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ア・ラ・カルト



●山並みくっきり・・・若草山の眺望

 おつきあいで若草山へ。桜が散って、一気に緑へ衣替えの季節。花見とGWのはざまの土曜日だったせいか、奈良は観光客が少なくて拍子抜けするくらいの閑散ぶりでした。 山頂からの眺めがこんなにクリアなのは初体験。写真の山は、金剛、葛城山系ですが、その後ろに紀泉山脈もくっきり見えています。南は高野山からさらに遠く大峰のスカイライン、北は北摂山系から比叡山、比良の稜線まできれいに見えました。標高340mを侮ってはイケマセン。春は黄砂で視界が悪い日が多い中、ラッキーでした。


おすすめのコースは、近鉄・JR奈良駅~猿沢池~大乗院庭園~高畑・志賀直哉旧邸~ささやきの小径~春日大社~若草山~同山頂~春日山原生林遊歩道~春日大社~奈良駅。距離8~9キロ。標高差は約220mあります。若草山は入山料150円が必要です。


若草山
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たまには外メシ


●姐さんたちのふらめんこ

 昨年の5月、帝塚山音楽祭を見物したさいに見たのが地元のフラメンコ教室の生徒さんのダンス。そのオーナーがミナミでレストランも経営、フラメンコのライブをやってると分かったので出かけました。


世界中のゲージツ、ゲイノウ、なんでもコピーして、それなりのレベルに達すること、日本人の得意技でありますが、いや、ほんまに器用やなあと感心するばかりです。クラシック・バレー、社交ダンスからハワイのフラダンス、スペインのフラメンコまで、ちゃんとプロがいて、中には国際的に評価されるダンサーまでいる。こんなの日本だけでせう。さらにエスカレートして「タカラヅカ」なんて、世界中オンリーワンのショーまで創造してしまった。


ドイツ人のフラダンスチームとか、中国人のフラメンコダンサーなんて聞いたことないです。イギリス人が歌舞伎を演じたという話も聞いたことないけど、日本人の劇団がイギリスでシェイクスピア劇を演じることってありますよね。(ないか?)少なくとも、日本ではフツーに公演されている。
 賛否はともかく、ゲージツ、ゲイノウ分野のグローバル化では、日本が断トツでトップでせう。国境や民族の壁なんか、あって無きがごとし。


・・と、前置きが長くなりましたが、大阪で一軒しかないというライブハウスでのフラメンコ、ここまで出来るのかと、見応え、聴き応え十分でした。ジイサン、バアサンは元気もらえますよ。もっと人気が出て良さそうに思うけど、本業が教室の経営で、ライブはあまりチカラを入れてないのか、単に宣伝がヘタなのか。とにかく楽しいことは請け合いです。予算は、酒・料理・チャージ合わせて5000円~くらい。(4月22日)


■ぐるなび「タブラオ・ミ・ヴィダ
http://r.gnavi.co.jp/k400800/


オードブルセット
フラメンコ 


フラメンコ

■昨年の帝塚山音楽祭のステージ写真
フラメンコ  

ア・ラ・カルト


●さくらの向こうに雪の山・・日帰り花見に勝山へ

 京阪神近郊では見られない、この風景を求めて昨年は福井県大野の町へ出かけました。今年は大野の北に隣接する、九頭竜川沿いに開けた勝山市を訪ね、今期最後の花見を楽しみました。町じゅう「のどか~~」感に満ちていて、都会の喧噪を忘れさせてくれる町です。


■一人で楽しむのはもったいない
 旅行やハイキングの好きな人が下の写真をご覧になれば、この風景って十分観光価値があるのでは、と思うかも知れない。雪山と桜の取り合わせは魅力的です。大阪から3時間のところなのに、なんかもっと遠くへ来たような気になります。しかし、観光地として人気がなく、お花見をしているのは地元の人だけ。嗚呼もったいない、宝の持ち腐れ。誰か「桜と雪山風景」で売り出さないかな・・と風景を語るにも貧乏性が出てしまうのでありました。


■借景の主役は「大日岳(越前兜)」
 九頭竜川の土手に咲く桜の背後の山は越前兜(1320m)です。伊吹山(1377m)とほぼ同じ高さですが、残雪が多くて絵になります。ほかに、日本百名山の荒島岳(1523m)や経ケ岳(1625m)、法恩寺山(1357m)などが町を囲んでいます。これらの山の雪解け水を集めて流れるのが九頭竜川。今の季節は水量豊富で大河の趣があります。

九頭竜川の右岸に桜並木がある
勝山 

雪山を背景にした桜並木
勝山 

経ヶ岳
勝山 

荒島岳
勝山 

勝山城からの眺め。右手が越前大仏殿
勝山 

勝山城。高さ57,8mで日本一高い。
勝山 

勝山より三つ手前の保田駅からは、白山の主峰が見える。
勝山 


■遅い・高い・懐かしい・・えちぜん鉄道
 JR福井駅前から勝山まで1時間弱、後半は九頭竜川に沿ったのどかな田舎風景のなかを走ります。片道750円ナリ。1両の運転で、往復とも乗客は数人。これじゃ高くつくのはしゃーないか、と妙に納得してしまいました。
 きっぷは全て手売り、はさみでチョキする昔のまんまのスタイル。但し、紙厚は薄い。ワンマン運転で、別に車掌さんの役目をする「アテンダント」と称する若い女性が乗っていて、車内できっぷを売ります。老人が多いので、乗下車のときは介助役になります。車内できっぷを買うと、おお、料金は手書きです。こ、こんな電車があったのかと、ミニ感激です。

勝山駅待合室 まだストーブが置いてある。
勝山


■郷土の偉人、今やお荷物の難儀
 多田清という名前を憶えている人は、もう少ないでせう。大阪で「相互タクシー」を起業し、一世風靡、稼ぎまくって大金満家になった。その多田氏の故郷が勝山市で・・ほら、だんだん記憶が戻ってきた? そう、あの「越前大仏」をつくった人です。大仏像も大仏殿も奈良のそれより大きくして日本一を名乗った。1987年、賑々しくオープン、参拝客殺到・・のはずが、大伽藍はガラ~ン。シャレ言うてる場合やおまへんで。さっぱり人気がなかったのは、拝観料が3000円というトンデモ料金だったせいもあるけど、露骨な功名心やがめつさに、みんなそっぽを向いたからではないか。


予想外の不人気に、拝観料を3000円から2500円、1000円、500円とバナナのたたき売りみたいに値下げしたが効果はなく、しかし維持費はかさむで、とうとう税金も払えなくなり、市の管理物件になった。売りに出したが、買い手現れず、いまや難儀なお荷物であります。営業はしているが、いずれ閉鎖、ヘタすれば巨大な廃墟になりかねない。
 財力の肥大に教養が追いつかなかった? 典型例かも知れないが、経営者としては社員の厚生福利に力を注ぐなど、まっとうな努力をし、成果も挙げた人だけに、この暗転は惜しまれる。(今回、大仏殿見物は時間不足でパス、近くの、やはり多田氏が建てた勝山城のみ見物しました)
 
 コース・・福井駅~勝山駅~九頭竜川河岸桜並木(弁天桜)~勝山城~白山神社(平泉寺)~勝山駅~保田駅~福井駅

越前大仏についての情報はこちらから・・
http://b-spot.iza.ne.jp/blog/entry/427749/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%8A%E5%89%8D%E5%A4%A7%E4%BB%8F

★京快道

●歩きませんか、京都まで・・「京快道」てくてくガイド発行

 久しぶりに快道メーカーの出番です。京快道は1998年に発行した「さざなみ快道」(廃版)をベースにしたショート版です。大阪中之島ロイヤルホテル前から京都出町柳まで66キロを案内します。なが~い散歩道なので、スーパープロムナードとカッコつけてます。
 さざなみ快道との主な違いは、旧東海道の宿場であった、守口、枚方、淀、伏見のうち、守口と淀の町歩きコースを加えたことで、四宿場すべてを通過します。東海道が五十七次だったことを知らない人には、ちょっぴり新鮮な情報かもしれません。あと、伏見稲荷のお山巡りコースなど、細部でちょこちょこ変更しています。歴史街道とちがい、筆者の好みでカンタンにチェンジできるのが自家製「快道」のいいところ、いや、ええ加減なところです。


標準日程は6日間。一日の行程は7,5~13キロ。のんびり歩けます。終点の出町柳は「鯖街道」の起点です。元気人は若狭小浜を目指して下さい。

今回は、面白半分に「京快道八景」なるものをつくってみました。

●快道メーカーが勝手につくった『京快道八景』
 京快道66キロのコースで出会う風景の中から、これは地域のキャラクターになりそうと思う場面を選んで「八景」を名乗ってみました。コース地図の原稿を描いたあとで思いついたので、ガイド本文には説明がなく、写真のみ添付しています。名前に似合う写真がなくて、古いのを使ったり、間に合わせで撮影したりで、お粗末なものですが、とりあえずアップしておきます。風景写真が趣味の人には興味のもてるテーマではないかと、勝手に思っています。


■第一景 中之島のアーバンシーン
八景


■第二景 淀川の大観
八景  


■第三景 東海道五十六次 枚方宿の町並み
八景


■第四景 三川合流 背割り堤の桜並木
八景


■第五景 伏見の濠川と酒蔵街
八景


■第六景 御陵の森の深緑道
八景


■第七景 稲荷山の千本鳥居道
八景


■第八景 祇園花街と白川の清流
京快道 八景



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●頒布をご希望の方には・・・
B4サイズ・白黒コピー(表紙とも全8枚)でお分けします。原図は2,5万地形図を使っています(国土地理院承認済み) 代金は送料とも600円(後払い)

●お問い合わせ・ご注文は・・・

kai545@violin.ocn.ne.jp

電話・ファクス 06-6692-1340 小西 へお願いします。 
  

第4日目・京阪橋本駅~巨椋橋の地図です。(地図はB4サイズ)
削除不可・京快道地図 
 

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読書と音楽の愉しみ


●大フィル4月定期演奏会から

尾高忠明の『ブル7』

 ひと月の間にブルックナーを2度も聴けるのは僥倖であります。先月31日の大植英次の『ブル8』に続いて定期演奏会でのブル7です。考えてみれば、曲をよく知っていると言う点では、ブル8より、この7番や4番のほうが上かも知れない。『運命』や『新世界』と同じように全楽章の主旋律をほぼ憶えているので とても親しみやすい。


何と言っても、第二楽章が惚れ惚れします。自分の知っている全交響曲の中で、最も魅力的な第二楽章はこれ。崇高にして荘重、そして、哀感に満ちた旋律は弦のユニゾンで何度も繰り返されるが、永遠に繰り返し聴きたいくらいであります。ブル8の展開部のような、ハラハラする危うさもなく、イメージをばっちり、自信満々で書き込んだ、という感じ。


しかし、作曲当時はイチャモンをつける輩がたくさんいた。細部にわたって、ああせい、こうせいと言い、それをキッパリ拒否できずにオタマジャクシをいじってしまった。この、ゲージツ家にあるまじき自信と信念の欠如は、悪口言われても仕方ない。プログラムには表記がなかったけど、今回は「ハース版」で演奏されたはずで、ほかに「ノヴァーク版」もあり、アカの他人が手を加えて微妙に異なる楽譜があること自体、ファンをいらだたせる。(両版とも改訂した人の名前で呼ぶ)


楽想の壮大さと圧倒的ボリュウムのド迫力サウンドで聴衆を魅了する、素晴らしい曲のつくり手が、どうしょうもない小心でいじけた精神の持ち主だった。その乖離の大きさを「どないなってまんねん」といぶかってこそブルックナーファンでありませう。

 若いころは「ええしのぼんぼん」という雰囲気を持っていた尾高忠明サンも還暦を過ぎて風格が増し、重鎮といわれるポジションを獲得した感じ。安易に名曲コンサートなんか引き受けない、セレブなイメージも変わらない。指揮台に楽譜はあったけど、開かずじまい。見たか、聴いたか、苔の生えた朝比奈オタクども・・大フィルを見事に鳴らした満足の笑みの裏を読めば、こんなところでせうか。これが「人生最後のブル7」になりませんやうに。


もう一つのプログラム、モーツアルトのピアノ協奏曲23番も大好きな曲なのでご機嫌でした。萩原麻未の柔らかいタッチがとても魅力的。アンコールのドビュッシー「月の光」もしんみり度100点の好演でした。(4月13日 ザ・シンフォニーホール)

ア・ラ・カルト


●平日なのに大混雑・・八幡市「背割堤桜並木」のモテぶり

 桜は満開だけど、あいにくの曇天。平日なら人出も少ないはずと思って出かけたら、なんと、京阪八幡市駅から現地まで行列が続いてるではありませんか。これじゃ休日と変わらない混雑風景です。
 いろいろワケありで、たいそうな宣伝を控えてきたのに、くちコミやリピーターの増加で増えたと思われます。幸い、敷地が広大で収容人数が大きいので「満員札止め」はありませんが、地元の市民しか来なかった十数年前にくらべたら、驚きの変身ぶりです。


大人気のほかに気づいたことが二つ。一つは、バーベキューやってる人が激減したこと。その理由は、駐車場がえらく遠くに変更されたことで、道具や材料の運搬が難儀になったためです。以前は桜並木の下の広場に駐車できたのに、それが桂川堤防のほうに変えられ、しかも1000円必要。手押し車がなければ運べないので、あきらめた人が多いと思われます。ただし、休日は客層が変わるので、こんなハンディを気にせず、盛大に煙をあげるグループもたくさんいるでしょう。


もう一つは、すごい人出なのに、かいもくゴミが見当たらないことです。ゴミ箱を廃止しただけなのに、紙くずやレジ袋が散乱、というおなじみの風景がなくなり、とても快適。一人一人がちょっと気を遣うだけで、こんなにクリーンな花見風景になる。「休日明けは、軽トラック10台分以上のゴミを運ばなければならず、市にとっては全く余計な出費」とボヤイていた市役所もホッとしているでせう。


石清水八幡宮は閑古鳥鳴く。
 背割堤大人気でワリを食ったのが男山山上の石清水八幡宮。以前、八幡市での行楽といえば石清水八幡宮参りが定番でしたが、いまや背割堤に客を奪われ、花見頃というのにケーブルカーはがら空きというありさまです。高齢化時代とあって、長い石段をてくてく登ろうという人もいなくなりました。
 うまいこと、いかんなあ・・観光協会も、思案すれど名案浮かばずの状態かもしれません。ケーブルカーで山上へ、八幡宮から竹藪道を歩いて松花堂へ、というコースとか、宣伝価値があると思うけど・・余計なお節介ですね。


平日とは思えない大混雑
背割り停

こんなにゴミのない花見風景、花見らしくない?
背割り停 


背割り堤 

読書と音楽の愉しみ


●人生最後の?「ブル8」 
       ~
大植英次ファイナルコンサート~

 人生最後の・・という言い方をすると、なんだか気ぜわしい。ちょっと早すぎるかも知れません。しかし、演奏のクオリティを考えれば、これで聴き納めかな、という気にもなりました。九年間、大阪フィルの音楽監督を務めた大植英次の最後の演奏会。曲は、ブルックナーの交響曲第八番、一曲のみ。何しろ90分もかかるシロモノだから、これだけで十分であります。


1970年代に、FM放送で初めてブルックナーの曲に出会い、こんな大層な曲、どんな作曲家がつくったんやろと、これまたご大層な本「ブルックナー 人と作品」を買った。本も恐ろしく堅苦しい内容であります。モーツアルトの伝記を読むより100倍は退屈する。なぜかと言えば、ブルックナーの人生そのものが退屈だからであります。偉大なアーティストで、彼くらい凡庸で退屈な(この場合、人生において大事件や波瀾万丈が皆無、という意味であります)人生を送った人物は珍しい。伝記作家がため息つくような、B級人生で生涯を終えた作曲家だった。


いや、ここでブルックナーの悪口書いてどないすんねん、であります。悪口は次の機会に書きませう。満を持して・・という感じで第一楽章スタート。席は2階の最前列。滅多に見られないハープ3台とワーグナーチューバ4本も揃ったフルサイズの編成で、低音部のまあるい響き、ハーモニーがまこと心地よい。心地よいけど、しかし、なんと危ういオーケストレーションであるか。オタマジャクシ一個の置き所を間違えたら、音楽がガラガラと崩れてしまいそうな、きわどい音づくり。この難儀な曲を大植英次はいつも通り暗譜で振ってるのだから、彼の頭のメモリーは何GBくらいあるのでせうね。駄目男なんか、三行の文章、1KBさえ覚えられないのに。


そして、改めて認める、休止符のかっこよさ。ナニ?休止符で感動するのか、と疑惑のマナコで見られても仕方ないが、本当であります。しかもブルさんの曲の休止符は、しばしばfff 最強音で止まる。そのときの余韻を演出できるホールが、1982年、この「ザ・シンフォニーホール」が出来るまで日本になかった。つまり、ブルックナーの曲をちゃんと演奏できるホールがなかったということであります。ナントカ市民会館みたいなホールでは、休止符の鑑賞なんか絶体できない。


昔、朝比奈隆の棒で、はじめてこの曲を聴いたときは大感動したのでありますが、幾星霜を経てオケのメンバーの大半が変わり、今回の大植英次の指揮では、ずいぶん音が洗練されたように聞こえました。切磋琢磨の成果でありませうが、なかには、あの泥臭いのも良かったなあと回想したファンもいたかもしれない。


満員の聴衆の拍手鳴り止まず、スタンディングオベーションが当然のように起こり、楽員がステージを去っても客は帰ろうとしない。やむなく指揮者だけが舞台へ・・。そう、朝比奈隆の晩年の演奏会のシーンが再現されたのでした。まあ、朝比奈長老と違うのは、客席まで下りてきて握手しまくったことですね。お客さんに若い人が多かったのも嬉しい。オジンには「人生最後の」でよかったのか。よかったのだ。これでいいのダ。
(3月31日 ザ・シンフォニーホール)
 


ロビーには、ファンなどから贈られた花束がたくさん
シンフォニーホール花束 

たなかよしゆきさんの古道紀行


 西国三十三観音巡礼といっても、マイカーやバスツアーでイージーに済ませる人が多いなか、歩きを基本にして、寒風に耐え、大汗かいて巡拝した、たなかよしゆきさんのユニークな巡礼記を掲載します。


収納場所はこちらです。
 
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-17.html


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●西国三十三箇所 デコボコある記
                    
 たなかよしゆき


 西国三十三箇所のすべてをようやく打ち終わりました。第一番を参拝したのが一九九六年でしたから、何と十六年間もかかってしまったことになります。なんでそんなにかかってしまったの、とおもわれるでしょうが、九九年六月に火災にあい、家財を焼失、水損(当然、集印帳も)意欲がそがれてしまい、放ったらかしにしてしまったからです。
 この二、三年、また気をとりなおして打ちはじめました。九九年六月までに三分の二は打ち終わってましたので、ぼちぼち残りを打ち続けていたら、ようやく結願となった次第です。日記なども焼失してしまったので、明確な全体の記録は残りませんが、印象に強く焼き付いている札所をほんの少し列記して結願の記録とします。


■第一番 那智山西岸渡寺
 さいわい、第一番の参拝記はわたしの『人生途中下車』のなかに記録が残っています。わたしの三十三箇所巡礼は古道を歩き、探索することを目的の一つとしています。参考図書は『山越えの古道(上)(中)(下)』(中庄谷直著・ナカニシヤ出版)など。那智山は一九九六年八月の夏の旅で訪ねています。小雲取大雲取越えで三泊四日の旅。この折り、集印帳を購入し、西国巡礼の発願をおもい立ちました。西岸渡寺宿坊尊勝院に泊めていただいたのですが、客はわたし一人。夕食は厨房にて賄い人の高木さんといっしょに熊野三山のはなしで盛り上がりながらいただきました。大盛りのカツ丼と沢庵。おいしかったなあ。


■第四番 槇尾山施福寺
 紀州から桧原越えの参拝。JR和歌山線笠田(かせだ)駅で下車。四郷川を遡行し、三国峠へ。参拝した日が十一月二十三日で、四郷の里ではにぎやかに串柿祭がおこなわれていました。はるばる山を越え、槇尾山へ。途中、農家の軒先の青空市にて、オバアチャン手作りの沢庵を一本買いました。この沢庵がぬかと塩だけで漬けたシンプルな沢庵。美味。こういう本物の沢庵がなかなか食べられません。


第三十三番 谷汲山華厳寺
 岐阜県の地図を眺めると、谷汲山は近鉄養老線の揖斐駅から割合と近い。ローカル線に乗ることはけっこう好きなので(自分では鉄ちゃんなどとはおもっていないのだが、あるひとに云わせると「十分、ノリ鉄やんか」とのこと。そうなんや。)
 揖斐駅からピストンすれば一日旅可能。それに近鉄のフリーパス乗車券を使えば安く上げられます。金を使わず(できるだけ)手と足と頭を使え、がわたしの人生のスローガン。よっしゃ、一丁やりまひょ。という訳で出かけました。弁当持参。一月の二日か三日でしたが、とても寒い一日。ふるえながら弁当を食べました。


■第三十二番 繖山観音正寺
 桑の実寺から観音寺城、観音正寺、石寺、石馬寺と自分なりのコースをつくり、決行。この繖山行も『人生途中下車』に記録が残っています。一九九六年十二月。観音寺城跡は杉の植林帯の山。その林床につめたい冬いちごの実がなっていて、たくさん食べた。


第二十九番 青葉山松尾寺
 JR敦賀から小浜線に乗りかえ、松尾寺下車。ここから松尾寺までピストンすることにしました。夏だったか、大汗をかいた記憶があります。松尾寺のご本尊は忿怒相の馬頭観音。恐ろしい仏さまでした。(次回へ続く)


■第二十八番 成相山成相寺
 北近畿タンゴ鉄道というローカル線に乗れるということで、いそいそと出かけました。天橋立駅で下車し、天橋立を観光し、砂嘴と呼ばれる松林を渡り対岸へ。この日は夜のあいだに積雪があり、成相寺の三重の塔が青空のなかにくっきりと屹立していました。美しかったなあ。風で雪煙がおこりました。松林で冬ぐみの実を食べました。
 帰り、和知で田舎暮らしをしている友人の家に一泊。”与作は木を伐る、女房は機を織る”の暮らしで、美しい田舎暮らしをしていて感動しました。


■第二番 紀三井寺
 わたしの『涙を一滴』という詩集の中に「涙をひとしずく」という詩が収められていますが、この詩は紀三井寺で書きました。紀三井寺の茶室で冷やしあめを飲みながら、紀の海を眺めていました。海が夏の太陽にきらきらきらと輝いていました。

 日々の暮らしでは行儀よくふるまうくせがついて
 悲しみも凍りついてしまっている
 かくれるように
 どこかの山川に涙をひとしずく
 こぼしたかったのかも知れない


■第三十五番 御嶽山清水寺
 JR福知山線相野駅からピストン。けっこう遠かった上に、御嶽山の頂上近くにあり、骨がおれました。しかし、その展望の素晴らしかったこと。すがすがしい風に吹かれて食べたサンドウイッチ(食パンにゴボ天をはさんだシンプルなもの)のおいしかったこと。境内にはピンクの九輪草が群れて咲いていました。


■第二十六番 法華山一乗寺
 わたしの西国巡礼は乱れ打ちなので、一乗寺が最後となりました。北条鉄道(加西市)の法華口駅からピストン。ガイドブックによると、一乗寺は法道仙人の開基で、山の形が蓮華のようにとりかこんでいるところから、一寺を建立したとあります。
 一乗寺近くまでやってきたとき、小さな手書きの看板が目につきました。法華山登山コース。ここから行ったほうが早いんとちゃうか、とこのコースにとりついたのですが、まさに蓮の花弁のふちを歩くようなアップダウン。おまけにヤブコギ。これには参ってしまいました。何とか古びたテープの目印にくらいつき、法華山頂に到着(二四三メートル)靴に穴はあくし、ズボンは破れ、汗びっしょり。ヨレヨレになって到着。低い山だからとなめたのが悪かったと反省しました。(なめたらアカン、なめたらアカンで、山は)食パンにちくわをはさんでペロリと食べてしまいました。でも、最後を飾るにふさわしい参拝だったかもと納得しています。(二〇一二年三月八日)


 これで終わりますが、終わってみると、わたしの巡礼の記憶は食べ物と深くかかわっていることに気がつきました。寺の佇まいは忘れても、食べ物の印象は強烈。死ぬまで忘れることはないでしょう。それもまた痛快なことではないでしょうか。(痛快ナノハ、ワタシダケカモ)


 四国八十八箇所巡拝は一九九五年~九六年にすませ、『お四国極楽旅日記』という私家版にまとめましたから、残るは秩父板東合わせて六十七箇所。江戸時代の庶民は西国四国秩父板東合わせて百八十八箇所巡拝が人生の一大イベントでしたから、わたしもそれを目指そうかという気が少ししています。秩父板東は遠くて、ちょっとひるむ気がしないでもありませんが、まア、ぼちぼちやりまひょ。           

プチ・ケチの研究


●純綿の毛布

 タイトルに反して「プチ・ゼータク」の話であります。特に過敏というわけではないけど、化繊のシーツや毛布で起きるパチパチパンチ、もとい、パチパチ静電気の不愉快さを味わっている方、自分だけではありますまい。しかし、シーツはともかく、今どき、もう純綿の毛布なんかないはずと諦めていたのに、なにげにネット検索してみると・・ちゃんとあるではありませんか。グヤジイ。


高価なので、逡巡1分。注文。届いた商品は、コットンのイメージからちょっとはみだしたシルキーな感触です。もっと早く探しておればよかったのにと、安さだけで化繊を選んでいたことをハンセーしたのであります。

シングルで5,980円+送料。日本製。洗濯機で洗濯可。


■販売は「クールゾン」 この頁の下のほうにあり。
http://item.rakuten.co.jp/coolzon/072-0022-00/


木綿毛布