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ウオーキング・観光


●京都散歩・梅小路蒸気機関車館 
~「いこい」誌で案内~

 梅小路公園の北寄りに「京都水族館」ができて公園全体が賑やかになりました。老舗「蒸気機関車館」もJR西日本が大規模な鉄道博物館へリニューアルする計画を発表し、数年後にはますます人出が増えそうです。

 「いこい」誌では、山陰線の丹波口駅から島原「角屋」を経て梅小路公園へ、帰りは徒歩でJR京都駅へのコースを案内しています。平坦路で約3キロ。蒸気機関車館では10分ほど、SL乗車体験もできます。
 花見客があふれる時節、ここはのんびりできる穴場かもしれません。なお、駄目男の当誌への寄稿は今号でおしまいになります。

■JR西日本の鉄道博物館計画のPR動画(2016年オープン予定)
http://www.westjr.co.jp/company/ir/movie/tetsudohakumovie.html

■梅小路蒸気機関車館のHP
http://www.mtm.or.jp/uslm/


本館(展示館)は昔の山陰線 二条駅駅舎を移築したもの
いこい 


10分間、200円で試乗できる「SLスチーム号」
いこい 


なつかしい蒸気機関車がずらり・・動態保存のものもあるので、リアル感ひとしお
いこい 


館外では、土日のみ、こんなちんちん電車も運転されます。(別会社が運営)
いこい 


2013年 春号
いこい

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プチ・ケチの研究


●けちんぼ御愛用サラダ菜「豆苗」(とうみょう)

 豆苗はえんどう豆の若菜で、見た目はカイワレ大根をビッグにしたような感じ。これがけちんぼ向きなのは、葉を食べたあと水に浸しておくとにょきにょき再生し、もう一度食べられること。100円で買って2回食せば50円、半額になります。ケチな話でありますが、パッケージに「再生できます」と説明してあるので、メーカー公認のけちんぼであります。


カイワレ大根は床にウレタンマットを使う場合が多いけど、これは根自体を高密度にしてマットと同じ役目をもたせ、コスト削減と環境保護(ウレタンマットは燃やすと有毒ガスがでる)の一石二鳥の効果を担わせている。このワザ、特許というから、ケチには力をいれている会社です。 サラダでは少し豆のにおいがするけど、これは好みによる。おひたしや煮物(最後に入れる)炒め物にも使える手軽な材料です。
 ビタミン類や食物繊維はほうれん草より多いというのもウリです。

■村上農園のHP
http://www.murakamifarm.com/market/index.shtml


豆苗サラダ 豆苗だけだと、なんか草を食んでる感じなので、タマネギの細切りを加えた。 (スーパーで300gパック 100円)
豆苗  

葉を2センチほど残して水に浸し・・・・
豆苗


8日目にはここまで成長しました。
豆苗

読書と音楽の愉しみ


●「週刊文春」拾い読み ~3月28日号~

あなたが食べている「中国猛毒食品」最新リスト

 2008年の「毒ぎょうざ」事件はまだ記憶に新しいが、これで有毒食品生産が改善されたわけではない。私たちが何気なく買い、食べている中国産食品の大半が多かれ少なかれ有害薬品や菌を含んでいるということを再認識したい。
 この記事は厚生労働省の最新「摘発」リストから60種類を抜粋したもので、読めば誰しもユーウツになります。スーパーで売ってる食材や総菜、寿司にはコスト面から中国産食材を使わざるを得ないケースがあり、安さで評判の酒場なんかも怪しい食材をふんだんに使っている。


検査で大腸菌が見つかった食品・・ちくわ、かまぼこ、ゆでだこ、冷凍のほうれんそう、小松菜、枝豆、ETC。酒場で出される枝豆はほぼ100%が中国製だから、大腸菌もいっしょに食べてると。
  活ウナギ、蒲焼きからマラカイト・グリーンという抗カビ薬品が検出されて騒ぎになったのも覚えているが、未だに輸入品から発見されている。いくら安くてもシナ製の蒲焼きなんか食べる気がしない。
 ピーナッツも、安いのは大方中国産だけど、アフラチキシンというカビ毒が見つかっている。乾燥しいたけも中国産は国産の半額くらいで売ってるが、アセトクロールという除草剤を検出。乾燥きくらげも同じ。


米菓・あられにもポリソルベートという乳化剤が入っている。化粧水の製造で使われる薬品だそうだ。米菓は米自体が農薬で汚染されてるので、「100円均一」とか、安価な米菓は毒入りが普通と思ってまちがいない。ウーロン茶からはフィブロニルという強力な農薬が見つかった。ゴキブリ駆除にも使われる薬剤という。嗚呼、オソロシイ。


昨年10月、ドイツの幼稚園や小学校の給食で中国産冷凍いちごを出したところ、1万人以上がノロウイルスに感染し、大騒動になった。もし、日本製だったら大臣や省庁幹部が平謝り、という場面になるはずだが、中国が反省や謝罪の意を表したという話は聞かなかった。死者が出ても知らん顔したかもしれない。


電子レンジで熱すると緑色に変色したエビ(大紀元報)
http://www.epochtimes.jp/jp/2013/03/html/d49518.html 

中国毒入り エビ



中国毒食品

読書と音楽の愉しみ


●能勢初枝著「ある遺書~北摂能勢の安徳天皇伝承~」を読む

安徳天皇は生きていた!?
 一月ほど前、Sさんから手紙をいただいた。同封されてた史跡案内のチラシに 来見山「安徳天皇 御霊跡地」の題があり、内容を読むと、かの源平合戦の最終戦、壇ノ浦の戦いで幼い安徳天皇は祖母とともに入水(無理心中)され亡くなったとされているが、実は・・・生き延びて摂津能勢の山奥で暮らした。しかし、わずか一年後に病死した。同行した供のものが弔い、御陵をつくったとあります。その同行者、藤原経房が後世に事実を伝えるために遺書として顛末をしたため、厳重に封をして屋根裏に隠した。


600年後、江戸時代に発見され、大騒ぎになった。事実か、偽書か。いろんな人が謎解きを試みたが真偽判定できず、今に至っている。平成の今、改めて詳細に調査して可能な限りの情報を集め、まとめたのが本書であります。著者の能勢初枝氏は1935年生まれ、奈良女子大国文科出身のインテリおばさんで郷土史研究がライフワーク。


各地に伝わる平家落人伝説や義経伝説と同じようなマユツバ物語だろうと思い、しかし、無視するのもSさんに悪いので、念のためにネットで情報を探してみたら、この本が見つかったのであります。初版は500部しか刷らなかったというマイナーな出版物。しかし、興味をもつ人がたくさんいて品切れになり、再発行したという。


読めば実に面白い・・だけでなく、真摯な調査姿勢により、リアリティも十分。歴史の裏側を詮索するのが好きな人にはぜひ読んでほしいスグレモノです。ただし一回さらっと読んだだけでは理解しにくい。人脈相関がとても複雑で、しかも似た名前が多いので誰が誰やら覚えきれない。

 平家一族の主要メンバーフル出場といった感じです。平清盛、経盛、敦盛、重盛、基盛、宗盛、知盛、重衡、清房、維盛、資盛、淸経、有盛・・・さらに藤原一族の俊成、成親、成経、定家・・プラス、それぞれの女御、恋人。歌舞伎ファンなら、知盛や敦盛、成経の名前はおなじみですが、いったい誰が清盛の兄弟なのか、息子なのか、孫なのか、知らないのが普通でせう。しかもなおややこしいのは、主人公、藤原経房と同姓同名の別人が同じ時代に実在したことが分かり、話がいっそうこんがらがってきます。でも、面白い(笑)。


遺書によると、壇ノ浦で入水したのは安徳帝の身代わり、知盛の次男で、安徳帝はどさくさに紛れて上陸し、数人の供と山中に逃れる。(その一人が経房)艱難辛苦、一ヶ月半かけて、石見、伯耆など、山陰まわりで必死の逃避行の末、能勢にたどり着いた。ここに落ち着き、ボロ小屋を建てて仮の御所とし、農民と同じ生活をはじめる。しかし、もともと虚弱な体質だった帝は、一年後、風邪をこじらせて?亡くなってしまう。享年八歳。


経房は悲報を帝の母(清盛の娘、徳子。出家して建礼門院となる)に伝えるべく都へ行こうとするが、年長の供の者に諫められ、出かけなかった。幾星霜を経て、仲間の者が次々に亡くなり、経房50歳になったとき、この遺書をしたためた。日付は健保5年(1217年)。発見されたのが江戸時代の後期、文化14年(1817年)だから、ちょうど600年間、農家の屋根裏に秘匿されていたことになる。


本物か、偽書か。著者、能勢氏は願望も込めて本物説の立場です。その根拠は、当事者しか書けない内容だからで、経房ほか当事者が実在の人物であったかどうかの検証に多くの頁が費やされている。外部の人間なら、壇ノ浦の戦での無名人を含めた「乗船者名簿」など分かるはずがない。これらの人物のアリバイ証明が大きな説得力になっている。


よって、駄目男を含めた読者の多くは「本物とちゃうか」気分にさせられるのであります。残念ながら、遺書の原本は失われているが、発見時に多くの人が写本をつくっており、江戸時代に内容がねつ造された可能性はない。さらに、現地に物証(遺跡・遺品)があり、地元農家の家系や伝承、地名など傍証になる情報も多い。もし経房以外の人物による偽書であれば、創作は13世紀でなければつじつまが合わない。源平時代に貴族や僧侶以外で、そんなヒマジンにしてインテリがいただろうか。


ちなみに、安徳天皇の御陵というのは各地にあり、宮内庁では、山口県下関市にある赤間神宮の安徳天皇阿弥陀寺陵を御陵としている。他に鳥取県、長崎県、熊本県、さらに遠く鹿児島県の硫黄島にも陵墓がある。
(2011年 個人発行 能勢初枝で検索すると情報が出ます)

■安徳天皇の生涯(Wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%BE%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E5.AE.AE.E5.86.85.E5.BA.81.E7.AE.A1.E7.90.86.E3.81.AE.E5.A4.A9.E7.9A.87.E9.99.B5


安徳天皇画像
安徳天皇 

■著者のプロフィール(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=CKDz3nZE-mE

■高槻市での講演会レポート
http://www.library.city.takatsuki.osaka.jp/topics/topics1/topics73.html


有る遺書





ウオーキング・観光


●月ヶ瀬梅渓 初訪問

 有名なのに行ったことが無い名所がけっこうあって、ここもその一つ。初訪問にして人生最後の訪問にもなりそう。
 JR関西本線「月ヶ瀬口駅」から臨時のバスで約20分。茶畑の多い山里の一部に梅林があって、ふだんは至ってのどかな土地と思われます。梅はちょうど満開、20度くらいありそうな陽気で、観光の皆さん、とても楽しそうでした。梅の期間中、一番の好天だったのではと思います。


地元にすれば年に一度のかき入れ時だから、茶店や土産物店は声をからして必死の呼び込みです。陽気のせいもあって売れ行きは上々、ふだん、土産物を買わない駄目男も珍しくあれこれ買ってしまいました。一番お得感のするのは「ひげ茶」で、300gが300円。煎茶の茶葉を摘むときに茎も一緒に摘んでしまうが、その茎の皮を剥いで乾燥させたのが「ひげ茶」。「これ、ウチが最初に開発したんですわ」という店のおばあちゃんにいろいろ尋ねても、イマイチ製造方法がよく分からない。

 ほかに、これも珍しい「干しいちご」も購入。どないして作るん?とおネエさんに訊くと「イチゴを蜂蜜に漬け、天日で乾燥する」とのこと。イチゴ応用のバージョンとして「いちご大福」以来の新商品かもしれません。のどかな山村にみえて、みなさん、新商品開発にがんばっておられます。


梅林といっても生産用の梅だから、大阪城公園梅林の梅を見慣れたものには花弁が小さくて華やかさに欠けます。背丈も作業しやすいように低く剪定されてるからボリュウム感もない。また、吉野山の桜の「一目千本」的パノラマシーンもない。ゆえに、期待しすぎはイケマセン。でも、山里の雰囲気は十分楽しめ、梅と山並みを眺めながら、茶店で一献傾けたい向きには素敵なところです。(3月19日)
 



のどかさ満点 JR月ヶ瀬口駅
梅林おわり 


月ヶ瀬梅林 


梅林 


梅林


梅林 


梅林 

読書と音楽の愉しみ


●「厳選!西日本 公共の宿ベストガイド」

 図書館の新刊書の棚で見つけた本。いまどき、こんな本出しても売れへんやろ、といぶかりながら奥付を見ると、本年2月10日に発行、同20日に第2刷発行とあり、売れてるんですね。ネット情報万能時代に敢えて逆をいく狙いはアタリです。実際、総花的に情報を求めるにはこんなガイドブックのほうがずっと簡単です。これであらかたの候補を選び、ネットで詳細を調べるのがベストでせう。


ベストガイドが謳い文句だから、紹介されていない公共の宿もあります。たとえば、兵庫県たつの市には「赤とんぼ莊」と「志んぐ莊」という二つの国民宿舎があるけど、紹介されてるのは「志んぐ莊」のほうだけです。知名度や観光の便宜では「赤とんぼ莊」のほうがずっと上だと思うけど、なぜマイナーなほうが紹介されてるのか。

 浮かんだ疑惑は、このガイド、編集者が自ら選んだり調査して「ベスト」としたのではなく、施設から掲載希望を募って料金をとり、編集したのではないか。発行にかかるコストを公共の宿に負担してもらってつくったのではないか。ならば、表題の「ベスト」には何の意味もないことになります。ふつうならあるはずの「まえがき」や「編集後記」といった編集者のメッセージが無いのも怪しい。


それはともかく、古いガイドにない情報はどんなものがあるか。「一人旅料金」という項目があって、これは親切情報です。ほとんどの宿は一人客を嫌う傾向があるなか、一人用料金を明示してあると安心して予約できます。
 他に「禁煙」対応の項目があって、これは宿によりさまざま。フリーのところもあれば「全館禁煙」もある。部屋数が50以上もある大きな施設で「全館禁煙」という宿もあるけど、ちょっと厳しすぎではありませんか。客を逃がしてしまってるような気がします。


公共の宿といっても、昔の国民宿舎のように市や町の直営というのはほとんど無くて、第三セクターが絡んでいたり、指定管理者に委託というケースが多い。そのぶん「無愛想が売り物」みたいなお役所感覚丸出しの宿は淘汰され、サービスは良くなってると思います。
 駄目男が興味をもったのは「はなの家」(京都)、「サンペルラ志摩」(三重)「熊野倶楽部」(三重)など。近年で利用したのは岡山県の「サンロード吉備路」くらいしか思い出せない。

 近鉄の新型特急「しまかぜ」に乗って「サンペルラ志摩」泊まりの「人生最後の伊勢参り」なんてのも楽しいかもしれない。(2013年2月 メイツ出版発行)


■サンロード吉備路
http://www.sunroad-kibiji.com/

■はなの家
http://hananoie.gr.jp/


■サンペルラ志摩
http://www.m-kyosai.jp/sunperla/access/index.html

サンペルラ志摩 


ほん・公共の宿

読書と音楽の愉しみ


●「新潮45」拾い読み (2013年3月号)

山折哲雄著 ~皇太子殿下、ご退位なさいませ~

 こんなストレートな表現のタイトルで、よう書いたもんやなあ、と感心しながら読みました。読者によって、感想はさまざまでありませうが、かなり説得力があり、駄目男なんぞ半ば同意しそうになったくらいでありました。もし、この記事を皇太子殿下自身、また天皇、皇后や秋篠宮殿下が読まれたら・・相当な刺激を受けられるのではと察します。


なぜ、こんな発想に至ったのか。問題は雅子妃であること自明でせう。著者は慎重に言葉を選びつつ、皇室の長い歴史をふまえて象徴天皇の意義を認めながら、こんな考えを述べる。
 天皇家の家族は、明治時代の大転換期を経ても庶民の家族とは一線を画した「象徴家族」であった。さらに、昭和の敗戦を機に人間天皇を宣言し、ずいぶん国民に寄り添った、普通の家族に近づいたが、それでも一般社会と同じ「近代家族」にはならなかった。今上陛下は、この象徴家族と近代家族のどちらにも偏らず、絶妙のバランス感覚と誠実さで象徴家族の伝統も守ってこられた。


著者は、雅子妃の一向に改善しない病状と雅子妃を守ろうとする皇太子殿下の一途さは不変であることから、皇太子ご夫妻には象徴家族であるより、近代家族(一般国民と同じ感覚の家族)としての人生を歩まれることを勧めるのであります。駄目男の想像を加えて言うなら、雅子妃の病状が大幅に改善しない限り、将来、象徴家族としての皇后の重責は耐えがたいのではないか。この重責は対国民へのそれだけでなく、皇室の伝統的なしきたり、セレモニーなどのことで、論理的解釈ではどうにも会得できないものばかりでありませう。血筋と資質において、心を病んでいる民間人出身者にそれを求めるのはいささか酷いことではないか。(美智子皇后にも強いストレスによる心身のピンチがあった)


セオリー優先で無理に皇后に即位されたら病はいっそうひどくなるかもしれない。そのほうがご本人や国民にとっては大きな不幸になってしまう。
 そこで著者は提案する。皇太子殿下は地位を秋篠宮に譲位されて、ご夫妻は東京を離れ、京都でお暮らしになればよいと。象徴家族のクオリティは維持しつつ、一般国民に近い生活環境でお暮らしになればいい。皇居を離れ、自然豊かな京都で暮らすことで、雅子妃は健康を取り戻されると思う。


長い文章なのでまとめるのに苦労しますが、著者の意図はおおむねこのようなものであります。もし実現したら大事件でありませう。しかし、英国のウインザー公のような前例もあり、絶対あってはならない、というほどのことでもない。生前の譲位は過去にもあり、明治以後はたまたま無かっただけと考えれば、国民も納得しそうな気がします。


■ウインザー公(エドワード8世) 波乱の人生
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%898%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B)


新潮45表紙 

読書と音楽の愉しみ


●宮崎市定著「隋の煬帝」を読む

 著者名を見て、堅苦しい中国史の話なのではと想像したけど、読んでみれば平易な内容だったのでホッ、であります。解説によれば、著者が本書を書いたのは京都大学を定年退官したあとで、教授の肩書きがとれたから気楽に書いたのではということでした。


隋の煬帝って、なんのこっちゃねんの向きもありそうですが、推古天皇の時代、あちら(中国)では隋の時代、時の天子が煬帝(ようだい)でした。聖徳太子が「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや」の有名な親書を届けた相手であります。でも、この話は本書のテーマではなく、煬帝の伝記であります。


波瀾万丈の生涯だから当然関わる人物の数もハンパでなく、かつ、人名にふりがなが無いので、誰が誰やら、ちんぷんかんぷんであります。1500年もまえに、よくぞこんなに詳しい情報があったもんだと感心するくらい、複雑な人事を描いている。
 人事とは何かといえば殺し会いのことであります。日本の歴代天皇で身内に暗殺されたのは一人きりではないかと思うけど、あちらでは権力の座を守るためには、家族、親戚、友人、家来、入り交じって殺し合いをする。邪魔と思えば、無抵抗の幼子でも平気で殺す。煬帝の時世だけでなく、天子たるもの、人命を虫けらのように扱う度量がなければ勤まらなかった。この伝統?は不幸にも現代まで受け継がれ、毛沢東や鄧小平のもとで国民は虫けらのように殺された。


隋の一つ前の時代、北魏での殺伐とした権力者一族のありさまは次のように書かれている。(18頁)

 北魏の実質的な創立者は道武帝であるが、強壮薬を飲みすぎて神経衰弱にかかり、皇太子と仲違いして殺された。次の次の太武帝もまた皇太子と喧嘩し、自分が殺されぬうちにと早まって皇太子を殺したが、あとで後悔し、讒言をした宦官を殺そうとして、かえって殺された。その曽孫の献文帝は母親の太后に殺され、そのまた曽孫の孝明帝というのがやはり母に殺されている。(引用ここまで)


実の親子でも殺し合うのが中国王朝のセオリーなのかもしれない。仲違いしたら先に殺したほうが勝ちというわけであります。
 煬帝も本書のなかで「殺した」と書かれてるだけで数百人はいる。特に謀反を企てた者は本人だけでなく親族も皆殺しにしないと安心できない。中には讒言を信じて罪のない者を殺してしまうこともままあり、宮廷は年中疑心暗鬼ワールドになってしまう。


では、煬帝は無事に寿命をまっとうできたのか、といえばさにあらず、最も信頼していた近習の家来に殺されてしまう。その場面、宮崎センセイには失礼でありますが、まるで「講釈師 見てきたような ウソを言い」そのまんまであります。最愛の息子を目の前で斬殺され、覚悟した煬帝は首巻きをを家来に差し出し、それで絞め殺された。むろん、煬帝の近親者は全部殺された。


内輪もめも大変でありますが、外国との戦争も天子の仕事です。煬帝は在位中に隣の高句麗に三度も戦争を仕掛け、一度も勝てなかった。相手が強いせいでなく、隋の軍隊がドジばかりするからで、その指揮官であった煬帝は無能をさらけだした。高句麗征伐どころか、自国の反乱鎮圧に苦労するようでは勝ち目がない。疑い深いくせに讒言に乗せられやすい性格も災いした。


隋の時代の千年も前にスーパーモラリスト・孔子が出て仁や徳を説いたのに、バカ殿にはなんの役にも立たなかった。のみならず、偉大なるモラリストを生んだ国は、2500年後に、世界でもっともモラルに欠ける国家、国民に落ちぶれてしまった。なのに、孔子の偉大さをもって、中国は偉大なりと勘違いしているアホな日本人がいるのはいささか残念であります。(1987年9月 中央公論社発行)


本・隋の煬帝 

ウオーキング・観光


●京都散歩 七条駅から西本願寺界隈

 当ブログを訪問して下さった方の中に「京阪てくてく町めぐり」さんがおられて、表題の町歩きを紹介されていたのに触発されて出かけました。東本願寺、西本願寺の境内へ入るのは何十年ぶりかで、大きなお堂、御影堂や阿弥陀堂以外はすっかり忘れてしまってました。東本願寺はもっか大修復工事中です。

昔はなかった「龍谷ミュージアム」を見学し、西本願寺境内のティールームで休憩したあと、龍谷大学のキャンパスを見物してJR京都駅から帰りました。

■西本願寺 伝道院
今回、出かけた動機はこの「伝道院」を見たかったから。西本願寺の東向かい、仏壇、仏具販売の店が並ぶ和風の町並みのなかに、ひときわ違和感を放つ奇妙な建物です。これが出来た当時は違和感どころか「なんどす? このけったいな建物は」と町の人を驚かせたでせう。
 実はお堅い生命保険会社のオフイスビルなのですが、和風、洋風、イスラム風・・と東西の建築様式がごっちゃに入り交じって、今ふうにいえば、建築デザインのグローバル化の先取りだったかもしれません。


設計は伊東忠太。帝国大学(東大)出身のエリートにして好奇心満々、外国の旅で得た知識情報を咀嚼して日本流建築様式かくあるべしと粉骨砕身の努力をした。決して西洋かぶれだけではなかったことは、橿原神宮や明治神宮、築地本願寺、平安神宮といった建築の設計にも関わっていることでわかる。平安神宮の設計に携わったときは弱冠26歳という若さ、23歳で琵琶湖疎水プロジェクトのリーダーになった田辺朔郎とともに、今では信じられない若手の抜擢でした。「建築」という言葉も彼が考案した。


たまらん、ミスマッチ風景
西 


西 


道路境界にある怪獣の石像
西



西 


■龍谷ミュージアム
 これも西本願寺の真向かいにある新しい美術館(2011年開館)。すだれをイメージした外観で龍谷大学の運営。当日は「若狭多田寺の名宝」という特別展を催しており、こんな地味なもん、誰が見にくるねんという思いで入館したら、客の多いのにびっくり。ふだんは間近で見られないご本尊の展示が目当てなのかもしれないが、仏像ファンって、こんなにたくさんいるのか。

 ベゼクリク石窟復元展示というのがすばらしい。絵画のクオリティも当然ながら、これを精緻に復元したデジタルのハイテクぶりにも感心します。

西 


ベゼクリク石窟画を再現した廊下(パンフをコピー)
西本願寺


■龍谷大学 大宮キャンパス
 西本願寺の境内にあり、規模は小さいが、ほとんどは重文指定の貴重な建物。今でこそ優雅なクラシック建築に見えますが、明治時代に完成したときは、最新の洋館としてまわりの町並みと一線を画したモダンな風景だったと思われます。建物は現役で授業に使われています。

西本願寺の国宝「唐門」
西 


龍谷大大宮キャンパス
西おわり  

西


西

たまには外メシ


●かきのドリア

 中央図書館へ行ったら、月に2回しかない休館日にガチンコ。シオシオと引き返して、西梅田のジュンク堂へ行く。堂島アバンザビルもテナントの廃業が増え、シャッターが目立つ。ウメキタがオープンしたらもっとひどくなりそう。大阪中が店舗過剰状態。
 久しぶりに「カンパネラ」へ寄って、ワインとかきのドリアを注文。何をつくらせてもマスターは器用でおます。1時間ほど他に客がいなかったので、新地の「隠れ家」気分を楽しみつつ、名曲を聴いておりました。


かきのドリア 

たなかよしゆきさんの古道紀行予定一覧


●たなかよしゆきさんの【古道紀行おおばこの会】

 2013年5月~12月の予定表を掲載します


古道紀行おおばこの会はどなたでも参加できます。
お問い合わせは、電話・ファクス・・0745-79-6452
携帯090-3485-6452へどうぞ

古道紀行予定一覧 

たまには外メシ


●狸々亭(ぽんぽこ亭)のお好み焼き

大阪城梅林見物の帰りに案内していただいたのがこの店。上町筋・上六交差点の東200mくらいのところ、北側にあります。
 当店自慢のメニューが写真の「フレッシュトマトとチーズのお好み焼き」です。トマトは2~3センチ角ぐらいの大きいのがごろりんと入っていて、小麦粉はほとんど見えないくらい。ここまで「構造改革」したら、もう「粉モン」とは言えないです。見た目にも新鮮でヘルシーなお好み焼きです。値段は950円。むろん、通常のメニューもあります。ソースが若干甘いめで(店の特注品だとか)はじめての人は少し気になるかもしれない。


■ぽんぽこ亭 小橋店の案内はこちら・・・
http://www.ponpocotei.com/menu.html


ぽんぽこ亭 


ぽんぽこ 

ウオーキング・観光


●常設展も楽しい・・神戸市立博物館

1~2階の回廊が展示場になっている常設展は神戸の歴史をたどるわかりやすい展示です。古地図がたくさん使われているので、地図ファンには興味深い。分かりやすさは、京都や大阪と違って、中央の政治に関わる人事案件が少ないからでせう。


国産第一号のパーマネント機。昭和9年製で、なにやらおどろおどろしいデザインです。2枚目の写真は操作盤ですが、工業用の電圧計、電流計をそのまま使っている。なんだか毒ガス用マスクをイメージしてしまう。
神戸博物館 

神戸


居留地の外国人住宅の室内。現博物館周辺に外国人専用の住宅街があった。
神戸


明治12年に撮影された、山手から眺めた三宮あたりの風景。こんもりした森が生田神社。その左手に競馬場があった。
神戸


淡路島出身の髙田屋嘉平が弟に宛てて書いた手紙。嘉平は海運業で成功した立志伝中の人物で、司馬遼太郎「菜の花の沖」の主人公。
神戸