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読書と音楽の愉しみ

 ●廣宮孝信著「国の借金 新常識」を読む

 100円のうどんの話の次は1000兆円の借金の話。もう、ついて行かれへんと、読者が一人去り、二人去り・・。あかんがな~。

 この手の本には明快に二つのタイプがある。楽観派と悲観派であります。本書は楽観派。国の借金が1000兆円? どんまい、どんまい、それがどないしてんと安心論を述べています。ときどき紹介する三橋貴明氏も楽観派です。しかし、国民の多くは膨大な借金が積み上がり、マスコミに国民一人当たり800万円とか書かれると、憂鬱になってしまう。「800万円も借金した覚えはない!」と思っても何か不安が消えない。


こんな言い方は、マスコミのアホな記者が、日本の財政は深刻だと危機感をあおるために思いついたもの。なのに、無知な国民の一部は真に受けて本気で心配している。外国でこんな表現をしているのを聞いたことがない。スペインの失業率26%のほうがよほど深刻なんですが。


借金1000兆円、一人当たり800万円。しかし、国民の貯金額1500兆円。アメリカやギリシャと違うところはこれです。しかも借金の九割は国内で消化している債権。ヨソの国の危ないところは、外国からの借金の比率が日本よりはるかに大きい。デフォルトの理由は大抵これです。
 ・・と書いてきて、本書の内容の要約はかなり難しいと気がついた。国家経済、国際経済の話をあんまり端折って書くと、えらいミスをしそうなので止めます。(テーマごとに書いたほうが良いかもと思案中)


日本人は、心情的に借金を悪と考える風潮が強くて、家計でも、貯金は○、借金は×と白黒で判断しがち。その感覚を企業レベルにまで持ち込んでしまったのが、この20年のデフレ経済です。バブル景気崩壊の後遺症もあって、経営者は融資の返済を第一にして、社員の給料をケチり、新規投資を控えて、ひたすら守りの経営に徹してきた。だから、銀行は、本業の融資で金が大余りしてしまい、四苦八苦が続く。なのにまだ庶民はチマチマと貯金に励み、年寄りは年金や退職金をしまいこんで使わない。デフレ、不景気は当然です。


何年か前、三橋氏の本を読んでハタと気づいたことの一つは、私たちは銀行に預金をすると、銀行経営に寄与、貢献していると思ってしまう。少なくとも悪いことしてるなんて思わない。しかし、有り体にいえば、こんなデフレ景気のときに預金するのは、銀行にとってはありがた迷惑なんですね。ほんま。

 慇懃無礼企業の代表である銀行は決して迷惑顔なんかしませんが、ま、ぜんぜん嬉しくない。なぜなら、私たちが預金することは、銀行にとっては借金になるから。駄目男が10万円預金する=銀行は駄目男に10万円借金すること。くそジジイに10万円借りるなんて真っ平や、と思っても断れない。その上、借金だから、例えちょびっとでも利息を払わなければならない。十万、二十万の預金にも利息を払わなければならない。本当は預かり手数料、金庫代を要求したいくらいでせう。

 
 ところが、インフレになると話がひっくり返る。ヒャー、駄目男さん、10万円預金してくれはるんですか、うれじ~、スリスリと揉み手する。帰りに名入りタオルをくれたりする。もっとぎょうさん預金してもらうために利率を上げる。そんな時代がありましたねえ。あれから、はや四半世紀。


話が飛躍するけど、国の借金が1000兆円に達するというのに、国債の利率が0,7%そこそこなのをご存じでせうか。こんな低利率、日本だけです。国(正しくは政府)が国債を発行し、銀行が買い受ける。銀行は国から0,7%とかのケチな利息を受け取る。だから私たち小口預金者には、0,01%とかの有るか無きかのような利息しか払えない。当たり前です。(これも極論だから誤解なきよう)


なんで1000兆円もの借金が積み上がったのか。税収が少ないから。税収で予算をまかなえたら借金の必要なしです。収入がないのにサービス(支出)を優先し、無駄遣いもした。これを解決しようと消費税を上げたら、増収どころか、逆効果になった。・・以後、低空飛行が続いて今日に至る。テキストになる本がたくさんあるので、興味ある人は自分で勉強して下さい。 


本書の著者、廣宮氏や三橋氏は、マスコミのインチキ経済論に対抗するため、騙されないために、啓蒙が主目的で本を出していますが、逆に国民の不安をあおる内容ばかり書いて、本の売り上げだけをもくろんでる著者、出版社があります。
 船井幸雄、大前研一、藤巻健史、朝倉慶・・こんな著者の本を読んで共感する人は、間違いなくB層の人間でせう。不安にあおられ、欲につられて、しょーもない金融詐欺に引っかかるのもこのレベルの人たちです。彼らの主張において大前提にしているのが「日本はダメの国」です。日本は破綻する、崩壊するぞ。ハタンとホーカイの二本立てで日本をけなしてメシのタネにしている。


朝倉慶氏は「2012年 日本経済は大崩壊する」という勇ましい本を書いてるが、2012年はもう過ぎちゃいましたよ、朝倉さん。大ホーカイ、どうなってるんですか。こんな本が売れてるとは思えないが、ネット世論ではしっかりバカ呼ばわりされている。この人をサポートしたのが船井幸雄氏。老いぼれてボケたか。しっかりして下さいよ。(2012年8月 技術評論社発行)
 
 


朝倉慶氏の「あおり本」のいろいろ
あおり本 


あおり 

 
これも賞味期限切れたけど、ホーカイの気配なし
あおり

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プチ・ケチの研究


●うどんを上等にする「黒七味」

 自宅での昼飯を100円そこそこで済ませようとすれば、うどんが一番簡単。100円台の総菜パンよりはマシでせう。素うどんに切り餅一個を加えたら、ロージンには十分なボリュウムになります。近所の店では、うどん玉の安いのは年中25円で、どうしてこんなに安くできるのか不思議です。(冷蔵保存用)


うどんにネギを散らして、だけでは余りにシンプルとご不満の向きにおすすめするのが「黒七味」 普通の七味より香りのグレードがうんと高くて、二階級上等うどんになった感じです。具材なしの素うどんだから、七味の香りを邪魔されずに味わえます。(なんか、負け惜しみっぽいな)


黒七味といえば、京都四条通の原了郭(はらりょうかく)。七味だけ売ってて商売になるんかい、と素朴な疑問を抱いてしまうのでありますが、老舗で専門店の強みをフルに発揮してしっかり稼いでる模範例です。
 ・・と書いて、念のためにお店のHPを開けると、初代は赤穂義士四十七人の一人、原惣右衛門の子であると。へえ~~。漢方の研究成果の一つとして生まれたのが黒七味だそうであります。これで300年間メシ食ってきたのだからエライ。しっかりもうけて本店の近くにカフェを持ち、オリジナルスパイスのカレーを提供している。う~ん、赤穂義士の末裔がカフェをやってる。このミスマッチは面白い。


■原了郭のHP
http://hararyoukaku.co.jp/about/


箱入りは一回用パック35袋入りの商品
うどん

いただきものの黒七味で素うどんをグレードアップ
うどん

ウオーキング・観光


●柏原市太平寺地区の修景すすむ

 橋下市長が大阪府知事の頃から進められていた「大阪ミュージアム構想」で選ばれた街並み修景事業の一つです。(他の地区は、・箕面市(阪急箕面駅周辺・箕面公園沿道地区)・枚方市(枚方宿と枚方浜周辺地区)・富田林市(富田林駅南地区)・河内長野市(高野街道周辺地区)・岸和田市(岸和田城周辺地区)


JR大和路線 柏原駅の南東の山手にある古い集落で、他の地区と同じように、道路の化粧舗装、街路灯の設置、道標や案内看板の整備、一部民家の改装などが実施されています。「業平道」という歴史道が南北に通じているので、ハイキングファンは「ああ、あそこか」と思い出すかもしれません。山の斜面はぶどう畑が多い。

 この集落の上手に通じる道が拙著「新高野快道」に選んでる道で、道のすぐ下に大和棟の立派な民家があり、しかし、手入れされずに朽ちてゆくさまを見ていたので、気になってました。もしや、この「大阪ミュージアム構想」施策によって保存作業が行われたのでは、という一縷の望みをもっていたのですが・・。


残念ながら、保存はされず、屋根は抜けた状態で崩壊寸前といった有様です。この地区のシンボル的な立派な古民家なのになあ。(写真参照)
 修復には莫大な費用がかかるから、はじめから対象外だったのか、所有者が役所の介入を嫌ったのか。事情はわかりませんが、惜しい。


計6地区のうち4地区は、拙著「さざなみ快道」「新高野快道」で訪ねる町だったので、これらの修景事業は、快道メーカーとしては「遅かりし・・・」の思いが少しはあります。いや、快道メーカーがセッカチなんや、というほうが正しいか。


崩壊寸前の立派な大和棟の民家
太平寺


2005年はこんな状態だった。
大平


地区の風景
大平 


大平


地区の中に「カタシモ ワイン」という小さなメーカーがあり、西日本では最古の醸造所という。
大平

プチ・ケチの研究


●だしじゃこを佃煮に格上げ

 Oさんから頂いただしじゃこ(煮干し)は頭を取り除いた上等品。日頃、じゃこや昆布で出汁ををとって・・なんてハイソな料理をしない駄目男にはもったいない。そこで、これは佃煮にして、おかずで食べようとしたのであります。ただ、普通の煮干しに比べたらものすごく固い。それで、液体出汁と砂糖とお酒で煮たのでありますが、期待したほど柔らかくならなかった。その硬さといったら、杉箸をかみ砕いてるみたいなもので、アゴがだるくなります。そうか、アゴを強くするという効果もあるのだ。 アゴ強靱化だしじゃこ。


冷蔵庫で保存し、食べる前に10~15秒ほどレンジでチンするとかなり噛みやすくなることが分かりました。次は重曹を入れるとか、工夫してみよう。なんにせよ、出汁とってポイと捨てるよりずいぶん有益な食べ方です。世にケチンボは多いけど、だしじゃこを佃煮にして、おかずに格上げする人なんて、あんまりいないかも。 でも、日本酒のアテにはぴったりなんですよ、これが。 今飲んでるのは、これもいただきものの「賀茂鶴」・・なんかもう、現物支給「生活保護」状態であります。感謝。


だしじゃこ 

読書と音楽の愉しみ


●司馬遼太郎著「司馬遼太郎短編全集 その六」を読む

 図書館で「新撰組血風録」を探したが、見つからなかったので、この短編集に収められている血風録の一部を読む。お目当ては「芹沢鴨の暗殺」。芹沢は新撰組の最高幹部だった。


なんでこの短編を読もうとしたか。去年の秋にたまたま京都・島原の「角屋」を見学したからであります。入館料1000円という高額ゆえか訪問者は少なくて、駄目男が訪ねたときも客は自分だけ。角屋の御当主?と思われる方が角屋の歴史由来を説明して下さった。その話の中に芹沢鴨が殺される当日、新撰組はここで大宴会を催したという。台所隣の立派な和室だが、大正時代?にボヤを出し、改装したために、台所は重要文化財指定なのに、この部屋は外されているそうだ。このような和風の古建築は築200年以上でなければ重文指定は受けられないという。


それはともかく、館の説明では、芹沢は新撰組のリーダーなのに性格粗暴で陰険、町民はもとより新撰組隊士からも嫌われていたと。あの近藤勇は当時部下だったが、彼もホトホト手を焼いていたらしい。
 それはほんまか。彼はそんなにワルだったのか。確かめる義理などこれぽっちもないのでありますが、観光客相手の歴史話は、面白くするために誇張や脚色がされやすいので、ちょっと興味をもっただけのことです。それで、司馬サンの小説を読んでみようと。「小説」だから事実ではないですけど。


角屋での大宴会=暗殺の下ごしらえを企画したのは他ならぬ近藤勇。つまり「内ゲバ」であります。実力行使は土方歳三と沖田総司、原田佐之助だった。夕方から角屋でどんちゃん騒ぎをしたあと、午後9時ごろ、それぞれの屯所(民家を借り上げた宿舎)へ引き上げ、芹沢がぐでんぐでんに酔っ払って寝たことを確かめて襲いかかる。

以下、208ページから引用。
 沖田の刀が一閃してから、この殺戮がはじまった。
右肩を割られた芹沢が「わっ」と起き上がって、刀をつかもうとしたが、ない。あきらめたか、芹沢はふすまを体で押し倒して隣室に転がりこみ、その背後を原田佐之助が上段から切り下げたが、刀が鴨居に当たって、芹沢はあやうく逃れ、そのまま泳ぐようにして廊下へでた。
 廊下に文机があった。ぐわらりと転倒し、両手をついてやっと体を支えた芹沢の背から胸にかけて、土方歳三の一刀が、氷のような冷静さでゆっくりと刺しつらぬいた。


まさに「講釈師 見てきたような 嘘を言い」の場面であります。いや、ウソだなんていうのは司馬サンに失礼でありますが、小説で描けばこうなるのでございます。ただし、細密な情報をもとに描くことの第一人者である司馬サンのことだから、部屋の間取りや文机の有無など、複数の資料を調べて書いたはずです。この時代になると、文献資料はいっぱいあるので、最初に襲ったのが沖田総司、なんてのも記録にありそうな気がします。


こんなえげつないテロで殺しておきながら、近藤勇は守護職に「病没」と届け出た。そして盛大に葬式を催して、近藤は涙を流しながら長文の弔辞をを読んだ。この日をもって、近藤勇は新撰組のトップになった。本文には「近藤は彼の生涯のなかで最も見事な演技を示した」とある。


 
 
■角屋の案内はこちら・・・
http://www16.ocn.ne.jp/~sumiyaho/


角屋の外観
角屋


芹沢鴨にとって「最後の晩餐」会場になった広間
角屋


重文指定の台所
角屋


芹沢鴨
新撰組


沖田総司
新撰組沖田

たまには外メシ


●居酒屋「北新地農園」のトマト鍋

 北新地に農園なんか無いやろっ、とツッコミを入れたくなりますが、大阪駅前第一ビルの南向かいにある酒場です。野菜のメニューが多いからこんな店名になったみたい。お刺身とかは無さそうです。
 具材は和風なのにダシがトマトソースというのは、なんだかなあ・・の懸念があるけど、食べたらなんつーことはない鍋ものでした。ダシはほかに大根おろしを使ったもの、シンプルな塩味のものがあって、一人前約1500円。野菜類は、大阪はじめ、関西産を使ってるそうです。珍しく、土曜、休日も営業しています。


■北新地農園のHPはこちら・・・
http://r.gnavi.co.jp/k469200/

トマト鍋
トマト鍋 


おろし鍋
おろし鍋

読書と音楽の愉しみ


●佐藤輝彦著「本物を見極める」を読む

 ヴァイオリンに関わる本はかれこれ10冊くらい読んだけど、どれもおもしろい。ヴァイオリン自らメイクドラマの主役であり、使い手である人間が振り回されるってところが、外野席の読者には興味津々のお話になる。(当事者は、しばしば悲劇の主人公になるのもこの世界)


本書の著者は現在「日本弦楽器」というヴァイオリン専門の販売店の社長さん。だったら、子供時分から音楽環境に恵まれてヴァイオリンを愛し、それが高じてこの道に、と想像してしまうけど、ぜんぜん違うのですね、それが・・。
 大分県生まれ、県立工業高校を卒業して日産自動車の生産ラインで働き、すぐやめてトヨタ自動車のセールスマンに。これも成績さっぱりで辞め、以後、宝石のセールスや、喫茶店の雇われ店主やギャンブルの世界とかを転々、何をやっても長続きせず、バイトで稼いだわずかの金もパチンコですってんてん。アパートの家賃さえ払えない地べた暮らしの日々が続く。


20代の後半になって、たまたま広告で見つけたのがヴァイオリン販売店のセールスマン募集の広告。音楽や楽器に関してなんの素養もないのに「セールスマンの経験あります」だけで面接したら受かってしまった。これが運命の分かれめであります。これもすぐに退職かと思いきゃ、そこそこ実績をつくり、社長さんに信用される。
 やれやれ、これでやっと生活安定とホッとしていたら、その会社がつぶれてしまった。あちゃちゃ・・・。


この続きを書くとキリがないので打ち止めです。とにかく、夢も希望もない、その日暮らしの青年がヴァイオリンに出会ったことで、人生がぐわらりと変わってしまった。こんなの、ピアノやトランペットやギターでは起こらないのではないでせうか。ほんと、ヴァイオリンは魔物です。 以後、二十数年を経て、ヴァイオリンの鑑定、売買ビジネスにおいては国内一級の業者になりました。もちろん、成功に至るまでには数々のドジやピンチも経験するのですが。


ヴァイオリンの名器といえば誰でも知っているブランドがストラディヴァリウス。これと同じレベルのものがグアルネリとアマティ。すべて制作した人の名前です。三つ合わせて世界で700本くらいが残ってるそうです。その中で、現在、世界で最高の価格がつけられているのは、ストラディヴァリウスの某で12億円。これらの名器と呼ばれるヴァイオリンはおおむね5千万円以上で取引されます。(他のブランドでも高価なものがある)


何億という高価なヴァイオリンでも、所有者(演奏者)が変わるとメンテナンスが必要です。状態によってはバラバラにして修理、組み立てます。接着剤が「ニカワ」という牛の骨からつくったものを使うと何回でも解体、組み立てができます。ニカワを覚えてる人は少数かもしれませんね。製作後300年以上たったヴァイオリンが今も朗々たる響きを奏でられるのは何十回もの修理を経ているからで、この先の300年も使えます。法隆寺や薬師寺の堂塔が千年以上たっても健在なのは修理をしっかりしているからで、木材は上手に使えば半永久的な寿命を保つことができます。


しかし、どうにも不思議なのは、これだけ科学技術が進歩した現代に、300年昔のヴァイオリンをしのぐ良い音の出るものが作れないことです。木の板を張り合わせたハコにすぎないのに、なんで現代のハイテクが負けるのか。材料と手間賃に100万円もかければ「名器」が出来そうな気がするのですが、出来たためしがない。技術や金だけではないナニモノカが小さなハコに宿ってる。やっぱり「魔物」です。(2011年9月 ヤマハミュージックメディア発行)


ストラディヴァリウス(本書から)
ストラド 


本物を見極める 

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●山本博文著「忠臣蔵の決算書」を読む

 武士の暮らしは「忠」や「義」といったメンタルな面が主で、エコノミー(経済)にはさしたる関心をもたないのが普通です。その忠と義のドラマの典型である「忠臣蔵」をゼニ勘定でとらえたのがこの本。別に皮肉やイヤミで「金と忠義」をテーマにしたわけではなく、クソまじめに、討ち入りを支えた経済的裏付けを研究したものです。


はじめに、討ち入りの決算報告書から述べると、総費用は8400万円になります。当時の金で約700両、一両を12万円としての計算です。う~ん、そんなもんかなあと、駄目男は納得出来る金額でありますが、高すぎる、いや、安いもんや・・いろいろ見方があるでせう。


どうしてこんなにリアルな金額が算出できたのか。それは主人公の大石内蔵助がマメに帳簿をつけていたからです。忠臣蔵といえば、主君の仇討ちという忠義の思想から生まれる人間ドラマばかり取り上げられるのですが、義士といえど普通の生活人でもあるから、衣食住にお金がかかります。それが47名もいるのだから、経理担当の大石内蔵助は銭勘定の面でも苦労が絶えませんでした。


大石が丹念に書き付けていた帳簿は「金銀請払帳」です。これがきちんと残っていた。元禄14年(1701)3月に主君、浅野内匠頭が殿中松の廊下で刃傷沙汰を起こし切腹。幕府は赤穂藩取りつぶしを決めます。赤穂藩を会社に例えるなら倒産です。重役から平社員まで全員解雇。強力なコネのある人は他の藩に仕官できますが、大方は失業者になりました。しかし、ここで救いになったのは、赤穂藩がひどい貧乏藩ではなかったことです。領地は小さく、藩士も少ないのに、塩田の経営などで、そこそこ潤っていました。


家老であった大石内蔵助は藩にあった金をかき集めてみんなに退職慰労金として配ります。刃傷事件は3月でしたが、6月には残務整理も大方落着して、各種支払いのあとの残金が700両となりました。これが「討ち入りプロジェクト」の資金となり、この時点から帳簿付けが始まります。帳簿付けといっても当然「収入の部」はありません。全部支出です。その支払い相手は討ち入り参加予定者だけど、これがなかなか決まらない。忠義のタテマエから言うと、主君に近い幹部、会社でいえば重役、部長クラスがメインになるはずなのに、実際の義士は課長や係長クラス、平社員が中心になりました。エグゼクティブほど忠誠心が薄いのでせうか。


著者は支払いの内訳を分類して,何に多くの費用がかかったか計算しています。222ページの文をコピーすると、こうなります。

討ち入りプロジェクトの費用内訳
■仏事費・・・・・・・1524万円
■御家再興工作費・・・・780万円
■江戸屋敷購入費・・・・840万円
■旅費・江戸逗留費・・2976万円
■会議・通信費・・・・・132万円
■生活補助費・・・・・1584万円
■討ち入り装備費・・・・144万円
■その他・・・・・・・・360万円

はじめの仏事費と御家再興工作費は討ち入り計画とは直接関係のない費用なので、実際には約6000万円が資金になりました。また、江戸屋敷購入費は、アジト用に買った物件が、幕府の公共工事予定地とかち合ってしまい、使えなくなって840万円がパーになっています。


帳簿によると、出費のほとんどは大石が家来に直接手渡しており、すべて領収書をとっています。武士とは思えないこまめさです。「討ち入装備費」では衣装や帷子、槍や長刀、木戸を打ち破るための木製ハンマーの値段までいちいち書いてある。
 さらに感心するのは、帳簿の締め切りを討ち入りの二日前とし、義士全員に借家の家賃や掛け買いの精算を済ませるよう命じていることです。町民に借金を残しては折角の大義がすたると考えたのでせう。


討ち入りは元禄15年12月14日に行われた。刃傷沙汰から1年9ヶ月も経っており、当時は遅すぎたという批判が多かった。外野席だけではなく、義士の間でも遅い、もっと早く実施すべきという意見が多かった。途中で怖じ気づいたり、シラけて脱退した者もいる。大石内蔵助は家来の突き上げや批判に悩み、一方で資金はずんずん減っていく。この 「人事と金」の案配を計りながら決定したのが12月14日という日程だと言えます。帳簿締め切り時点では資金が底をつき、大石個人の財布から払うような場面もあった。


討ち入りをもってプロジェクトは終了し、義士たちは江戸在各藩にお預けの身となった上、翌年の2月4日、幕府の命により切腹します。
 以上が忠臣蔵の決算物語でありますが、歌舞伎や文楽で忠臣蔵に親しむと、ドキュメントとフィクションが頭のなかでごっちゃになってしまいます。萱野三平(ドキュメント)と早野勘平(フィクション)を「仕分け」しながら読まねばなりません。また,大石の京都での遊興費用なんて出費があると、つい「祇園一力茶屋の場」の場面を想像してしまいますが、これは芝居での場面です。芝居しか知らない人は、遊女「お軽」の身請け代に何両使ったの?と気になったりして・・。


もうトコトン解説され尽くしたと思える忠臣蔵でありますが、こんなウラ話もなかなか興味深い。著者は現在、東京大学大学院情報学教授です。(2012年11月 新潮社発行)


金銀請払帳
忠臣蔵 


忠臣蔵 

プチ・ケチの研究


●定番酒肴になった「プア・サラダ」

 ワタミとかの酒場で付だしに出るキャベツのサラダ、家でつくる場合のレシピは、キャベツ+オリーブオイル+塩昆布で定着しました。キャベツの甘みと塩昆布の塩味が引き立てあって美味しく食べられます。この組み合わせが肝心で、ドレッシングなんか使うとキャベツの甘みが消えてしまいます。キャベツを細かく刻みすぎても味が分からなくなります。葉先より芯に近い固いところをガシガシ食べるほうが美味しい。

塩昆布は、30g入り98円(イオンブランド)で5回くらい使える。酒は、日本酒にも合うけど、どちらかといえばビール向き。見た目はプアでありますが、栄養的にはスグレモノでは、と思います。


プアサラダ 

プアサラダ 

読書と音楽の愉しみ


●三浦しをん著「舟を編む」を読む

 待てば海路の日和あり・・いえ、待っていたわけではないけれど、運良くTさんから回覧あり、タダ読みできる幸運に恵まれました。感謝。
 今は難しい言葉の意味や文字遣いもネットで簡単に調べられ、また電子辞書なる便利なツールもあるけれど、それらのソースはすべて分厚い紙の辞書であります。本書はその紙の辞書の企画から完成までのプロセスを描いた苦難物語です。著者自身が「辞書って、どないして作るん?」と大いに興味をもったことが本作品の執筆動機になったのではと、駄目男は勝手に想像するのであります。


あの膨大な言葉の収集、解釈、用例、レイアウトなど、どのようにして構築していくのか。辞書専門編集員の仕事は今でもアナログ=鉛筆と紙が主役で、この仕事をこなすためには編集者の記憶力と言葉に対する高度な感受性、広義には文学的センスが求められます。加えて、いかに低コストで見栄え良くつくるかというビジネスライクな感覚も必要です。ま、興味津々の世界でありますが、駄目男には200%不向きな仕事です。


ストーリーは、馬締光也(まじめみつや)という風采の上がらない、話し下手な男が主人公で、彼が出版社の営業部から辞書編集部に配置換えになるところから「大渡海」という大部の辞書が完成する十数年間が描かれます。テーマ自体がえらく地味なので、アクションシーンやドラマティックな恋愛シーンは全然ないけれど、そこをなんとか読者を引きつけておくにはどうしたらよいか、著者、三浦しをんのワザの見せ所です。駄目男は、地味でかび臭い話を深刻に描かず、ライトノベルに仕立てたところが好評を得た理由だと思っています。しかし、シリアスなテーマを軽薄に描いた、と低評価する人もいるはず。


物語のラスト近く、編集責任者が【血潮・血汐】という単語が漏れていることに気づき、真っ青になって編集関係者を非常招集、バイトも含めて数十人が,他にも見落としがあるのではという恐怖にかられながら、全編を再チェックする場面があります。何重ものチェックをしていても人間のやることに完璧はなく、100点満点の仕事はできない。しかし、99点で満足するような人間に辞書の編集をする資格はない。単語を一つ掲載忘れしても人命に関わることではないけれど、編集発行者にとっては「死ぬほど辛い」屈辱的経験になる。いや、辞書に限らず、世に有るあらゆるモノが無名人間の地味な苦労や汗から生まれたのだと、たまには感謝するべきでありませう。


本書が2012年度の「本屋大賞」に選ばれたことは納得できます。しかし、これを映画化して13年4月公開予定とか。え?だいじょーぶかい、と心配になりますが、むろん,勝算あっての映画化でせう。ただ、本書を読んだ人の大半が映画館へ足を運ぶということはあり得そうなので、収支トントンくらいはいくかもしれませんね。主演は松田龍平、宮崎あおい、ほか。最後に、三浦しをんって、てっきり男性だと思っていたら、女性でした。1976年生まれ、36歳。(2011年9月 光文社発行)


■「舟を編む」映画の予告編(松竹配給)
http://fune-amu.com/


三浦 


三浦しをん