに入れて長時間日光に曝す。2~3時間かかったように思う。早く見たくて時間不足のまま取り出すとボヤけた絵になってしまう。もういいだろうという所でハイポを溶かした水にプリント紙を漬けると白黒の正常な写真ができあがる。たったそれだけの事かと言われそうだが、何しろ写真というものが、今と違って格段に珍しい時代だったからネ。写真というだけでハイカラだったんだ。(注)ハイポ=画像の定着剤として使われるチオ硫酸ナトリウム


日光写真のネガ板(白黒反転した絵柄)
道明 日光写真


読書と音楽の愉しみ


長居植物園のジャカランダ。見頃は終わりました。
jakarannda

●宮本輝:吉本ばなな 対談
            「人生の道しるべ」を読む

           
 この両者、イメージとして、保守と革新みたいにソリが合わないのではと想像しますが、そうではなく、お互い、相手には十分リスペクトの念を抱いて「わかり合える者どうし」であります。ばななさんにとって輝氏は斯界の大先輩であるとともに、父親を慕うような親密感も抱いてる。ま、そこんところ、どこまでホンネを語ったのか・・?ですが。


創作の裏側を語るというのはなかなかしんどいことなので、そこはあまり深く立ち入らないようにしている。金目当てで書いてますなんて言う人いませんし。でも、宮本輝氏はデビュー以後、マイナーな作家にならないために、金儲け目当てを含めてものすごく努力した、ということが分かります。仕事に没頭し過ぎて親子の関係がぎくしゃくするが、とにかく作家として、地位的、経済的に「安全圏」に入るまでカリカリ仕事した。


結果、それは報われて全集が出るほど作品は増えたし、芥川賞の審査員も勤めたし、ゼニのことでいえば、軽井沢に別荘を持つことも出来た。万全でありませう。氏は若い頃は広告代理店のサラリーマンだったが、神経が細いことからパニック障害を起こし、失業する。電車での通勤が恐怖で家から出られない。通勤せずに金を稼ぐには・・と考えて作家になったわけですが、食えない延長上が死であるからその恐怖もある。有名作家になってからも必死に仕事したのは、そんな恐怖感の裏返しともいえます。でも、失業→貧困→餓死、の連想は失業経験者なら大方味わう恐怖です。ただ、作家という選択肢は、ふつうはないでせう。


ばななさんのほうはそんな切羽詰まった生活ではないから、貧困がテーマの作品なんて書けない。人物設定がユニークというか、けったいというか、それが持ち味で、オーソドックスな宮本作品とは対照的。まあ、陳腐な時代小説を読んでるような人には縁のない作品です。そんな彼女もはや五十路の女、この先、何を書くんでしょうか。


二人が言うに、作家たるもの、自分独自の死生観を持つべしと。これが通奏低音のように作品の底に流れていないと薄っぺらになる。文学と娯楽読み物との違いはこんな言外の思想ありや、なしや、にある。若い、ベテラン、年齢に関係なく必要であります。芥川賞と直木賞の境目か、といえば、さあ、どうでせうか。両方を読んでいたら、なんとなく違いはわかります。


宮本氏の生涯の愛読書(度々読み返す本)は3冊。モンゴメリの「赤毛のアン」島崎藤村の「夜明け前」そして西行の歌集、だそうであります。西行の歌集なんてシブイですなあ。(2015年 集英社発行)

人生の道しるべ






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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

進行中の「子供の遊び」シリーズを一服して暫く大相撲の話を入れたい。

(19)スペシャル「双葉山」の69連勝

 ウワ~~ワ~~ワ~~ワ~~相撲の実況放送中に突如の大喚声。アナウンサーの声も聞こえない。喚声はまだまだ続く。一分続いたか、5分続いたか、とにかく鳴り止まない。今も私の耳の底にしっかりと残っているこの喚声こそ双葉山の連勝が69で止まった瞬間だった。取り組みが始まる前は土俵を見つめる観衆も、ラジオに耳を傾けるファンも誰一人として双葉山の70連勝を信じて疑わなかった。相手は平幕の「安芸ノ海」である。負ける筈がない。だが相撲は取ってみなければ分からない。番狂わせも番狂わせ。大,大、大番狂わせである。


 ここ十年余り、白鵬の全盛時代が続いて居て、角界の記録と言う記録を独占しているが、その白鵬が破れない唯一の記録がこの双葉山の69連勝だ。当時とは事情も異なる。あのころは春(一月)夏(5月)の年二場所制。どちらも東京だから、東京以外の人は巡業でも来ない限り、生(なま)の「お相撲さん」の姿を見る機会がない。


静止写真ならともかく、動く力士を見る事の出来るのは映画のニュース写真だけ。勿論モノクロで本番の前に5分位のニュース映画があり、その中に映る事のある4~5シーンの動くお相撲さんの姿を目を皿のようにして見入ったものだ。それだけのために映画を見に行ったような感さえある。興行日数も11日だったか13日だったか、とにかく15日は無かった。仮に13日として、年二場所の時代に69勝するには二年半以上に亘って無敗を続けねばならない。やはり、とてつもない大記録だと言えよう。


土俵入りも凄かった。太刀持ちが大関 羽黒山、露払いが関脇、名寄岩というのだから何が豪華絢爛と言って、こんな土俵入りは文字通り空前にして絶後といえよう。但し羽黒山が大関四場所で横綱に昇進したため、この豪華メンバーも永くは続かなかった。
 部屋の数も少なかった。小部屋乱立の現在と違い、信じがたい事だが幕内力士の略半数が出羽の海部屋(今は御嶽海ただ一人)で、残る半分が立浪部屋と二所の関部屋という出羽の海部屋の全盛時代で、他にも部屋があったかどうか記憶にない。双葉山が立浪部屋で、二所の関部屋の横綱玉錦と両者が共に全勝で勝ち進み、千秋楽で双葉山が勝つというケースが多かったように思う。他に男女ノ川(みなのがわ)という横綱もいたが、年輩でもあり、余り強いという印象ではなかった。


スポーツ誌は「野球界」一誌のみ。スポーツ自体がなかった。サッカーも無ければゴルフもない。プロ野球ですら、あったかどうか、巨人 阪神位はあったかも知れぬが余り記憶にない。野球と言えばプロよりもむしろ六大学の時代だった。そうそう「全国中等野球」(今の高校野球)があった。海草中学の嶋投手が全試合完封(?)で優勝したのではなかったか? 惜しい事に香港で戦死したやに聞いている。話が相撲から逸れてしまった。そもそもこんな話を書く事になった動機は、つい先日、双葉山が表紙になっている「野球界」を古本屋で見かけたからである!! 戦前の本ですよ。ハードカヴァーでも戦前の物は滅多にない。それが雑誌とは。勿論ボロボロ。へたに触るとバラバラになってしまいそう。よくもまあ、こんな本が残っていたものだ。という訳でこれが戦前の大相撲の思い出の断片です。

第35代横綱 双葉山(1912~1968)大分県出身
双葉山


初代両国国技館
双葉山


二代目蔵前国技館
双葉山


旧国技館には四本柱があって観客は見にくかった
双葉山

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●地震お見舞いと行事延期のお知らせ

 18日の地震、お見舞い申しあげます。
(名前がついてないのは被害規模が小さいから?)

阪神大震災以来、一般家庭では、せめて家具の転倒防止策くらいはしておこうと、ほとんどの家庭で対策済みだと思いますが、茨木市のマンションで本棚の下敷きになって亡くなられた人がいました。事故現場の惨憺たる状況が想像されます。わずかの手間を惜しんだことが命取りになる例です。老婆心ながら、まだの方は、面倒がらずに対策されるよう、おすすめします
********************

■20日(水)の中之島万歩は雨天予報のため、21日(木)に延期します。
21日も雨天中止の場合は26日以後に再延期します。20日夜に再度お知らせします。

読書と音楽の愉しみ



●幸田 文著「木」を読む

 文章の上手さに魅せられて、読み出したら止まらない。「杉の木は縦縞の着物をきている」なんちゃって、万年着物姿の著者が書けば,読者はたちまち幸田ファンになってしまうのであります。ま、文章の上手さは親の血筋といってしまえばそれまでなのですが。(父が幸田露伴)


著者、最後の作品で、60~70歳代に全国の「木」を巡り訪ねたエッセイ。観光地の有名樹木は屋久島の「縄文杉」だけで、他は著者が個人的な興味から、森林関係者の協力のもと、足弱なのに深山に分け入って出会いを楽しんだ。悪路急坂は山男におんぶされての難行で、世話する側も大弱り? 幸田文でない、只のばあさんだったらキッパリ断ったでせうね。ブランドの効果大であります。


研究者や業者ではなく、作家の見る木であるから、そこは文学的観察になるのは仕方ない。それにしても感情移入がすさまじくて、木の生い立ち、処世術、死と再生など、つい擬人化して語ってしまう。さりとてコーフン状態のまま綴るのではなく、そこは抑制もされてるのですが、まあ、これほど木への思い入れの強い作家は他にいないでせう。  


いちばん感銘深いのは「えぞ松の更新」です。北海道富良野の東大演習林にその例を見ることができる。駄目男もはじめて知る木の死と再生の話です。なにしろ気候の厳しい土地、普通に地面に落ちたタネが芽を吹いて、というわけにはいかない。何百年か生きて命尽き、倒れた大木に苔が生えると、ここが新しいえぞ松の生地になる。落ちてくる種のなかの、ほんの一部の幸運なものがここで発芽する。しかし、そのほとんどが成長できずに消えてしまう。地面でなく倒木の円周の上面に落ちた種、というから宝くじ的確率であります。生き残った若芽は腐敗が進む倒木を栄養源にして育つ。地面に落ちたのは栄養が足りないとか、日照不足で育たない。


なんとか生き残った若木は倒木の栄養で育つが、そのうちに倒木自体は完全に腐敗してカタチを失い、地面と同化する。結果、若木は一列に並んで成長する。これを「えぞ松の更新」という。親の屍が子を再生し、自らは子への栄養分となって形を消す。過酷な環境のなかで、どうしたら子孫をのこせるか。えぞ松にはこんな智恵があったのです。おそらく何万年とか、気の遠くなるような歳月のなかで学習したのでせう。これを学者は子孫維持の高度なシステムととらえるが、幸田文には涙なくして語れない輪廻転生の物語だった。今年読んだ本の中では一番のスグレモノでした。(平成7年 新潮社発行(文庫)

蝦夷松の更新(北海道 東大演習林)
倒木に苔が生え、その上に種が落ち、芽をだす
ezomatu

若木が倒木を栄養源に生長する
ezomatu


百年、二百年後、一列に並んで大木になる。
5-IMG_0938.jpg 


ezomatu 




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女の子のあそび


16)ロー石(ろーせき)

 これは多分、皆さんご存知ないと思う。ありようは青っぽい石ころに過ぎないのだが、これで固い物の上に絵が描ける。丁度チョークで黒板に描くような具合に。幸い、我が家の土間はセメントで塗ってあった為うってつけだった。専ら軍艦の絵、それも真正面から見たものをよく描いた。横から見た絵には煙を吐いている煙突や艦尾に飜る軍艦旗も描かねばならない。消すのも至って簡単で靴の裏でゴシゴシ擦ればよい。こんな変な物、一体どこで買ったのだろう。この辺の記憶は霞の彼方で思い出せない。どこかで買った筈なのだが。後年、四国八十八か所の内、 阿波の焼山寺へ行く途中これに似た岩の山道があった。或はこれがロー石の原石ではないかと今も思っている。


箱には「石筆」と表示してある
ろーせき  



(17)竹馬

 これは皆さんご存知。作るのも至って簡単。二本の竹の棒と蒲鉾板が四枚あればいい。竹の一番下の節の上に二枚の蒲鉾板を楔状に縛り付けるだけ。蒲鉾板が足を乗せる台になる。但し、しっかり縛りつけておかないと、歩いている中に緩んだりしたら落っこちたりして大事になりかねないので要注意。これが初歩段階で、慣れればもう一段高い節まで上げればよい。足を掛ける事のできる高さの限度はこのあたり。もっと高い所に乗っている絵をよく見るが、歩くのは兎も角、あんな高い所までどのようにすれば足を持っていけるのか腑に落ちない。


目線の高さが変わると世界も変わる。高い所から見下ろすと何だか自分が偉くなったように感じるのではないか。馬に乗ったらそんな気持ちだろう。竹馬だって馬の中である。何しろ「ぼーくは ぐんじん だいすきよ。くんしょう つーけて けんさげて、おうまにのって はいどうと」という歌と共に育った世代である。


竹馬



(18)おはじき

 これは女の子の遊びなので記憶の方も曖昧である。小さくて丸くて平べったいガラス玉が「おはじき」。畳の上のお遊びで、適当にバラまかれた敵の玉の一つを的にして、これから弾こうとする玉の間に指で線を引く。と言っても本当に線を書くのではなく、恰も線を引くかのように指を滑らすだけ。弾いた玉が目的の玉に当たれば良し、外れたらアウト。的とは別の玉に当たってもダメ。うまく当てた時はどうなるのか、ま、た玉突きのように二つ以上の玉を弾いたときはどうだったか、よく覚えていない。何と言っても女の子の遊びだからネ。

おはじき 


おはじき






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●武部好伸著「ウイスキー&シネマ」を読む

 映画の小道具として登場する酒を物語とともにウンチクを傾ける。お酒を飲まない人には興味0%の本だけど、ウイスキーも映画も好き、という人はほとんどいないので、まあ、売れない本です。そうだったのかと驚いたのは、あの英国の「鉄の女」と呼ばれた、マーガレット・サッチャー首相がアル中に近いくらいの酒好きだったこと。ご馳走が並ぶ公式の晩餐会でもワインを断り、ウイスキーを飲んだ。フランス料理にウイスキーって、ダイジョウブ?と他人事ながら気になります。映画「鉄の女の涙」でサッチャーを演じたのはメリル・ストリープ、似せるのに大苦労したでせう。彼女が愛飲したのはスコッチのメジャーブランド、フェイマス・グラウスだった。


・・てな、話が何十編も登場するのですが、やや、残念なのは古い映画が多くて、出て来る酒が今の時代感覚に合わない。オールドパーやカティサークをもったいぶって語られてもピンとこないのであります。日本でいえば、サントリーオールドや角瓶を恭しく頂くという感じで笑ってしまう。


小津安二郎監督の遺作「秋刀魚の味」も紹介されている。1962年の作品だから東京オリンピック(1964)の頃。笠知衆、岩下志麻、岸田今日子、加藤大介などが当時の典型的な中流家庭の人間模様を描く。そこで登場するのが、トリス、オールドで、庶民でもなんとか親しめるウイスキーだった。トリスバーのキャラは柳原良平のアンクルトリスというのも懐かしい。そして,ギフトに登場するのがジョニーウオーカー。マルビは手の届かない高嶺の花の酒でしたが、それが今じゃ全くの安物扱い、ドラッグストアで売っている。この時代にトリスやオールドに馴染んだおじさんたちは、生涯、美味しいウイスキーの味を知らないままあの世へ行ったのでは、と想像します。(2014年 淡交社発行)


映画「秋刀魚の味」のポスター
秋刀魚の味

ウイスキー本








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女の子のあそび

(13)毬つき

歌の文句からは綺麗な綾糸をぐるぐる巻いた一寸大き目の手毬をイメージしそうだが、下町の女の子のつくのはテニスボール大のゴム毬である。時には股を潜らせたりしてなかなか器用なものである。勿論、戸外の遊びだし、それに女の子のスカート、夏冬を問わず必ず膝上何センチかのミニと決まったもので、全く元気なものだし、見る目にも爽やかである。別段、お正月に限らない。


まりつき 


(14)羽根つき

これも歌からは大振袖の袂を片手で押え、見るからに重たげな羽子板で羽根をつく姿が思い浮かべられるが、それは上流階級の話。ここらの羽子板は薄っぺらで見るからに安っぽい。墨で顔に○や×を書くような上品な事は間違ってもしない。男の子はあまり参加せず、専ら屋根に上がった羽根を竿なんかで引き落とす役である。こればかりは お正月に限られる事 言うまでもない。


羽根突き

 

(15)お手玉

 女の子の遊びが続いた所で、特筆大書したいのはお手玉である。端切れを縫い合わせて作った小さい袋の中に小豆や数珠玉(と称する小豆の倍位の大きさの草の実)を入れた物がお手玉だが、そのお手玉で遊ぶ事もお手玉というからややこしい。
 お手玉を三つ用意し、順繰りに投げ上げながら常に二つのお手玉が空中にあるように、くるくる舞わすさまはなかなかのものである。大道芸の初歩でもあり、大阪城公園なんかでよくこれをやっているのを見る事ができる。四つ以上となると、一寸子供の手に負えない。


お手玉はストンと落ちた時にバウンドしないでピタっと止まる。月面探査機が月に着地するときバウンドしてはいけない。めりこんでもいけない。という訳で詳しい事はわからぬが、軟着陸させるためにお手玉の原理が応用されたという。昔の人は賢かった。


お手玉


教室での実習
お手玉






大阪日暮綴



●くるみパンが好き

 菓子パンのなかで一番好きなのは、長年「三角蒸しパン」だった。味や形に懐かしさを感じていたからで、むろん、今でもよく食べる。しかし、最近はくるみパンを食べる回数の方が多い。味、香り、食感が気に入ってます。きっかけは近所のスーパー2軒で、店にパン焼き釜を設けて焼きたてを売るようになったからです。メーカーものよりずっと美味しい。しかも、よりどり100円(税抜き)と値段は抑えています。昼飯代わりに、週に3ヶくらい食べます。


シンプルなのにカロリーが高いのはくるみの成分のせいらしい。65gで180~200kl。二つ食べてもそんなにお腹はふくれないけど、400klにもなる。切り餅(50g)一個が120klだから、やはり高カロリーだといえます。


くるみパン


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遊びのいろいろ

(11)ヨーカンベー

 一体何のこっちゃ。これが当地の方言で凧の事であります。 江戸時代の凧揚げの絵を見ると殆どが四角い絵凧・字凧で奴凧は滅多にない。ところが、わが町では奴凧しか売っていなかった。それも安物である。奴さんの足に細長い紙を貼り付けたぐらいでは よく上がろう筈もない。更に凧揚げの場所も良くない。家の前の道路(紀州街道)である。さほど広くもない道の両側は殆ど二階建ての家ばかり。おまけに 電線が蜘蛛の巣のようにとまでは言わぬが、滅多やたらと多かったような気がする。幸い自動車とかいう無粋な代物の無い時代だったから、道路で遊んでも危ない事は無かったが。兎も角 そんな訳で余り気持ち良く揚げた覚えがない。
 後年 一時ゲイラカイトの流行った時があった。これは実によく揚がった。所も海岸だった所為もあろうが、揚がって、揚がって、揚がって、どこかへ飛んで行ってしまった。これは友人から聞いた話だが「タコ」とは古代朝鮮語で「鳶」という意味だそうな。同じくお祭りの「ワッショイ、ワッショイ」は「来ました、来ました」の意味だって。


奴凧
道明 タコ 


(12)コマ(独楽)

 これでは結構よく遊んだ。心棒の根元に太い紐を巻き付け、これ以上巻けなくなったところでエイッと投げ出す。と、コマはゴロリと寝転んでしまう。エイツの後、紐の伸びきった所でヤッでグイと引き戻す。このタイミングと力加減が微妙で、何回かやって習い覚えるしかない。なーに自転車同様すぐ覚えられる。これが第一段階で、コマは地面の上を廻るだけ。もう一ランク上げるには紐を引く時グッと跳ね上げ、空中に浮いたコマを掌で受ける。コマは地面ではなく掌の上で廻る。更にランクを上げると、コマを投げ上げると同時に紐をヒョイと肩に引っかけ、その紐でコマを受ける。


こう書いてくると、何だかコマの綱渡りのように聞こえるかも知れぬが、幾ら何でも子供がそこまでできる筈がない。百聞は一見で、口で説明するのはむつかしい。心棒の先ではなく根元を紐に引っかけるのだ。ヴァリエイションとして、掌の上でコマを廻しながらの追っかけっこもある。コマが廻っている間だけ走れて、コマが止まれば足も止めねばならない。何だか似たようなゲームがオリンピックに一度だけ登場したような気がする。


それはともかく、今、コマを買いたいとして何処へ行けばいいんだろう。駄菓子屋はとっくに無くなったし(原田泰治さんの絵によると地方によっては まだありそうだ) 玩具屋に行くほどご大層なものでもなし。観光地の土産物屋には出ているが、あれは飾り物でしょう。ま、廻せば廻らぬ事もなさそうだが。
 コマ廻しのプロの芸人もいる。テレビで何回か見たが、イヤー、たいしたものだ。見事なものだ。コマの質からして違うにしても、一寸捻っただけとしか見えないのに、何時までも廻る事、廻る事。剣の刃渡りまでやるに至っては神業としか言いようがない。

これで男の子のお正月の遊びが終わり、これから「お正月には毬ついて、追羽根ついて・・」の女の子の遊びに移ろう。


独楽
道明 独楽


独楽あそび
道明 独楽




閑人帳


●キタにもミナミにも嫌われて・・苦境「朝日新聞」

 5月19日の当ブログで「韓国政府、朝日新聞に無期限の出入り禁止処分」というタイトルの記事を掲載しました。今度は北朝鮮から「日本の『朝日新聞』が、われわれの最高尊厳を冒涜し、共和国の現実を悪辣にこき下ろす謀略記事を掲載した」とコテンパンです。日本のマスコミで一番「朝鮮愛」豊かな朝日新聞がこんなに露骨に叩かれたのははじめてではないか。北朝鮮の労働新聞はさらに「許し難い犯罪行為の張本人」として、牧野愛博ソウル支局長の名前を挙げています。えらいこっちゃ。


キタを怒らせた理由のひとつが、経済改革の停滞へのもどかしさから、金正恩朝鮮労働党委員長が涙を流す映像が上映されたなどと報道したからでは、という。朝日にすれば、悪意どころか、金委員長も普通に人徳をそなえた人物であることを伝えたのかもしれない。しかし、キタはそう受け取らず、「われわれの最高尊厳を冒涜した」と感じた。まあ、イチャモンはなんとでもつけられます。時期が時期だけに過敏になっている。さらに、記事は「安倍政権にそそのかされて書いた」というのだから、朝日はん、怒りなはれ。記事捏造は朝日のお家芸やと思ってたら、キタもマネしてる。ええかげんな記事書くな、金一族めが、と。

引用資料
http://www.sankei.com/world/news/180609/wor1806090035-n1.html

世にもミジメな首脳会談
 金正恩一行が宿泊するホテルの代金が外貨不足で払えない。ミサイルつくる金はあっても宿代に事欠くという。で、シンガポール政府が負担することに。こんなみっともない話は,キューバのカストロ政権以来らしい。助け役のシンガポール政府がまたアコギです。宿泊代負担分は世界中から集まるメディア関係者の会場使用料やホテル代のアップでモトをとる。3000人?からぼったくるわけです。アコギ~~~。


もうひとつのミジメ話は専用機。ソ連製のオンボロ機は長距離を飛んだことがなく、往復約1万キロを無事飛行できるのか。金親分は会談と同じくらいに緊張するでせう。ならば、他国からチャーターすれば、と思うけど、そこは厳しい「制裁」があるために難しい。第一、ホテル代もないのに、高額のチャーター料を払えるはずがない。で、結局、中国に泣きつくしかない。なんやかんやで中国にぎょうさん「借り」をつくってしまいました。このミジメさ、金正恩の最後が見えてきたような気がします。会談は金にとって「おおむね失敗」というのが駄目男の予想です。



犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

続々:お金で買わない物を幾つか・・・

(10)松露(しようろ)

 眼にしなくなって久しい。或は既に絶滅したか? わが家より南やや西寄りに2~3キロほど歩いた所にダンバラ山という一風変わった名の山がある。山と言うのも恥ずかしい丘に毛の生えた程度のものだが、それでも標高49メートル、わが町の最高峰である。名の謂われは、昔ここに檀波羅密寺という根来寺の末寺のあった故との事。信長の根来攻めの際、ここも焼かれてしまって今は跡形もなく、公園墓地や住宅になっているが、私の子供の頃はまだ瓦の破片が見つかったりもした。


ここの一画に砂地の松林があり、お祖母ちゃんに連れられて松露採りに行った。松露はキノコの種類で、松の根方に生えているのだが、傘もなければ脚もなく、見てくれはどう見ても小さい石ころである。石か?キノコか?手でつまんで固ければ石、柔らかければ松露だ。こうして拾ってきた松露をおつゆの実として松露汁にする。さて その味は?松茸のように香りが高かったか、或は、しめじのように味が良かったか、残念ながら さっぱり記憶にない。


あれから八十余年。松露と言えばダンバラ、ダンバラといえば松露と「兎追いし かの山」を連想させたダンバラも、今は平凡な宅地になって、あわれ子供の時の夢は幻となって儚くも消えてしまった。まだまだ食べ物にまつわる話のタネは尽きないが、食傷して貰っても困るので、目先を変える意味で、ここらで一時ストップして、次からは子供たちの遊びの話にうつりたい。まず最初は「お正月には凧あげて コマを廻して遊びましょ」とあるから凧の話から・・・


松露
しょうろ



浜寺公園駅 駅前の「福栄堂」では松露だんごを売っている。
しょうろ 






たなかよしゆきさんの古道紀行


●お知らせ

古道紀行おおばこの会 こばこの部
日程変更のお知らせ
 
こばこの部、8月5日(日)業平道パートⅢは
      8月12日(日)に変更します。
      ご注意下さい
。(6月12日掲載)


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ササユリの会 2018年後半 予定表

主宰はたなかよしゆきさんです。お問い合わせは
電話・ファクス 0745-79-6452
ケータイ 090-3485-6452 へお願いします。
(注)文字が小さいので拡大してご覧下さい。


ササユリの会 2018後半 







犬町・猫町情報



●6月臨時企画のご案内

★クイズつき★ 端から端まで 中之島万歩
    
~万歩計お持ちの方は忘れずに~

■6月20日(水) 雨天21日(木)再延期もあり。
■10時30分

 地下鉄中央線 阿波座駅ホーム西寄り(九条側)
 改札口を出ないでホームでお待ち下さい。
■弁当不要・・昼食は「中之島ミューズ」「エル・ガーデン」など  1000円くらい~
■コース・・阿波座駅~宮本輝文学碑~福沢諭吉生誕地~昼食(T)~ダイビル本館(T)~フェスティバルシティ(T)~大阪市役所(T)~中之島図書館(T)~中之島公園(T)~天神橋~。ゴール最寄駅は「北浜」又は「天満橋」駅 歩行4~5キロ。坂道はありませんが、階段の上下はあります。■途中リタイアOKです。(T)はトイレ ~担当 小西~

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★★万歩クイズ★★
 中之島の東西両端間の直線距離は地図で測ると2860mです。しかし、地形はゆるくカーブしており、また、歩行コースはくねくね歩きするので距離はかなり増えます。端から端まで1万歩になる?ならない?・・で、歩数を予想して下さい。西端のスタート地点で0にセット、昼食時に歩数を予想します。カウントした人の平均値を正解にします。万歩計のない人も予想歩数を応募して下さい。

■賞品・・1位・・お米券5枚(5kg分)
     2位・・切手シート

中之島遊歩道 Rロイヤルホテルのあたり
中之島 


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既報●6月 くちまめ例会 ご案内

□ 6/14(木)太閤道 約8.6㎞
□集 合:JR高槻駅 9:30
□コース:駅~(バス)磐手橋~金龍寺跡~
馬の背曲がり坂~若山神社~阪急・水無瀬駅着
 *昼食持参のこと
 *7月・8月は休みます  ~藤家~


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●5月例会レポート

■天王寺動物園見学と「風月」 ~担当 小西~
5月17日(木)

動物園

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■奈良女子大訪問 ~担当・山本~
 ランチタイムコンサートと学食ランチを楽しみました。
 5月31日(木) 

奈良女子大 


奈良 


南さんのスケッチ ~記念館~
奈良 



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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH


続:お金で買わない物を幾つか・・・

(8)カルメ焼き

 材料。キザラ(ザラメ砂糖)少々。 道具。アカ(銅)製のお椀型の小鍋。鍋に水とキザラを入れて煮る。キザラの分量は ほどらい(適当とか、いい加減 という意味の当地の方言)。沸騰したら 火から離して重曹を入れる。この量も ほどらい。と あら不思議。鍋の中身が膨らんで やがて茶褐色の固体になる。これがカルメ。水は冷やせば固体になる事は誰でも知っているが、熱して固体になるとはこれ如何に。この時 入れる重曹の量とタイミングが微妙かつ重要で、これを誤ると、折角膨らみかけたカルメがスーっと萎んでしまう。何もかも、ほどらいの世界で申し訳ないが、当時は何事もこんなもので、何を何グラムとか、何秒おいてとか、キチっとした、むつかし事は言わない。これで何でも廻って行くんだから それで いいではないか。


 この鍋は カルメ焼き専用で 他には使えない。こんな物が何故、普通の一般家庭にあったのだろう。我が家ではなく、多分 伯父の家にあったものと思う。なにしろ、あそこは娘ばかり四人の家だから、幾らカルメを焼いてもアっという間に無くなったのではないか。お菓子代の節約にもなったろうし。それにしても最近はとんと見かけなくなった。その中、死語になってしまいそうである。


カルメ焼き



(9)おかき(かき餅)

 これは皆さんご存知。だが、どのように作られるかは多分ご存知ない筈。では微に入り細に亘って説明しよう。餅つきの模様は後日の事として、たっぷり餅とり粉を敷いたもろ蓋の中に数個の正方形の枠を置き、その中に搗き上がった餅を入れる。餅は柔らかいから枠通りの形になる。小さくて厚めの座布団をイメージして貰えばいい。日が経つて固過ぎも柔らかすぎもしない頃合いを見計らって、枠から四角い餅を取り出す。この餅を立てて、鎌と鉋を合わせたような刃物(この名前が思い出せない)で餅を剥ぐように薄く削る。この仕事を餅を「かく」という。かかれた餅だから[かき餅]である。この薄くて細長い「かき餅」を包丁で3~4等分するとカルタ大になる。


平べったい竹籠に新聞紙を敷き、この半ナマの「かき餅」をくっつかないように並べて天井から吊るす。こうして何日か経てば固くなって本物の「かき餅」となる。随分と手間暇のかかるものではある。どうも昔の人は 労力はタダだと考えていたフシがある。また、餅も白とは限らない。搗く段階で青のりを入れれば 出来上がった[かき餅]に青い斑が入るし、紅ジャコを入れても同じ様に彩がつく。これだって餅だから当然、炙れば膨らむ。やはり寒い間の食べ物だ。現在市販されているものは、いろいろ味付けして炙ってから冷ましたものだろう。


おかき  






読書と音楽の愉しみ



●楊海英著「逆転の大中国史」を読む

 著者は北京の大学で日本語を学んだあと、日本へ留学し、別府大学などでアジア史を学ぶ。しかし、著者はモンゴル人である。その目で見た常識的なアジア史、とりわけ中国史はとうてい納得できない。モンゴル人の血と中国文化圏人という葛藤を経て、アジア史の主役は中国では無く、モンゴル(遊牧民族)史だと唱える。その思想を支えたのは、梅棹忠夫氏をはじめ、多くの日本人学者だった。そして、日本へ留学した11年後(2000年)著者は日本へ帰化した。


いや、もう・・ややこしい話であります。モンゴルで生まれ、北京の大学で日本語を学び、日本へ留学して歴史を研究するなかで中国の歴史観(世間の歴史観でもある)に異を唱え、反中国思想に傾き、モンゴル人もヤメて日本人になった、のであります。結局、この人のアイデンティティは奈辺にあるのか、自分がその立場だったら悶絶死しそう・・と想像してしまう。まあ、それは日本人、駄目男のしょぼい発想で、ご本人は「日本人になりましてん」くらいの感覚かもしれないけど。


現在の中国でも、国土は日本の16倍もあるのに、著者の歴史観のキモは「ユーラシア」であります。西はヨーロッパに達する広大さである。その中のほんの一部を「漢民族」が占め、本当は何回もコテンパンにやられたのに主役ぶっている。そのあげく「中国ー悠久の四千年史」みたいな言い方が常識になってしまった。特に漢籍学者なんかは、中国史イコール漢民族史という概念にとらわれがちだ。当然だが、漢字文化だけが中国を語るわけではないのに、漢籍学者の頭にモンゴルはない。


中国の歴史に比べたら、日本の歴史はなんとシンプルでありませう。登場人物の99%は日本人であります。その上、異民族に支配されたことがない。そして国土は狭い。四方、海に囲まれている。ゆえに楊海英氏のような「ややこしい人生」を送らなくて済む。だからといって日本人はシアワセ、なんて思ってる人もいないけど。本書は石田俊雄さんからお借りして読みました。(2016年 文藝春秋発行)

大中国史






犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

■その6・・続々:駄菓子のいろいろ 

(I)しんこ細工

 あやふく見逃す所だった。たった一度きりの経験で記憶もおぼろだが、赤、白、青と色とりどりのしんこ棒を伸ばしたり、丸めたり、小さな鋏で切ったりして、あっという間に犬であろうが、鳥であろうが、何でも作ってしまう。その神業にガキどもは目を見張って呆れるばかり。余りの見事さに食べるのが勿体ない。難は食べでがない事。パクリと一口でおしまい。まるっきり腹の足しにならない。案外こんな所が馴染めなかった原因かもしれない。


しんこ細工
しんこ細工


実演しているところ
しんこ細工 





(J)その他 

これまでが大体一銭で買えたもろもろである。「森永ミルクキャラメル」、「グリコ」、「明治チョコレート」などは昔も今も変わりないが、一日二銭の小遣いでは一寸手が届かなかった。世の中 そこはよくしたもので「新高チョコレート」なんどというB級品があって、二銭OKだった。


これからはお金で買わない物を幾つか・・・

(7)甘蔗(カンショ)さとうきび
 
 と言えば知識としてはご存知でも、さて現実にどんな物かとなると、案外ご存知ないのでは? 母の実家が百姓で畠の片隅に甘蔗を何本か植えていた。細めの竹のような物と思えばいい。節と節との間隔が一尺足らずと言った所かナ。竹との違いは 竹の中は空洞だが、こちらの中は甘い汁を含んだ繊維で詰まっている事。これを引き抜いて、節の所を鎌でパンパンと切る。一尺に足りない筒になる。それをバナナのように皮を剥いてシガシガと噛むと口の中に甘い汁が・・という事で なにしろ甘い物の乏しい時代だったから こんな物でも結構おやつ代りになった。

 甘蔗の絞り汁を煮詰めたものが黒糖で、沖縄の特産品である。昔は現実にこれを作っている農家があった。大きな石臼で絞るのだが、人力では無理なので牛に引かせたそうナ。その頃はどんな農家でも牛を飼っていた。平素は余り見かけないが田植時となると、どこの田にも鋤を引く牛の姿が見られた。耕運機に代ったのは戦後の事である。しかし「黒毛和牛」という名が 恰も高級牛肉の代名詞のように使われている所を見ると、今でも牛を飼っている地方があるという事だろう。


さとうきび
さとうきび 


さとうきび畑

さとうきび畑






閑人帳



●わが晩メシは刑務所なみ?

 ワケあって、もし自分が刑務所暮らしを余儀なくされたとき、一日三食のオリめし(檻めし)の献立に文句をいうことはなさそうだ。なぜなら、日々、自分でつくってるメシのクオリティとほぼ同じだからです。つまり、娑婆暮らしの自分の食生活は囚人なみ、時に、囚人以下なのであります。


資料によると、懲りない面々の一日の食事代は約540円。一ヶ月なら約1万6000円。(調理に必要な光熱費は別と思われる)駄目男の場合は酒代も含めてのコストであり、さらに、ムショでは大量仕入によって材料単価は大巾に安いことを考えると、明らかにムショのほうがリッチなめしを提供してくれる。何より、毎日自分で調理しなくてもよいし。


殺人とか、重罪で終身刑を科せられたワルは工場労働もしなくてよいから、文字通り「三食昼寝つき」で生涯遇される。ま、24時間、監視つきですけどね。単純計算すると、一年間では約20万円。50年間服役すれば1000万円。他の諸経費も含めると約3倍以上になるので、物価変動がナシとしても3000万円以上の費用がかかります。むろん、ぜんぶ国費で賄われます。


死刑制度を廃止すると、彼らのために、年間、何十億もの予算を計上しなければならない。死を免れ、大金を消費して、彼らはいかほどに幸せなのか。一方で、清く、正しく生きて餓死や自殺に追い込まれる人は死刑囚よりはるかに多い。生活の安全担保という点では、ワルのほうが格段に恵まれている。

参考資料
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_2_4_3_2.html


刑務所の夕食例  
ムショ メシ 


我が家の夕食例 酒は麦焼酎のオンザロック。ご飯は0,4合。
ムショメシ