閑人帳


●イチローのあとは翔平が継ぐ

 昨夜は、滅多に見ないパリーグの試合をTV観戦。優勝を決めた大谷翔平の素晴らしい投球を堪能しました。自分の生きてるあいだに、野球界ではイチローを凌ぐような名選手はもう出現しないだろうと思っていたのに、大谷の登場で楽しみができました。
 昨夜は投手専門で15奪三振、ゼロ封という天晴れな仕事。ベテラン投手でも優勝のかかった試合では緊張のあまり、コントロールが乱れたりするのに、大谷クンは最後までスイスイマイペースの投球で、なんか楽勝のイメージさえありました。ほんと、スゴイ。


投打二刀流での活躍は高校野球ではふつうにあるけど、プロでは前例がない。投げても打ってもしっかりゼニのとれる成績をすでに残してるのだから、二人分の年俸をもらって当然で、ならば、現在の2億円も高すぎるなんて思わない。彼の人気が生む「日ハム」の売上げアップを考えたら安い投資です。22歳でこの稼ぎだったら、この先どれだけ増えるのか。もし、他球団への移籍なんて話が起きたら、財団ができるほどの金が動く。


しかし、年俸2億円をもらいながら、月の小遣いが1万円というのも仰天するではありませんか。お金は両親が管理していて、毎月10万円が彼の口座に振り込まれるそうだけど、使うのは1万円。寮生活で食事費や、光熱費もいらない。また、衣服とか、オシャレにもあまり興味がないので1万円でも余り、貯金がどんどん増えているという。こんなストイックな面はイチローに似ているかもしれない。これは、両親の教育のおかげなのでせうか。


阪神ファンとしては、つい藤浪と比較してぐやじ~・・思いにとらわれるけど、藤浪だって、この先大エースに化けるやもしれず、期待しておきませう。ともあれ、来年はパリーグのTV観戦も増やします。


大谷




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● お知らせ

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29日の例会、能勢方面ハイキングは雨天予報のため中止します。

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読書と音楽の愉しみ





●太田尚樹著「尾崎秀実とゾルゲ事件」を読む

 ゾルゲ事件に関する本を読みたいと思っていたが、生硬な調査報告みたいな内容のものが多くて手に取りにくかった。本書は、内容も表現もソコソコ柔らかく咀嚼されたもので普通に読める。むろん、陰険な話であることは同じなのですが。


法制度が整った明治以後、スパイ罪(国防保安法違反、軍機保護法違反、治安維持法違反)で起訴、処刑されたのはこの尾崎秀実(ほつみ)一人かもしれない(不詳)日本をソ連へ売る=売国奴(スパイ)として十分に活躍したのだから、死刑は当然だが、決して金や利権のためでなく、日本を共産主義国家にしたいという理想を実現するための売国行為だった。


1901(明治34年)岐阜県生まれ、一高~東大法学部とエリートコースを歩むなかで共産主義思想に染まり、就職は朝日新聞社。後に大阪本社を経て上海支局勤めになり、ここでゾルゲに接触したのが人生暗転のはじまりだった。リヒアルト・ゾルゲはソ連諜報団の親分。父がドイツ人、母がロシア人。先日、ハーフはアイデンティティに悩むと書いたが、ドイツとソ連はモロに戦うことになるのだから無茶悲しい。結局、ゾルゲはソ連のスパイになってドイツと日本をやっつけるために働く。これを助けたのが尾崎だった。日本の機密情報を彼に与えた。


尾崎は共産主義思想に染まってることを隠したまま、朝日を退社、満鉄の嘱託の仕事などに関わりながら情報を集め、あろうことか、近衛内閣のブレーンに採用される。最高機密を知りうるポジションについた。
 日米開戦の前、国のトップは「北進論」と「南進論」いずれをとるかで大いにもめた。満州、ソ連へ向かうのか、東南アジア占領をめざすのか。結局、一番欲しい石油資源獲得の可能性から「南進論」に決定。むろん、これは国家の最高機密であるが、尾崎は情報をキャッチしてゾルゲに伝えた。


ソ連は領土の西側でドイツと、東側で日本と対峙していたが、日本の北進論が消えたとなれば、シベリアに配置していた大軍団を引き揚げて対ドイツ戦に使える。こんな有り難い情報があろうか。尾崎の一報が対ドイツ戦で苦戦していたソ連を一気によみがえらせた。実際、モスクワの直前から勢力を建て直し、ドイツを敗戦に追い込む逆転劇に成功する。


裁判の詳細はわからないが、尾崎が死刑になったのはこの情報でせう。独ソ戦のドイツの敗北理由は、厳寒の戦地やドイツ軍の補給の問題が大きいが、ソ連軍の戦力増加あればこその勝利だった。もし、尾崎の情報がなければ、ドイツはモスクワを占領したかもしれない。
 独ソ戦に勝利したソ連は再び軍をシベリアに配置できる。なのに、日本軍は主力を南進に使い、北は手薄になった。ソ連は密かに対日参戦を企てた。終戦の一週間前、ソ連軍がなだれ込んで、ほとんど無抵抗状態で日本の満州や北方領土を奪取した。降伏した兵士が抑留されて塗炭の苦しみを味わったのはご存じの通り


本書によれば、尾崎の理想は中国主導による共産主義革命で日本も呑み込み、さらにアジア全体を共産主義体制に生まれ変わらせることだったという。もし、実現していたら、日本では内乱で何百万人もの死者が出たかもしれない。1941年、スパイ活動を嗅ぎつけられて逮捕。裁判を経て1944年11月7日、巣鴨拘置所で絞首刑になった。同じ日、ゾルゲも処刑された。


尾崎は近衛内閣のブレーンの一人になったが、他にどんな人物がいたのか。白州次郎、笠信太郎、蠟山政道、牛場友彦、松本重治、犬養健、西園寺公一、などがいて、彼らがみんな好戦的人物とはとても思えない。結局、軍部の圧力が強くて文民思想では抗い難かったといえる。


事件から70年以上たち、この事件を知っている人は少なくなってきた。戦後生まれの半分くらいは「ゾルゲ事件って何?」の感覚ではないか。それは仕方ないとしても、壮大な理想(妄想)実現のためには「国を売る」行為も辞さなかった人物がいたことは知っておくべきでせう。(2016年3月 吉川弘文館発行)

日ソ中立条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%82%BD%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84

北方領土問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%B9%E9%A0%98%E5%9C%9F%E5%95%8F%E9%A1%8C


リヒアルト・ゾルゲ
ゾルゲ


ゾルゲ  




プチ・ケチの研究



●今夜も手抜き料理

 図書館で「缶たし」という本を借りると、缶詰を使ったカンタン応用メニューがいろいろ載っています。さっそく、「さばみそピーマン炒め」をつくる。ピーマンを炒めたところへさば缶詰をあけて温めるだけです。ピーマンをナスに変えても使えそう。缶詰の蓋をカパと開けて食べるだけでは余りに貧乏くさい。なんとかカッコつけようという趣旨らしいけど、鮭やカニ缶なんか、材料自体がけっこう高いので、お金の節約より、手間をケチるところにメリットがあります。


さば缶とピーマンの炒めもの
さば缶詰 




閑人帳



●すわ、TVジャック?

 昨夜(26日)テレビ大阪の「未来世紀ジパング」を見ていると、番組開始から10分ほど経った10時10分ごろ、突然、画面がバラエティ番組に変わった。他番組のCMかな、と思ったがえらく長い。(30秒以上?つづく) ナニコレ?と怪しんだ途端に画面がワヤワヤと乱れ、プッツン!・・電源まで落ちてしまった。


そんなアホな、と電源をONにすると、「未来世紀ジパング」がちゃんと映る。ほんじゃ、今のトラブルは何だったの? 番組終了後に「お知らせ・お詫び」のテロップもなかったので、局の事故ではないのだろう。 人為的ミスで、放送中に誤って別の番組画像が割り込む、と言う事故はごく稀にあるみたいですが、そうだとしても、放送局が個人のTVの電源を切るなんて不可能でせう。


そのまま番組を見ていると、内容は「中国、どこまで許す?・・」というテーマのもとに、中国政府当局によるネットの検閲のようすや、香港の若者が民主化運動を諦めず、選挙運動で勝利をつかむ場面が映し出されていた。要するに、反体制側の活動を伝える内容だった。
 しかし、それと駄目男宅のテレビ事故を結びつけるのは余りに短絡すぎる。マンガ的発想では、23日に万里の長城のコンクリート、コテコテ工事を紹介したブログを中国の検閲当局のガードマンが見つけて、このがきゃ~~と怒りまくり、駄目男宅めがけて妨害電波を出したとか(笑)。


そのとき、リモコンに触れていなかったが、もし、自分がリモコンでチャンネルを変えたのなら、画面がいったん縮小したあと、選んだ画面に変わる。(1秒くらいかかる)しかし、今回はそういう「間」がなくて、突然バラエティ番組の映像に変わった。そのあと、画像が乱れたと思ったら電源オフ。自分のこんな誤操作はあり得ない。酒の酔いも醒めていたし。イヤハヤ、不思議なことが起きるものですねえ。


今日、TV大阪へ電話して、かくかくしかじかと伝えると、他にそのような苦情、異常情報はありませんと。念のために番組のビデオで確認しますと、該当時間を再生してもらったが異常なしでした。
 最後に疑うのはTV受信機しかない。受信トラブルを感知して、画面をオフにしたうえ、安全のために電源を切った・・と。デジタル受信機に、そんなアナログっぽい故障が起きるなんて、信じられないけどなあ。


ついでの話ですが、当番組での中国の検閲システムの説明では、NHKの衛星放送は、中国で受信後、20秒のクリアランスをとって中国国内に配信される。その20秒間に検閲し、中国政府にとって不都合な内容なら画面、音声をオフにする。当然、世界中の凄い数の放送電波を全部チェックしている。これにネットや中国版ツイッター、SNSなど、個人発信情報も検閲している。全国に50万人くらいの検閲官がいるらしい。 駄目男の「快道ウオーキング」ブログを中国で発信したら、当然アウト。警告のうえ、アカウント削除。懲りずに政府へのイヤミ、悪口を繰り返すと、反政府活動でタイホされます。


香港で民主化運動を続ける十代の少女
香港民主化




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    10月号表紙 by ぽんさん


10月号表紙


       ブームは恐ろしい


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10月例会 ご案内  ~担当 Tマサさん~

ラーメン記念館見学と池田城跡公園

■2016年10月27日(木曜日)■雨天中止
■集合場所・・・阪急電車池田駅改札口付近
■集合時間・・・午前10時
■コース等・・・インスタントラーメン発明記念館(日清食品)
見学と自費による試食~池田城跡公園にて、見学と昼食(弁当持参)
小林一三記念館等 酒蔵のある街並み見学等 見学コースはいろいろありますので、ぶらぶら歩きをしながら決めたいと思います。


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★ちょい呑みの会 ご案内

川島恵美子作品展鑑賞と「萬集楼」夕食
 萬集楼は1992年1月、野楽路会が発足記念パーティを行った、地下鉄大阪港駅前の中華料理店です。(作品展会場からバス5分)

■10月11日 火曜日(雨天の場合12日に延期)
■午後4時20分 地下鉄中央線「朝潮橋駅」西改札口集合
 本町駅から約10分 駅からギャラリーまで徒歩5分
■ご希望の方は9日までにお知らせ下さい。
 店は予約しません。料理はアラカルト。最少催行3名。

川島恵美子作品展 会場(昨年)
川島





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●大原哲著「先駆け! 梅田雲浜」を読む

 立派な仕事をしたのに、当人にスター性がないために埋もれてしまってる人物がいる。幕末から維新へすすむなかで、吉田松陰とおなじ思想で活動しながら、地味侍で終わってしまった梅田雲浜(うんぴん)の生涯を描く本であります。


著者はアマチュアで、本書は恐らく自費出版と思いますが「文芸社」からの発行となれば百万円以上の費用がかかったと思われます。趣味道楽にしては高価だけど、熱のこもった文章からみて、ご本人も満足の行く出来栄えだったでせう。自分史よりずっと有意義な出版です。


梅田雲浜は若狭、小浜藩の藩士、著者にとっては郷土のヒーローです。文武両道を修め、国家の役に立つ人物たらんと若いじぶんから京都、江戸で学び、インテリタイプの侍に成長しますが、思想は明快に勤皇思想。それはよしとしても佐幕派の小浜藩では次第に煙たがられるようになり、ついに除籍されてしまう。ただの浪人に落ちぶれてしまった。


それでも彼の思想に共鳴する武士は多く、京においては勤皇派のリーダーとしてブイブイ言わしたらしい。当然、幕府の気に入らない。井伊直弼が悩みまくった挙げ句に日米通商条約に調印すると、勤皇派はさらに反幕府行動を強めるので、リーダー格の人物を次々引っ捕らえた。吉田松陰、橋本左内、梅田雲浜・・これが「安政の大獄」。雲浜は45歳で獄死(本書では毒殺されたと記す)。吉田松陰、橋本左内は斬首。

松陰の辞世は・・
 
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし大和魂

雲浜も辞世といえる歌を詠んでいるが、松陰作ほどかっこよくない。また、松陰は著作物をたくさん残して後輩たちへのテキストにしたが、雲浜は摘発を恐れて自ら処分してしまった。この違いは大きい。業績を示す資料がかいもく無いと著者は悔しがるけど、気持ち、分かります。


司馬遼太郎が吉田松陰を小説や随筆でたびたび取り上げたのは、松陰や長州の情報が豊富にあったからでせう。これが松陰の知名度を高め、その効果は長州、萩の観光客動員数の多さにも表れた。もし、雲浜がネタをたくさん残しておれば、当然、司馬遼太郎の気を引き、作品に主役として登場させたかもしれない。ならば、若狭小浜の町も今よりずっと賑わっていたはず・・。本当に惜しい。(2016年6月 文芸社発行)

umeda unnpinn





アジア ウオッチング



●似てません? 日本=盛り土、中国=盛りコンで大問題

 豊洲市場における盛り土問題。誰の決裁で盛り土廃止になったのか。片や、万里の長城における盛りコンクリート問題。誰の指示で、こんなにてんこ盛りしてしまったのか。笑ってはいけないけど、この写真見たら、笑わずにはおれません。非難するまえに、とりあえず笑ってしまいます。


AFPによると
、「世界遺産」にも登録されている中国の史跡「万里の長城(Great Wall)」で、700年の歴史を誇る一画が修復作業の結果コンクリートで真っ平らに塗り固められてしまったことが判明し、中国のソーシャルメディア・ユーザーの間で激しい非難が渦巻いている。

 問題となっているのは、中国東北部・遼寧省の小河口に8キロにわたり、大自然の中に手付かずのまま残った城壁が続く区画だ。明王朝下で1381年に建設され、「万里の長城」の中でも最も美しい場所として知られている。 

 インターネットに最近投稿された写真を見ると、修復前には城壁の一部が崩れかけて草木が生え、でこぼこした歩道があったところに、今は白いコンクリートでふたをしたように平らな道が目の届く限り延々と続いている。(以下略)


過日、羽曳野市の応神天皇陵横の小さな空き地に、ぬかるみ防止のために砂利を敷いたところ、市役所は文化庁からこっぴどく叱られた、というニュースがありました。大事な文化財は「現状変更」にはすごく厳しく制約をかける。あくまでもオリジナル優先で守る。
 ・・に比べたら、この長城のコンクリてんこ盛り工事のおおらかさはいかばかりか。ほとんど感動的でさえある。工事を発注した役所も、受注した業者も、世界遺産なんて認識はこれぽっちもなかったのでせう。だからといってコンクリを剥がせば、元の長城はさらに傷むこと確実です。なので、このままで保存し「世界コテコテ文化遺産」として後世に伝えたほうが良いと思います。

引用元 http://www.afpbb.com/articles/-/3101903


大量の生コンは大型ヘリで運んだのだろうか。ブサイク、ドヘタなりに、業者は苦労したと思いますよ。
長城 


長城



長城 



長城 






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Fさんの名水探訪記「美味しい水を求めて淡路島へ」

毎年の慣わしとして3月、9月の彼岸と12月年末の墓掃除で徳島に出かけます。9月18日は台風16号が接近中です。荒れない1日目に途中に立ち寄る所を前倒ししたく雨中6時30分出発しました。
 名神吹田⇒阪神高速⇒明石大橋を渡ったころには雨も小降りとなり最初の目的地北淡路東浦町「千年一酒造」に到着。開店は9時のところを1時間早く開けて頂き蔵見学の後、ワカメ昆布と酒を購入しました。

国道28号線を南下すると「名水くみ場」の看板が見えてきます。「御井の清水」は2014年12月投稿「美味しい水を求めて〇〇年」でベスト3に推薦した湧き水です。ここで市販されいるミネラルウォーター類の品質表示ガイドラインは次のように分類されるそうです。

・ナチュラルウォーター : 地下水が原水で、沈殿・ろ過・加熱殺菌以外の処理をしないもの

・ナチュラルミネラルウォーター : ナチュラルウォーターのうち地層中の無機塩類が溶解した地  下水を原水としたもの

・ミネラルウォーター : ナチュラルミネラルウォーターを原水とし、品質安定の目的でミネラル 調整、ばっ気、複数のミネラルウォーターの混合などが行われたもの

・ボトルドウォーター・飲用水 : ナチュラルウォーター・ナチュラルミネラルウォーター・ミネラルウォーター以外のもの

・湧水 : 自噴している地下水


近接のカフェは日曜日営業ですが開店前。コーヒーはパス、湧き水80リットル頂戴しました。さらに28号線を南下。一宮インター入り口にお土産ショップ「赤い屋根」では食堂で使う淡路島の玉葱を安く仕入れました。たこせんの里で無料コーヒーを頂いて徳島へ向かいます。

 徳島「潮見寺」に到着、墓を清掃した後、本堂で賢妻の調声で「正信念仏偈」を全員(5名)で唱えます。本日の宿は休暇村南淡路です。美味しい海鮮と玉葱料理、そして絶景の露天風呂を満喫しました。


翌2日目は予定がありません。もう1軒玉葱販売所に立ち寄った後、帰途西宮「白鹿酒造記念館」と大関酒造「関寿庵」を見学しました。(F)


御井の水と隣接カフェ
名水


千年一酒造
名水 



南淡路休暇村 露天風呂
名水 





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●藤田孝典著「下流老人」を読む

 サブタイトルは<一億総老後崩壊の衝撃> 嗚呼、なんとユーウツな内容の本でありませうか。とくに前半は「あんたはもう下流でっせ、どないしまっか」と宣告されてるみたい。というか、月々の生活費からみると、自分はしっかり「下流」であること、確認してしまったのであります。

駄目男の考える「幸せのモノサシ」はいたってシンプルなものです。

A・金持ちで健康

B・金持ちで病人

C・貧乏で健康

D・貧乏で病人

ややこしい統計数字を見なくても、これなら自分はA~Dのいずれに属するか分かります。実際はBとCの中間が多いのですが、定義が難しい。70歳の無職夫婦が、受け取り年金と同額の月25万で暮らし、貯金額が3千万円、というあたりが、A金持ちとC貧乏の中間になるでせうか。
 生活ぶりは慎ましいけど、貯金はそこそこのゆとりがある世帯です。しかし、実際に3千万円の貯金がある世帯は1割程度しかない。


この生活レベルで、もし貯金額が500万しかなければ、夫婦のどちらかが重い病人になった場合、数年で下流へ転落する恐れがある。離婚や死別も同じくらいのきついリスクになります。若者と違い、高齢者は転落の要因はたくさんあるけど、上昇の可能性はほとんどないのが悲しい。堕ちるしかないのです。


著者はNPO法人を起ち上げて老人の貧困問題に取り組み、何百人もの相談にのり、役所への取り次ぎなどの世話をしてきた。それでわかったのは、下流老人には三つの「ない」が揃ってることだという。

1・著しく収入が少ない

2・十分な貯蓄がない。

3・頼れる人間がいない。

 この三要件がそろうと「下流老人」に至る。その先には「生活保護申請」しかないが、一部の不運なひとは自殺や孤独死に至る。親が老いれば子が養うという昔の常識はほぼ消えてしまい、土壇場に至っても自己責任を問われる厳しい時代になった。さらに、親の貧困化とともに子供の貧困化も進んでいるのが現状である。なかには、老親が無収入の息子や娘の面倒を見ているという難儀な例もある。


ごく普通の暮らしをしてきた人が行き詰まって生活保護申請をするのはもの凄く抵抗感がある。土壇場になるまで相談に行かない。これは生活保護が全額無償給付であるためだ。わずかでも良いから拠出制度にしたほうがよいと著者は提案する。要するに、負担があるほうが申請しやすいのではないかと。介護制度がそれなりに機能しているのは、受益者が保険金を払っているからさほど躊躇せずに利用できる。この感覚が大事だという。生活保護も保険化すれば、今よりずっと利用しやすいセーフティネットになる。現在の自己負担がゼロの生活保護は、コジキが施しを受けるような屈辱を感じてしまいやすい。(中には、タチの悪い受給者もたくさんいるけど)


食べるだけでカツカツという下流老人世帯は現在でも15~20%、これが増えて行くことは避けられない。貧困は老人だけの問題ではないからである。だったら、せめて「明るい貧乏」暮らしをしようではないかと著者は言う。これを実践する要は「人づきあい」である。相手が金持ちだろうと貧乏だろうと、フランクにつきあえる友人がいるだけでずいぶんストレスが緩和される。いろんな生活情報も仕入れられる。

 ランクAには、金持ちで、健康で、「孤独」な人もけっこういる。満点の「上流老人」になるのは難しい。(2015年6月 朝日新聞出版発行)

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閑人帳



●いいむろなおきマイムカンパニー
          「division point(分岐点)」鑑賞

         
 珍しくパントマイムの鑑賞。リーダーのいいむろさんはパリであの有名なマルセル・マルソーに学んだという。でも、原作者、脚本家、演出家がいる普通の芝居に比べて全部自前で準備しなければならない。これは大変なエネルギーが要ります。そのぶん、やりがいはあると思いますが。


今回見た舞台は、ある旅の男が駅や街中で迷っているが、出会う人の案内や指示がええ加減で右往左往させられる話。分岐点からのちょっとした方向間違いで運命が大きく変わってしまうことを暗示します。これを黒一色の舞台(造作物はなし)黒一色の衣装という超シンプルな舞台で演じます。顔も原則無表情なので、身体動作だけで勝負する。


随所に笑いも取り入れての軽快な動きは十分楽しめますが、長すぎて退屈してしまいました。枝雀さんが言った「緊張と緩和」が必要です。観客にひたすら緊張を強いるなら、それに見合う中身の濃い演技、ストーリーが必要ですが、見るほうは「一息入れたら、どない?」な気になる。疲れてしまうのです。自分がオジンのせいかもしれませんが。


でも、こういうのは嫌いなのではなく、むしろ好きですね。リアルな芝居よりずっと好感がもてる。(リアルな舞台より、抽象化された演出、演技が好きと言う意味)満員のお客さんのウケもいいので、すでに大勢の固定客をつかんでるのかもしれない。今後の活躍に期待します。(9月17日 兵庫芸セン中ホール)


パントマイム


ウオーキング・観光



●「天芝」の芝生がよみがえりました

 今年6月16日の記事で、天王寺公園の芝生が見事にハゲてしまっていると書きました。昨年10月のオープン以来、余りに大勢の利用者が踏みつけたので、耐えきれずにハゲてしまった。
 ちょうど3ヶ月目の今日、再訪するときれいな緑の原っぱが蘇っていました。むろん、立ち入り禁止です。これで「天芝」の名前も再び使えるようになりました。


では、これからどのような使い方をするのか。すでにアイデアは決まってるでしょうが、芝生広場の積極利用と維持は相反するので、なかなか難しい。とりあえず、小中学校の野外活動(遠足)での利用はアウトでせう。コンサートも恐らく禁止。カップルや家族のピクニックだけならさほど傷まないのではと思います。あんまり制限すると集客力が落ちるので、さじ加減が難しい。公共の公園ではなく、企業(近鉄系列会社)が金儲けのために運営する「天芝」。美しい緑の広場を前にビジネスマンが必死の「そろばん勘定」中であります。


今年6月のミジメな風景
天芝

緑の広場が復活しました
天芝 


天芝 



閑人帳



●民進党・・終わりのはじまり

 大方の予想通り、蓮舫さんが民進党の新代表に選ばれた。僅差でなく、圧勝だった。この党には有能な人材がいないことを世間に知らしめた選挙だった。その分、蓮舫代表の責任は重い。
 自民党とガチンコ勝負できる強力な野党の出現を多くの国民が望んでいる。蓮舫さんの在任中に、せめて、常時15~20%の支持率を取れる政党にしてほしい。(現況は7~11%程度)そうなれば「野党共闘」なんて姑息なことを謳わなくても済む。しかし、前途は厳しい。ご本人が衆議院に鞍替えするだけでも難儀が予想される。おそらく、自民党がいやがらせを仕掛けてくる。


それはともかく、自分はなぜこれほど蓮舫議員に嫌悪感を持つのだろうと考えてみた。答えは、蓮舫議員の言動、振る舞いが「朝日新聞」の体質にそっくりだからだった。蓮舫さん、スビバセンね。

◆真偽を確かめず、平気でウソをつく。

◆反省と謝罪が大の苦手。

◆問題を指摘されたら、論点をはぐらかす。

◆追い詰められると、開き直る。

どないです? 朝日新聞とそっくりではありませんか。朝日の虚報、捏造体質をコピーしたような政治家です。二重国籍問題についても、朝日は「二重国籍であることで何が悪いのか」と蓮舫さんを擁護する論説で問題点をそらしている。この半月あまりのあいだ、二重国籍問題での蓮舫さんの対応に、誠実さ、謙虚さをぜんぜん感じられなかったのは駄目男だけではありますまい。誠実、謙虚は、日本では美徳になるけれど、中国では敗北的な発想だから、彼女にすれば、中国風に正しく対処したにすぎないのでせうが。


タイトルで「終わりのはじまり」と書いたのは、蓮舫さんの意欲と努力には期待するとしても、ご本人の軽挙妄動と妄言、失言の山、民進党内の内輪揉め、他野党との軋轢、結果として党内孤立・・で自滅すると予想しているからです。外野席のハシモトさんにも気をつけませう。次の選挙で大阪の民進の議席回復はアリエール?・・残念ながらアリエナーイ、と言っておきます。


蓮舫





読書と音楽の愉しみ



●ピアノ三台による「展覧会の絵」 ~大阪クラシック~

 今年の大阪クラシック、聴きに出かけたのはこのプログラムだけ、というわびしいことになりましたが、なかなか素敵な演奏でした。ムソルグスキーの原曲はピアノ曲で、これをオーケストラ用に編曲したのがラベル。原曲よりこのほうが有名です。今回はピアノ三台用にどなたかがアレンジした。30本の指で弾くのだから迫力はあるけど、ホールの特性のせいか、中低音がもたつく。指揮者の大植英次さんもピアニストとして参加したけど、片手が空くと、つい指揮のそぶりをやってしまい、「そこまでせんでも」と感じた人もいるかもしれない。


サプライズの演出があって、最終曲「キエフの大門」のまえにア・カペラによる混声合唱が挿入された。これがなかなか心地よいもので、編曲もうまい。終わったら、やんやの喝采で、お客さんはなんかもの凄くトクしたような気になった。実際、演奏者、スタッフ、合唱団、合わせて100人近いメンバーによる演奏会になったのだから、入場料1000円は無茶安いのであります。(9月15日 中之島中央公会堂 中集会室)

手前が大植さんの弾いた「ベーゼンドルファー」向こう2台はヤマハの小型グランドピアノ。
展覧会 



会場の中集会室とロビー
展覧会の絵





ロビー 



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帰り道、愛珠幼稚園の前を通ったら、オンボロだった外観がきれいに修復されていました。耐震化工事に伴うリフォームです。このため、園児たちは工事期間中、近くの小学校に居候しているらしい。大阪市内では、入園が最難関の幼稚園です。(重要文化財)
幼稚園 




閑人帳



●広島・・長崎・・3発目の原爆は北朝鮮発

 北朝鮮による核攻撃の脅威が俄に現実味を帯びてきた。リスクの高さからいえば、韓国、日本、中国の順になるだろうか。日本が核弾頭(原爆)の攻撃を受ければ、広島、長崎に次いで3カ所目になる。いや、三発同時に発射して、東京、名古屋、大阪に着弾すれば日本は滅亡する。その技術を北朝鮮はまもなく完成させることがわかった。明日、何をするか予想できない金正恩が生きてる限り、日本が核ミサイル攻撃をうける可能性はゼロではありえない。金正恩が自分の死を覚悟してGOの命令を出せば悪夢が現実になる。


なのに、護憲派の人たちは、軍事的な対応は一切必要が無いという。広島、長崎への原爆投下は許さないが、北朝鮮からの攻撃は仕方ないと許す。愛する家族、国を守ろうなんて思わない。思ったとたんに、無防備=護憲の信念がゆらぐからである。
 護憲を唱える人はほぼ100%がGHQのこしらえたWGIPに洗脳された人とその子孫である。駄目男もしっかり洗脳されたが、年月を経て考えをあらためた。洗脳から抜け出せないのが護憲派の石頭連中で、護憲はもう「信仰」になっている。


むかし、福島瑞穂は「こんな立派な憲法をもっている国を、何処の国が攻めてくるんですか」と演説した。外国には日本の憲法を順守する義務なんかないことを知らないらしい(笑)。それより、本当に立派な憲法なら、一切の武力を放棄する九条の思想を多くの国が、憲法に取り入れるはずである。大いにマネしてほしい。しかし、そんな国は一つもなかった。憲法改正の是非は、政治、軍事の問題で有る前に、まずは知能レベルが問われる問題である。


9月5日 ノドンの三発同時発射に成功
ノドン 



ノドンの射程
ノドン





ウオーキング・観光



●久宝寺寺内町の燈路まつり

 八尾市の久宝寺は江戸時代の寺内町で、真宗の顕証寺を中心に寺と民家が混ざり合った町並みが残っています。ここで催された「燈路まつり」へ行ってみたけど、これは観光用というより、地元町民の寄り合い(親睦)が目当ての行事でした。地蔵盆の延長みたいな感じです。


燈路はポスターなんかで見ると、とても趣のある風景にみえるけど、これが難儀で、道を歩行者がたくさん歩くと「燈」が見えなくなり、無意味になります。折角の賑わいが仇になる。そこで、この町では、ほとんど人通りがない住宅街に燈を並べ、サンプルシーンを演出しています。屋台がでるとか、人の集まるところでは、道ばたの「燈」は、むしろ邪魔になる。燈路の情緒を楽しんでもらうには観光客はなるべく少ないほうがよいということです。困ったことではありませんか。(9月11日)


久宝寺 



久宝寺 



久宝寺 



久宝寺 





閑人帳



●ボールペンなのに筆ペンの書き味 ~筆ボールペン~

 中川一政センセの書がヘタウマの見本だと言ってみたところで、自分がそっくり真似てヘタウマを名乗るわけにはいかない。自分が書けばヘタヘタであります。自分がヘタ文字しか書けないのは、もしや、筆記具のせいではないかと責任転嫁してきた駄目男でありました。


そんなヘタ文字コンプレックスの持ち主をなんとか救済しようと文房具メーカーは日夜努力している。デジタル時代だというのに、筆記具のバリエーションの豊富さは驚くほどで、ペンの類いだけでも何百種類もありそうです。筆圧の要るボールペンが嫌いな駄目男は、フェルトペンをよく使いますが、最近、ボールペンなのに筆ペンの使い心地で書ける商品を見つけました。


OHTOというメーカーの「筆ボール」。直径1,5ミリというデカいボールで、インクは普通の油性ではなさそうなさらさらした感じ、とてもなめらかに書けます。書き心地はフェルトペンと同じか、より優れていると思います。逆に、線が太いぶん、小さな文字は書けません。また、インクの消費が早いので寿命は短いはず。メーカーが「あて名書きに最適」と謳ってるのはそのせいかもしれない。


戦前生まれの駄目男の便りの交換は半分くらいが手紙、ハガキです。返信をワープロで書いて郵送してもいいけど、なんとなく後ろめたい思いがする。なので、ヘタヘタ文字で書くけど、これも気が進まない。ワープロになれると、手書き文の訂正、変更がしにくいのがとても鬱陶しい。
だから、せめて書き心地の良いペンでストレスを減らそうとするのか。この需要に答えるべく、メーカーは一所懸命に新製品開発をすすめる。


結論。「弘法、筆を選ばず」。ならば、市場にあふれるン百種類のペンはヘタ文字人間救済のために開発された。大勢のヘタ字人間が新商品の開発を促し、業界の売上げ増進に貢献した。ヘタクソ万歳!・・とヤケクソで言う。


OHTO 筆ボール 1,5 (160円)
ボールペン


横にしてヘタをごまかす。
ボールペン 





読書と音楽の愉しみ



●そんなに嫌われていたのか・・ブルックナーの音楽

 9月10日のEテレ「らららクラシック」は珍しくブルックナーの音楽がテーマ。なのに、最初に取り上げた話題が「一番嫌いな作曲家はブルックナー」というアンケート結果でした。あちゃ~~、そんなに嫌われてるのか。自称、ブルックナーファンはとても悲しい。番組司会の作家、石田衣良さんも、ピアニストで作曲家の加羽沢美濃さんも「受け入れがたい音楽」だと嫌っている。ゲストの脳科学者、茂木健一郎さんだけが必死に擁護論を述べていた。

ブルックナー



なんでこんなに嫌われるのか、理由が説明されたけど、大方共感できます。初心者とか、モーツアルトやベートーベンの好きな人には取りつく島が無い「難解で鬱陶しい曲」と評されても仕方ない。曲想に愛や恋が全然感じられないと言われたら、ま、そうですねというしかない。


逆に、ブルックナーファンにその魅力は何か、と問えば、下のような答えになった。ブルックナーの「原始霧・開始」「リズム」「休止」「ユニゾン」・・ なんのこっちゃねん、であります。これが魅力なのだと言葉で説明できる人は「ブルックナー大明神」の尊称を奉ってあげますぞ。


ブルック


「休止」というのはゼネラルパウゼ(全休止(符)のこと。こんなの、全ての作曲家の作品にあるから「なんで?」でありますが、ブルックナーの休止符は独特の魅力がある。休止符=無音に鑑賞価値がある。ヘタなオケは休止符がきちんと演奏できない、ということです。


日本のブルックナーファンが休止符の魅力に開眼したのは、音響に優れたホールができはじめた1980年以後です。実際、これ以後、ブルックナー作品の演奏会がどっと増えた。良いホールあってのブルックナー。朝比奈隆がブルックナー演奏の大御所みたいに評価されたのは、ザ・シンフォニーホールという優れた器ができたからです。


ブルックナーの休止符の魅力は、時速100キロで走ってる車がブレーキをかけないでコンクリート壁に激突するようなところにあります。これをゲージツ的に表現するにはホールの残響時間が1,8~2,0秒くらい必要ですが、昔はそんな残響の長いホールがなかった。単なる「無音」しか表現できなかった。無味乾燥、スカスカの休止符にしかならなかった。・・というあんばいで、休止符のゲージツ的表現だけでゴマンと書くことがあるのですが、誰も読まないからやめます。


前にも書いたけど、ブルックナーの作品は「聴きこなし」にとても時間がかかる。9曲の交響曲のうち、売れ筋の4/5/7/8/9番の5曲を聴きこなすのに20年以上かかった。このせわしない時代に、そんな音楽、誰が好きになるものか。
 交響曲は嫌われても仕方ないとして、おすすめしたいのが「弦楽五重奏曲 ヘ長調」この第三楽章がお気に入りです。あの世へ行く半日まえくらいに聴けば、こころ穏やかに旅立てる。音質が悪いけど、人生の店じまいが近い人はご試聴下され。

第3楽章は20分あたりから
https://www.youtube.com/watch?v=iEXYebQ-TwQ


右端がブルックナー大好き、茂木健一郎さん
ブルックナー





ウオーキング・観光



●「中川一政展」鑑賞  ~香雪美術館~

 中川一政は、文化勲章を受章した立派なアーティストなんですが、30年以上の昔、はじめて作品を拝見したときの印象は「これぞ、ヘタウマの大先生」みたいなものでした。だから魅力がない、というのではなく、逆に、鑑賞が楽しみになりました。旅行の途中、神奈川県真鶴町の個人美術館へ立ち寄ったこともあります。今回の展覧会は、没後25年の小さな回顧展です。


絵画の教育を全く受けなかったのに一流の画家になれた、稀な例です。似たような境遇でいえば棟方志功がいます。もちろん、基礎教育のないぶん、もの凄く努力したでせうが、努力よりも天賦の才能が成功のモトだと思っています。ヘタウマの魅力は努力では生み出せない。

車木工房
 記憶に間違いがなければ、最初に出会った作品は「山従人面起」です。李白の詩の一節「山從人面起(山は人面より起り)雲傍馬頭生(雲は馬頭に傍て生ず)」のリトグラフ作品です。出会ったのは、美術館ではなく、奈良県高取町にある岡村印刷という印刷会社の文化施設「車木工房」でした。ここで中川センセのリトグラフ刷師をしていたNMさんと知り合いだったので、招かれて遊びで出かけた。そこで商品として展示されていたこの作品に出会いました。今回、原画を鑑賞できて良かった。一瞥して、たいていの人は「どこらへんが李白やねん」と言いたくなるようなヘタウマぶりですが、美術市場では人気があるみたいです。


李白「山従人面起」
なか



ヘタウマに惚れた?向田邦子
 中川作品の熱心なファンとして、作家の向田邦子がいた。作品を何点も買い、そのうちセンセとコンタクトがとれて、小説の装丁を依頼できる間柄になった。下の「あ・うん」の表紙がセンセの作品である。


中

中川センセはリトグラフ制作の監修のために、何度も車木工房を訪れている。そのおり、ここでは陶芸作品もつくってることから土ひねりの楽しみも覚えた。当然、これも初体験、基礎教育ゼロですが、そこは天才、たちまち「作品」を生む力をつけたらしい。自分が訪ねたときは、センセ作の箸置きとか小物は一個500円?くらいで売っていたので、買っとけばよかった。


 これを知った向田邦子は「私にも教えて」と手ほどきを頼んだ。それで、センセはグループで奈良を旅行するから、そのとき車木で合流しませうと提案、しかし、向田邦子のほうは台湾へ旅行することが決まっていて、センセが提案した日は、台湾から帰国した翌日になる。これは厳しいので、センセは合流は無理と伝えたが、向田邦子からは「行きます」との返事が来た。次のチャンスを待っておれないという気概が伝わる。 それほど熱望したのに、向田邦子は車木へ来なかった。1981年8月22日、台北から乗った高雄行きの飛行機が空中分解、墜落した。享年51歳。


中川センセは、刷師、NMさんの腕前と人柄に惚れて、長男が生まれたときは名付け親になり「健郎」の名を授けた。健郎はいま山岳カメラマン、ガイドとして活躍しており、このブログでも紹介したけど、ま、覚えていないでせう。残念なことに、父親のNMさんは急性の白血病を患い、30過ぎの若さで亡くなってしまった。将来は独立した作家になるべく、小さなアトリエももって努力していたのに、神サマは薄情すぎる。
 NMさんが亡くなった一年後、中川一政はNMさんの三倍も生きて、97歳で大往生した。(向田邦子のエピソードは、中川一政のエッセイから引用、要約したものです)当展は10月23日まで。800円。


香雪美術館入り口(阪急御影駅から徒歩5分)
中川


バラの絵は、生涯に800点くらい描いた
中


97歳でも、このパワーがあった
中 


なか



車木窯・班唐津黒茶碗
 手前と向こうで大きく破損しており、普通は失敗作として廃棄されるが、捨てるに忍びないと思ったのか、漆をソリッドにして破損部をつないだ。そして、付けた名前が「蘖(ひこばえ」。鑑賞者は「やられた」って気になります。

なか
 





閑人帳



●ため息が出る・・蓮舫議員の愚かさ

 つい何ヶ月か前「学歴詐称」で瞬時に業界から抹殺されたハンサムなコメンテーター?がいたけど、蓮舫さんは「経歴詐称」でただ今ピンチの真っ最中。9月3日の記事の続編です。
 二重国籍ではないかという疑いに「私は生まれた時から日本人です」「18歳のときに日本人を選んだ」と言ってきたが、この発言自体、矛盾している。生まれたときから日本人なら、18歳で日本国籍を取得する必要はない。


二重国籍を疑われるのは、本当に台湾籍を抜いたのかがはっきりしないためだったが、ご本人も記憶があいまい。台湾の役所に確認問い合わせしたけど、返事が来ないので「あらためて台湾籍の放棄を申請した」という。今までキッパリ二重国籍ではないと言ってきたのはウソだった。民進党の代表、さらには日本の総理を目指す政治家が、基本のキたる自分の国籍を知らなくてどうする。


国家公務員は二重国籍を禁じられている。しかし、蓮舫議員は民主党政権時代、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)になった。二重国籍の大臣が、それを禁じられている役人を指揮下に置いた。こんなアホなことがあったのだ。むろん、当時も「蓮舫」名であり、本名の村田蓮舫ではなかった。日本は通称で大臣になれる国なのですね。
 9月6日の記者会見で蓮舫議員は「日本人であることに誇りを持ち、わが国のために働きたいと3回の(参院)選挙で選ばれた」と述べたが、日本人であることに誇りを持つなら、なぜ中国人名に固執するのか。


昔の雑誌に看過できない発言(文)がある。雑誌「CREA」1997年2月号のインタビュー記事(下の写真)わずか数行の文に、日本人としての誇りより中国文化への憧憬のほうが大きいことが察せられる。「日本人として子供を育てたので、日本のことしか知らないし、日本語しか話せない。それが自分の中でコンプレックスになっていました。だから、自分の国籍は台湾なんですが」(以下略)


ハーフの人はアイデンティティで悩むケースが多くて、それは理解できるけど、自分も子供も日本語しか話せないないことにコンプレックスを感じ、中国へのあこがれが強い人が、一方で、日本人であることに誇りを持つと言う。こんな人が日本の国会議員になっていることに違和感を禁じ得ない。権力欲のために政治家になったとしか思えない。


 致命的にマズイのは、この文で「自分の国籍は台湾」と述べていること。1985年に台湾籍を放棄し、日本国籍になったと自ら言いながら、10年以上経った1997年発行の雑誌には「自分の国籍は台湾なんですが」と書いている。口で言うだけでなく、自分の選挙公報にまで表記してある。(下の写真参照)選挙公報にウソを書くのは明快に経歴詐称、選挙民を欺いている。


・・とか、なんとか、ボロクソに言われながら、15日の代表選挙では代表に選ばれること確実らしい。民進党にはこの程度の人材しかいないのだから仕方ない。こんな軽佻浮薄な人物が国政の中心にいることを再認識する必要がある。あ~あ・・情けなくて、ため息が出るばかりであります。


参考情報
https://twitter.com/fuwari_kitten/status/773170004111990785?ref_src=twsrc%5Etfw


CREAの1997年2月号記事の一部。テーマは「母に、なる」
中央に「自分の国籍は台湾」とある。
レンホー


2004年の参議院選挙における蓮舫氏の選挙公報。左下の経歴欄に「1985年 台湾から帰化」とウソが書いてある。

レンホー



<追記>
 上の記事を書いたあとにも、メディアのインタビューに応えるなど、新情報があるけど、蓮舫議員の言うことはもう支離滅裂で整合性がない。よって、この問題は15日の選挙後に、本人によって「まとめ」のかたちで報告してもらったほうが良い。ご自身も頭の中がこんがらがって収拾がつかない状態と思われます。とりあえずは選挙に勝つことに集中しませう。駄目男は蓮舫さんの勝利を祈っています。






読書と音楽の愉しみ



●遠藤功著「新幹線 お掃除の天使たち」を読む

 数日前の報道で、この本の主役、新幹線車両の清掃チームの仕事ぶりが、ハーバードビジネススクール(HBS)の教材に使われることになったとありました。いや、すごいですね。「清掃員」のイメージからはあり得ないモテようです。ほんの10年くらい前までは、きつい、汚い、危険、の3K労働で、頻繁な募集と退職のくり返しでようやく人員をそろえたという職場が、今や「感動ビジネス」「お掃除の天使」なんて賞賛される職業になりました。


生活の糧を得るためのしんどい仕事だったのに「自己実現の場」なんちゃって、最高のほめ言葉で讃えられる。むろん、魔法のようなすごワザがあったのではなく、経営者と従業員の試行錯誤をくり返しながらの地味な努力の成果です。本書を読むと、こういう努力と成果は、中国人やラテン系の民族では難しいのではと思われます。


たかが掃除。しかし、清掃員個人の意欲と責任感とチームワークが100%発揮されないと達成できない。「労働と対価」の一般概念だけでは無理な発想と実践の積み重ねです。この、従来の西洋的労働、雇用の概念から外れた仕事ぶりがHBSの目にとまった。学生の大半が欧米人だったら、彼らはシッカリ理解してくれるだろうか。やや懸念があります。


いくら世間で誉めてくれても、現実の仕事が、きつい、汚い・・ことに変わりは無い。一人で、たった七分間で100席の車両をきれいに清掃して乗客を迎えなければならない。よって、研修では一つの作業は秒単位で計測して「早く、きれいに」を身につける。
 但し、トイレの清掃は専門の担当者が行う。これは技術と経験、さらに勇気?もいるから新米にはできない。排水が詰まって汚物があふれそうになってる場面や、なぜか、男性用小便器にウンコがてんこ盛り、の緊急事態もある。どうするか。道具ではラチがあかないと判断したら、ポリ袋を二重にして腕に巻いて手で・・。感動ビジネスの現場は、尋常でない責任感とモチベーションを要求される。


掃除のプロだから、完璧な掃除をして終わり、ではないところが彼らの魅力。列車の到着時はホームに整列して迎える。掃除が終わって乗客が乗り込むときも「お待たせしました」とお辞儀する。しょせん掃除人のつもりで作業を見ていた外国人は、彼らがお迎えとお見送りまですることに驚く。労働と対価の概念ではありえないマナー、サービスです。


目や耳の不自由な人のサポート、田舎から出て来てうろたえている老人の案内といった仕事外のサービスも上司からの指示でやるのではなく、自発的に行う。そういうささいなことを記録し、ミーティングで伝えて情報と経験の共有をはかる。これがまた別の「気づき」のもとになって、よりきめの細かいサービスを生むことになる。


ちなみに、この「お掃除の天使たち」が活躍するのは東京駅だけで、他の終着駅では停車時間にゆとりがあったり、新大阪駅などは線路構造が違っていたりして、モーレツ掃除場面は見られない。東京駅の線路容量のゆとりの無さが生んだ「お掃除の天使たち」です。何が幸いするか、わかりません。(2012年8月 あさ出版発行)


新幹線


新幹線掃除 






大阪日暮綴



●おでんの向こうでジャズライブ・・西成「成田屋」

 巷のジャズシーンにもピンからキリまであるけど、ここは堂々キリでありませう。店は小汚いを通り越して大汚いレベル。店に壁も入り口も無く、客席は大通りの路上にはみ出している。信号待ちの通行人が演奏に耳を傾けている。チャージは投げ銭、千円札入れる人あれば、タダ聴きにに徹する人もあり。企画はドラマーの松田順司さんで、界隈では4軒の飲み屋で演奏している。大変なエネルギーです。


成田屋の店頭で演奏
kokoru-mu 


koko 



●「NO NAME」・・という名の酒がある

 成田屋から南へ200mで「ココルーム」。行くたびに何か新しい酒を紹介してくれるけど、今回は、近ごろ元気のいい三重県の日本酒メーカーが協同でつくった吟醸酒。ラベルに名前がない。で、ノーネーム。後味がフルーティで上品、失礼ながら、この店とはミスマッチの感あり。


ボトルの後に並ぶ本を見たら、この店の雰囲気は察して頂けると思います。客がめいめい勝手に持ち込んだ古本で、漫画から哲学書までグチャグチャ、駄目男持参の本もあります。西成、山王町にぴったりのカオス(混沌)空間であります。タテマエは「クラシック音楽バー」でありますが、残念ながらクラシック音楽ファンは1割くらいしか来ない。


ラベルに名前がない
koko



koko 





閑人帳



●通称で党代表や総理になれるのか?・・蓮舫さん

 民進党の代表選挙の候補者が揃いました。蓮舫さん、前原誠司さん、玉木雄一郎さん、の三名。うっかり見過ごしがちですが、蓮舫さんは通称で、正しくは「村田蓮舫」です。政党の代表を決める選挙の候補者が通称で立候補してよいのか。これを他の候補者に当てはめると、誠司さん、雄一郎さんの名前で立候補してもよいことになります。そんなアホなことしないでせう。なぜ蓮舫さんだけ許されるのか。


芸能人なら「コロッケ」スポーツマンなら「イチロー」でも普通に通用するけど、国政選挙で選ばれた議員が「蓮舫」でいいのか。彼女はいずれ政権をとって総理を目指すと語っているから、もし、首尾よく実現したら通称で権力の座につくことになる。そんなアホな・・ですね。


蓮舫さんは台湾人の父と日本人の母によって日本で生まれたハーフ。国籍は日本。しかし、台湾人の国籍を放棄していないのではと疑われている。(本人は台湾国籍を放棄したと明言していない)もし、二重国籍ならトンデモない話で、尖閣問題では、日本は台湾と対立の関係にあるから、政治家としては許されない。こんな基本的な「身体検査」さえないまま政治家を続けてきたことになる。


仮に、ルール上は通称が許されるとしても、なぜ「村田蓮舫」と名乗らないのか。理由はよく分からないが、台湾人としてのプライドが高く、100%日本人になりきることに抵抗があるのかもしれない。二人の子供も中国人ふうの名前になっており、外国の学校で学んでいる。そんな、日本以外の国に未練たっぷりの人が、党の代表や総理になっていいのかな? 名前の不可解さと二重国籍問題。本人が説明すればカンタンに解決することですが、ぐずぐずするとイジメられそうな予感。


早くもこんなジョークが出ている。蓮舫といえば・・「二位じゃ駄目なんですか」の名言に引っかけて「二重じゃ駄目なんですか」ハハハ。蓮舫さんの人品骨柄をうんと文学的に表現すると「存在の耐えられない軽さ」になりますか。ミラン・クンデラの小説の題名(映画もあったような)。つい先日の岡田代表への失礼な発言でもわかるように、政治家として、本当に薄っぺらで軽い女性です。

蓮舫さんのプロフィール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%93%AE%E8%88%AB


民進党候補



●追記 http://www.sankei.com/politics/news/160903/plt1609030015-n1.html

 民進党の蓮舫代表代行は3日午前の読売テレビ番組で、司会者から台湾と日本との「二重国籍」を疑う指摘があることを問われ、「台湾籍を抜いている」と述べ否定した。

 蓮舫氏は「私は生まれたときから日本人だ」と説明。「高校3年で、18歳で日本人を選んだ」と述べた。また、「今、そういううさわが流布されるのは正直悲しい」とも語った。

(注)「私は生まれたときから日本人だ」は間違い。生まれた当時(1967)の法律では、父方(台湾=中華民国)の国籍しか許されなかった。ご本人の思い違い?



プチ・ケチの研究



●エスビー「ドライカレーの素」

 フライパンでご飯と野菜などを炒めたうえにこの粉末をふりかけるとドライカレーが出来上がり。有り難い手抜き調理法なのでさっそく試してみました。結果、味はなかなかのスグレモノです。香りもグッド。
 しかし、大欠点があって、フライパンに盛大にこびりつきます。(一応、焦げ付き防止のフライパンです)なんか、焦げ付かないコツがあるのでせうか。同類の「チャーハンの素」よりずっとハデに焦げ付いて、洗うのに手間がかかります。2食分60円と安いし、味が良いので常備したいところですが、次回購入はないかと。


doraikare 


野菜などは自前です。

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ウオーキング・観光



●八尾市「安中新田会所」見学

 大阪府には新田会所が3カ所保存されていて、大東市の鴻池新田会所、大阪市住之江区の加賀屋新田会所とこの安中新田会所。江戸時代に開発した新田や畑の、いわば管理事務所みたいな役目を担いました。責任者は土地の有力者がなり、設計施工からモメごとの仲裁、役所(奉行所)との交渉まで、いろんな仕事があります。住民(農民)との会合に使われるため、そこそこ広い座敷が必要ですが、この安中の会所はこじんまりしていて、普通の屋敷なみです。


当地では植田家が界隈を仕切っていたので、江戸時代から明治まで数代にわたって世襲され、ここに住み続けたため、建物や調度品が保存できました。現在は単なる見学対象だけでなく、落語やミニコンサートなども開かれる、今ふうの「会所」として活用されています。


ところで、大阪府に3カ所もの新田会所が残っているのに、他府県では存在しない?のが不思議です。(探せばあるのかも知れない)ヨソでは、川の流路を変えたり、海を埋め立てたりという大規模なプロジェクトが無かったからでせうか。今でいえば普通に公共事業なのですが、役所ではなく、民間主導で企画、実施し、200年間も継続できたのは、農民が納得できるシステムだったからでせう。

観覧料金200円 火曜日と祝日の翌日は休館
JR八尾駅南出口から東へ徒歩5分


JR八尾駅の南側、植松町に残る古い町並み
安中新田


会所の庭と母屋
安中


接客や会合に使われた座敷
安中


なつかしいポットン便所
安中


天井裏の物置
安中