FC2ブログ

ウオーキング・観光


●貧乏性発症・・・
   小樽発、鹿児島行きのきっぷを買ってしまった

5月18日の記事で、フェリー利用で小樽へ・・と旅行計画の話を書きました。帰りはJRで大阪まで、と予定して大判時刻表を繰ってるうちに、遠距離乗車はかなり運賃が割安になることを思いだしました。小樽~大阪も結構遠いけど、もっと遠く、どん突きの鹿児島まで行ったらなんぼやねん、と運賃表を見たのが運の尽き。

 小樽~鹿児島間は約2700キロで、運賃はジパング割引使えば17780円ナリ。往路の舞鶴~小樽のフェリー代金、18500円も割安だと思ってるのに、まだずっと安い。ヒャー~~、コレ、こんなに安いの、いつ買うのよ、今でしょ、と、どこかで聴いたようなセリフにそそのかされて買ってしまったのであります。

 ちなみに、大阪~東京間の切符が定価8510円。キロ単価は15,4円。それが、ジパング利用で小樽~鹿児島だと6,6円になります。定価の4割です。貧乏性はこういう数字にすぐよろめいてしまう。
 金持ちはアベノミクスで儲け、貧乏人はダメノミクスにはまって、ますます貧乏になるのであります。


貧乏性が災いして、計画は前編が北海道、青森、想定外の後編が鹿児島(詳細未定)と2回に分けて出かけることになりました。一枚の切符でこんなことが出来るのは、切符の有効期間の長さゆえです。実際の旅行期間よりずっと長い15日間使えるので、青春18きっぷのオジン版みたいな感じです。
  青春18きっぷで、小樽から鹿児島へ行けば、何日かかるか。むむ、これも興味あるテーマですねえ。5日でゴールすれば、費用は11500円ナリ。(5日以上かかるかも)しかし、切符代のほかにメシ代や宿泊費がいるから、実際は数万円は要るかもしれない。


JR(国鉄)全線完乗した人はたくさんいるので、テーマを変えて、青春18きっぷで列島縦断なんてのはいかがでせうか。稚内駅から鹿児島県の最南端駅まで、いろんなルートが考えられます。最短距離、最短時間のアイデアを練るのも楽しそうです。貧乏旅行どころか、時間的にものすごく贅沢な旅だと思います。
 ・・てなことを考えると「青春18きっぷ」も少し発想を変えて、65歳以上専用、オールシーズンの「老春65きっぷ」をつくるとか、JR系列ホテルと組んでサービス価格を設定するとか、そろそろ新商品を考えてもらいたいものです。
 


題して「キタとミナミのミュージアムめぐり」の旅、数日後から掲載します。



きっぷ 


■感想や質問をお寄せ下さる場合は「拍手」ボタンを押して下さい。
「拍手が完了しました」の画面が出て、その下の方に書き込み欄があります。文字は500字まで。質問の場合は、メールアドレスを書いて送信して下さい。コメント欄と違い、非公開(管理人しか読めない)のやりとりです。

スポンサーサイト

プチ・ケチの研究


●タマネギの丸ごとレンジ蒸し

 ヤフーのトップページの隅っこに紹介されてた簡単レシピを早速マネします。タマネギの皮をむいて上下のヘタを切り取り、下面に十字の隠し包丁を入れる。かるくラップでくるんでチンすること、我が家では4分30秒。(700W)
 鰹節と醤油など、適当にトッピングしてできあがり。熱々を食べるとなかなか美味しい。ふつうは一個を一人で食べることはないけど、こうすれば難なく食べてしまう。レシピでは新タマネギ使用となっているけど、普通のタマネギだと一番外側が固いので、剥いておいたほうがいいかもしれない。ご飯のおかずにしてはボリュウムありすぎの感じですが、ビールのアテには合格です。

 いつぞや書いたキャベツと塩昆布とオリーブオイルの貧乏サラダは定番になっていて、これにタマネギレシピも加えませう。正しい貧乏性が身についてきました。


■これが引用元記事です
http://cookpad.com/recipe/1114486


タレは頂きものの「ヨシダ グルメのたれ」というのを使いましたが、醤油ベースというにはえらく甘口。ラベルをよく見ると、米国オレゴン州産とあります。あちらでも醤油味が普及してるのかもしれない。
タマネギまるごと蒸し


ウオーキング・観光


●安徳天皇?の陵墓を訪ねる

 前回記事「野間の大ケヤキ」から西へ、徒歩30分ほどの山中に安徳天皇の墓石がある。ぜひ訪ねてみたいというSさんの希望もあって、二人で山道をたどった。

 「読書と音楽の愉しみ」3月21日の記事で「能勢初枝著「ある遺書~北摂能勢の安徳天皇伝承~」を読む・・と書きましたが、これの現場確認です。下に全文を再掲載しますので、興味ある人は読んで下さい。


さて、この本と地形図を頼りに、野間の大ケヤキから山あいの田んぼを進み、岩崎神社前から道標にしたがって小道を進み、200mほど先から細い山道を登ります。5分ほどで石標があらわれ、これは安徳天皇の世話人代表にして、問題の遺書を綴った藤原経房の墓石です。ここからさらに山道を登ると山頂とおぼしきところに真新しい石標が二つあり、手前が陵墓を案内するもの、後ろの頂部が丸い石が天皇の埋葬地を表しています。経房や家来の末裔の方が自費で建立されたのではと察します。


地形図では、独標268mのポイントがここかもしれず、傍らに「来見山(くるみやま)」の板の表札があります。山道も、この山頂も草刈りはきちんとしてあり、荒廃感はないけど、この御陵がホンモノであれ、ニセモノであれ、天皇の御陵としてこれほど侘びしいロケーションはない。ホンモノであれば、天皇は、戦場を逃れて折角生き延びたのに、母(徳子・建礼門院)との再会もかなわず、従者に見守られながら八歳の人生を終えた。そして、秘匿のためとはいえ、人家から遠く離れた、こんな寂しい山中に埋葬された。伝承に過ぎないとしても、もし皇族関係者がここを訪ねられたら、いかほどショックを受けられるか。


ことの真偽はともかく、歴史の好きな人、古跡を訪ねるのが趣味の人にはとても興味深いテーマだと思います。「平家物語」の一番悲しい場面をどんでん返しにする話ですからね。 駄目男とSさんは、この伝承のホンモノ説信者になりました。


静かな里山風景のなかを歩いて・・
安徳天皇



藤原経房の墓石
安徳


さらに山道を登る
安徳


山頂の安徳天皇陵墓  奥の方が墓石
安徳

   ***************************


3月21日記事の再掲載

●能勢初枝著「ある遺書~北摂能勢の安徳天皇伝承~」を読む

安徳天皇は生きていた!?
 一月ほど前、Sさんから手紙をいただいた。同封されてた史跡案内のチラシに 来見山「安徳天皇 御霊跡地」の題があり、内容を読むと、かの源平合戦の最終戦、壇ノ浦の戦いで幼い安徳天皇は祖母とともに入水(無理心中)され亡くなったとされているが、実は・・・生き延びて摂津能勢の山奥で暮らした。しかし、わずか一年後に病死した。同行した供のものが弔い、御陵をつくったとあります。その同行者、藤原経房が後世に事実を伝えるために遺書として顛末をしたため、厳重に封をして屋根裏に隠した。


600年後、江戸時代に発見され、大騒ぎになった。事実か、偽書か。いろんな人が謎解きを試みたが真偽判定できず、今に至っている。平成の今、改めて詳細に調査して可能な限りの情報を集め、まとめたのが本書であります。著者の能勢初枝氏は1935年生まれ、奈良女子大国文科出身のインテリおばさんで郷土史研究がライフワーク。


各地に伝わる平家落人伝説や義経伝説と同じようなマユツバ物語だろうと思い、しかし、無視するのもSさんに悪いので、念のためにネットで情報を探してみたら、この本が見つかったのであります。初版は500部しか刷らなかったというマイナーな出版物。しかし、興味をもつ人がたくさんいて品切れになり、再発行したという。


読めば実に面白い・・だけでなく、真摯な調査姿勢により、リアリティも十分。歴史の裏側を詮索するのが好きな人にはぜひ読んでほしいスグレモノです。ただし一回さらっと読んだだけでは理解しにくい。人脈相関がとても複雑で、しかも似た名前が多いので誰が誰やら覚えきれない。

 平家一族の主要メンバーフル出場といった感じです。平清盛、経盛、敦盛、重盛、基盛、宗盛、知盛、重衡、清房、維盛、資盛、淸経、有盛・・・さらに藤原一族の俊成、成親、成経、定家・・プラス、それぞれの女御、恋人。歌舞伎ファンなら、知盛や敦盛、成経の名前はおなじみですが、いったい誰が清盛の兄弟なのか、息子なのか、孫なのか、知らないのが普通でせう。しかもなおややこしいのは、主人公、藤原経房と同姓同名の別人が同じ時代に実在したことが分かり、話がいっそうこんがらがってきます。でも、面白い(笑)。


遺書によると、壇ノ浦で入水したのは安徳帝の身代わり、知盛の次男で、安徳帝はどさくさに紛れて上陸し、数人の供と山中に逃れる。(その一人が経房)艱難辛苦、一ヶ月半かけて、石見、伯耆など、山陰まわりで必死の逃避行の末、能勢にたどり着いた。ここに落ち着き、ボロ小屋を建てて仮の御所とし、農民と同じ生活をはじめる。しかし、もともと虚弱な体質だった帝は、一年後、風邪をこじらせて?亡くなってしまう。享年八歳。


経房は悲報を帝の母(清盛の娘、徳子。出家して建礼門院となる)に伝えるべく都へ行こうとするが、年長の供の者に諫められ、出かけなかった。幾星霜を経て、仲間の者が次々に亡くなり、経房50歳になったとき、この遺書をしたためた。日付は健保5年(1217年)。発見されたのが江戸時代の後期、文化14年(1817年)だから、ちょうど600年間、農家の屋根裏に秘匿されていたことになる。


本物か、偽書か。著者、能勢氏は願望も込めて本物説の立場です。その根拠は、当事者しか書けない内容だからで、経房ほか当事者が実在の人物であったかどうかの検証に多くの頁が費やされている。外部の人間なら、壇ノ浦の戦での無名人を含めた「乗船者名簿」など分かるはずがない。これらの人物のアリバイ証明が大きな説得力になっている。


よって、駄目男を含めた読者の多くは「本物とちゃうか」気分にさせられるのであります。残念ながら、遺書の原本は失われているが、発見時に多くの人が写本をつくっており、江戸時代に内容がねつ造された可能性はない。さらに、現地に物証(遺跡・遺品)があり、地元農家の家系や伝承、地名など傍証になる情報も多い。もし経房以外の人物による偽書であれば、創作は13世紀でなければつじつまが合わない。源平時代に貴族や僧侶以外で、そんなヒマジンにしてインテリがいただろうか。


ちなみに、安徳天皇の御陵というのは各地にあり、宮内庁では、山口県下関市にある赤間神宮の安徳天皇阿弥陀寺陵を御陵としている。他に鳥取県、長崎県、熊本県、さらに遠く鹿児島県の硫黄島にも陵墓がある。
(2011年 個人発行 能勢初枝で検索すると情報が出ます)

■安徳天皇の生涯(Wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%BE%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E5.AE.AE.E5.86.85.E5.BA.81.E7.AE.A1.E7.90.86.E3.81.AE.E5.A4.A9.E7.9A.87.E9.99.B5

ウオーキング・観光


●能勢・野間の大ケヤキを見物

 名前は前から知っていたけど、現地に行く機会がなくて年月が過ぎ・・今回、ようやく足を運びました。
 能勢電鉄 妙見口駅前からバスで15分ほど北へ行き、峠を越えた「本滝口」停留所で下車、西へ徒歩10分ほどで着きます。離れて見ると、さほどの大木には見えないのですが、間近で見ればすごい迫力です。
 幹回り13m、樹齢、推定一千年。ケヤキとしては全国で4番目の大木だそうです。昔の人でなくても、こんな木には神が宿ると信じてしまいそう。

 近くに町がつくった「けやき資料館」があり、けやきの前には、椅子、テーブルのサービスもあるので、ゆっくり見物できます。(火曜・水曜日は休館)


遠景
けやき


ふだん見慣れているケヤキのイメージと遠い、ド迫力の樹形。
けやき


けやきの近くでフクロウの赤ちゃんが保護されていた。まだうぶ毛で自分では飛べない。巣から落ちてしまったらしい。
けやき


けやき資料館
けやき 

ウオーキング・観光


●むむ・・特急列車と同じ早さのフェリーがある!?

 久しく忘れていた(実はお金がなかった)ミュージアム巡りの旅をしたいと思い、なんとなく、今回は青森、秋田、盛岡へ、というイメージで久しぶりに大判の時刻表を買って計画をつくろうとしたのですが・・。青森行きの寝台列車「日本海」が廃止になったのを知らなかった。さりとて、新幹線で往復というのは芸がないし、空路は値段が高い。(格安航空の路線がない)


安くて、早くて、快適な旅をという無い物ねだりはイケマセン。そこをなんとか、と注目したのがフェリー。しかし、これは貨物優先のダイヤで運航されるので、深夜、早朝の発着が普通になっている。
 ところが、「新日本海フェリー」のダイヤを見て驚きました。舞鶴~小樽がわずか20時間とある。ちなみに、人気高いJRのトワイライトエクスプレスは大阪~札幌間が22時間かかっている。ということは、舞鶴までのバス、2時間半を足しても、フェリーと特急の所要時間はほとんど変わらない。(札幌~小樽は電車で約30分)


ホンマカイナ?と確かめてみたけどホンマでした。もっとも、トワイライト特急は、乗客の便宜に合わせて、わざとゆっくり走ってるのであって、別に性能が悪いからではない。
 だったら、青森着をやめて、フェリーで小樽へ行こうと、コロリと計画は変わったのであります。値段は船賃が最安の個室で18500円、これにバス代が2340円で合計20840円。トワイライトだと4人相部屋の寝台車で約26000円。この列車にコンビニ弁当の持ち込みなんて、あまりにカッコワルイから、メシ代が高くつく。食堂車のフレンチディナーは12000円ナリ。ワイン飲むと15000円以上・・。片道40000円はかかります。まあ、ドケチが乗る汽車ではありますまい。(昼食、夕食、朝食が必要)


それにしても、フェリーがなんでこんなに早いのか。舞鶴~小樽間、1060キロを22時間だから、時速は約50キロにもなる。よく利用する京阪電車の特急(淀屋橋~出町柳駅)の平均時速が約55キロだから、船にしてはずいぶん快速です。いろいろネットで調べて快速のワケが分かりましたが、工学的にとても難しい。船の推進方式が画期的で、なんと「舵」がない。気になる方は「ポッド推進船」で検索して下さい。


・・というわけで、想定外の小樽へ行くことになりました。基本的にミュージアム巡りという地味な旅行でありますが、小樽へ行く気になったのは、近くの余市という町にニッカウヰスキーの蒸留所があるから。これもれっきとしたミュージアムであります(笑)。帰りは素直にJR利用で、札幌、青森、盛岡のミュージアムを訪ねる予定。秋田は今回パスです。


アナログ派はこの時刻表がないと、プランづくりする気にならない。
フェリー


新日本海フェリーの小樽航路船(同社のパンフから)
フェリー

読書と音楽の愉しみ


●田辺聖子著「田辺聖子の人生あまから川柳」を読む

 文化勲章受章作家、田辺聖子サンが集めた川柳傑作集。何かとストレスの多い人におすすめの軽~い本でおます。聖子さんも鼻唄歌いながら執筆したのではないかと思うくらい。作者の大方は戦前派か戦中派ではないかと思われます。聖子サンがしっかり選んだ秀句の中から、さらに駄目男が好みで選んだものを紹介しませう。


何がおかしいとライオン顔を上げ

この句の何がおかしいかワカラン人は、以下、読むに能わず。
**************************


なんぼでもあるぞと滝の水は落ち

なんぼでも、という方言を、いくらでも、という標準語に変えると面白さ半減します。しかし、滝の水を擬人化するなんて、すごい発想です。
***************************


このご恩は忘れませんと寄りつかず

大きな恩のある人の家って、意外に行きにくい、ホンネをいえば行きたくない。でも恩は十分感じている・・。分かりますなあ、この気持ち
***************************


酒ついであなたはしかしどなたです

あります、あります、こういう場面。酒場でとなりのオッサンと打ち解けて、大いに盛り上がったところで、へて、なんやねん、このオッサンは、と我に帰る。相手も同じようにシラケたりして。
***************************


心中はできず勘定して帰り

切羽詰まって心中するつもりで出かけたのに、ええ場所見つからへん。うろうろしてる間におなか減って、ほなメシでも食うかと。あかんたれやなあ。
*************************


大日本天気晴朗無一文

川上三太郎という人の作で、田辺サンはこれぞ最高傑作としている。漢字ばかり並べて気宇壮大なシチュエーションをつくって、最後にストンと落とす。お見事というしかない。
***************************


大正は蓋の裏から食いはじめ

昭和生まれでもやってますがな。もったいないと蓋の裏のご飯粒を丁寧にこそげて食べ、しかし、最後は平気で食べ残す。これぞB級貧乏性なり。
**************************


年というものは畳の上で転け

ジッカ~ン、であります。畳の縁の3ミリほどの段差につまづいて転ける。それで骨折する人もいるから笑い事ではありませんが、とりあえず
笑ってしまうのが正しい反応でありませう。(2008年12月 集英社発行)


川柳本 

ウオーキング・観光


●新島旧邸見学

 NHK大河ドラマ「八重の桜」で脚光を浴びた新島襄、八重夫妻が住んだ家が公開されてるので見学。場所は、京都御所の南東、寺町通りに面してあります。閑静な住宅街です。
 もとより豪邸を意図した建物ではないので、至って質素なつくりで、外観、内装とも和洋折衷のデザインです。新島の友人、J・Mシアーズの資金提供で建てたというから、なんとも太っ腹な友人です。


完成が明治11年(1878年)であることを思えば、設計のモダンさは驚くばかりで、間取りや内装は現在でも通用するくらい。当時の平均的な和風民家とくらべたら、ドッキリものの斬新な住宅です。しかし、工事を請け負ったのは普通の大工さんだろうから、施主、新島にあーせーこーせーといろいろ注文をつけられて、さぞ困ったことでせう。暖炉がセントラルヒーティング仕様になってるなんて「なんどす?それ」職人は注文を理解出来なかったのではないか。
 当時のキッチンといえば、土間にへっついさんを構え、井戸は屋外、というのが普通のところ、この家は床をつくって隣室とフラットに、つまり今と同じようにつくり、木製のシンクを備え、その横、室内に井戸がある。これら設備も文化財指定になっていて、触らせてもらえません。


・・と、書きながら、大河ドラマは一度も見たことなく、八重さんは古びた写真で見るだけですが、新島亡き後も持ち前の積極さと合理主義思想で社会に貢献し、87歳まで生きた。世間もその功徳に報いた。


見学は予約が必要です。無料ですが、東日本大震災の義援金として、一人300円を募金しています。

予約はこちらから・・同志社社史資料センター
https://kyutei.doshisha.ac.jp/reserve/index.html


外観  築135年の住宅には見えません
新島 


書斎
新島


キッチン 奥に井戸がある
新島旧邸 


腰掛け式便所
新島



なお、同志社大学 今出川キャンパスの記念館でも関連の展示があり、無料で見学できます。八重が使った?のと同じタイプの銃も展示しています。新島旧邸から寺町通り御門を入り、御所を抜けてキャンパスへ行く道は快適な散歩道です。 

読書と音楽の愉しみ


●小泉純一郎著「音楽遍歴」を読む

 総理大臣を務めた人が音楽趣味の本を書くなんて珍しい・・との興味から、ブックオフで85円で購入。(バーゲンセールで安かった)
 小泉サンは1942年生まれで駄目男より3歳年下。なので、子供時分の音楽経験は良く似ている。違うのは、小泉サンが子供時代にヴァイオリンを習ったことがあること。このため、ヴァイオリン曲、特に協奏曲に関する知見では「プロ並みに詳しい」とおっしゃるくらいだから、ま、ワカランことは訊いてくれ、くらいの自信があるようだ。ハーモニカしか触らなかった自分とは大違い。一番の違いは、彼は金持ちの息子、自分は貧乏人だったこと。気に入った曲はすぐレコードを買った、という環境がうらやましい。


好きな音楽のジャンルが広いという点では似ている。クラシックファンは、普通はポピュラーには関心がうすいけれど、小泉サンはご存じようにエルヴィス・プレスリーの大ファン。ブッシュ大統領を誘ってプレスリーの記念館を訪問したときは話題になった。パット・ブーンも好きらしい。映画音楽にも詳しい。ラテンのペレス・プラドも好きだという。ただ、本書では、ジャズの話が皆目無いので、これは興味がないのか。


歌舞伎の「勧進帳」は和製傑作オペラだという見方にはモロ同感。歌舞伎、オペラ両方の愛好者はみんな同じ思いを抱いてるのではと想像します。劇中の長唄囃子連中の熱演は何度聴いてもほれぼれする。駄目男が総理大臣だったら、全国の高校生に観劇を強制する・・で、ポテチンと失脚(笑)


長らく権力の座にいた人だから、政治生活は毎日権謀術数の繰り返しだったはずでありますが、こと音楽や芝居趣味に関しては極めてナイーブな感性で付き合った。テレビでX JAPANの歌を聴いてカンドー、ファンとして本人(YOSHIKI)に会いにいくなど、なんだかなー、の感もありますが、こんなキャラクターの総理大臣って他に思いつかない。(2008年5月 日本経済新聞社発行)


本・音楽遍歴 

ウオーキング・観光


●とんぼり ジャズボート

 大川を運航する「大阪水上バス」と営業エリアをうまく棲み分けて、器用な営業をしている「一本松海運」 ここが道頓堀川でジャズボートなる遊覧船を運航しています。たまたま出航まぎわに乗り場にいたので乗ってみました。乗り場は湊町です。


定員18名の小さなボートに4名のミュージシャンが乗ってディキシーランドジャズを奏でます。楽器は、バンジョー、クラリネット、トランペット、チューバ。約40分で湊町~日本橋を往復、その間に5~6曲演奏しますが、曲は「リンゴの木の下で」「すずかけの小径」「マイブルーヘブン」など、最後はおなじみ「聖者の行進」です。鈴木章二やディック・ミネの時代の曲ばかりで、ふる~~~って感じ。じぶんのようなオジンには懐メロですが、若い人は、知らんなあ~・・でせう。


屋根がないのでカンカン照り。雨が降ったら取りやめです。客が楽器を持参すれば共演しますとのこと。舟から見ると、戎橋と湊町(四つ橋筋)の間にいつのまにか遊歩道が完成していました。料金は1500円ナリ。(土日の午後のみ運航)潮位の高い日は橋をくぐれなくて中止になります。


スタートして最初の橋、深里橋の橋桁が一番低くて、立ち上がったら頭をぶつける。一本松海運の遊覧船はすべてこの橋をくぐれるという条件で設計されている。当たり前か。
とんぼりジャズ  


おなじみ「グリコ」看板の下が戎橋。楽隊の音がするので見物人が見下ろす。
とんぼり 


とんぼり 

熱演、ご苦労様です。
とんぼり