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読書と音楽の愉しみ


●田幸正邦著

「ジャズの起源はベートーベンにある」を読む

 いやまあ・・えらいこといわはりますなあ。当然、読まずにおくまいか。マユにツバしつつ読んだだけでなく、500円を投じて中古のCDまで買ってしまった。世間にはユニークな人がいてはります。


著者は琉球大学農学部の教授。よって、この説は趣味の世界の話なのですが、熱の入れようは大したもんで、本書以外にあちこちで披瀝しておられます。むろん、大のベートーベンファンで、特にピアノソナタ集は人生の糧、精神的支柱になるくらいの入れ込みようであります。


さて、ベートーベンの曲の何がジャズの根元になるのか。それは、ピアノソナタ第32番の第2楽章の一節であります。その部分の楽譜を本書に転載していますが、駄目音にはチンプンカンプンなので、CDを買ったというわけであります。
 32番はピアノソナタ最後の作品で、これを書いたときは、かの「第九」にも取りかかっていたというから、晩年の作品であります。第2楽章は17分くらいもかかる長い曲で、はじめの「アリエッタ」というパートが大変美しい。バッハの無伴奏パルティータの主題に似た、高貴にして哀感の漂うメロディ。それが、突然、ズンチャ、ズンチャとラグタイムふうのアップテンポの曲に変わる。これがジャズのはじまりだ、と著者は言うのであります。(この時点で、ベートーベンは殆ど音が聞こえなかった)


ふ~ん、これがジャズの源泉か。何度も繰り返して聴いたのでありますが、このようなフレーズは他の作品、他の作曲家の作品にもありそうで、際だってジャズっぽいとは思えない。ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん・・フガフガ。 著者にとっては強烈なインスピレーションを呼び起こしたパートでしたが、鈍感、駄目男にはイマイチぴんとこないのでありました。田幸センセ、すいませんです。


「大発見やあ~」の著者はこの楽章を「ジャズソナタ」と呼ぶことを提唱しておられます。ジャズの原点ここにあり、みんな聴いておくれやす、とPRに熱を入れています。で、ジャズピアニストに聴いてもらったら、と思うのですが、思うだけで、どーにもなりません。


著者は、このパートがどうしてジャズに変身出来たかも考察しています。それは、1800年代の前期、ヨーロッパにいた「クレオール」という、黒人と白人のあいだに生まれた、当時の被差別民の一部がこの曲をたまたま聴いてインスピレーションを得、アメリカにわたってアレンジしたのではないかと。(この辺の事情は人種差別問題が絡み、簡単に説明しにくい)最初に届いたのがニューオリンズ・・といえば、ハハーン、なるほど、とおわかりでせう。しかし、この話、ホンマかなあ。駄目男はなおも疑うのでありました。


ベートーベンがこの曲をつくって、誰かが持ち出し、アメリカでアレンジして「ジャズ」に生まれ変わるまで約100年。以後、現在に至るまで、また100年。 キース・ジャレットや小曾根 真のように、ジャズピアニストがバッハやモーツアルトの演奏でも名人芸を披露できるのは、ジャズの原点がクラシック音楽だから・・と、ここは、安直にカタをつけておきます。 (2002年7月 東京図書出版会発行)


ジャズ・ベートーベン

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プチ・ケチの研究


●ノンカップ麺「ミニシリーズ」試食

 以前、紹介したことのある、トーエー食品のノンカップ麺、その後、サイズを小さくした「ミニシリーズ」が出ていました。普通サイズはドンブリで食するところ、みそ汁椀で食べられるボリュウムになっています。一食約160キロカロリー。いろいろ考えはりますなあ。


主食にはいささか少なすぎるけど、年寄りには、昼飯なら、これと小さなご飯、または、冬なら小餅の1~2ヶあれば、まかなえます。普通サイズで塩分取りすぎが気になる人にも適量かもしれない。
 値段は、うどん、そば、各20袋、計40食ぶんで3100円ナリ(送料込み)プチ・ケチ研究としては、お得感イマイチですが、重宝さで納得しています。

■トーエー食品のHP
http://www.toe-noncup.com/01noncupmen/


ミニうどん、そば 


ミニ・・

プチ・ケチの研究


●千円で「がっちり買いまショウ」

 30~40日間隔で「スーパー玉出」へ買い物に行きます。コーヒー豆を買うためです。他の店より安いという理由で。ときに、あまり安くない場合もあります。
 そのとき、ほかの商品も含め、1000円とか1500円という予算額を決めて買うクセがあって、いかにピッタリに近い金額で買うか、クイズ感覚で品物を選びます。(こういう買い方は、なぜか、この店だけに適用)暗算に強い人なら、選びながら難なく計算できてしまうけど、計算オンチの駄目男はカンに頼るしかありません。


昔々、白黒テレビの時代「がっちり買いまショウ」という番組がありました。司会が、夢路いとし、喜味こいしの漫才コンビ、一般人をスタジオに招いて「3万円コース、5万円コース、7万円コース」とかに分け、満額に近い買い物を競うという、見ている者にも結構おもしろい番組でした。調べてみると、1963年(昭和38年)から1975年まで、12年間も続いた人気番組でした。


さて、今回はお目当てのコーヒー豆が500gで198円という激安価格だったのでホクホクです。気を良くして以下の商品も買いました。
みかん一袋1,1キロー228円、 食パン-88円、 
一口こんにゃくー98円  大根漬けものー98円
ちくわ4本入りー88円、 ラッキョウ130gー88円
じゃがいも一袋500gー88円


ジャ~ン、合計は?・・・974円! いいセンいきました。
これも「プチ・ケチ研究」の一環であります



スーパー玉出買い物1000円

読書と音楽の愉しみ


●親鸞聖人750回大遠忌記念

アストロリコ タンゴコンサート

 北御堂のオフイスへ前売りのチケットを買いに行くと、墨衣の坊さんが出てきて驚いた。坊さんとタンゴ、何の関係あるの? ・・な気分でしたが、コンサート当日、さらに驚く。演奏が始まるまえに「真宗宗歌」の合唱が・・・。


えらいとこに来てしもたな~~。
 つい10日ほど前に知恩院の「法然上人800回大遠忌」行事に参加したばかりなので、なんか身の置き所がないみたいで・・、つまり、この演奏会は真宗西本願寺派 津村別院仏教壮年会の主催行事なのでありました。なのに、単なる貸しホール事業と思い違いしていたのであります。チケットをよく見れば、ちゃんと書いてあるのに、ぜんぜん気がつきませんでした。カッコワル~。

 で、オール真宗信徒さんに囲まれ、一人浄土宗が混じってしまったのでありました。(演奏会を宣伝しなかった理由がわかった。宗派の身内の行事なのでした。それにしても、なんで西本願寺とアルゼンチンタンゴがコラボせなあかんねん!)


それはさておき、今回の演奏は10人編成、そのうちバンドネオンが4名ということに期待してチケットを買ったのでありますが、さすがにサウンドが分厚くなってカッコイイ。もう高いチケット買って舶来のバンド聞きにいくことないじゃん、と思ったくらいであります。

 リーダーの門奈さん(バンドネオン)、興が乗ると体を右に傾けるクセがあって、あれれ、誰かに似てるぞ、と思い巡らせるに、これや、と気づいたのが、佐伯祐三「郵便配達夫」のおじいさん。このモデルをもう少し上品にしたら、そっくりさんでございます。


佐伯祐三「郵便配達夫」
アストロリコ


常連にして真宗信徒のお客さんが多いせいか、曲はスタンダードナンバーより余りしらない曲の方が多かったけど、日本の戦前の歌謡曲「夜のプラットホーム」や「夢去りぬ」なんか、タンゴにアレンジして弾きこなすと、今でも商品価値十分の素敵な曲に生まれ変わっています。


アンコールの「ラ・クンパルシータ」は、メンバーそれぞれのソロを織り交ぜて、延々10分に及ぶかという熱演。それまでずっとポチポチと義理拍手しかしなかった、隣の60代と覚しきおばちゃん、この曲でにわかに身を乗り出し、演奏が終わると頭の上で拍手する熱狂ぶりにこちらがビックリ。おばちゃんには、百回の説教より有益な名曲の名演奏でした・・なんて、失礼であります。(10月21日 北御堂津村ホール)

■ラ・クンパルシータ 動画  アルフレッド ハウゼ楽団
http://www.youtube.com/watch?v=WayY9BeqxM0&feature=related

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●週刊金曜日編集「電通の正体」を読む

 週刊金曜日がこんな本を書くなんて、目くそ鼻くそを笑うのたぐいで、なんだかなあ、でありますが、それを言ってしまうと何も書けなくなるので、それはひとまず置いといて・・・。


電通・・年間売り上げ1兆3000億円、社員6000人(単独)。世界一の広告代理店である。2位の博報堂の2倍以上の売り上げを誇り、マスコミ業界を支配するくらいの影響力を持つ。しかし、業務上、一般国民との接触する機会がないため、電通がどんな仕事をしているか、知る人は少ない。
 この本は、そんな電通の正体を暴かんと企画されたが、ツッコミ不足というか、とても正体を暴いたなんて言えない中途半端な出来に終わっている。以下、伏魔殿的企業、電通のタチの悪さを本書から引用。


■サラ金広告、解禁のウラ事情
 新聞、テレビではサラ金の広告は扱わないと自主規制してきた。しかし、不景気で広告量全体が減り、電通もマスコミも売り上げが落ちて苦しくなった。その時点で電通がサラ金広告の解禁を持ちかけた。新聞社では、それでも反対する幹部が多かったが、電通の副社長が乗り込んで来て談判、反対する管理職を左遷させた。電通が新聞社の人事に露骨に介入した例である。新聞、テレビとも、一社が解禁すると、売り上げ欲しさで他社も次々サラ金の広告をはじめた。


世間は新聞やテレビでのサラ金広告を批判した。しかし、広告を画策した電通を批判する人は皆目いない。無知な人は、広告はサラ金会社がテレビ局に依頼するものだと勘違いしてる。CMもテレビ局が作ってると思い込んでいる。ひょっとしたら、あなたも?


■サラ金「武富士」スキャンダルでも恫喝
 武富士会長の電話盗聴事件が発覚したあと、電通では秘密にプロジェクトチームをつくり、武富士報道もみ消しに動いた。マスコミ各社の報道ぶりに合わせた対策を取る。武富士の会長は犯罪容疑者であるが、マスコミにとっては大のお得意様でもある。で、どうするか。この事件を継続的に報じてきた新聞社には広告を差し止めた。売り上げ減で圧力をかける「兵糧攻め」である。企業が不祥事を起こして世間で話題になった場合、日頃、広告をたくさん出している上得意様であれば、極力ニュースバリューを小さくするか、できれば、もみ消しをはかる。


新聞、テレビが書かないなら、週刊誌が大々的に電通の正体を暴いたらいいのではないか、と思うが、週刊文春の場合、すべての広告が電通扱いになっているからダメ、週刊新潮は、後述するように、幹部の息子が電通の「社員と言う名の人質」になっていて書けない。


■テレビ視聴率は信頼出来るのか
 「2003年秋、日本テレビの中堅プロデューサーが視聴率買収事件を引き起こした。興信所を使ってビデオリサーチの視聴率調査対象世帯を探し出し、指定した番組を見るよう依頼、視聴率が高くなるよう工作した」(26頁 原文のまま) そういえば、こんな事件があったように思う。実際、テレビ局は1パーセントのアップダウンに一喜一憂する。なぜなら、CMの売り上げに直結するからである。


では、視聴率は正確な数字なのか、といえば怪しいらしい。怪しいワケの理由はサンプル数が関東と関西それぞれ300世帯しかなく、ここで出る数値を全国視聴率として拡大解釈しているからである。この場合、視聴率が10%のときにはプラスマイナス2,4%、20%のときは3,3%の誤差が出る。1%のアップダウンなんて誤差の範囲なのだ。しかし、これ以上対象世帯を増やし、正確を期す計画はないらしい。


加熱する視聴率競争を懸念して、ジャーナリストや有志のタレントでサークルを作り、改善を試みたことはある。そのメンバーの一人に愛川欽也というタレントがいた。彼は国会で参考人として意見を述べる予定だったが、テレビ会社はじめ、妨害工作があって実現せず、その上に、彼はテレビの仕事を干されてしまった。


一番の問題は、視聴率調査が電通の子会社である「ビデオリサーチ社」の独占で行われていることだ。昔は「ニールセン」というアメリカの調査会社もあって競合していたが、電通とテレビ会社が結託してイジメを繰り返し、とうとう撤退させてしまった。独占しているということは視聴率の正しさを立証する者がいないということで、悪意があれば数字の操作など、わけなく出来る。いま問題になっている韓流ドラマは電通がバックでゴリ押ししている。もくろみ通りの数字が出なかった場合、たとえば8%を10%にごまかしても、他者は検証のしようがない。(この項10月23日に追加)


電通社員の給料はいかばかりか。概数だが、40歳で1300万円程度。日本ではトップクラスの高給取りと言える。重役になると4000万~5000万くらいらしい。


■評論家、田原総一朗の大チョンボ
 テレビで解説や評論をする人が、特定の企業と癒着しては話にならない。なのに、田原は電通とつるんでしまった。どうしてか。田原の妻が亡くなったとき、その葬式を電通に頼んでしまった。なお、その上に葬儀委員長を電通の総帥(当時)成田豊に依頼した。なぜか。政界、財界に顔の広い人物だから、という理由である。田原は妻の葬式を見せびらかせたかったのか。以来、田原には「電波芸者」というレッテルが貼られた。少なくとも、電通とマスコミの悪口は言えなくなった。まともなことを言っても電波芸者の言うことね、と白い目で見られるようになった。


■良家の御曹司を人質にする
 功成り名遂げた大企業の社長の息子が優秀な人間とは限らない。一流企業にはとても入れそうにないボンクラ息子に育ってしまったらどうするか。ハイハイ預かりますよと、電通が社員として入社させるのである。仕事の実力なんか不問。それでもバカ親は「息子は電通の社員」であることに安堵する。

彼は人質である。その会社は電通の仕事に不満が起きても他社にチェンジできない。逆に、電通側から無理難題を持ち込まれた場合、断りにくいという弱みが生じる。かくして、有名人のボンクラ息子が続々と入社し、就職活動戦線では「コネ通」と揶揄されている。
 
 会社名だけ挙げると・・トヨタ自動車、キャノン、第一生命保険、日立製作所、セイコー、日本航空、エーザイ、オムロン、資生堂、花王、新潮社、太田胃散、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞・・・わんさとおられます。

朝日新聞の場合、先代の中江社長の時代、電通勤務の息子が飛び降り自殺した。これってニュースバリューがあるけど、電通がしっかりもみ消して報道されることはなかった。ついでに書くと、現社長、秋山氏の息子は電通と関係ないが、麻薬使用で逮捕されている。二代続いて・・朝日の名を汚す情けない話ではある。


中江社長息子の件の引用元
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=153217


■お葬式から万博、政策づくりまで、なんでも受注
 国政選挙でも電通は重要な役割を担っている。各政党のポスターで謳われるキャッチフレーズづくりには優秀なコピーライターが活躍する。あの小泉首相がバーンと打ち出した「自民党をぶっ壊す」と言うフレーズも電通の担当。電通が注文を取りに行くのではなく、政党からプロジェクトとして依頼するのが普通になっている。私たちは電通製のキャッチフレーズで政党や政策を選んでるのかもしれない。


この「電通の正体」は2006年の発行で、少し情報が古い。なので、いまネット世界で話題になっている、電通=フジテレビ=花王 の反日企業トリオに言及することはないが、騒ぎのおかげで電通という会社が徐々に知られるようになってきたことは良い傾向といえる。この先、インターネット利用者が「電通の敵」になること間違いない。(2006年9月 株式会社金曜日発行)


電通の正体 本

たまには外メシ


梅田・天ぷら「天よし」

 大阪駅前第一ビルの3階・・といえば、全くのオフイスフロアでありますが、なぜか、この店一軒だけがポツンとあり、誰しもが、なんでこんなとこに店が?と怪しむでしょう。よって、通りがかりの一見客が入ることなど考えられない、不思議な環境にある店です。


天ぷら専門店なので、カウンター式の席の前に鍋があり、店主が間をはかりながら揚げてくれます。えび、白身魚、野菜類を10品ほど、供されますが、揚げたてだからカラッとして胃にもたれず、いちばん安いコースでほどよい腹加減になります。あと、ご飯と赤だし、漬けものが出ます。


年を取ると、天ぷらを食べたいという欲はだんだん減少し、夫婦だけの所帯では、家で天ぷらを揚げるという発想も起きません。単身者はなおさらのこと。なので、たまに、ちょっと贅沢な食べ方をしたくなったときに重宝な店です。予算 3000円くらいから。


■ぐるなびでのお店紹介はこちら・・
http://r.gnavi.co.jp/k112200/


天ぷら 天よし

読書と音楽の愉しみ


●「文藝春秋」拾い読み(11月号)

「田中角栄の恋文」を読む

 総理大臣は国家運営の最高責任者であるから、年がら年中、朝から晩まで山積する問題の解決、指示に多忙を極める。そんなテンションの高い暮らしのなかで、田中角栄はこまめにラブレターを書いた。う~ん、余裕というか、律儀というか・・。これは「大発見やあ~~」文藝春秋編集部は小躍りしたでせうね。


読んで初めて知るところとなったが、角栄サンには本妻のほかに二人の愛人がいて、それぞれ子供をもうけている。この記事に登場するのは二人目の佐藤昭子さんであるが、すでに亡くなられたので、娘さんのあつ子さんが、記事では語り部のような役を担っている。
 佐藤昭子=越山会の女王・・懐かしい話ですなあ。ヒーローの陰に女あり、を地でいくような、昔ふう政界スキャンダルのヒロインでした。写真を見ると、なかなか美人で曾野綾子の若い時分と少し似ている。しかし、顔に似合わず、ものすごく勝ち気な性格で、ブルドーザーと呼ばれた角栄親分も、えらい剣幕にしばしうろたえたらしい。


角栄の惚れ込みようは一時の浮気なんかではなくて「君のためなら代議士をやめても良い」と告白したくらいだから、当然、惚れた弱みもあるわけですね。今回、公開された手紙の多くは、ご機嫌斜めの「女王」をなんとか懐柔、説得しようという文が多い。ラブレターというには文学的表現が皆無で、不動産物件の紹介とか、いちいち具体的な説明になっている。そこら辺は角サンらしいところだ。


娘のあつ子さんが引き継いだ金庫には、ラブレターとともにえらいもんがしまわれたいた。女王宛てにしたためた2億2千万円の借金の証文である。当時でのこの金額、今なら20億くらいになるやもしれない。一体、何のために? 両人が亡くなったいま、真相の解明は難しい。


国家の最高権力者の地位を得て、金も女も自由になるハズだった角栄サン、しかし、栄光は続かず、かの「ロッキード事件」で躓き、地獄へ転落した。そのきっかけを作ったのが、立花隆氏の渾身のレポート「田中角栄研究 その金脈と人脈」だった。同時に、児玉隆也氏の「淋しき越山会の女王」が発表されて田中金脈王国は崩壊。昭和49年(1974)のことであります。


今回、この「ラブレター」記事の作成について、あつ子さんが全幅の信頼を寄せ、相談相手にしたのが立花隆氏だった。父親を倒した張本人である。なんという皮肉な巡り合わせであるか。
 また、もう遠い昔のこととはいえ、本妻の子である田中真紀子議員は、このラブレターにどんな感慨をもったのだろうか。名誉の問題というより、自分の母が愛されてなかったことを改めて知る「物証」の出現。恨むべきは父でも愛人でもなく、二度も煮え湯を飲ませた文藝春秋社かもしれない



田中角栄

読書と音楽の愉しみ


●白州正子著「私の百人一首」を読む

 白州正子、齢六十を過ぎて、子供のころに親しんだカルタ遊びを思い出し、改めて歌の中身を学んで著したのがこの本。研究書ではなく、あくまで白州流の解釈ですから、独断やえこひいきもあります。しかし、「今でも百人一首は全部暗誦している」と言うくらいですから、素人の評論にしては十分に中身が濃い。


駄目男の好きな歌の一つに紀貫之の

    人はいさ 心もしらず故郷は

           花ぞむかしの香ににほひける


というのがあって、べつに、なんちゅうこともない平凡な印象の歌なのですが、この「心もしらず」の皮肉、不満の背景はなんだったのか、気になっていました。その答えが書いてある。

 「はつせにまうづるごとに宿りける人の家に、ひさしく宿らで、程へて後にいたれりければ・・」(古今集・詞書)ではわかりにくいので、著者の現代文をコピーすると「平安時代には初瀬詣でが盛んであった。貫之も度々お参りしたが、その度に泊まることにしていた家に、しばらくぶりに行ってみると、宿の主人が、こんな定宿ってあるものかと嫌みを言ったので、かたわらに咲いている梅の花を折って詠んだ・・と言っている」


そーゆーことだったのか。歌の語感から、もっと優雅な場面をイメージしていたのですが、意外に生活感のある、俗なシーンなのでした。
 もう一つ、頭の「人はいさ」と言う言葉が気に入ってます。人はいざ、ではなく「いさ」です。「いざ」にすると、すごく現実感が強くなって公卿の詠む歌にふさわしくない。濁点がある、ないの違いだけで、優雅になったり、俗っぽくなったりする。このデリカシーが心地よい。


似たような例をもう一つ。持統天皇の・・

    春すぎて 夏来にけらし白妙の

                          衣ほすてふ天の香具山


百人一首ではこうですが、原典の万葉集では・・

    春すぎて 夏来たるらし白妙の

                                衣ほしたり天の香具山


「夏来にけらし」と「夏来たるらし」のビミョーな違い、「衣ほすてふ」と「衣ほしたり」の語感と解釈の違い、わかって頂けるでせうか。オリジナルより、手を入れた新古今集のほうが、情景としてずっと美しい。


こんなこと、くどくど書いても誰も読まないので、以下省略です。それにしても、白州正子の本は何を読んでも楽しい。著者と読者が同じテーマの中で楽しみを分かち合うような親近感がある。こんな本を古本屋の100円均一のワゴンで見つけたときは、クジに当たったときのようなニンマリ気分
になるのであります。
(新潮文庫 平成17年1月発行)


白州正子 本表紙

ア・ラ・カルト


●知恩院参拝

 今年は浄土宗宗祖の法然上人八〇〇年大遠忌。信徒は全員本山の知恩院へお参りすることになっています。さわやかな秋晴れの今日、団体に混じってお参りしてきました。一般観光客も普通に参拝するので混雑し、接待係の若いお坊さんは大変だったと思います。


境内各所で整備が進められ、ずいぶん美しくなっていますが、本来、山の斜面に堂塔を配置しているので、バリアフリーが難しく、お年寄りにはきついかもしれません。わずか10mほどの高低差にバスを使ったりと、お寺も気苦労多々です。
 新築された、ピカピカの「和順会館」大広間で昼食。南無阿弥陀仏十念唱和してから頂きます。肝心の御影堂での法要は超満員で入れず、お賽銭をあげただけで引き返しました。 (10月9日)


知恩院 


知恩院

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●教会コンサート ご案内

大阪コレギウムムジクム マンスリーコンサート


■10月12日 水曜日 午後7時開演
■料金 一般2000円 会員1300円
■会場 谷町4丁目 大阪ルーテル教会
=================

今回はリスナーのリクエストによるポピュラーな曲が中心です。

■J. S. バッハ/
 2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV 1043
  ヴァイオリン独奏…森田玲子、西村綾香

■A. ドヴォルザーク/
 弦楽四重奏曲 12番 ヘ長調「アメリカ」
 ヴァイオリン…木村直子、中前晴美
 ヴィオラ…白木原有子、チェロ…柳瀬史佳

■A. ヴィヴァルディ/
 ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意への試み」
 第3番(『四季』より「秋」)Op. 8-3
  ヴァイオリン独奏…中前晴美

■他に合唱曲があります。

■詳しいことはこちらで・・・
http://www.collegium.or.jp/index.html

ア・ラ・カルト


●大和郡山散歩ガイド

 一部の信金で配布中の「いこい」誌に掲載しています。JRの郡山駅から外堀緑地~郡山城趾~金魚資料館~近鉄郡山駅を歩く、約5㎞の散歩コースです。JR郡山駅又は駅下の観光案内所で地図がもらえます。


原稿を書くときに下調べしたら、奈良県にはお城の「天守閣」が一つもないことが分かりました。関西では奈良県だけという、ちょっとカッコワルイ?事実です。では、大阪に天守閣はなんぼある?と問われたら、すぐ答えられますか。たいていの人は「大阪城天守閣」しか浮かばないので、一つや、と答えますが、正解は二つです。もう一つは岸和田城天守閣です。


大和郡山の城づくりは筒井順慶からはじまり、だんだん規模が大きくなって、大阪城に次ぐ、関西ではナンバー2のメジャーなお城になりました。城主は転々と代わりますが、最後は柳沢家、その初代は柳沢吉里で、有名な吉保の息子です。


城跡には立派な追手門や櫓があるのに、肝心の天守閣がありません。復元したら観光客倍増まちがいなしで、町の知名度もぐんとアップします。再建しない(出来ない)理由の一つが、肝心の設計図が残っていないことで、デザインのしようがない。三層だったか五層だったも分からないらしい。もちろん、お金がないというのも大きな理由だと察します。


しかし、市民のあいだでは、なんとか天守閣を復元したいという願望、情熱が沸々とわき起こっていたようで、2004年、市制50周年の年に、なんと「幻の天守閣」を築いたのです。発泡スチロールにペンキ塗りという、無茶ええかげんな城づくりで工事費はたったの200万円。


実際に工事に携わった工務店さんから写真をお借りしました。これ全部、発泡スチロールでっか?と疑いたくなるような、素晴らしい出来映えです。足場用のパイプの骨組みにタタミサイズの発泡スチロール約500枚を加工し、貼り付けてペンキを塗っただけの、インスタント天守閣。「幻」だから三日後に解体する予定でしたが、市民のアンコール強烈で、結局20日間展示されたそうです。大和にも熱い「いちびり」がぎょうさんおるなあと嬉しくなりました。次は是非、本物の天守閣を、できれば駄目男の生きてるうちに建てていただきたいと願うものであります。


外堀緑地の遊歩道
大和・・ 

大和・・ 

昔の民家を生かした「箱本館」 藍染めの工房がある
大和・・オワリ 

こんな立派な追手門があるのに・・・
大和。・・ 

発泡スチロールでこさえた天守閣。 (2004年11月)
大和・・ 


いこい 2011年秋号 表紙
大和郡山散歩 

読書と音楽の愉しみ


●加治將一著「幕末維新の暗号」を読む

 こんなん、どない?と本好きT氏から送呈された、上下巻600ページに及ぶ歴史小説。同じ著者の「舞い降りた天皇」を読んだことがあるので、読む前からイメージは湧いたが、まあ、実におもしろい、読み出したら止まらない、かっぱえびせん風の小説であります。


内容は、キワモノ、トンデモ本に近いのでありますが、トンデモな内容なのにすごい量の資料に当たって書いているから説得力があり、うかうか読めば、これは事実ではないかと勘違いしそうになります。この著者、ドキュメントと小説を巧妙にミックスさせた独自のスタイルを築きつつあるのかもしれません。司馬遼太郎作品の通俗版といったら失礼かな。


本書のテーマは大きく分けて三つあります。

■幕末に撮影された、アッと驚く群像写真の謎。

■倒幕、維新に秘密結社「フリーメーソン」が関わった。

■明治天皇は別人と「すり替え」られたニセの天皇だった。


600ページの内容を簡潔に説明する能力がないので、とりあえず、下の写真をご覧あれ。こんなスゴイ記念写真、見たことあります?
 何がスゴイッて、この写真には明治維新で活躍した「志士」たちがほぼ全員、オールスターズのかたちで収まってるのでございます。


幕末維新の暗号


たとえば、最前列の右から四人目は坂本龍馬、一番左端は勝海舟、真ん中、外国人の左後ろは西郷隆盛・・・ちゅう具合にスターがわんさといます。他には、伊藤博文、小松帯刀、大久保利通、五代友厚、中岡慎太郎、桂小五郎、高杉晋作、大村益次郎、岩倉具視(この人は武士ではなく公卿)・・ホンマでっか、これ。新幹線もヒコーキもない時代に、また、皆さんムチャ忙しい身なのに、これだけ大スターが集結するなんて怪しい。写真自体がねつ造なのか、写ってる人物が他人の「こじつけ」なのか。だとすれば何のために?


こんなスゴイ歴史資料がなぜ国民に広く知られていないのか。公にできなかった、というより、したくなかった裏事情がいろいろありまして、それゆえに、また憶測をよぶことになります。そして問題は中央の外国人。かれはオランダ人でフルベッキといい、表向きは宣教師として来日し、長崎で塾を開いて教育に携わるのでありますが、それは「表向き」の仕事、実は・・反政府(倒幕)運動の黒幕であった。あの観光名所で有名な「グラバー邸」の主、グラバーたちとつるんで革命のお膳立てをしたのだと。


実は、この写真には、後の明治天皇になる人物も写っている。フルベッキの左手前、刀を肩にもたせた少年である。彼がある日突然、当時の孝明天皇の皇太子とすりかわった。下級武士の子が天皇に大変身するのであります。そして、異常なまでに攘夷にこだわった孝明天皇は毒殺される。要するに、天皇親子は革命派に粛清され、血が途絶えた。えらいこってすなあ。


「この作品は、著者の自由な発想に基づいて書かれたフィクションです」と、一言ことわりを入れておけばよいものを、それがなくて、ものすごい資料を渉猟して裏付けをはかり、あたかも事実かと錯覚を起こさせるから、出版後に右翼から脅迫されるのも仕方ないか。宮内庁からもクレームがきてるのではと察します。


駄目男が個人的に昔からヘンやなと思ってることは、明治天皇の后がなぜ「昭憲皇太后」と呼ばれているか、です。皇太后とは天皇の母親につけられる名称で、天皇の妻なら皇后でせう。しかし、伏見桃山の御陵には、明治天皇陵の隣に「昭憲皇太后」の御陵がある。これじゃ天皇と皇后の御陵ではなく、天皇と母親を祀る御陵ではないか。昭憲皇太后は大正天皇から見ての名称のはずです。なんでこんなことに?


・・と思っていたら、本書のラストシーンにこのワケが出てきます。ここでもドキュメントとフィクションが混ざり合って、うっかりするとだまされる。ドキュメントは、新年の初詣では日本一の集客力を誇る明治神宮が創立以来、困惑しっぱなしの話です。なにせ、明治神宮の御祭神は明治天皇と昭憲皇太后になっており、どう解釈をひねっても、これじゃ天皇と天皇の母を祀っていることになる。人気日本一の神社が肝心の祭神名で国民を欺いているわけです。そこで、神宮側は戦前、戦後の二度にわたって宮内省に「昭憲皇后」への名称変更のお願いをした。しかし、答えはノーだった。戦前では、原敬首相が、この称号はおかしい。善処するべき、と述べている。


なぜ「皇太后」になってしまったのか。ドキュメント的には宮内省に重大な手続き上のミスがあったのではという説あり。しかし、もう確認ができなくなっている。そして最後の説が登場、昭憲皇太后の名は明治天皇の遺言だったというのであります。昭憲皇太后=一条美子(いちじょうはるこ)は、消された孝明天皇の子、陸仁皇太子の妻になるはずだった。ニセ明治天皇にすれば、先代の妻、すなわち母のような存在の女性だった。 少年時代以来、ウソで固めた、操り人形のような人生を送らざるを得なかった明治天皇にとって、最後に一つだけ真情を漏らしたのが「昭憲皇太后」の一言だった

 ほら、こんなことでも、事実とフィクションがこんがらがって、と釣られそうになりますね。右翼のおっちゃんがカリカリ怒るのも、むべなるかなであります。(祥伝社文庫 平成23年6月発行)


■フルベッキの経歴について「フルベッキ考」
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_40_1_furubekkico.htm


■謎のフルベッキ写真(大きいサイズで見られます)
http://www.nextftp.com/tamailab/photo/verbeck.html



幕末・・