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閑人帳

閑人帳
06 /27 2018



●滅びゆくDPE店

 米屋さんや文房具店が消えてゆくように、昔は駅前や商店街の一等地にあった写真のDPE店もほとんで見かけなくなりました。もともと地味な商いなので廃業しても気づかないことが多い。スマホが普及したいま、プリント写真は存在価値を失いつつあるように思えます。


懇意の店「P」店のオーナーが言うに、店を維持するには,最低一日に数百枚の注文がいる。これがないと全自動DPE機に使う薬剤(液体)が劣化して使い物にならなくなる。マシンの中を絶えず循環して安定を保っているので、仕事がないからと機械をオフにすると、即、写真の品質に悪影響を与える。まあ、自転車操業みたいなもので、止まると倒れるわけです。


もう一つの難儀は、この全自動マシンの減価償却の問題。一台1200万円くらいするから、10年で償却するにしても年間100万以上の負担になり、これに見合う仕事量が必要です。(他に薬剤などの維持費がかかる)要するに、現在はこの高性能機械が失業状態になるほどプリント注文が減ってしまいました。一枚20円とか30円のプリントを細々やっていては商売にならない。(注)今は小型のマシンもあるが、それでも能力オーバーでフル稼働は難しい。L判なら1時間で最大700枚プリントできる。


この全自動マシンは「ノーリツ鋼機」という会社が開発、普及させましたが、フイルム写真時代に比べたら,廃業店続出で売上げガタ落ちです。しかし、市場を独占するほど売りまくったおかげでライバルがいない。日本にいないだけでなく、世界中にもいない。大げさにいえば、世界中のプリント写真を「ノーリツ」で独占できる。日本で廃業したDPE店の中古機を中国に輸出し、当然、メンテナンスも請け負うから商売になります。有名だった「コダック」なんて会社もこの世界からとっくに手を引いてしまったから、易々と市場に出られます。逆に言えば、ライバルが現れないくらい、この機械の開発が難しかったということです。


店がバタバタと倒れても、プリントの需要はゼロにはならない。結婚式や成人式、七五三、などで需要があるし、プロ写真家の仕事でもプリントが必要になる。そんな仕事をかき集めると結構な金額になります。街の写真館やプロ写真家が自ら高性能プリンターを保有することは金銭的、スペース的に不可能だからマシンのある店を頼るしかない。そこで、稼働率の高い、即ち、高品質のプリントができる店に仕事が集まるのです。


「P」店のオーナーさんはすごい努力家で、商いのネタになりそうならなんでもやってみる。しかし、その頑張りの原点はマシンの稼働率の維持であることが少し切ない。まあ、商売には当たり前の苦労ですが。よい品質を保つためにプリント枚数を確保しなければならない。このしんどさに耐えられない店は廃業です。


スマホに頼りすぎるのも怖い。オーナーさんが言うに、ある若いお母さんは、赤ちゃんが生まれていらい三年間、その成長ぶりをずっとスマホで撮影、保存していた。スマホは大事な宝箱です。しかし、ある日突然トラブルが起きて再生ができなくなった。動転して「なんとかして」とオーナーさんの店に駆け込んだが、店は写真店であってスマホ修理店ではない。しかし、そこは商売、玄関払いせずに専門業者に取り次いで無事解決したらしい。


ここがポイントで、一枚のプリントの注文もしない客だからと追い返したら、それでおしまい。スマホのリスクを説明し、少しはプリントでも保存しませうと説明し、納得すればお客さんになる。実際、大事な写真を少しのミスでパーにした人は多いのではと思います。あの東北大震災で、ボランティアの努力もあって、なんとか救われたのは紙の写真でした。メモリーが泥にまみれたら100%助かりません。・・てなこと言うたくらいで、スマホ中毒は治りませんが。
(注)現在のノーリツ鋼機は写真関係の機械製造はしていない。
(注)ガス機器メーカーのノーリツとは関係ありません。

フイルム写真のDPEもできるマシン
ノーリツ








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読書と音楽の愉しみ

読書感想文
06 /23 2018


長居植物園のジャカランダ。見頃は終わりました。
jakarannda

●宮本輝:吉本ばなな 対談
            「人生の道しるべ」を読む

           
 この両者、イメージとして、保守と革新みたいにソリが合わないのではと想像しますが、そうではなく、お互い、相手には十分リスペクトの念を抱いて「わかり合える者どうし」であります。ばななさんにとって輝氏は斯界の大先輩であるとともに、父親を慕うような親密感も抱いてる。ま、そこんところ、どこまでホンネを語ったのか・・?ですが。


創作の裏側を語るというのはなかなかしんどいことなので、そこはあまり深く立ち入らないようにしている。金目当てで書いてますなんて言う人いませんし。でも、宮本輝氏はデビュー以後、マイナーな作家にならないために、金儲け目当てを含めてものすごく努力した、ということが分かります。仕事に没頭し過ぎて親子の関係がぎくしゃくするが、とにかく作家として、地位的、経済的に「安全圏」に入るまでカリカリ仕事した。


結果、それは報われて全集が出るほど作品は増えたし、芥川賞の審査員も勤めたし、ゼニのことでいえば、軽井沢に別荘を持つことも出来た。万全でありませう。氏は若い頃は広告代理店のサラリーマンだったが、神経が細いことからパニック障害を起こし、失業する。電車での通勤が恐怖で家から出られない。通勤せずに金を稼ぐには・・と考えて作家になったわけですが、食えない延長上が死であるからその恐怖もある。有名作家になってからも必死に仕事したのは、そんな恐怖感の裏返しともいえます。でも、失業→貧困→餓死、の連想は失業経験者なら大方味わう恐怖です。ただ、作家という選択肢は、ふつうはないでせう。


ばななさんのほうはそんな切羽詰まった生活ではないから、貧困がテーマの作品なんて書けない。人物設定がユニークというか、けったいというか、それが持ち味で、オーソドックスな宮本作品とは対照的。まあ、陳腐な時代小説を読んでるような人には縁のない作品です。そんな彼女もはや五十路の女、この先、何を書くんでしょうか。


二人が言うに、作家たるもの、自分独自の死生観を持つべしと。これが通奏低音のように作品の底に流れていないと薄っぺらになる。文学と娯楽読み物との違いはこんな言外の思想ありや、なしや、にある。若い、ベテラン、年齢に関係なく必要であります。芥川賞と直木賞の境目か、といえば、さあ、どうでせうか。両方を読んでいたら、なんとなく違いはわかります。


宮本氏の生涯の愛読書(度々読み返す本)は3冊。モンゴメリの「赤毛のアン」島崎藤村の「夜明け前」そして西行の歌集、だそうであります。西行の歌集なんてシブイですなあ。(2015年 集英社発行)

人生の道しるべ






読書と音楽の愉しみ

読書感想文
06 /18 2018



●幸田 文著「木」を読む

 文章の上手さに魅せられて、読み出したら止まらない。「杉の木は縦縞の着物をきている」なんちゃって、万年着物姿の著者が書けば,読者はたちまち幸田ファンになってしまうのであります。ま、文章の上手さは親の血筋といってしまえばそれまでなのですが。(父が幸田露伴)


著者、最後の作品で、60~70歳代に全国の「木」を巡り訪ねたエッセイ。観光地の有名樹木は屋久島の「縄文杉」だけで、他は著者が個人的な興味から、森林関係者の協力のもと、足弱なのに深山に分け入って出会いを楽しんだ。悪路急坂は山男におんぶされての難行で、世話する側も大弱り? 幸田文でない、只のばあさんだったらキッパリ断ったでせうね。ブランドの効果大であります。


研究者や業者ではなく、作家の見る木であるから、そこは文学的観察になるのは仕方ない。それにしても感情移入がすさまじくて、木の生い立ち、処世術、死と再生など、つい擬人化して語ってしまう。さりとてコーフン状態のまま綴るのではなく、そこは抑制もされてるのですが、まあ、これほど木への思い入れの強い作家は他にいないでせう。  


いちばん感銘深いのは「えぞ松の更新」です。北海道富良野の東大演習林にその例を見ることができる。駄目男もはじめて知る木の死と再生の話です。なにしろ気候の厳しい土地、普通に地面に落ちたタネが芽を吹いて、というわけにはいかない。何百年か生きて命尽き、倒れた大木に苔が生えると、ここが新しいえぞ松の生地になる。落ちてくる種のなかの、ほんの一部の幸運なものがここで発芽する。しかし、そのほとんどが成長できずに消えてしまう。地面でなく倒木の円周の上面に落ちた種、というから宝くじ的確率であります。生き残った若芽は腐敗が進む倒木を栄養源にして育つ。地面に落ちたのは栄養が足りないとか、日照不足で育たない。


なんとか生き残った若木は倒木の栄養で育つが、そのうちに倒木自体は完全に腐敗してカタチを失い、地面と同化する。結果、若木は一列に並んで成長する。これを「えぞ松の更新」という。親の屍が子を再生し、自らは子への栄養分となって形を消す。過酷な環境のなかで、どうしたら子孫をのこせるか。えぞ松にはこんな智恵があったのです。おそらく何万年とか、気の遠くなるような歳月のなかで学習したのでせう。これを学者は子孫維持の高度なシステムととらえるが、幸田文には涙なくして語れない輪廻転生の物語だった。今年読んだ本の中では一番のスグレモノでした。(平成7年 新潮社発行(文庫)

蝦夷松の更新(北海道 東大演習林)
倒木に苔が生え、その上に種が落ち、芽をだす
ezomatu

若木が倒木を栄養源に生長する
ezomatu


百年、二百年後、一列に並んで大木になる。
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ezomatu 




読書と音楽の愉しみ

読書感想文
06 /16 2018



●武部好伸著「ウイスキー&シネマ」を読む

 映画の小道具として登場する酒を物語とともにウンチクを傾ける。お酒を飲まない人には興味0%の本だけど、ウイスキーも映画も好き、という人はほとんどいないので、まあ、売れない本です。そうだったのかと驚いたのは、あの英国の「鉄の女」と呼ばれた、マーガレット・サッチャー首相がアル中に近いくらいの酒好きだったこと。ご馳走が並ぶ公式の晩餐会でもワインを断り、ウイスキーを飲んだ。フランス料理にウイスキーって、ダイジョウブ?と他人事ながら気になります。映画「鉄の女の涙」でサッチャーを演じたのはメリル・ストリープ、似せるのに大苦労したでせう。彼女が愛飲したのはスコッチのメジャーブランド、フェイマス・グラウスだった。


・・てな、話が何十編も登場するのですが、やや、残念なのは古い映画が多くて、出て来る酒が今の時代感覚に合わない。オールドパーやカティサークをもったいぶって語られてもピンとこないのであります。日本でいえば、サントリーオールドや角瓶を恭しく頂くという感じで笑ってしまう。


小津安二郎監督の遺作「秋刀魚の味」も紹介されている。1962年の作品だから東京オリンピック(1964)の頃。笠知衆、岩下志麻、岸田今日子、加藤大介などが当時の典型的な中流家庭の人間模様を描く。そこで登場するのが、トリス、オールドで、庶民でもなんとか親しめるウイスキーだった。トリスバーのキャラは柳原良平のアンクルトリスというのも懐かしい。そして,ギフトに登場するのがジョニーウオーカー。マルビは手の届かない高嶺の花の酒でしたが、それが今じゃ全くの安物扱い、ドラッグストアで売っている。この時代にトリスやオールドに馴染んだおじさんたちは、生涯、美味しいウイスキーの味を知らないままあの世へ行ったのでは、と想像します。(2014年 淡交社発行)


映画「秋刀魚の味」のポスター
秋刀魚の味

ウイスキー本








閑人帳

閑人帳
06 /10 2018


●キタにもミナミにも嫌われて・・苦境「朝日新聞」

 5月19日の当ブログで「韓国政府、朝日新聞に無期限の出入り禁止処分」というタイトルの記事を掲載しました。今度は北朝鮮から「日本の『朝日新聞』が、われわれの最高尊厳を冒涜し、共和国の現実を悪辣にこき下ろす謀略記事を掲載した」とコテンパンです。日本のマスコミで一番「朝鮮愛」豊かな朝日新聞がこんなに露骨に叩かれたのははじめてではないか。北朝鮮の労働新聞はさらに「許し難い犯罪行為の張本人」として、牧野愛博ソウル支局長の名前を挙げています。えらいこっちゃ。


キタを怒らせた理由のひとつが、経済改革の停滞へのもどかしさから、金正恩朝鮮労働党委員長が涙を流す映像が上映されたなどと報道したからでは、という。朝日にすれば、悪意どころか、金委員長も普通に人徳をそなえた人物であることを伝えたのかもしれない。しかし、キタはそう受け取らず、「われわれの最高尊厳を冒涜した」と感じた。まあ、イチャモンはなんとでもつけられます。時期が時期だけに過敏になっている。さらに、記事は「安倍政権にそそのかされて書いた」というのだから、朝日はん、怒りなはれ。記事捏造は朝日のお家芸やと思ってたら、キタもマネしてる。ええかげんな記事書くな、金一族めが、と。

引用資料
http://www.sankei.com/world/news/180609/wor1806090035-n1.html

世にもミジメな首脳会談
 金正恩一行が宿泊するホテルの代金が外貨不足で払えない。ミサイルつくる金はあっても宿代に事欠くという。で、シンガポール政府が負担することに。こんなみっともない話は,キューバのカストロ政権以来らしい。助け役のシンガポール政府がまたアコギです。宿泊代負担分は世界中から集まるメディア関係者の会場使用料やホテル代のアップでモトをとる。3000人?からぼったくるわけです。アコギ~~~。


もうひとつのミジメ話は専用機。ソ連製のオンボロ機は長距離を飛んだことがなく、往復約1万キロを無事飛行できるのか。金親分は会談と同じくらいに緊張するでせう。ならば、他国からチャーターすれば、と思うけど、そこは厳しい「制裁」があるために難しい。第一、ホテル代もないのに、高額のチャーター料を払えるはずがない。で、結局、中国に泣きつくしかない。なんやかんやで中国にぎょうさん「借り」をつくってしまいました。このミジメさ、金正恩の最後が見えてきたような気がします。会談は金にとって「おおむね失敗」というのが駄目男の予想です。



読書と音楽の愉しみ

読書感想文
06 /04 2018



●楊海英著「逆転の大中国史」を読む

 著者は北京の大学で日本語を学んだあと、日本へ留学し、別府大学などでアジア史を学ぶ。しかし、著者はモンゴル人である。その目で見た常識的なアジア史、とりわけ中国史はとうてい納得できない。モンゴル人の血と中国文化圏人という葛藤を経て、アジア史の主役は中国では無く、モンゴル(遊牧民族)史だと唱える。その思想を支えたのは、梅棹忠夫氏をはじめ、多くの日本人学者だった。そして、日本へ留学した11年後(2000年)著者は日本へ帰化した。


いや、もう・・ややこしい話であります。モンゴルで生まれ、北京の大学で日本語を学び、日本へ留学して歴史を研究するなかで中国の歴史観(世間の歴史観でもある)に異を唱え、反中国思想に傾き、モンゴル人もヤメて日本人になった、のであります。結局、この人のアイデンティティは奈辺にあるのか、自分がその立場だったら悶絶死しそう・・と想像してしまう。まあ、それは日本人、駄目男のしょぼい発想で、ご本人は「日本人になりましてん」くらいの感覚かもしれないけど。


現在の中国でも、国土は日本の16倍もあるのに、著者の歴史観のキモは「ユーラシア」であります。西はヨーロッパに達する広大さである。その中のほんの一部を「漢民族」が占め、本当は何回もコテンパンにやられたのに主役ぶっている。そのあげく「中国ー悠久の四千年史」みたいな言い方が常識になってしまった。特に漢籍学者なんかは、中国史イコール漢民族史という概念にとらわれがちだ。当然だが、漢字文化だけが中国を語るわけではないのに、漢籍学者の頭にモンゴルはない。


中国の歴史に比べたら、日本の歴史はなんとシンプルでありませう。登場人物の99%は日本人であります。その上、異民族に支配されたことがない。そして国土は狭い。四方、海に囲まれている。ゆえに楊海英氏のような「ややこしい人生」を送らなくて済む。だからといって日本人はシアワセ、なんて思ってる人もいないけど。本書は石田俊雄さんからお借りして読みました。(2016年 文藝春秋発行)

大中国史






閑人帳

閑人帳
06 /01 2018



●わが晩メシは刑務所なみ?

 ワケあって、もし自分が刑務所暮らしを余儀なくされたとき、一日三食のオリめし(檻めし)の献立に文句をいうことはなさそうだ。なぜなら、日々、自分でつくってるメシのクオリティとほぼ同じだからです。つまり、娑婆暮らしの自分の食生活は囚人なみ、時に、囚人以下なのであります。


資料によると、懲りない面々の一日の食事代は約540円。一ヶ月なら約1万6000円。(調理に必要な光熱費は別と思われる)駄目男の場合は酒代も含めてのコストであり、さらに、ムショでは大量仕入によって材料単価は大巾に安いことを考えると、明らかにムショのほうがリッチなめしを提供してくれる。何より、毎日自分で調理しなくてもよいし。


殺人とか、重罪で終身刑を科せられたワルは工場労働もしなくてよいから、文字通り「三食昼寝つき」で生涯遇される。ま、24時間、監視つきですけどね。単純計算すると、一年間では約20万円。50年間服役すれば1000万円。他の諸経費も含めると約3倍以上になるので、物価変動がナシとしても3000万円以上の費用がかかります。むろん、ぜんぶ国費で賄われます。


死刑制度を廃止すると、彼らのために、年間、何十億もの予算を計上しなければならない。死を免れ、大金を消費して、彼らはいかほどに幸せなのか。一方で、清く、正しく生きて餓死や自殺に追い込まれる人は死刑囚よりはるかに多い。生活の安全担保という点では、ワルのほうが格段に恵まれている。

参考資料
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_2_4_3_2.html


刑務所の夕食例  
ムショ メシ 


我が家の夕食例 酒は麦焼酎のオンザロック。ご飯は0,4合。
ムショメシ 






 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ