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たまには外メシ


 
●懲りずに「利き酒会」参加・・成績ビリから二番目

 Tさんに誘われて、大阪府交野市の山野酒造での利き酒会に二度目の参加です。去年は零点でビリだったので、同じ恥はかくまいと出かけたのに、結果は1点。(4点が満点。プロの利き酒会は7点らしい)味覚や香りの感受性、記憶力、いずれも落第です。


4種類の酒、純米生原酒、大吟醸、吟醸、本醸造をききわけるのですが、最初に口にした純米生原酒を必死に覚えたおかげで、これだけが当たりでした。13名参加で満点は2名、うち一人は2年連続満点で、やはり感度とメモリーが優れてるのでせうね。しっかし、皆さん、よく飲むなあと感心しきり。


この日は「袋絞り」という作業が行われていて、名の通り機械を使わず、袋に入れた原酒を自然落下で濾過、やや濁った酒がガラスボトルにちびちび貯まるという、えらく素朴な作業工程です。(下の写真参考)大手のメーカーではこんな非効率なことしていないと思います。
 ひとくち飲ませてもらったら・・なんとも言葉にできない香りと味に、鈍感駄目男も感激しました。この作業場でしか味わえない、とれとれの酒の味といえます。純米とか生原酒とうたってる商品も、実際は、このあとあれこれ加工した商品ですから、これぞ本当に「一期一会」の酒です。
(2月28日)

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袋絞りの作業。大きなタンクからポトポトと滴る酒を18リットル瓶に貯めている。近所の人には売ってるみたいですが、値段は目玉飛び出す超高価。
利き酒会 


■大阪地酒会「新酒まつり」のご案内
山野酒造さんはじめ、大阪のメーカー11社が自慢の酒を持ち寄るパーティのご案内。会場は守口 ロイヤルパインズホテル。参加費8000円。
http://www.royalpines.co.jp/moriguchi/event_plan/event/02300.html


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●枚方・穂谷の重村酒造醸、廃業のうわさ・・ ・・
 

 まるで社長さん一人で切り盛りしてるかのような零細蔵元、重村酒造醸が廃業するかもしれないとのことです。あまりに小さい生産量ゆえ、市場を保つことができず、後継者もいないので廃業するかもしれないと・・。(ウワサですから、真偽不明です)地酒ファンは、はせ参じて仕入れておきませう。

 
■重村酒造醸の情報はこちら・・
http://www.jizake.com/jizake/2011/02/post-139.html

 

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読書と音楽の愉しみ


●名曲を小粋に縮小コピーすれば・・・

 ベートーベンの「9番」を除く交響曲を室内楽にアレンジした曲があって、いつかナマで聴いてみたいと思っていたところ、チャンス到来。ザ・ストリングスという神戸のグループが、7番と8番を演奏するというので、さっそく出かけました。場所は東梅田のキリスト教会の礼拝堂。
 メンバーは平均三十歳未満?の若手で、テンポのいい、溌剌とした演奏を聴かせてくれました。宣伝も行き届かない、こんなジミな演奏会に誰がくるの?と心配でしたが、約50人のコアなベートーベンファンが集まって、なんとかカッコがついたという感じです。


ベートーベンの交響曲を人気順(知名度順)に記すと、9-5-6-3-7になるかと思いますが、9と5は入れ代わるかもしれません。その次に推薦したいのが8番。9番と7番のあいだに挟まれて、全然目立たないが、何というか「カワユイ」曲であります。厳格、荘重、確たる意思・・そんな感じのするベーさんの交響曲の中にあって、全然気張らない、お茶漬けの味みたいな軽いシンフォニー。ゆえに、この曲がコンサートのメインになることはありません。


それをさらに軽く小さく、弦楽六重奏に編曲したら・・ほんと、コーヒータイムのBGMにしたいような、心地よい音楽になります。だからといって、ベートーベンの持ち味が損なわれるのではなく、メロディもリズムもしっかりベーさんの特色が生きてます。今回の演奏では、第一ヴァイオリンがやたら目立って、バランスが取れてなかったのがちょっと惜しかったけど、もしや奏者のレイアウトが最適ではなかったのかも知れません。
 ・・というわけで「ひと味違うベートーベン」の音世界があること、ちょっと宣伝させてもらいました。(2月25日)


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●SM緊縛ふう耐震補強ビル

 前記のコンサート会場の窓から見えたミョーなビル。あらためて道路から眺めると、鉄骨と鉄棒でがんじがらめの情けない姿です。煙突があるところをみると戦前の建築かもしれない。地震に耐えるにはこれしか方法がなかったのでせうが、築60年以上だったら、建て直したほうがよかったのではとお節介なこと考えてしまいます。玄関の看板を見たら「北税務署」とありました。SM緊縛または檻・・のようなビル。みっともなくて、案内パンフに写真載せたくないでせうねえ。

耐震補強ビル

読書と音楽の愉しみ


●月刊「文藝春秋」三月号から

「日本の自殺」再考 を読む ~グループ1984著~

 今から37年前、1975年に本誌に掲載された論文「日本の自殺」を、今号のトップ記事として再掲載した。 なんで?・・その内容が現在の日本の状況にそっくり当てはまるからである。37年前に発表された、日本の将来は暗い、ヘタすれば国家が内部崩壊を起こす恐れがある・・という警世の論であるが、じっさい、当時は石油ショックや公害の蔓延など、国家運営にとってマイナスのファクターが多かった。にもかかわらず、日本はそれらをなんとか乗り越えて、少なくとも経済的発展は遂げることができた。つまり、日本は崩壊(自殺)に向かっているというこの論文の中身のいくつかは「杞憂」であったと言ってもよい。


そして、37年後の今、同じ論文を読んでみれば、問題点が当時よりずっとリアリティを増し、このままじゃ日本は内部から崩壊を起こし、本当に国ごと自殺しかねない危険な状況に至りつつある・・と憂えざるを得ない。要旨はこんなものであります。


古代に栄えた国家、都市のほとんどは、外敵の襲撃で滅びる前に、権力者や国民自らの腐敗や堕落で自己崩壊を起こし、滅亡していた。その一番の例は古代ローマの繁栄と滅亡である。「パンとサーカス」の言葉で例えられるように、愚かな大衆と大衆の人気取りに腐心した無能な権力者が、お互い無い物ねだりを繰り返すうちに、にっちもさっちも行かなくなって・・現在の日本と重ね合わせてみれば、愚かな大衆と無能な権力者という図式は古代ローマと何ほども変わらない。


日本よりもっとリアルな「崩壊」例がギリシャの現状だ。放漫、怠惰、無能、腐敗・・の果ての姿を世界中にさらけ出している。ソクラテスやプラトンを生んだ超一流国のなれの果てが現在のギリシャだ。遠からず「EUのホームレス国家」に転落するか、又は、EUから脱退して「独自の貧乏国」として生きて行くか、どちらにしても地獄である。日本はあんなことに絶体ならないと断言できるだろうか。


日本の堕落の原因は何か。細かく挙げればきりがないけど、論文が発表された1975年の時点で指摘されてるのは、いわゆる「戦後民主主義教育」の悪しき成果や、差別はいけないと声高に叫ばれた「平等主義」過ぎたる人権意識による「無い物ねだり」 ようするに、権利のみ叫んで責任を負わない愚かな国民の蔓延が堕落の大きな要因になったという。そういえば、小学校の運動会で、一等、二等のランクをつけるのは差別だと言って廃止実践した教師や、みんな頑張ったのだからと、すべての子供にオール5や3の成績を通知簿に書いたバカ先生がいたことを思い出した。


とても長い論文なので、要約するのも苦労でありますが、1975年に比べて、愚かな大衆が激減したとはとても言えないし、権力者の無能ぶりについてはむしろ状況が悪くなっている。(当時は中曽根や竹下が総理の時代だった)
 加えて、当時は認識されていなかった「人口の減少」や「膨大な政府の負債額」「大地震」「原発事故」など、少々の知恵や努力では解決できない難問が山積している。なのに「国家存亡の危機」意識をもってる日本人は皆無である。みんな今日明日の暮らしのことしか頭にない。自分の利害には敏感だが、公益や国益の絡む問題には相変わらず鈍感である。テレビの愚劣なバラエティ番組見てヘラヘラ笑ってる間に一日が過ぎてゆく。テレビの有無を除けば、「パンとサーカス」で堕落した古代ローマの末期と同じである。そんな、思考力を放棄した、国家のお荷物にしかならない人間が増えて行けば、遠からず、日本まるごと自殺の道を歩むしかない。


日本の自殺 論文

ア・ラ・カルト


●飛行神社 ~二宮忠八資料館~を訪ねる

 京都府八幡市、男山の山麓に、この風変わりな神社があります。設立したのは、日本ではじめて飛行機の原理を研究、模型をつくって飛ばせた、二宮忠八さん(1866~1936)。科学者、エンジニアであり、神主でもあったというのがなんともユニークではありませんか。


静かな住宅街にある神社は、鳥居や拝殿があるのはセオリー通りですが、境内入り口に、まだ現役であるF4ファントム戦闘機のエンジンがドカと鎮座していて驚きます。紋章デザインはプロペラの形です。しかし、資料館は立派な建物でリッチ感十分、展示物はもちろん二宮氏の研究成果、業績を讃える資料が多いけど、いろんな人から寄贈された模型飛行機の数がすごい。おそらく一千機は下るまいと思われる、ヒコーキだらけの展示室です。


艱難辛苦の末、ようやく有人飛行機の開発にめどがつき、制作にかかるも、なにしろ個人のプロジェクトゆえ、もたついてしまい・・あのライト兄弟の初飛行成功によって「世界初」の名誉は成りませんでした。悔しさのあまり、せっかく作った機体を自分の手でぶっ壊してしまった、とは資料館のおねえさんの説明です。ただ、それで人生暗転のままに終わらず、ヒコーキ屋さん得意の「上昇志向」で、その後は十分報いられた余生を送ったそうです。


「飛行神社」を起こしたのも自らの発案で、飛行機研究で殉職した人や、飛行機事故で亡くなった人の冥福を祈り、むろん、事故無きを祈るのが縁起由来となっています。無事を祈る・・といえば、あの「はやぶさ」の無事帰還を神頼みするべく、岡山の「中和神社」に出かけたJAXAのリーダー、川口さんはこの神社の存在に気づかなかったのでせうか。ちょっと気になります。


■二宮忠八氏の履歴・業績
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%AE%AE%E5%BF%A0%E5%85%AB



飛行神社外観。鳥居はステンレス製。
飛行神社おわり 

拝殿
飛行

縁起・由来   祭神の一つに「薬祖神」とあるのは、
大日本製薬に勤務し、十分業績を挙げたことに由来するらしい。
飛行  

展示物の一つ、零式戦闘機の機種部分。戦後、大阪湾の海底から
引き揚げられた。 墜落の衝撃でプロペラが曲がっている。
飛行 

最初に考案した「鴉型飛行器」
カラスの飛行を観察して考案したもの。(絵はがきをコピー)
飛行神社 

読書と音楽の愉しみ


●大植英次、ファイナルコンサートは「ブル8」に決定

 公演日が迫ってくるのに、肝心のダシモノが決まらなくて、最後はリスナーにアンケート用紙を配って希望曲を募ったファイナルコンサート。その結果が17日の定期演奏会の会場に張り出されていて、曲目はブルックナーの交響曲第8番に決定したと。指揮者本人と事務局、オケのメンバーも交えてあれこれ議論し、最後は大植氏の判断で決まったそうであります。


自分もアンケート用紙を送りましたが、希望曲は「ブル8又はブル5、もしくはマーラーの2番」と3曲を書きました。一体、何通のアンケートがきたのか知らないけど、この自分のリクエストはきわめて平均的で、他には「英雄の生涯」などもあったらしいが、まあ、大フィルリスナーの平均的嗜好が表れていると思います。自分のような、朝比奈隆に洗脳されたオールドファン、未だ健在なり、ですか。当日(3月31日)はブルックナーにうるさい面々がドドと押し寄せることでありませう。大植さん、たのんまっせ。(公演名は「スペシャル コンサート」に変更された)


ところで、17日の演奏会は、大フィル音楽監督としての大植英次、最後の棒ふり。補助席もでる人気公演となりました。メインは、ストラビンスキーの「春の祭典」この曲をナマで聴くのは3回目か4回目で、有名な割には公演が少ない。駄目男がこの曲に出会ったのは、もう50年以上昔、ディズニーのアニメ映画「ファンタジア」でした。ふる~~。この「春の祭典」とか「魔法使いの弟子」楽しかったですねえ。このマンガに触発されてクラシック音楽ファンになった人、ン万人もいると思いますが、むろん、自分もその一人です。映画の完成は1940年(昭和15年)というから、まだ戦争がはじまってなかった・・。そんな時代に、カラー、ステレオサウンドで制作したのだから、ディズニーはえらい。


今でこそ、この曲も「クラシック音楽」になっていますが、あまりに斬新、大胆な表現ゆえに、1913年、パリ・シャンゼリゼ劇場での初演では、むかっ腹たてた聴衆が「ゴラア、これのどこが音楽やねん、ただの騒音やろが。んなもん、アホくそうて聴いてられるか、っちゅうねん。ゼニ返せ」とパリジャンが大騒ぎ、客どうしがどつきあいまでしたそうですよ。よって、この「春の祭典」初演は、クラシック音楽史上、最もスキャンダラスな演奏会というレッテルを貼られています。かわいそ。時代は移って・・どついたろか、このがきゃ~、なんて客は一人もいないのでありました。


もっとも、今でも、ハラハラしながら聴く、というスリルはあって、B級オケには手に負えない難儀なダシモノでありますが、当夜は難なくこなして拍手喝采でありました。大植さん、9年間、ご苦労さまでした。
(2月17日 ザ・シンフォニーホール)


■ファンタジアから「魔法使いの弟子」動画 約9分
http://www.youtube.com/watch?v=6Z5z54ZIlbg

Theme: クラシック | Genre: 音楽

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●佐伯啓思著「反・幸福論」を読む

 幸福論というのは、中身がピュアであるほど哲学的迷宮に入り込んでしまい、凡人には「で、何の話やねん」な読後感になってしまう。本書も西行やトルストイやカントなんかを引き合いに出す章は、正直いって、駄目男の理解力、表現力では、感想文を書くのが難儀 であります。


そこで、一番わかりやすい?、第3章「無縁社会で何が悪い」をご紹介。 無縁社会と言う言葉は、一昨年のNHKのドキュメント番組のタイトルに使われ、世に知られるようになったそうです。
 一方、昨年の大震災のあと、なにやら「絆」とか「コミュニティ」という言葉がはびこり、かの大災害を機に、家族の絆や地域のコミュニティの大切さを再認識した云々という話が多くなりました。これに対して著者は「ちょい待て、それはおかしいのとちゃうか。絆やコミュニティっちゅうのは、要するに「血縁」「地縁」のことやろ? これらは戦後の民主主義思想のなかで最も嫌われ、疎まれてきた人間関係や。個人の自由を最大限に尊重したい人間には、さっさと捨てたいもんやった。それがなんやねん、今頃になって絆やコミュニティが大事やなんて。なんで、血縁、地縁が大事やと言わへんねん。よう言わんのか」


いつか紹介した本「ソクラテスの弁明」~大阪弁版~やないけど、難しい言い回しを書くときは、大阪弁が便利でおます。たしかに、中身は同じなのに、人は血縁、地縁が大事とは言わない。もしや「絆」と言うときは、自分の家族限定で田舎の親戚のことなんか知らんもんね、かもしれないし、コミュニティとは仲のよいお友達、近所の人限定かもしれない。「縁」が運命的なつながりであるのに対し、絆やコミュニティには、言う人のエゴ、ご都合主義があるのではないか。・・にしても、本質は同じだ。


かように、血縁や地縁は、戦後の日本人には鬱陶しい人間関係と故郷の絡みであり、積極的に捨ててきたものであります。そして「個人の自由」を最優先にしてきた結果、無縁死、孤独死がどんどん増えた。当たり前のことであります。そんな死に方のどこがいけないのか。
 孤独死が大不幸というなら、逆に、自宅で家族に見守られて死ぬのが一番幸福な死に方なのか。そこに至るまでの家族の介護等の大苦労、大負担は不幸ではなかったのか。ま、これはケースバイケースでありますが。


「個人の自由」こそシアワセの元である、ということを最大限に追求した結果が孤独死だった・・。なんとも皮肉なことではあります。しかし、著者は、孤独死も家族に看取られての死も、さしたる幸、不幸の違いはないという。生命体の消滅、死=無 と考えれば、なにほどの差違もない。


戦争や飢饉が頻発した昔と違って、現代人は「自分はいつ、なんで死ぬのか」イメージしにくい。ということは、多種多様な「死ぬ原因」があることになり、かえって死生観を持ちにくい時代だという。だったら、原因がなんであれ、常に死を受け入れる覚悟が必要だ。(新潮新書 2012年1月発行)


本・反幸福論 

たまには外メシ


●バー「カンパネラ」のフードメニューが増えた

  連日の寒さで、ネオン街も人出が減ってるそうですが、北新地のカンパネラでは今月から開店時間を6時と早めにし、また、料理メニューを増やして夕食時間でも利用しやすくなりました。もともと料理好きなマスターなので、無茶せまい厨房で器用にこなしています。


この日はカキフライとミートドリアを賞味。自慢するだけあって美味しい。オジンはこれで十分おなかがふくれます。CORVOというイタリア、シチリア島のワインもなかなかの味でした。バッハの「ゴールドベルク変奏曲」を聴きながら、隣客とウダウダしゃべってると、時間の経つのを忘れて気がつけば11時前。無茶長い「外メシ」になってしまいました。
 店は、当ブログ「下戸の止まり木」で紹介しています。


カンパネラ 


カンパネラ 


カンパネラ7

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●映画「ピアノマニア」鑑賞

 一年ほど前、高木裕著「調律師 至高の音をつくる」という本を紹介したことがあります。その映画版がこれ。演奏会では裏方で聴衆の目にふれることのない調律師のすごい仕事ぶりを描いたドキュメント作品。
 しかし、こんなジミな映画、誰が見るねん・・という思いがあって、おそるおそる映画館(心斎橋・シネマート)へ行ったのですが、130人定員の小屋に40人くらいの入りで、平日としてはまずまず。なんせ、先日は十三で観客自分一人だけという異常な映画鑑賞体験をしたもんだから、不入りが気になるのであります。


登場する調律師は、スタインウエイ社のシュテファンというエンジニア。ピアニストは人気のランランやブレンデルという大物も登場するが、中心はフランス人のピエール・ロラン・エマール。ものすごく音に過敏で、一年後のバッハの「フーガの技法」録音に備えてのピアノ選びから微妙な調律まで、なんだかんだと注文をつけまくる。それに応えようと必死のパッチで努力するシュテファン。その技術と感性のデリカシーは想像を絶するが、コミュニケーションは結局のところ「言葉」でやりとりするしかない。


最高に美しい音色、響きを求めての格闘の日々・・・でありますが、そんなの関係ないよという人が99%の世間からみれば、もうほとんど狂気の沙汰といってもよいマニアぶりです。調律師の仕事って生涯「試行錯誤」の繰り返しみたいなもの。しかも、どんなに腕前を発揮しても、彼の名が演奏会のプログラムに載ったり、CDにスタッフとして記名されることもない。嗚呼空しい・・でも、彼がいなければ、演奏会そのものが成り立たないのだ。嗚呼誇らしい・・。どっちやねん。


自分くらいの低級音楽ファンが見ても十分楽しい映画ではありますが、音楽にぜんぜん興味のない人が見たら、あくび100回、死ぬほど退屈な映画であります。

左がシュテファン、右がエマール
ピアノマニア

ア・ラ・カルト


●東海道五十七次 守口宿ってご存じ?

 旧東海道は五十三次ではなく五十七次だった・・は、大阪の人なら半分以上知ってるかもしれないが、関東東海の皆さんはかいもく知らないでせうね。知らなくても何の不便もありませんけど。


その五十七次の宿場、守口宿の旧道を数年ぶりに歩いたら、あちゃ、旧街道沿いに30階以上のノッポマンションが建ってるではありませんか。それに、国道に面してあった大塩平八郎ゆかりのお屋敷が跡形も無くなっていて・・。歴史的風景が着々と消えつつあるのでした。いずれも民間、個人の所有物とあれば、売るな、壊すなとは言えなかったのでせうが、これじゃ、わずかに残る古い民家も早晩姿を消しそうな予感。


さりとて、こんなショボイ風景をわざわざ訪ねるのも大儀なので、拙著「さざなみ快道」(廃版)のコースをマイナーチェンジ、旧道を取り入れたらどうかナと思案中です。枚方宿と伏見宿はすでに案内しているので、この守口宿と淀宿、その中間のパートも部分的に取り込んでみようかと、旧道を同定しているところです。まあ、寒い時節のヒマつぶしですが。


下の写真は、京阪守口市駅前の旧東海道街道筋の風景。
町並みは「文禄堤」と呼ばれる淀川の堤防上にあった。
現在の淀川はこの数百メートル北側を流れている。 


守口 


守口宿 


守口

東海道から分離する奈良街道。起点はこの石段の先になる
守口 

プチ・ケチの研究


●草食みからサラダへ ~コールスローに一工夫~

 キャベツを丸ごとはおろか、半分でも持てあましてしまう向きには、コールスローは便利なサラダです。袋から皿へ移すだけでいいのだから。一袋を3~4回に分けて食べたら、1回分30円くらいで済む。しかし、これって、食べながら、なんか牛や羊が草を食む場面を想像してしまい、美味しくない。普通はタマネギの薄切りを加えて、ちょっと味覚を変えていますが「草食み」感覚は残ります。


なんか見栄えと食感を変えるモノはないかなあと探したところ、冷凍食品で「5種類の野菜ミックス」なるものを見つけました。これをチンして混ぜれば、見た目に草からサラダへ変えられます。見た目だけでなく、オクラや枝豆のせいで食感も変わり、草感覚から脱出、サラダへ昇格するのであります。(5種類の野菜とは、モロヘイヤ、オクラ、ささげまめ、ケール、枝豆)後はお好みのドレッシングをかけるだけ。しかし、これではプチ・ケチの研究ではなく、プチ・ゼータクの研究かもしれない。


200g入りで198円。原産国はタイ、(株)ノースイが輸入。


コールスロー=千切りキャベツでありますが、名前の由来は結構複雑で、誤訳や勘違いもあったそうです。以下、Wikiからの引用。

■コールスローの歴史
コールスローの歴史は長く、おそらくは古代ローマの時代から食べられてきたと考えられている。しかし近代的なコールスローの人気が高まったのは18世紀になり瓶詰めのマヨネーズが発明されてからであった。英語の「コールスロー (cole slaw)」という名前は18世紀ごろにオランダ語の "koolsalade" (キャベツサラダ) を短縮した「コールスラ (koolsla)」から生まれたものだが、1860年ごろまでのアメリカ合衆国とイギリスでは誤って "cold slaw"(冷たいスロー)と呼ばれており、ホットスローという温サラダが作られることもあった。しかし英語の "cole" には本来ラテン語から派生したキャベツの意味があり、これはまたオランダ語 kool の語源ともなっているが、その後 "cole" の意味が復活して英語でも coleslaw と呼ばれるようになった。いまではこの "slaw" の部分が独立してひとつの単語のように扱われることも多く、キャベツ以外の野菜を用いた「コール」スローでない別のスロー (ブロッコリースローなど) も知られている。

■引用元
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC


草からサラダへ昇格
コールスロー  


コールスロー

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●オペラ公演 ご案内

佐渡裕プロデュース「トスカ」~プッチーニ作曲~

■7月24日 火曜日 午後2時開演(全8日公演)
■会場 兵庫県立芸術文化センター
■料金 12000円(A席)
■あらすじ・・
http://www.and.or.tv/operaoperetta/10.htm

全3幕・イタリア語公演・日本語字幕付き 約3時間


■お申し込み・・2月15日まで。


トスカ ちらし

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●雑誌「旅」最終号

 生涯で一番長く愛読した雑誌は?という問いがあれば、一番がこの「旅」二番が外国映画雑誌「スクリーン」三番が「暮らしの手帖」だったかと。期間の長さだけでいえば、月刊「文藝春秋」ですが、最近は買わない月のほうが多いので、これはペケとします。


その、昔の愛読誌だった「旅」が今発売中の三月号でオシマイになります。読んだのは、高校生のときから十数年間でせうか。あのミステリーの傑作、松本清張の「点と線」が連載されてた時分からです。ふる~~。
 この作品は後日、単行本の古本で読みましたが、おかげで?時刻表オタクになり、今でも大判の時刻表ファンです。


当時、編集長は岡田喜秋という人で、一流の旅人、文章家でもあり、この人の紀行文やエッセイに魅せられて読者になった人が多かったと思います。昭和30年代は、泊まりがけの旅行はまだ「ハレ」の時代だったから、他人の紀行文を読んで旅への渇望を癒やしたのかもしれない。
 旅が趣味の一つなのに、未だにパックツアーや団体旅行の経験が一度も無いのも、この人の旅スタイルに感化されたせいか。(修学旅行や会社の慰安旅行は別です)
 この岡田さん、もうとっくに冥界へ旅立たれたと思いきゃ、御年85歳で著作活動もされてる由、立派なもんです(下のHPで紹介)


最終号の特集は「九州の小さな町へ」飫肥、筑豊、天草、熊本などの観光パンフにはない町の表情が美しいグラビアで紹介されている。旅心をそそる粋な編集です。本誌の発行はJTBから新潮社に変わっていますが、岡田さん時代の編集スタイルがほぼ踏襲されていて好感がもてます。


■もう一度企画してほしい「机上日本一周早回り」クイズ

 「旅」誌全盛のころ、交通公社か国鉄の主催でタイトルのようなクイズが企画され、評判になりました。時刻表ファンには最高の知恵の見せ場になるクイズです。問題は、時刻表掲載のダイヤを使って、東京を起終点に全国の都道府県県庁所在地駅を全部まわり、最も早く東京駅に戻るダイヤの設定です。新幹線が無い時代でしたから、在来線のみでのダイヤづくりで、まあ、相当に難儀なクイズでした。


駄目男も挑戦して、不眠不休(ホンマか?)で解答をつくり、応募しました。自信はあったけどアウトでした。東京駅へ戻る最後の路線、山手線の乗り換えでミスしてしまったのです。グヤジイ!
 新幹線が発達したいまは、うんとシンプルなダイヤになると思うでしょう。でも、落とし穴があって、たとえば滋賀県の県庁所在地駅「大津駅」は新幹線が利用できません。また、身近な関西でいえば、京都、大津、大阪、奈良、和歌山をどの順番で回れば最短時間になるか、これをシミレーションするだけでも相当時間がかかります。九州なんか、新幹線ができてもダイヤづくりの難しさはさほど変わらないと思いますよ。(利用は国鉄のみで、私鉄や地下鉄は使わないのが条件だった)


そもそも、東京から西回りで出発するか、東回りにするか、全く見当がつかないから両方を検証する必要があります。さらに、スタートは朝イチの特急にするか、夜行の特急ににのるか、これも簡単に判断できません。時刻表オタクにはたまらない高度なクイズです。
 紙上でのアナログゲームとして、閑人にはうってつけのヒマつぶしになります。時刻表も売れます。JRさん、企画してくれませんかね。


■岡田喜秋さんの紹介 (元NHKディレクターによる)
http://nagata-kozo.com/?p=4737



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