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読書と音楽の愉しみ


●おねえさんたちの「オーレ!」 ~帝塚山音楽祭~

 天王寺の書店へ行くのにものすごい遠回りして音楽祭会場へ。あいにくの雨で、会場の万代池公園はぬかるんでぐちゃぐちゃ。それでも雨天決行とスケジュールをこなしてるようでした。しかし、100軒くらい出た露天は昼過ぎに早々と店じまいしていました。


お目当てはフラメンコ。地元で教室を開いてる市川恵子さんと生徒さんの、日頃鍛えた腕のお披露目です。もちろん、ギターも歌もナマでっせ。カラオケとちゃいまっせ! 
 つくづく思うに、日本人ってホントに器用やなあ・・・。オペラを観るときにも同じこと感じるけど、全く異質の文化を自前でまるごとコピー、消化してしまう能力は、世界中で日本人しかいないのではないかと。アメリカ人が「忠臣蔵」やったり、インド人が藤間流舞ったり、ギリシャ人が落語やったり・・しませんです。しかも、趣味や余技のレベルではなく、それでメシ食ってる人(プロ)も結構いるんだから、たいしたもんです。

 運動量でいえば、フラメンコはハワイアンダンスの10倍くらいエネルギーが要りそうに見えました。(5月28日)

帝塚山音楽祭 

音楽祭  

 音楽祭

音楽祭おわり

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読書と音楽の愉しみ


●中野剛史編集「TPP開国論のウソ」を読む

 自分と同じようなシモジモの国民の皆様の中にTPP参加賛成の人がいたら、大方はマスコミや評論家の推進論にすんなり洗脳されている人でありませう。そんな人に「TPP賛成の根拠は?」と尋ねるとしどろもどろになって答えられない。せいぜい「新聞の解説に書いてあったとか、TVでそう言っていた」としか言えない。経済のグローバル化は時代の趨勢、乗り遅れてはいけない、てな、あいまいな観念論しか言えない。


シモジモではないはずの政治家、経営者、評論家など、TPP推進論者でさえ観念論しか言えないのに対し、反対論である本書は、明快に反対の論拠をあげ、TPP参加は日本の国益を損なうばかりでプラス効果は皆目期待できないと断じています。三人の著者が300頁を費やして反対論を述べているのですが、最後の中野氏の国際社会の過去と行方を見通す概論はグローバル化とナショナリズムの相克を分かりやすく説明していて、大人向けの教科書を読むような感じです。


経済のグローバル化が「善」で「正」であるというような思い込みはもう止めた方がいい。そんな風潮がジワリと現れ、勢いを増すかもしれない。アメリカの没落、EUの蹉跌、中東の反政府運動・・いずれもすごく難しい問題であることを考えたら、グローバル化だの、多文化共生なんて発想は、ミーハーレベルの思想ではないかと思えてくる。ルーピー鳩山の唱えた「東アジア共同体構想」なんか、アホかいな、のレベルです。中身も検討せずにワンフレーズの政策を是とするのは、日本人の悪いクセであります。


「日経新聞が本書の広告掲載を拒否」
 著者の一人、三橋貴明氏のブログにこう書いてありました。出版社の飛鳥新社が広告掲載を依頼したところ、TPP推進論を展開している日経の姿勢に反する内容なので掲載はできないと。おいおい、言論の自由、社会の公器をもって論じてるはずの新聞社が、ウチの論説に反対する言論は許さないって、なんといふミミッチイ、情けない姿勢でありませうか。

■三橋貴明氏のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」5月21日の記事
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/day-20110521.html

朝日と読売も無論「TPP推進論」の新聞ですが、こちらはクレームなしで掲載できたそうです。ついでに言えば、毎日、産経、共同通信を含めて、大手新聞社、通信社は全部推進論を唱えている。要するに政府の言うままになってる「御用新聞」でございます。(飛鳥新社 2011年5月発行 1400円+税)

本・TPPのウソ

ア・ラ・カルト


 ●おばちゃんご愛用のリゾートホテル  ~みのお山荘・風の杜~

    みのお山荘

 週刊文春4月28日号の「今週のお泊まり」という地味な記事に紹介されていた、限りなく街に近いリゾートホテル。箕面のホテルといえば、昔はケーブルカーで上下した「箕面観光ホテル」が有名ですが、これより知名度も規模もはるかに小さいジミ宿です。


梅田から電車と送迎バスで40分、電車賃260円というアクセスの良さと夜景のきれいさがウリ。これは「箕面観光ホテル」も同じですが、東京や名古屋にはあり得ない立地、景観です。京都や奈良のホテルもこのロケーションはマネできない。
 もとは大阪府の研修施設だったという、古びた建物を改装してロビーやレストランはおしゃれになってるけど、客室は基本的に昔のまま、苦しいリフォームです。収容人数が少ないため「別館」は増築したようです。


朝食のときにレストランへ集まった客を見て驚いた。9割が女性。そのうちの9割が60才以上のおばちゃんではありませんか。しかも、みんな大阪弁。有馬や白浜が大阪の奥座敷なら、ここは大阪の「応接間」ってことか。震災後2ヶ月目、かつ平日というのに、推定ほぼ満室というのは、おばちゃんたちの支持あればこその盛業。

安いだけが取り柄という実用本位タイプではなく、かといってセレブご愛用のレベルには届かない、ええ加減(良い加減)なコンセプトがウケたのでせうか。男とちがい、夕食での歓談が難しいおばちゃんたちがランチでの集いを一段グレードアップして「泊まりがけ」にした。これなら上げ膳据え膳、時間を気にすることなくおしゃべりに没頭できる。ならば、遠い所より近場のほうが楽ちん、便利。コレがええのですね、たぶん。 この業界、おばちゃんを制したものが勝ち組になるようであります。
 (標準料金 一泊二食付き 13,000円)


■みのお山荘 風の杜のホームページ
http://www.minoo-kazenomori.com/


夕食メニューの一部
みのお山荘 

みのお山荘 

みのお山荘 

みのお山荘


ロビー
みのお山荘


昼間の眺め
みのお山荘


夜の眺め
みのお山荘

読書と音楽の愉しみ


●武者小路実篤著「お目出たき人」
 志賀直哉著「城の崎にて」「小僧の神様」を読む

 古本屋の「よりどり一冊100円」の台で買った文庫本。計200円の投資にしてはずいぶんトクした感のある名作です。古本屋ならではの幸福な出会い、というべきか。今どきの芥川賞作品なんかより十倍はネウチがあります。

■武者小路実篤著「お目出たき人」
 冒頭「自分は女に飢えていた」なんて文がでてきて、ムシャコウジさんにして、なんとはしたないことをとドッキリするのであります。ええしのぼんぼんが近所の女学生に片思いをし、実際は一度も口をきいたこともないのに、勝手に妻になるはず、なるべきだと思いこみ、しかし、彼女は別の男と結婚してしまい、主人公はよよと泣き崩れる・・・。そんな駄目男を自虐的に「お目出たき人」と呼ぶのであります。


もしや、田山花袋「蒲団」のラストシーンもこんなんだったのでは(忘れた)。はたまた、基本的に片思いといえば、ゲーテの「若きウエルテルの悩み」もひたすらラブレターを書いて書いて、結局、あかんかった~の話でした。ゲーテの恋心に比べたら、この「お目出たき人」は、今風にいえば「ストーカー」でありまして、いささか格調に欠ける。しかも作文が上手くない。なのに、今日、名作とされるのは、ヘタでも下品でも、一日25時間、彼女への妄想に明け暮れるパッションの強烈さ、執念深さが読者の心に無理やり食い込むからでせう。悲劇なのに、なんか笑うてしまいそうになります。


■志賀直哉著「城の崎にて」
 主人公は、電車にはねられて重症を負い、治療後の養生に城崎温泉に逗留する。ならば、温泉街の情緒が少しは描かれていいはずなのに、全く知らん顔。描かれるのは、旅館の屋根で死んでいた蜂、首に串を刺されてもがき苦しむネズミ、石を投げたら当たってしまって即死するイモリ、の三匹の小動物の死の光景であります。よって、城崎温泉観光協会と致しましては、ぜんぜん面白くない話であります。一回くらいは、芸者をあげてちんとんしゃんの場面があってもええではないか。ぷんぷん。


なのに、こんな作品が「暗夜行路」についで名作とされるのはなぜか。著者は、小さな生き物の死を通して、危うく死にかけた自分の命の大事さを思い、生きていることの儚さに悄然とする。しかし、一見、つまらなさそうな内容に思えるのに、結構、印象が強いのは、上記の「お目出たき人」 に比べて、断然、文章が上手いせいでありませう。

巻末に阿川弘之が記してる解説文がまた面白い。 
 志賀と同時代人であった芥川龍之介は、師である夏目漱石に尋ねた。「志賀さんの文章みたいなのは、書きたくても書けない。どうしたらあんな文章が書けるんでしょうか」漱石はこう答えた「文章を書こうと思わずに、思うまま書くからあんな風に書けるのだろう。俺もああいうのは書けない」
 名声では志賀を上回った二人にしてギブアップ、一目置かざるを得なかった志賀直哉の文章。でも、読者すべてが「上手い」と感じるかどうか、ちょっと疑問であります。


■志賀直哉著「小僧の神様」
 秤屋の小僧、仙吉は貧しいゆえに番頭が話す「美味しい鮨」を腹一杯食べるのが夢だった。そのことを知った客の一人Aが可哀想に思い、ちょっとしたはかりごとを仕組んで仙吉の夢を叶えてあげる。で、めでたしめでたし・・に終わったのかといえば、そうではなかった。


最後の行を書き終えて、著者は「実はラストシーンを変更しました」と言い訳する。はじめの構想通りに書いては、主人公、仙吉が可哀想すぎる。だから、オチは書かなかったと。自分の創った物語の主人公に、自分が感情移入しすぎると、こういうことになるのか。わずか13頁に収められた、人生の悲哀。こんな作品に出会うと、読書の愉しみを知らない人には、同情の念を禁じ得ない。


■志賀直哉が逗留した城崎温泉の宿「三木屋」のHP 
http://www.kinosaki-mikiya.jp/


志賀直哉本 

読書と音楽の愉しみ


●高槻ジャズストリート 初訪問

 なぜか行きそびれていた高槻ジャズスト、ようやくお目に、いや、お耳にかかることができました。もう13年目になるというから、音楽祭では老舗といえるかもしれない。今年は市内の46の会場で570組のバンドが出演、プレイヤーが4000人、二日間で聴衆動員10万人以上になるビッグイベントです。運営に携わるボランティアも1000人を越えるらしい。


移動距離を少なくするため、会場の密度高い、阪急高槻市駅と城跡公園の間をウロウロしました。ここが良さそう、と目星をつけた会場は超満員で入れず、地元の皆さん、よく調べておられます。
 名前はジャズストリートですが、実際はラテンやフュージョン、自作オリジナルソングまで巾広い。しかし、人気が高いのはスタンダードなスタイルのジャズという感じでした。


出演者でビッグネームは、日野 皓正 、中本マリ、松永貴志、古谷允、ケイコ・リーなど。誰がどこで演奏しても無料で聴けます。これがスゴイところで、莫大な運営経費はどうして賄ってるのか、貧乏性はつい気にしてしまいます。会場では「ハイネケン」の名前が目立ったけど、スポンサーにあまりオンブされすぎると市民の企画運営という基本スタンスが失われるし・・難しいところです。


この、すごい数の聴衆の一割でも、五分でも、ふだんの一般営業のライブのファンになってくれたら・・ミュージシャンの願いはこれに尽きるでしょう。これだけ立派な動員実績をつくっても、音楽業界(ライブハウス)の底上げにはならないのが悲しい。(5月3日)


城跡公園
高槻ジャズ 


ジャズ


バンドというより、オーケストラの規模で演奏する団体。
ジャズ


こちらは、西宮の中学生のジャズバンド。なかなかお上手でした。
ジャズ


公民館の狭い集会室で。
ジャズ


カトリック教会の玄関先で。「ミスティ」なんて、懐かしい歌を歌ってました。バンドは定年後のオジサンのグループ。
ジャズ教会


集客力がないグループは、こんな淋しいことに・・。
ジャズ


同じ場所で18才と13才の「奥村きょうだい」が登場するとたちまち満員に。本気でプロを目指してるらしい。
ジャズ


歩道橋下の狭いスペースで。
ジャズおわり 

ア・ラ・カルト


●街はずれに「秘境」あり・・・
  
~枚方市穂谷の里山風景~

 Sさんに案内されて枚方の里山をハイキング。新緑のグラデーションの美しさ、まさに「山笑う」感でほれぼれする。タイトルの「秘境」は大げさだけど、草花や虫たちにはサンクチュアリ(聖域)と言ってもよいくらい、素朴な里山シーンが残っている。年輩の人は自然に「うさぎ追いし かの山・・」の風景を重ね合わせてしまいそう。

 このエリアは、2009年、朝日新聞社などが全国から募集した「にほんの里100選」に選ばれたけど、ネウチは十分にあります。大阪府では、ここと能勢の長谷の2カ所が選ばれたが、市街地に近いここのほうが知名度が低いのがちょっと楽しい。(応募は全国から4000カ所以上あったらしい)

 今回はSさんの尻について歩いただけなので、地形図を買ってルートを研究してみよう。当日歩いた地域の中心部は、道標や案内看板など一切なく、民家もない。できれば、今後もそういうサービスはしないでほしい。(4月29日)


■にほんの里100選のリスト
http://www.sato100.com/news/100/index3.html


下の写真は、穂谷集落の近辺で撮したもの。
穂谷4月 

穂谷4月 

穂谷4月 

ウラシマソウ
穂谷4月 

穂谷4月 

読書と音楽の愉しみ


●最近の演奏会から

大フィル定期演奏会(第447回)
■バーンスタイン 交響曲第2番「不安の時代」
■シベリウス 交響曲第2番 ニ長調
 指揮・・大植英次  ピアノ・・小曽根真


 シベリウスの七つの交響曲の中では、この2番がもっとも優れた作品だと思っていたら、ちゃいます! と異を唱える人が結構いるらしい。有名であることと、優れていることとは別だという。熱烈なシベリウスファンに言わせれば、この2番は「若書き」で奥行きに乏しいとか、なんとか、傑作ではないというのであります。


さよか、ほな、マニアが名曲という「7番」聴いてみるべしと、図書館でCDを借りて聴いてみました。この曲は単一楽章で二十数分の短かさだから、繰り返し三度も聴いた。しか~し・・どの辺がスグレモノなのか、さっぱり分からない。こころ(感情)に訴えてくるものが何もない。

 マニアさんには失礼だが、全曲聴いて感じるのは「楽想の貧しさ」だけでした。 名曲とは、メロディやリズムが泉のごとくこんこんとわき出て、作曲家はそれをオタマジャクシでかっこよく表現する。一音、一小節、頭かきむしって考えてるようではアカンのです。その点、2番はこんこんと涌きでる泉のごとく・・なんですけどね。ま、こちらの感受性が乏しいのかもしれない。


バーンスタインの曲でピアノを弾いた小曽根さんは、もうジャズとクラシックの「二足のわらじ」をはきこなしてしまったようで、お見事というしかない。「ウエストサイド物語」からのアンコールピースも実にカッコよかった。