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ウオーキング・観光



●関西本線列車にに観光車両増結を・・という提案

 JR西日本の関西エリアで一番車窓風景の優れた路線は?と問われたら、関西本線と答えます。他には湖西線とか紀勢線を挙げる人もいるかもしれません。知名度でいえば、関西本線はサイテーですが、約50キロの全線にわたって郷愁感いっぱいの田園、里山、渓谷風景が楽しめるのは関西本線だけです。要するに、都会的風景が全くない。紀勢線の海岸風景が美しいといっても、路線中のせいぜい1~2割でせう。


この田舎風景が満喫できる路線の列車に観光用車両を増結したらウケるのでは、と想像しています。南海高野線や北近畿タンゴ鉄道で使ってるような、お洒落なデザインの車両を増結して新規客を掘り起こし、沿線の観光振興にも役立てようという魂胆です。
 一番効果のありそうなのは、三重県の東海道関宿です。田舎風景のなかをトコトコ走って歴史的町並みを訪ねる。無愛想なロングシートの車両でゆくよりずっと楽しい。観光車両だから弁当使うのに気兼ねもいらないし、コーヒーのサービスでもあれば旅気分はいっそう盛り上がります。

 下の写真見て想像してみて下さい。この風景のなかをこんな列車でのんびり走る。乗りたいと思いません?・・と押し売りする駄目男であります。外国人ツアー客にもウケると思いますよ。


JRに提案しても「ご意見、承りました」のレスしかないけど、沿線の市や町、観光団体が要望すれば、その気になるかもしれない。
 関西本線の沿線は産業振興という点では全くお呼びがかからなかった地域で、そのために美しいカントリーシーンが壊されずに残った。これって、天恵の風景遺産と考えても良いのではないか。この宝物を生かそう、ゼニもうけのネタにしようというアイデアです。


関西本線の風景と観光車両

関西




関西 


WEB引用 関西本線鉄道写真コンクール 入賞作品
関西 



関西 



北キンキタンゴ鉄道
関西本線 



南海高野線の「天空」
関西 






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読書と音楽の愉しみ



●大ブルックナー展

井上道義・大フィルの「8番」を聴く

指揮者、井上道義は演奏会の宣伝でこんなメッセージを寄せている。


ブルックナーは悩める若者に道を示し、
全てを見たと思ったお年寄りにもう一度青年の息吹をもたらす。
マーラーに対極しているのが、ブルックナー。
地球の裏側にはまだ見たこともない桃源郷が有ると思うか?
ない!

でもブルックナーは、人の内面にある想像力の果てしない可能性を持って崇高という字を音にして構築してくれた。

煮詰まった時には、そっとこの曲を聴きに来てから涙すればいい。
目の前の仕事なんか置いて、この世界に身を委ねてみないか?
女が嫌い?男が嫌い?人が嫌い?ならブルックナーだろう。


 開始から10小節ほど進んだところで「わ、90分かかるな」と想像。(実際、90分かかった)このテンポの遅さ、朝比奈隆をしのぎそうだ。しかし、遅いけれど、弦の繊細クリアな音色、完璧なアンサンブルは朝比奈を超えた、とも思った。朝比奈時代の朴訥、泥臭さは消えていました。満員のホールは最後までピリピリ緊張感を保ったままで、いや、お客さんもずいぶん頑張りましたねえ。拍手。


駄目男がこの曲をナマで最初に聴いたのは1980年代半ばだったか。むろん、朝比奈隆の指揮で、世の中にこんな壮大でクソややこしい交響曲があったのかと驚いたものです。この曲に競べたら、ベートーベンの交響曲なんて室内楽の類いに思えた。ワーグナーチューバという楽器も初めて見た(聴いた)


あれから三十年、何度かライブを聴いたが、今回の演奏は、少なくとも演奏技術の点ではベストだったと言えます。これが人生最後の「8番」になったとしても文句は言わない。


 マーラーの曲が醸し出す厭世感と似て非なる、えも言えぬ寂寥感を奏でつつ、終曲へ向かう。そして、ラストの2分間、指揮者も楽員も、そして聴衆もカーッとなって血圧急上昇、大団円を迎えるのであります。こんな至福のひとときを2000人の聴衆と共有できたことに感謝。(1月24日 兵庫芸セン大ホール)


ブルックナー





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●逢坂文夫他著「コワ~イ高層マンションの話」を読む

マンション住人は死産、流産が多い
 著者の一人、逢坂氏は公衆衛生学の研究者で、この立場からマンション暮らしがもたらす健康への影響を調べてきた。悪影響はいろいろあるが、一番顕著なのは、高層(6階以上)に住む女性には、死産や流産が多いこと。6階以上はエレベータがあって、5階以下の集合住宅のように、階段の上がり下がりによる身体への負担はないはずなのに、こういうデータがでた。


なぜ、高層に住む女性は死産、流産が多いのか。原因追及は難しいが、
調査データから判明できたのは(数的表示は省略)
◇高層に住む人で飲酒頻度が高い人は要注意。
◇緊張しやすい性格の人が高層に住むとリスクが高まる。
◇運動不足(外出頻度が少ない)もリスクを高める。
◇高層階は身体に感じないが常に微妙な揺れがあり、デリケートな母胎に影響を及ぼす。これらの様々なストレスが死産、流産の原因になる。


興味深いのは、赤ちゃんの体重で、1~2階暮らしの母は平均3029gなのに、10階以上の部屋に住む母は3158gとかなりの差がある。
これは高層階に住むゆえの運動不足によって赤ちゃんが育ちすぎるからである。したがって、出産では帝王切開など異常分娩も多くなる。


デリケートな神経の持ち主が、高層階に住んで運動不足がち・・という場合、出産のリスクはかなり大きくなる、というのが著者の持論。


出産だけでなく、一般世帯の暮らしにおいても、高層階生活は、家族間、近隣住人間でもストレスが生じやすい。地べたに住むより人間関係が希薄になり「希薄」に気づくことさえないまま突然、飛び降り自殺などの悲劇を起こすことがある。わずらわしい人間関係を嫌って高層階の暮らしを選ぶ人もいるが、解決策というより、逆にリスクを高めることがある。就学まえの子供がいる家庭が高層マンションに住むのは、子供の成長にとってはマイナス面のほうが大きいことを認識してほしいと言う。


既存の高層マンションは10秒で倒壊する!
 ほかにもネタはあるけど割愛。別に、実は超オソロシイ情報がありました。1月18日の「NHKスペシャル」。途中から見たのでタイトルも忘れたけど、後半に「超高層マンションは地震で倒壊する」という、コワーイ話がありました。


上町断層直下型の地震の被害を分析するなかで、25階建て、100mのマンションが想定外の大きな周期(2~3秒)の横揺れに襲われた場合、上層階は下層階の一気の揺れについて行けず、大きくねじれた状態になり、その負荷で下層階の柱や梁が耐え切れなくなって一挙に倒壊するという・・地獄図であります。発生から倒壊まで10秒そこそこというから逃げるヒマなどありません。住人はほぼ全員即死、倒れた先の地表の家やビルも押しつぶされて助かる見込みはなしであります。


こんなエゲツナイ情報を流して委員会?と思った視聴者も多いでせう。
高層マンションの物件探しをしていた人は大いにショックを受けたはずです。いや、すでに高層マンションに住んでる人にとっては最悪の情報でした。「建物が揺れることで被害を抑える」という柔構造建築の常識は木っ端みじんです。柔構造で建築済みの建物が有する耐震性能では倒壊は避けられないと公表したに等しい。もう、次の大地震が耐震性能の範囲内の地震であることを祈るしかありません。(阪神大震災とそっくりの震度、規模なら助かります)


「想定外はあり得る」ことを東日本大震災で学んだからには、より過酷な地震への対策を作らなければならない。そんな建物があるのか。
 あります・・と番組のラストでチラリと出たのが、下の写真のマンションらしい。大阪市西区の「ザ・サンクタスタワー」という、53階建て、190mのマンションです。隣は「オリックス劇場」(旧厚生年金会館)といえば、ハハンと思う方おられるでせう。(2010年10月 宝島社発行)


西区の「ザ・サンクタスタワー」手前がオリックス劇場(旧厚生年金会館)
コワイマンション




コワイマンション 







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●北大路魯山人著「魯山人味道」を読む

 この本を読み終えた1月13日の夜、Eテレの「知恵泉」という番組で魯山人を取り上げていたので楽しく拝見。下にTVの画像をアップしておきます。日本料理の恩人という視点で紹介していました。


本書は文庫本ながら400頁近いボリュウムがあって、全部読むとさすがに食傷します。同じテーマの繰り返しが多いのも煩わしい。
 それにしても凄い食通ぶりです。食材を見分ける眼の鋭さ、執拗なまでの研究心、パッとひらめくレシピのアイデア、卓越した審美眼、彼に勝るグルメ=料理人は今後出てこないと断言しても良いくらいです。


料理人の頂点に立って「自分より才能のある人物はいない」といい、美味しい食事に興味のない人間をバカにしている。こんなエグイこと、普通は書けませんけどね。自称「食通」の金持ちや有名人もカス呼ばわりです。かくして彼のつくる数々の料理は上流階級の面々を感激させ、一方でその狷介な性格は嫌われた。天は二物を与えず、であります。
 しかし、もし彼がもう少し調和のとれた性格の人物だったら「天才」の評価は得られなかったかもしれず、いや、なかなか難しい。


動物でも植物でも「これ、食えるかな」と興味をもったら食わずにおれない性分。その最たるものが「山椒魚」です。(山奥の清流に住む天然記念物)どうして手に入れたかはともかく、魯山人は大きな山椒魚をまな板に載せる。
 127頁「頭にガンと一撃を食らわせると簡単にまいって腹を割いた。途端に山椒の匂いがプーンとした。腹の内部は思いがけなくきれいなものであった。肉も非常に美しい。さすが、深山の清水の中に育ったものだという気がした。(略)それから、皮、肉をぶつ切りにしてスッポンを煮るときのように煮てみたが、簡単に煮えない・・・」以後、悪戦苦闘してようやく口にいれたが、味はスッポンの味を品良くしたもので美味であった、と続く。ほかにヒキガエルなども食べている。


魯山人の人生のピークは「星丘茶寮」という高級料亭を運営した十年くらいで、才能が花開き、好きなコトを存分に実行出来た黄金期だった。場所は国会議事堂の近く、現在、ヒルトンホテルの建つところだという。
 ここでは食器づくりにも目覚め、個性豊かな、料理に最適の器を自らデザインした。後には窯までこしらえて陶芸作家にもなる。これらの多才ぶりから不世出の料理人にしてアーティストと言ってもよいでせう。
今や世界中に進出している和食の美味しさと美しさのベースは彼がつくったと言っても過言ではない。


貧乏人の家に生まれ、捨て子同然に転々と里親のもとで極貧生活を強いられたが、9歳のときには「米飯の上手な炊き方」を自ら研究するという、食へのこだわりぶりを見せる。生涯「なんぞ旨いもん」を追求した人生の原点であった。昭和34年、76歳で不遇なまま死を迎えた。世間に彼を惜しむ人など皆目いなかったそうだ。(1980年4月 中央公論新社発行)


1月13日 Eテレ「知恵泉」のシーン
魯山人 



魯山人



魯山人の絶筆「聴雪」軸
魯山人 




魯山人 








たまには外メシ



●SABARの鯖寿司

 有名なのか無名なのか知らないが、鯖を使ったメニューしか出さないのが「SABAR」という居酒屋さん。オーナーが鯖の食材としての価値を見直し、青森県八戸沖の旨い鯖にこだわって専門店を開いた。で、店の名が「SABAR」であります。「38」のロゴも使います。


地下鉄堺筋線扇町駅から徒歩5分くらいのところにその店があるので、ランチを食べました。鯖をネタにした寿司、丼、焼き物、唐揚げ、そして鰻重ならぬ「鯖重」もあります。
 鯖寿司の旨いのって何年も食べてないので注文したのは鯖寿司です。
予想通り、写真のような分厚いネタがドテンと乗ってます。ふだん食べる鯖寿司のネタは3ミリくらいだから迫力がある。これが5貫と鯖の唐揚げ二つ、吸い物などが付いて1200円ナリ。オジンには多すぎて夕食の時間を遅らせました。


ま、感激するほどの旨さではないけど、ランチにしたのが間違いでせう。夕どきに来て、刺身と日本酒がベストメニューではないかと思いました。


店の案内はこちら・・・
http://sabar38.com/




鯖 



鯖寿司 







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●奈良タンゴ祭

 なんで、奈良でタンゴやねん? 訝りつつ、大和郡山城ホールへ。がら空きだったら気分悪いなあ・・という懸念は外れて、1000人のキャパに700人くらいの入り。これなら上々です。聴衆は30歳くらいから80歳くらいまで、明日死にそうな人もいたけど、よく来て下さったと、主催者に代わって御礼申し上げまする。


タンゴファンは「ビアソラ前」派と「ビアソラ後」派に明快に分かれているのではないか、というのが駄目男の見立てです。自分は無論「前」派で、カビの生えたような古い曲と演奏法が好き。こと、タンゴに関しては保守頑迷嗜好で、ビアソラの曲に抵抗を感じなくなったのは10年くらい前からでした。


タンゴ祭だから東西から六つのバンドが出演した。それぞれ個性豊かで楽しい。知ってるのは京都の「アストロ・リコ」だけでしたが、老舗だたらというのではないけど、演奏スタイルはやや古いと感じました。
 保守頑迷ファンがショックだったのは、全二十数曲のうち、ビアソラ前のスタンダード曲が数曲しか演奏されなかったこと。そうか、自分は消えゆくべき時代遅れのファンなのかと思い知らされたものです。


それはともかく、一番のお気に入りバンドは福岡から来た「トリオ・ロス・ファンダンゴス」です。ピアノ、アコーディオン、ヴァイオリンというシンプルな編成なのに、新鮮、パワフルな表現で聴衆を魅了しました。しかし、福岡でタンゴバンドなあ・・メシ食えるんかい?とつい貧乏性的心配をしてしまう駄目男であります。


なんで奈良でタンゴやねん・・の疑問、答えは主催者(バンドのメンバーでもある)が奈良出身で、地元の自治体に主催企画として売り込んだが叶わなかったと。(挨拶した市長が説明した)叶わなかったけど、このホールはなかなか快適です。市長さん曰く、当ホールは全国に2000余あるホールの中で「優良ホール百選」に選ばれたと言ってました。観客の心地よさだけでなく、出演者が使いやすい、ホールの技術スタッフが優良である、など多方面の要素を審査して選ばれました。奈良県ではこのホールのみです。(1月10日)

ホール外観
郡山ホール 


ホール玄関への通路
郡山ホール





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●根深誠著「ヒマラヤのドン・キホーテ」を読む

 12月17日の記事「エベレストトレッキング大盛況」の中で名前だけ紹介したホテルのオーナー宮原 巍さんに密着取材して、彼の業績や人生観、希望などを記したドキュメント。著者自身も山男であるから、宮原さんの思想は以心伝心で受け止め、咀嚼できる。なかなかの力作であります。


宮原さんの苦労物語といえば、標高3800mの山中に「ホテル・エレベスト・ビュー」を建設したときの苦労話だと思い込んでしまうけど、本書で語られるのは政治家・宮原の苦労物語がメインになっている。
 ひたすら山にあこがれたロマンチストが、ネパール暮らしのなかで政治に目覚め、日本人をやめてまでネパールの政治改革を目指す・・これもロマンには違いないけれど、まあ、えらい変身ぶりであります。


しかし、肝心の政治の話、パスします。ネパールの国内情勢が複雑で短文で説明できない。そして、宮原さんの心情はさらに複雑であるゆえに。 前回の記事「エベレスト トレッキング大盛況」と書いたけど、この本の原稿を書いてる時点では青息吐息の経営だったらしい。順調に客を送り込むツアーのシステムが未熟だったからである。


ヒマラヤ山中に世界はじめてのホテル建設
 ホテル建設、と簡単に言うが、ヒマラヤの山深い、3800mの高地での建設工事である。ほとんどが手仕事、そして人海戦術で行われる。
1969年から3年あまりにあいだに、のべ20万人の労役が必要だった。建設資材は全部カトマンズの田舎から人力で運んだ。片道14日を要する。資材運搬どころか、職人の食料も全部遠くから担いでくる。近くの村で仕入れると村で食糧不足が起きるからである。


ホテル建設と平行して飛行場の建設も行った。こんなの、普通の観光事業ではありえない工事である。急峻な山岳地のわずかな緩斜面を利用して短い滑走路をつくった。こんな難儀な工事だったのに怪我人も出なかった。宮原さんは「神の加護」だと信じている。
 費用はいくらかかったのか。ホテルと飛行場の建設で1億4000万円。40年前の話とはいえ信じがたいほど安い。日本なら住宅数軒ぶんの金額でだ。

ようやく完成し、旅行代理店との連携もできて、世界中からトレッカーがやってくるようになった。なんといってもエベレストが眺望できる世界最高のロケーションだから満足度は高い。日本人もたくさん来る。しかし、宮原さんは嘆く。宿泊費は日本の中級ホテルの金額と変わらないのに、「このホテルは泊まり賃が高いので、石垣をさすって帰ります」とか、お金の話ばかりする。建設にどれだけ苦労したかなんて知ろうともしない。(注)現在では、こんなアホな客は減ってると思われます。


宮原さんは続いてカトマンズにもホテルを建て、さらに三軒目をポカラに建設中である。80歳にしてこの馬力。このとんでもない元気、情熱が、ホテルオーナーから政治家への転向の動機にもなった。思い込んだら猪突猛進。本のタイトルの「ヒマラヤのドン・キホーテ」はこれが由来である。


村に学校をつくって寄贈・・は偽善
 とことんネパールに関わってしまった宮原さんが苦々しく思ってることがある。日本人の発想による援助の話である
。「ネパールに学校をつくりたい」と。宮原さん曰く「ネパールに学校を建てるという、この美談のような話は偽善であり、むしろ弊害を生む。ネパールでの教育の問題は学校の建物がお粗末だということではない。政府の教育政策にある。


よしんば、学校の建物をつくったところで、その中身と先生はどうするのか。児童の教育は、本来、父兄と地域が一体となってささえなければならないはず。援助はその精神を損なうことになる。仮に、一つの村で援助によって学校をつくったとする。隣の村はどうするのか。そこには差別が生じる」 すなわち、国民の自立心と自主性をなくし、依存心を高めるのであれば、そんな援助は、むしろ国家の発展を阻む害悪ではないか」(
169頁)


正義感と慈善のココロ一杯の人が市民に呼びかけて寄金を募り、ネパールの山奥の村に学校を建てる・・・こんな話題、だれでも知ってるでせう。実際に寄付をした人もいるかもしれない。それを「偽善」だと宮原さんは言う。あたたかい慈善のココロに何の問題も無い。しかし、知識や経験の裏付けがなければ「大迷惑」になりうること、肝に銘じたい。


私たちは、ネパール国民には「純朴で善良、質素に暮らす」人たちというイメージを抱いてる。その通りだけど、これが国民性だと思うのは間違いだ。実際は、政治腐敗と怠慢の横行が国の発展を妨げている。この現状に義憤を覚えて、宮原さんは日本の国籍を捨ててまで「ドン・キホーテ」になった。しかし、本書を読む限り、宮原さんが情熱を燃やす政治改革は、ほぼ絶望である。人生最後のチャレンジは99%成就しない。それでも前進をやめない
姿を目の当たりにして、著者はページの大半を費やして「政治家・宮原」の生き方を伝えたかったのだ。なにげに本書を読み始めた人は、表紙のイメージと内容の乖離に大きな違和感を抱くかも知れないが、この本を見つけたのは、図書館の「観光ガイドブック」の棚だった。(2010年11月 中央公論新社発行)


ヒマラヤ 


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●そうだったのか・・神戸文学館の由緒

 関西学院の発祥の地は神戸の「原田の森」だったという説明をたびたび目にしたが、その原田って神戸のどこなのか。過日、何気に立ち寄った神戸文学館で一挙解決しました。原田の森とは文学館のあるところ、即ち、現在の王子動物園の敷地でした。


この文学館は初期関西学院にあった教会を転用したものです。明治22年(1889年)に開設したときは、教師が5人、生徒が19人という、西洋版寺子屋みたいな小規模でしたが、だんだん規模が大きくなり、昭和のはじめには西宮の上ヶ原へ引っ越します。新キャンパスはなぜか趣ががらりと変わってスパニッシュスタイルの建物で統一されます。(ヴォーリズの設計です)


この建物は戦災や阪神大震災という災厄にあいながら、しっかり保存されて、文学館として開放されています。入場無料、近くに来たときは道草をおすすめします。展示室には、神戸ゆかりの作家、百人以上の名前が記されていますが、良く見ると、大半がヨソから転居した人たちで、生粋の神戸っこは少ないことに気づきます。有名どころでは谷崎潤一郎がわかりやすい。(「細雪」などの傑作を書いた)


作家の軌跡は、何はさておき、手書きの原稿用紙で伝わりますが、これは昭和時代限りの遺産。ほぼ100%ワープロ書きになった現在、作家の個性や人物像を後世に伝えるための基本資料がなくなります。手書き原稿が残るのは、司馬遼太郎や丸谷才一くらいでおしまいになるのでせうか。ちょっと寂しい。



神戸文学館 外観
神戸文学館




神戸



礼拝堂を展示室にしている
神戸文学館

人気エッセイストだった岡部伊都子が使っていた机
神戸


谷崎潤一郎「細雪」の原稿
神戸







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●北原白秋 他著「日本八景」を読む

 日本三景とか近江八景という風景観はもう古い、現代人の感覚で日本の風景を見直し、国民みんなでベストを選ぼう・・。という発想で、人気投票も加味した「日本八景」が選ばれました。
 それって、いつの話? 答えは昭和2年です。今から90年近い昔の話です。毎日新聞と東京日日新聞(現在の毎日新聞東京本社)が企画して大々的にキャンペーンを張りました。


国民にハガキでの投票を呼びかけたところ、実に9000万通もの応募がありました。当時の人口は6000万人くらいなので、一人一枚以上を投函したことになります。実際は観光地地元による組織票もあるから客観的評価ではいささか怪しいけれど、とにかく大人気企画になりました。


八景の中身は、山岳、渓谷、河川、温泉、湖沼、海岸、瀑布、平原の八つ。この本は、それぞれのジャンルでトップになった景勝地を当時の有名作家が訪ねて紀行文を書いてもらった。その文集です。

受け持ちはこうなりました。

華厳滝・・幸田露伴      上高地・・・吉田弦二郎

狩勝峠・・河東碧梧桐             室戸岬・・・田山花袋

木曽川・・北原白秋      別府温泉・・高浜虚子

雲仙岳・・菊池幽芳      十和田湖・・泉鏡花


すごい顔ぶれですね。現在、これほどのネームバリューのある作家たちをそろえるとすれば、誰の名があがるでせう。


駄目男が若い頃に好きだったのは吉田弦二郎です。どこを訪ねても、とてもロマンチックな紀行文を書く人で、古本で何冊かの文集を買いました。そして今回、何十年ぶりかで彼の「上高地」の紀行文を読みました。上手い、懐かしい・・しかし、なんか大袈裟やなあと言う気もしました。半世紀を経て、駄目男の感性、すっかりさび付いてしまったのか。ま、しゃーないか。


たとえば、松本市の島々から徳本峠を越えてゆく場面
(当時は車道がなく、一日がかりで歩いて上高地へ向かった)
「雨は沛然として岩をうち、雲は遽然として岸壁に砕けた。嶺を包む雲の奥からは縹渺として幾百条の銀糸のような滝が断崖を伝わり、直ちに天に懸かって落ちている。まさに銀河三千丈、千曲万折して天に懸かる姿である。雲は徐に徂徠しては銀河を香煙の懐につつむ」(以下略)

こんな文章を読んで感激してたのか。う~む。昭和は遠くなりにけり。


指名された作家の皆さんは、アシ付き、メシ付き、無論、原稿料たっぷり、さらに現地では地元役所の管理職が接待、案内係として随行するから、ええかげんな文章は書けない。競争意識もある。そこで、力が入りすぎたのか、紀行文としては冗長な感じもする。書きすぎ、というやつです。


こんなに大層なイベントで選んだ「日本八景」でしたが、後世に語りつがれなかった。現在でも「日本三景」はたいていの人が知っているけど「日本八景」なんて誰も知らない。駄目男も全然知らなかった。
 やはり、八景のコンセプトがあいまいだったからマズイ結果になったのでせう。山岳が富士山でなく雲仙岳というのはわかりにくいし、京都や奈良が無視されてるのもおかしい。川のトップがなぜ木曽川なのか、説明しにくいはずです。


こういう類いの選択、選集で一番わかりやすく、人気を得たのは「日本百名山」ではないでせうか。深田久弥という個人が自分の好みで選んだだけなのに、山好きの人にはバイブルのように信頼を集め、すごい実績を積んだ。もし、日本百名山をハガキ応募による「公選」で選んだら、半永久的にモメたと思います。多数の総意で選ぶ=ベストの選択になるとは限らない。(2005年3月 平凡社発行)


日本八景




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●晦日の奈良散歩  ~奈良ドリームランドへ~

 寒さのせいにして運動不足甚だしいので、30日に奈良へ出かけました。行きたかったのはドリームランドの廃墟です。

 般若寺前でバスを降り、まず、すぐ西側の奈良少年刑務所へ。一度見たら忘れられない、古風で、ちょっと幻想的な雰囲気もある煉瓦建築で、築100年を越えます。もうとっくに重文指定されてると思ってましたが未指定なので驚きました。最近になってようやく地元の人や古建築愛好者のあいだで指定申請の運動がはじまったので期待します。耐震化など、いろいろ問題はあるけど、下の写真をご覧になれば、誰でも重文の価値ありと考えるでせう。


何十年か前、はじめてこの建物を見たときは、なぜか、E・A・ポーの「アッシャー家の崩壊」を思い出したものです。別に、作品に建物の詳しい描写はなかったはずですが、この建物の雰囲気がイメージを喚起したのだと思います。少年たちにとっても、一生忘れられない建築物になるでせう。 


この建物を設計したのが、ジャズピアニスト、山下洋輔さんの祖父というのも意外な情報です。この縁で、指定推進運動の世話係は山下さんが引き受けます。


ドリームランド跡地を公園墓地にしたら?

 刑務所から西へ行けば鴻ノ池運動公園で、その西隣がドリームランド跡地。廃墟大好きの駄目男には楽しい物件でありますが、敷地には入れない。自由に歩けるのは表門周辺のみです。
 ドリームランドは1961年に開業、最盛期には年間150万人もの客を集めたが、同業のオープンが続き、次第に人気を失って2006年に閉鎖、以後、放置されたまま廃墟になりました。


奈良市では先月、最低価格7億5千万円で競売にかけたが、誰も手を挙げなかった。30万㎡というスケールが大きすぎるのと、再開発での規制が厳しすぎるのが敬遠された理由です。


駄目男が考える再開発のアイデアは公園墓地。奈良市が斎場と墓地を企画するが、これだけでは広すぎるので半分くらいは森林公園にします。こうすれば、墓地の分譲で収入が生まれ、現在の斎場不足も解消できる。現在の廃墟(ハコモノ)は解体、粉砕して大部分は現地で埋め立てることが出来る。万博や花と緑博の跡地利用と同じような再生の方法です。
 現在の鴻ノ池運動公園は、敷地はドリームランドと同じくらい広大ですが、競技施設がたくさんあって公園というには緑が少ない。散歩や自然観賞には向かない公園です。だから、斎場+墓地+森林公園というのが望ましい・・と、ヨソモンがええ加減なこと言うてます。


しかし、報道によると、斎場の新設には地元住民の強力な反対運動があり、7300人もの反対署名を集めたという。反対の理由は「斎場なんて迷惑施設の最たるもの」らしいですが、これが住民の総意なら見当違いも甚だしい。仮に、敷地の中央に斎場を建設すれば、最も近い民家でも300mくらいの距離があり、何が迷惑なのか?と言いたくなります。


都会では斎場から民家まで100m以内とか学校に隣接してることもあるのに、別に「斎場建設反対」「出て行け」の排斥運動はない。最新型の焼却施設は煙や悪臭は全くでないからです。市街地に比べたら、このドリームランド跡地は理想に近い斎場と墓地の条件を備えているのに、なぜ強力に反対するのか、他の市民には理解できない。

 おそらく、町内会会長や役員といった、ごく一部の石頭人間が「斎場は忌まわしい施設」という固定観念にとらわれて反対運動をリードし、署名運動を進めているのではありませんか。常識のある人なら反対運動はしないと思います。

 一方で、奈良市は斎場焼却能力が不足で市民はとても困ってる、という現実がある。運が悪いと死去から二日も三日も待たされるケースもあるらしい。これこそ悲惨というしかない。(遺体はドライアイスで冷やし続けます)「NHKクローズアップ現代」には、奈良ではないけど、斎場が満員で遺体を自宅で9日間も安置した実例が報じられていた。遺族にはすごい精神的負担がかかる。こんな悪夢のような状況が各地で起きている。駄目男もずいぶん多くの葬儀に参列したけど、幸い、葬儀から焼却まで何日も待たされた話は聞いたことがない。


ごく一部の住民のエゴによって理不尽な反対運動が起き、市民全般、行政に大迷惑をかけている。斎場はガンコ爺さんだって必ず世話にな公共施設ではないか。「迷惑施設の最たるもの」なんてよく言えたものだ。
 仮に、奈良市が市民全員にドリームランド跡地での斎場と公園墓地の建設の賛否を問えば、7割以上は賛成するのではないでせうか。(反対する人は理由を明らかにするべき)一部の市民の反対にびびってる奈良市も不甲斐ない。


少年刑務所の正門
ドリームランド

本館(事務棟)
ドリーム

ドリームランドのメインゲートに通じる道
ドリーム

切符売り場
ドリーム

切符売り場の内部。こんな些細な場所の片付けさえ出来ないのだから、
運営会社のクオリティが察せられる。
ドリーム

これはホテルだったのか?
ドリーム

バス停は今でも「ドリームランド前」なのが笑えます。ドリーム