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読書と音楽の愉しみ



●堀江貴文著
 「ネットがつながらなかったので仕方なく本を
 1000冊読んで考えた そしたら意外に役だった」を読む

 ご存じ、ホリエモンの読書録であります。但し、読んだのは塀の中、すなわち、刑務所に収監されてる2年半のあいだに読んだ本のあれこれをつづっています。その数、1000冊というから凄いけど、漫画もかなり含まれている。ほかに雑誌も乱読している。
 本など読まない、カネカネキンコの生活から、一転、囚われの身になったことで、にわか読書家になった。その体験をこのような本にして売り出し、またゼニ儲けするのだから、これも才能ではあります。


いったい、どんな本を読んだのか。本人がピックアップした本、42冊から、さらに10冊をセレクトすると、次のようになります。

◆「理系の子」ジュディ・ダットン著

◆「ロケットボーイズ」ホーマー・H・ジュニア著

◆「反原発の不都合な真実」藤沢数希著

◆「外資系金融の終わり」藤沢数希著

◆「二重らせん」J・D ワトソン著

◆「五体不満足」乙武洋匡著

◆「東京タワー」リリーフランキー著

◆「武士の家計簿」磯田道史著

◆「フェルマーの最終定理」サイモン・シン著

◆「ニートの歩き方」pha著


けっこうワイドなジャンルであります。当人は東大の文系中退という学歴ですが、関心はもっぱら理系の世界で、さすがに「土佐日記」なんかは読まないみたい。現在は液体ロケットの開発をすすめる会社の代表。こんな仕事、儲かるとは思いませんけどね。カネカネキンコはライブドアで卒業したのでせうか。


なんにせよ、2年半、刑務所暮らしという、ふつうは屈辱的な体験を、あっけらかんとして、シャバに戻れば即日、従来通りのホリエモンの顔してテレビに出たりする。このキャラクター、なかなかマネ出来ません。また、世間も、昔ならいう「前科者」のイメージで彼を見る事がなさそうな感じです。これを人徳というのはちょっと抵抗があるけど、ネガティブな人生体験を隠すどころか、本書のように自己宣伝のネタにしてるのだから、ほんま、よーやるわ、とこちらが位負けしてしまいます。
 でも、こういう横紙破り、アンチな人物がいたほうが面白い。これからも、好きなように生きとくなはれ。(2013年 KADOKAWA発行)


ホリエモン 


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プチ・ケチの研究



●野菜の冷凍保存 ~つづき~

 無駄をなくし、手間を省く、〇ビ発想の保存法。これが不向きな野菜もあるわけで、ただいま分かってるのは・・・

キャベツ=×  玉ネギ=×  白菜=△ と、一番よく使う野菜が「カットして冷凍」に不向きです。白菜は、下の写真のように、葉先のやわらかい部分は「浅漬けの素」などで漬け物にし、固い部分は冷凍します。 というわけで、万能とはいかず、また、食感などのクオリティに若干の問題がありますが、6~7割の野菜は「カットして冷凍」ができるので、ケチでずぼらな人におすすめできます。


白菜・・葉先は漬け物にする(左)
野菜冷凍


土生姜はすり下ろして、一回分を製氷皿で冷凍。

野菜


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プチ・ケチの研究



●食糧難 

 うちの冷蔵庫は常にガラ空きをモットーにしているので(近所のスーパーを大型冷蔵庫だと思ってる)三日くらい買い物をさぼるとおかずが作れなくなります。(缶詰や即席麺は若干ストックしていますが)先日来の寒波で引きこもっていたら、冷凍野菜も使い切って、枝豆と人参と小松菜しかない。あとは玉ネギが一個。


唯一、賞味期限切れのひき肉が50gほど残っていたので、もらいもののカレールーを使い、煮込んで、揚げそばにかけて食べる。お酒のアテにすると、なかなかいけます。オヤジブログで人気のHakkeyさんの表現を借りれば「ん~~~ん、んまい!!」となる・・。ま、自己満足ですけどね。明日は食料を仕入に参りませうぞ。


Hakkeyさんのブログ
「たそがれオヤジの七転八起」よっしゃー
http://tasogareoyaji.blog.fc2.com/



カレーヤキソバ




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読書と音楽の愉しみ



●西鋭夫の講演録「新説・明治維新」を聴く

 TさんからCDを借りて講演会の録音を聴く。西氏がどういう人物なのか知らなかったので、聴いてから経歴のあらましを調べました。スタンフォード大学の教授、研究員というので、えらく堅苦しい講演かと想像しますが、話自体はだれにでも分かるレベル、むしろ、昔ふう講釈師の雰囲気さえ感じました。

西氏の紹介
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%8B%AD%E5%A4%AB#.E4.B8.BB.E8.A6.81.E8.91.97.E6.9B.B8


明治維新の真相は何だったのか、という疑問は近・現代史好きなひとには鉄板的テーマです。これを裏返せば、私たちが学校教育で習った明治維新なるものはインチキくさい、ということになります。昨年、ここで紹介した「明治維新という過ち」なる本も、普遍的な維新の知識をひっくり返そうという意図で書かれた本でした。ま、いろんな説が出るのは良いことです。


明治維新には英国の陰謀が絡んでいた
さて、講演のキモは以下のようなことになります。
 明治維新は、幕末の薩長土肥をメインにした藩の志士たちの活躍で幕府を倒し云々という話になっているが、活動資金がない彼らが東奔西走して政治工作できるわけがない。行動には資金が要る。実は闇のカネが動いていた。出資者は大英帝国の手先であった長崎のグラバー商会である。グラバーは討幕派の坂本竜馬などに裏金と武器、船まで供給した。つまり倒幕運動の支援者になった。


だからといって、グラバーが竜馬の思想に共鳴したわけではない。その後、グラバーは江戸幕府側にも武器を売る。その真の狙いは日本に内戦を起こさせること。これによって国力が疲弊し、日本が自滅状態になるように企んだ。英国がインドやシナを侵略、支配したときは、利益も大きかったが、自国の犠牲も大きかった。侵略支配の過程で自国軍の兵士をたくさん失った。日本に対しても同じ方法で支配を目論むと、また大きな犠牲を払わなければならない。


そこで、英国は艦隊や兵士を送り込まず、武器や兵器の供給元になることを選んだ。これなら、血を流すのは日本人だけである。内戦でボロボロになったところで乗り込めば、やすやすと支配できる。こういう筋書きが明治維新の裏にあった・・。


これは講演の一部分でありますが、要するに、明治維新には英国の陰謀が絡んでいた、というのであります。グラバー商会の実体は「死の商人」だったというのです。どないです? 説得力ある? ない?。


駄目男は、この英国野望説を了とします。志士たちの活動を支えたのは、英国による裏金だった。なんせ、当時の藩は薩摩を除いてはビンボー藩ばかり、大名が大阪の豪商からカネを借りまくっていたことでも分かります。しかし、西氏の話はここでプツンと切れ、具体的な説明がないまま、次の話題に移ってしまいます。


以下は、駄目男の補足です。
 英国の目論見どおり、内戦(戊辰戦争)は起きるが、日本が自滅して英国に乗っ取られた、という筋書きにはならなかった。のみならず、意外にもグラバー商会は経営破綻する。さらに、日本を乗っ取るどころか、後年「日英同盟」を結ぶ関係になるのだから、一寸先は闇であります。


ほかに、現憲法の作られ方や教育改革の必要性、世界はカネで動く、という、金万能説、などが語られていますが、いずれも中途半端な語りで終わってしまい、印象が散漫になるのが惜しい。西氏の立派な経歴や現在のポジションからすれば、もう少しスジの通った話を聞きたかった。


講演についての賛否両論はこちら・・・
http://mickeyduck.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-f92d.html

講演会



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木村茂光(編)「歴史から読む 土佐日記」を読む

 「土佐日記」を読むのはこれで三冊目。前回読んだのが、林望著「すらすら読める 土佐日記」。現代語訳が上手なので、本当にすらすら読めました。原文がすらすら読めない者には有り難い本です。

◆女のフリして「土佐日記」を書いたわけは?
 閑人とはいえ、なんで三冊目も読んだのか。それは「紀貫之は何が目的で土佐日記を書いたのか」という素朴な疑問の答えを知りたかったから。それで本書をひもといたのでありますが、学者が寄ってたかって研究したのに「よう、わからん」のが本書で得られた答えでありました。
 そもそも、紀貫之自身が女のフリして「男もすなる日記といふものを、女もしてみむ、とて、するなり」と、もったいぶって、ミエミエのウソをついて書かねばならない事情とは何だったのか。


単細胞駄目男は「女のフリして書くなんて、いちびりとちゃいまっか」と単純に考えたのでありますが、これが正解なら、世に学者、研究者はいらんでせう。しかし、100%、ハズレではない。動機の5%くらいは「いちびり」の可能性があります。


紀貫之の名を知らぬ人はいないにしても、当時の宮廷ではB級貴族だった。年をとってから、四国・土佐を治める支店長になり、なんとかソツなく仕事をこなして本社(平安京)へ帰任する。その、土佐から都までの船旅の様子を記したのが「土佐日記」。女のフリして書いてるので、ひらがな交じりだけど、文脈から実は男が書いたこと、簡単にばれてしまう。本人もそれを承知で書いたふしがある。


各論を読んで、そこそこ納得できるのは以下の説であります。当時は男が日記をつけるのは普通のことだった。しかし、それは一部のA級貴族に限られ、書く内容も宮廷の業務に関することに限られ、私的なことを日記として書き留めることはなかった。文章は当然、漢文で書かれた。


よって、紀貫之が公人として旅行記のような内容を日記に残すことはアウトであります。しかし、書きたい。しかも、単なる旅日記でなく、日記というフォームに託して自前の歌や「歌論」を書きたかった。これが本来の目的である。う~む、ならば、紀貫之の名前を消し、女のフリして書いてみるか。ものすごく単純に記すとこんなことになります。


かような案配で、紀貫之はリアルな旅行記を書く気がなかった。だから、自然の描写や、航海の苦労、同乗者の人物描写などの記述はすくなく、分かりにくい。それでも、土佐から都近くまで、小さな船で55日もの日数をかけた船旅の辛さは想像できる。まして、季節は真冬なのだから、
寒さに耐えるだけでもいかに難儀だったか。

◆土佐日記ツアーを企画したら?
 いつぞや、豪華客船のことを書きましたが、土佐日記で利用したのはどんな船だったのか。これも興味があります。紀貫之は船の構造など何も書いていないけど、想像すれば、全長は十数メートルの船で、航海は「櫂を使う」「帆を張る」「ロープで引っ張る」を組み合わせて進んだらしい。ロープを使うのは海や川の浅いところで櫂を使えず、帆も張れないところは乗組員が陸に上がって、えんやこらと引っ張った。海路をゆくには何ともお粗末な船であるため、55日の行程のうち、いわゆる「順風満帆」ふうに航海できたのは数日しかなかった。


日記に記された地名によって、船の航路はほぼ特定できる。とにかく、陸から離れ過ぎると遭難のおそれがあるから、へばりつくように進んだ。高波を恐れて、同じところに五日間も停泊したこともある。また、占いによって「×」の日は天気に関係なく航海をやめた。最後のコースは住吉から旧淀川を山崎まで遡るが、これに一週間くらいかかっている。これは波風が怖いからではなく、冬の渇水期で淀川の水量が減り、船底が河底につかえて進めなかったから。この様子からも船のサイズが想定できる。


古典文学の素養皆無の駄目男にとっては、文学的興味より旅そのものへの興味が大きい。「土佐日記」が生まれてから1000年後のいま、この旅を一泊二日か、二泊三日くらいの旅にアレンジして再現したら楽しいのではないでせうか。100トン~の船を使い、泊まりは、淡路・洲本と大阪・天保山(船を乗り換えるため)ゴールの山崎は接岸できないので枚方にします。参加者は「土佐日記」を通読した人に限る。終了後に各人が「平成楽ちん土佐日記」を記せば、ユニークな思い出になるかもしれません。(2010年5月 東京堂出版発行)


土佐日記の航路
土佐日記 


こんな船で航海したのか。帆柱は倒してある。(北野天神縁起絵巻)

tosanikki


土佐 


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たまには外メシ



●新世界「横綱」の宴会料理

 いま、新世界の串カツ店で熾烈な争いをしているのが「横綱」と「だるま」の二店。老舗の「八重勝」と「てんぐ」は拡張レースから降りている。商売上手という点では「だるま」の一人勝ちの感があり、「横綱」は必死に追いかけるも、三馬身くらい離されている。


ハコの大きさでは「横綱」がダントツなのに、ハコに見合う客が入らない。ふぐの「づぼらや」がバブル景気のときに建てたでかいビルを横綱がレンタル(又は買収)して写真のように串カツ店に改装したけど、持てあましてるのが正直なところ。
 新世界で個室のある店は少ないので、ここを選びましたが、刺身、鍋物、串カツ、デザート、など、ボリュウムありすぎで4300円。(飲み放題つき)なんとか食べ残しはするまいと、必死に胃袋へ放り込みました。

「横綱」のごあんない
http://www.4527.jp/shop/honkan/#../../common/images/shop/honkan/slide_kusikatu.jpg



横綱 

横綱



横綱 



横綱 


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●朝井まかて著「先生のお庭番」を読む

 長崎の出島に暮らして博物学的研究にいそしんだ、F・シーボルトと彼に仕えた園丁、熊吉の物語。シーボルトはてっきりオランダ人と思われていたが、実はドイツ人。ということは、オランダ語は流ちょうではなかったのに、それを見抜ける日本人がいなかった。


江戸幕府は、長崎でのオランダ人の滞在を許可したが、出島という、ごく狭い土地に閉じ込めるかたちで認めただけなので、町で気楽に市民と交流する場面はなかった。よって、市民にとっては、紅毛碧眼の彼らは、動物園でのパンダのごとく、ものすごく好奇の目で見られたらしい。まったく、人種、文化の異なる人間だから、そう見られても仕方ない。


本書では、主にシーボルトの日本における植物採集と分類、育苗の話しが中心になるけど、これは朝井まかて先生、得意の分野だから筆はすいすいと進み、楽しげに書いてる・・と想像したくなるくらいです。
 この本を読んで一番楽しいのは、長崎の風景が目に浮かぶこと。昨年の春に、旅行で二日間、市内をウロウロしたので、記憶がよみがえりました。今も復元工事が続いてる出島のオランダ商館通りとか、なつかしい。さらに、本に「立山町の長崎奉行に引き立てられた」の文があれば、あ、あそこや、と、現在は県立博物館になっている、旧長崎奉行所が思い出されます。今にしておもえば、博物館で、もっとシーボルトの資料をよく見ておけばよかったと、後悔もしますが、ま、しゃーない。(2014年6月 徳間書店発行)


出島のオランダ商館の家並み。まだ工事が続いてる。
まかて



立派な博物館は、昔の長崎奉行所の敷地に建つ。
まかて


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●朝井まかて著「花競べ~向島なずな屋繁盛記~」を読む

 朝井さんの本を読むのは、これで3冊目。すべて江戸時代の物語で、すべて植物が絡む話しになっています。最初に読んだ「すかたん」では、田辺大根ほか、なにわの野菜がテーマ。二冊目の上記「先生のお庭番」はシーボルトが愛した日本の樹木や草花、そして、この本では「花師」という、品種改良を含めた、フラワーデザイナー的職人が主人公になっています。大好きな花や樹木の知識がメシの種になっているなんて、幸せな作家ではありませんか。


しかし、植物ネタで話を盛り上げるのはなかなか難しい。咲いた、枯れた、だけでは売り物にならない。そこで、本書では、ムラサキシキブとソメイヨシノのネーミングにまつわるネタをつくって話を膨らませている。本書では、ソメイヨシノの「吉野」は吉原の花魁の名前だというフィクションになっている。


巻末の「あとがき」を読んで驚いたのは、本書が文壇デビュー作品であること。一発目から、こんなにこなれた文章が書けるのかと感心しました。江戸時代の話なので歴史の蘊蓄も必要だから、猛勉強されたのでせう。これで「小説現代新人賞」を受賞した。そして2014年は「恋歌」で」直木賞というメジャーな賞を獲て文壇入り、大出世だと言えます。
 著者経歴を読むと、朝井さんは大阪文学学校で学んだとあります。これで、本校は芥川賞、直木賞、両方の作家を輩出したことになり、ブランド価値を高めることに貢献しました。なお「まかて」という変わった名前は、当人の沖縄出身の祖母のなまえを借りたということです。ご当人は大阪府羽曳野市出身。(2011年12月 講談社発行)


大阪文学学校のHP
http://www.osaka-bungaku.or.jp/

makate 


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●爆売れ「火花」に水をかける人たち

◆順番待ちが3,566人
 昨年夏に発売された「火花」は半年近くたった今でもベストセラーになっています。累計250万部はいきそう。売上げ30億円ナリ。
 一方、さらなる売上げ拡大を阻止してる人もいる。図書館で借りて読む人たちです。1月09日現在、大阪市立中央図書館における「火花」の予約者は3,566人。これに対する蔵書は95冊。この順番待ち人数の多さは昨年夏とかわらないので、大阪市内だけでも、何千人もの「買わずに読む」人がいることになります。嗚呼、ぐやじい~~、出版社は地団駄踏んで悔しがります。


何千人もの読書希望者に対して、95冊しか売れなかった。たまりませんねえ。そのタダ読みを図書館がサポートしてくれる。よって「火花」の読者は、のべ300万人を越えると思います。そのうちの2割方はタダ読みで楽しみます。出版社にとって、図書館は営業上の損得においてビミョーな存在であります。


◆ベストセラーは貸し出し規制を、という作家
 昨年、直木賞作家の朝井まかてさんは、図書館での講演会で、こんな発言をした。「地味な専門書、学術書はともかく、流行ものの文芸書は、図書館においては、出版後、せめて六ヶ月は購入、貸し出しをしないでほしい」と。これを図書館のホールで言ったのだから聴衆はびっくりした。そこまで言って委員会?。ま、大半の聴衆は反感を覚えたと思っています。


朝井さんの弁によると、一口に作家といっても、その収入格差はものすごくて、又吉さんのようなシンデレラ的ラッキーな人もいるけど、芥川賞、直木賞をとった作家でも、年収200万そこそこでプアな生活をしている人も多い。本が売れなければ収入ゼロは当然で、なのに、プライドは高いから、コンビニで働くわけにもいかない。で、ヨメさんの収入で細々暮らすはめになる、創作力が失われるというスパイラルに落ち込む。


出版社と作家の収入を確保するために、なんらかの規制を望む、という意見でありますが、読者にすれば「売れる本を出しなさいよ」の反応でおしまいになるでせう。そんなこといわれなくても、作家も、出版社も必死のパッチで考えているのですが、大ヒットは出にくいのが実情です。

◆止まらない「本離れ」
 文化庁の調査では、国民の約半分は、一ヶ月に一冊の本も読まないというデータがでました。ホンマか?と疑いたくなるけど、読書離れは年々進んで、スマホの普及や高齢化がこれを助長しているらしい。年に数冊の本も読まずにノホホンと生きてるなんて、自分には想像外だけど、それが、どないしてん、と言われたら、ままま、お好きなように、というしかない。


本は常に図書館で借りて読むという人が出版文化の隆盛に寄与しつつ、一方で、ちょびっと水をかける、足を引っ張る役目もしているのは残念だけど、全体からみれば微々たる問題かもしれない。・・にしても、なんか、良いアイデアはないものか。


参考資料
http://www.garbagenews.net/archives/2101334.html


駄目男式「火花」売上げの邪魔をする読書法
 芥川賞作品を掲載した月刊「文藝春秋」を買って、作品頁をナイフで切り取り、ホッチキスで綴じて製本?します。 自分が読むだけでなく、回覧もするので、かなり意地悪。書店、出版社の敵であります。これで約1万円の売上げを邪魔した。
出版不況


又吉さん、売上げの邪魔して、スビバセンね。
出版

出版物の売上げは年々下がり、昨年は1兆6千億円を切った。この金額は、パチンコ店最大手「マルハン」一社の売上げより少ない。
出版





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●三好範英著「ドイツリスク」を読む

 半年ほど前に、エマニュエル・トッド著「ドイツ帝国が世界を崩壊させる」を読んで、ドイツという国家のありように疑問や不満をもつ国、個人がけっこういることを知った。現在の日本人はドイツ国家やドイツ人に嫌悪感をもっておらず、お互い、良好な関係にあると思っているが、それはお人好しの誤解である。


著者は読売新聞の編集委員。ベルリン支局滞在も長かったから、知識層との交流からドイツ人の思想や倫理観について幅広く学ぶ事ができた。その結果、著者が抱いたドイツ人に対するイメージは「夢見る人」である。安易な言葉であるけれど、とても分かりやすいキーワードだ。(この言葉でドイツ人を表現したのはフィンランドの町長)要するに、ドイツ人の多くはリアリストではない。


著者が一番力を入れて書いているのが「原発・エネルギー問題」である。チェルノブイリ事故で放射能にさらされたドイツは、もともと反原発の思想が強かったが、2011年の福島原発の事故で「脱原発」政策を一気に加速させた。政府も国民も足並みをそろえて、脱原発、再生エネルギーへの転換をはかった。


原発憎し、の国民感情はドイツのメディアの煽りが大きく影響したと著者は云う。福島原発の事故に関しても、まるで朝日新聞のような怪しい情報をまき散らした。
 著者が集めた、新聞やTV情報の一部を紹介すると・・。

◆東京でも高い放射線量が測定された。通常より22倍、とNHKは報じている。多くの住民、特に女性と子供は、放射性雲の恐怖から、すでに南に向かっている。もし、放射能雲が東京まで流れてくるなら、4000万人の住民を襲うことになる。

◆消防隊による原子力建屋への放水作業について、日本には今でも天皇中心の忠誠心があると説き、消防隊員の活動は神風特攻隊の行為に匹敵すると報じた。

◆困難な状況のなか、原発に残って作業する東電職員を、多くの外国メディアは「フクシマ50」と讃えたが、ドイツのメディアは「彼らは、実はホームレス、外国人労働者、未成年労働者だ」と伝えた。

◆2年前の今日、福島で壊滅的な原爆事故が起きた。この大事故において、1万6000人が死亡し、2700人がまだ行方不明である。福島の原発事故は、原子力がいかに制御不能で、命に関わるものであるかを示した。

最後の項目の記事は、事故から2年後の報道だが、これを読むと、1万6000人の死者はすべて原発事故で死んだことになる。悪意むき出しの報道だ。


朝日新聞もビビるようなインチキ記事だが、これらの報道でドイツ人の対日感情は当然悪化した。日本政府がキッパリと脱原発を決めなかったことや、政府や駄目メディアによるええ加減な報道に操られる国民にも嫌悪感を抱く。その裏には「ドイツはこんなに頑張ってるのに」の思いがある。


では、ドイツは自慢できるほどエネルギーのクリーン化がすすんでいるのか。残念ながら、ドイツでは今でも原発が稼働している。2020年代はじめには全廃という計画があったが、結局、2040年まで延期された。いっぽう、2030年までに、自然エネルギーの比率を50%にする目標がある。最終的には80%の電力を自然エネルギーで賄う計画だ。


自然エネルギーによる発電の比率が高まれば、それをバックアップする発電所も増やさなければならない。原発を廃止すると、それは火力発電所が担うことになる。要するに、クリーンではない発電も増やさざるをえないことになる。現実に、ドイツでは総発電量の43%が石炭火力発電に頼っている。しかも、その多くは、二酸化炭素の多い、ドイツ国産の褐炭によるものだから、環境への悪影響という点では日本よりタチが悪い。おまけに、ドイツの電力料金はうなぎ登りで、10年余のあいだい2倍になり、国民に大きな不満が生じている。

(注)世間にはアホな人がいて、自然エネルギーの比率を増やせば、その分、原発や火力発電の比率を下げられると思ってる。実際は、自然エネを増やせば、火力発電も増やさねばならない。太陽光で100万kw発電すれば、100万kwの火力発電所も建設する必要がある。


これは本書以外からの情報だけど、電気代値上がりに悲鳴をあげたドイツの企業は、数年前、こんな企画をした。隣国のチェコに原発を作らせ、その安い電力で操業しようというものだ。チェコ産の電力だから、ドイツのエネルギー政策とは関係ない。原発廃止、自然エネ推進という国策に抵触せず、かつ、安い電気が使える。これって、世界を欺く詐欺ではないのか。(この企画は、チェコ側の採算の問題で立ち消えになった)


合理性という点では大きな疑問があるにも関わらず、ドイツ人の自然エネルギー賛歌は止まない。「夢見る人」と云われる由縁だ。
 EU問題、ロシア、中国への傾斜問題においても「夢見る人」が生み出す難儀な問題を提示しているが、とても複雑なテーマなので割愛します。日本人のなかには何かにつけて「ドイツを見習え」を言いたがる浅ましい人がいるが、本当は「ドイツ人を警戒しろ」でありませう。
(2015年9月 光文社発行)


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●林芙美子著「放浪記」(原典版)を読む


◆原典版を読むべし
 図書館の棚から何気なく本書を取り出したら、原典版の「放浪記」で、これが読めたのはたいへんラッキーでした。それって、なんのこっちゃねん?・・実は「放浪記」には原典版と現代版があって、ほとんどの人は現代版、すなわち、新潮社の文庫本を読んでいるらしい。おなじ「放浪記」でも印象がまるで違う二種類が出版されているのです。


巻末で解説している森真弓はむろん原典版を強く推薦していて、234頁でこう述べている
「私は古書店で改造社版の放浪記(1930 昭和5年発行)の復刻版を手に入れ、驚いた。それは現在の文庫版とはまったく印象が違う。どう違うかはあとで述べるが、圧倒的に原典版の方が良い。なんと幼くて、なんとまっすぐで、なんとけなげで元気な現在形の本であろう。そこには社会の底に生きる若い不服従な女のほとばしりがある。それに比べると、文庫版の文章はなだらかで、取りすまして当たり前で、過去のお話になっていた」


戦前生まれの駄目男にとっては、原典版が旧かなづかいであるだけでもムフフであります。「放浪記」を読んだ人はたくさんおられるでせうが、機会あれば、この原典版も読んでみて下さい。
 内容は、行商人の娘であった著者の若き日の放浪生活を日記ふうに綴ったものでありますが、読者の胸に一番ひびくのは、その極貧生活の描写でありませう。樋口一葉「にごりえ」出版から30年以上経ち、文明文化大いに進歩発展していたのに、社会の底辺で生きる人の暮らしぶりは何ほどの向上もなかったことが窺えます。


◆青春時代は「苦しきことのみ多かりき」
 6畳一間の家賃が払えない、どころではない。今日食べる米がない、手元の金は二十銭、十銭、きりという日が続く。それを使い果たしたら、空腹を我慢するしかないない。(当時は、3畳、2畳の貸間もあった)

228頁の文を写すと・・
 
「私は五銭で駄菓子を五つ買ってくると、古雑誌を読みながらたべた。貧乏は恥じゃあないと云ったものの、五つの駄菓子は、しょせん私の胃袋を満たしてくれぬ。手を伸ばして押し入れを開けてみる。白菜の残りをつまみ、白いご飯の舌触りを空想する。何もない。漠々。涙が滲んでくる・・」


 かくして、林芙美子の青春時代は「住所不定・職業不詳」の時代だった。メインの行商のほかに、食堂の店員、カフェの女給、おもちゃ工場の工員、事務員・・転々として定着しない。事務員は大阪天満の毛布問屋の仕事だったが、すぐに飽きてやめてしまった。放浪エリアも九州から東京まで広範囲で、比較的長く住んだ尾道市は「文学散歩」という観光の対象になっている。


これらの放浪記のどこまでが真実、またはフィクションなのか気になるところでありますが、各地を転々とした足跡は大方裏付けが取れてるので、概ね事実だったと思われます。むしろ、次々と入れ替わる男関係のほうが怪しい。食うために体を売った、場面もあったかもしれない。


食うや食わずの苦難の時代を経て、雑誌の連載から出版社の目にふれることになり、1930年、改造社から本書が発行されると大ベストセラーになります。当時(昭和初期)で50万部売れたというから、住所不定、職業不詳女は一気に「女流文学者」に祭られたのです。
 一膳のメシさえ食えなかった逆境にあっても、日記や歌を書くのはやめなかった。何人もの、B級、C級男を渡りあるきつつも、上昇心を失わなかったタフな精神が僥倖をつかむモトになりました。


◆無類の旅好きだった
 放浪は止むをえぬ境遇によるものだったとしても、一カ所に定住することが最善の選択でもなかったらしい。文学者として成功をおさめたあとも、しょっちゅう旅行に出かけた。パリへ行くのはシベリア鉄道経由だったというから、男でもびびりそうなハードさです。
 その印象を小説やエッセイに生かしただけでなく、新聞社の従軍記者として戦地へ行くし、ついには陸軍の従軍記者として、ベトナム、シンガポール、ジャワ、スマトラなど戦闘地へも赴いた。女性の一人旅のリスクなんて全然気にしなかったらしい。


 当時の女流文学者は、インテリや実業家など「ええしの子」が普通で一人旅自体が御法度だったから、彼女は、作家にして変人とみられたでせう。旅好きといえば、与謝野晶子も全国各地へ旅しています。旅好きの第一条件「尻が軽いこと」においてツートップと言えます。(2004年 みすず書房発行)


放浪記



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