FC2ブログ

閑人帳

閑人帳
03 /31 2017


●フェイルセーフ・・鍵を無くしたこと、ありますか

 ン十年の生涯のなかで、鍵と財布(両方又は一方)を一度も紛失しなかったという人、どれくらいおられるでせうか。鍵の紛失の場合、業者にSOSして玄関ドアを開けてもらったという経験の有無です。財布の場合、他人を介して戻ってきた、又は行方知らずのまま、というケース。


駄目男の場合、鍵を無くした経験は幸いないが、財布はなくしたことがある。運良く戻ってきたので最悪の経験はせずに済んでいます。先日、TVのニュース番組で車で営業する「カギの110番」業者の活躍?ぶりを伝えていましたが、なかなか繁盛しているところをみると、鍵を無くす、又は故障で解錠できない人がたくさんいることが分かります。なかには同じ業者に何度も依頼するおなじみさんみたいな気の毒な人もいます。


ある若い女性は、マンション玄関の鍵を無くして業者に電話し、なんなく開けてもらって一件落着したが、料金は1万円を超えていた。彼女の場合、スマホをもっていたので業者を検索し、すぐ連絡がついたので難儀はなかった。しかし、スマホを持ってなかったら・・、そして一人暮らしだったら・・。かなり焦りそうです。そんな場合は公衆電話で友人にかけ、業者を調べてもらうのが近道ですが、相手がパソコンもスマホも持っていなければどうする?。タ、タ、タ、タウンページがあるじゃないか。そう、電話帳があればOKです。使わないから捨ててしまった?ギョエ~。(NTTの番号案内で教えてくれるかもしれない)


性格がどうであれ、人はだれでもチョンボする。不注意は避けられない。だから、鍵を無くすかも、という前提で対処するべきでせう。紛失をさけるこれといった名案はない。駄目男の安全策は、外出時は常に鍵を二つ持つ。予備の鍵を財布のポケットに入れておきます。鍵と財布を同時に無くす場面があれば、それは深刻なアクシデントのはずです。だからといって三つ目はもたない。ノーマルとアブノーマルの境目です。


気休めにしかならないけど、鍵に小さな鈴をつけて、落ちたら音が聞こえるようにしてある。しかし、先日、後を歩いてる人から「鍵、落ちましたよ」と声をかけられた。人のいないところだったら気づかずに紛失するところだった。財布も、落とす、忘れるの場面はあるけど、二つもって歩くのは難儀であります。なので、一万円札を四つに折ってパス入れに忍ばせてある。出先で財布を無くしても、一万円までの距離なら帰れる。幸い、これを使う場面はありませんでしたが。


無くすのではなく、持参を忘れることがある。この1,2年のあいだに、財布を持たずにスーパーへ買い物に行ってハズガジー目にあったことが3回もありました。最悪はレジに並んでいざ払う段になって気づいた場面、大事件じゃないけど、十分うろたえます。商品を全部陳列棚に戻すか、カゴごと預かってもらって財布をとりに帰宅するか、3秒くらいで判断しなければならない。後のおばちゃんは「ぼけてるん?」と言いたげ。預かってもらったのが一回、棚へ戻したのが2回。棚に戻しつつ、ものすごい自己嫌悪に襲われるのであります。4回目、断固阻止!!



カギなくす


スポンサーサイト



閑人帳

閑人帳
03 /28 2017



●興福寺「阿修羅像」造形の真実

 興福寺の仏像で一番人気の阿修羅像。これを最新科学を駆使して解剖?し、像のデザインの原形を探るドキュメント番組がNHKで放送された。高さ150センチくらいの像をミリ単位でスキャンし、1500万もの画像を得て解析、合成した。結果、全く別の表情をもつ顔が隠されていたことがわかった。阿修羅像ファンはびっくりしたのでは・・。


像を表面から彫りすすむ木像とちがい、阿修羅像は原形を粘土などで造形し、上から漆などで仕上げる塑像。ということは、制作過程で修正ややり直しができる。それにしても、下の写真では原形と完成形(現在の顔)との違いが大きすぎる。なんでこんなに変わってしまったのか。


仏師の気まぐれで別人のように変えたのか。そうでなければ・・・で、これは研究者の想像ですが、ナレーションが伝えるところは、この像を造らせた光明皇后(聖武天皇の后)の要望で変えたのでは、という。それは、わずか一歳未満で亡くなった皇子への哀惜から、せめて新しくつくる仏像に我が子の面影を映したい。そんな思いが昂じて制作中の仏師に頼んだのではないか。もし、少年に成長していたら、こんな表情の子だったかもとあれこれ注文した。この推理が当たりで皇后が出来栄えに満足したのなら、亡き子を蘇らせた仏師の腕前は賞賛に値します。


阿修羅は戦闘神である。ならば、原形の面相のほうがイメージに合う。なのに、完成した像は人間そのもの、しかも、何とも言えない憂いを含んだ、何かを訴えかけるような表情になっている。この光明皇后リクエスト説を鵜呑みにしてはいけないのでせうが、今回の研究のおかげで、阿修羅像の魅力がさらに増したと思います。(2月23日放送)


右側が元の顔
asyura

asyura





読書と音楽の愉しみ

読書感想文
03 /26 2017



●オノユウリ著
「美術館で働くということ」を読む

 美術館の裏側で働く人のことを知りたいと思っても、意外に情報が少ない。この本はマンガ。東京都現代美術館の学芸員にして漫画家、という変わったポジションにいる女性がごく初歩的な裏情報を説明したものです。学芸員というとえらくマジメな職業人をイメージしてしまうけど、中にはこんなお茶目な職員さんもいるのですね。


学芸員には主に三つの役割があって、展覧会を企画する人、常設展の企画や作品の収集、管理をする事業係、そして、外部に宣伝したり、教育普及を担当する人、に分かれます。ま、一番やりがいのあるのは企画係でせう。そのぶん、苦労も多いみたいですが。
 企画展は美術館の幹部や外部の識者が提案するものだと思ってましたが、そうではなくて、基本的に学芸員が企画、提案するそうです。それも、ベテラン中心ではなく、入社数年の新米でも提案できるというから、けっこうオープンな職場です。むろん、思いついてすぐ提案なんてことはさすがになくて、普通は数年かけて温めた案を提案する。本書では、8年かかってようやく実現できた企画展という例も紹介されるから、気の短い人には不向きな仕事です。


べつに、売上げのノルマなんてないけれど、自分の企画した展覧会は、人気や来場者数がものすごく気になる。何年も準備に費やしたのに、明けてみればガラ~ン、ではショックです。私たちがなにげに訪ねる展覧会も、学芸員さんは裏で客入りに一喜一憂しているのです。
 館が収蔵品を選ぶときも学芸員は自分の目にかなった作品を推薦することができます。ここはモロに審美眼が試される場面でせう。もし、購入が決まったら、その作品には我が子のような愛着を感じる。当然です。


会場で作品のレイアウトを決めるのも学芸員の仕事です。これって、相当経験を積まないとスムースに進まない仕事ではと思います。レイアウトの上手、下手でお客さんの印象、感銘度に影響するからです。それに、作品の解説文書きも仕事ですから、作文の苦手な人は苦労します。
 はた目には地味でラクそうな仕事に思える学芸員ですが、実際は月100時間残業もありや、という場面もあるらしい。それに現代アーティストというのは変人が普通だから付き合いもしんどい。社交のセンスも求められるわけです。NHK Eテレ「日曜美術館」に出て来る学芸員も、みなさん見識が高くて話し方も上手な人ばかりです。一流の美術展には一流の学芸員がついている。ゆえに安心して鑑賞できるわけです。(2015年 KADOKAWA発行)


美術館ではたらく 





プチ・ケチの研究

プチ・ケチの研究
03 /24 2017


●無駄ゼロ、トイレットペーパーの節約法

 プチ・ケチの研究家でなくても、半分くらいの人は知ってるかも。トイレットペーパーの先端、ロールを普通にめくると、二枚、三枚がくっついていてワヤワヤとなりがちです。イライラします。これを解決するには写真のようにロールの 表面に爪できつく筋を入れます。これでOKです。上等のペーパーならこんな小細工をしなくてもすんなりめくれるかも知れません。廉価品を10センチでも無駄なく使いたい人におすすめします。


トイレットペーパー

ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /23 2017



●快適遊歩道「伊吹せんろみち」を歩く

 伊吹山麓を訪ねるのは拙著「湯めぐりウオーキング」の下見調査以来、十数年ぶりです。昼過ぎまで中山道「柏原縮」を見物して一駅西の近江長岡駅に行くと駅舎に「伊吹せんろみち」のパンフがあり、これで山麓のジョイ伊吹まで歩くことにしました。


伊吹山麓はセメントの原料、石灰岩の産地なので、戦後、大規模なプラントを建設し、運搬には専用線路をつくって近江長岡駅まで運びました。昭和27年の開業時は蒸気機関車で、その後ディーゼル機関車、電気機関車が使われましたが、1996年、トラック輸送に転じて廃線となり、線路は放置されます。2007年に線路跡を生かして遊歩道に生まれ変わりました。駄目男が「湯めぐり」コース調査で訪ねた時は線路が残っており、セメント工場も広大な廃墟になっていて、それなりに魅力があったのですが、敷地内部の様子は伺えませんでした。


近江長岡駅から終点まで3,5キロ、標高差は80m程度ですから、ごくゆるい上り道です。車両の通行はできないので安全、常に伊吹山を正面に眺めながら楽しく歩けます。この季節はまだ中腹以上に残雪があるので、夏に比べてずっとかっこいい山に見えます。ちなみに、関西では数少ない「日本百名山」に選ばれている山です。(標高は1377m)
 駅からこの道をジョイ伊吹まで歩き、帰りは「湯めぐり」で紹介した三島池経由の道をたどれば約10キロのハイキングコースになり、伊吹山麓の田園風景も楽しめます。「青春18きっぷ」を使えば、大阪駅発なら大幅に安くなります。(通常往復運賃4420円)


伊吹せんろみちの風景 撮影は3月19日
伊吹 


いぶき


遊歩道わきに古いレールを束ねておいてある
いぶき


車道と交差するところはトンネルでくぐる
いぶき


終点にはモニュメントとしてレールを残してある
いぶき


ジョイ伊吹 市民会館ロビー
いぶき


建物も広場も伊吹山を借景にしている。
いぶき





閑人帳

閑人帳
03 /22 2017



●そうだったのか・・大相撲懸賞金

 相撲人気の高まりに合わせて懸賞金ののぼりの数が増えてきました。のし袋に包まれた金一封、一体、なんぼ入ってるんやろか。答えは3万円でした。10本かかれば30万円!
 しかし、情報によれば、土俵で受け取るのは3万円だけど、スポンサーが協会に支払うのは6万2000円だそうです。このうち5300円は経費として協会が天引きする。残りの5万6700円が勝ち力士の取り分ですが、土俵でもらうのは3万円。残りの2万6700円は納税充当金として協会が本人名義で積み立て、税金が払えない時などにここから支払い、余った分は引退時にまとめて渡される。相撲取りは金遣いが荒いというリスクを見込んでの堅実な貯金システムです。誰が考えたのか知らないが、良い方法だと思います。よって、懸賞金3万円は仮払いで、実質は5万6700円の収入になります。


今場所大人気の稀勢の里、毎日平均20本の懸賞がかかり、全勝優勝すると、のべ300本、一場所で900万円の臨時収入になります。すごいなあ。(トータルでは1701万円)懸賞金は勝者が全部取り、敗者はゼロ、という明快さが良いですね。ボクシングやゴルフなどで敗者又は二位以下にも分け前を与えるのとは厳しさが違います。なんにせよ、強い力士は給料よりずっと多くの金を稼ぐことができる。平幕の力士だって、白星を続けた先で横綱と対戦し、勝つことができたら、どどんと臨時収入が得られる。これは大いに励みになるでせう。金星って、ゴールドではなくて、カネ(札束)のことなんですね。逆に、いつまでたっても懸賞金のかかる取り組みをさせてもらえない力士やタニマチのつかない力士は給料だけで暮らさねばならない。同じ「幕内」でもものすごい格差があることがわかりました。


今まで最も懸賞金の多かった例は61本。勝てば183万円の収入ナリ。懸賞は多すぎると土俵の緊張感が失われるので無限に増やすことはできない。スポンサーはのぼりを見せることで商品や会社の宣伝ができ、のぼりが回るうちに場内放送で企業名がアナウンスされるので、費用のわりには効果的な宣伝では、と思います。但し、NHKの中継においては、カメラを引いてロングの画面にし、アナウンスは音量を絞り、視聴者には企業名が分かりにくいようにしている。

引用情報
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%B8%E8%B3%9E_(%E7%9B%B8%E6%92%B2)


すもう 


 

ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /18 2017



●ようやく春の彩りに・・・長居公園・植物園

 冬の植物園は開店休業状態で閑古鳥が鳴く・・ので、花のファンより野鳥のファンのほうが多いかもしれない。三脚に望遠レンズをセットしてひたすら鳥を待つ。なかなか忍耐の要る趣味です。
 3月半ば、梅の次にサンシュユが咲く頃から、ようやく春らしい彩りになって少し来園者が増えます。最近は上等のカメラをもつ「カメラ女子」?が増えて、女性だけ対象のカメラ講習会も催される。さもなければスマホで、駄目男のように安物のコンパクトカメラを使う人は皆目いなくなりました。遠からず、絶滅危惧種になりそうです。


サンシュユ
sannsyuyu 


dou 


マンサク
マンサク


アブラナ
アブラナ


河津桜
河津桜


アフリカ産の花の寄せ植え
アフリカ






ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /15 2017



●縄文時代の大阪

 下の写真は「大阪高低差地形散歩」の著者、新之介氏がパソコンで描いた数千年昔の大阪の風景です。同じような画像を見る機会が増えたのでご存じの方も多いと思います。教科書にも載ってるかもしれません。 縄文時代は現在より海水面が数メートル高かった。この情報をもとに地形を描くとこんな風景になります。上町台地は半島のようなかたちで、西は大阪湾、東は河内潟(湖)と呼ぶ浅い海です。これが土砂の堆積で次第に陸地化します。

画像引用元
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-863.html


上町筋


神話に出て来る話、神武天皇の一行が上陸したのは生駒山麓というのはこの写真で分かります。現在の石切あたりですが、ここまで舟を漕いで来た。舟を下りていきなり生駒山に登ります。しかし、上陸作戦は失敗し、すごすご引き返します。


大和に通じる「なにわ大道」づくり
 写真には、現状と比較しやすいように淀川や市内の湾岸地帯の地形も白い線で描かれています。自然の作用による陸地化と人工による陸地造成があいまって現在の姿になりました。大昔ではなく、江戸時代半ばまでは、大和川は台地に沿って北上し、大阪城の東で淀川と合流していました。もともと水量の多い淀川に大和川の水も加わるのだから、しょっちゅう洪水が起きる。これが新大和川開削の理由です。淀川も新淀川を開削して水害に対処しました。


台地の上端(北端)に難波宮が設けられ、中国など外国からの船はこの西側の岸に着いた。ここから大和へ向かうために上町台地をまっすぐ南下する「なにわ大道」がつくられ、堺で東へ向きを変えて大和へ。 難波宮から南下する道というと、単純に上町筋を想像してしまい、なにわ大道は平坦な道だったと錯覚しそう。もちろん間違いです。復元された大極殿跡は上町筋から東へ約200mのところにあり、ここに近い道を選んで南へ進むと坂だらけの道になります。フラットな地形の街に住んでる人には驚きというか、新鮮な風景に見えます。新之介氏もこの坂道風景に触発されて「大阪高低差地形散歩」を著された。大発見や~、みたいな気分だったかもしれない。


上町筋も市街地として開発されるまでは坂道だらけだったと思いますが、路面電車を走らせるためにも丁寧な平坦化造成工事が行われた。しかし、それ以外の町は坂や崖を残したまま開発されたので「坂道風景」がたくさん残っています。なにわ大道は、上町台地では全く痕跡がないけど、少し東側の道(清水谷高校校舎の西側の道)は千日前通りまではほぼ直線道なので、古代のなにわ大道の風景を想像しながら散歩できます。この道に名前をつけるか、「歴史の散歩道」に選定すると知名度が上がって散歩ファンが増えると思います。


難波宮大極殿跡 ここから「なにわ大道」がはじまる
上町  


上町筋は平坦に造成された道だが・・・
上町


上町筋から少し外れると坂道が多くなる
上町


崖や急傾斜地を公園にした例
上町




閑人帳

閑人帳
03 /13 2017



●ブログの衰退が進んでいる

 ツイッターやFBの利用が増えるのに反比例してブログの利用者はずんずん減っている。結果、採算がとれず、サービス停止(廃業)する会社が出て来た。関西電力系のeoblogは3月末で事業廃止となり、登録者に下記のような告知を出している。

平素はeoblogサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。
eoblogは、2017年3月31日(金)15:00をもってサービスを終了することとなりましたのでお知らせいたします。eoblogサービスの品質向上を念頭に、これまでさまざまな検討を重ねてまいりましたが、eoblogサービスの利用状況が減少していること、また、昨今のSNSをはじめとするインターネットコミュニケーションサービスの形の変化などにより、弊社でのブログサービスの維持継続は困難であると判断しeoblogサービスを終了することとなりました。
 長らくご利用いただきましたお客さまに感謝を申し上げますとともに、サービス終了に伴いご迷惑をおかけいたしますことを、深くお詫び申し上げます。

引用元HP  https://blog-portal.eonet.jp/sp/


登録者は、これをきっかけにブログをやめてしまうか、他社へ引越すか、迫られる。やめるのは簡単だけど、引越は、情報のストック量にもよるが、かなりしんどい作業になるらしい。
 駄目男のこのブログも、スマホが普及するとともにアクセスが減り、多い時分の半分くらいになっている。スマホの小さい画面で長い文章を読むのは苦痛だし、情報のやりとりも面倒くさい。ブログなんてもう時代遅れではないか、と感覚的に判断して寄りつかなくなった人も多いと思う。成り行きとして、今後、登録者、ビジターの減少が続いたあとで安定(横ばい)状態になるのではと想像します。

たまには外メシ

たまには外メシ
03 /12 2017



●おもしろい客が来るようになった
      
~西成・cocoroom~

ドヤに囲まれた山王町商店街の自称「クラシック音楽バー」ココルームは、まもなく開店一年を迎える。何ほどの営業努力もしなかったように思えるが、どこで情報を仕入れたのか、クラシック音楽ファンがぼちぼち来るようになった。このトンデモ環境(ひどいミスマッチ)を考えたら、一年はおろか、三ヶ月で廃業になってもおかしくないのだけど、めでたく生き残り、客数は少しずつ増えている。まあ、世間には物好きな人がいるもんや、と自分のことを棚にあげて感心するのであります。


お客さんは三つのタイプに分かれている。クラシック音楽なんかぜんぜん興味ない人、「運命」「未完成」「新世界」の作曲者の名前を知ってる人、そして、普通にクラシック音楽が好きな人。現在はこれらが混在していて、数ではクラシックファンが一番少ない。土地柄、仕方ない。オーナーの佐竹さんも千客万来OKにしているので、常にごちゃまぜになっている。今は売上げ優先、カタイこと言ってられない。


ゆうべ、一ヶ月ぶりに訪ねてみると、先客にすごい人がいた。小柄で光頭のおじいさん、身なりから近所の人みたいだけど、マリア・カラスの大ファンだという。来日公演(1974年)を聴きに行き、サインまでもらったというからハンパではない。カラスは惜しくも数年後に亡くなってしまったので、おじいさんにとってカラス経験は生涯の宝物だという。無論、今でもオペラ大好き、ウンチクをしゃべり出したら止まらない。


もう一人、下の写真の後ろ姿のおじいさん、駄目男とほぼ同い年だが、えらい元気で、守口の自宅からここまで自転車でやってくる。ただし、息子さん(写真左の人)と一緒に来て親子仲良く呑んでいる。おじいさんは生涯、長距離トラックの運転手として働いた。仲間にクラシックファンなんか一人もいなかった。しかし、たくさんレコードを買い、作品論や作曲家論をいっぱい読んだ。バッハの作品の魅力がなかなか分からず、どこがええねん、な感じで聴いていたが、ある日、無伴奏ヴァイオィンパルティータを聴いて開眼した(この曲は駄目男も大好き)


それからバッハを聴きまくった。仕事中(運転中)も聴きたくて、カセットテープを持ち込んだ。「マタイ受難曲」なんか演奏に3時間もかかる大曲で、東京を出発して、曲が終わったときは静岡を走っていた。東名高速を疾走する大型トラックの運転席に響くマタイ受難曲・・。こんなトラック野郎もいたのだ。おじいさんの一番の不満は音楽を語り合える友だちがいないことだった。それは定年退職後も変わらなかった。しかし、昨年、この店ができて話し相手ができた。駄目男もその一人だけど、知識量ではとてもかなわない。


店は、来月から二足の草鞋=兼業をやめて酒場経営に専念するそうだ。この環境にふさわしい?いろんなタイプの客が来て、オーナーがそれをどうコントロールするかで店のキャラクターが定まる。数年後には界隈の名物酒場になるかもしれない。コンダクター(指揮者)佐竹さんの棒さばきに期待しませう。

バッハ 無伴奏ヴァイオリン パルティータ第3番<プレリュード>
https://www.youtube.com/watch?v=W2oLUM6UdTo


右が佐竹さん、後ろ姿がクラシックマニアのおじいさんと息子さん
ココ



福岡産の焼酎「千年の眠り」 「百年の孤独」のパクリみたいなネーミングだけど、値段はうんと安い。
ココルーム 



ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /10 2017



●カンアヤメ(寒咲アヤメ)

 アヤメって初夏に咲くものと思い込んでいましたが、冬に咲くのもあってはじめて見ました。丈が低くて、寒風に身をすくめているように見えます。はじめて案内された「都市緑化植物園」(豊中市)で咲いてました。


kannayame



閑人帳

閑人帳
03 /07 2017



●最高裁がパロディOKの決定

 思わずニンマリしてしまう裁判結果です。スイスの高級腕時計「フランク ミュラー」のデザインと商標を真似た「フランク 三浦」なる時計が商標登録違反だとされて争っていましたが、最高裁判所はマネした三浦側の勝訴としました。その理由は、砕いて言えば「これを本物と間違えるようなアホはおらんやろ」という明快なものでした。「まぎらわしい」以前の単純な問題だというわけです。


商標(ブランド)より、文字盤のデザインのほうが類似性が問題になると思うのですが、もしや、世界中であまりにコピー商品が多くて、いちいち訴訟なんか起こしてられない状況かもしれません。そして、日本では50万円のミュラーが5000円の三浦にいちびられて負けた。しかし、値段でこれくらい明快な「格差」があると、本物、偽物の争いにはならず、もうお笑いの世界、パロディを楽しんだらどう?。裁判官がこんなセンスで裁定したなら、最高裁判所にも拍手したくなります。


根拠のない絶対的自信・・圧倒的非防水・・・好きにしてんか
三浦 


HPはこちら・・・
http://tensaitokeishi.jp/


 フランク三浦の商品
宇ランク

フランク ミュラーの商品
フランク 



ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /05 2017



● 向井潤吉の農村風景画を思い出す・・
    ~日本民家集落博物館~

20年ぶり?くらいに訪ねてみたらラッキーが二つ。一つはシニア割引きデーで半額(250円)入場できたこと。もう一つは梅林の梅が見頃だったこと。ここに梅林があること、忘れてました。
 茅葺きの農家と梅がある風景は郷愁感を味わうには最良のアイテムと言えます。100年前は日本中で普通に見られた風景なのに、今は博物館でしか見られないというのはさびしいけれど、そのぶん、保存価値はますます高まります。ほとんどの家屋がここへ来て60年たつこと自体にも驚きます。まわりの樹木が成長して違和感もなくなりました。


絵の好きな人なら向井潤吉の郷愁感あふれる農村風景作品を思い出すでせう。茅葺きの家や山里風景を描いた画家では、たぶん人気ナンバーワンだと思います。たいていの図書館には画集があるので、在りし日の田舎風景に出会うことができます。

案内はこちら・・・
https://www.occh.or.jp/minka/


古民家


古民家 



古民家 



古民家 



古民家

向井潤吉作品のひとつ
古民家


読書と音楽の愉しみ

読書感想文
03 /03 2017



●「値段の風俗史」を読む  ~その2~

■焼酎(鹿児島産芋焼酎 1,8リットル)
昭和元年・・・81銭
昭和20年・・8円
昭和54年・・850円
 半世紀で1000倍になっている。しかし、昭和54年から現在までは2倍程度にしか値上がりしておらず、1500円程度で購入できる。(注)戦前の焼酎は度数が40度で生産されていた。現在は25度が標準。


■東京大学の授業料(年額)
明治12年・・12円
明治43年・・50円
昭和20年・・150円
昭和45年・・1万2000円
昭和55年・・18万円
(注)現在は81万7800円(入学料+授業料)


■鶏卵(1キロ当たり)
明治12年・・10銭
昭和6年・・・20銭
昭和20年・・1円50銭
昭和21年・・15円20銭
昭和31年・・95円
昭和41年・・223円
昭和45年・・190円
昭和50年・・367円
昭和54年・・314円
(注)現在は300円程度。卵が物価の優等生といわれるようになったのは、昭和50年(1975年)あたりから現在まで横ばいに近い安定した価格を維持しているから。終戦時は1年で10倍値上がりした。


■公務員の初任給(大学卒)
明治27年・・50円
明治40年・・50円
昭和12年・・75円
昭和21年・・540円
昭和26年・・5500円
昭和44年・・3万1000円
昭和54年・・9万7500円
(注)平成28年の初任給は、大卒・総合職で18万2700円


■航空旅客運賃(東京~大阪間)
昭和3年・・・35円(毎週3往復)
昭和13年・・30円(一日二往復)
昭和26年・・6000円(プロペラ機)
昭和40年・・6800円(ジェット機)
昭和55年・・1万4100円(ジェット機)
(注)現在は、LCCなら4000円くらいからある。JALで1万4000円くらい。


■劇場の観覧料金(帝国劇場の最高~最低料金)
明治44年・・5円~20銭(この年に開業)
昭和元年・・・8円~50銭
昭和20年・・15円~1円50銭
昭和29年・・1500円~120円
昭和55年・・7000円~2000円


各項目、終戦後のひどいインフレがわかるように編集して載せました。1年で物価が10倍なんて信じられないけれど、みんなこれを経験して今の暮らしがあります。現在の政府がインフレ誘導のために「3%の物価上昇」を目標にして四苦八苦しているのをみると隔世の感、ひとしおです。


私たちはなんとなく、デフレ=善、インフレ=悪のイメージにとらわれがちですが、資本主義社会でデフレが続けば、まちがいなく国家破綻です。(ひどいインフレも国家破綻を招きます)それにしても、戦後、百倍以上値上がりしたものがたくさんある一方、焼酎や航空運賃など、30年前と変わらない、あるいは、逆に値下がりしているものもあります。前回紹介した「たい焼き」の値段が、30年間、ほとんど変わらないのはなぜか? 研究すると面白いかも知れません。(昭和56年 朝日新聞社発行)

ウオーキング・観光

ウオーキング・観光
03 /01 2017


●三川合流点にまもなく展望塔が完成

 宇治川、桂川、木津川の三川が合流するところに「背割堤」という桜の名所がありますが、これを高見から見物できるタワーがまもなく完成します。今まで駐車場しかなかったところだから、オープンしたら人気スポットになること、間違いなしです。(展望塔は有料です)


名前は「さくらであい館」。高さは約25m、西側(下流側)に長く連なる桜並木を見下ろすことになり、ヨソではみられないパノラマシーンが見物できます。オープンは3月25日。この日はまだ花見には早い気がするけど、階下ではジャズライブなど、イベントもあります。但し、レストランなどはなさそうなので、弁当は持参が必要(臨時の売店はあるはず)


背割堤は桜の名所としては歴史が浅く、見物されるようになったのは30年くらい前からでせう。その前は松並木でした。地元、八幡市が永らく観光客の増加を嫌い、名所にしたくなかったせいもあります。(清掃費ばかりかさんで、収入はゼロという、ありがた迷惑な名所だったから)それはともかく、今回のタワー建設で集客力は高まり、知名度も全国区になるのでは、と期待できます。拙著「京快道」のコースでもあります。


完成予想図
sakura



JR西日本の広報誌「おとなび」の表紙に登場した背割堤のさくら
sakura




 dameo

■10年続けた<快道ウオーキング>を改題しました。
■《手づくり本》の研究は、大事なことは紙に記録しようという、アナログ爺のレジスタンスです。お問い合わせは【拍手ボタン】押してコメント欄からどうぞ。内容は非公開です。
■下記のカテゴリーが趣味をあらわしています。
■ニックネームはdameo(丸出駄目男)です。
■1939年大阪生まれ