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読書と音楽の愉しみ


●古本の図書館寄贈は「ありがた迷惑」

 読み終えた本を何冊かまとめて図書館へ寄贈するのは、古本の有効活用だと思って過去に四、五回持ち込んだ。しかし、図書館にとっては概ねありがた迷惑になるそうだ。寄贈が「有り難い」のは、ベストセラー本で、順番待ちが何十人もいる、ごく一部の本だけ。8~9割はゴミを持ち込まれるのと大して変わらないらしい。
 再利用できる本も、透明の保護シートを貼り付け、コードナンバー付けとか、登録の作業が必要で、これに150~200円のコストがかかる。古くても希少価値のある本は登録されるけど、普通に市場に出回ってる本はほとんどがアウトである。


そういえば、職員さんは受け取るときに「扱いはこちらで判断しますので・・」みたいな言い方で了承を求める。受け取り、即「ゴミ箱入り」もあるわけだ。ゆえに、寄贈するときは、役立ちそうな本を吟味しなければならない。・・・となると、ベストセラー本なんか皆目買わない自分は、今までゴミを運び込んでいただけだった。嗚呼、アホらしい、申し訳ない。(10月29日 産経新聞記事を参照)


・・というわけで、惜しいけど、今後はゴミとして処分します。
古本処分 



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●わが友、木村伊量社長への「訣別状」

 9月21日に放送された「そこまで言って委員会」番組の冒頭、加藤氏は、本日の発言は社内外への影響が懸念されるため、会社(時事通信)に辞表を出してきた、と述べた。そして、この番組での発言により、親友だった朝日の木村社長との永年の付き合いは切れてしまった。


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わが友、木村伊量社長への「訣別状」 
政治評論家 加藤清隆

      ~『月刊 WiLL』 2014年12月号~

~ここから引用~

 朝日新聞社長、木村伊量君との出会いは、私が時事通信のワシントン支局にいた頃です。

それまで一緒に仕事をしたことはありませんでしたが、ともに早稲田大学の出身で同じ政治部だったこともあり、ワシントンでは家族ぐるみで親しくさせてもらっていました。木村君はテニスが好きで、奥さんは全日本アマで上位になったテニスプレイヤーということでした。

 また、大阪フィルハーモニー交響楽団がシカゴに来ることを聞きつけ、一緒にコンサートを聴きに行ったり、九六年のアトランタオリンピックではアトランタ総領事(当時)で共通の友人である宮本雄二さんに招かれて私と妻、娘二人の四人と、木村君は奥さんと義母の三人で数日、一緒に過ごしたこともありました。

 今年の十月二十日に東京のイギリス大使館で大英帝国勲章を授与されることが決まったときも、彼は真っ先に私へ電話をかけてきて「立会人になってほしい」と言ってくれた。勲章の授与は彼がヨーロッパ総局長時代、ロンドンに駐在していた縁でしょう。彼がロンドンにいた当時、私の娘をイギリスに留学させることになり、彼には後見人にもなってもらいました。家族ぐるみで仲良くさせてもらい、彼とは親友と言ってもいい親密な関係でした。

“あの事件”までは・・・。


きっと、彼もそう思っていると思います。
 事の発端は、慰安婦検証記事をめぐる私と彼とのやりとりを載せた八月二十日発売の『週刊文春』でした。

 あの件に関して「加藤は木村を文春に売った」と言われますが、実際に彼とのやりとりを公にしたのは、朝日の慰安婦検証記事が出たすぐあとの「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)の収録の時です。その放送後、マスコミ各社から取材が殺到しました。


木村君からの最後のメール
 取材は全て断っていたのですが、『週刊文春』の記者だけは自宅まで来たので、そのまま帰すのもかわいそうに思い、喫茶店で一時間半ほど話をしました。記事ではほとんど使われませんでしたが、基本的に『文春』の取材は「そこまで言って委員会」内の発言に対する確認にすぎません。
十七社会という政治部長時代の仲間がふた月に一度集まる私的な会合があり、私も木村君もメンバーでした。慰安婦検証記事が出た八月五日にその会があり、三十分ほど早く着いた私はたまたま、彼と一緒になりました。


 そこで私は、彼にこう忠告した。
「木村君、吉田某の証言を虚偽として訂正したなら、きちんと謝罪して社内の処分をしないといけない。それですべてケリがつくわけではないけれども、それくらいしないと大変なことになるよ」

ですが彼は、「歴史的事実は変えられない。だから謝罪する必要はない」と繰り返すだけでした。

「そんなことを言っていると、君も朝日もいまに大変なことになるよ」と言ったのですが、彼は聞く耳を持ってくれませんでした。その後、二十日発売の『週刊文春』の記事を読んだのでしょう。木村君からすぐに、「勲章の授与式には来ないでくれ。理由はわかってるでしょう」という内容のメールが届きました。
 はっきり申し上げますが、私は彼を貶めてやろうなんて意図は微塵もありません。むしろ、親友として彼を心配して忠告しただけの話なのです。


 結果、朝日は部数は減る、広告も逃げる、ひょっとしたら木村君は国会に参考人招致されるかもしれない、と私の考えていた「大変なこと」がいま、起きている。
 あの時、彼が私の忠告どおりにしていたら、ここまで悪い状況にはならなかったどころか、今ごろは“救世主”になっていたでしょう。
 私は若宮啓文氏や植村隆氏を早期退職させたり、先輩の吉田慎一氏をテレビ朝日の社長に転出させる朝日の人事を見ていて、木村君が「過去の慰安婦誤報を清算する」環境を密かに整えているのではないかと思っていました。

 そして八月五日、検証記事が出た。私は「ついにやった!」と歓喜しましたが喜びも束の間、どこを読んでも謝罪の言葉がない。しかも、一面には編集担当の居直りとしか思えないような文章まで載っている。期待していただけに落胆も大きなものでした。


朝日は真相を隠している
 私は昔から木村君との個人的な関係は別にして、朝日を厳しく批判してきました。
 慰安婦問題などおかしいことだらけです。植村記者の捏造記事においても、本来なら朝日ソウル支局の特ダネのはず。それをなぜわざわざ大阪本社から植村記者を呼び、取材させたのか。新聞社の常識からしてあり得ません。意図的な捏造でないとしていますが、私は朝日が真相を隠していると思っています。

 若宮氏は『文藝春秋』(二〇一四年十月号)で、「政治部は訂正したほうがいいと主張していたが、社会部が聞き入れなかった」などと書いていましたが、問題の本質は朝日の慰安婦報道が正しいか正しくないかです。慰安婦問題を社内の派閥問題にまでレベルを下げて議論すること自体、ナンセンスです。もはや報道機関としての体を成していない。

最近、植村氏が非常勤講師を務める北星学園大学や、朝日の元取締役の清田治史氏が教授を務める帝塚山学院大学に、彼らを辞めさせろという内容の脅迫文が送りつけられて問題となっています。清田氏は脅迫とは関係ないと言いながら、早期退職しました。


 言論には言論で対抗する、それが大原則です。脅迫文を送りつけるような蛮行は言語道断ですが、彼らを擁護する団体「負けるな北星!の会」のメンバーの主張もいかがなものでしょうか。中島岳志氏や山口二郎氏の名前を見ただけで、「朝日擁護派」の集まりであることは一目瞭然です。彼らの口から朝日への批判などまず出てきません。朝日を批判する雑誌メディアはけしからんという論陣です。


彼らが、朝日批判派への反転攻勢の機を窺っているのは目に見えています。彼らのような存在が捏造を三十年以上も放置させ、朝日の傲慢を許してきたのではないか。
 第三者委員会にしてもそうです。朝日批判派が一人も入っていない。そもそも、報道を生業とする新聞社が自身で検証できないのは、ブラックジョークでしかありません。
 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは捏造記事を出してしまった際、自分たちで大々的に検証を行いました。


新聞を読む学生は七人
 そんな拙劣な対応ばかりが続き、国会参考人招致への気運が徐々に高まっています。参考人招致は、NHKの籾井会長が会長就任会見での発言を問題にされた例や、九三年にテレビ朝日の椿貞良社長(当時)が日本民間放送連盟の会合内での発言を問題にされた“椿事件”の例などもあり、可能性としてはゼロではない。

 もし木村君、あるいは編集局長が参考人招致されれば社会に相当なインパクトを与え、朝日が大ダメージを受けることは想像に難くありません。


新聞社の参考人招致は言論の自由に反するというような言説が一部で出ていますが、言論の自由を主張するには誤報した際、直ちに訂正・検証する義務が伴います。言論の自由とは、捏造を放置することまで許す権利ではありません。自浄能力がないにもかかわらず、言論の自由を主張することはできません。

朝日は意識的か、あるいは無意識かわかりませんが、靖國問題や南京大虐殺、慰安婦など、特定アジア、ことに中国の利益になるような報道ばかりしてきました。

 中国には超限戦(情報戦)という戦術があり、次の三つに分類されているそうです。

・世論戦・  法律戦・  心理戦

 中国はこの三つの分類に沿って、どうすれば日本を貶め、利益をむしり取れるかを常に画策しています。

 朝日はじめ、毎日、共同通信などは超限戦の手助けをしてきたと言っても過言ではないでしょう。沖縄の独立や普天間基地問題などの報道もそうです。沖縄が独立し、普天間がなくなり、どこが一番得するのかといえば、紛れもなく中国です。
 もし、左翼メディアが中国の利益になるとわかったうえでこのような報道をしているとすれば、刑法の外患誘致罪以外のなにものでもありません。 


 私が朝日問題で最も恐れていたのは、読者が新聞業界全体に不信感を持つことです。これがいま、現実になりつつある。私の聞いた話では、朝日の部数減だけでなく、読売などの部数も減っているといいます。朝日の部数減は対岸の火事ではないのです。


新聞消滅のシナリオ
 若者の新聞離れは顕著に表れています。私が学校などで講演するとき、学生たちに必ずする質問があります。

「毎日、新聞を読む習慣のある人はいますか」

数年前、静岡県の中高一貫校で講演した際、約一千五百人の生徒に右の質問をしたのですが、手を挙げたのはたった七人でした。
 彼らは十三~十八歳の若者です。あと十年以内に社会人になる。二十年経てば社会の中心にいる。彼らがそのまま成長していけば、新聞を読む習慣のない人間が社会を回していくことになる。


新聞を読む習慣は一朝一夕で身につくものではなく、若い頃からの習慣が肝要です。怖いのは、新聞を読まない人は週刊誌や月刊誌、本も読みません。そういう人たちがマス(大衆)になっていくことへの危機感が私にはあったのです。そうならないようにするためにも、新聞は相互批判して業界全体を盛り上げていかないと、新聞、あるいは紙の媒体は消滅してしまうのではないか。


私が時事通信の解説委員長をしている時、新聞協会報にそのことを書きました。なにかしら反響があるのではと思っていたのですが、どこからも反応はありません。新聞業界に私と同じ危機感を持っている人はいないのか、と憤りさえ覚えました。
私はそういう危機感からも、朝日はきちんと謝罪・訂正をしなくてはいけないと思い、親友として、木村君に忠告をしたのです。


十七社会のメンバーの一人からは「木村は可哀想、お前が余計なことを言うからこんなことになったんだ」と批判されましたが、では彼とのやりとりを黙っていればよかったのでしょうか。私はそうは思いません。
 
朝日から圧力があったのか知りませんが、私の勤めていた時事通信社も「事情聴取したい。応じなければ就業規則違反だ」とまるで警察のようなことを言ってくる始末。これでは何も発言できなくなると「そこまで言って委員会」の朝日問題特集の収録の直前に辞表を出したのです。ただし、木村君の事前了承なしにあのやりとりを公にしてしまったことに対しては申し訳ないと感じています。その件についてはメールでお詫びしましたが返信はなく、彼とはそれきりです。


木村君、朝日を変えてくれ
 私は彼に謝罪するつもりはさらさらありません。時が経ち、どこかで偶然会って手打ちになるか、あるいは彼に恨まれたまま死んでいくか、それはわからない。
 木村君と仲違いした私ですが、彼の能力については高く評価しています。「朝日を廃刊に追い込むべきだ」「木村社長は直ちに辞任すべきだ」とする主張がありますが、私は賛同できません。近くで彼の仕事ぶりを見てきましたが、朝日政治部のなかで彼の能力はダントツでした。

 風通しが悪く、上司のご機嫌ばかり伺っているヒラメ記者ばかりの朝日を改革できるとすれば彼しかないと私は思っていたし、いまもそう思っています。
 最悪の対応が続き、いま朝日は滅亡への道を突き進んでいるように見えます。ここまで事態が悪化してしまっている現状では大きな変革は難しいかもしれません。ですが、木村君には朝日の抜本的な改革に命を懸けてもらいたい、それがいま、私が彼に望んでいることです。(引用終わり)


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文末で、加藤氏は木村社長による朝日の改革を期待しているように書いているが、これはリップサービスで、もう諦めている。その後の木村社長の発言を新聞で読む限り、朝日新聞の改革など100%不可能だということが分かる。経営陣、編集幹部、記者、全部入れ替えなければ改革はできない。つまり「廃刊」するしかない。


加藤清隆氏
ウイル 


木村伊量社長
ウイル 



will 表紙

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●中田哲三著「失郷民(趙南富とその時代)」を読む

 表題は<シリャンミン>と読む。韓国語で故郷を失った人のことをいう。朝鮮動乱のさなか、済州島から命がけで日本へ密航し、神戸の親戚宅にたどり着き、艱難辛苦の末、ビジネスに成功して・・つまり、功成り名遂げて大往生した在日韓国人の生涯を描いている。著者は主人公の娘婿である。プロのライターではないらしいが、文章はよくこなれて読みやすい。(前職はフレンチのシェフ、オーナーだったのもユニーク)


著者が主人公の趙南富本人に取材をはじめてすぐに本人が亡くなってしまったので、資料は身内の話や文献から収集した。本書の前半は主人公の父親、母親の出番だから情報はさらに乏しく、ほとんどフィクションにせざるを得なかった。済州島での会話は大阪弁で書かれている。


済州島は韓国随一の観光地として名高いが、歴史をたどれば悲劇の島である。それゆえにこの本の主人公のように苦難の人生を送らざるをえない人が多い。主人公が子供の時分に4・3事件が起き、続いて朝鮮動乱が勃発した。親は子供が戦場へ狩り出されるのを避けるため、高校生の息子(主人公)に「日本へ行け」と命じる。もちろん「密航」である。


同じような境遇のひとが他に何千人もいたに違いない。みんな命からがら日本にたどり着き、スラム的な街中に潜んで生きるための仕事を求めた。本書の主人公のように仕事で成功し、人間関係にも恵まれて幸せな晩年を送った人もいれば、すんなりヤクザになった人もいる。また、在日の人は民団か朝鮮総連のいずれかに属するのが普通で、主人公は民団に入り、晩年は組織の幹部にまで昇進したが、総連に属した人は、北朝鮮の支配下で活動させられるので何かとリスクが多い。


主人公は若い時分に大変な苦労を味わうが、結果としてサクセス・ストーリーになった。大統領の就任式に一度ならず招待されるほどの功労者の名誉も担った。だったら、晩年は「故郷に錦を飾る」の言葉通り、済州島に邸宅を構えて余生を過ごすのがベターだと思うが、そうはしない。


日本へ来てから60年の滞在になるというのに、本書には日本人や日本の社会のことは描かれない。身内の付き合いだけで話が完結している。ビジネスや私的交流で関わった人の名前を出せば微妙な問題が起きかねないから避けたのかも知れない。それは仕方ないとしても、人生の後半は資料、情報も豊富にあるのだから、人情物語に偏らず、苦労話を含めた事業の成功の過程をもう少し書いてほしかった。ただ、読者を在日の人だけに絞って著したのであれば、これでも構わない。
 意地悪駄目男から見れば、主人公の真摯な生き方に共感を覚えつつ、400頁を費やして、結局は身内の自慢話を書きたかったのか、という感もぬぐえない。(2014年5月 作品社発行)


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■済州島4・3事件(4・3とは事件の起きた4月3日を指す)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%B7%9E%E5%B3%B6%E5%9B%9B%E3%83%BB%E4%B8%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6


(以下、一部を引用)
1948年9月に金日成は朝鮮人民軍を創設し、続いて朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言した。1949年12月24日には、韓国本土で韓国軍は住民虐殺事件(聞慶虐殺事件)を引き起こし、共産主義者による犯行であると情報操作した[5]。


1950年に南北朝鮮労働党が合同し、金日成の朝鮮民主主義人民共和国が韓国(本土)に侵攻(朝鮮戦争)すると、朝鮮労働党党員狩りは熾烈さを極め、1954年9月21日までに3万人が、完全に鎮圧された1957年までには8万人の島民が殺害されたとも推測される。また、韓国本土で保導連盟事件が起きると本土と同様に刑務所で1200人が殺害された[6]。海上に投棄されていた遺骸は日本人によって引き上げられ、対馬の寺院に安置されている[7]。


歴史的に権力闘争に敗れた両班の流刑地・左遷地だったことなどから朝鮮本土から差別され、また貧しかった済州島民は当時の日本政府の防止策をかいくぐって日本へ出稼ぎに行き、定住する人々もいた。韓国併合後、日本統治時代の初期に同じく日本政府の禁止を破って朝鮮から日本に渡った20万人ほどの大半は済州島出身であったという。日本の敗戦後、その3分の2程は帰国したが、四・三事件発生後は再び日本などへ避難あるいは密入国し、そのまま在日韓国人となった人々も多い。日本へ逃れた島民の一部は大阪にコミュニティーを形成した。済州島では事件前(1948年)に28万人[8]いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したとされる[9]。


現在の韓国政府の対応

長年「反共」を国是に掲げてきた韓国では、責任の追及が公的になされていない。また、事件を語ることがタブー視されてきたため、事件の詳細は未解明である。21世紀になって、韓国大統領となった盧武鉉は、自国の歴史清算事業を進め、2003年10月に行われた事件に関する島民との懇談会で初めて謝罪した。また、済州四・三事件真相糾明及び犠牲者名誉回復委員会を設置している。さらに2006年同日の犠牲者慰霊祭に大統領として初めて出席し、島民に対して正式に謝罪するとともに、事件の真相解明を宣言した]。

事件から逃れて日本に密航した済州島出身の在日韓国人は、その恐ろしい体験から「また酷い目にあわされるのではないか」と祖国へ数十年も訪れることのない人々も多かったが、韓国政府が反省の態度を示し始めたことで、60年ぶりに祖国を訪れる決心をした人物も現れ始めている。

シりゃんみん 表紙






ウオーキング・観光



●藤原京跡 ピクニック

 快晴微風という最高の行楽日和、久しぶりに藤原京跡のだだっ広い草原に出かけて、ウオーキングはそっちのけで酒盛り・・というほど飲まないけど、極楽のひとときでした。藤原京跡は、明日香村の史跡群とともに世界遺産登録をめざすそうです。現状を見れば、どう考えてもムリなように思えますが、なんとか地味な努力で準備していただきたいものです。


すぐ横の資料館には大きなジオラマが展示してあり、都の風景が想像できます。都の規模はだいたい1平方キロ(100万㎡)で、当時の人には目が点になるような大プロジェクトだったでせう。
 しかし、計画は半端な状態で頓挫し、平城京プロジェクトに移ります。造成地はたちまち荒野と化し、後世、田畑に変身したまま20世紀を迎えます。都として運営された実績が皆目ないのだから「仮設」と言っても良く、歴史遺産ではあるけれど「世界遺産」はどうかなあ・・大方の人はこんな思いを抱くのではないでせうか。


それはともかく、周辺の風景は平城京よりずっと優れています。敷地のなかを電車がゴトガト走るような無粋な場面は無く、遠近の山並みも美しい。広っぱでの~んびり過ごしたい人にお勧めの場所です。(10月16日)



藤原 


藤原京のジオラマ 北から南を見た場面で、手前の山は耳成山
藤原京




読書と音楽の愉しみ



asahi  

●文藝春秋編「朝日新聞は日本に必要か」を読む


 
 これ以上ないと思える侮辱的なタイトルで発行された臨時増刊号。ほんの二ヶ月前なら、もっと穏便な表現でも「法的措置も辞さない」と高飛車に訴えてた朝日が、いまやサンドバッグ状態、何を言われても反論する術が無い。やられっぱなしであります。まあ、自業自得だけど。


本書は慰安婦問題が表沙汰になってからの約20年間、朝日の慰安婦報道にいちいちツッコミを入れていた「文藝春秋」「諸君!」「週刊文春」の記事を再録したもの。数では90年代なかばが多い。全290頁、朝日に対する批判文ばかりがぎっしり詰まっている。文字が小さいので、単行本にしたら600頁分くらいのボリュウムがある。疲れます。


通読しての印象は朝日新聞の思想の悪質さであります。社長以下、現場記者まで「とにかく、日本が大嫌い」というポリシーが保たれていて、これを記事で具現化するためにはウソつき、捏造、すり替え、なんでもやる。そして、最大の難儀は誰も「反省しない」ことであります。(反省しないからスキャンダルの山を築いてきたのだ)
 朝日の正義は、日本の、世界の正義だと勝手に決めつけて、だから天皇を戦争裁判にかけろとかトンデモ発想を朝日流正義で実現しようとする。慰安婦問題も、ありもしない慰安婦強制連行を道具にして韓国に媚び、最終目的は日本政府や日本国民をおとしめることが目的だ。えらいこっちゃと困惑する政府首脳のサマを見て溜飲を下げたいのだ。


かなり堅苦しい論説だが、西尾幹二氏の「慰安婦問題 朝日の詐術を嗤う」と「慰安婦問題 ドイツの傲岸、日本の脳天気」を読むと、朝日は、ドイツ政府は、ナチスの犯したホロコースト(民族絶滅)への賠償に何兆円もの金を費やした、それにくらべ日本政府は・・という論調で日本政府の不誠実さをなじる。しかし、これが詐術(ウソ)だった。国民が外国の戦後処理の知識なんか持ち合わせていないことに乗じてウソの記事を書いた。そして「だから、日本はドイツに見習うべし」と論じたのである。(話が複雑で簡略化しにくいので詳細は書かない)


ドイツは無論、戦争に参加した国は百パーセント「慰安婦」問題が生じる。ドイツの場合、第一次世界大戦では200万人もの性病患者が発生してしまい、これに懲りて第二次大戦においては政府がダイレクトに慰安婦問題に介入した。軍による強制連行があった無かったどころの問題では無い。軍(政府)がバッチリ管理したのだ。そして、ドイツの戦場では人種差別が極端な形で実行されたから、女性たちは単に性奴隷にされるだけでなく、挙げ句に、ユダヤ人やロシア人やポーランド人は惨たらしく殺された。


・・・というようなことを朝日は一切報じない。ドイツでは、戦後に個人賠償金が支払われた、それに比べ我が国は、という論調で日本政府を攻め、日本国民に罪悪感を募らせる。悪意による捏造、問題のすり替えを繰り返して「朝日の正義」を言いふらしたいのだ。


本書で、過去20年間にわたって批判された朝日の記事、論説はほぼ100%反論できないように思える。誤解や記憶違いによる誤った記事ではなく「はじめに悪意あり」が全ての事案で見透かされている。議論にならない。朝日の完敗である。


「朝日新聞は日本に必要か」と自分が問われたら、むろん「必要なし」と答える。この問題は政治思想の右、左の問題では無い。正か悪かの問題である。朝日がなくなっても、二番手に毎日があるからサヨクの皆さんは心配しなくてもよい。共同通信だって強い味方になってくれますよ。


約20年のあいだに掲載された朝日批判記事の一部(目次ページ)
asahi 
 

asahi







 

たまには外メシ



●大阪大学に大阪王将が進出

 飲食業界の生き残り競争の苛烈さは続き、大手が大学の「学食」にまで進出しています。既存の給食業者で非力なものは追い出されるという状況です。王将の中華丼が400円、天津飯+餃子セットが500円ナリ、ケチは馳せ参じませうぞ。


何年か前、このブログで学生食堂の食べ歩き記事を書いたような気がするけど・・(忘れた)そのリニューアル記事を書こうとして訪れた大阪大学豊中キャンパスに「王将が大阪大学に上陸!」と書いたノボリがはためいている。で、その学食「宙」(ソラ)に行くと、もうぎっしり満員です。中華料理でこんなに満員になるのか、と訝ってサンプルケースを見ると、もちろん中華がメインだけど、ほかに学食定番のカツ定食とかオムライスもあり、要するになんでもありで対応している。当然、王将の味のレベルを保ち、ボリュウムも学生の期待を裏切らない量でありませう。


調べたら、この、さほど広くない豊中キャンパスには食堂とカフェが計11店もある。学生数から見れば「あって当然」の数かもしれないが、夜の売上げが皆目ないことを考えたら過当競争必至でありませう。さらに、ランチタイムには、ビジネス街で見る「弁当屋」まで出ているから厳しい。普通の弁当は370円だった。ある食堂では、うどんやカレーは200円台からあった。むろん、コンビニもあって、パンやおにぎりが買える。学生相手では、300円~500円が売れ筋価格、これでどうして儲けることができるのか、なんだか業者に同情したくなります。学食は「安いけどまずい」は昔の話、ヒマジンは学食へ出かけよう。


「王将」が入る学食「宙」は12時過ぎると満員御礼状態。一日1000食くらい売ってるのか? 外部のテラス席も満員です。
王将 


王将


街中の食堂とは「差別価格」で客の奪い合い
王将




こちらは「宙」から歩いて5分ほどの森の中にある「待兼山会館」のレストラン「リブレ」。カツとカレーの専門店で、写真のポークカツカレーが450円。ほかに、バイキングスタイルの店やパン工房もある。無いのは寿司店。
王将 



王将



注文は券売機でチケットを購入すると、機械から自動的に厨房へ注文が送信され、客はテーブルで番号の呼び出しアナウンスを待つ・・というシステム。オジンはうろたえます
大阪大学 王将 







たまには外メシ



●カンパネラ、9月の一品

 忘れた頃にやってくる・・(というほどでもないか)北新地のカンパネラの集い、今夜のボトルは"Bowmore" ごちそうさまです。いわゆる「煙たいウイスキー」ではマッカランと並んでメジャーなブランドで、風土の違いから国産は難しい(ハズ)
 はじめて飲んだ人はたいてい「くさ~」と言いますが、すぐ慣れます。香りがウリだから、水割りなんかにしたらスカみたいで、皆目ネウチなしです。


NHKで竹鶴政孝の人生を描く連ドラ「マッサン」が始まったそうで、ニッカウイスキーの知名度は高まるかもしれないが、ウイスキーの売上げが伸びるかと言えば・・ほとんど期待できない予感。ウイスキーはなぜか女性にウケないのも弱みです。バーでも飲んでる女性は見かけない。ドラマの筋書きは、恐らく「旨いウイスキーをつくるための苦労物語」ではないかと察しますが、視聴者の9割以上がウイスキーに無関心というのは何だかもったいない・・いや、グルメ番組ではないから、そんなの、どうでもいいことか。(9月30日)


カンパネラ 10がつ 


料理の一品 カキの牛肉巻
カンパネラ 





プチ・ケチの研究



●冷凍の天津飯と牛丼

 昼メシに、普通に「ご飯とおかず」を食べることはほとんど無いので、こういう食材で「安くて美味しい」商品があれば助かります。購入条件は一食分200円以内。それ以上はゼータクという思い込みがある。


天津飯は期待して買ったが、う~ん、もうちょっと何かが足らん、という感じ。味付けではなく香りでリアル感に欠けるのではないか。味のレシピは数値化できるけど、ダシの香り(天津飯では卵自体の香り)を食堂と同じに再現するのは難しい。でも、インスタントにしてはよく出来てると思いますよ。好評のせい?か、陳列棚に見当たらないことが多い。


すき家の牛丼は3個入りで398円。店頭で食べたら300円くらいするから割安感はあります。というか、店食が安すぎて、これ以上の値段はつけられないのか。味は良く出来ていて「合格」です。しかし、具材重量は80gなので、若い人はぜんぜん足りないはず。少食の駄目男だって、これ食べたあとでアンパンなんか追加することがある。
 他のメーカーも追随して生産してくれたら、さらに競争が激しくなって、品質向上、値段据え置き、とかで有り難いのですが。


天津飯
天津飯 


天津飯


牛丼
牛丼 



牛丼