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読書と音楽の愉しみ



●吉田兼好著「徒然草」を読む

 「方丈記」「枕草子」を読めば、なんとなく「徒然草」も・・というノリで、何十年ぶりかで目を通すと、まあ、なんと俗っぽいエッセイでありませう。なな、なんで?・・「枕草子」のすぐ後で読んだからです。こんな名作を俗っぽいだなんて、吉田兼好さん、ス、スビバセンね。


選んだ本がまずかった。嵐山光三郎著「徒然草の知恵」という本で、~転ばぬ先の、転んだ後の~というサブタイトルがついている、現代人に対する人生訓的な内容だから、俗っぽく感じて当然であります。宮廷サロンでの雅なライフスタイルブックと世俗的ハウツーブックの違いはどうしようもない。全段の中から、人生訓になるようなピースだけ選んで解説しているので、これを「枕草子」と比べても何ほどの意味も無い。


とはいえ、兼好は徒然草を書くに際しては十分枕草子を意識していた。お手本にして、これに負けないスグレモノにしたいと意図していたという。内容は違うけど、表現スタイルは枕草子をイメージさせるものがある。そして「ヒマつぶしに書いてまんねん」と言いながら、全力投球で書いて日本の古典随筆ベストスリーに入った。


もう一冊、酒井順子の「徒然草 REMIX」も読みました。楽しく読めることではこちらのほうがずっと上です。というか、駄目男は酒井サンのファンであります。徒然草を酒井流にリミックスして、なんと、吉田兼好と清少納言の仮想対談を創作しています。むろん、堅苦しい文学論ではなく、サラリと軽いノリの、酒井さんにしか書けない文章です。これが楽しい。酒井流解釈では、清少納言がやや上から目線で吉田兼好を見ている。兼好さん、彼女にややコンプレックスを持っているのかも。


旅行好きでもある酒井さんは、巻末に兼好が訪ね歩いた京都のあちこちを自分も歩き回り、案内しています。これも気の利いたサービスです。


兼好ファンには余計なお節介になるかもしれないが、世上、よく引用されるフレーズのいくつかを書いておきませう。


家のつくりようは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。
 
これが一番有名かも知れませんネ


よき細工は、少しにぶき刀をつかふといふ。


家にありたき木は、松、桜
 
これなんか、枕草子の「春はあけぼの・・」の発想のマネでせう。


花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは


◆勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。
 
美空ひばりのヒット曲「柔」の、勝つと思うな 思えば負けよ、の歌詞はこれからとっている。(徒然草での勝ち負けは「双六」の技)


言うまでも無く、吉田兼好は人生訓を垂れたくて「徒然草」を書いたのではない。出家というポジションから、世俗にまみれてコセコセ生きることの虚しさ、無常感を伝えたかったのでありますが、一方で、ご当人も十分に俗人(ふつうの人)のライフスタイルを実践していて、頭かきかき、「ええかっこしてるけど、ワシもあほやねん、テヘヘ」みたいな、
そこらへんのオッサン暮らしを楽しんでいたのではないか。
 仁和寺の坊さんが石清水八幡宮へ参拝したときのドジな行動なんか、他人事のように書いてるけど、もしや、あのドジ坊主は兼好自身ではなかったのか。密かに疑っている駄目男であります。(「徒然草の知恵」 嵐山光三郎著 2012年 集英社発行  「徒然草REMIX」酒井順子著 2011年 新潮社発行)



吉田兼好
tureduregusa 


酒井順子氏
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tureduregusa 








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ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その5~ (3月12日)

「出島」はまだ復元工事中
 明治維新まで日本の公式玄関口だった長崎の港の一画に、外国人専用のビジネスゾーンをこしらえたのが「出島」と呼ばれる一画。名前のように、海に突き出した島のような土地、と思ったら大間違い。昔は文字通り「島」でしたが、都市の発展とともに周辺はすっかり埋め立てられて、現在はビル街の一画になっています。

 それでも、歴史遺産の保存、復元を目指して延々と工事中で、計画では2016年度に昔の建物がほぼ復元されるとのこと。すでに完成した建物は有料で公開され、文化財の展示も楽しめます。


出島の風景と室内展示
出島






出島 





出島 




出島 





出島 


長崎歴史文化博物館
 美術館もそうだけど、地方都市のミュージアムという先入観で訪ねるとガツンと一発くらいます。ここも、規模や中身のグレードでは第一級の施設。いったい、なんぼかかりましてん?と尋ねたくなる立派な博物館です。頂いた資料によると、敷地14,400㎡、延べ床面積13,300㎡。設計は黒川紀章設計事務所、事業費80億円とあります。敷地は、昔の長崎奉行所の跡地を使い、立派な奉行所の建物も丁寧に復元してあります。


博物館正面
文化 



旧長崎奉行の玄関を復元
文化 



歴史展示の一部
文化博物館 



ジオラマで示す、出島での交流風景。床はタタミだが、オランダ人は靴を履いている。
文化 



復元された奉行所内部 廊下は一間半の巾がある。
文化 



館内のレストランでちゃんぽんを食べようと思ったが、メニューになかったので「トルコライス」を注文。こんなものが何で長崎名物なのか、ワカラン。
文化 




原爆資料館・平和公園
 文化博物館で時間を食ってしまい、こちらは駆け足見学になってしまいました。平日のせいか、見学客の半分くらいは外国人。展示室は広島の原爆資料館ほど暗くなく、深刻なイメージはあまりない。資料の質量の違いもあって、見学者に与えるインパクトでは広島のほうが上です。


資料館の展示
原爆資料館 



原爆





原爆




原爆投下2ヶ月後の爆心地風景。すでに貨物列車が走っている。
原爆 


上の写真の現在の風景。遠方の山のサイズを見ながら、ほぼ同じアングルで撮影。
原爆 



爆心地を示すタワー。
原爆 



爆心地から300mほどのところに平和公園がある。
原爆



「さるく」と路面電車で観光を堪能できる
 何年か前「長崎さるく博」というイベントがあって、ウオーキング主体の観光が盛んになるきっかけになりました。路面電車とウオーキングだけで、市内名所の大半を訪ねることができ、名所の中身も濃い。九州7県では一番個性豊かで魅力的な観光都市と言えるのではないでせうか。


思案橋界隈は、大阪の新世界と同じくらいのコテコテ風景。
思案橋



法善寺横丁より狭い路地がある。
思案橋 



足弱老人には住みにくい街?
 時間があれば、映画「ペコロスの母」に出て来る、山手の坂道だらけの住宅街を歩いてみたかったのですが、叶いませんでした。しかし、下から眺めても、坂だらけ、階段だらけの街の暮らしのしんどさが想像できます。この町で「バリアフリー」なんて言葉を使うのはイヤミでしかないのでは、と思ったものです。


ちょっと戸惑ったのは、路面電車に乗るときの道路横断です。車の通行量が多いのに、電車の停留所の前後に信号のないところがたくさんあります。車の通り過ぎるのを待っていたら渡れないので、皆さん、手もあげずに、阿吽の呼吸で?ささっと渡りますが、ヨソモンの駄目男はうまくタイミングがつかめずにモタモタしました。停留所に電車が着いているときは焦ります。しかし、停留所ごとに全部横断信号をつけると車の渋滞は必至なので対処はなかなか難しい。


バーのマスター、三浦雄一郎さんの話によると、昔は、お金持ちは丘の上に住み、庶民は下町に住んだ。丘の上の邸宅がステータスだった。しかし、次第に逆転が起き、現在は庶民が土地代の安い山手に住み、金持ちは平地に住むと。山手に住んで、マイカー通勤で駅前とか交通便利なところで駐車場を借りると、月3万円も要る。大阪の市街地よりずっと高い。なので、平地の住宅、マンション需要が増え、当然、価格が上がる。山手は売れないで下がる、ということらしい。陽当たり、眺望は抜群なれど・・山手暮らしも結構、厳しいようです。


長崎駅前のビル街のすぐ後ろも坂道住宅街
坂だらけ 



文化博物館の裏手もこんな感じの町並み
坂だらけ 




長崎駅前から路面電車に乗るときは、こんな長い階段を上下しなければならない。
坂だらけ 



長崎駅を午後4時前に出発。9時過ぎに帰宅。三日間とも晴天に恵まれ、楽しい「長崎さるく」が出来ました。(完) さるく=当地の方言で、ぶらぶら歩くこと







ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その4~ (3月11日)

●島原城下町観光

 島原の災害の歴史というネガティブな記事を続けて書いてしまったけど、あくまで個人的関心によるものです。
 好天に恵まれて、午後はしっかりウオーキング。島原城の周辺を巡りました。ローカルな藩のお城にしては、規模もつくりも立派なもので、財政的には恵まれていたのかもしれません。観光面では、すぐ近くに雲仙があるため、泊まり客は少ないみたい。ほとんどの客はマイカーか観光バス利用だから、お城だけ見物してリターンしてしまいます。島原鉄道利用の観光客は、平日なら一日に100~200人くらいではないかと思います。観光路線と言うより、住民の通勤、通学用の鉄道でせう。


島原城は、お堀の底に遊歩道があり、豊富な湧水が流れています。
観光 



観光



お堀端にある小さな酒蔵「森岳酒造」
観光



その古びた倉庫におひな様が飾ってありました。
観光



武家屋敷の町並み。濠の外側にある下級武士の住宅街で、各戸、敷地90坪、建坪25坪が標準だったそう。屋根はわら葺きです。道路のまん中に湧水を引いた水路があり、炊事にも使われたそうです。
観光 



観光



観光 



島原鉄道の終点はフェリーの港が近い「島原外港駅」が終点。火砕流の災害が響いて、ここより先は廃線になり、線路は草に埋もれています。
観光



島原駅だけはびっくりするような立派な駅舎。しかし、駅前にはコンビニもない、閑散とした町並みしかありません。
観光



全体にオンボロ路線ですが、車両はディーゼルカーで割合新しい。社内はクロスシートで、トイレもついています。
観光



一時間かけて諫早駅へ戻ります。長閑な農村や海べりをのんびり走ります。半分くらいの駅は乗降客ゼロ。この海辺の駅はプラットホームと駅名看板しかない閑散駅。でも、風景は最高です。
島原観光



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山名の酒を呑んだら、マスターが「三浦雄一郎」さんだった

 今夜はどこへ行くか・・ネットで「長崎 バー」で検索すると、ぞろぞろ出て来たので、すぐに見つかるわと、市電で思案橋まで乗って探したのですが、ショットバーは意外に見当たらない。(エリアを間違えていました)20分ほどウロウロしてようやく「Lapin」という店を探しました。もう帰り道がわからないけど、ま、ええか。


バーテンダーの所作、振る舞いを見て安心し、ホットワイン、ダイキリのロングドリンクバージョンなんか飲んで、ふと棚を見ると「Ben Nevis」のラベルが目につきました。昔、梅田に「三角点」という店があって、そこの看板ウイスキーがこれでした。ベンネヴィスとはイングランドで一番高い山の名前、三角点という店名にふさわしいブランドでした。しかし、知名度が低くて、これを置いてる店は10軒に1軒もない。


そんなブランドを長崎の店で見つけるとは・・。早速、これも飲んで世間話をしていると、マスターが遠慮がちに名刺を差し出して、名前を見ると「三浦雄一郎」さんではありませんか。だから、ベンネヴィスを置いてるのか?と訊きましたが、半分くらいは「置いてる理由」でした。むろん、偶然の同姓同名です。


楽しく過ごして帰ろうとすると「お客さま、もう電車がありませんけど」え、まだ11時過ぎやのに、と言ったけど、ないものはない。昼間は5分おきに走ってる電車なのに終電が11時とは・・。
 「タクシーに乗るほどでもないから、近道歩いてホテルのそばまで送ります」といって若いほうのバーテンダーが付き添ってホテルの見えるところまで送ってくれました。感謝!


バーラパン



バーラパン  

三浦雄一郎さんの名刺
バー


ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その3~ (3月11日)

「島原大変肥後迷惑」の町を訪ねる
 今回、島原に来たのは、200年前に起きた大災害「島原大変」の町を訪ねて見たかったからです。火砕流よりもっとえげつない「山体崩壊」が起きて、先年の東北大震災に匹敵するような人命被害が起きました。噴火している火山が危険なことは誰でも分かります。しかし、噴火などしていない町の裏山が、ある日突然山頂から山麓まで一気に崩壊するなんて想定外もいいところです。

 大阪近辺に置き換えていえば、六甲山が山頂から突然崩壊して、御影~芦屋の街があっという間に埋まってしまい、海へなだれ込んだ土砂が津波を起こし、大阪湾対岸の岸和田や泉大津の市街地が津波に呑み込まれて全滅・・という、コワーイ光景になります。


Wikipediaの解説を抜粋して引用すると・・・
 1792年(寛政4年)群発地震が収まりかけたかに見えた5月21日の夜、2度の強い地震が起こり、眉山の南側部分が大きく崩れ、3億4000万立方メートルに上る大量の土砂が島原城下を通り有明海へと一気に流れ込んだ。眉山崩壊の原因については、眉山の火山活動によって直接起こったものか、雲仙岳の火山性地震によって誘発されたものであるかは、現在でも定かではない。


山体崩壊で大量の土砂が有明海になだれ込んできた衝撃で10メートル以上の高さの津波が発生し、島原の対岸の肥後天草にも襲いかかった。大量の土砂は海岸線を870メートルも沖に進ませ、島原側が高さ6〜9メートル、肥後側が高さ4〜5メートルの津波であったと言う。肥後の海岸で反射した返し波は島原を再び襲った。死者は島原で約10,000人、対岸の熊本で5,000人を数えると言われている
 肥後側の津波の遡上高は熊本市の河内、塩屋、近津付近で15〜20メートルに達し、三角町大田尾で最高の22.5メートルに達した。島原側は布津大崎鼻で57メートルを超えたとの記録がある。(引用終わり)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E5%A4%A7%E5%A4%89%E8%82%A5%E5%BE%8C%E8%BF%B7%E6%83%91




有明海をはさんで左が島原、右が津波に襲われた肥後(熊本)
島原大変 


左奥が平成新山、右手前が山体崩壊した眉山。崩壊の跡がよく分かる。平成新山の大火砕流では眉山が壁になって、島原の町は直撃を免れた。
タイヘン 



青い線で囲んだ部分が崩壊。ピンク部分が土砂でできた土地。黄色は流れ山
タイヘン 



眉山を正面から見たところ。町並みは崩壊、流出した土砂の上につくられた。
タイヘン 



小さな島は、土砂が流れ込んでできた小山。流れ山という。海の浸食作用でだんだん小さくなっている。
タイヘン 



島原城の隣に市立図書館があるので寄り道すると、島原大変当時の古文書の展示会をやっていたので撮影させてもらった。下の図は、山の崩壊した様子と山麓や海に散らばった「流れ山」を描いている。
タイヘン 



この図は、平面と立面を一緒に描いてるのでわかりにくいが、ダークブルーは海岸線で、土砂が海になだれ込んだ様子を描く。中央下の長方形は島原城の外殻である。この大災害でも島原城は直撃を免れた。
タイヘン

200年の間に二度の大災害に見舞われた島原。しかし、今、現地を訪ねると「保存現場」を除いては災害の痕跡を見つけるのは難しいくらいです。平成新山の大火砕流の後は、もう復元が絶望ではないかと思うくらいの惨状だったのに、土石流の跡は徹底的に土砂の排出、川の浚渫が行われて、何事もなかったのかとカン違いするくらいです。

 自然の破壊力はすさまじいけれど、人間の復元力もスゴイものだと感心します。こんなにエライ目に遭わされて、だからとこの故郷を捨てて移住した人がどれほどいるのか。ほとんどいなかったのではないでせうか。災害は怖いけど、恵みも魅力も大きい土地なのでせう。





ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その2~

3月11日(水)島原へ ***************
 昨日より寒さがゆるんで快適なウオーキング日和です。今日は島原へ行きます。JRで諫早駅まで行って島原鉄道に乗り換えますが、一駅ぶん歩いて、途中の公園で伊藤静雄の詩碑と石造りの眼鏡橋をチラ見、本諫早駅から乗車します。
 運賃表見てプギャーッ。島原まで39キロで1280円!ホンマか?
と、何度も見直しました。阪神電車なら、梅田~元町32キロで320円、3倍以上です。でも、1時間に一本、一両で運転してガラ空きという有り様ではこの運賃でも、トントンか赤字でせう。むろん、ワンマン運転で、途中駅は無人、半分くらいは駅舎もないというビンボー鉄道です。


保存された火砕流被災現場を見る
 島原駅で降りてバスに乗り換え、数キロ南の「道の駅 ふかえ」で下車。ここには、1991年6月に発生した雲仙普賢岳(平成新山)大火砕流と土石流で埋没した民家が10棟くらい保存されています。役所の指示で避難していた住民にはほとんど人命被害がありませんでしたが、定点と呼ばれた観測地にいた報道関係者や学者、消防団員など44名が火砕流に呑まれて亡くなりました。


島原に大きな災害をもたらした二つの山。
左が平成新山(1483m) 右が眉山(約700m=次回に掲載)
島原火砕流保存 



平成新山の山頂 少し水蒸気?を上げている。
島原保存 



火砕流で埋まった民家
島原保存 



海岸に近い集落だったので、火砕流の温度は下がり、流れもゆっくりで、家屋はバラバラにならなかった。
島原保存 




大型テントの下で保存されてる民家。
島原保存 



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1991年6月に起きた大火砕流の画像(ネットから引用)
 もう24年前の災害になり、記憶は薄れつつあります。公開画像を集めて、当時の恐ろしい光景を再現します。


噴火が続いて溶岩が貯まっていく
火砕流 



数百度の高温を保ち、時速100キロで山麓に向かう火砕流。(空撮)火砕流 


必死で逃げる人、消防車。
火砕流 



山麓の大野木場小学校わきを流れる火砕流。もう数十メートル手前にずれていたら、大惨事になっていた。
火砕流 



火砕流の高熱で焼けただれた教室。板張りの床が無くなっている。
火砕流
 


島原の街の中心部は直撃を免れたが灰まみれに。
火砕流 


堆積した土砂は、大雨で土石流となって再び襲う。
火砕流


(いずれも1991年6月に撮影された画像です)




ウオーキング・観光


 

●長崎ぶらぶら 2泊3日   ~その1~

 今年は山陽新幹線が開業して40周年。これを記念して、JR西は特定の期間、区間に限り、開業当時の運賃で記念乗車券を発売しました。ほぼ6割引きの値段で、ジパング割引きの3割引きより大幅に安い。
 で、貧乏性がムクムク起きて、長崎までの往復きっぷを買いました。新大阪~博多~長崎、通常価格18610円が7710円。往復では37220円が15420円。差額21800円でホテル二泊分とメシ代が浮きます。(40年間に運賃は2,4倍になっていました)


◆3月10日(火)***********************

 新大阪から「のぞみ」と「かもめ」を乗り継いで午後2時前に長崎駅着。今回もミュージアム巡りがメインなので、まず、長崎県美術館へ。観光地図を見ながら徒歩20分くらいで着きました。海縁の公園に建つおしゃれな美術館で、設計は隈研吾建築都市設計事務所と日本設計の共同設計。隈研吾氏は、銀座の歌舞伎座を設計した売れっ子建築家です。


企画展はパスして、小企画展「トミタリア」を拝見。プロダクトデザイナー、富田一彦の作品展です。主にイタリアで活動していますが、手がけるデザインのジャンルが無茶広くて感心します。食器から家具、工芸品、テキスタイルまで物凄い点数です。撮影禁止なので、写真で紹介できないのが残念。カフェで、コーヒーカップに富田氏デザインのものを使っているのが、せめてものサービスです。


次に、やはり海岸通りにある「旧香港上海銀行長崎支店記念館」へ。国の重要文化財で、一階の銀行オフイスは標準的な設計ですが、二階の小部屋で展示されてる「モールス信号機」や海底ケーブルの精緻な作りに当時のハイテクの粋を見ることができます。


寒風のなか、海岸通りから坂道を上がると急に観光客が増えて、まもなく大浦天主堂に着きます。こことグラバー邸は長崎観光の定番。回遊コースは坂道、階段だらけで年寄りにはいささかきつい。なので、要所にエスカレータと動く歩道が設けてあります。大いに助かりますが、やりすぎや、と文句言う人もいるでせう。日頃、運動不足なので、今日は乗物に乗らず、徒歩だけで行動、日暮れに繁華街にあるビジネスホテルに着きました。


博多~長崎間を2時間で結ぶ「かもめ」 新幹線開業予定は2022年だそう。
長崎10日

 


大阪・天保山の「サンタマリア」と同じような港内遊覧船があります。
長崎10日 



長崎県美術館。近年のローカル美術館の充実ぶりに驚きます。
長崎10日 



唯一、撮影がユルされてる富田作品。
長崎10日 



館内のカフェで、トミタデザインの食器が使われていた。コーヒーカップには取っ手がない。
長崎10日




美術館の屋上庭園からの眺め
長崎10日


旧香港上海銀行長崎支店 威風堂々の外観
長崎10日 




一階のフロア
長崎10日 




モールス信号を送信するためのモーター
長崎10日 




大浦天主堂へ向かう坂道 土産物店が並ぶ
長崎10日 




大浦天主堂 拝観は有料で内部は撮影禁止
長崎10日 




天主堂からグラバー邸への裏道。絵になるシーンです。
長崎10日 




グラバー庭園のエスカレータ。工事にはずいぶん苦労したと思われます。
長崎10日

グラバー庭園内のショット
長崎10日 




長崎10日 



長崎10日 



ボロボロになっている旧英国領事館の建物。ようやく修復工事がはじまった。
長崎10日




鯨料理で一献
 さて、晩メシはどこで・・と、地図を手に飲み屋街へ。一人旅の楽しみはコレですね。ホテルの裏が中華街ですが、ここはパスして観光通りの方へ行き、「五人百姓」という、ほどほどにくたびれた感じの居酒屋に入ります。メニューを見ると鯨があるので早速、注文。写真の盛り合わせと、別に「皮くじら(コロ)」を煮物にしてもらい、地酒、諫早の「杵の川」、焼酎「五島麦」(五島列島)で賞味しました。鯨のメニューだけで2500円くらい、というのはいささか高いけど、しゃーないか。ベーコンなんて、子供時分は飽きるほど食べさせられたのに、今じゃ貴重品です。もしや、人生最後の鯨ベーコンになるやも知れませぬ。



長崎10日


鯨の盛り合わせ。赤身、さえずり、ベーコンなど。
長崎10日



諫早の酒「杵の川」(きのかわ)
長崎10日 



あとりえじじ 迷走妄言



ご用心! これが還付金詐欺の手口

 何年か前、広島の知人の振り込め詐欺体験談(未遂)をここで紹介しました。今回は、親切、丁寧な?新アイテム「還付金詐欺」体験談の紹介です。ある日の飲み会で、あとりえじじさんの語った体験談がとても現実感があって「ひっかかるかも」と思ったので、顛末を文章化してもらいました。幸い、これも未遂でしたが、他人事と思わず、ご用心を。
(ペーパークラフトも、あとりえじじさんの作品です)


◆カンプ金?でんわ <前編>

いま流行の還付金詐欺にかかわるこんなことがありました。


① 平成26年10月28日(火)午前11時ころ 電話がかかる。
  『N市役所ですが 医療費5年間について今年6月頃 用紙を送付していますが連絡がない    ので電話しました。青い封筒ですが覚えてませんか?。』
  (若い男性公務員風の事務的だが感じのいい声)
  「……ちょっと見た覚えがないので、家族にも確かめ探して電話します。どちらへ電話す ればいいですか?」
  『こちらは N市役所 健康福祉課 たかぎ 072-827-0000です。』
  「わかりました。私は以前 N市在住でしたが 現在の住民登録はH市です。電話番号は同じですけど…?ともかく探してすぐに連絡します。」
 
  その後 日報ノートファイルはじめ家族にも確かめたが 青い封筒はわからない??私は今年 後期高齢者組みになったので その関係書類がH市から届いているが N市から届いたことはない…
 
  2日後 聞かされていた番号に電話「N市役所ですか?」すると意外や――
  『こちらは“Mショウ”です。あ N市役所はね 072-824-0000ですよ』「えっ?・・・これは失礼しました」というわけで……
  
  すぐに教えられた番号に電話すると女性所員の声が対応。  
  『N市役所には 健康福祉課という部署はありません“たかぎ”という職員も在職していません。詐欺電話か否か私どもでは何とも… 念のため警察に届けておかれたらいかがです…』という返事。しかし…たちの悪いいたずらかもしれないし いつもご多忙であろう警察署にわざわざ届け出るのも面倒なので そのままにした。そういえば…… 
 
  これは平成26年8月頃 ベルが鳴り受話器を取ると いきなり「お父さん!…」と叫ぶ若い男の声「…え 誰や?」と応答したら切ってしまった。これは怪しい、わが家は狙われているかも……と家族に伝えたことがある。
 
  それから おかしな電話がまたかかってきたのです。<後篇に続く>


  巳年恵比寿さまにあやかりたい♪ 思わず欲が芽生えて
  金の大鯛釣り上げる妄想にふけりがち♪ でもまあやっぱ
  欲はほどほどに と言いながらまた夢見てる♪ バカだねー
あとりえじじ 
  
   
  ******************************
  
 
◆カンプ金?でんわ <後編>

② 平成26年12月30日(火)午前11時ころの電話
  『N市役所 健康保険課 “たなか”』と名乗る男性の声(やわらかい口調)
  中年の市役所職員と信じてしまう まさに真に迫る普通の物言いでした。
  『保険のお金を振り込みたいが取引銀行はどちらか?』との問い合わせ。
  私は 相手の電話番号や部署についてしつこく問いただしてから
  「少し以前に このような電話があり市役所に問い合わせたら……云々」と説明をすると『アハハハ、私はそんな者ではありませんよ、取引銀行はどちらですか?』「TMU銀行ですが…」と銀行名を応えると
  『わかりました。後程 TMU銀行の本部から電話が入りますのでよろしく』とのこと。
 
  数時間後 電話が入る。『TMU銀行“かわはら”と申します。ご本人確認の電話をさせていただきました。』(落ち着いた男性行員風の声)
  「この電話は東京の本部からですか?」 『はい』
  『45,620円の振込みをさせていただきますが、1月5日以後で……確実な日はちょっとわかりかねます。それから振込料520円を差引いた額になります。』という細かい説明を聞き取るうちに 私の欲心が働き話し半分から八分に期待し始めていました。
 
  年末の慌ただしさもあって「よくわからない話だがお金を振り込んでくるのだから まァいいか。」と深く確かめず通話を終えました。   
  取引支店名や口座番号は告げていないのに姓名と銀行名だけで振込先が簡単に特定できるのだろうか?と疑問に感じたが 銀行だからわかるんだろうな…などと思っていました。まさに欲老ボケの始まりですね。
 
③ 平成27年1月5日以後 日頃使わないTMU銀行口座を再々チエック、振込なし異常なしが続きいたずらだったことは明白だが一度信じた欲老ボケの記憶は頭から離れず からかわれた腹立たしさも消えません。
  念のためにN市役所へ電話で問い合わせたところ…案の定でした。
  『当所には 健康保険課 という部署はありません。“保険事業室”というところに“たなか”という女性職員が居て 男性職員では居ません。念のため田中にかわります。』『田中です。実は以前にも数件 そのような問い合わせ電話を頂いています。古い名簿か何かを入手した犯罪業者が利用しているのではないかと想像します。当所では そのような電話をすることや書類の送付は一切行っていません。』とのこと、欲ボケ事件は終了しました。
 
  なんてまあ 手の込んだいたずらか、銀行に成りすまして念には念の電話をかけてくるとは…なぜそこまでやるのか?全くその意図が読めません。
  事情通の方がおられたら教えてもらいたいものです。
  あの話の成り行きから いかなる巧みな話術で 私に振込みをさせるのか?その秘訣を知りたいものですが 友人たちからは「それが危ないんや!」と嘲笑されまくりました。 みなさま ご用心ご用心。
 
 
寅年毘沙門天さまは怒り心頭!いたずら電話の主を
  踏み潰して地中深く埋め込んでやりたい! 怪しからん!
  つまり欲張った分だけ腹が立つてるのかな? ばかだね―
あとりえじじ 
 


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  振り込め詐欺や、還付金詐欺の被害は跡を絶たず、昨年は全国での被害額が500億円を越えました。これは警察が把握した被害額だから、泣き寝入りを含めると金額はもっと増えます。




読書と音楽の愉しみ

 

●清少納言著「枕草子」を読む

 ハズカシながら、あの世が近づいて初めて読みました。いや、ほんとうは、読んだ、なんてエラソーこと言えず、肝心の原文は飛ばし読み状態。原文を読んでの理解度は二割くらいでせうか。ほとんどチンプンカンプンであります。しかし、幸いなことに解説書はいっぱいあるので、今回は、大伴茫人著「枕草子」と藤本宗利著「枕草子をどうぞ」の二冊を図書館で借りました。


理解度はともかく「枕草子」を読んだ人は、みんな清少納言と中宮「藤原定子(ていし)」の大ファンになってしまうのではないか。定子は清少納言が仕えた后ですが、いかほどの美貌と才知に恵まれた女性であったか、あれこれ空想しない男はいますまい。現代の女優さんたちに当てはめれば誰がピッタリか。う~ん、半世紀前の久我美子くらいしか浮かばない。


読んだ二冊の本は、著者の清少納言への思い入れがすごくて、二人とも古典文学を解説するというより、ほとんど「オタク」感覚で清少納言をヨイショしている。でも、読む側はこのほうが楽しい。古語を一つずつ説明するようなマジメ本なら、とても最後まで読む気にならないでせう。
 ・・にしても、清少納言の人物像がイマイチわかりにくい。そこで、困ったときのセイゴー頼みで、また「松岡正剛の千夜千冊」を開けて虎の巻代わりにする。ふむふむ、なるほど、上手に書くなあと感心する評論です。


内容の解説など、とても自分にはできないが、宮廷生活のワンシーンをアバウトに紹介しませう。藤本宗利氏の現代語文を駄目男流にほぐして書きます。

第百四段から

 花咲き鳥謳う新緑のある日、清少納言は中宮「定子」に、あの~、今日は郊外へピクニックに行きたいのですが、と願い出ます。定子は「いいですよ、その代わり、行く先で歌を詠んで来なさい」とOKを出す。
 
 よかった~。他に三人の女房どもを誘って公用車(牛車)に乗り、洛北は松ヶ崎あたりへ出かけます。清少納言が一番すきな鳥、ホトトギスがそこかしこでさえずり、気分はルンルン。そこには定子の親戚の貴族が 洒落たセカンドハウスに住んでいて、四人を歓迎してくれました。ランチには、貴族が「私が摘んできたワラビです。どうぞ」と嬉しいサービス。これがすごく美味しくてみんな大満足です。帰りは牛車に卯の花をいっぱい飾り付け、花車にしてご帰還。歌を詠むという宿題をすっぽかしてしまいました。


ワラビが美味しかった~、という土産話に興ずるも、定子に「で、歌はつくったの?」と言われて四人はショボーン。定子はご機嫌斜めです。
 二日後、清少納言が出仕して定子と雑談していると、定子はさりげなく筆をとり「下蕨こそ 恋しかりけれ」と書いて渡し、上の句を書きなさいと命じます。(ワラビ美味しかった、の話ばかりで歌作りをさぼったことに対するイジワルです)清少納言、ピンチ。


彼女はとっさに返します。「ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも」と詠んだのです。(後に流行する「連歌」の形式です)

    ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも
       下蕨こそ 恋しかりけれ

二人で合作したこの歌、鳥のさえずりを愛でる風流よりも、山菜料理の美味しさのほうが恋しい、というグルメ礼賛歌になってしまいました。

 この、いかにも清少納言らしい機知に定子は「やられた」と白旗をあげます。「ほんま、あんたようやるなあ、負けたわ」感心してケラケラ笑い合ったのでした。


・・という話の原文の一部をコピーすると、こんな具合です。

 

(略)唐繪にあるやうなる懸盤などして物くはせたるを、見いるる人なければ、家あるじ「いとわろくひなびたり。かかる所に來ぬる人は、ようせずばあるもなど責め出してこそ參るべけれ。無下にかくてはその人ならず」などいひてとりはやし、「この下蕨は手づから摘みつる」などいへば、「いかで女官などのやうに、つきなみてはあらん」などいへば、とりおろして、「例のはひぶしに習はせ給へる御前たちなれば」とて、とりおろしまかなひ騒ぐほどに、「雨ふりぬべし」といへば、急ぎて車に乘るに、「さてこの歌は、ここにてこそ詠まめ」といへば、「さばれ道にても」などいひて、

  卯の花いみじく咲きたるを折りつつ、車の簾傍などに長き枝を葺き指したれば、ただ卯花重をここに懸けたるやうにぞ見えける。供なる男どももいみじう笑ひつつ、網代をさへつきうがちつつ、「ここまだし、ここまだし」とさし集むなり。(略)

 二日ばかりありて、その日の事などいひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ手づから折りたるといひし下蕨は」とのたまふを聞かせ給うて、「思ひ出づることのさまよ」と笑はせ給ひて、紙のちりたるに、

    したわらびこそこひしかりけれ

 とかかせ給ひて、「もといへ」と仰せらるるもをかし。

    ほととぎすたづねてききし聲よりも

 と書きて參らせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでだに、いかで杜鵑の事をかけつらん」と笑はせ給ふも恥しながら「何か、この歌すべて詠み侍らじとなん思ひ侍るものを、物のをりなど人のよみ侍るにも、よめなど仰せらるれば、えさぶらふまじき心地なんし侍る。(略)


引用元はこちら・・・
http://www.geocities.jp/rikwhi/nyumon/az/makuranosousi_zen.html


現代でいえば、美智子妃殿下とお付きの女官のトップとの関係に近いかも知れませんが、清少納言はひたすら畏まって仕えるという女性ではなく、失礼スレスレの物言いもしたらしい。また、定子にもそんな態度を受け入れる度量があった。清少納言は、女が女に惚れるという感じで、生涯、この方にお仕えしたいと思っていたが、不幸なことに、定子は24歳で亡くなってしまう。華やかな宮廷サロンの暮らしは数年しか続かなかった。


枕草子といえば「春は曙 やうやう白くなりゆく山際 すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる・・」という教科書の文だけ記憶に残って、あとはプッツンというのが普通ですが、今回、雑に読んだだけでも、彼女の才能・・感受性の鋭さやすぐれた美意識に感心させられます。1000年前にこんなにスゴイ女性がいたのかと誇らしくなります。


教科書の「枕草子」はあっちにやり、まずは清少納言本人にアクセスするほうがうんと親しみやすいと思います。前記の「千夜千冊」を開けて全文読み通せば、少納言姐に会いたくなるでせう。蛇足ながら、清少納言の読み方は「せいしょうーなごん」ではなく「せいーしょうなごん」です。


松岡正剛の千夜千冊 「枕草子」編
http://1000ya.isis.ne.jp/0419.html


百人一首に選ばれてる瀬少納言の歌
清少納言 


清少納言 





ウオーキング・観光



●須磨海浜水族園 訪問

 京阪神の水族館では一番古くて1987年のオープン。30年経つせいか、施設に「くたびれ感」がして、改装にに追われてる感じです。これの数年後に開業した「海遊館」がさほど古めかしく感じないので、当初の設計がまずかったのではと思います。

 しかし、入場料が1300円というのは他館より安く、シニアなら1040円に値引きしてくれるのは有り難い。比較すると、一番新しい京都水族館が一番割高と言えます。(2000円)因みに、当館は委託による民営です。驚くような大型の水槽はないけど、展示生きものの種類は豊富で、イルカのショーも楽しい。半日費やす遊び場所としておすすめです。(3月3日)


冬場は客が少ないので、水槽の前にイス、テーブルを置いてサービス。テーブル下にはヒーターがあるので、コタツに入る気分でゆっくり見物できる。
須磨 



アナゴの集合住宅(塩ビパイプ)
須磨




ゴマフアザラシの背中、おさわり出来ます。但し、一回200円なり。
須磨 




おなじみ、イルカのショー。
須磨 







ウオーキング・観光



●使いにくくなる「青春18きっぷ」

 JRなら全国どこでも乗り放題・・のイメージがある「18きっぷ」ですが、まもなく開業する北陸新幹線のあおりを受けて、使用が大きく制限されます。金沢から直江津までの北陸線が三セク化される、つまり、JRではなくなり、利用できなくなります。(一部、例外措置がとられるかもしれない)


関西から、東北や北海道へ長躯するときは普通に使っていた路線がアウトになります。華やかな新幹線開業の裏で、がっかりしているファンが多いのではないでせうか。安曇野とか、信州を通って日本海側へ出るときも、糸魚川からは東西どちらへ行っても別料金が要ります。18きっぷでこの方面への旅をする人は大幅に減るでせう。


社会情勢の変化だから仕方ないと思いますが、ファンをつなぎとめるために、例えば三セク路線内(金沢~直江津)の格安乗り放題きっぷとか、企画できないものか。貧乏旅行者とはいえ、空気を運ぶよりずっとマシだと思います。

詳しいことは、こちらのニュースで・・・
http://www.j-cast.com/2015/02/27229100.html


金沢~直江津は三セクの運営になります。
北陸線 地図 


●追記・・JR西日本の広告によれば、北陸新幹線開業後も「北陸乗り放題きっぷ」は発売されます。移管した三セク路線も乗り放題なので、これを使うと便利さは従来とあまり変わらないのですが、きっぷの価格が15,600円と従来より2000円以上値上げされています。関西から北陸へ旅する人にとって、今回の新幹線開業はなんのメリットもないと言ってよいでせう。









読書と音楽の愉しみ



●東日本大震災復興支援

教会 de ジャズヴォーカル コンサート

 ジャズヴォーカリストの山下みさ子さんから案内の手紙をいただいて、懐かしい谷町のルーテル教会へ。以前、毎月通ったときはバロック音楽メインのコンサートでしたが、今回は安ますみさんがまとめたヴォーカルグループの、いわば「臨時寄せ集めメンバー」の公演です。どんなことになるのやら、と興味津々でしたが、寄せ集めとは思えぬレベルの高い演奏を聞かせてくれました。ひとえに安さんの指導力の賜でせう。


プロのジャズヴォーカリストが4名、あとは、ロック歌手、クラシックのバリトン歌手、狂言師、新聞社のデスク、ファッションモデルなど「寄せ集め」メンバーです。
 曲目は「アメイジング グレイス」「サンライズ サンセット」「マシュケナダ」「スマイル」など、これも「寄せ集め」感たっぷりの選曲。アンコールは「we are tha world」でした。 公演の知名度は皆無なので、宣伝が行き渡ってないと思われたのですが、ちょうど満杯になる聴衆が集まり、臨時寄せ集め大会にしては上出来のコンサートでした。


このイベントの第一回は、2001年9・11の同時多発テロの後で行われ、今回が13回目。売上金は東北の被害者支援に使われます。(2月28日)


アンコールの「we are tha world」を歌うメンバー。左から3人目が山下さん。
ジャズライブ




5年間に1億5千万回も再生された、ハイチを支援する「we are tha world」動画。これこそ「寄せ集め」しまくりの画像ですが、とても良くできている。

https://www.youtube.com/watch?v=Glny4jSciVI