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プチ・ケチの研究



●安くて使いやすい・・豆苗は〇ビの味方

 白菜やキャベツなど野菜全般の高値が続いて気軽に買えなくなっています。そこで代替品として「豆苗」を買ってみたところ、これがなかなかのスグレモノです。エンドウ豆の苗を野菜として食するもので、煮物やサラダなど使い勝手もよく、栄養価もほうれん草や小松菜なみに高い。鍋につかうと、水菜に煮た食感がします。煮すぎるとヘナヘナになってしまうのも水菜と同じ。火を止める1分間くらい前に入れるのがよい。


買ったのは「村上農園」の商品で、山梨県の工場で年間400万パックも生産されてるそう。下に紹介のビデオを見ると、ほとんど無人化されたハウスで水耕栽培しており、農薬の使用がゼロという。
 値段は430gで89円。季節栽培ではないし、天候に左右されないから価格も安定します。使用済みの根を水につけると半分くらいの量が再生してまた食べられる。貧乏性にぴったりの野菜です。野菜は農家が畑でつくる、という固定観念が崩れてきました。


■村上農園ハイテク農場のビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=jjO3cmJ7o_Q


村上農園の豆苗(近所のスーパーで購入)
豆苗 


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読書と音楽の愉しみ



●アローJO & 寺井尚子コンサート

 今年最後の音楽シーンはビッグバンドとジャズヴァイオリンの共演。とにかくハデなステージで、満員の聴衆は大満足でした。とくに、寺井尚子の超絶テクニックとスタミナには圧倒されるばかり。前日の夜に長野県八ヶ岳高原のホールで公演していて、移動時間を差し引くと、練習やミーティングの時間はかいもく無かったと思われるから、商売とはいえ「ようやるなあ」と感心します。


曲目も殆ど知ってる曲だったので気楽に聴けました。ジャズのスタンダードナンバーから、ラテン、シャンソンまで多彩。駄目男が一番気に入ったのは、ビアソラの「リベルタンゴ」です。バッハやビートルズの名曲のように、どんなに加工しまくってもカッコイイ。クラシックではアルビノーニの「アダージョ」とショスタコヴィッチのワルツなどが選ばれてました。最後は、アローと合同で「シング・シング・シング」デビュー間もない?シンガー、山村いつかののびやかな声も魅力的でした。


・・なんちゃって、気軽に書いてるけど、世上95%の人は寺井尚子ってナニ?であります。下の動画でちょっと紹介。(12月23日 兵庫芸術文化センター大ホール)


■寺井尚子「リベルタンゴ」のライブ。 会場不明。
http://www.youtube.com/watch?v=KDKPiR8ghR0


■同「ラ・クンパルシータ」
http://www.youtube.com/watch?v=r6HW7z_KW6c



寺井尚子 

ウオーキング・観光



●旅ネタ 二題・・・

■あしまめ旅行舎、10年ぶりにHP更新

 小林義昭さんが主宰する「あしまめ旅行舎」は歩く旅の企画をしている小さなツーリスト。発足まもない2004年ごろからホームページ(HP)をつくっていましたが、更新せずに放置状態でした。ブログとちがってお金がかかるので、貧乏性の駄目男は気になって「小林さん、HPのこと、忘れてるんちゃう?」と余計なお節介をしてきました。ウオーキングファンに呼びかけ、独自企画の旅やハイキングに参加してもらうための営業用HPなのに、1日のアクセスが1~3人という驚異的閑古鳥ページでした。


逆に考えれば、別にHPでの宣伝をあてにしなくても売上げが確保できているので、放置してもかまわないのかもしれない。
 真偽はともかく、10年たって、先日ハガキが届き「HP更新しました」と。まさに歴史的大事件(笑)であります。ならば、次の更新は東京オリンピックが終わってからになるのか。生きてるかなあ・・。(新HPには旅行スケジュールが載っているので早期更新あるはず)


小林さんは、日本旅行に長く勤めていた人で、企画から添乗までこなせる旅のベテランです。あしまめ旅行舎は「まめに歩く」旅をメインに企画しており、近年人気のイギリスのコッツウオルド旅などは大手会社の企画より親身なプランで実行していると察します。更新HPで、ご本人が抱負を述べておられますのでコピーします。


ここから引用・・・
「旅する事が大好きで職業に選び42年になります。国内850回、海外120回を添乗。特に歩いて旅することが好きで、かなりの部分で歩く旅を経験しています。

「のんびり歩くツアーを企画したい」という思いから、2004年にあしまめ旅行舎を設立しました。今年で10年目になります。これまでにコッツウォルズ14回、ホノルルマラソン15回、富士登山18回、屋久島14回など、「歩く」が中心の旅を行っています。花を観て季節を感じ、美味しい地産品をいただく日帰りの旅も毎月企画しています。

私は、旅の思い出は、参加する各人の感性が作るものと思っています。その地で「風を感じ、人と接し、足の裏で記憶する」がモットー。だからこそ、団体貸し切りバスの早回りツアーではなく、スローライフな歩く旅を企画し続けているのです。

長年培った経験を活かし、ご参加の皆様の「楽しかった」という声を励みに、これからものんびりゆっくり歩くツアー「あしまめ旅行」を続けていきたいと思っています。   あしまめ旅行舎 小林義昭


■あしまめ旅行舎の新ホームページ
 http://www5f.biglobe.ne.jp/~asimame/

あしまめ


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■2泊3日で1万5千円ナリ  ~田中流青春18きっぷ旅~

 田中義行さんから頂いた手紙によると、夏の東北旅行に続いて山陰~山陽一周の鈍行旅行、今回も大満足旅だったとのこと。
 経路は下の地図通りで、山陰経由で下関に至り、山陽線で帰阪、のべ約900キロの乗車だそうです。一番の魅力は冬の日本海の風景。 泊まりはビジネスホテルで、1泊はサービスポイントの累積で無料になり,実質費用は1泊分で足りました。正月のレジャー予算一万円ある人、トライしてみませんか。


田中旅 


途中下車駅での記念スタンプ
田中旅
 


プチ・ケチの研究



●粗茶のディオゲネスふう飲み方

 プチ・ケチの研究もネタ切れ気味であります。
今回のケチは「簡単、安上がりにお茶を飲む方法」の研究です。

 お茶を飲むには・・・
1/ペットボトルのお茶を買って飲む。
2/ティーバッグにお湯を注いで飲む。
3/急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

1と2は簡単ですが、安上がりでない場合がある。味が好みでないこともある。3が一番オーソドックスだけど1・2より手間がかかる。

 そこで、駄目男がやってるプチ・ケチ方法は、湯飲みに急須用の茶こしを落とし込み、茶葉を入れ、お湯を注いで飲む。これにより、急須を使うという工程が省略できます。茶葉やお湯の無駄も減ります。
 湯飲みの口径と茶こしの口径が合うから出来るのですが、茶こしは口径の大や小も売っているので、手持ちの湯飲みと合わせるのは難しくない。ほかに、紅茶用の茶こしもあるけど、浅すぎて使えない。


紅茶をいれるときは茶こしを使う。この発想を日本茶に応用しただけですが、なぜか普及しませんね。上等の日本茶はお湯を少し冷まして淹れるので、その役目を急須が担うのですが、番茶やほうじ茶なら熱い湯のままでいいでせう。紅茶用茶こしは持ち手がついてるので、これの深型があればベストです。


急須は小ぶりに見えても、400~500cc入るものが普通なので、
一人使いにはロスが多い。湯飲みに直接注ぐほうが無駄がない。あと始末(洗い)も簡単です。・・というわけで、一人暮らしで、ケチでずぼら者にお勧めします。


こんなしょーもないことを考えながら、日々わび住まいしているのでありますが、アイデアのモトは古代ギリシャの哲学者、ディオゲネスの逸話でした。(ホンマか?)

ここから引用「ある日子供たちが手で水をすくって飲んでいるのを見ると「簡単な暮らしぶりでは子供に及ばなかった」と言って、袋の中から水呑みを取り出して投げ捨てた。また自分の皿を割った子供がパンの穴に蚕豆を入れてもらっているのを見て、お碗さえも捨ててしまった」

 ディオゲネスは、年代的にはソクラテスの孫弟子にあたる。あらゆる権力や物欲から解放された自由な生き方を望み、実践したが、世間では超変人、キ印扱いされた。生活用品はずだ袋一つに入れ、住まいは古い酒樽だったという。そのわずかな生活用品である水呑みやお椀さえ、上の逸話のように無駄だといって捨ててしまう。彼こそ「捨て魔」の元祖でありませう。


引用元
http://blog.goo.ne.jp/norilino1045/e/1608da6b0a8fa8769e359540015736f2


酒樽に住むディオゲネス
ディオゲネス




ゆのみ

読書と音楽の愉しみ



●アイリッシュダンス <ラグース>鑑賞

 お金がなくて、兵庫芸セン・大ホールの4階席で鑑賞。いわゆる天井桟敷ですごい高度感があり、高所恐怖症の人は足がすくむかもしれない。
 アイリッシュダンスといっても、いろいろなタイプがあり、今回観たのは一番ハデというか、動きの激しいタップダンスであります。ソロあり、十数人の群舞あり。プロとはいえ、見事なテクニックでありますが、激しい踊りなのに上半身は動かない。直立のまま。これが大きな特色です。

 なんで? と思ってウイキで調べたら「16世紀にイギリスからゲール語を禁止され、踊る事も禁止されて、窓を通して外から見られた時に、上半身を動かさず、下半身でリズムを刻むダンスが誕生した」とあります。長いあいだ、イギリスに抑圧されていた歴史がこのユニークなダンスを生んだ。そういえば、つい20年くらい前までテロなどで衝突を繰り返していたことを思い出します。


それはさておき、約2時間、激しいタップを観ていると、日々、グルコサミンを愛用している人なんか「ア~、イテテ、イテテ、イテテテ、タマラン!」とかいって膝をさすりたくなりますね。このダンスで膝を痛めたら、グルコサミンもサメの軟骨も全然効きそうにない。とにかく、ものすごい運動量です。
 歌だけの場面もありましたが、えらく通俗的なメロディで,日本の歌謡曲の雰囲気、知っていたのは「ダニーボーイ」だけでした。(12月14日 兵庫芸術センター大ホール)


アイリッシュ 


アイリッシュ

たまには外メシ



●芋焼酎二題

 家ではローエンドの宝酒造「麦小路」しか飲まないので、ヨソではちょっと上等の焼酎が飲みたくなります。今宵はクルラホンで芋焼酎を二杯注文。

■「天覧坊」
 宮崎県は黒木本店の、山芋が原料の焼酎です。山芋自体の生産量が少ないから焼酎もレアものになって当然。ほのかな甘みがあって飲みやすいけど、芋焼酎ファンが飲めばエレガントすぎていささか物足りない? しかし、下戸の駄目男には十分おいしい。かつての「芋焼酎」のイメージは霧消してしまいました。ちなみに、黒木本店は「百年の孤独」という超高級酒もつくっているそうな。低所得者向きに「十年の孤独」も提供してほしい。


いも焼酎



■「赤霧島」
 今や焼酎の売り上げで「いいちこ」の三和酒類を抜いて日本一になった霧島酒造。「黒霧島」が大好評で芋焼酎ファンのスタンダードになった。長年の真摯な努力が報われたって感じ。逆に考えたら、焼酎ファンもけっこう味のデリカシーにこだわるようになったのか。無論、ファンの世代交代も関係あると思います。 赤霧島は姉妹品ですが、原料がムラサキイモ。説明によれば、昭和の終わりに、偶然、鹿児島で発見された品種という。こんなこともあるのですね。これを原料に・・だから、前記の山芋焼酎と同様、大量生産には至らないらしい。
 これも上品な甘みがありGOOD。しかし、黒霧島愛用者が飲めば「しょーもな」と言われそう。いずれもロックで飲みました。


■霧島酒造
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E9%85%92%E9%80%A0 


いも

読書と音楽の愉しみ



●同人誌「ひろしま随筆」54年で終刊

 たまたま、仕事で半年だけ広島市で暮らしたのが縁で「ひろしま随筆」と付き合うことになり、以来45年もの長きにわたって地元の人たちと紙上での交流が続きました。

 45年も在籍したのに、投稿した作品はたったの20編、存分にサボッておりました。そのサボリマン、駄目男の最後の作品を掲載します。


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「サヨナラダケガ人生ダ」余話    


ー勧酒ー

勧君金屈巵   コノサカヅキヲ受ケテクレ
満酌不須辞   ドウゾ並々ツガシテオクレ
花発多風雨   花ニ嵐ノタトヘモアルゾ
人生足別離   サヨナラダケガ人生ダ


 井伏鱒二の名訳で知られるこの詩、若い頃は語感のかっこよさだけで親しんでいた。しかし、七十年以上生きると、「サヨナラだけが人生」のイメージが現実味を増してくる。
 いつのまにか縁が切れた人、亡くなった人が増える。サヨナラばかりで新しい出会いは皆無だ。花に嵐、お互い明日のことは分からない。ならば、今日は旨い酒を心ゆくまで酌み交わそうではないか。最後の一行が俄然光って名訳の評価を得たが、このサヨナラの句の生みの親が実は林芙美子、生まれた所は広島県因島の三ノ庄港ということを知らなかった。井伏、林両名とも広島県にゆかりの深い作家なので、本誌の読者には耳タコ情報になることを気にしつつ、名訳が生まれたエピソードをご紹介。


  昭和六年四月の末、井伏鱒二は林芙美子に勧められて、尾道や因島へ講演の旅に出る。因島は井伏鱒二が若いころ逗留したことのある懐かしい土地だった。随筆「因島半歳記」の終末部分を引用すると「やがて島に左様ならして帰るとき、林さんを見送る人や私を見送る人が十人足らず岸壁に来て、その人たちは船が出発の汽笛を鳴らすと「左様なら、左様なら」と手を振った。林さんも頻りに手を振っていたが、いきなり船室に駆け込んで「人生は左様ならだけね」と云ふと同時に泣き伏した。そのせりふと云ひ、挙動と云ひ、見ていて照れくさくなって来た。何とも嫌だと思った。しかし、後になって私は于武陵の「勧酒」といふ漢詩を訳す際「人生足別離」を「サヨナラダケガ人生ダ」と和訳した。無論、林さんのせりふを意識していたわけである」(筑摩書房 井伏鱒二全集 第二十巻より引用)


 泣く女とむかつく男。詩的場面とは言えない気まずい体験が後世に残る名訳を生んだのだから面白い。このとき林芙美子二十八歳、井伏鱒二は三十三歳。前年に出版された「放浪記」が大ヒットして林は一躍流行作家になり、講演などで引っ張りだこだった。一方、井伏鱒二の「勧酒」を含む「厄除け詩集」は六年後の昭和十二年に刊行された。しかし、右の裏話を明かしたエッセイが発表されたのはずっと後の昭和三十三年、林芙美子がこの世にサヨナラして七年後である。
 三ノ庄港で二人を見送った島の人たちもみんな冥土へ旅立ち、当時を語れる人はいない。もしや、このエピソードを刻んだ文学碑が島にあるのではとネットで探したが見つからなかった。今年は井伏鱒二没後二十年、地元の酒飲みと酒造業者の発案で建立したら「サヨナラ」ファンを惹きつけるのではないか。  ~完~


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 以上で原稿用紙3枚分、1200字。最初の難儀は、決められた字数で文章を書くこと。この基本のキができなくて原稿用紙をどれだけポイしたか。(ワープロの無い時代でした)
 これをクリアしても作文が上手になるものでもなく、自分の表現力の貧しさ、語彙の乏しさはコンプレックスになって未だに脳に染みついたままであります。でも、この同人誌での経験があるからブログでの作文もさほど苦にならないというプラス効果もあります。コンプレックスは一生もんですけど。



林芙美子
ひろしま 

 


井伏鱒二

ひろしま 



最終号 表紙
ひろしま随筆

たまには外メシ



●奈良まち「つる由」の懐石ランチ

 「奈良で唯一☆☆☆の某店より安うて美味しいと評判の店ですねん」とKさんが案内してくれた店。口コミで評判になり、奈良でこの店を知らん人はモグリらしいですぞ。
 税込み5250円のメニューを注文すると、チマチマ小皿料理が次ぎから次と出てきて全部で十品くらいあったかも。当店が好評のワケは、魚のクオリティの高さと出汁のデリカシーにあるのではと思いましたが、どうなんでせうか。それに、チマチマ多彩メニューのせいで、ついお酒がすすんでしまいます。今日はほぼぬる燗日本酒で頂きました。


店のしつらえは各地の「梅の花」クラス、器も感心するようなものはありませんが、何より料理の質の高さで人気を確保している(リピーターが多い)店といえます。夜は1万円~らしい。近鉄奈良駅から徒歩10分。情報は「食べログ」「ぐるなび」でどうぞ。


なら町をぶらぶら散歩して・・
つるよし 


珍しい車を見かけました。左ハンドルのHONDA。年代物です。
つる 



つる由の地味な玄関。
つる 


メニューの数々
つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


他に三品ほどありましたが撮影忘れ。最後は葛きり餅と抹茶でした。

読書と音楽の愉しみ



●最近の演奏会から

大阪フィル12月定期公演


■ストラビンスキー「春の祭典」
 この曲をはじめて聴いたのはコンサートやレコードではなく、ディズニー映画「ファンタジア」の中ででした。20歳くらいのときだから半世紀前のことになります。とてもショッキングな音楽でしたが、今はもう普通のクラシック音楽として聴くことができます。しかし、1913年、今からちょうど100年前にパリで初演されたときは聴衆のブラボーの声とブーイング、怒号が入り交じり、ホールは大混乱に陥ってしまった。もし、自分がその場にいたら・・たぶん、ブーイング派に共感して「ゴラ~~、これのどこが音楽やねん、ゼニ返せ~」とわめいていたかも(いや、そんなハシタないことしないと思いますが)


しかし、100年も前に、よくもこんなエゲツナイ曲をつくったもんだと感心しますね。ストラビンスキーはエライ。しかし、演奏する側は大変です。誰か一人でもリズムを間違えたら空中分解しそうなハラハラものの演奏、音域も無茶広いので、アマ・オーケストラでは手に負えません。また、100人を要する大編成なのでとてもコストがかかります。貧乏オケでは企画できない。
 でも、聴いてる方はとても楽しい。岸和田のだんじり祭りを見物してる気分・・? そ、それはないでせうが。


■モーツアルト「ピアノ協奏曲第18番 K456」

 ピアノ=フセイン・セルメット。18番を聴くのははじめて。9,11番、それに20~27番はよく聴くので、人気の点でマイナーな曲なんでせう。そんな予見をもって聴くと「やっぱりな」の感がします。天才モーツアルトだって、ときにメシ代を稼ぐためにつくった曲や、気が進まないけど、義理でつくった曲もあるはずで、この曲をつくった1784年には他に5曲ものピアノ協奏曲を書いてるから粗製濫造?(失礼)のうちの一つかも。ト短調で書かれた第2楽章も感銘はいまひとつ、といったところ。プログラムは、ほかに、ペンデレッキ「広島の犠牲への哀歌」も。


本日の指揮者、クシシュトフ・ウルバンスキはまだ31歳の若さ、今後、実績を積むにつれ,人気が高まりそうな予感。しかし、大成する頃には駄目男はこの世にいないのであります。残念。(12月6日)


ウルバンスキ(ポーランド)
ウルバンスキ


ウオーキング・観光



●ここまでやるか・・・夢をかなえた鉄道マニア

 「ジパング倶楽部」会報に紹介してあったので、これは行かずばなるまいと、北摂・豊能町まで出かけました。能勢電鉄の終点、妙見口駅から徒歩十数分、住宅街の家庭用菜園地の一画に庭園鉄道「桜谷軽便鉄道」があります。


鉄道ファンには乗り鉄とか撮り鉄とか時刻表マニアとか、ジャンルがありますが、人間が乗れる鉄道をつくってしまったなんてのは究極のマニアでありませう。土地を買い、レールを敷き、車両や駅舎までこしらえる。並の鉄道ファンには夢のような話しです。
 「桜谷軽便鉄道」という鉄道会社・・いえ、会社ではありませんが、オーナーは持元節夫さん、御年85歳です。月に一回、第一日曜日に運転会を催して近所の子供たちを無料で乗せて運転します。希望があれば、子供でも運転できます(大人のサポート付きです)


レール幅は15インチ(38センチ)で、トロッコ用。車両は蒸気機関車から電車まで合計14両もあるそうで、この日はいろんなタイプの車両がフル稼働していました。レールの延長は150m、両端に「桜谷駅」と「風の峠駅」があり、引き込み線や待避線もあるマニア好みの設計です。動力は蓄電池かと思っていたら、ちゃんと架線が張ってあるではありませんか。蒸気機関車も石炭をくべて走ります。ま、時速5キロくらいですけどね。車両ももちろん持元さんの手作りです。


駄目男はべつに鉄道マニアではないけど、好きなことに打ち込み、コツコツと手作りというスタイルに共感と尊敬の念を抱きます。損得無視、たぶん失敗の山を築きながら理想を追う。持元さんの定年退職後の日々は、趣味一つ持てない凡人に比べたら百倍幸せでせう。しかも、自己満足に陥らず、成果を公開して近隣の子供、大人たちに喜ばれているのだから、作りがい=生き甲斐にもなっています。


戦前生まれのオジンにとって「トロッコ」は郷愁を覚える言葉です。大阪市内でも、子供のころにトロッコ遊びをした人は多いはずで、当時の道路工事では普通に使われていました。今はショベルカーとダンプカーで土砂を運びますが、昭和30年ごろまでは一輪の手押し車とトロッコが活躍していました。土方が休みの日はトロッコ遊びができたわけです。


芥川龍之介の作品に「トロッコ」という短編があり、8歳の子供のトロッコへの好奇心や、遠くまで行きすぎて、日が暮れた山の中を泣きながら一人で帰ってくる恐ろしさが簡素な文で描かれています。子供にとっては、トロッコは未知の世界へ誘う乗り物だったのです。


■桜谷軽便鉄道のHP
http://www.nakanoke.com/sakuradani/index.html




複線電化というグレードにおどろきます。
桜谷鉄道 



車両の内巾は60センチくらいしかないので、無茶きゅうくつ。
鉄道




これがレールの幅。イチョウの葉っぱ5枚分くらいです。
鉄道 




転轍機(ポイントの切り替え機)だって、このように本格派
鉄道



紅葉の森をバックに、絵になる風景です。
鉄道 




今どきのパパママはみんな動画撮影しています。
鉄道



読書と音楽の愉しみ



●佐伯泰英著「惜櫟莊だより」を読む

 知人のIさんが「あんた、こんな本、好きやろ」と持参してくれたので佐伯泰英の本は読んだことないけど、断れずに預かりました。Iさんはモーレツな佐伯泰英ファンで、今までに購入、読破した作品が170冊というから、もう著書は全部読んでるといってもいい。新刊が出ると内容は問わず、買わずにおれないのは殆どビョーキではありませんか。


開けてみれば時代小説ではなくて(ホッ)著者はじめてのエッセイで、惜櫟莊(せきれきそう)という熱海の別荘を買い取り、修復、保存するいきさつと工事内容を綴った読み物なので、楽しく、一気に読破したのであります。(櫟=くぬぎ)


著者は仕事場として熱海の別荘地に居を構えているが、そのすぐ下に瀟洒な和風住宅があり、これが開発業者に売り渡されるという情報があった。ふだんから気にしていた建物なので調べたら、所有者は岩波書店の社長、設計者は近代数寄屋建築の第一人者、吉田五十八とわかり、俄然、売却解体なんてとんでもない、守らねば、との思いに駆られる。


ハヤイ話しが、著者がこの物件を買い取り、築70年の老朽住宅を復元する、苦心物語であります。単なるリフォームではなく、全部解体して更地に戻し、基礎からやり直す。しかも、材料は瓦一枚まで古いものを再利用したい。すなわち、吉田五十八の設計思想をまるごと再現するのが目的の大改装であります。あの薬師寺東塔の解体、復元工事の民家版といっても良いくらいの大難儀工事です。でなければ、こんな分厚い本を書く気になりませんわね。


その工事の中身を書く紙数はないけど、感銘を受けたのは、施主である佐伯氏は無論のこと、工事を請け負った設計者、棟梁や職人すべてが、吉田五十八の美意識や繊細な感性に共感し、それをカタチで再現することに苦労をいとわないことです。困難な仕事であるほど情熱を燃やす、半端な妥協はしない。予算が・・という言い訳もしない。


・・と書けば、ずいぶんカッコイイ話しに聞こえますが、実際、この仕事に如何ほどの費用がかかったのか、貧乏性、駄目男は気になります。しかし、本書にはお金のことは一切書かれていないので不明です。不動産の買収費用と工事代、合わせてン億円でありませう。今どき、金に糸目をつけずにこんな贅沢をする人は珍しい。


本書には、不遇な時代の思いで話もいろいろ書いてありますが、人間関係でいえば、作家の堀田善衛との付き合いが一番濃密で、スペイン在住の時代、著者は堀田善衛の使用人、お抱え運転手だったそうであります。
 スペインで付き合ったアーティストも多いが、少々驚いたのは、画家のグスタボ・イソエ(磯江毅)とも10年くらい交流したこと。この人は駄目男の高校の後輩で、二十歳のとき、単身スペインに渡り、マドリード・リアリズムに共鳴して、狂気のなせるワザとしか思えないような独自の写実作品を描いたが、53歳の若さで亡くなった。


巻末にさらっと書いてあることに、佐伯泰英の著作の発行部数が累計4000万部を越えたと。その殆どが、時代小説に転向したあとのヒット作品という。大手出版社がバカにしていた「文庫の書き下ろし」という、半ばやけっぱちの作戦が功を奏して今や出版界の牽引役であります。惜櫟莊の購入、復元工事企画は、文化財保存への使命感と読者への感謝の気持ちが相半ばしていると思います。(2012年6月 岩波書店発行)


なお、吉田五十八が設計した建物で大阪近辺のものには「大和文華館」(奈良市)と「中宮寺本堂」(斑鳩町)があります。


■佐伯泰英ウエブサイト
http://www.saeki-bunko.jp/index.html


■吉田五十八
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AB



惜櫟莊 

ウオーキング・観光



●晩秋の湖西路を歩く・・わんぱく(1泊)ウオーキング

 1990年代の後半、快道メーカー(駄目男)が独自の発想でこしらえたウオーキングコース「さざなみ快道」(大阪~敦賀200Km)の一部を再訪するプランです。十数年を経て観光施設や道路事情などはかなり変化がありましたが、自然の風景は昔のままでした。


11月25日は雨模様なので正午に大阪駅を出発し、大津市坂本の西教寺と日吉大社を訪問。23~24日の連休は人と車で大混雑した紅葉の名所も、雨降りのせいか、ガラ~ンの閑散風景。そのぶん、真っ盛りの紅葉を堪能することができました。


宿はマキノ駅近くの「マキノグランドパークホテル」かつての「マキノプリンスホテル」で、リストラ策の一環で売却されたらしい。湖岸の松原のなかに隠れるように建つ地味なロケーションと静寂がお気に入りのリゾートホテルです。


明くる日はバスで5分ほどの集落から北へ、近年、知名度が上がった「メタセコイア並木」を歩きました。1981年に植栽されたそうですが、30年あまりで大木に成長し、今や地元自慢の観光資源になっています。
 並木の周辺はリンゴや栗の畑で、秋はこれも集客効果を高めます。並木の北端から数百m先にマキノ高原スキー場や日帰り温泉施設がありますが、積雪が少ないため、近年は少し北の「国境スキー場」に客を取られているのが実情。


マキノ高原からは知内川沿いの田舎道を歩いてマキノ駅へ。風景は昔のまんまだけど、近年は害獣除けのフェンス設置が徹底してきて、獣でなく、人間が檻(フェンス)の中で暮らすスタイルに変わっています。集落から出るときは、いちいち扉を開け閉めしなければなりません。江戸時代の木戸(番)みたいな感じです。


ひなびた山里風景を愛でつつ、のんびり歩く。そんなカントリーウオーク好きな人にお勧めのコースです。(歩行には地形図が必要です)


西教寺参道
坂本





坂本 



日吉大社参道
坂本 




マキノグランドパークホテルの夕食(コース料理) 前菜
マキノ

 


鯉の濃醤仕立て
マキノ 



ホテルのレストラン「竹生」
マキノ 



メタセコイア並木 延べ2,4キロ続く
マキノ 




マキノ



マキノ高原 地元の人がグラウンドゴルフ大会をやっていた
マキノ 



地形図にない道もちょっぴり歩く
マキノ 



ヨコから見たメタセコイア並木
マキノ 



知内川沿いの道をマキノ駅まで歩く
マキノ 

読書と音楽の愉しみ



●池田晶子著「14歳からの哲学」を読む

 四天王寺の古本市で買った本。プラトンとかカントといった哲学者の名前を一切出さずに哲学のなんたるかを説いた本であります。14歳からの哲学入門書だから、年長けたオジンやオバンが読めばすいすい分かるか、といえば、無論そうではなくて「何回読んでも難解」という人も多いでせう。世はなんでもインスタントの時代でありますが、未だに「即席哲学の素」なる便利なツールは生まれない。

 そもそも、哲学なんてもん、一切知らなくても生活になんの差し障りもない。逆に、勉強したって生活には何ほどの役にも立たず、金儲けの足しにもならない。ま、世間の99%の人はそう思っている。


それを言っちゃあおしまいだ、と著者は平易な言葉で、かつ情熱を込めて「物事の本質」を考えるように説きます。

・考える
・自分とは誰か
・死をどう考えるか
・心はどこにある

といった小見出しをつけてありますが、有り体に言って、中学生には荷が重い。ゲームに呆けているガキに「自分とは誰か」なんて命題は難解というより、次元の違う世界でありませう。しかし、50人か100人に一人くらいは食いついてくるかも知れない。著者の意図もそこにあるのでは、と思います。


哲学者の名前は一人も出てきませんが、48頁の次の文は、たぶん、デカルトの有名な言葉「我想う 故に我あり」のことだと思います。


考えてみよう


考えよう


考える


考えている


考えている自分がある


考えている自分があると考えている自分がある


自分がある


どこまで考えても自分がある


やっぱりどこまでも自分がある


中学、高校生の読者をイメージして、著者は必死にこの表現を考えたことと思われますが、果たして伝わるでせうか。なんか・・駄目男にも難しい。


「我想う 故に我あり」も「我考う 故に我あり」としたほうが分かりやすい。(この書き方の書物も多い)
 世の中、全宇宙一切を疑って疑って疑いまくって、なお疑いようのないのは疑っている自分の存在だった。大発見やあ~~、であります。とことん突き詰めて、最後に「神のみぞ知る」とか運命論に逃げなかったところがエライ。なんせ、400年昔のことですからね。よって、デカルトは近世哲学の祖と言われています。


もう一カ所、引用しておきませう。(170頁)

 「人間はあらゆる思い込みによって生きている。その思い込み、つまり価値観は人によって違う。その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる指針とするのだけれども、まさにそのことによって人は不自由になる。外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまうからだ。この意味ではイスラム過激派も自由民主主義も、同じことだ。自分で考えることをしない人の不自由は全く同じなんだ。人は思い込むことで、自分で自分を不自由にする。それ以外に自分の自由を制限するものなんて、この宇宙には存在しない」(引用ここまで)


ガキに向かって述べているこの言葉、ええトシした大人にもグサリとこたえるではありませんか。「外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまう・・から不自由になるのだ」言われてみればごもっとも、私たちはほぼ100%外側の価値観で生きている。新聞にこない書いてあった、テレビでこない言うてた、と外側の価値観をコピーしてあたかも自分の考えみたいに言う愚かさ、少しはハンセーしなければ。

 さりとて、今さらテツガクしろと言われてもなあ・・。

(2003年3月 (株)トランスビュー 発行)


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ルネ・デカルト
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