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読書と音楽の愉しみ



●原田伊織著「明治維新という過ち」を読む

司馬遼太郎の歴史観をコテンパンに批判
 TSさんからまたまた面白い本を送呈してもらいました。幕末史や明治維新に興味有る人は必読であります。何が面白いのか。明治維新に関しては司馬遼太郎の歴史観(いわゆる司馬史観)を真っ向から批判、否定しているからです。 因果なことに、著者は司馬さんの大学(大阪外大)の後輩という立場です。むろん、単純にケンカを売ってるのではなく、司馬遼太郎の業績全体については尊敬の念を抱いてますが、コト、明治維新に関しては真逆の考えをもっています。司馬史観がもう常識のように普遍化していることに「黙ってられへん!」と反旗を翻した。


吉田松陰はテロリスト集団の主犯だ
 著者は、明治維新で重要な役割を果たした?人物のうち、徳川斉昭、徳川慶喜、水戸光圀(黄門)の三人を幕末の三馬鹿呼ばわりしている。藩でいえば、長州藩、薩摩藩、水戸藩がサイテー、ボロクソであります。逆に、司馬サンはめっぽう長州藩ひいきだった。もちろん、吉田松陰は維新のヒーロー扱いであります。
 その吉田松陰と仲間の髙杉晋作や久坂玄瑞を著者はテロリスト呼ばわりするのだから司馬ファンは心中穏やかではありますまい。私たちが常識としていた、あるいは学校で教えられた明治維新のイメージがぐわらりと揺るぎます。本書を読む限り、吉田松陰は知性や教養を備えた青年ではなく、自分の考えに合わない政治家(藩主や老中)や外国人は片っ端から暗殺によってでも消してしまいたい過激な思想の持ち主だった。


124頁の文を引用すると・・・
 例えば、吉田松陰の外交思想というものは余り語られないが、実に稚拙なものだった。北海道を開拓し、カムチャッカからオホーツク一帯を占拠し、琉球を日本領とし、朝鮮を属国とし、満州、台湾、フィリピンを領有するべきだと言うのである。(略)
 一体、松陰はどういう国学を、どういう兵学を勉強したのか。恐ろしいことは、長州、薩摩の世になったその後の日本が、長州閥の支配する帝国陸軍を中核勢力として、松陰の主張した通り、朝鮮から満州を侵略し、カムチャッカから南方に至る広大なエリアに軍事進出して国家を滅ぼしたという、紛れもない事実を私たち日本人が体験したことである。
(略)


著者が一番言いたかったことはコレです。若き吉田松陰や坂本龍馬の活躍によって成し遂げられた明治維新・・ではあるけれど、彼らの後輩である山県有朋や伊藤博文は帝国陸軍創設を経て、結局、大陸侵攻を果たし、日清、日露戦争で戦争のノウハウを磨いた後、大東亜戦争に突入してしまった。コンポンである明治維新は本当に正しかったのか?


司馬遼太郎はどう考えたか
 明治維新礼賛者である司馬遼太郎センセはこういう。維新から大東亜戦争までの歴史のうち、明治の終わり(日露戦争後)から昭和の開戦までは歴史の連続性がない。プッツンしていると。日露戦争勝利のあと、陸軍を主とした軍閥が国家を牛耳り、国民から離れた独裁政治に走ってしまった。この40年間は維新の精神とはほど遠い劣化した国家だった。歴史の流れから切り離したい「異物」みたいなものだという。素晴らしい明治維新の延長上に昭和の軍国主義が生まれたなんて認めまへんで!と、えらいお怒りです。 
 

著者は反論します。センセが昭和の軍事政権にものすごい嫌悪感、軽蔑の念を抱いてるのは解るが、だからといって、あんなカスみたいな時代、日本の歴史の一部として認めたくないというのは過ぎたる偏見ではないかと。
 明治維新は必然であって、それ自体は否定しないが、維新の概念はずっと後の昭和のはじめ頃に長州閥の思想で生まれた。明治維新という名称もその頃にできて普及した。明治時代に明治維新の概念ができたのではない。


明治維新を見直せ
 趣味娯楽で読んだはずの歴史小説が、いつのまにか読者の頭の中で固有の歴史常識になってしまうことは普通にあります。坂本龍馬は実在の人物ですが、坂本竜馬は小説の主人公です。作者は誤解をさけるために龍馬を竜馬に変え「これは小説です」と断りを入れている。しかし、竜馬=龍馬と思い違いしてしまいがちです。


明治維新における吉田松陰も、死後何十年も経ってから為政者の都合の良い人物像に作り直され、偉大な先駆者として崇拝の対象になった。そのリメークされた吉田松陰像が私たちの常識になっている。神格化されて「松陰神社」まであるのだから、ご本人は「モテすぎや、ククク」とあの世で笑ってるかもしれない。


著者は、この松陰の虚像が実像化されてることにガマンできない。ヨイショした司馬遼太郎を許せない。非力と分かっていても明治維新のインチキぶりを世に訴えたい・・ので、本書を著した。売れ行きはどうなのでせうか。30万部くらい出たら、少しは「常識」にインパクトを与えるかも、と思います。(2015年1月 毎日ワンズ発行) 



明治維新という過ち




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●新緑輝く・・「新高野快道」紀見峠越えハイキング

 我が家から一番早く、安く行けるカントリーシーンは南海高野線沿線です。地下鉄で10分、高野線で30分。河内長野市の天見駅で降りて紀見峠を越え、林間田園都市駅まで約8キロののんびりコースを歩きました。拙著「新高野快道」発行からもう20年近く経っています。


里山では、新緑の輝くような緑はあと数日で失せ、GWが終わると色濃くなってしまいます。この鮮烈な緑を写真で再現するのは難しい。なぜか輝かない。 (カメラが安物のせい?)


紀見峠の集落風景は昔のままです。空き家や廃屋が見えないのは、こんな不便な土地でも住み続ける世帯数が減っていないということです。ただ、子供の通学が大変だと思いますが。


今年は高野山開創1200年という節目の年だそうです。昔の旅を忍んで、市街地から徒歩で山上を目指すハイカーが増えるかもしれません。(4月26日)


(注1)紀見峠の手前、ダイヤモンドトレイルとの出会いに木造の公衆トイレ(簡易型浄化槽式)があります。但し、手洗いの水がないので、横のせせらぎを利用します。
(注2)峠を下った葛城神社のトイレは使えなくなっています。



八重桜が残る遊歩道は、昔の高野線線路敷き
紀見峠 




紀見峠



ロッジ風の公衆トイレ
紀見峠 



数学者、岡潔の生家跡碑
紀見峠 




紀見峠 



昔の面影を残す紀見峠の集落
紀見峠 



「峠の茶屋・丹波屋」さんは休業。もう廃業したのかもしれない。
紀見峠 




勝手に名付けた「橋本版・哲学の道」は全部コンクリート舗装され、風情が薄れた。
紀見峠 



林間田園都市駅近くから高野山遠望
紀見峠 



ウオーキング・観光



●「桃山時代の狩野派」鑑賞  ~京都国立博物館~

 Tさんからチケットを頂いてタダで鑑賞できました。感謝。渋いめの展覧会だから、平日に行ったらガラ空きのはず、と予想して出かけたらなかなかの盛況で混雑寸前の賑わいでした。


狩野派の親分、永徳が亡くなったあとの息子や弟子たちの作品、屏風や襖絵がメインです。秀吉がブイブイ言わしてた時分は狩野派の絶頂期で、業界の仕事をほぼ独占していました。しかし、北陸から長谷川等伯という、中小企業ながらスグレモノの一派が現れて縄張り争いが熾烈になります。

 ・・・と、こんなこと書いてもぜんぜん面白くないですね。で、今回の鑑賞で日頃気になっていた小ネタを書きます。やっぱり面白くないかも。 日本画の表現技法の一つに「雲」があります。鑑賞者はほとんで意識せずに漫然と見過ごしていますが、素晴らしいアイデアだと感心します。誰が考えたのか? 源氏物語絵巻にこれが登場しているので、その前に中国から伝来したのかもしれません。


今回見た作品にも雲はいっぱい出て来ます。使い方として、最初は空から見下ろした風景を描くのに雲をモチーフに使ったのかも知れない。さらに、昔は使えなかった遠近法の代わりに雲で画面をセパレートして距離感を出そうとしたのかも。当然、画面の一部を省略する場合の便利なツールとしても雲を使ったと考えます。障壁画などでは、隅々まで細密に描くと画面がごちゃついてしまうので、雲を配してシンプルにすることもできます。


さらに応用を利かせて、下の南蛮屏風図では金色の雲の上を人が歩いてる風景が描かれています。写実からいえば全くデタラメな絵なのに「こんなん、ありか?」なんて文句言う人はいません。もう半分抽象画だと言ってもよい作品です。なにはともあれ、雲を絵のモチーフとして、こんなに上手に使ってるのは日本人(日本画)だけではないでせうか。


雲が描かれた日本画はゆったりした感じの画像になりますが、実は納期をせかされた画家が制作時間を短くするために雲を多用した・・そんなセコイ事情もあった?と勝手に想像します。とにかく、画家にとって労働時間が短縮できる便利なツールであり、鑑賞者にはほどよく整理された画像を提供できる、ウインウインの効果大なる表現方法です。(同展は5月17日まで)


狩野内膳 南蛮屏風図(部分)
狩野派


狩野山楽 唐獅子図屏風(部分)
獅子のたてがみや尻尾まで雲に見えてしまう。
狩野派


同展を開催している本館
狩野派


新しい「平成知新館」も充実した展示で満足度は高い。
狩野派 
 



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●太田和彦著「みんな酒場で大きくなった」を読む

 太田和彦といえば、居酒屋案内の達人みたいに思われているけど、これは趣味道楽の一つ、本職は商業デザイナーで、長年「資生堂」宣伝部に勤めていた、という経歴が本流です。それが酒場ガイドの有名人になったのは、単なる酒好きではなく、グルメだけでもなく、人脈づくりの上手さと優れた表現力の賜でありませう。だからといって自らメディアにネタを売り込むようなプロっぽさはなく、謙虚にして含羞の人でもあることが好感をもたれる由縁です。


長年の知り合い、友人と下町の居酒屋で酒を酌み交わしながら雑談する・・これが本書の主要な中身です。相手は、大沢在昌、川上弘美、椎名誠、東海林さだお、成田一徹などが登場します。
 会話の中身に期待したらアテ外れです。しょせん、酒好きの世間話の域をでず、ブンガク談義なんかありません。著者も相手もそれを望んでいないし、あくまで雑談でしかない。これでいいのだ、と思います。ヒマつぶしにはなかなか楽しい本でありますが、お金出して買うのはためらってしまう・・ので、図書館で借りて読みました。(2013年10月 京阪神エルマガジン社発行)


著者の好きな酒場は、こんな裏町にある。
太田


太田和彦  






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●ハルカスの麓に砂漠出現

 阿倍野界隈の貴重な緑地である天王寺公園が改修工事のため、現在は写真のような更地の状態になっています。公募により近鉄が指定管理者になり、施設を改修、運営します。従来のエントランススペースの大半は芝生広場に変え、カフェやレストランも新設して家族連れも安心して利用できる公園になります。災害時の避難広場にもするためには、シンプルな設計がベスト、という目論見もあるでせう。再オープンは10月の予定。


ハルカス 


こんな感じの公園になります。(イメージ図)
ハルカスのふもと


慶沢園は改修終わって公開中

 旧住友邸宅の庭園であった慶沢園の部分改修が終わって、4月1日から有料公開(150円・敬老パスで市民は無料)しています。(月曜休業)伝統的な和風庭園の向こうにモダンなビル・・ハルカスを眺めるには最良のポジションです。有料のおかげで?あまり人がこないのは良いけど、園内は飲食禁止という無粋な管理。自販機もありません。
 食事や喫茶は、隣の美術館の「瑠樹(ルージュ)」が利用できます。



ハルカス 



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●清水義範著「身もフタもない日本文学史」を読む

 文学を解説する本ではとびきり面白い、駄目男好みの読み物です。身もフタもない・・というタイトルからして自虐的だし、小見出しの上に「雑談」の語を置いて、堅苦しい文学論ではありませんよと念を押している。さりとてパロディやいちびり感覚だけで書いているわけでもなく、「そうだったのか」と頷けることもたくさんあります。


千年を遡って、日本文学の最高のケッサクはなにか。いうまでもなく「源氏物語」です。実際に読んだ人はごくわずかなのに、この作品名を知らない人はいない。読まなくても日本人の教養のベースにこれがあると。西洋人だって、みんなが聖書やギリシャ神話を読んでるわけではないのに、キリストのことは知ってるし、ギリシャ神話の一つ、二つは語れる。それと同じように、日本には源氏物語がある。


もっと身近な読み物に「随筆」があります。その元祖が清少納言と吉田兼好。そして、随筆の本質は「自慢話」だと喝破しているのが面白い。男が書けば、訳知り顔でつい教訓めいた話になりがちだ。女が書けば、いくら卑下してみせても、わたしってセンスがいいのよ、という下心が透けて見える。つまり、随筆を書く人はみんな「徒然草」や「枕草子」みたいな文を書きたがる。全然意識してなくても、日本人なら、かの名作のDNAに呪縛されてるという。


千年飛ばして近代最高の文学者は誰か。夏目漱石だと断じています。作品個々も優れているが、彼の最大の功績は書き言葉としての現代の日本語を確立したことだと述べている。(漱石以前の作家の文章は現在の日本人にはほとんど読めない)。
 明治から昭和にかけて文豪と呼ばれるような作家がたくさん生まれたが、共通してダメな点は「自分のことしか書けなかった」作家が多かったことでせう。気宇壮大な物語を生めず、自分や家族、友人しか登場しないネクラな「私小説」がブンガクとしてもてはやされた。これは著者だけの見方ではないけど駄目男も同感です。引きこもりの元祖みたいな作家の作品を有り難がる風潮がありました。


紀行文では松尾芭蕉、戯曲では近松門左衛門がナンバーワンという評価は異論がないでせう。多くの偉大な先輩が遺した傑作を労せず楽しめる
現代人は幸せです。(2009年7月 PHP研究所発行)



本 身も蓋も





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●人生最後の?「造幣局通り抜け」

 月曜日。肌寒い雨模様の天候・・。今日なら空いてるハズ、と予想して何十年ぶりかで造幣局へ。ここだけのために出かけるのはもったいない気がして、天神橋筋の古本屋へも行きます。


1時過ぎに着いたら雨が上がってラッキー。人出は多いが混雑で渋滞という場面はなしです。ビジターの3~4割が外国人。写真、ビデオを撮りまくり、はじめて見るサクラだらけの風景にコーフン気味です。花は満開から散り始めになる場面でみなさん十分満足したでせう。


「通り抜け」が始まったのは明治16年(1883)だから今年で132年目。周辺の風景はものすごく変わったのに、この工場敷地の桜並木は樹種が増えたほかはあまり変化がない「官製の花見名所」というわけです。500mほどのコースに130種の桜(ほとんどが八重桜)の凝縮ぶりに加えて、一日の見物客が10万~15万人というから、晴天の日にはゼッタイ行かない駄目男のスネ男ぶり、ご理解下さいまし。


「通り抜け」という名は、大混雑で後戻りする人がいると事故が起きるため、強制的に一方通行=「通り抜け」にした。全く無粋極まる交通安全上の措置なのに、今や何となく粋なネーミングに聞こえるのだから不思議です。(通り抜けは4月15日まで)



天満橋を渡って5分ほどで入り口に着きます。
通り抜け 



川崎橋と日経新聞社のビル
通り抜け




通り 



通り抜け



通り 


八重紅枝垂 仙台市に多い桜
通り 


兼六園菊桜 金沢市の兼六園の桜 花弁が一番多い(300枚以上)
通り 


「今年の桜」に選ばれた「一葉」
通り 


「通り抜け」の出口です。桜宮橋の北詰になります。
通り 






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●大久保潤 他著「沖縄の不都合な真実」を読む

 沖縄の政治、経済の実情について、私たちはまともな知識を持ち合わせていない。積極的に知ろうともしないし、メディアも伝えない。全国の都府県の中で沖縄だけは未だに未知、不可解な土地のままである。
 観光旅行では決して見えない沖縄の現況を解説する本書は、日経新聞の二人の記者が著した。朝日や毎日の記者が書いた本なら色眼鏡越しに読まねばならないが、日経の記者が書いた点で反日色は薄い。いささか堅苦しい内容ですが、ウラ事情がよく分かります。


しかし、あれこれややこしい問題が多すぎてまとめるのが大変です。なので、一番大事な沖縄の支配構造についてのみ書いてみます。


◆沖縄県政を牛耳る面々
 沖縄には他府県に見られない支配構造(権力機構)が出来上がっています。・・と書けば、誰しも「左翼」連中と想像するでせう。ちがひます。沖縄の政治経済を牛耳っている面々は、地方公務員、教員及びその労組、琉球大学OB、及び学者、地元メディア(琉球新報と沖縄タイムス)そして地元の建設業者です。そして彼らの頂点に市長や知事がいる。これに外れた一般県民は選挙権を除けば力のないハズレの民です。こんな差別構造を有する都府県が他にあるでせうか。本書が一番問題にしているのがこの支配構造=沖縄ナショナリズムです。


いや、共産党や社民党も基地問題では積極的に活動しているではないか、と思うかも知れません。実際、上記の労組は左翼政党を支持しています。
しかし、それは政府と対峙するときのタテマエであって左翼のイデオロギーを信奉しているからではない。本音は利権と金です。
 本来、利権や金で動く政治を批判するべき共産党や社民党がモロ利権団体に呑み込まれてしまっている。基地反対運動では「革新」の旗を振るけれど、実体は利権、金まみれの保守団体というわけです。


基地問題を巡るゴタゴタ、特に普天間基地の移設に関しては曲折を経ながら解決の道が見えていた。それをひっくり返してしまったのは、あのバカ殿、鳩山由紀夫首相の「少なくとも県外」発言でした。民主党政権では何の解決策も生めなかった上に、安部政権の辺野古移設案は徹底的に反対しているのはご存じの通り。肝心の普天間基地住民の安全については知らん顔しています。
 私たちは報道によって辺野古地区の住民の大半が新基地建設に反対しているのではと思っていますが、実際は、住民の大半は容認派です。


沖縄の実情がわかりにくいのは、行政、企業に加えてメディアまでが支配者側に組み込まれているからです。また、内地の大手メディアも琉球新報や沖縄タイムスのいい加減な情報を批判する姿勢がない。触らぬ神に祟り無し、の扱いです。


◆誰も反対しない「那覇空港第二滑走路」建設
 辺野古の建設工事では、作業船がコンクリートブロックを一つ沈めただけで知事が差し止めを命じるなどの露骨な反対運動を展開しています。貴重な珊瑚礁を壊してはならぬ、という理由です。
 しかし、実はもっと大規模な自然破壊工事が着々と進んでいる。それがタイトルの空港工事です。現在の滑走路に並行して長さ3000mに及ぶ埋め立てをする工事で、その大半が珊瑚礁の海です。(写真参照)辺野古よりずっと規模が大きい。当然、美しい珊瑚礁を壊すな、と大反対運動が起きるはずなのに、そんなニュースは聞いたことがない。


総工費約2000億円。この大半が地元業者の売上げになるのなら反対なんてとんでもない。珊瑚礁が消える。希少生物が滅ぶ。知ったこっちゃない・・でありませう。本来、自然を壊すな、とアピールするべき地元メディアも見て見ぬ振り。朝日や毎日も自然破壊問題を報じたことないのではないか。


◆驚きの言論封殺も
 沖縄の支配組織がいかに強力であるか。端的に現れたのが「自費出版拒否問題」です。日頃、支配側に対してアンチな意見をブログで発信していた文筆家、又吉康隆氏が掲載した意見をまとめて出版しようと地元の出版社に見積もり依頼したところ、断られたというのです。
 なぜか。その原稿の趣旨が「普天間は辺野古移設以外の選択肢はない」だから。日頃、自費出版はぜひ当社で、と宣伝している出版社が、この内容では受けられないと。支配側の意に背く表現はたとえ自費出版でも断る・・。唖然とする言論封じです。


美しい自然に恵まれた沖縄で、かくも汚い政治が行われていることを知るべきでせう。
(2015年1月 新潮社発行)


那覇空港 第二滑走路工事 緑の部分が珊瑚礁
沖縄 

沖縄




沖縄不都合 






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●茨木辯天でお花見

 寒の戻りで薄ら寒い曇天のなか、Mさんの案内で参拝。ソメイヨシノはもう盛りを過ぎていましたが、しだれ桜が満開。シャクナゲやミツバツツジも鮮やかでした。結局、今年は晴天に恵まれないまま、花見シーズンが終わってしまったのが残念。


茨木辯天は通称で、本来は「冥應寺」。宗祖に天啓があって・・という成り立ちは天理教などと似ています。高校野球で知られた「智弁学園」は系列の学校です。


茨木辯天




辯天



辯天 


万国戦争受難者慰霊塔
辯天


ピカピカのキャンパスへ

帰り道、JR茨木駅歩5分にオープンした立命館大学茨木キャンパスで珈琲タイム。大学の立地は、かつての郊外展開型から「駅前大学」に急速に変わりつつあります。約10万平米の広大な敷地は、サッポロビールの工場跡地でした。

http://www.ritsumei.ac.jp/rs/r2020/campus/oic/



辯天



辯天 








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●櫻井陽子著「90分でわかる平家物語」(小学館)
  日下 力著「平清盛と平家物語」(青春出版社)を読む

 「方丈記」「枕草子」「徒然草」に続く、古典名作の安直読書、4冊目は「平家物語」です。90分でわかる・・のタイトルに釣られて読みましたが、実際は3時間くらいかかりました。こんな本読んで「平家物語」を読んだなんてエラソーなこと言いませんが、とても要領よくまとめてあって、初心者向け虎の巻としてはスグレモノです。


本書を選んだ理由の一つは、頭の中でグチャグチャになっている平氏の家系(相関図)をリセットしようという意図があったからです。平家物語は読んだことないけど、平家の面々が登場する、能や歌舞伎、文楽はたくさん見ており、いろんな人物が出てくるものの、それらは物語の一部分で登場するだけなので、他の人物との相関がわからない。ま、分からなくても十分楽しめますけど。


平、といえば清盛、と、このキャラクターは誰でも知ってるけど、他の兄弟や息子となるとチンプンカンプンであります。残念ながら、本書を読んだ後もチンプンカンプンに近い(笑)。あと一ヶ月もすれば元のグチャグチャに戻ってしまいそう。
 名前を覚えにくい一番のワケは、文字や読みが似ているからです。清盛以後に出て来るオジサンたちが、宗盛、重盛、教盛、経盛、通盛、知盛、敦盛、資盛、維盛、・・・と モリ沢山。関係も親子、兄弟、孫、等とややこしい。芝居好きな人は、知盛や敦盛の人物像をイメージできるけど、筋書き自体がええ加減に作り直されてるので、人脈云々を言ってもあんまり意味が無い。


名前が覚えにくい、に次いでややこしいのは血筋の複雑さです。いわゆる正室(正妻)だけが生んだ筋なら簡単ですが、複数の側室や愛妾が絡むと図面(相関図)で説明してもらわないと分からない。分かっても覚えられない、というわけで、チンプンカンプンになるのであります。
 さらに、平家と対峙する側の系統も、源頼朝、義朝、為朝、実朝・・と似たような名前のオジサンたちがいて、そのややこしいこと・・。むろん、義経や義仲も登場します。


おなじみの、安徳天皇の入水や俊寛の島流しの話も哀れだけど、今回はじめて知った、平家最後の嫡流、六代御前(平高清)の人生も涙ちびる物語であります。生まれてこの方、27歳で殺されるまで、楽しい日など一日もなかったかと思わせる悲嘆の日々。平家物語を締めくくるための作り話かもしれないが、諸行無常、もののあはれを表すにふさわしいラストシーンになっている。


結局、せっかく読んだのに、かいもく知識が増えなかったのであります。それは頭が悪いから仕方ないとして、一度はライブで「語り」を聞いてみたいと思ったものです。琵琶の伴奏で、できればお寺のような空間で聞いてみたい。
 
 
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ・・」



平家物語






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●久しぶりに野崎観音へ

 お花見と絵画展鑑賞を兼ねて大東市の野崎観音へ。本名は「慈眼寺」と言います。石器人は東海林太郎の「野崎小唄」なんか思い出したりして・・。「♪野崎参りは 屋形船で参ろうよ♪・・」 ふる~~。


絵画展は前住職が友人の中村常夫氏に依頼して、本堂の壁面に壁画を描いてもらった。その縁で、境内の会館で作品展を催しています。本堂の壁画といえば普通は仏画を想像しますが、ここの壁画はシュールというか、ファンタジーというか、ユニークな図柄になっています。


今回の展示作品は壁画に描いたようなテーマとは別の自由な発想の油絵です。ダリやマグリット作品のイメージに近いシュールレアリズム。お寺へ参拝に参った人にはどんな風に見えるでせうか。



野崎




野崎観音 



桜越しに大阪市内の高層ビル群が見える。
野崎 



境内の隣の民家の庭
野崎 




中村常夫作品展会場 作品展は4月20日まで。無料。
野崎 




野崎 




野崎 





野崎