閑人帳



●靖国・A級戦犯合祀問題の わかりやすい画像を紹介

 前々回に書いたこの記事に関して、とてもわかりやすい動画が見つかったのでご紹介。2012年7月にアップされた「たかじんのそこまで言って委員会」録画の一部です。(約2分半)

 スタジオに招かれた30人くらいの中国人に対して、司会者とパネラーが「A級戦犯とBC級戦犯の違いがわかりますか」「A級戦犯だったのに総理大臣になった人を知っていますか」などを尋ねます。彼らはどう答えたか・・。興味ある人はご覧下さい。


■たかじんのそこまで言って委員会
http://www.youtube.com/watch?v=ixJ7e6dm_h0


たかじん

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プチ・ケチの研究



●安くて使いやすい・・豆苗は〇ビの味方

 白菜やキャベツなど野菜全般の高値が続いて気軽に買えなくなっています。そこで代替品として「豆苗」を買ってみたところ、これがなかなかのスグレモノです。エンドウ豆の苗を野菜として食するもので、煮物やサラダなど使い勝手もよく、栄養価もほうれん草や小松菜なみに高い。鍋につかうと、水菜に煮た食感がします。煮すぎるとヘナヘナになってしまうのも水菜と同じ。火を止める1分間くらい前に入れるのがよい。


買ったのは「村上農園」の商品で、山梨県の工場で年間400万パックも生産されてるそう。下に紹介のビデオを見ると、ほとんど無人化されたハウスで水耕栽培しており、農薬の使用がゼロという。
 値段は430gで89円。季節栽培ではないし、天候に左右されないから価格も安定します。使用済みの根を水につけると半分くらいの量が再生してまた食べられる。貧乏性にぴったりの野菜です。野菜は農家が畑でつくる、という固定観念が崩れてきました。


■村上農園ハイテク農場のビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=jjO3cmJ7o_Q


村上農園の豆苗(近所のスーパーで購入)
豆苗 


閑人帳



●そうだったのか・・靖国神社・A級戦犯合祀問題

 16センチ行平鍋の諸問題に続いて、今回はもう少し大きい靖国参拝問題。安倍総理の靖国神社参拝、駄目男は是とする考えです。敗戦後、アジアに対しては気兼ねと気配り、アメリカに対してはもっぱら隷属というのが日本の外交姿勢でありました。その弱気、おとなしさにつけ込んでイチャモンつけまくりなのが中国と韓国。この機に、定番弱体外交を改めようと時の指導者が考えて何が悪いのか。「戦後レジームの脱却」のテーマの一つとして臆せずすすめてもらいたいと思うのであります。


靖国問題 




朝日の売り言葉
 なんか行平鍋より大層な前置きになりました。さて、朝日新聞はたぶんこのフレーズを使うだろうと予想して27日の朝刊を買うと、やはり出ていました。一面の記事に「A級戦犯合祀」の一語です。(下の画像参照)朝日はこれをネタにして総理や政権を攻めます。戦争を企て、遂行した最高責任者=A級戦犯を祀る神社に参拝するとはケシカラン! 朝日やサヨクの連中、中国、韓国、アメリカもが調子を合わせて非難しています。


朝日新聞 12月27日 朝刊1面
靖国



ところで、A級戦犯って何でありませうか。たいていの人は東京裁判で判決を受けた、最も罪の重い戦争責任者だと思っています。ゆえに、B級、C級戦犯より刑罰が重いのが当然だと理解している。靖国神社にB級、C級といった罪の軽い戦犯を祀るのは許す。しかし、より重罪のA級戦犯も祀るのは許せない、というのが合祀反対派の考えです。


単なる分類項目名
 しかし、この知識は間違いです。A級、B級というのは罪罰の重さのランクではない。単なる分類に過ぎない。このネーミングがまずかった。ABCではなく、イ・ロ・ハでも良かった。松・竹・梅でもかまわない・・いや、松竹梅はしばしばランク表示にも使われるから駄目でせう。「松級戦犯」なんてなんだかなあ。ただ、裁判の主権者が欧米国家(人)だから、イロハの発想などあり得ない。


A級戦犯被疑者が総理大臣になった
 A級B級が罪や責任の重さを表すのであれば、A級犯が概ね死刑だとすれば、B級犯は無期懲役とか禁固10年という風に軽重の差がつくはずです。事実は違います。A級戦犯なのに、不起訴、無罪放免された人がおり、B級戦犯で死刑になった人がたくさんいる。安倍総理のおじいさん、岸信介はA級戦犯に指名されたのに、裁判では不起訴になり、後に総理大臣になった。また、読売新聞の社主として知られた正力松太郎もA級戦犯被疑者なのに長年マスコミ世界に君臨した。A級戦犯のすべてが重い戦争責任者ではないのです。


逆にB級戦犯で死刑になった人がたくさんいる。終戦後、戦争当事国で逮捕と裁判が行われ、約5600名の被告のうち1000名が死刑に処された。A級は124人が戦犯指名され、7人が死刑になった。不起訴は24人。ならば、A級戦犯容疑者、岸信介が日本のトップになったとき、中国や韓国から強烈なブーイングがあったのか? 
 ナマ身の元戦犯容疑者、岸信介の登場に文句を言わず、半世紀以上前に死刑で罪を償った人の祭祀にイチャモンをつけるヨソモンの神経が理解できない。理不尽な内政干渉というしかない。


合祀反対理由を説明できますか
 このABC級戦犯問題の中身を知ってる人は大人の2~3割くらいではないかと思いますが、問題の中身を知らないのに「合祀反対」論に組していたのなら相当ハズカシイ。漫画でいえば、ほっぺたに斜めストライプ3本入り、という顔ですね。日頃、新聞やテレビの情報だけに接して常識を蓄えた気でいるから、こんなカッコ悪いことになる。


あらためて「A級戦犯合祀に反対する理由を説明して下さい」と問われて、きちんと説明できる人がどれほどいるだろう。ほとんどの人はマスコミの論説に付和雷同して、もしくは軽薄な感情論で「反対」しているだけではないのか。
 それでもなお「反対」の立場を貫きたい人は、意味不明な「A級戦犯」ではなく、〇〇、〇〇、など犯罪者個人の名をあげ、これら〇名の合祀に反対する、と唱えたらどうか。・・というのは理屈であって、実際は戦犯の遺族や親族が現存しておられるのだから、個人名を出しての糾弾は、表現の仕方によっては人権問題、名誉毀損問題が生じます。難しい。

 ちなみに、死刑になったA級戦犯の名前と罪名は以下の通り。

・板垣征四郎 - 軍人、陸相(第1次近衛内閣・平沼内閣)、満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長。(中国侵略・米国に対する平和の罪)

・木村兵太郎 - 軍人、ビルマ方面軍司令官、陸軍次官(東條内閣)(英国に対する戦争開始の罪)

・土肥原賢二 - 軍人、奉天特務機関長、第12方面軍司令官(中国侵略の罪)

・東條英機 - 軍人、第40代内閣総理大臣(ハワイの軍港・真珠湾を不法攻撃、米国軍隊と一般人を殺害した  罪)

・武藤章 - 軍人、第14方面軍参謀長(フィリピン)(一部捕虜虐待の罪)

・松井石根 - 軍人、中支那方面軍司令官(南京攻略時)(捕虜及び一般人に対する国際法違反(南京事件)

・広田弘毅 - 文民、第32代内閣総理大臣(近衛内閣外相として南京事件での残虐行為を止めなかった不作為の責任) 以上7名


ほかに終身禁固刑が16名いる。合祀反対論を支持する人は、これらの戦犯について如何ほどの知識を有した上で「反対」されてるのでせうか。
 誰が、どんな罪を犯したのかも知らずに「合祀反対」しているのなら「アホか」と言われても仕方ない。認知症の人が裁判員になるのと同じです(笑)。
 もし、彼ら戦犯がヒトラーや毛沢東に並ぶ歴史的極悪人だったら、駄目男も「合祀反対」を唱えますよ。


訴追取り下げの代わりにこの仕打ち
 Wikiによると、絞首刑になった戦犯は火葬されたのち、遺骨は米軍が東京湾に捨てた。敗者はなすすべもなかった。さらに、米軍(GHQ)は裁判と刑執行の日程でこんな嫌がらせを企てた。

・戦犯被疑者起訴ー昭和天皇の誕生日(1946年4月29日)
・戦犯死刑執行日ー今上天皇の誕生日(1948年12月23日)

 天皇は訴追を免れた。しかし、天皇の身代わりであったかも知れない東条英機以下、国家のトップが、まだ少年だった今上陛下の誕生日にクビを吊られた。勝者による裁きとはいえ、恨みと嫌がらせがてんこ盛りの仕打ちである。両陛下とも、生涯、トラウマは消えなかった(消えない)のではないか。


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参考資料
■ロンドン国際軍事裁判所憲章     「戦争犯罪」規定
(単に項目の羅列だったabcが、なぜかA級、B級、C級になった)

a項-平和に対する罪
すなわち、侵略戦争あるいは国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、あるいは遂行、またこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画あるいは共同謀議への関与。


b項-戦争犯罪
すなわち、戦争の法規または慣例の違反。この違反は、占領地所属あるいは占領地内の一般人民の殺害、虐待、奴隷労働その他の目的のための移送、俘虜または海上における人民の殺害あるいは虐待、人質の殺害、公私の財産の略奪、都市町村の恣意的な破壊または軍事的必要により正当化されない荒廃化を含む。ただし、これらは限定されない。


c項-人道に対する罪
すなわち、犯行地の国内法の違反であると否とを問わず、裁判所の管轄に属する犯罪の遂行として、あるいはこれに関連して行われた、戦争前あるいは戦争中にすべての一般人民に対して行われた殺害、せん滅、奴隷化、移送及びその他の非人道的行為、もしくは政治的、人種的または宗教的理由にもとづく迫害行為。


■引用情報・上記憲章
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E6%86%B2%E7%AB%A0

A級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF

BC級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/BC%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF


犬町・猫町情報



~private~


●例会に使える地図のご案内

「ウオーキング・観光」で紹介した3コースの地図をつくりましたので、ご希望の方はお知らせ下さい。(紙地図を提供します)

コースは・・・
・矢田丘陵 東西コース
 近鉄郡山~大和民俗園~子供の森~近鉄萩の台駅
・矢田丘陵 南北コース
 法隆寺~松尾寺~矢田峠~近鉄萩の台駅
・堺の古墳巡りコース
 阪和線上野芝駅~履中天皇陵~堺緑化センター~大仙公園~仁徳天皇 陵~竹ノ内街道~堺市役所展望ロビー~南海堺東駅


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■1月例会申込み者のお知らせ
 メールでお名前をお知らせしますので確認して下さい。受信漏れあれば、お伝え下さい。

閑人帳



●そうだったのか・・行平鍋

 片手鍋がオンボロになったので、バーゲンセールで16センチの行平鍋(雪平鍋)を購入。シナ製で340円ナリ。

在原行平の名前が鍋の名前に
 行平という名前が在原行平に因むことは知っていましたが、なぜ「行平」なのかは知りませんでした。答えは、行平が須磨で暮らしたときに、浅い土鍋で汐を作らせたから、だそうです。製塩用の鍋です。

 行平は平安時代のナンバーワンプレイボーイ、在原業平の兄さん。天皇家の血筋を有する貴族。そんな高貴の人の名が鍋に使われるなんて楽しいですね。しかも1100年も昔の人物です。


なぜアルミ製が多いのか
 土鍋が金属製に変わっても名前は引き継がれ、現在はアルミが主流ではないかと思います。ステンレスやホーローでもかまわないと思うけど、アルミが多いのは、熱伝導が良いのと、軽さが好まれてるからではないか。家庭ではあまり問題ではないはずの軽さと熱伝導の良さは、飲食店などでのプロの作業では、これが大問題になります。かつ丼や親子丼を一日に50,100人分つくると重い鍋を振る気にならないでせう。


なぜ蓋がないのか
 鍋と蓋はセットになってるのが常識なのに、行平鍋に蓋がないのは何故か。蓋をしてコトコト煮るようなメニューは作らないから、が答えではないか。親子丼つくるのに蓋は要りません。手短にチャチャッとこしらえる料理が多いから蓋ナシでええかと。メーカーとユーザーが暗黙の合意を続けてきたのです、たぶん。蓋付きにすると、商品のコンセプトが変わってしまいます。


アルミは有毒であるという説あり
 アルミ鍋を多用するとアルツハイマー症になりやすいという説を読んだことがあります。微量のアルミ成分が脳に悪さをして発症を招くとか。
そういう有毒説が広まらないのはメーカーがスクラムを組んで無害説を流布しているからという情報もあったような。また、人工透析をしている人にも有害らしいが真偽不明です。
 もし、有害説を信じたら、うどん屋、ラーメン店から一流料亭まで、
外食に出かけることが出来なくなります。些細な問題に思えて実は大問題であります。


地名に残る主人公の名前
 話し戻して、行平が有名人なのは鍋のブランドになってるからではなく、百人一首や謡曲「松風」に登場するからです。松風とは須磨あたりに住まう汐汲女の名前で妹が村雨。命名者は行平です。(謡曲作者は世阿弥なので真の命名者は世阿弥か)田舎っぺの姉妹だったのに、松風、村雨と最上級のネーミングで登場することで優美なドラマになる。お亀とか、お仙ではあかんのであります。
 謡曲の地元、神戸市須磨区には、行平町、松風町、村雨町、衣掛町といった町名があるのが楽しい。明治以後の街作りのときに命名されたのかも知れませんが(真偽不明)、発案者の粋な計らいに拍手します。


行平鍋 340円ナリ
行平



在原行平
行平



「松風」の舞台絵。左下が汐汲車。塩をつくるのに、こんなちっちゃい桶で役にたつのか?などと正しい疑問をもってはならない。
行平

読書と音楽の愉しみ



●アローJO & 寺井尚子コンサート

 今年最後の音楽シーンはビッグバンドとジャズヴァイオリンの共演。とにかくハデなステージで、満員の聴衆は大満足でした。とくに、寺井尚子の超絶テクニックとスタミナには圧倒されるばかり。前日の夜に長野県八ヶ岳高原のホールで公演していて、移動時間を差し引くと、練習やミーティングの時間はかいもく無かったと思われるから、商売とはいえ「ようやるなあ」と感心します。


曲目も殆ど知ってる曲だったので気楽に聴けました。ジャズのスタンダードナンバーから、ラテン、シャンソンまで多彩。駄目男が一番気に入ったのは、ビアソラの「リベルタンゴ」です。バッハやビートルズの名曲のように、どんなに加工しまくってもカッコイイ。クラシックではアルビノーニの「アダージョ」とショスタコヴィッチのワルツなどが選ばれてました。最後は、アローと合同で「シング・シング・シング」デビュー間もない?シンガー、山村いつかののびやかな声も魅力的でした。


・・なんちゃって、気軽に書いてるけど、世上95%の人は寺井尚子ってナニ?であります。下の動画でちょっと紹介。(12月23日 兵庫芸術文化センター大ホール)


■寺井尚子「リベルタンゴ」のライブ。 会場不明。
http://www.youtube.com/watch?v=KDKPiR8ghR0


■同「ラ・クンパルシータ」
http://www.youtube.com/watch?v=r6HW7z_KW6c



寺井尚子 

ウオーキング・観光



●旅ネタ 二題・・・

■あしまめ旅行舎、10年ぶりにHP更新

 小林義昭さんが主宰する「あしまめ旅行舎」は歩く旅の企画をしている小さなツーリスト。発足まもない2004年ごろからホームページ(HP)をつくっていましたが、更新せずに放置状態でした。ブログとちがってお金がかかるので、貧乏性の駄目男は気になって「小林さん、HPのこと、忘れてるんちゃう?」と余計なお節介をしてきました。ウオーキングファンに呼びかけ、独自企画の旅やハイキングに参加してもらうための営業用HPなのに、1日のアクセスが1~3人という驚異的閑古鳥ページでした。


逆に考えれば、別にHPでの宣伝をあてにしなくても売上げが確保できているので、放置してもかまわないのかもしれない。
 真偽はともかく、10年たって、先日ハガキが届き「HP更新しました」と。まさに歴史的大事件(笑)であります。ならば、次の更新は東京オリンピックが終わってからになるのか。生きてるかなあ・・。(新HPには旅行スケジュールが載っているので早期更新あるはず)


小林さんは、日本旅行に長く勤めていた人で、企画から添乗までこなせる旅のベテランです。あしまめ旅行舎は「まめに歩く」旅をメインに企画しており、近年人気のイギリスのコッツウオルド旅などは大手会社の企画より親身なプランで実行していると察します。更新HPで、ご本人が抱負を述べておられますのでコピーします。


ここから引用・・・
「旅する事が大好きで職業に選び42年になります。国内850回、海外120回を添乗。特に歩いて旅することが好きで、かなりの部分で歩く旅を経験しています。

「のんびり歩くツアーを企画したい」という思いから、2004年にあしまめ旅行舎を設立しました。今年で10年目になります。これまでにコッツウォルズ14回、ホノルルマラソン15回、富士登山18回、屋久島14回など、「歩く」が中心の旅を行っています。花を観て季節を感じ、美味しい地産品をいただく日帰りの旅も毎月企画しています。

私は、旅の思い出は、参加する各人の感性が作るものと思っています。その地で「風を感じ、人と接し、足の裏で記憶する」がモットー。だからこそ、団体貸し切りバスの早回りツアーではなく、スローライフな歩く旅を企画し続けているのです。

長年培った経験を活かし、ご参加の皆様の「楽しかった」という声を励みに、これからものんびりゆっくり歩くツアー「あしまめ旅行」を続けていきたいと思っています。   あしまめ旅行舎 小林義昭


■あしまめ旅行舎の新ホームページ
 http://www5f.biglobe.ne.jp/~asimame/

あしまめ


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■2泊3日で1万5千円ナリ  ~田中流青春18きっぷ旅~

 田中義行さんから頂いた手紙によると、夏の東北旅行に続いて山陰~山陽一周の鈍行旅行、今回も大満足旅だったとのこと。
 経路は下の地図通りで、山陰経由で下関に至り、山陽線で帰阪、のべ約900キロの乗車だそうです。一番の魅力は冬の日本海の風景。 泊まりはビジネスホテルで、1泊はサービスポイントの累積で無料になり,実質費用は1泊分で足りました。正月のレジャー予算一万円ある人、トライしてみませんか。


田中旅 


途中下車駅での記念スタンプ
田中旅
 


閑人帳



●「ペコロス」映画の監督が認知症を患っていた

 12月7日の「閑人帳」で紹介した映画「ペコロスの母に会いに行く」の監督、森崎東氏が,実は認知症患者だったというショッキングなドキュメンタリーを「ETV特集」(12月21日夜)で観た。
 映画のテーマ自体が認知症の母と息子の物語でありますが、監督自身も初期の認知症患者で、映画の制作はスタッフの気遣いや援助で進められた。森崎氏は85歳、渥美清の寅さんシリーズの脚本などにも関わり、自身の監督作品もこれで25作になるベテランでありますが、その実績を以てしても病気は避けられない。認知症はアルツハイマーでなく脳血管性の症状らしい。


映画の冒頭で女学生が唱歌「早春賦」を歌う場面がある。~春は名のみの風の寒さや~ではじまる素敵な歌ですが、これが監督のアイデアで挿入されたという。ラストシーンにも出てきて、赤木春恵がつぶやくようにぼそぼそ歌う場面は、オールドタイマーには郷愁感満タンになる場面。でも、漫画の原作を読んだ人は違和感を覚えるかもしれない。この辺、さじ加減が難しい。


認知症の症状は撮影開始まえから自覚しており、撮影中も進んだようだ。記憶の整合性が無くなってきて、スタッフに諭されて気がつくという場面がある。しかし、情熱は衰えないから撮影はまずまず順調に進んだ。TVでは表現されないが、実際の現場では、スタッフの理解と協力があっても小さなトラブルは日常的にあったと思われる。
 「一所懸命に考えたり、思い出そうと集中すると、頭が痺れてくるような感じになる」という切実な言葉。毎日、病状の進行にあらがってるようすが想像されて痛々しい。


映画「ペコロス~」は世間でそこそこ話題になったが、配給元がマイナーで上映館を確保できず、動員力ではB級に甘んじた。(赤字かもしれない)しかし、DVD化で全国の福祉関連施設で上映するという手段があるし、スポンサー経由のPRもあるだろうから、出会う機会はけっこうあるかもしれない。


■森崎東オフィシャルサイト
http://hadasi.jp/

■認知症の基礎知識(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/a02.html


ペコロスの母に会いに行く
ペコロス


大阪日暮綴



●瀧瓢水の墓を訪ねる

 先日紹介した「ひろしま随筆」の67号にI さんが「古希を迎えて」という題の作品を載せておられ、そのなかで、瀧瓢水(たきひょうすい)の

    浜までは 海女も簑着る 時雨かな

の句を引用してこう説いている。「この句の意味は、海女なのでどうせ海に入って濡れるのは分かっているのに、時雨ぐらいでいちいち簑を着なくても良いのに、と思うものだが、反面、たとえ家から海岸までのわずかな距離であっても濡れずに行きたいという、女性としての礼儀、たしなみとして受け取れるのである。要するに、この句は、その人の生き方や考え方を詠っているのではないだろうか」(引用ここまで)


この詠みかたには大方の人が共感を覚えるのではないでせうか。英文学者・エッセイストの外山滋比古氏はさらに演繹的解釈を加えてこう述べる。


(前略)
浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのである。つまり人間は、少しでも自分を愛おしみ、 最後まで努力を重ねていかなければならないのである。

この句の “浜” を “死” と捉えれば、 一層味わいが深まる。

どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところである。死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。 日が照りつければ日傘を差す。そうして最後の最後まで前向きに、 少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていくべきなのである。(談)

引用元 http://chichi-ningenryoku.com/?p=467


この素敵な句を知っている人は多いかも知れないが、作者の瀧瓢水の名を知る人は少ない。どんな人物だったのか。
 名前で検索すると、ぞろりと情報が出てきました。そうだったのか、知らんかった、と少々ハズカシイ思いがしたくらいです。幸いなことに、彼の墓が天王寺区の生玉さんの近くにあるとわかって、図書館の帰り道に寄りました。持明院という、ちっちゃい寺です。


持明院の山門
滝



瓢水の墓
滝瓢水 



境内に「香木」と彫られた石ががあり、寺の人に尋ねると、秀吉時代、家臣の加藤清正の屋敷がここにあり、清正が朝鮮から持ち帰った香木をここに植えた、という由来らしい。
滝


上の含蓄の大きい句から、人格高潔にして人情豊かな作者像をイメージして伝記を読むと、これが大ハズレ(笑)難儀なオッサンでした。
 三善貞次の<なにわ人物伝>を読むと、概要、次のような人物だった。
江戸時代、加古川の運送業を営む金持ちの一人息子に生まれた瓢水は、甘やかされて育ち、仕事などまったくせずに遊び呆けた。芭蕉のような俳諧師をめざしていたが、作品が少し褒められると即天狗になる始末。


この放蕩がたたって家業は傾き、両親も亡くなり、プレイボーイ人生はジ・エンド。しかし、78歳まで生き、大阪で客死した。芭蕉のマジメ一筋みたいな人生とは真逆のハチャメチャ人生だった。似ているのは、二人とも大阪で客死したことだけ。


 そうだったのか、と知識を新たにしたことがもうひとつあります。
有名な「手に取らで やはり野に置け れんげ草」の句は彼の作品だった。その成り立ちが面白い。友人の俳諧師の門人がある遊郭の太夫に惚れ込み、太夫は気が進まないのに是非とも身請けしたいと強情を張る。その門人をたしなめるために詠んだのがこの句だった。花街一番の美女であっても、町屋で暮らせば、ただの女になってしまう。れんげ草も野に咲いてるから美しい。摘んで持ち帰れば、すぐにしおれて美しさは失われてしまうのだよ、という意味である。発句のネタが遊郭だなんて知りませんでした。


もう少しマジメに修行したら、芭蕉や蕪村みたいな有名人になれたかも知れないのに、金持ちのぼんぼんという恵まれた境遇が災いした。惜しい。(名は滝瓢水 滝野瓢水という表記もある)

プチ・ケチの研究



●粗茶のディオゲネスふう飲み方

 プチ・ケチの研究もネタ切れ気味であります。
今回のケチは「簡単、安上がりにお茶を飲む方法」の研究です。

 お茶を飲むには・・・
1/ペットボトルのお茶を買って飲む。
2/ティーバッグにお湯を注いで飲む。
3/急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

1と2は簡単ですが、安上がりでない場合がある。味が好みでないこともある。3が一番オーソドックスだけど1・2より手間がかかる。

 そこで、駄目男がやってるプチ・ケチ方法は、湯飲みに急須用の茶こしを落とし込み、茶葉を入れ、お湯を注いで飲む。これにより、急須を使うという工程が省略できます。茶葉やお湯の無駄も減ります。
 湯飲みの口径と茶こしの口径が合うから出来るのですが、茶こしは口径の大や小も売っているので、手持ちの湯飲みと合わせるのは難しくない。ほかに、紅茶用の茶こしもあるけど、浅すぎて使えない。


紅茶をいれるときは茶こしを使う。この発想を日本茶に応用しただけですが、なぜか普及しませんね。上等の日本茶はお湯を少し冷まして淹れるので、その役目を急須が担うのですが、番茶やほうじ茶なら熱い湯のままでいいでせう。紅茶用茶こしは持ち手がついてるので、これの深型があればベストです。


急須は小ぶりに見えても、400~500cc入るものが普通なので、
一人使いにはロスが多い。湯飲みに直接注ぐほうが無駄がない。あと始末(洗い)も簡単です。・・というわけで、一人暮らしで、ケチでずぼら者にお勧めします。


こんなしょーもないことを考えながら、日々わび住まいしているのでありますが、アイデアのモトは古代ギリシャの哲学者、ディオゲネスの逸話でした。(ホンマか?)

ここから引用「ある日子供たちが手で水をすくって飲んでいるのを見ると「簡単な暮らしぶりでは子供に及ばなかった」と言って、袋の中から水呑みを取り出して投げ捨てた。また自分の皿を割った子供がパンの穴に蚕豆を入れてもらっているのを見て、お碗さえも捨ててしまった」

 ディオゲネスは、年代的にはソクラテスの孫弟子にあたる。あらゆる権力や物欲から解放された自由な生き方を望み、実践したが、世間では超変人、キ印扱いされた。生活用品はずだ袋一つに入れ、住まいは古い酒樽だったという。そのわずかな生活用品である水呑みやお椀さえ、上の逸話のように無駄だといって捨ててしまう。彼こそ「捨て魔」の元祖でありませう。


引用元
http://blog.goo.ne.jp/norilino1045/e/1608da6b0a8fa8769e359540015736f2


酒樽に住むディオゲネス
ディオゲネス




ゆのみ

読書と音楽の愉しみ



●アイリッシュダンス <ラグース>鑑賞

 お金がなくて、兵庫芸セン・大ホールの4階席で鑑賞。いわゆる天井桟敷ですごい高度感があり、高所恐怖症の人は足がすくむかもしれない。
 アイリッシュダンスといっても、いろいろなタイプがあり、今回観たのは一番ハデというか、動きの激しいタップダンスであります。ソロあり、十数人の群舞あり。プロとはいえ、見事なテクニックでありますが、激しい踊りなのに上半身は動かない。直立のまま。これが大きな特色です。

 なんで? と思ってウイキで調べたら「16世紀にイギリスからゲール語を禁止され、踊る事も禁止されて、窓を通して外から見られた時に、上半身を動かさず、下半身でリズムを刻むダンスが誕生した」とあります。長いあいだ、イギリスに抑圧されていた歴史がこのユニークなダンスを生んだ。そういえば、つい20年くらい前までテロなどで衝突を繰り返していたことを思い出します。


それはさておき、約2時間、激しいタップを観ていると、日々、グルコサミンを愛用している人なんか「ア~、イテテ、イテテ、イテテテ、タマラン!」とかいって膝をさすりたくなりますね。このダンスで膝を痛めたら、グルコサミンもサメの軟骨も全然効きそうにない。とにかく、ものすごい運動量です。
 歌だけの場面もありましたが、えらく通俗的なメロディで,日本の歌謡曲の雰囲気、知っていたのは「ダニーボーイ」だけでした。(12月14日 兵庫芸術センター大ホール)


アイリッシュ 


アイリッシュ

閑人帳



●しばらくネコとお付き合いを・・・

 ブログを開けたら、トップにどてんと篭ネコが・・。ときどきページのデザインを変えていますが、今回は地味なオフイスふうから癒やし系にチェンジです。文章や写真のサイズに合ったデザイン(テンプレートというらしい)を探していたら、たまたまこの篭ネコちゃんに出会いました。

 自分はべつにネコ好きではないけど、当ブログを訪問して下さるブロガーさんにはなぜかネコ好き、ネコキチの方が多い。みなさん、自分で撮った写真を掲載しており、なかにはネコ漫画を連載している人もおられます。これらを拝見してると、喜怒哀楽の身体表現力では、犬よりネコのほうが勝ってるのでは、と思いますが、どうなんでせう。


昨日、訪問して下さった「ちょことまろん」さんのブログのネコがまた何ともカワイイ。(下の写真)しみじみ、幸せなネコやなあと見ほれました。一部お借りして紹介します。


引用元:ブログ「ちょことまろん」
http://chibichocomarron.blog.fc2.com/blog-entry-79.html



ネコ



ねこ



ねこ 



ねこ 



ねこ 


たまには外メシ



●芋焼酎二題

 家ではローエンドの宝酒造「麦小路」しか飲まないので、ヨソではちょっと上等の焼酎が飲みたくなります。今宵はクルラホンで芋焼酎を二杯注文。

■「天覧坊」
 宮崎県は黒木本店の、山芋が原料の焼酎です。山芋自体の生産量が少ないから焼酎もレアものになって当然。ほのかな甘みがあって飲みやすいけど、芋焼酎ファンが飲めばエレガントすぎていささか物足りない? しかし、下戸の駄目男には十分おいしい。かつての「芋焼酎」のイメージは霧消してしまいました。ちなみに、黒木本店は「百年の孤独」という超高級酒もつくっているそうな。低所得者向きに「十年の孤独」も提供してほしい。


いも焼酎



■「赤霧島」
 今や焼酎の売り上げで「いいちこ」の三和酒類を抜いて日本一になった霧島酒造。「黒霧島」が大好評で芋焼酎ファンのスタンダードになった。長年の真摯な努力が報われたって感じ。逆に考えたら、焼酎ファンもけっこう味のデリカシーにこだわるようになったのか。無論、ファンの世代交代も関係あると思います。 赤霧島は姉妹品ですが、原料がムラサキイモ。説明によれば、昭和の終わりに、偶然、鹿児島で発見された品種という。こんなこともあるのですね。これを原料に・・だから、前記の山芋焼酎と同様、大量生産には至らないらしい。
 これも上品な甘みがありGOOD。しかし、黒霧島愛用者が飲めば「しょーもな」と言われそう。いずれもロックで飲みました。


■霧島酒造
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E9%85%92%E9%80%A0 


いも

読書と音楽の愉しみ



●同人誌「ひろしま随筆」54年で終刊

 たまたま、仕事で半年だけ広島市で暮らしたのが縁で「ひろしま随筆」と付き合うことになり、以来45年もの長きにわたって地元の人たちと紙上での交流が続きました。

 45年も在籍したのに、投稿した作品はたったの20編、存分にサボッておりました。そのサボリマン、駄目男の最後の作品を掲載します。


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「サヨナラダケガ人生ダ」余話    


ー勧酒ー

勧君金屈巵   コノサカヅキヲ受ケテクレ
満酌不須辞   ドウゾ並々ツガシテオクレ
花発多風雨   花ニ嵐ノタトヘモアルゾ
人生足別離   サヨナラダケガ人生ダ


 井伏鱒二の名訳で知られるこの詩、若い頃は語感のかっこよさだけで親しんでいた。しかし、七十年以上生きると、「サヨナラだけが人生」のイメージが現実味を増してくる。
 いつのまにか縁が切れた人、亡くなった人が増える。サヨナラばかりで新しい出会いは皆無だ。花に嵐、お互い明日のことは分からない。ならば、今日は旨い酒を心ゆくまで酌み交わそうではないか。最後の一行が俄然光って名訳の評価を得たが、このサヨナラの句の生みの親が実は林芙美子、生まれた所は広島県因島の三ノ庄港ということを知らなかった。井伏、林両名とも広島県にゆかりの深い作家なので、本誌の読者には耳タコ情報になることを気にしつつ、名訳が生まれたエピソードをご紹介。


  昭和六年四月の末、井伏鱒二は林芙美子に勧められて、尾道や因島へ講演の旅に出る。因島は井伏鱒二が若いころ逗留したことのある懐かしい土地だった。随筆「因島半歳記」の終末部分を引用すると「やがて島に左様ならして帰るとき、林さんを見送る人や私を見送る人が十人足らず岸壁に来て、その人たちは船が出発の汽笛を鳴らすと「左様なら、左様なら」と手を振った。林さんも頻りに手を振っていたが、いきなり船室に駆け込んで「人生は左様ならだけね」と云ふと同時に泣き伏した。そのせりふと云ひ、挙動と云ひ、見ていて照れくさくなって来た。何とも嫌だと思った。しかし、後になって私は于武陵の「勧酒」といふ漢詩を訳す際「人生足別離」を「サヨナラダケガ人生ダ」と和訳した。無論、林さんのせりふを意識していたわけである」(筑摩書房 井伏鱒二全集 第二十巻より引用)


 泣く女とむかつく男。詩的場面とは言えない気まずい体験が後世に残る名訳を生んだのだから面白い。このとき林芙美子二十八歳、井伏鱒二は三十三歳。前年に出版された「放浪記」が大ヒットして林は一躍流行作家になり、講演などで引っ張りだこだった。一方、井伏鱒二の「勧酒」を含む「厄除け詩集」は六年後の昭和十二年に刊行された。しかし、右の裏話を明かしたエッセイが発表されたのはずっと後の昭和三十三年、林芙美子がこの世にサヨナラして七年後である。
 三ノ庄港で二人を見送った島の人たちもみんな冥土へ旅立ち、当時を語れる人はいない。もしや、このエピソードを刻んだ文学碑が島にあるのではとネットで探したが見つからなかった。今年は井伏鱒二没後二十年、地元の酒飲みと酒造業者の発案で建立したら「サヨナラ」ファンを惹きつけるのではないか。  ~完~


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 以上で原稿用紙3枚分、1200字。最初の難儀は、決められた字数で文章を書くこと。この基本のキができなくて原稿用紙をどれだけポイしたか。(ワープロの無い時代でした)
 これをクリアしても作文が上手になるものでもなく、自分の表現力の貧しさ、語彙の乏しさはコンプレックスになって未だに脳に染みついたままであります。でも、この同人誌での経験があるからブログでの作文もさほど苦にならないというプラス効果もあります。コンプレックスは一生もんですけど。



林芙美子
ひろしま 

 


井伏鱒二

ひろしま 



最終号 表紙
ひろしま随筆

たまには外メシ



●奈良まち「つる由」の懐石ランチ

 「奈良で唯一☆☆☆の某店より安うて美味しいと評判の店ですねん」とKさんが案内してくれた店。口コミで評判になり、奈良でこの店を知らん人はモグリらしいですぞ。
 税込み5250円のメニューを注文すると、チマチマ小皿料理が次ぎから次と出てきて全部で十品くらいあったかも。当店が好評のワケは、魚のクオリティの高さと出汁のデリカシーにあるのではと思いましたが、どうなんでせうか。それに、チマチマ多彩メニューのせいで、ついお酒がすすんでしまいます。今日はほぼぬる燗日本酒で頂きました。


店のしつらえは各地の「梅の花」クラス、器も感心するようなものはありませんが、何より料理の質の高さで人気を確保している(リピーターが多い)店といえます。夜は1万円~らしい。近鉄奈良駅から徒歩10分。情報は「食べログ」「ぐるなび」でどうぞ。


なら町をぶらぶら散歩して・・
つるよし 


珍しい車を見かけました。左ハンドルのHONDA。年代物です。
つる 



つる由の地味な玄関。
つる 


メニューの数々
つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


つる 


他に三品ほどありましたが撮影忘れ。最後は葛きり餅と抹茶でした。

アジア・ウオッチング



●えげつなさに絶句・・北朝鮮の残酷処刑
 

  朝鮮日報日本語版が伝えた記事が事実なら、金正恩は父親を凌ぐ暴君という評価が固まる。20世紀はヒトラーとチャウシェスク、21世紀は金正恩が悪辣残酷政治家のトップブランドになる。以下、記事の全文を引用。(12月13日08時22分配信)


ここから引用(茶色文字)

金正恩氏、妻の元同僚ら9人を残虐処刑

 米自由アジア放送(RFA)は11日、北朝鮮で今年8月、金正恩(キム・ジョンウン)労働党第1書記の妻、李雪主(リ・ソルジュ)氏が所属していた「銀河水管弦楽団」のメンバーをはじめ音楽家9人が処刑されていたことが分かったと報じた。処刑方法は、4つの銃身を備えた機関銃や火炎放射器を使うなど残酷なもので、処刑されたメンバーには妊婦も含まれていたという。

 報道は「最近北朝鮮で勝手に振る舞う反対派に対する処刑方法があまりに残酷で、住民が驚きを禁じ得ずにいる。妊婦を火炎放射器で処刑する光景を目撃した人は精神状態がおかしくなった」と伝えた。


 中国に滞在中の北朝鮮関係者は、RFAのインタビューに対し、銀河水管弦楽団、旺載山音楽団の音楽家9人が機関銃の乱射や火炎放射器によって処刑されたと証言した。それによると、銀河水管弦楽団のトップ歌手であるキム・ギョンホ、ムン・ギョンジンの両氏やサクソフォン奏者ら計9人が射撃場に連行され、簡単な手続きだけで、上訴期間を与えられずに即決処刑されたという。


 同関係者は「連行された音楽家の中には、妊婦がいたが、構うことなく処刑した。機関銃の乱射後は、原形をとどめない遺体を火炎放射器で灰にした。人権じゅうりんの極致だった」と話した。


 同関係者は「その光景を目撃した一部の音楽家はその場で卒倒し、複数の音楽家が恐れの余り、翌日出勤できなかった。死刑を執行した国家安全保衛部関係者は『処刑された者はこの世に生まれるべきではなかった反逆者だ。そういうやつらは灰にしなければならない』と大言壮語した」とも語った。


 銀河水管弦楽団は、金正恩氏の妻、李雪主氏が結婚前に所属していた。ところが、ポルノ映像の製作など性的なスキャンダルが浮上し、「李雪主氏も同じような行為に及んでいた」との暴露が飛び出したことから、一部メンバーが残虐な形で処刑されたとされる。


 金正恩氏は「もう党で教育する段階は過ぎた。無慈悲に対応しろ」と指示したとされる。消息筋は残虐な処刑方法が用いられた背景について、事件に関与した銀河水管弦楽団の音楽家が、結婚前の李雪主氏のスキャンダルを広め、金正恩氏が激怒したためだと主張した。


 同関係者は「張成沢(チャン・ソンテク)氏の側近5人の処刑にも銃身が4つある機関銃が使われた。金正恩氏は父をはるかに上回る暴君だ」と漏らした。


 北朝鮮の国境地帯に住む住民も、RFAに対し、「張成沢氏の側近が銃身が4つある機関銃で処刑されたとの説でもちきりだ。機関銃を使ったなんて、どれほど不安だったんだろうか」と話した。

パク・セミ記者  朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 (引用ここまで)



■記事引用元
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/12/13/2013121300502.html

読書と音楽の愉しみ



●最近の演奏会から

大阪フィル12月定期公演


■ストラビンスキー「春の祭典」
 この曲をはじめて聴いたのはコンサートやレコードではなく、ディズニー映画「ファンタジア」の中ででした。20歳くらいのときだから半世紀前のことになります。とてもショッキングな音楽でしたが、今はもう普通のクラシック音楽として聴くことができます。しかし、1913年、今からちょうど100年前にパリで初演されたときは聴衆のブラボーの声とブーイング、怒号が入り交じり、ホールは大混乱に陥ってしまった。もし、自分がその場にいたら・・たぶん、ブーイング派に共感して「ゴラ~~、これのどこが音楽やねん、ゼニ返せ~」とわめいていたかも(いや、そんなハシタないことしないと思いますが)


しかし、100年も前に、よくもこんなエゲツナイ曲をつくったもんだと感心しますね。ストラビンスキーはエライ。しかし、演奏する側は大変です。誰か一人でもリズムを間違えたら空中分解しそうなハラハラものの演奏、音域も無茶広いので、アマ・オーケストラでは手に負えません。また、100人を要する大編成なのでとてもコストがかかります。貧乏オケでは企画できない。
 でも、聴いてる方はとても楽しい。岸和田のだんじり祭りを見物してる気分・・? そ、それはないでせうが。


■モーツアルト「ピアノ協奏曲第18番 K456」

 ピアノ=フセイン・セルメット。18番を聴くのははじめて。9,11番、それに20~27番はよく聴くので、人気の点でマイナーな曲なんでせう。そんな予見をもって聴くと「やっぱりな」の感がします。天才モーツアルトだって、ときにメシ代を稼ぐためにつくった曲や、気が進まないけど、義理でつくった曲もあるはずで、この曲をつくった1784年には他に5曲ものピアノ協奏曲を書いてるから粗製濫造?(失礼)のうちの一つかも。ト短調で書かれた第2楽章も感銘はいまひとつ、といったところ。プログラムは、ほかに、ペンデレッキ「広島の犠牲への哀歌」も。


本日の指揮者、クシシュトフ・ウルバンスキはまだ31歳の若さ、今後、実績を積むにつれ,人気が高まりそうな予感。しかし、大成する頃には駄目男はこの世にいないのであります。残念。(12月6日)


ウルバンスキ(ポーランド)
ウルバンスキ


private 犬町・猫町情報


private


              1月号表紙 by ぽんさん


ぽんさん1月号 


           七年先 元気で観れるか、ビミョーな年齢


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●1月例会のご案内  ~担当 Tマサさん 駄目男~
 (メールでも案内します)
 先日、メール、ブログで予告しましたように、1月例会は1月19日(日曜日)に開催します。お間違いのないよう願います。


■道頓堀ホテルでJAZZ LIVEつき食事会を開催
 今回はTマサさんの肝いりで実現しました。ライブ付きの会は、ぽんさんのコネクションで2005年にフォークシンガー、茶木みやこさんをお招きして催したことがあります。今回はジャズトリオ+ヴォーカル、4名の出演を予定しています。ぜひご参加下さい。


出演予定
sax・・・・・・・宮部正幸    keyboard・・・・星野正生
base・・・・・・鈴木雅之    vocal・・・・・・山下みさ子


           ジャズ

               山下みさ子


曲目はスタンダードナンバーやポップス、映画主題歌など、昔懐かしい
曲が中心です。<「FLY ME TO THE MOON><枯葉><テネシーワルツ><センチメンタル ジャーニー>などを予定しています。


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■実施・・・1月19日 日曜日

午後5時40分より受け付け 6時スタート~8時終了

ライブは6時30分~7時30分ごろまで約1時間ていど。
■会場・・・なんば道頓堀ホテルB1F「広喜園」
      電話 06-6213-3444
■食事・・・中華料理+飲み物はフリー 
■会費・・・4000円+年会費1000円 計5000円
              (ペアは9000円)
■申込み・・12月31日までにお申し込み下さい。
      電話・ファクス・・06-6692-1340
 メールでの申込みは、後日、申し込み用メールを別途に送信しますので                「返信」モードでお名前と人数をお知らせ下さい。            

           
■キャンセル・・1月17日までにお知らせ下さい。
■その他・・プレイヤーの出演料・経費は野楽路会の埋蔵金より支出します。
当日、例会の記念写真をお渡しします。


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なんば 道頓堀ホテルごあんない

地下鉄御堂筋線なんば駅の北改札口(表示は北東改札口)を出て,正面のエキモ商店街を抜け、25番出口で地上へ。反転して道頓堀川手前の商店街を左折(角に吉野屋あり)約200m先「ニュージャパン」の西隣、写真のような人面柱のある建物です。


道頓堀ホテル玄関
ジャズ例会

25番出口から、徒歩5~6分です。
ジャズ

ウオーキング・観光



●ここまでやるか・・・夢をかなえた鉄道マニア

 「ジパング倶楽部」会報に紹介してあったので、これは行かずばなるまいと、北摂・豊能町まで出かけました。能勢電鉄の終点、妙見口駅から徒歩十数分、住宅街の家庭用菜園地の一画に庭園鉄道「桜谷軽便鉄道」があります。


鉄道ファンには乗り鉄とか撮り鉄とか時刻表マニアとか、ジャンルがありますが、人間が乗れる鉄道をつくってしまったなんてのは究極のマニアでありませう。土地を買い、レールを敷き、車両や駅舎までこしらえる。並の鉄道ファンには夢のような話しです。
 「桜谷軽便鉄道」という鉄道会社・・いえ、会社ではありませんが、オーナーは持元節夫さん、御年85歳です。月に一回、第一日曜日に運転会を催して近所の子供たちを無料で乗せて運転します。希望があれば、子供でも運転できます(大人のサポート付きです)


レール幅は15インチ(38センチ)で、トロッコ用。車両は蒸気機関車から電車まで合計14両もあるそうで、この日はいろんなタイプの車両がフル稼働していました。レールの延長は150m、両端に「桜谷駅」と「風の峠駅」があり、引き込み線や待避線もあるマニア好みの設計です。動力は蓄電池かと思っていたら、ちゃんと架線が張ってあるではありませんか。蒸気機関車も石炭をくべて走ります。ま、時速5キロくらいですけどね。車両ももちろん持元さんの手作りです。


駄目男はべつに鉄道マニアではないけど、好きなことに打ち込み、コツコツと手作りというスタイルに共感と尊敬の念を抱きます。損得無視、たぶん失敗の山を築きながら理想を追う。持元さんの定年退職後の日々は、趣味一つ持てない凡人に比べたら百倍幸せでせう。しかも、自己満足に陥らず、成果を公開して近隣の子供、大人たちに喜ばれているのだから、作りがい=生き甲斐にもなっています。


戦前生まれのオジンにとって「トロッコ」は郷愁を覚える言葉です。大阪市内でも、子供のころにトロッコ遊びをした人は多いはずで、当時の道路工事では普通に使われていました。今はショベルカーとダンプカーで土砂を運びますが、昭和30年ごろまでは一輪の手押し車とトロッコが活躍していました。土方が休みの日はトロッコ遊びができたわけです。


芥川龍之介の作品に「トロッコ」という短編があり、8歳の子供のトロッコへの好奇心や、遠くまで行きすぎて、日が暮れた山の中を泣きながら一人で帰ってくる恐ろしさが簡素な文で描かれています。子供にとっては、トロッコは未知の世界へ誘う乗り物だったのです。


■桜谷軽便鉄道のHP
http://www.nakanoke.com/sakuradani/index.html




複線電化というグレードにおどろきます。
桜谷鉄道 



車両の内巾は60センチくらいしかないので、無茶きゅうくつ。
鉄道




これがレールの幅。イチョウの葉っぱ5枚分くらいです。
鉄道 




転轍機(ポイントの切り替え機)だって、このように本格派
鉄道



紅葉の森をバックに、絵になる風景です。
鉄道 




今どきのパパママはみんな動画撮影しています。
鉄道



大阪日暮綴



●落ち葉散り敷くころ

 いつもは清掃が行き届いてる長居植物園も落ち葉の頃はノータッチ。来園者も少なく、都会らしくない落ち着いた風景になります。
 しかし、12月7日からは夜間のイルミネーションがはじまって年末に一稼ぎというのが恒例になりました。料金300円ナリ。電車チン使ってまで見に来る人はいないでせう。(12月25日まで)


落ち葉 長居

閑人帳



●夢が膨らむ「新型リチウムイオン電池」

 企業がプレスリリース用に書いた文だからとても堅苦しいが、一読すれば、素晴らしい性能の電池が開発されたことが素人でも分かります。

 積水化学が発表したニュースのタイトルは「塗工プロセスによる大容量フイルム型リチウムイオン電池開発」 なんのこっちゃねん?でありますが、従来のリチウム電池にくらべ、

・製造方法を根本的に変えた。
・小さいサイズ、重量で大容量の電気を蓄える。
・フイルム型の形状なので、いろんなカタチに加工できる。
・従来品より、安全性に優れている。
・生産性も大幅に向上した。

以上のような進歩・改善が図られた画期的な製品です。
  電力エネルギー問題では、原発の稼働停止、再開問題と太陽、風力発電など再生エネルギーの問題が大きく論じられていますが、蓄電技術の進歩向上も同じくらい大事です。


蓄電技術がないために、常に最大需要量に合わせた発電設備を持たねばならないのが現状では、電力の無駄や環境への過大な負荷が避けられない。蓄電技術が発達すれば、少なく発電して無駄なく使うという、省エネ、省マネー社会が実現できます。


 ・・と、ご大層な話しはさておき、身近なことに置き換えると、電気自動車の性能(走行距離)が飛躍的向上するとか、電池駆動の電車が実現するなど、生活に密着したところで大活躍が期待できます。エレベーターも電池駆動になるかもしれない。照明用に大きな電力が必要な植物工場は太陽光発電設備を併設すれば大きなコストダウンが期待できます。家庭の電力も、夜間に蓄電し、昼間に使うことで昼夜の電力需要のバランスがとれ、原発廃止を推進する追い風になります。


今回の発表では,従来品とのコスト比較についてノーコメントですが、もし、魅力的な価格であれば、国内だけでなく、有望な輸出品にもなるので、国益に寄与すること大でありませう。
 この画期的新製品で、他の電池専門業界へのインパクトがどれほど大きいか、たいしたことがないのか、これも気になるところです。


■参考記事
http://www.sekisui.co.jp/news/2013/1238843_2281.html


参考写真(上記HPより)
リチウム 

薄いプレートなのでカタチも自由になる。
リチウム

閑人帳



●映画「ペコロスの母に会いに行く」鑑賞

 11月5日に紹介した、岡野雄一氏の漫画「ペコロスの母に会いに行く」の映画版です。はじめは自費出版500部の漫画の発行だったのに、ずんずん人気上昇して映画になりました。監督は森崎東。


漫画を忠実に映画化したのではインパクトが弱い(薄味すぎる)ので、脚本で相応の味付けをしてあります。最初の30分くらい、話の展開がもたつくけど、後半はなかなかの人情ドラマになっていると思います。

 主人公のペコロス(岩松了)が漫画のそれとそっくりで、岡野さんも困惑したのでは、と思うくらい。対して、母のみつえを演じる赤木春恵は、漫画のみつえさんとはイメージちがいなのが少々残念。しかし,赤木春恵は今年88歳だそうで、現役女優としては最高齢の部類に入るでせう。よう頑張ってるなあと感心します。他の脇役も達者ぞろいです。漫才の正司照枝がみつえの妹役で出ていること、おしまいのクレジット見るまで気づきませんでした。


ところで、日々、老親の介護で苦労している人がこの映画を観たらどんな感想をもつだろうか。半分くらいは「こんなに甘いもんやおまへんで」ではないでせうか。悪人やイケズが一人も出てこない、善意の人たちで構成される話だから当然の反応です。だからといって、リアルに描くとコンセプトが壊れてしまうので、つくられた明るいホームドラマ、ということで納得しなければなりません。駄目男の好みでいえば、もっと笑いのとれるシーンを増やしてほしかった。それに、毎度同じこと書きますが、内容に比して長すぎる。
 長崎の坂道だらけの風景が魅力的で、旅したくなりました。(心斎橋シネマートで鑑賞)


□映画の公式HP
http://pecoross.jp/cast-staff

Theme: 邦画 | Genre: 映画

大阪日暮綴



●「草場一壽 陶彩画展」を拝見

 陶芸の技術はもう完成の域にあるのでは、と思っていたら、さうではありませぬ。一人の作家の努力、執念ですさまじいハイテク世界が出来上がっていました。きなこさんの勧めで、茶屋町のMBSロビーへ出かけて拝見した作品は、先日紹介した「惜櫟莊ものがたり」に名をだしたグスタボ・イソエのスーパーリアリズムと同じく、ハンドワークの限界を示すと言ってもいいような細密画です。


草場氏は伝統的な有田焼の技法の研究からはじめ、苦節二十数年、やきものの常識を越えた、他の作家、工房は絶対マネのできない高度な技術を完成した。絵画のキャンバスに相当するセラミックのプレートは、厚さがわずか4ミリ。60~70センチ四方のサイズで歪みなく焼くだけでもしんどい仕事ですが、陶彩画では描画ー窯入れを7回も繰り返して完成させる。なんともリスクの大きい作品づくりです。
 芸術作品としての評価は今後に待つとして、本作の大きなメリットは
経年変化の少なさにあるでしょう。500年~1000年くらいはラクに保存できます。


テーマは仏画や龍などスピリチュアルなものが中心ですが、創作活動自体に「祈り」が求められるような仕事だから、必然のテーマかもしれない。で、貧乏性、駄目男が気になるお値段は・・10~20号くらいで300万~400万。これじゃビジネスになりにくいから、別にシルクスクリーンの技法をハイテク化したA4サイズの小品もあり、これなら10~20万円。駄目男は千円の絵はがきセットを購入しました。(下の写真)


同展は12月15日(日)まで開催。(10時~19時)
草場氏の主宰する「今心工房」のHPはこちら・・・
http://www.imagine-koubou.com/index.html


普賢菩薩
セラミック



弥勒菩薩
セラミック 

閑人帳


●続々、三太郎

 ネタ切れになれば「三太郎」ってわけではないけど、自分だけニヤニヤ楽しむのがもったいなくて、ついアップしてしまう。見る人の年齢によって面白さや共感度が違うのも世相漫画の楽しいところです。


現在50歳未満の人はオイルショックの馬鹿騒ぎを知らないかも・・。あのトイレットペーパー争奪戦も、もう歴史的事件になったのですね。
(昭和48年 1973年)
三太郎 


ストーブで弁当を温めたのは戦前、戦中派。戦後派はコンピュータで温めた・・は、実際にはなかったと思うけど、1929年生まれの作者にとってはすんなり浮かんだネタなんでせう。大きな箱型デザインがなつかしい。(昭和57年 1982年)
三太郎


昭和56年(1981年)当時の生活感が記憶にない人は「何がおもろい?」って感じの作品。コインランドリーはまだ普及せず、宅急便もなかった時代だから、洗濯物はまとめて持ち帰りが普通でした。
三太郎 


バブル景気直前の昭和60年(1985)の作品。このネタは今でも使えそうな気がしますけど・・なんてのは若者に失礼ですね。
三太郎

引用元 http://www.j-cast.com/

読書と音楽の愉しみ



●佐伯泰英著「惜櫟莊だより」を読む

 知人のIさんが「あんた、こんな本、好きやろ」と持参してくれたので佐伯泰英の本は読んだことないけど、断れずに預かりました。Iさんはモーレツな佐伯泰英ファンで、今までに購入、読破した作品が170冊というから、もう著書は全部読んでるといってもいい。新刊が出ると内容は問わず、買わずにおれないのは殆どビョーキではありませんか。


開けてみれば時代小説ではなくて(ホッ)著者はじめてのエッセイで、惜櫟莊(せきれきそう)という熱海の別荘を買い取り、修復、保存するいきさつと工事内容を綴った読み物なので、楽しく、一気に読破したのであります。(櫟=くぬぎ)


著者は仕事場として熱海の別荘地に居を構えているが、そのすぐ下に瀟洒な和風住宅があり、これが開発業者に売り渡されるという情報があった。ふだんから気にしていた建物なので調べたら、所有者は岩波書店の社長、設計者は近代数寄屋建築の第一人者、吉田五十八とわかり、俄然、売却解体なんてとんでもない、守らねば、との思いに駆られる。


ハヤイ話しが、著者がこの物件を買い取り、築70年の老朽住宅を復元する、苦心物語であります。単なるリフォームではなく、全部解体して更地に戻し、基礎からやり直す。しかも、材料は瓦一枚まで古いものを再利用したい。すなわち、吉田五十八の設計思想をまるごと再現するのが目的の大改装であります。あの薬師寺東塔の解体、復元工事の民家版といっても良いくらいの大難儀工事です。でなければ、こんな分厚い本を書く気になりませんわね。


その工事の中身を書く紙数はないけど、感銘を受けたのは、施主である佐伯氏は無論のこと、工事を請け負った設計者、棟梁や職人すべてが、吉田五十八の美意識や繊細な感性に共感し、それをカタチで再現することに苦労をいとわないことです。困難な仕事であるほど情熱を燃やす、半端な妥協はしない。予算が・・という言い訳もしない。


・・と書けば、ずいぶんカッコイイ話しに聞こえますが、実際、この仕事に如何ほどの費用がかかったのか、貧乏性、駄目男は気になります。しかし、本書にはお金のことは一切書かれていないので不明です。不動産の買収費用と工事代、合わせてン億円でありませう。今どき、金に糸目をつけずにこんな贅沢をする人は珍しい。


本書には、不遇な時代の思いで話もいろいろ書いてありますが、人間関係でいえば、作家の堀田善衛との付き合いが一番濃密で、スペイン在住の時代、著者は堀田善衛の使用人、お抱え運転手だったそうであります。
 スペインで付き合ったアーティストも多いが、少々驚いたのは、画家のグスタボ・イソエ(磯江毅)とも10年くらい交流したこと。この人は駄目男の高校の後輩で、二十歳のとき、単身スペインに渡り、マドリード・リアリズムに共鳴して、狂気のなせるワザとしか思えないような独自の写実作品を描いたが、53歳の若さで亡くなった。


巻末にさらっと書いてあることに、佐伯泰英の著作の発行部数が累計4000万部を越えたと。その殆どが、時代小説に転向したあとのヒット作品という。大手出版社がバカにしていた「文庫の書き下ろし」という、半ばやけっぱちの作戦が功を奏して今や出版界の牽引役であります。惜櫟莊の購入、復元工事企画は、文化財保存への使命感と読者への感謝の気持ちが相半ばしていると思います。(2012年6月 岩波書店発行)


なお、吉田五十八が設計した建物で大阪近辺のものには「大和文華館」(奈良市)と「中宮寺本堂」(斑鳩町)があります。


■佐伯泰英ウエブサイト
http://www.saeki-bunko.jp/index.html


■吉田五十八
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AB



惜櫟莊 

ウオーキング・観光



●晩秋の湖西路を歩く・・わんぱく(1泊)ウオーキング

 1990年代の後半、快道メーカー(駄目男)が独自の発想でこしらえたウオーキングコース「さざなみ快道」(大阪~敦賀200Km)の一部を再訪するプランです。十数年を経て観光施設や道路事情などはかなり変化がありましたが、自然の風景は昔のままでした。


11月25日は雨模様なので正午に大阪駅を出発し、大津市坂本の西教寺と日吉大社を訪問。23~24日の連休は人と車で大混雑した紅葉の名所も、雨降りのせいか、ガラ~ンの閑散風景。そのぶん、真っ盛りの紅葉を堪能することができました。


宿はマキノ駅近くの「マキノグランドパークホテル」かつての「マキノプリンスホテル」で、リストラ策の一環で売却されたらしい。湖岸の松原のなかに隠れるように建つ地味なロケーションと静寂がお気に入りのリゾートホテルです。


明くる日はバスで5分ほどの集落から北へ、近年、知名度が上がった「メタセコイア並木」を歩きました。1981年に植栽されたそうですが、30年あまりで大木に成長し、今や地元自慢の観光資源になっています。
 並木の周辺はリンゴや栗の畑で、秋はこれも集客効果を高めます。並木の北端から数百m先にマキノ高原スキー場や日帰り温泉施設がありますが、積雪が少ないため、近年は少し北の「国境スキー場」に客を取られているのが実情。


マキノ高原からは知内川沿いの田舎道を歩いてマキノ駅へ。風景は昔のまんまだけど、近年は害獣除けのフェンス設置が徹底してきて、獣でなく、人間が檻(フェンス)の中で暮らすスタイルに変わっています。集落から出るときは、いちいち扉を開け閉めしなければなりません。江戸時代の木戸(番)みたいな感じです。


ひなびた山里風景を愛でつつ、のんびり歩く。そんなカントリーウオーク好きな人にお勧めのコースです。(歩行には地形図が必要です)


西教寺参道
坂本





坂本 



日吉大社参道
坂本 




マキノグランドパークホテルの夕食(コース料理) 前菜
マキノ

 


鯉の濃醤仕立て
マキノ 



ホテルのレストラン「竹生」
マキノ 



メタセコイア並木 延べ2,4キロ続く
マキノ 




マキノ



マキノ高原 地元の人がグラウンドゴルフ大会をやっていた
マキノ 



地形図にない道もちょっぴり歩く
マキノ 



ヨコから見たメタセコイア並木
マキノ 



知内川沿いの道をマキノ駅まで歩く
マキノ 

大阪日暮綴



●長居植物園で「フェイジョア」を拾う

 
 
 11月4日のブログで写真をアップしたフェイジョアはNさんからの頂きものでしたが、先日、長居植物園で1本きりのフェイジョアの木を発見、地面に散らばってる果実を拾って帰りました。遊歩道の際に生えていて「フェイジョア」の名札もついてるのですが、入園者はフェイジョア=果物という知識がなく、拾う人がいなかったと思われます。鳥がつついた跡もないので、エサにもならないのか。


落ちた実はすぐに食べると酸っぱいので、一週間くらいたってから食べます。独特の香りがして美味しいけど、キウイに比べたら見劣りするし、栽培する農家はないのでせう。栄養的には食物繊維が100gあたり6,4gと多い。(キャベツで5g程度)


フェイジョアの木 高さ2,5mくらい
フェイジョア 



フェイ 


半分に切り、スプーンでこそげて食べます。
フェイ 

読書と音楽の愉しみ



●池田晶子著「14歳からの哲学」を読む

 四天王寺の古本市で買った本。プラトンとかカントといった哲学者の名前を一切出さずに哲学のなんたるかを説いた本であります。14歳からの哲学入門書だから、年長けたオジンやオバンが読めばすいすい分かるか、といえば、無論そうではなくて「何回読んでも難解」という人も多いでせう。世はなんでもインスタントの時代でありますが、未だに「即席哲学の素」なる便利なツールは生まれない。

 そもそも、哲学なんてもん、一切知らなくても生活になんの差し障りもない。逆に、勉強したって生活には何ほどの役にも立たず、金儲けの足しにもならない。ま、世間の99%の人はそう思っている。


それを言っちゃあおしまいだ、と著者は平易な言葉で、かつ情熱を込めて「物事の本質」を考えるように説きます。

・考える
・自分とは誰か
・死をどう考えるか
・心はどこにある

といった小見出しをつけてありますが、有り体に言って、中学生には荷が重い。ゲームに呆けているガキに「自分とは誰か」なんて命題は難解というより、次元の違う世界でありませう。しかし、50人か100人に一人くらいは食いついてくるかも知れない。著者の意図もそこにあるのでは、と思います。


哲学者の名前は一人も出てきませんが、48頁の次の文は、たぶん、デカルトの有名な言葉「我想う 故に我あり」のことだと思います。


考えてみよう


考えよう


考える


考えている


考えている自分がある


考えている自分があると考えている自分がある


自分がある


どこまで考えても自分がある


やっぱりどこまでも自分がある


中学、高校生の読者をイメージして、著者は必死にこの表現を考えたことと思われますが、果たして伝わるでせうか。なんか・・駄目男にも難しい。


「我想う 故に我あり」も「我考う 故に我あり」としたほうが分かりやすい。(この書き方の書物も多い)
 世の中、全宇宙一切を疑って疑って疑いまくって、なお疑いようのないのは疑っている自分の存在だった。大発見やあ~~、であります。とことん突き詰めて、最後に「神のみぞ知る」とか運命論に逃げなかったところがエライ。なんせ、400年昔のことですからね。よって、デカルトは近世哲学の祖と言われています。


もう一カ所、引用しておきませう。(170頁)

 「人間はあらゆる思い込みによって生きている。その思い込み、つまり価値観は人によって違う。その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる指針とするのだけれども、まさにそのことによって人は不自由になる。外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまうからだ。この意味ではイスラム過激派も自由民主主義も、同じことだ。自分で考えることをしない人の不自由は全く同じなんだ。人は思い込むことで、自分で自分を不自由にする。それ以外に自分の自由を制限するものなんて、この宇宙には存在しない」(引用ここまで)


ガキに向かって述べているこの言葉、ええトシした大人にもグサリとこたえるではありませんか。「外側の価値観に自分の判断をゆだねてしまう・・から不自由になるのだ」言われてみればごもっとも、私たちはほぼ100%外側の価値観で生きている。新聞にこない書いてあった、テレビでこない言うてた、と外側の価値観をコピーしてあたかも自分の考えみたいに言う愚かさ、少しはハンセーしなければ。

 さりとて、今さらテツガクしろと言われてもなあ・・。

(2003年3月 (株)トランスビュー 発行)


テツガクの本 


四天王寺の古本市
テツガク



ルネ・デカルト
テツガク本