アジア ウオッチング



●「週刊文春」拾い読み (4月2日号)

韓国軍にベトナム人慰安婦がいた!

 慰安婦問題をネタに日本に嫌がらせを続ける韓国。しかし、ベトナム戦争時に、現地に派遣された韓国軍が自ら慰安所をつくり、ベトナム人女性を慰安婦にしていた・・という事実がわかった。その前、朝鮮戦争時には韓国政府自らが米軍のために慰安所を設けていたことも明らかになっている。しかも、その責任者が朴槿恵大統領の父であった朴正煕元大統領だった。(この件は当ブログで既報)これだけの「事実」を踏まえて、よくぞ日本にイチャモンをつけられるものだとあきれてしまう。


記事は7頁にわたり、米国の公文書館での地味な調査とこれを裏付ける、文春記者のレポートでできている。このスクープといえる記事をモノにしたのはTBSのワシントン支局長、山口敏之氏だった。
 ならば、まずはTBSか毎日新聞で大きく報道するべきなのに、なぜか両社ともスルーした。韓国のご機嫌を損なうようなニュースは報じたくないから、としか思えない。(ナゼカ、ABCでは取り上げた(笑)


せっかく苦労して仕入れたネタなのに、自社で無視され、商売敵といえる週刊文春に渡さざるを得なかった山口氏の胸中はいかがなるものか。ま、はじめから、自社や毎日が無視することは分かっていたかもしれませんが。以下は産経のWEBニュースから引用。


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「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述

 韓国がベトナム戦争時、サイゴン(現ホーチミン)市内に韓国兵のための「トルコ風呂」(Turkish Bath)という名称の慰安所を設置し、そこでベトナム人女性に売春させていたことが29日、米公文書で明らかになった。韓国軍がベトナムで慰安所経営に関与していたことが、公文書として確認されたのは初めて。韓国が朝鮮戦争時に慰安婦を「第5種補給品」として部隊に支給していたことはすでに知られているが、外国であるベトナムでも慰安婦を運用していた実態がうかがえる。

 文書は米軍からベトナム駐留韓国軍最高司令官、蔡命新将軍に宛てたもので、日付は記載されていないものの1969年ごろの通報とみられる。韓国陸軍幹部らによる米紙幣や米軍票などの不正操作事件を説明したもので、その調査対象の一つとして「トルコ風呂」が登場する。

 その中で米軍は、ベトナムの通関当局と連携した調査の結果として「トルコ風呂は、韓国軍による韓国兵専用の福祉センター(Welfare Center=慰安所)」と断じた。また、その証拠として韓国軍のスー・ユンウォン大佐の署名入りの書類を挙げた。

 その上で確認事項としてベトナム人ホステスがいることや「売春婦は一晩をともにできる。料金は4500ピアストル(38ドル)。蒸気風呂とマッサージ部屋は泊まりの際のあいびき部屋として利用できる」ことなどを指摘している。この米公文書は、週刊文春(4月2日号)でTBSの山口敬之ワシントン支局長が最初に発表した。

 現代史家の秦郁彦氏「ベトナムにおける韓国軍の住民虐殺、強姦はつとに知られていたが、その陰に隠れて慰安所経営にかかわっていたことが判明したのは、公文書では初めてだと思う。引き続きさまざまな公文書が出てくることを期待する。今後、米国にいるベトナム難民移住者らが声を上げる可能性もあり、韓国に旧日本軍のことを言う資格はないという意見も出るだろう」(引用終わり)

http://www.sankei.com/politics/news/150329/plt1503290011-n1.html

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これで、韓国が慰安婦問題で日本に抗議したり、謝罪を要求する根拠はなくなってしまった。反省、謝罪するべきなのは韓国自身であります。


ベトナム慰安婦






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大阪日暮綴



●食パンに飽きたら・・・マフィン

 食パンでも菓子パンでもクロワッサンでもない「マフィン」 なんのこっちゃねん、と試しに買ったら、なかなか美味しい。宣伝文句通り、新食感のパンです。マフィンとは軽焼きパンのことだそうで、写真のようにトースターで軽く焼いて食べます。バターやジャムを載せてもいいけど、何もつけないでも美味しい。食パンではないが「焼く」というのがウリなんでせう。焼かずに食べるとモタモタした食感で美味しくない。メーカーは「パスコ」値段は4個入りで税込み170円前後です。



マフィン 




上下二つに割って、バターとマーマレードをつけたところ
マフィン




マフィン 






読書と音楽の愉しみ



●吉田兼好著「徒然草」を読む

 「方丈記」「枕草子」を読めば、なんとなく「徒然草」も・・というノリで、何十年ぶりかで目を通すと、まあ、なんと俗っぽいエッセイでありませう。なな、なんで?・・「枕草子」のすぐ後で読んだからです。こんな名作を俗っぽいだなんて、吉田兼好さん、ス、スビバセンね。


選んだ本がまずかった。嵐山光三郎著「徒然草の知恵」という本で、~転ばぬ先の、転んだ後の~というサブタイトルがついている、現代人に対する人生訓的な内容だから、俗っぽく感じて当然であります。宮廷サロンでの雅なライフスタイルブックと世俗的ハウツーブックの違いはどうしようもない。全段の中から、人生訓になるようなピースだけ選んで解説しているので、これを「枕草子」と比べても何ほどの意味も無い。


とはいえ、兼好は徒然草を書くに際しては十分枕草子を意識していた。お手本にして、これに負けないスグレモノにしたいと意図していたという。内容は違うけど、表現スタイルは枕草子をイメージさせるものがある。そして「ヒマつぶしに書いてまんねん」と言いながら、全力投球で書いて日本の古典随筆ベストスリーに入った。


もう一冊、酒井順子の「徒然草 REMIX」も読みました。楽しく読めることではこちらのほうがずっと上です。というか、駄目男は酒井サンのファンであります。徒然草を酒井流にリミックスして、なんと、吉田兼好と清少納言の仮想対談を創作しています。むろん、堅苦しい文学論ではなく、サラリと軽いノリの、酒井さんにしか書けない文章です。これが楽しい。酒井流解釈では、清少納言がやや上から目線で吉田兼好を見ている。兼好さん、彼女にややコンプレックスを持っているのかも。


旅行好きでもある酒井さんは、巻末に兼好が訪ね歩いた京都のあちこちを自分も歩き回り、案内しています。これも気の利いたサービスです。


兼好ファンには余計なお節介になるかもしれないが、世上、よく引用されるフレーズのいくつかを書いておきませう。


家のつくりようは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。
 
これが一番有名かも知れませんネ


よき細工は、少しにぶき刀をつかふといふ。


家にありたき木は、松、桜
 
これなんか、枕草子の「春はあけぼの・・」の発想のマネでせう。


花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは


◆勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。
 
美空ひばりのヒット曲「柔」の、勝つと思うな 思えば負けよ、の歌詞はこれからとっている。(徒然草での勝ち負けは「双六」の技)


言うまでも無く、吉田兼好は人生訓を垂れたくて「徒然草」を書いたのではない。出家というポジションから、世俗にまみれてコセコセ生きることの虚しさ、無常感を伝えたかったのでありますが、一方で、ご当人も十分に俗人(ふつうの人)のライフスタイルを実践していて、頭かきかき、「ええかっこしてるけど、ワシもあほやねん、テヘヘ」みたいな、
そこらへんのオッサン暮らしを楽しんでいたのではないか。
 仁和寺の坊さんが石清水八幡宮へ参拝したときのドジな行動なんか、他人事のように書いてるけど、もしや、あのドジ坊主は兼好自身ではなかったのか。密かに疑っている駄目男であります。(「徒然草の知恵」 嵐山光三郎著 2012年 集英社発行  「徒然草REMIX」酒井順子著 2011年 新潮社発行)



吉田兼好
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酒井順子氏
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閑人帳



●大阪都構想には賛成できない・・という東京の区長さん

 橋下市長が行政のお手本にしたいと言っている東京都。では、東京都の区長さんたちは全て大阪都構想に賛成なのか、というと、そうではない。むしろ、東京23区であるゆえの不満がある。カンタンに言うと、「区」ではなく「市」になって、より多くの自治権を得たいと。
 オイオイ、大阪がなりたいと言う「都」なのに、東京都の区長さんが「市」になりたいなんて、どういうことでっか。


以下は、東京都世田谷区の区長、保坂展人氏のブログ「保坂展人のどこどこ日記」からの引用です。(2014年2月5日)


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大阪都構想の欠陥  東京23区の現実
                  
•文 保坂展人 2014年2月5日

 東京都知事選挙も後半にさしかかった、2月3日。日本維新の会の橋下徹・大阪市長は市長を辞職して、出直し市長選挙に立候補することを突然、表明しました。橋下市長が掲げる「大阪都構想」が市議会で維新の会以外の賛同を得られずに進まないため民意を問いたいのだと伝えられています。


 大阪都構想については、昨年9月の堺市長選で、「大阪都構想反対」を示した竹山修身市長が、維新の新人候補を退けたことで、住民はNOの意思表示をしています。政令指定都市(以下、政令市)としての自治権限をすでに有する堺市を廃止し、大阪都の特別区になる道は選ばない、という選択をしたのです。橋下市長率いる維新の会が総力で取り組んだ選挙だったにもかかわらず、結果は敗北でした。


 さて、東京都は、1943年(昭和18年)に東京市と東京府を廃止して生まれました。大阪都構想がベースにしているのは東京都の特別区(23区)のあり方です。大阪府と政令指定都市である大阪市と堺市を廃止して大阪都とし、特別区を設置するとしていました。この議論を聞くたびに思うのは、東京の特別区の抱える現実と矛盾に対しての理解の薄さです。


 世田谷区は七つの県を上回る88万人という人口を抱えています。そこから感じるのは、東京の都区制度は必ずしもうまくいっていないということです。戦時中につくられた「特別区制度」は、人口規模も自治体実務をめぐる役割分担でも制度疲労が目立っているというのが今の実感です。
 世田谷区のような特別区は、地方分権改革によって国や都道府県から基礎自治体へと移管される事務が多いため仕事量が増大し、事業と責任の範囲はふくらんでいます。


 一方で、法人住民税、固定資産税(個人・法人)などは都税として徴収することになっており、その55%が各区に再配分されるにすぎません(都区財政調整制度)。また、地方分権の流れで基礎自治体に移行した「都市計画決定権」は、なんと「特別区」のみ除外されており、まちづくりの戦略指針さえ自由につくることができません。学校教育に責任を持つ立場でありながら、教員の人事権は都であって、区にありません。


 つまり、一般の市町村以上に、特別区は財源と権限が制約されているのです。大阪市(人口268万人)と堺市(人口84万人)は、現在は政令市という通常の市町村よりかなり権限をもった自治体ですが、大阪都構想とは、これを廃止して人口30万人程度のいくつかの特別区に再編し、広域行政を大阪都が担う代わりに、住民に身近な生活基盤に関する行政を特別区と市町村が担うというものでした。そうなれば特別区に転じ、政令市として付与されている権限を失うだけでなく、周辺の市町村と比べても権限や財源が制約された基礎的自治体となってしまうのです。


 ところで、東京の特別区は長い間、自治権拡充のたたかいを続けてきました。戦後、行われていた区長公選は、「区は都の内部団体」とする都の意向を受けて、1952年(昭和27年)の自治法改正によって廃止されました。その後、72年(昭和47年)に品川区議会が区長準公選条例を制定して住民投票を実施したことで、再び、区長公選への道が開かれました。


 現在、区長は区議会議員と同様に選挙で選ばれていますが、実現したのは、75年(昭和50年)からなのです。区長を選挙で選べるようになってから40年たらず、というのは意外という人もいるのではないでしょうか。それまで、区の管理職ポストは「都の人事の受け皿」とされた時代が長く続き、区長には幹部を動かす人事権もありませんでした。


  初の公選区長として選ばれた世田谷区の大場啓二・元区長(2011年没)は「世田谷独立宣言」というポスターを制作し、更なる自治権拡充を訴えました。そして、特別区が「基礎的な自治体」として位置づけられるようになったのは2000年(平成12年)のことでした。


いま、東京都知事選であがっている論点の中で、「子育て支援」「若者支援」「高齢者福祉」「障害者福祉」の最前線はいずれも区が抱えている現場です。押し寄せる大きな行政需要の波に日々さらされているのも区です。だからこそ、財源と権限が必要です。特別区のような制約された自治体の姿でいては、求められるニーズに対応できないと考えています。 警察・消防・上下水道等の広域行政を除けば、住民サービスの多くが区の仕事として行なわれています。東京の分権・自治改革が必要です。


 東京では、制約された基礎的自治体である特別区から「世田谷市」「新宿市」のようになることもたびたび話題にのぼってきました。それほど問題を抱えたシステムなのです。それだけに、大阪のように「政令市を廃止して特別区へ」という議論には肯きがたいものがあります。(引用終わり)

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/a59491c61c23f5978263ad0baaa8a12b


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「大阪市」から「大阪都」になった場合のデメリットについて、維新の会や橋下市長は、当然ながら一切口にしない。しかし、良いことづくめであるはずがない。マイナス効果を市民は知らないだけです。橋下サンは、住民サービスの低下はありません、と断言しているが、大阪都になったら橋下市長はもういないのだから、責任の取りようがない。
 2年後「大阪都」になってから「えらいことになってしもた~~」と悔やまないよう、各自で勉強しませう。



スモモが満開です(長居植物園)3月28日
すもも





すもも 







大阪日暮綴


創造美術協会会員  辻本侃志展 ご案内

 古い友人の個展です。仕事の合間に描きためた作品で初めての作品展を開きました。静物画から風景画までリアルに描き込む画風です。ミナミへお出かけのとき、ちょっと立ち寄ってみて下さい。

◆3月26日~31日まで 11時~18時(31日は16時)
◆会場 心斎橋筋「小大丸画廊」(小大丸ビル3階)
  06-6211-3023


会場と作品
辻本個展 



辻本 



辻本 




辻本




辻本 




辻本 







閑人帳



●空前の2万5700人に・・朝日慰安婦訴訟原告人数

 1月末の第一次訴訟原告団には約8700人が参加しました。その後も申請が続き、約1万7000人が追加となって、計2万5700人。日本の裁判史上、空前の原告人数になりました。新聞社として、これ以上不名誉なことはないでせう。(駄目男も二次訴訟に参加)

訴状の全文が「Will」4月号に載っていますので、興味有る方はどうぞ。仮に、裁判で朝日が無罪となっても、この屈辱は朝日新聞が存在する限り消えません。社員の士気にも影響するかもしれない。


一方「週刊文春」3月19日号には「朝日新聞、ゾンビ人事の醜悪」という記事があり、二つの吉田問題で責任を取った(取らされた)はずの幹部は誰一人辞表を書いて退職せず、いつのまにか職場に復帰している、つまりゾンビの如しと批判しています。最大の戦犯であった編集担当取締役の杉浦信之氏は、当然退職と思われたが、取締役を解任されたあと、再入社したというからあきれます。

 社長を辞めた木村伊量氏も、なぜか会社の車を使って本社に出入りしている。あれだけの大問題を起こしながら、キッパリと身を引いた幹部、社員は一人もいなかった。なんとダルイ会社でありませう。当然、社員の目は冷ややかで、反感が渦を巻いている。これに社内の権力闘争が絡んで職場の陰険な雰囲気は治まらない。朝日新聞社には、不祥事を起こして消された人物を生き返らせる「ゾンビ人事部」があるのですね。


週刊文春 3月19日号
ゾンビ人事




大阪日暮綴



●いつのまにかワンマン運転に・・・地下鉄千日前線

 何気なく車掌室をのぞくと、車掌さんがいない。いつの間にワンマン運転に変わったのだろう、と調べると、今年1月13日からでした。以後、何度も乗っているのに気がつきませんでした。
 千日前線は昨年暮れまでに全駅でホームドアの設置が完了し、乗降の安全度が高まったとして今年から運用しています。今里線やポートタウン線ではワンマン運転が行われていますが、幹線でははじめてのワンマン運転です。


ホームドアの設置は、1駅で1億円以上かかり、全駅設置には100億円以上かかるのではと思います。安全が担保できれば車掌の廃止はやむを得ないでせう。しかし、御堂筋線など、混雑度の高い路線のワンマン運転は難しい。四つ橋線や谷町線は可能かもしれません。



ホームドア





大阪日暮綴



●大阪都構想「タウンミーティング」に行ってみた

 土曜日の夕方、区役所のホールで維新の会主催の都構想説明会があったので出かけました。ホールはほぼ満席、700人くらいの入りです。
 入り口で住所氏名を書かされ、金属探知ゲートをくぐらされたのには驚きましたが、自宅の電話番号も書いておいたら、案の定、翌朝、維新の府会議員から御礼とヨロシクの電話がありました。ちなみに、駄目男は、都構想反対です。


橋下市長、松井知事の両人が出演しましたが、具体的な説明は市長のみが行います。このタウンミーティングは、一年前から続けており、今回で370回目、つまり、一日に一回のペースで、市内のどこかでやってきたそうです。その意気込みとスタミナはすごい。


都構想の説明内容については、もう知ってることがほとんどで期待はずれでした。チラシに載ってるような基本的なことではなく、細部のことを知りたかったのですが、それを説明すると物凄く長くなり、また聴衆を退屈させるので、みんな割愛しているのだと思います。
 それはさておき、橋下市長の説明(演説)の上手さ、会場の盛り上げ方の巧みさは大したもので、聴衆は無知という前提でしゃべるため、当然、分かりやすい。都構想の理念や改革の意義というような抽象的な話はいっさいせずに、もっぱら数字で説明します。


過去の大阪市が如何に税金の無駄遣いをしてきたか、市会、府会議員がいかに怠慢(報酬のデタラメさ)であったか、都構想が実現したら、どれだけ無駄金が減り、浮いた金を何に使うか・・といった、誰にも分かりやすい「金」と「損得」の説明に徹しています。
 こういう堅苦しいテーマの集会では、ふつうは途中で居眠りをする人が多いのですが、それをさせないところが、橋下サンの鍛え抜いたワザでありませう。これをマネできる政治家や役人は少ないはず。


結局、話の内容は大したものではないけれど、話術やアジテーションの上手さで聴き手を「乗せてしまう」のです。はじめはシラケ気味に聞いていた聴衆も、エンドが近づくと、会場全体、大いに盛り上がっていた・・になります。


世論調査では、都構想は賛成、反対、五分五分に近い数字だそうですが、今後、維新の会のモーレツなアタック=集会の頻度や大量のチラシ攻勢によって反対派を取り込んでいくと予想できます。対する、都構想反対の自民や民主、共産は全くパワー不足です。橋下市長に対抗できるキャラクターの持ち主が一人もいないし。いわゆる「浮動票」は大方が都構想賛成にまわるのではと思います。(3月21日 住吉区民センターホール)



宣伝力では維新の会が圧勝まちがいなし
タウンミーティング 








ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その5~ (3月12日)

「出島」はまだ復元工事中
 明治維新まで日本の公式玄関口だった長崎の港の一画に、外国人専用のビジネスゾーンをこしらえたのが「出島」と呼ばれる一画。名前のように、海に突き出した島のような土地、と思ったら大間違い。昔は文字通り「島」でしたが、都市の発展とともに周辺はすっかり埋め立てられて、現在はビル街の一画になっています。

 それでも、歴史遺産の保存、復元を目指して延々と工事中で、計画では2016年度に昔の建物がほぼ復元されるとのこと。すでに完成した建物は有料で公開され、文化財の展示も楽しめます。


出島の風景と室内展示
出島






出島 





出島 




出島 





出島 


長崎歴史文化博物館
 美術館もそうだけど、地方都市のミュージアムという先入観で訪ねるとガツンと一発くらいます。ここも、規模や中身のグレードでは第一級の施設。いったい、なんぼかかりましてん?と尋ねたくなる立派な博物館です。頂いた資料によると、敷地14,400㎡、延べ床面積13,300㎡。設計は黒川紀章設計事務所、事業費80億円とあります。敷地は、昔の長崎奉行所の跡地を使い、立派な奉行所の建物も丁寧に復元してあります。


博物館正面
文化 



旧長崎奉行の玄関を復元
文化 



歴史展示の一部
文化博物館 



ジオラマで示す、出島での交流風景。床はタタミだが、オランダ人は靴を履いている。
文化 



復元された奉行所内部 廊下は一間半の巾がある。
文化 



館内のレストランでちゃんぽんを食べようと思ったが、メニューになかったので「トルコライス」を注文。こんなものが何で長崎名物なのか、ワカラン。
文化 




原爆資料館・平和公園
 文化博物館で時間を食ってしまい、こちらは駆け足見学になってしまいました。平日のせいか、見学客の半分くらいは外国人。展示室は広島の原爆資料館ほど暗くなく、深刻なイメージはあまりない。資料の質量の違いもあって、見学者に与えるインパクトでは広島のほうが上です。


資料館の展示
原爆資料館 



原爆





原爆




原爆投下2ヶ月後の爆心地風景。すでに貨物列車が走っている。
原爆 


上の写真の現在の風景。遠方の山のサイズを見ながら、ほぼ同じアングルで撮影。
原爆 



爆心地を示すタワー。
原爆 



爆心地から300mほどのところに平和公園がある。
原爆



「さるく」と路面電車で観光を堪能できる
 何年か前「長崎さるく博」というイベントがあって、ウオーキング主体の観光が盛んになるきっかけになりました。路面電車とウオーキングだけで、市内名所の大半を訪ねることができ、名所の中身も濃い。九州7県では一番個性豊かで魅力的な観光都市と言えるのではないでせうか。


思案橋界隈は、大阪の新世界と同じくらいのコテコテ風景。
思案橋



法善寺横丁より狭い路地がある。
思案橋 



足弱老人には住みにくい街?
 時間があれば、映画「ペコロスの母」に出て来る、山手の坂道だらけの住宅街を歩いてみたかったのですが、叶いませんでした。しかし、下から眺めても、坂だらけ、階段だらけの街の暮らしのしんどさが想像できます。この町で「バリアフリー」なんて言葉を使うのはイヤミでしかないのでは、と思ったものです。


ちょっと戸惑ったのは、路面電車に乗るときの道路横断です。車の通行量が多いのに、電車の停留所の前後に信号のないところがたくさんあります。車の通り過ぎるのを待っていたら渡れないので、皆さん、手もあげずに、阿吽の呼吸で?ささっと渡りますが、ヨソモンの駄目男はうまくタイミングがつかめずにモタモタしました。停留所に電車が着いているときは焦ります。しかし、停留所ごとに全部横断信号をつけると車の渋滞は必至なので対処はなかなか難しい。


バーのマスター、三浦雄一郎さんの話によると、昔は、お金持ちは丘の上に住み、庶民は下町に住んだ。丘の上の邸宅がステータスだった。しかし、次第に逆転が起き、現在は庶民が土地代の安い山手に住み、金持ちは平地に住むと。山手に住んで、マイカー通勤で駅前とか交通便利なところで駐車場を借りると、月3万円も要る。大阪の市街地よりずっと高い。なので、平地の住宅、マンション需要が増え、当然、価格が上がる。山手は売れないで下がる、ということらしい。陽当たり、眺望は抜群なれど・・山手暮らしも結構、厳しいようです。


長崎駅前のビル街のすぐ後ろも坂道住宅街
坂だらけ 



文化博物館の裏手もこんな感じの町並み
坂だらけ 




長崎駅前から路面電車に乗るときは、こんな長い階段を上下しなければならない。
坂だらけ 



長崎駅を午後4時前に出発。9時過ぎに帰宅。三日間とも晴天に恵まれ、楽しい「長崎さるく」が出来ました。(完) さるく=当地の方言で、ぶらぶら歩くこと







ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その4~ (3月11日)

●島原城下町観光

 島原の災害の歴史というネガティブな記事を続けて書いてしまったけど、あくまで個人的関心によるものです。
 好天に恵まれて、午後はしっかりウオーキング。島原城の周辺を巡りました。ローカルな藩のお城にしては、規模もつくりも立派なもので、財政的には恵まれていたのかもしれません。観光面では、すぐ近くに雲仙があるため、泊まり客は少ないみたい。ほとんどの客はマイカーか観光バス利用だから、お城だけ見物してリターンしてしまいます。島原鉄道利用の観光客は、平日なら一日に100~200人くらいではないかと思います。観光路線と言うより、住民の通勤、通学用の鉄道でせう。


島原城は、お堀の底に遊歩道があり、豊富な湧水が流れています。
観光 



観光



お堀端にある小さな酒蔵「森岳酒造」
観光



その古びた倉庫におひな様が飾ってありました。
観光



武家屋敷の町並み。濠の外側にある下級武士の住宅街で、各戸、敷地90坪、建坪25坪が標準だったそう。屋根はわら葺きです。道路のまん中に湧水を引いた水路があり、炊事にも使われたそうです。
観光 



観光



観光 



島原鉄道の終点はフェリーの港が近い「島原外港駅」が終点。火砕流の災害が響いて、ここより先は廃線になり、線路は草に埋もれています。
観光



島原駅だけはびっくりするような立派な駅舎。しかし、駅前にはコンビニもない、閑散とした町並みしかありません。
観光



全体にオンボロ路線ですが、車両はディーゼルカーで割合新しい。社内はクロスシートで、トイレもついています。
観光



一時間かけて諫早駅へ戻ります。長閑な農村や海べりをのんびり走ります。半分くらいの駅は乗降客ゼロ。この海辺の駅はプラットホームと駅名看板しかない閑散駅。でも、風景は最高です。
島原観光



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山名の酒を呑んだら、マスターが「三浦雄一郎」さんだった

 今夜はどこへ行くか・・ネットで「長崎 バー」で検索すると、ぞろぞろ出て来たので、すぐに見つかるわと、市電で思案橋まで乗って探したのですが、ショットバーは意外に見当たらない。(エリアを間違えていました)20分ほどウロウロしてようやく「Lapin」という店を探しました。もう帰り道がわからないけど、ま、ええか。


バーテンダーの所作、振る舞いを見て安心し、ホットワイン、ダイキリのロングドリンクバージョンなんか飲んで、ふと棚を見ると「Ben Nevis」のラベルが目につきました。昔、梅田に「三角点」という店があって、そこの看板ウイスキーがこれでした。ベンネヴィスとはイングランドで一番高い山の名前、三角点という店名にふさわしいブランドでした。しかし、知名度が低くて、これを置いてる店は10軒に1軒もない。


そんなブランドを長崎の店で見つけるとは・・。早速、これも飲んで世間話をしていると、マスターが遠慮がちに名刺を差し出して、名前を見ると「三浦雄一郎」さんではありませんか。だから、ベンネヴィスを置いてるのか?と訊きましたが、半分くらいは「置いてる理由」でした。むろん、偶然の同姓同名です。


楽しく過ごして帰ろうとすると「お客さま、もう電車がありませんけど」え、まだ11時過ぎやのに、と言ったけど、ないものはない。昼間は5分おきに走ってる電車なのに終電が11時とは・・。
 「タクシーに乗るほどでもないから、近道歩いてホテルのそばまで送ります」といって若いほうのバーテンダーが付き添ってホテルの見えるところまで送ってくれました。感謝!


バーラパン



バーラパン  

三浦雄一郎さんの名刺
バー


ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その3~ (3月11日)

「島原大変肥後迷惑」の町を訪ねる
 今回、島原に来たのは、200年前に起きた大災害「島原大変」の町を訪ねて見たかったからです。火砕流よりもっとえげつない「山体崩壊」が起きて、先年の東北大震災に匹敵するような人命被害が起きました。噴火している火山が危険なことは誰でも分かります。しかし、噴火などしていない町の裏山が、ある日突然山頂から山麓まで一気に崩壊するなんて想定外もいいところです。

 大阪近辺に置き換えていえば、六甲山が山頂から突然崩壊して、御影~芦屋の街があっという間に埋まってしまい、海へなだれ込んだ土砂が津波を起こし、大阪湾対岸の岸和田や泉大津の市街地が津波に呑み込まれて全滅・・という、コワーイ光景になります。


Wikipediaの解説を抜粋して引用すると・・・
 1792年(寛政4年)群発地震が収まりかけたかに見えた5月21日の夜、2度の強い地震が起こり、眉山の南側部分が大きく崩れ、3億4000万立方メートルに上る大量の土砂が島原城下を通り有明海へと一気に流れ込んだ。眉山崩壊の原因については、眉山の火山活動によって直接起こったものか、雲仙岳の火山性地震によって誘発されたものであるかは、現在でも定かではない。


山体崩壊で大量の土砂が有明海になだれ込んできた衝撃で10メートル以上の高さの津波が発生し、島原の対岸の肥後天草にも襲いかかった。大量の土砂は海岸線を870メートルも沖に進ませ、島原側が高さ6〜9メートル、肥後側が高さ4〜5メートルの津波であったと言う。肥後の海岸で反射した返し波は島原を再び襲った。死者は島原で約10,000人、対岸の熊本で5,000人を数えると言われている
 肥後側の津波の遡上高は熊本市の河内、塩屋、近津付近で15〜20メートルに達し、三角町大田尾で最高の22.5メートルに達した。島原側は布津大崎鼻で57メートルを超えたとの記録がある。(引用終わり)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E5%A4%A7%E5%A4%89%E8%82%A5%E5%BE%8C%E8%BF%B7%E6%83%91




有明海をはさんで左が島原、右が津波に襲われた肥後(熊本)
島原大変 


左奥が平成新山、右手前が山体崩壊した眉山。崩壊の跡がよく分かる。平成新山の大火砕流では眉山が壁になって、島原の町は直撃を免れた。
タイヘン 



青い線で囲んだ部分が崩壊。ピンク部分が土砂でできた土地。黄色は流れ山
タイヘン 



眉山を正面から見たところ。町並みは崩壊、流出した土砂の上につくられた。
タイヘン 



小さな島は、土砂が流れ込んでできた小山。流れ山という。海の浸食作用でだんだん小さくなっている。
タイヘン 



島原城の隣に市立図書館があるので寄り道すると、島原大変当時の古文書の展示会をやっていたので撮影させてもらった。下の図は、山の崩壊した様子と山麓や海に散らばった「流れ山」を描いている。
タイヘン 



この図は、平面と立面を一緒に描いてるのでわかりにくいが、ダークブルーは海岸線で、土砂が海になだれ込んだ様子を描く。中央下の長方形は島原城の外殻である。この大災害でも島原城は直撃を免れた。
タイヘン

200年の間に二度の大災害に見舞われた島原。しかし、今、現地を訪ねると「保存現場」を除いては災害の痕跡を見つけるのは難しいくらいです。平成新山の大火砕流の後は、もう復元が絶望ではないかと思うくらいの惨状だったのに、土石流の跡は徹底的に土砂の排出、川の浚渫が行われて、何事もなかったのかとカン違いするくらいです。

 自然の破壊力はすさまじいけれど、人間の復元力もスゴイものだと感心します。こんなにエライ目に遭わされて、だからとこの故郷を捨てて移住した人がどれほどいるのか。ほとんどいなかったのではないでせうか。災害は怖いけど、恵みも魅力も大きい土地なのでせう。





ウオーキング・観光



●長崎ぶらぶら 2泊3日 ~その2~

3月11日(水)島原へ ***************
 昨日より寒さがゆるんで快適なウオーキング日和です。今日は島原へ行きます。JRで諫早駅まで行って島原鉄道に乗り換えますが、一駅ぶん歩いて、途中の公園で伊藤静雄の詩碑と石造りの眼鏡橋をチラ見、本諫早駅から乗車します。
 運賃表見てプギャーッ。島原まで39キロで1280円!ホンマか?
と、何度も見直しました。阪神電車なら、梅田~元町32キロで320円、3倍以上です。でも、1時間に一本、一両で運転してガラ空きという有り様ではこの運賃でも、トントンか赤字でせう。むろん、ワンマン運転で、途中駅は無人、半分くらいは駅舎もないというビンボー鉄道です。


保存された火砕流被災現場を見る
 島原駅で降りてバスに乗り換え、数キロ南の「道の駅 ふかえ」で下車。ここには、1991年6月に発生した雲仙普賢岳(平成新山)大火砕流と土石流で埋没した民家が10棟くらい保存されています。役所の指示で避難していた住民にはほとんど人命被害がありませんでしたが、定点と呼ばれた観測地にいた報道関係者や学者、消防団員など44名が火砕流に呑まれて亡くなりました。


島原に大きな災害をもたらした二つの山。
左が平成新山(1483m) 右が眉山(約700m=次回に掲載)
島原火砕流保存 



平成新山の山頂 少し水蒸気?を上げている。
島原保存 



火砕流で埋まった民家
島原保存 



海岸に近い集落だったので、火砕流の温度は下がり、流れもゆっくりで、家屋はバラバラにならなかった。
島原保存 




大型テントの下で保存されてる民家。
島原保存 



*****************************


1991年6月に起きた大火砕流の画像(ネットから引用)
 もう24年前の災害になり、記憶は薄れつつあります。公開画像を集めて、当時の恐ろしい光景を再現します。


噴火が続いて溶岩が貯まっていく
火砕流 



数百度の高温を保ち、時速100キロで山麓に向かう火砕流。(空撮)火砕流 


必死で逃げる人、消防車。
火砕流 



山麓の大野木場小学校わきを流れる火砕流。もう数十メートル手前にずれていたら、大惨事になっていた。
火砕流 



火砕流の高熱で焼けただれた教室。板張りの床が無くなっている。
火砕流
 


島原の街の中心部は直撃を免れたが灰まみれに。
火砕流 


堆積した土砂は、大雨で土石流となって再び襲う。
火砕流


(いずれも1991年6月に撮影された画像です)




ウオーキング・観光


 

●長崎ぶらぶら 2泊3日   ~その1~

 今年は山陽新幹線が開業して40周年。これを記念して、JR西は特定の期間、区間に限り、開業当時の運賃で記念乗車券を発売しました。ほぼ6割引きの値段で、ジパング割引きの3割引きより大幅に安い。
 で、貧乏性がムクムク起きて、長崎までの往復きっぷを買いました。新大阪~博多~長崎、通常価格18610円が7710円。往復では37220円が15420円。差額21800円でホテル二泊分とメシ代が浮きます。(40年間に運賃は2,4倍になっていました)


◆3月10日(火)***********************

 新大阪から「のぞみ」と「かもめ」を乗り継いで午後2時前に長崎駅着。今回もミュージアム巡りがメインなので、まず、長崎県美術館へ。観光地図を見ながら徒歩20分くらいで着きました。海縁の公園に建つおしゃれな美術館で、設計は隈研吾建築都市設計事務所と日本設計の共同設計。隈研吾氏は、銀座の歌舞伎座を設計した売れっ子建築家です。


企画展はパスして、小企画展「トミタリア」を拝見。プロダクトデザイナー、富田一彦の作品展です。主にイタリアで活動していますが、手がけるデザインのジャンルが無茶広くて感心します。食器から家具、工芸品、テキスタイルまで物凄い点数です。撮影禁止なので、写真で紹介できないのが残念。カフェで、コーヒーカップに富田氏デザインのものを使っているのが、せめてものサービスです。


次に、やはり海岸通りにある「旧香港上海銀行長崎支店記念館」へ。国の重要文化財で、一階の銀行オフイスは標準的な設計ですが、二階の小部屋で展示されてる「モールス信号機」や海底ケーブルの精緻な作りに当時のハイテクの粋を見ることができます。


寒風のなか、海岸通りから坂道を上がると急に観光客が増えて、まもなく大浦天主堂に着きます。こことグラバー邸は長崎観光の定番。回遊コースは坂道、階段だらけで年寄りにはいささかきつい。なので、要所にエスカレータと動く歩道が設けてあります。大いに助かりますが、やりすぎや、と文句言う人もいるでせう。日頃、運動不足なので、今日は乗物に乗らず、徒歩だけで行動、日暮れに繁華街にあるビジネスホテルに着きました。


博多~長崎間を2時間で結ぶ「かもめ」 新幹線開業予定は2022年だそう。
長崎10日

 


大阪・天保山の「サンタマリア」と同じような港内遊覧船があります。
長崎10日 



長崎県美術館。近年のローカル美術館の充実ぶりに驚きます。
長崎10日 



唯一、撮影がユルされてる富田作品。
長崎10日 



館内のカフェで、トミタデザインの食器が使われていた。コーヒーカップには取っ手がない。
長崎10日




美術館の屋上庭園からの眺め
長崎10日


旧香港上海銀行長崎支店 威風堂々の外観
長崎10日 




一階のフロア
長崎10日 




モールス信号を送信するためのモーター
長崎10日 




大浦天主堂へ向かう坂道 土産物店が並ぶ
長崎10日 




大浦天主堂 拝観は有料で内部は撮影禁止
長崎10日 




天主堂からグラバー邸への裏道。絵になるシーンです。
長崎10日 




グラバー庭園のエスカレータ。工事にはずいぶん苦労したと思われます。
長崎10日

グラバー庭園内のショット
長崎10日 




長崎10日 



長崎10日 



ボロボロになっている旧英国領事館の建物。ようやく修復工事がはじまった。
長崎10日




鯨料理で一献
 さて、晩メシはどこで・・と、地図を手に飲み屋街へ。一人旅の楽しみはコレですね。ホテルの裏が中華街ですが、ここはパスして観光通りの方へ行き、「五人百姓」という、ほどほどにくたびれた感じの居酒屋に入ります。メニューを見ると鯨があるので早速、注文。写真の盛り合わせと、別に「皮くじら(コロ)」を煮物にしてもらい、地酒、諫早の「杵の川」、焼酎「五島麦」(五島列島)で賞味しました。鯨のメニューだけで2500円くらい、というのはいささか高いけど、しゃーないか。ベーコンなんて、子供時分は飽きるほど食べさせられたのに、今じゃ貴重品です。もしや、人生最後の鯨ベーコンになるやも知れませぬ。



長崎10日


鯨の盛り合わせ。赤身、さえずり、ベーコンなど。
長崎10日



諫早の酒「杵の川」(きのかわ)
長崎10日 



閑人帳



●尖閣地図問題、中国政府が反論

 前回記事の尖閣地図問題で中国政府は早速反論しています。中国領土だと言える地図、100枚でも1000枚でも探し出せると。意気軒昂でありますが、正しくは「ニセ地図を100枚でも1000枚でも作って見せる」でありませう。強気の裏で「えらいもん、見つけられてしもた。ぐやじい」と頭を抱えてるのでは。

尖閣地図に中国「歴史的事実は地図で覆せない」
2015年03月18日 04時55分 読売新聞報道

【北京=蒔田一彦】中国外務省の洪磊ホンレイ副報道局長は17日の定例記者会見で、沖縄県・尖閣諸島が日本語名で表記されている中国政府発行の地図が見つかったことについて、「(同諸島が中国の領土という)歴史的事実は誰かが無駄な努力をして探し出した1、2枚の地図で覆されるものではない」と述べた。
 洪氏はまた、「必要ならば釣魚島(尖閣諸島の中国名)が中国に属すると明確に表記する地図を100枚でも1000枚でも探し出せる」と反論した。(引用ここまで)


引用元
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150317-OYT1T50132.html?from=ytop_main4





閑人帳



●なんで堂々と発表しないのか・・・
       
 ~尖閣諸島を日本領と表示した中国の公式地図~

       
 当ブログが「週刊新潮」記事を引用して、3月9日にアップした、上記地図の件、二日ほど前から大手メディアが相次いで報道しました。週刊誌が報じても無視するけど、外務省が自らHPに掲載したからニュースにする、というわけです。
 報道を見た人のなかには、外務省のHPにアクセスして、報道のソースを見たいと思った人もおられるでせう。閑人、駄目男もそう思って外務省のページを開けましたが、ハテ、どこにあるのやら・・・。


大事なニュースだから、当然、プレスリリースされてると思ってその項目をあけたけど・・見当たりません。あちこち20分くらい探してもたどり着けませんでした。要するに、外務省にとっては重要なニュースではないのです。結局、2ch情報から下記のURLを見つけました。


↓ このPDFの中の第21ページ目に、件の情報があります。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/pdfs/senkaku.pdf

ほかの尖閣諸島関連情報に、そっと付け加えたという体裁で、地図が載ってるだけです。これじゃ、メディアも外務省から連絡がなければゼッタイ気づかないでせう。日本にとっては有利な新情報だから、堂々と発表すれば良いのに、国会審議で質疑になり、週刊誌が取り上げてようやく公開するというイジケタ態度が情けない。もし、日中、逆の立場なら、中国は鬼の首を取ったように、世界中にハデに発信し、日本をボロクソに非難することでせう。


たまたま見たMBSのニュースでも、これを報じていましたが、アナウンスの最後に「中国の反発が予想されます」とメディアまで腰が引けてます。なんで、そこまで中国に気配りするのか、ワカラン。


外務省のHPはこちら・・・
http://www.mofa.go.jp/mofaj/


外務省HPに載った地図情報と魚釣島の写真
wor1503160039-p1.jpg


尖閣 








犬町・猫町情報



private


            4月号表紙 by ぽんさん


4月号表紙 


           色々な思い出は 色いろな想いで


   *******************************


●4月例会 ご案内

お花見ウオーク in 富雄  担当 YTさん

◆4月3日(金曜日)雨天中止
◆集合・・10時 近鉄奈良線 富雄駅西改札口

◆参考ダイヤ・・阪神三宮8:44(直特)~尼崎乗り換え 9:08
 難波9:25(快急)~生駒9:46着 各停に乗り換え9:48発 富雄着9:53   西改札口に集合

◆コース・・富雄駅~子供の森(昼食)~邪馬台国跡碑~大和民俗公園(博物館)~矢田東山バス停から近鉄郡山駅又はJR大和小泉駅へ。 距離・・8キロ アップダウン・・200m


閑人帳



●洲本5人刺殺 素朴な疑問

 事件を知って、年配の人は即「津山三十人殺し」を思い出したのではないでせうか。被害者の人数は少ないけど、静かな農村というロケーションが良く似ているし、現場の凄惨さもそっくりだから。


容疑者が黙秘しているので、詳細はわからないが、新聞・TVの報道を見て「?」と思ったのは、被害者宅二軒の無防備さです。玄関を施錠していなかった?・・まさか、それはないでせう。では、犯人はどうして家へ入ったのか。夜中に「ピンポーン、隣の平野達彦ですけど」「はい、どうぞ」は200%無い。被害者は隣人の平野達彦が危険人物だと十分わかってる。何度も警察へ相談し、実際、パトロールもしていた。


雨戸を閉めきり、しっかり施錠してあれば、犯人は大型のバールなどで、玄関戸や窓を叩き壊さなければならない。当然、大きな音がして、家人は無論、近所の人はすぐ目覚める。恐怖にふるえながらも、110番出来なかったのか。(玄関戸の構造にもよるが、一分以内で戸を壊して侵入するのは難しいのでは?)


最初の現場で二人を殺してから、すぐ近くの二軒目に入るまで二時間くらいかかっている。(発見時には遺体の死後硬直が認識された)
 二軒目の被害者は、午前7時13分、切られて血まみれになりながら、自ら警察へ電話し、その後絶命した。十分明るい時間に、犯人はここでも大きな音をたてて、玄関戸か窓を叩き壊して入ったのか。侵入される前に警察へ電話できなかったのだろうか。隣人が危険人物だとわかっているのに、易々と侵入を許してしまう防御の甘さが、なんとも理解しにくい。


しかし、津山三十人殺しの事件も、犯人は深夜に何軒もの家を次々襲って切りつけたのだから、被害者宅は大方無防備だった。当時の農村は戸締まりして寝るという習慣さえなかったと思われる。


今回の事件の上記の疑問は、もう現場検証で解明されてるはずで、べつにナゾめいたところは何もないと思います。しかし、なぜ易々と侵入を許したのか。逮捕容疑に住居侵入や器物損壊という言葉がないのも気になります。他人事ながら「ちゃんと戸締まりしてたら・・」と残念でならない。(「被害者の不用心」は筆者の想像です。事実と異なるかもしれない)


追記・・新聞報道等では「(最初に襲われた)平野毅さん夫婦の遺体は、寝室のベッドの上で見つかっており、就寝中に襲われた可能性が高い」とあり、犯人は被害者に気づかれることなく寝室に来た。老人なら目が覚めやすい、午前5時頃の犯行であり、犯人は無施錠の玄関から、すんなり寝室へ来たのではないか。


津山三十人殺し(横溝正史は、この事件を素材に「八墓村」を書いた)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6


「週刊文春」3月19日号
洲本5にい殺し 




あとりえじじ 迷走妄言



ご用心! これが還付金詐欺の手口

 何年か前、広島の知人の振り込め詐欺体験談(未遂)をここで紹介しました。今回は、親切、丁寧な?新アイテム「還付金詐欺」体験談の紹介です。ある日の飲み会で、あとりえじじさんの語った体験談がとても現実感があって「ひっかかるかも」と思ったので、顛末を文章化してもらいました。幸い、これも未遂でしたが、他人事と思わず、ご用心を。
(ペーパークラフトも、あとりえじじさんの作品です)


◆カンプ金?でんわ <前編>

いま流行の還付金詐欺にかかわるこんなことがありました。


① 平成26年10月28日(火)午前11時ころ 電話がかかる。
  『N市役所ですが 医療費5年間について今年6月頃 用紙を送付していますが連絡がない    ので電話しました。青い封筒ですが覚えてませんか?。』
  (若い男性公務員風の事務的だが感じのいい声)
  「……ちょっと見た覚えがないので、家族にも確かめ探して電話します。どちらへ電話す ればいいですか?」
  『こちらは N市役所 健康福祉課 たかぎ 072-827-0000です。』
  「わかりました。私は以前 N市在住でしたが 現在の住民登録はH市です。電話番号は同じですけど…?ともかく探してすぐに連絡します。」
 
  その後 日報ノートファイルはじめ家族にも確かめたが 青い封筒はわからない??私は今年 後期高齢者組みになったので その関係書類がH市から届いているが N市から届いたことはない…
 
  2日後 聞かされていた番号に電話「N市役所ですか?」すると意外や――
  『こちらは“Mショウ”です。あ N市役所はね 072-824-0000ですよ』「えっ?・・・これは失礼しました」というわけで……
  
  すぐに教えられた番号に電話すると女性所員の声が対応。  
  『N市役所には 健康福祉課という部署はありません“たかぎ”という職員も在職していません。詐欺電話か否か私どもでは何とも… 念のため警察に届けておかれたらいかがです…』という返事。しかし…たちの悪いいたずらかもしれないし いつもご多忙であろう警察署にわざわざ届け出るのも面倒なので そのままにした。そういえば…… 
 
  これは平成26年8月頃 ベルが鳴り受話器を取ると いきなり「お父さん!…」と叫ぶ若い男の声「…え 誰や?」と応答したら切ってしまった。これは怪しい、わが家は狙われているかも……と家族に伝えたことがある。
 
  それから おかしな電話がまたかかってきたのです。<後篇に続く>


  巳年恵比寿さまにあやかりたい♪ 思わず欲が芽生えて
  金の大鯛釣り上げる妄想にふけりがち♪ でもまあやっぱ
  欲はほどほどに と言いながらまた夢見てる♪ バカだねー
あとりえじじ 
  
   
  ******************************
  
 
◆カンプ金?でんわ <後編>

② 平成26年12月30日(火)午前11時ころの電話
  『N市役所 健康保険課 “たなか”』と名乗る男性の声(やわらかい口調)
  中年の市役所職員と信じてしまう まさに真に迫る普通の物言いでした。
  『保険のお金を振り込みたいが取引銀行はどちらか?』との問い合わせ。
  私は 相手の電話番号や部署についてしつこく問いただしてから
  「少し以前に このような電話があり市役所に問い合わせたら……云々」と説明をすると『アハハハ、私はそんな者ではありませんよ、取引銀行はどちらですか?』「TMU銀行ですが…」と銀行名を応えると
  『わかりました。後程 TMU銀行の本部から電話が入りますのでよろしく』とのこと。
 
  数時間後 電話が入る。『TMU銀行“かわはら”と申します。ご本人確認の電話をさせていただきました。』(落ち着いた男性行員風の声)
  「この電話は東京の本部からですか?」 『はい』
  『45,620円の振込みをさせていただきますが、1月5日以後で……確実な日はちょっとわかりかねます。それから振込料520円を差引いた額になります。』という細かい説明を聞き取るうちに 私の欲心が働き話し半分から八分に期待し始めていました。
 
  年末の慌ただしさもあって「よくわからない話だがお金を振り込んでくるのだから まァいいか。」と深く確かめず通話を終えました。   
  取引支店名や口座番号は告げていないのに姓名と銀行名だけで振込先が簡単に特定できるのだろうか?と疑問に感じたが 銀行だからわかるんだろうな…などと思っていました。まさに欲老ボケの始まりですね。
 
③ 平成27年1月5日以後 日頃使わないTMU銀行口座を再々チエック、振込なし異常なしが続きいたずらだったことは明白だが一度信じた欲老ボケの記憶は頭から離れず からかわれた腹立たしさも消えません。
  念のためにN市役所へ電話で問い合わせたところ…案の定でした。
  『当所には 健康保険課 という部署はありません。“保険事業室”というところに“たなか”という女性職員が居て 男性職員では居ません。念のため田中にかわります。』『田中です。実は以前にも数件 そのような問い合わせ電話を頂いています。古い名簿か何かを入手した犯罪業者が利用しているのではないかと想像します。当所では そのような電話をすることや書類の送付は一切行っていません。』とのこと、欲ボケ事件は終了しました。
 
  なんてまあ 手の込んだいたずらか、銀行に成りすまして念には念の電話をかけてくるとは…なぜそこまでやるのか?全くその意図が読めません。
  事情通の方がおられたら教えてもらいたいものです。
  あの話の成り行きから いかなる巧みな話術で 私に振込みをさせるのか?その秘訣を知りたいものですが 友人たちからは「それが危ないんや!」と嘲笑されまくりました。 みなさま ご用心ご用心。
 
 
寅年毘沙門天さまは怒り心頭!いたずら電話の主を
  踏み潰して地中深く埋め込んでやりたい! 怪しからん!
  つまり欲張った分だけ腹が立つてるのかな? ばかだね―
あとりえじじ 
 


****************************


  振り込め詐欺や、還付金詐欺の被害は跡を絶たず、昨年は全国での被害額が500億円を越えました。これは警察が把握した被害額だから、泣き寝入りを含めると金額はもっと増えます。




犬町・猫町情報



●3月例会 レポート

高取町「ひな祭り」見物と恒例「豚汁ランチ」 ~担当 ぽんさん~

 天候の都合で予定を一日遅らせて、3月8日(日)に実施。近鉄壷阪山駅からひな祭りイベントで賑わう高取の町並みを抜け、山あいの「上子島砂防公園」で豚汁を作ります。
 今回も、新潟の「〆張鶴」ほか上等のお酒の差し入れで早くもグルメ気分。豚汁も具材てんこ盛りの上等レシピで、寒い山の中、熱い汁をハフハフ頂きました。豚汁のほかに、サラダ、漬け物、酒肴、デザートまで揃った、まいどながらの豪華版。昼ご飯にこんな贅沢な料理を賞味できるハイキング会があるでせうか。健康だから味わえるご馳走です。帰りは明日香村の小道をたどり、飛鳥画廊へ寄り道して帰りました。


高取町のひな祭りイベント
豚汁 


ふだんは静かな通りも、期間中は大賑わい。
豚汁 



武家屋敷? いえ、石川医院というお医者さんです。
豚汁 




一般民家が数十軒、工夫を凝らして展示しています。
豚汁



マッテマシタ!
豚汁 




豚汁 




豚汁 




サウダージさんのスケッチ 「土佐街道を下る」
豚汁 





アジア ウオッチング




●ここまで、やるか!

 久しぶりに「大紀元」報を開いたら、いかにも中国らしいネタがありました。前回の記事で、中国はヤクザ国家と書きましたが、親分がヤクザなら、下々の国民も、ルールなんかくそくらえ、のワルぶりを発揮しています。未配達の郵便物を集めて路上で「よりどり一個10元(190円)」で売っているのであります。先進国ではあり得ないモラルハザードの見本です。以下引用・・


届かぬ郵便小包、路上で叩き売り=河北省

【大紀元日本3月5日】受取人不明の郵便小包が、商品となり路上で販売されていることが明らかになった。目撃者に撮影された「叩き売り小包」の画像がネットに出回り、話題になった。
 2月27日付けの新京報によると、受取人不明などの事情で返還された国際郵便小包が、1つ10元(約190円)の値が付けられ、河北省覇州市の路上で売られていた。


多くは北京から米国、ロシア、ウクライナ宛てで、宛名と受取人の記載された送り状がまだ添付されている。昨年11月から12月発送分で、クリスマス包装のものもある。(引用ここまで)


この件は、配達先が見つからずに戻ってきた郵便物を対象にしているが、そのうち、投函(受付)された郵便物をテキトーに抜き出して、配達前に奪い、販売する輩もでてくるかもしれない。プレゼントにチョコレートなど送ると、包装の外観や手触りで判別できるものもあるだろうから、ヘタすれば、ドロボーへのプレゼントになってしまう。
 また、あて名という個人情報も入手できるのだから、これをネタにアイデアを練り、詐欺や脅迫をするヤツも出て来る。すでに事件になってるかもしれない。


引用元
http://www.epochtimes.jp/jp/2015/03/html/d28910.html



よりどり一つ190円、早いもん勝ち。
中国 郵便物部



原価はタダだから、利益率は100%、売れ残りは捨てればよい。
中国



中国 




アジア ウオッチング



●「週刊新潮」拾い読み (3月6日号)

中国人が消し去りたい「尖閣」古地図

 巻末のグラビアページに載っている、中国政府が発行した公式地図。2月23日の衆議院予算委員会で、自民党の原田義昭議員が政府に質した、いわゆる尖閣諸島領土問題の話。

 1969年に中国政府の測絵総局(日本の国土地理院に相当)が作った地図には尖閣の島名は「魚釣島」と表記していて、日本領土であることを認めている。(中国の島なら「釣魚島」と表記しなければならない)


もし、この時点で中国領土であることを認識、表示していたなら、日中間で大問題になったはずであります。しかし、当時はなんのトラブルもなかった。ところが、この年(1969年)の5月に国連機関が、この地域には石油資源があるかも、と発表すると、中国は突然、尖閣は我が領土であると言い出した。(現在は、ずっと昔から中国領だったと言っている)


これって、ヤクザが強面でインネンつけて「ワシのもんや、よこさんかい!」とゴネるの全く同じです。そう、中国は習近平を親分とするヤクザ国家であります。全くスジの通らないことを平気で言いだし、脅かす。これに対し、日本のサヨク連中や朝日新聞は「相手の言い分にも耳を傾けるべき」の態度。朝日の前主幹、若宮啓史は「竹島なんか韓国に譲ったらいい」と言ったのだから、中国に対しても完全に腰が引けてる。そのうち、尖閣を中国領としたゴマスリ地図を朝日新聞社で発行するかもしれない。



右の点線枠内が尖閣諸島で「魚釣島」と明記してある。
中国 


表紙には毛沢東語録を載せている
中国地図





読書と音楽の愉しみ

 

●清少納言著「枕草子」を読む

 ハズカシながら、あの世が近づいて初めて読みました。いや、ほんとうは、読んだ、なんてエラソーこと言えず、肝心の原文は飛ばし読み状態。原文を読んでの理解度は二割くらいでせうか。ほとんどチンプンカンプンであります。しかし、幸いなことに解説書はいっぱいあるので、今回は、大伴茫人著「枕草子」と藤本宗利著「枕草子をどうぞ」の二冊を図書館で借りました。


理解度はともかく「枕草子」を読んだ人は、みんな清少納言と中宮「藤原定子(ていし)」の大ファンになってしまうのではないか。定子は清少納言が仕えた后ですが、いかほどの美貌と才知に恵まれた女性であったか、あれこれ空想しない男はいますまい。現代の女優さんたちに当てはめれば誰がピッタリか。う~ん、半世紀前の久我美子くらいしか浮かばない。


読んだ二冊の本は、著者の清少納言への思い入れがすごくて、二人とも古典文学を解説するというより、ほとんど「オタク」感覚で清少納言をヨイショしている。でも、読む側はこのほうが楽しい。古語を一つずつ説明するようなマジメ本なら、とても最後まで読む気にならないでせう。
 ・・にしても、清少納言の人物像がイマイチわかりにくい。そこで、困ったときのセイゴー頼みで、また「松岡正剛の千夜千冊」を開けて虎の巻代わりにする。ふむふむ、なるほど、上手に書くなあと感心する評論です。


内容の解説など、とても自分にはできないが、宮廷生活のワンシーンをアバウトに紹介しませう。藤本宗利氏の現代語文を駄目男流にほぐして書きます。

第百四段から

 花咲き鳥謳う新緑のある日、清少納言は中宮「定子」に、あの~、今日は郊外へピクニックに行きたいのですが、と願い出ます。定子は「いいですよ、その代わり、行く先で歌を詠んで来なさい」とOKを出す。
 
 よかった~。他に三人の女房どもを誘って公用車(牛車)に乗り、洛北は松ヶ崎あたりへ出かけます。清少納言が一番すきな鳥、ホトトギスがそこかしこでさえずり、気分はルンルン。そこには定子の親戚の貴族が 洒落たセカンドハウスに住んでいて、四人を歓迎してくれました。ランチには、貴族が「私が摘んできたワラビです。どうぞ」と嬉しいサービス。これがすごく美味しくてみんな大満足です。帰りは牛車に卯の花をいっぱい飾り付け、花車にしてご帰還。歌を詠むという宿題をすっぽかしてしまいました。


ワラビが美味しかった~、という土産話に興ずるも、定子に「で、歌はつくったの?」と言われて四人はショボーン。定子はご機嫌斜めです。
 二日後、清少納言が出仕して定子と雑談していると、定子はさりげなく筆をとり「下蕨こそ 恋しかりけれ」と書いて渡し、上の句を書きなさいと命じます。(ワラビ美味しかった、の話ばかりで歌作りをさぼったことに対するイジワルです)清少納言、ピンチ。


彼女はとっさに返します。「ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも」と詠んだのです。(後に流行する「連歌」の形式です)

    ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも
       下蕨こそ 恋しかりけれ

二人で合作したこの歌、鳥のさえずりを愛でる風流よりも、山菜料理の美味しさのほうが恋しい、というグルメ礼賛歌になってしまいました。

 この、いかにも清少納言らしい機知に定子は「やられた」と白旗をあげます。「ほんま、あんたようやるなあ、負けたわ」感心してケラケラ笑い合ったのでした。


・・という話の原文の一部をコピーすると、こんな具合です。

 

(略)唐繪にあるやうなる懸盤などして物くはせたるを、見いるる人なければ、家あるじ「いとわろくひなびたり。かかる所に來ぬる人は、ようせずばあるもなど責め出してこそ參るべけれ。無下にかくてはその人ならず」などいひてとりはやし、「この下蕨は手づから摘みつる」などいへば、「いかで女官などのやうに、つきなみてはあらん」などいへば、とりおろして、「例のはひぶしに習はせ給へる御前たちなれば」とて、とりおろしまかなひ騒ぐほどに、「雨ふりぬべし」といへば、急ぎて車に乘るに、「さてこの歌は、ここにてこそ詠まめ」といへば、「さばれ道にても」などいひて、

  卯の花いみじく咲きたるを折りつつ、車の簾傍などに長き枝を葺き指したれば、ただ卯花重をここに懸けたるやうにぞ見えける。供なる男どももいみじう笑ひつつ、網代をさへつきうがちつつ、「ここまだし、ここまだし」とさし集むなり。(略)

 二日ばかりありて、その日の事などいひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ手づから折りたるといひし下蕨は」とのたまふを聞かせ給うて、「思ひ出づることのさまよ」と笑はせ給ひて、紙のちりたるに、

    したわらびこそこひしかりけれ

 とかかせ給ひて、「もといへ」と仰せらるるもをかし。

    ほととぎすたづねてききし聲よりも

 と書きて參らせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでだに、いかで杜鵑の事をかけつらん」と笑はせ給ふも恥しながら「何か、この歌すべて詠み侍らじとなん思ひ侍るものを、物のをりなど人のよみ侍るにも、よめなど仰せらるれば、えさぶらふまじき心地なんし侍る。(略)


引用元はこちら・・・
http://www.geocities.jp/rikwhi/nyumon/az/makuranosousi_zen.html


現代でいえば、美智子妃殿下とお付きの女官のトップとの関係に近いかも知れませんが、清少納言はひたすら畏まって仕えるという女性ではなく、失礼スレスレの物言いもしたらしい。また、定子にもそんな態度を受け入れる度量があった。清少納言は、女が女に惚れるという感じで、生涯、この方にお仕えしたいと思っていたが、不幸なことに、定子は24歳で亡くなってしまう。華やかな宮廷サロンの暮らしは数年しか続かなかった。


枕草子といえば「春は曙 やうやう白くなりゆく山際 すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる・・」という教科書の文だけ記憶に残って、あとはプッツンというのが普通ですが、今回、雑に読んだだけでも、彼女の才能・・感受性の鋭さやすぐれた美意識に感心させられます。1000年前にこんなにスゴイ女性がいたのかと誇らしくなります。


教科書の「枕草子」はあっちにやり、まずは清少納言本人にアクセスするほうがうんと親しみやすいと思います。前記の「千夜千冊」を開けて全文読み通せば、少納言姐に会いたくなるでせう。蛇足ながら、清少納言の読み方は「せいしょうーなごん」ではなく「せいーしょうなごん」です。


松岡正剛の千夜千冊 「枕草子」編
http://1000ya.isis.ne.jp/0419.html


百人一首に選ばれてる瀬少納言の歌
清少納言 


清少納言 





ウオーキング・観光



●須磨海浜水族園 訪問

 京阪神の水族館では一番古くて1987年のオープン。30年経つせいか、施設に「くたびれ感」がして、改装にに追われてる感じです。これの数年後に開業した「海遊館」がさほど古めかしく感じないので、当初の設計がまずかったのではと思います。

 しかし、入場料が1300円というのは他館より安く、シニアなら1040円に値引きしてくれるのは有り難い。比較すると、一番新しい京都水族館が一番割高と言えます。(2000円)因みに、当館は委託による民営です。驚くような大型の水槽はないけど、展示生きものの種類は豊富で、イルカのショーも楽しい。半日費やす遊び場所としておすすめです。(3月3日)


冬場は客が少ないので、水槽の前にイス、テーブルを置いてサービス。テーブル下にはヒーターがあるので、コタツに入る気分でゆっくり見物できる。
須磨 



アナゴの集合住宅(塩ビパイプ)
須磨




ゴマフアザラシの背中、おさわり出来ます。但し、一回200円なり。
須磨 




おなじみ、イルカのショー。
須磨 







閑人帳



●「朝日」の捏造報道で日本人いじめが起きている・・・
     

     
~米国西海岸で深刻な問題に~

 3月4日の8ch「アンカー」で青山繁晴氏がロサンゼルスで行った講演の模様を語った。現地在留邦人からの招きによる講演だが、そこで邦人が抱える「反日」攻撃の深刻さを改めて知ったという。


西海岸では中国人や韓国人の人口がどんどん増えており、日本人は相対的に少なくなっている。彼らは市民権を行使して地方議員の選挙に係わり、自分たちの主張を、議員の政治活動を通じて実現する。その典型が「慰安婦像」設置である。議会に働きかけ、承認された設置であるから、撤去するには議会での発議、承認が必要になり、一旦、設置されると撤去は極めて難しい。


この、誰が見ても分かりやすい「慰安婦像」をシンボルとして反日キャンペーンを繰り広げてるのが韓国人である。さらに、米国で使われてる教科書でも「日本は悪い国」を刷り込むためのデタラメな情報による教育が普通に行われていて、中国、韓国人だけでなく、アメリカ人の子供にも「日本は悪い国」のイメージを植え付けている。
 その例が、アメリカの大手出版社「マグロウヒル」社の高校生用教科書に載っている「南京大虐殺」「慰安婦」問題である。青山氏は一度も「朝日」の言葉を使わなかったが、これこそ朝日新聞が一生懸命、捏造、拡散した、日本を貶めるためのテーマである。


朝日の永年の努力が実り、反日キャンペーンが成功した結果、現地では日本人の子供が「いじめ」にあうという深刻な問題が生じている。三枚目の写真のキャプション「日本人をやめたい」は、学校で教えられた「ダメな国日本」の将来に希望を持てなくなった子供が親に話した言葉である。


朝日新聞は、こんな事態になったことを反日キャンペーンの成果だとニンマリする。(ニンマリしなければならない)朝日新聞読者も、過去の侵略、支配の償いと考えれば「日本人いじめOK」というわけだ。これを否定するなら、朝日の報道は間違っていたことになる。現実には朝日がこんな事案を報道するはずがないので、読者は全く知らないで終わる。


http://ameblo.jp/blogdetox/ (削除されてる場合あり)


講演会は2時間の予定だったが、聴衆の要望で6時間に及んだ。
あさひ 


朝日の思惑通りになった、米国教科書の「日本は悪者」の内容例
あさひ


あさひ 







アジア ウオッチング



●身ぶるいしたかもしれない・・悪夢を思い出す朴槿恵大統領

 鋭いナイフで顔面を切る・・ただ今の日本人には一番恐ろしいワードでありますが、本日、ソウルで駐韓米国大使が暴漢に顔面を切られる事件が発生した。講演するはずだった会場で前科者に襲われた。
 外遊先で一報を受けた朴槿恵大統領のショックはいかばかりか。なぜなら、2006年に、自らも暴漢に襲われ、ナイフで右耳から顎にかけて10センチの傷を負ったからだ。(60針も縫う深刻な怪我だった)


一報を聞いて、思わず頬に手をやったのではないか。震えがきたかもしれない。震えは怪我の記憶だけでなく、今日の事件で切られたのが、同盟国アメリカの大使であることだ。日本でいえば、ケネディ大使の顔面をナイフで切りつけることだ。
 貧すりゃ鈍する・・もはや日本とは犬猿の仲に近い状態に加え、米国からの信頼も失いかねない。朴大統領にとっては、昨年に続いて最高に憂鬱な春になること、確定であります。


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ウオーキング・観光



●使いにくくなる「青春18きっぷ」

 JRなら全国どこでも乗り放題・・のイメージがある「18きっぷ」ですが、まもなく開業する北陸新幹線のあおりを受けて、使用が大きく制限されます。金沢から直江津までの北陸線が三セク化される、つまり、JRではなくなり、利用できなくなります。(一部、例外措置がとられるかもしれない)


関西から、東北や北海道へ長躯するときは普通に使っていた路線がアウトになります。華やかな新幹線開業の裏で、がっかりしているファンが多いのではないでせうか。安曇野とか、信州を通って日本海側へ出るときも、糸魚川からは東西どちらへ行っても別料金が要ります。18きっぷでこの方面への旅をする人は大幅に減るでせう。


社会情勢の変化だから仕方ないと思いますが、ファンをつなぎとめるために、例えば三セク路線内(金沢~直江津)の格安乗り放題きっぷとか、企画できないものか。貧乏旅行者とはいえ、空気を運ぶよりずっとマシだと思います。

詳しいことは、こちらのニュースで・・・
http://www.j-cast.com/2015/02/27229100.html


金沢~直江津は三セクの運営になります。
北陸線 地図 


●追記・・JR西日本の広告によれば、北陸新幹線開業後も「北陸乗り放題きっぷ」は発売されます。移管した三セク路線も乗り放題なので、これを使うと便利さは従来とあまり変わらないのですが、きっぷの価格が15,600円と従来より2000円以上値上げされています。関西から北陸へ旅する人にとって、今回の新幹線開業はなんのメリットもないと言ってよいでせう。









犬町・猫町情報



天然の美味しい水を求めて東奔西走のFさんから新しい情報です。

●名水探訪 ~橋本市の水~  (F)

 橋本市に良い水が有るとの情報を得ましたので、ポリタンクを積んで雨の中高野街道(371号線)をひた走り出かけました。
 施設名は株式会社シゲオカが経営する天然温泉「ゆの里」。和歌山県橋本市の高野山の外輪山を南に望む神野々(このの)の地にある。天然温泉を使った入浴健康施設です。施設から紀ノ川を挟んだ対面に、以前「美味しい水を求めて・・年」で取上げた「学文路(かむろ)太子堂が有ります。


重岡社長が根性で掘り当てた水質は2種類。「金水」とよばれるミネラルウォーターで毎分400リットルの湧出量。もうひとつは地下1,187mから湧き出た温泉水「銀水」です。「銀水」は①油を溶かす「界面活性力」があること。②体内の酵素の働きを助ける力「酵素活性力」が豊富。これらの作用により免疫力が高まるそうです。 
 ミネラルウォーターは施設利用者1人当たり20リットルが無料です。蛇口が3箇所あり係りの人がボトリングしてくれます。3人でポリタンク3個分Get。


風呂の前、隣り宿泊施設でイタリアンランチ(1,500円)を。前菜は地場野菜をバーニャカウダー(アンチョビ、ニンニク入りの暖かいオリーブオイル)を付けて頂きました。尚、お冷は「金水」と「銀水」をブレンドしてつくったミネラルウォーターで゛す。もちろん食後のコーヒーも。お風呂は無菌の地下水「金水」のみを利用し「銀水」を組み合わせて種々の浴槽、施設があり堪能しました。


帰り道、JAかわかみの運営する道の駅「やっちょん広場」に立ち寄り、営業用の野菜を購入。売り場に、甘く、臭みのない話題の「彩誉」が有るではありませんか。しかも、千葉県産???。JA岸和田の専売品と思っていたのですが。


地下より汲み上げ、蛇口3列
藤井



ランチの前菜  バーニャカウダーで
藤井



左:純米吟醸「天の舞」銀水が仕込み水
右:純米「紀伊國屋文左衛門」
藤井



JA岸和田の人参「彩誉」
藤井


http://ameblo.jp/kazgensensui6/entry-11354212255.html
http://www.ja-kihokukawakami.or.jp/yacchon/






犬町・猫町情報



●3月例会 日程変更のお知らせ

3月7日予定の豚汁例会は、天気予報での判断により、
8日(日曜日)に変更します。
集合時刻や電車のダイヤ等は変更ありません。
お間違いのないよう願います。
(メールでもお知らせしています)





閑人帳



●「週刊新潮」拾い読み (3月5日号)

朝日 部数


 朝日新聞の実売部数は480万部?

 相変わらず、朝日新聞の内部情報がダダ漏れになっているのは社員のモラルの低さの現れでありますが、今回は販売部門の秘密情報が「新潮」に渡ってしまった。

 今回漏れた秘密情報は「発証率」という数字で、これは発行部数に対する実売部数の割合(読者の手に渡り、代金を領収した比率)を指す。全国及び地域別に数字が表示されており、全国については71%と記されている。ということは、29%は、発行したけど読まれずに古紙として処分されることになる。


朝日の今年1月の公表発行部数は680万部。実売が71%なら480万部となる。つい先年まで「800万部死守!」とゲキを飛ばしていたのに様変わりである。地区別では大阪府が最低で、発証率は 62,6%。実に4割が発行即古紙となって回収業者に向かう。ものすごい資源とエネルギーの無駄遣いである。新聞紙の重さでいえば、一日分で5トントラック50台分くらい。読者は、このゴミになる新聞の費用まで負担させられている。こんな新聞社が資源や環境問題を書く資格があるのか。


もっとも、これは朝日だけの問題ではなく、他社においても比率は違っても無駄な発行をしている。この記事ではそれを「予備紙」と書いているが、世間では「押し紙」の呼び方がなじみやすい。ただ、その比率の正直な数字がバレたのは今回の朝日がはじめてになる。
  駄目男宅の近所の某新聞販売店でも2トントラックにポリエチレンシートにくるまれたままの新聞の束がてんこ盛りに積まれてる場面を見たことがあるので、この大量処分は販売店の日常作業になっているといえる。


むろん、朝日はこんな情けない状態を看過しているわけではない。記事によれば、東京多摩地区の販売所員が慰安婦問題等で購読を止めた家庭を一軒づつ回り、再購読をお願いしたが、70軒まわって再契約してくれたのは1軒しかなかったという。つねに「上から目線」で世間と接してきた朝日にとって十分な?腰の低さで訴えても効果はなかった。新聞はホテルの宿泊客にも配達されるが「朝日は入れないでくれ」と名指しで拒否する客もあるそうだ。


前にも書いたが、二つの「吉田問題」が起きて部数を減らしたのは朝日だけではない。ライバルの読売もガタリと数字を落としてしまった。朝日のインチキ報道のせいで新聞業界すべてが国民の信用を失い、読者離れを起こしてしまった。他社にすれば、口には出さねど「どないしてくれるねん!」の鬱憤が貯まるばかりだ。


2014年後期の新聞発行部数と増減グラフ
http://www.garbagenews.net/archives/2141038.html



朝日 




朝日







読書と音楽の愉しみ



●東日本大震災復興支援

教会 de ジャズヴォーカル コンサート

 ジャズヴォーカリストの山下みさ子さんから案内の手紙をいただいて、懐かしい谷町のルーテル教会へ。以前、毎月通ったときはバロック音楽メインのコンサートでしたが、今回は安ますみさんがまとめたヴォーカルグループの、いわば「臨時寄せ集めメンバー」の公演です。どんなことになるのやら、と興味津々でしたが、寄せ集めとは思えぬレベルの高い演奏を聞かせてくれました。ひとえに安さんの指導力の賜でせう。


プロのジャズヴォーカリストが4名、あとは、ロック歌手、クラシックのバリトン歌手、狂言師、新聞社のデスク、ファッションモデルなど「寄せ集め」メンバーです。
 曲目は「アメイジング グレイス」「サンライズ サンセット」「マシュケナダ」「スマイル」など、これも「寄せ集め」感たっぷりの選曲。アンコールは「we are tha world」でした。 公演の知名度は皆無なので、宣伝が行き渡ってないと思われたのですが、ちょうど満杯になる聴衆が集まり、臨時寄せ集め大会にしては上出来のコンサートでした。


このイベントの第一回は、2001年9・11の同時多発テロの後で行われ、今回が13回目。売上金は東北の被害者支援に使われます。(2月28日)


アンコールの「we are tha world」を歌うメンバー。左から3人目が山下さん。
ジャズライブ




5年間に1億5千万回も再生された、ハイチを支援する「we are tha world」動画。これこそ「寄せ集め」しまくりの画像ですが、とても良くできている。

https://www.youtube.com/watch?v=Glny4jSciVI