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ウオーキング・観光



●堺のスーパーウオーク

 ・・というタイトルでは分かりにくい。正しくは「堺のスーパーマーケットめぐりウオーク」であります。3月に開業した、南海線、七道駅前の「イオンモール 堺鉄砲町」をスタートに、となりの堺駅まで、大中小四つのスーパーをめぐる、閑人ならではのウオーキング。買い物ではなく、ウオーキングのネタに使われたのでは、全然ありがたくない客です。


最新にして時代遅れ・・イオンの巨大モール

 昨年12月16日に「いつまで続く、大艦巨砲主義」という題でイオンの悪口を書きました。今年3月、その最新の店舗「イオン堺鉄砲町」がオープン、開店祝いで賑わったみたいですが、前途は厳しいというのが駄目男の見立てです。


ダイエーの失敗を目の当たりにし、かつ、その借金まで引き継いでるのに、イオンの基本コンセプトは「大きいことはいいことだ」であります。もう10年くらい前から「大きいだけでは将来性がない」と批判され、実際、業績にも「デカイけど儲からない」数字が表れているのに、ワンパターンの大艦巨砲主義の店を作り続けています。経営陣は本気で、戦艦大和は沈没するはずがない、と信じてるのでせうか。


おまけに、この新しい堺鉄砲町店は、おなじイオンモール北花田店から3キロしか離れていない。自社の店どうしで客の奪い合いをしています。これを「カニバリズム」ビジネス、共食いといいますが、まさに身内どうしで共食いしています。常識からみて信じがたい経営センスです。


3月14日の新聞に流通大手の決算数字が出ていました。イオンは売上げではもちろんトップで8兆円を超えた。しかし・・最終利益はたったの60億円!。2位のセブン&アイ・ホールディングスの利益、1600億円に比べたら、ハナクソ ほどの数字、赤字寸前です。関西地盤のローカルスーパー「ライフ」は売上げが6300億円、最終利益は79億円。売上げが十分の一以下のスーパーにさえ負けている。


イオンは毎年、利益はずんずん下がってるのに、借金はぐんぐん増えています。有利子負債は1兆8000億円。もうヤケクソか。それでも儲からないデッカイ店を作り続ける。世間から「時代遅れ」と批判され、これはマズイと分かっていながらチェンジできないのが巨大企業の難儀なところでありませう。
 業態転換が難しい大きな理由は、ハナクソほどの少ない利益が、自社スーパーの売上げではなく、テナントの家賃収入が源泉になっている。だから、これを無くしたら即赤字になる。テナント用のバカでかいスペースが必要な理由です。企業の成長には将来の「伸びしろ」が不可欠ですが、イオンにはもうありません。ダイエーの末路と同じ道を進んでるような気がします。


■イオン堺鉄砲町
堺のスーパー 


堺


珍しい傘専門のテナントが入ってます。撤退第一号にならなければいいけど。
堺 


3階には天牛書店が入っている。古本を一冊買いました。380円ナリ。(当店は9割型が新刊書です)
堺 


敷地の隅っこには、ダイセル(この土地の以前の所有者)工場の赤煉瓦ビルが残る。文化施設として活用してほしいですね。
堺 


■スーパー「mandai」
イオンからわずか200mの距離にあり、イオンの開業で撃沈されるかと思いきゃ、結構賑わってます。見るからにオンボロですが、ガンバレ。
堺


mandaiの店まえから、内川沿いの遊歩道を歩きます。桜並木が堺駅近くまで続き、途中に「ザビエル公園」があります。
堺

■「ライフ」堺駅前店
かつて「イトーヨーカドー」のあった敷地に「ライフ」が開店。これくらいのサイズが一番使いやすい気がするのですが。
堺
 

■スーパー「KOHYO」
南海線堺駅構内にある食品専門スーパー。値段はやや高め?ながら、固定客をつかんでる。
堺



イオンから1キロ以内にある、これらの中小スーパーが、イオン開業後も撤退、廃業しないで生き残ったら、逆にイオンの存在価値が問われることになります。

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読書と音楽の愉しみ



●朝井まかて著「阿蘭陀西鶴」を読む

 Tさんより恵送いただいてタダ読みの幸せ、深謝。朝井作品は、去年から今年にかけて「すかたん」「花競べ向嶋なずなや繁盛記」「先生のお庭番」も読んでいて、これらも全部タダ読み(借り読み)。朝井さん、出版社さん、売上げの足引っ張ってスビバセンです。


本書は井原西鶴の半生を、盲目の娘、おあいの視点で描いたもの。帯に「ほんま、はた迷惑なお父はんや」とあるように、わがままでええかっこしいの西鶴に振り回される日々の暮らしぶりから、西鶴の人物像と江戸時代の大阪の風俗を描写している。しかし、西鶴自身は自ら出自を語るようなことがなかったために、未だに不明な点が多いらしい。


刀剣商いの家業を人に任せて自分は若くして気ままな隠居暮らし・・といえば、八百屋を弟に任せて隠居した伊藤若冲に似ているけど、若冲のようなマジメさは無く、得意の俳句の講師みたいなことしてメシの種にした。さりとて大坂でナンバーワンというほどのレベルでもない。


そこで、世間の注目を集めるために矢数俳諧というイベントを企画した。一定の時間内にいかに多くの俳句を詠むか、を公開の場で実演する。はじめは一日で千句で評判をとったが、ライバルが現れて抜かれてしまい、負けてはならじと生魂神社で四千句を詠んで見せ、大評判になった。(後年、住吉神社で23,000句という記録もつくった)ま、サーカス的俳句づくりと言うのでせうか。質より量もええとこです。


西鶴を歴史上の人物にしたのは、俳句ではなく浮世草子(娯楽読み物)。この転向が大成功して文壇のトップになる。「好色一代男」「好色五人女」「日本永代蔵」「世間胸算用」とヒット作を量産、今でいえば、週刊文春、アサヒ芸能、週刊実話、のような肩の凝らない読み物で人気を博した。決して芥川賞的文学作品を書いたわけではない。でも、江戸時代、ほかにこのような類いの出版物がなかったのだから人気を独占できた。同時代の松尾芭蕉が純文学の才人としたら、西鶴は大衆文学の雄、ということになりますか。両者は顔を合わせる機会がなかったが、西鶴は芭蕉を嫌っていたらしい。


では、大ヒット連発で、西鶴は大もうけして金持ちになったのか、といえば、そうではなかった。著作権の概念がなかった時代だから、最初の原稿料だけが収入で、定価の何パーセントという印税収入はなかった。生涯、豪邸で暮らすリッチマンになれなかった。残念。
 おあいは元禄五年、26歳で亡くなった。後を追うように、西鶴は翌年、52歳で亡くなった。法名は「仙皓(せんこう)西鶴」

 著者は「大坂文学学校」の出身だけど、卒業後、プロになった作家の中では、実力、知名度では田辺聖子に次ぐナンバー2になったのではと思います。まだ50歳代だから、これからが円熟期、遠からず田辺聖子を抜いて、関西でトップの女性人気作家になるでせう。(2014年9月 講談社発行)


西鶴本


西鶴の住んだ町を訪ねる

 講釈師、見てきたようなウソを言い・・朝井作品の良いところは、生活空間の細部や飲食の場面がとてもリアルに描かれていることで、本書でも、西鶴を訪ねてくる客におあいがお茶を出す場面が何度もでてくるが、同じ表現にならないように気遣いが見られるし、盲目の娘が料理するときの手の動きを、まるでそばで見ているようにリアルに描写する。こういう細部描写の積み重ねが作品に厚みをもたせている。


さて、西鶴は大坂のどこで暮らしていたのだろうか。大谷晃一著「西鶴文学地図」という本を借りて現地を歩いてみた。一番長く暮らしたのは、今の中央区槍屋町で、町名は当時と同じまま。谷町3丁目交差点の西300mくらいだろうか。NHK大坂放送局の西、1キロといったほうが分かりやすいか。オフイスやマンションの混在した街で、江戸時代なら、大阪城に近い庶民の町といえる。


もう一つ、西鶴終焉の地、という場所があって、これは石碑があるから分かりやすい。谷町3丁目交差点、東南角から南へ50m、居酒屋の前に碑がある。ここの町名は錫屋町といったが、現在は残っていない。ついでに墓を訪ねる。上本町西4丁目の「誓願時」という寺の奥にあるけど、かなり転々とした挙げ句にここへ落ち着いたらしい。都市計画や空襲などで町の区割りが変わってしまったのだから仕方ない。「仙皓西鶴」の文字があるだけのシンプルな墓石で、これは西鶴の弟子、団水の文字とされる。


あと「恋歌」(直木賞受賞作)を読めば、朝井まかてワールドのおおかたが会得できそうなので、図書館か古本屋でさがしてみませう。


槍屋町の通り(西から東を見る)
西鶴


左の青い自販機のあたりが西鶴の住まいだった
西鶴


西鶴終焉の地を示す石碑
西鶴


誓願寺山門
西鶴


西鶴の墓石
西鶴


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●そうだったのか・・名曲誕生の裏側

 9日のEテレ「らららクラシック」で取り上げられた、ラフマニノフの「パガニーニの首題による狂詩曲」。全24曲の変奏曲のなかでもっとも有名な第18変奏曲がどうして作られたかを解説していました。
 そのアイデアがすごい。原曲のパガニーニの曲の譜面を見て、オタマジャクシを鏡面に映したように、音階をひっくり返したというのです。そう説明されても、ホンマか?と訝りたくなりますが、常識的にはきれいな音にならないはずなのに、これが実にシミジミと心地よいメロディになっています。


このアイデアに気づいたラフマニノフは「大発見やあ~~」と狂喜して一気に筆を進め、一ヶ月ほどで全体を完成させた。もし、このアイデアが無かったら、凡庸な曲で終わってしまった可能性がある。あの世のパガニーニも「うぎゃ、どえらいことやってくれるなあ」とビックリしたことでせう。


この曲は、駄目男が真空管ラジオの時代に知ったから、もう60年くらい昔からの愛好曲ですが、迂闊にもこういう裏話は初耳でした。全曲の演奏は25分くらいかかるけど、かのサワリの部分だけご紹介。

https://www.youtube.com/watch?v=V4O_l7CUQcI


Eテレの説明画面
ラフマニノフ


番組で演奏したのは上原彩子と東フィル。
ラフマニノフ

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●100円 de お花見万歩 (その3)

■大川端(天満橋~源八橋)
 三回目は超定番「大川端桜並木」。天満橋から毛馬閘門まで4km続く、大阪市内で人気一番のサクラ名所を歩きます。スタートしたのが午後4時半で日は傾きかけていましたが、桜並木を逆光で眺めるのも華やかでいいものです。今回は左岸のみ歩いて源八橋へ。この橋の上からの眺めはもう何度もアップしたけど、コース中ではベストポイントだと思います。外国人観光客もたくさん通行しますが、全員がカメラを向けています。みなさん、OHANAMI を堪能したことでせう。


ベストポイントといえば、川端の帝国ホテル大阪の上階から見下ろす風景も最高では、と想像しますが、マルビ人は確かめることができない。いや、隣のOAPビルの上でも絶景を楽しめるかもしれません。源八橋から西へ、はじめて歩く道をたどると、地下鉄堺筋線扇町駅に着きます。


・・というわけで、一回100円の投資(電車チン)で大阪市と堺市の花見を楽しみました。大阪市内在住のロージンに限っては「ゼニがないから花見もでけへん」という愚痴は御法度であります。郊外の混雑した花見名所へ出かけるよりずっと安直で満足度の高い花見ができます。


地下鉄天満橋駅~大川端~源八橋~地下鉄扇町駅~地下鉄長居駅


大川端さくら



大川 




大川 



大川 



大川 


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●100円 de お花見万歩 (その2)

■鶴見緑地から城北川遊歩道へ
 月曜日で曇天・・のせいで、サクラは満開なのに人出は少なく、広い公園は静寂に包まれています。数年ぶり?に訪ねた鶴見緑地は樹木の成長著しく、ほんの30年前はゴミの山だったと言っても信じられない人が多いでせう。サクラももう古木の風格を備えた立派なものもあります。


1990年に開催された「花博」の各国のパビリオン跡も周辺の樹木の成長で、大げさにいえば「森に呑み込まれつつある」といった風情。みすぼらしい廃墟なのに、だんだん違和感がなくなってきました。
 鶴見新山からパビリオン跡地をたどり、広々した草原を抜けて西ゲートで公園を出、街中を1kmくらいゆくと城北川に出ます。(昔は城北運河と言った)この川べりが桜並木で、恰好の散歩コースです。交差する道路はずべてアンダーパスで信号を渡る煩わしさがない。ここを南下して左折すれば「今福鶴見駅」。食傷するくらい桜満開風景を楽しめます。

地下鉄長居駅~鶴見緑地駅~鶴見緑地~西ゲート~城北川~地下鉄今福鶴見駅~長居駅 徒歩6~7キロ。 


緑地のシンボル「風車塔」
鶴見緑地 サクラ


鶴見新山山頂下の桜のトンネル
鶴見 


鶴見 


鶴見 


鶴見 


城北川。南端で寝屋川につながる
鶴見 


鶴見 
 
 

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●100円 de お花見万歩 (その1)

 往復の電車チン100円で花見に出かけようというのだから、落語の「貧乏花見」並みのセコイ発想であります。かつ、ゼニは百円しか使わないが、足跡は一万歩残そうという健康志向の花見でもあります。大阪市在住のロージン諸兄(敬老パス利用者)におすすめする、マルビ花見のご案内。

■堺市 大泉緑地・さくら広場
 いつも閑散としている大泉緑地ですが、花見のときだけは満員御礼状態の大混雑。といっても、弁当食べる場所も無いというほどでもない。公園全体では90ヘクタールもあるので、大半はガラ空きです。


堺市の市街地の花見どころは、大仙公園、大浜公園とここの三カ所くらいですが、スケールではここが一番。駐車場も広いので、家族連れも利用しやすい。しかし、電車、バスの便は良くないのが惜しい。堺市民より、御堂筋線沿線に住んでる大阪市民のほうが簡単に利用できます。

コースは、地下鉄あびこ駅~北花田駅~大泉緑地~地下鉄新金岡駅~あびこ駅。運賃100円 徒歩5~6キロ。


大泉


大泉緑地 


大泉 



大泉 





プチ・ケチの研究



●物価の優等生・・年中100円のバナナ

 果物や野菜は「時価」販売が当たり前のなか、近所の某スーパーでは、バナナ一房を年中100円で売っている。むろん、もっと高い品もあるけど、おきまりの陳列台では年中100円。で、何気なく買っていたけど、これって、客寄せにはよいアイデアではないか。
 バナナは入り口すぐの陳列台にあるので、店に入って最初にカゴに入れる商品がこれです。もし、毎日値段が上下していたら、いちいち判断しなければならない。しかし、年中100円だから「判断する」必要が無い。店が客の買い物行動をルーティン化しているわけです。飲み屋で「とりあえずビール」を注文するように、とりあえずバナナをカゴにいれる。いや、入れてしまうのであります。


同じようなバナナが他の店では120円~130円です。常食する人に、この差は大きい。かつ、売れない店は鮮度が落ちる。さらに売れなくなる。実際、100円では利益がないかもしれない。しかし、これを客寄せパンダとして使い、他の商品も買わせれば十分モトは取れる。そうだったのか。これぞ、年中100円バナナに秘められた陰謀でありました。


卵と並んで、バナナは物価の優等生といわれる。小売り価格でいえば、過去50年間、キロ当たりで180円~280円位の巾におさまっている。今の値段は東京オリンピックのころと大して変わっていないのです。当時の給料を思い出せば、貧乏人は食べられない高級フルーツでありました。


日本人は年間、どれほどのバナナを食べているかといえば18kg。みかんの消費が13kgなので、果物ではトップ。(二人以上の一世帯当たりの購入量)そのほとんどがフィリピン産です。
 値段の大幅な変化が少ないのは、日本の「丸紅」や「伊藤忠」といった大手商社が現地に資本投下して大量生産の仕組みをつくり、物流面でも鮮度を保つ技術が確立されて、安く安定的に供給されているからです。しかし、たびたびの台風被害や現地需要の高まりもあり、この先もずっと「物価の優等生」で有り続けられるかどうか分からない。


100円バナナ(480g)
バナナ