犬町・猫町情報

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●人生最後の「マンボNO,5」 

アウグスト・エンリケス&ブエナ・ビスタ・オーケストラ公演 ご案内

 珍しい、キューバの歌手と楽団の公演です。カストロ独裁政権下の共産主義国家といえど、そこはラテンの国、国営のナイトクラブ、キャバレーがあるそうで、ここで活動するバンドやダンサーが来日します。アウグスト・エンリケスは、キューバを代表する、カリスマ的人気のある歌手。

 おなじみ、マンボNo,5、キエレメ・ムーチョ、キサス・キサス・キサス、セロソ・ローサ、チャチャチャは素晴らしい、など、60年代のナツメロ大会?

8月3日(水) 午後2時30分開演
■会場 西宮・兵庫芸セン・大ホール
■チケット代金 6000円
■ご希望の方は、5月10日夜までにお知らせ下さい。
 帰りに「和民」でビール・・の予定

ラテンコンサート

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ア・ラ・カルト


●越前大野で今春最後のお花見

③新・カタクリの里デビュー・・矢ばなの里

 大野市観光協会のHP見ていたら、カタクリの里、売り出し中みたいなページがあったので、最後に立ち寄りました。市街地の北のはずれ、矢(やぐら)という、戸数わずか26戸の小さな集落にあります。
 裏手の里山の荒廃がひどいので、なんとかせにゃと有志が整備して桜を植え、桜の公園づくりをはじめたところ、カタクリの群生を発見、こちらをメインに「カタクリの里」づくりがはじまりました。平成18年スタートというから、まだニューフェイスです。


幸い、国や県から助成金が下りたこともあり、一気に3ヘクタール、100万本(目標)と規模を拡大しました。だから、園内の花の密度にはバラツキがありますが、あと数年したら見事な花の山になりそうです。今年4月にはNHKーBSでも話題に取り上げられたそうで、知名度は急速に高まると思います。住民の努力と幸運が重なって、めでたいデビューと言えます。

 ただ、桜もそうですが、開花予想が難しくて、早々に宣伝チラシなんかつくってしまうと大ハズレになることがあり、今年も開花期間が予想より10日も後ろへずれこんでしまいました。ネットで日替わり情報を発信するのが良いと思いますが、見れるのは一部の人だけだし・・。今は地元の人しか来ませんが、近隣の名所観光と組み合わせたら、早晩、有名になりそうな予感がします。



■大野観光協会のHP
http://www.ono-kankou.jp/ 


■矢ばなの里の紹介
http://www.yabananet.com/yazakura_2/yabananosato.htm 


平日のためか、管理の人はおらず、200円を箱に志納して入ります。
大野カタクリの里 


カタクリ 


カタクリ

園内の高みから、荒島岳がカッコよく見えます。田んぼにはもう水がはってあります。
カタクリ 

30分ほど歩いて「牛ヶ原」駅から帰りました。
カタクリおわり 


               
~ おわり ~

ア・ラ・カルト


●越前大野で今春最後のお花見

②楽しい山岳展望

 さて、お目当ての「桜と雪山」の風景、桜のボリウムが小さいのが難点でしたが、まずまず目的はかなえられたと思います。雪山は、街のどこからでも見えますが、パンパカパ~ン・・と大展望を楽しむには大野城のある城山が一番です。標高249m、麓との差は80mくらいで、ゆるい傾斜の遊歩道が整備されてるので楽に上がれます。


見える山は、北方向から時計回りに、経ヶ岳(1,625m)、荒島岳(1,524m) 銀杏峰(1,441m)が主役で、白山はほんの爪先くらいが見えるだけ、ほかに奥美濃の大日岳が遠くに見えます。安曇野から眺める北アルプスの大観には及ばないけれど、信州に比べりゃ、電車チン安いし、日帰りできるし、で貧乏性に見合った雪山展望風景であります。当日は晴れて、暖かい日和に恵まれたのもラッキーでした。日帰りプランは気ぜわしいけど、天候を見極めて出かけられるのがトクなところです。(ヒマ人に限りますけど)


桜の向こうに荒島岳。 荒島岳は日本百名山に選ばれているが、これは深田久弥の身びいきで選んだのでは、という論がある。
大野 荒島岳


荒島岳の遠望とクローズアップ
大野山展望 

大野山展望

桜の向こうに経ヶ岳。下の建物は、おしゃれな設計の小学校校舎。
大野山展望


お城から見た経ヶ岳。ずっと先に白山がある。
大野山 

なんか、信州に来たみたいね・・。
大野山展望


お城越しに見た銀杏峰。標高が低いのに残雪が多い。
大野山


なお、帰ってから再度調べたら、古い町並みはないものの、桜並木と雪山風景は勝山市の九頭竜川堤防の「弁天桜」が並木のスケール大きくて、魅力ありそうです。


             つづく・・・

ア・ラ・カルト


●越前大野で今春最後のお花見

 桜の花の向こうに雪の山・・こんな風景が見られる場所がないものか。東北や信州では普通に見られる光景でありますが、関西では難しい。ぎょうさん電車賃使わず、できれば日帰りで、花見と雪山見物できる町。あれこれ案じて探したのが福井県大野市であります。珍しく早起きして、日帰りで訪ねてまいりました。


○○の小京都といううたい文句で観光宣伝する街がいくつかあって、大野市もその一つらしい。サイズ的には小浜市とか郡上八幡市と同じくらいで、九頭竜川沿いの盆地にあります。JR福井駅から越美北線(九頭竜線)というローカル線で一時間足らず、のどかな田園、里山風景が続き、退屈しません。しかし、大赤字線ゆえか、列車は一日たった9本。福井駅9時発の次は12時までありません。これじゃ「青春18きっぷ」での日帰り旅は難しい。今回は大阪~福井間は、往復サンダーバードを利用しました。大阪駅発7:09分 大阪駅帰着18:09分(2011年4月21日)


①大野の町並み散歩   ②楽しい山岳展望   ③新・カタクリの里 
の三項目に分けて紹介します。

①大野の町並み散歩  
 大野駅で降りた7~8人の客で観光客らしき人は自分だけでした。駅で観光パンフもらってスタート。いろいろ見所が紹介されていますが、ご当地オリジナルはといえば「お清水」(おしょうずと読む)くらいか。四方を山に囲まれた盆地ゆえに地下水が豊富で、街中あちこちに湧水があり、昔から生活用水として使われてきました。今は実用から離れて、泉の回りを整備して見せ物になっています。

 大野名物、400年の歴史をもつ「朝市」とパンフに説明あるけど、有名無実というか、3~4軒の露店がでているだけでした。車社会の今、こういうカタチの商売はもう無理でしょう。それでも、古い商店などは修景がなされているし、道標などのサービスも行き届いていて、迷わずに歩けます。


お城のある山の麓あたりに観光施設が集まっており、できたばかりのハコモノもあって快適ですが、駐車場の車のナンバーを見ると、8割くらいが福井ナンバー、つまり地元の人ばかりです。観光の街なのに、観光ホテルが一軒もないワケが分かります。(宿はたくさんあるけど、昔ながらの木造旅館ばかりです)でも、街の雰囲気としては、播州龍野に似て、地味で静かなところが好感がもてます。そういえば、龍野も「播磨の小京都」と呼ばれていたような・・。駅前、街の中心部にコンビニが無いのも、今じゃレアなシーンです。


伝統的市場、朝市の名残
大野町並み 

街中の商店は古風な店構えを保つようリフォームされている
大野町並み 

大野町並み 

「お清水」も実用よりは観光アイテムとして、きれいに整備されtます。
大野町並み 


商店街の向こうに雪の山・・関西では、桜の季節にこんな風景は見られないので、思わず見とれてしまう。地元に人にとっては、早く消えてほしい雪景色ですが。
大野町並み 

お城の近くに「結(ゆい)ステーション」という真新しい観光施設ができていました。リッチな休憩所もあり、なかなか快適。でも、お客さんかいもく来なくて、宝の持ち腐れの感あり、です。
大野町並み


お寺がたくさん集まった寺町通り。静かで散歩に最適。
大野町並み 

昔の裁判所が「民俗資料館」に。
大野町並み 

珍しい「蒸気ポンプ」が展示されてます。これが進歩、改良されて消防車になったそうです。
大野町並み 


               つづく・・・

閑人帳


●生まれるか「災後」という新概念

 共同通信のインタビュー記事「復興への提言」で、復興構想会議議長代理である御厨貴氏が「災後」について述べている。
 「戦後」が終わらなかったのは、日本人に共通の痛みを伴う経験が太平洋戦争以来なかったからだ。都市災害だった阪神大震災とちがい、今回は東日本に壊滅的な打撃を与えた。災害は技術で克服できる、人間は基本的に生きながらえることができるという前提が根本から覆る可能性がある」(以下略)


「災後」という言い方の是非は別にして、今回の大震災を時代の区切りにしようという発想に賛成です。「戦後」から66年経ち、その前の大きな時代区分が明治維新だとすれば、もうそろそろ時代の概念を新たにすることも必要ではと思います。


時代の変遷を語るに、戦後○○年、という言い方はとても分かりやすいと思うのは、実は「戦前」を知っている人だけで、戦後に生まれた人は、戦前と戦後の区分は体験ではなく知識でしかできない。戦後すぐに生まれた人でも、記憶があるのは5才くらいから、即ち昭和25年以後のことしか記憶になく、そのような人にとっては、戦前戦後の体験的比較はできなくて「戦後」のことしか語れない。まして、平成生まれの若者にとっては、戦後も明治維新も大昔という概念しかないでしょう。

 大震災と原発大事故、この未曾有の出来事を機に、日本という国のありよう、国民のライフスタイルが大きく変わる・・それを時代の区切りにしよう、戦前戦後の次は災前災後という時代概念になります。


と、ここまで書いて、しかし、ん~~~なんだかなあ~とナットクできない気持ちも消えない。あの日米戦争の敗戦と今度の震災では、やはり、衝撃度とスケールが違いすぎる。未曾有の災害といっても、国民の9割は普通の暮らしができるという現実はいかにも甘い。ならば、大半の国民は「災後」の時代区分、概念になじめないのではないか。意味を理解しても、それを生活に反映させるのは難しい気がする。
 

さりとて、戦後をこのままズルズル引き延ばせば、戦後250年とか、トンデモ年数を積み上げることになりかねない。京都人の「戦後」とは応仁の乱の後のこと、なんて笑い話があるけど、それに近いことになるやも知れぬ。歴史上、どの国にとっても、いちばん分かりやすい時代区分は戦争と革命であります。自然災害が国家観、人生観を変えた例はないかもしれない。だからこそ、戦争や革命がなくても「日本は生まれかわる」と宣言し、世界のお手本になるようなヴィジョンをつくって実行する・・ナニ、そんなのって、復興会議ですでに取り上げられてる? 言うだけヤボですか。(記事は4月25日付け)

犬町・猫町情報


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●山さんの「近畿縦断500㎞ウオーク」あと少し・・

 
過日、メールで案内した、山浦さんのロングウオーク、順調にスケジュールをこなして、19日に奈良県天川村からハガキが来ました。奈良は吉野から大峰奥駆道をたどり、途中は残雪があって少し苦労したとあります。このペースでは予定通り、25日か26日には潮岬へゴールできるのではと思います。 ほぼ一ヶ月、野宿含めたノンストップでの歩きですから、大したスタミナです。 28日夕方に、新大阪駅付近の居酒屋で完歩お祝いの夕食会を予定しています。(山さんは新大阪YHに宿泊予定)

写真左が19日に届いたはがき。右がコース図のはがき
山さんのはがき

たまには外メシ

●けったいなドリンク

 某日、北区の中崎町商店街にある居酒屋「兆か繁」で一献の集い。生ビール一杯100円(お代わりしても100円)という激安店ですが、会計すると一人3000円くらいになるので、アテが高いのかもしれない。

ここのドリンクメニューに「ガリガリ君ハイボール」なるものがあって、なんのこっちゃねんと試しに注文したら写真のようなモノが出てきた。角瓶のハイボールにアイスキャンディが放り込んである・・というけったいな飲み物。アイスバーに「当たり」の印あれば、もう一杯タダで進呈されるそうだ。


ふ~ん、さよか、こんなもんでっか、プハハ。ま、旨いとほめるほどのものではなし、さりとて、金返せとイカルほど不味くもなし、ウマイのは500円という値付けでおます。

ガリガリ 

ガリガリハイボール

読書と音楽の愉しみ


●週刊文春拾い読み(
4月28日号)

林真理子著「夜更けのなわとび」から青色文字は引用文)

(略)・・なんというすごい力!
 そうそう、最近浮上してきたものにもう一つ「故郷」がある。被災地で慰問に来たカルテットがこれを奏で、人々が涙するシーンが忘れられない。 昨日のことである。ドミンゴのコンサートを聴きにサントリーホールへ出かけた。(略)三時間たっぷり歌ってくれた後、オーケストラの前に譜面台が置かれた。七〇才のドミンゴは、老眼鏡とおぼしきものをかけ、日本語で言った。「フルサト」 そして女性歌手とデュエットで歌い始めた。


  うさぎ追いし かの山
  小ブナ釣りし かの川
  夢は今もめぐりて
  忘れがたきふるさと


見事な日本語だった。ドミンゴの指示で観客もいっせいに歌いはじめた。心にしみいる、なんてものじゃない。聴いても歌っても、一字一句が魂を揺さぶっていくのである。私の中にニュースのシーンがはっきりと浮かび上がる。津波に呑み込まれていく家々、消えてしまった街。誰かの大切なふるさと。そしてもしかすると、私たちは祖国ごと失ってしまうかもしれない・・。


気がつくと私は泣いていた。私だけでなく、サントリーホールにいたほとんどの人が涙ぐんでいたと思う。「忘れがたきふるさと」と最後は大合唱になり、スタンディング・オベーションの大拍手。去っていくドミンゴに「ありがとう」「グラーッチェ」という声がかかる。全く歌というのはなんというすごい力をもっているんだろうと改めて思う。(略・引用終わり)


唱歌「ふるさと」が各地のコンサートで大ブレーク中。ほかにも名曲はたくさんあるのに、日本人の心の原点、魂のふるさとをイメージするとき、この曲が断トツの一位に選ばれる。「赤とんぼ」や「さくら」や「荒城の月」だって日本人の心の歌といえるのに、五馬身くらい差をつけて楽勝。たぶん、100年後も不動の一位では、と思います。


では、阪神大震災のときもそうだったかといえば、この曲がそんなにもてはやされたという記憶がない。大都会とカントリーの違いのせいかもしれない。神戸の街で「うさぎ追いし・・」のイメージは湧かないのが普通だから、歌われないほうが自然といえる。

 なんにせよ、明治、大正の先達が創ってくれた、素晴らしい文化遺産です。

夜更けのなわとび  

読書と音楽の愉しみ


●若宮健著「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」を読む

 関東のパチンコ業界は、震災による電力不足という「想定外」の問題で、しんどい局面に立たされている。石原都知事は「やりたければ深夜にやれ」と明快にアンチ・パチンコの姿勢を示している。


韓国は2006年、国会で与野党一致による議決をもとにパチンコを全廃、禁止した。法律によってパチンコを社会から追放した。この事実を日本のマスコミはほとんど報道しなかった。なぜか、といえば、新聞社やテレビ局にとって、パチンコ業界は有力なスポンサーだからである。今でも、パチンコが引き起こす様々な害毒について、マスコミは知らん顔をしている。


では、韓国ではどうしてかくも潔くパチンコを禁止できたのだろうか。家庭崩壊や犯罪増加など、パチンコが生む社会悪の状況は日本と変わらなかったのに、韓国は潔く廃止し、日本では相変わらずのさばっている。簡単にまとめると、以下のようになる。


韓国でパチンコが廃止になった理由
■差別意識の強い韓国では、パチンコは「下層階級の娯楽」として認識され、日本のように広く支持されていなかった。
■歴史が浅く、業者の規模が小さく、日本の「マルハン」のような大企業に育っていなかった。(小規模の個人経営がほとんどだった)
■国会議員や官界との癒着力が小さく、業界に政界を動かすほどのパワーがなかった。(一部には、贈収賄疑惑の事件も起きているが)
■日本と違い、マスコミがパチンコ業界を擁護する必要がなかった。
■パチンコ廃止について、一般国民に反対する意見が少なかった。

なお、本書によると、韓国のパチンコは2000年ごろから流行し、ピーク時は店舗数1万5000軒、年商3兆円に成長した。日本の売り上げのピークは1997年ごろ、年商30兆円。規模が一桁違う。


法律で営業禁止にしただけでなく、パチンコ台そのものを没収、処分して 営業再開できないようにした。これで韓国では「全滅」したことになるが、ヤミでの賭博ビジネスが流行る懸念は残っている。


さて、著者の言いたいことは、なぜ、日本ではパチンコがこんなにのさばってるか、ということであります。これについては、駄目男も数年前のホームページ時代から散々書いているので詳しく書きたくない。で、簡単にまとめると、これが韓国の廃止事情のほぼ裏返しになるところが興味深い。


日本でパチンコが廃れない理由
●日本では「下層階級の娯楽」という差別意識がひくく、ファンの巾が広い。大阪市長の平松サンもパチンコファンだそうだ。
●国会議員や警察官僚との癒着が強力で、パチンコの廃止に関しては全く期待できない。「国民の生活が第一」と唱える政党に「パチンコ業界が第一」をうたう国会議員が三十数名もいる。業界を取り締まる役目の警察官僚がパチンコ業界へ天下りするのが常識になっている。
●パチンコ店や台のメーカーが、新聞やテレビの有力スポンサーになり、パチンコ 批判の言論を封じている。


自分の考えを言えば、動機、理由を問わず、パチンコファンは「知的下層階級」の人間である。大阪市長、平松サンも同類。話をふくらませて、公営カジノ建設を唱える橋下知事も、このテーマに関しては下層階級である。
 では、世の中に一切のギャンブルの存在を認めないのか、といえば、むろん、聖人君子ではないから、そんなカタイことは言いません。競馬や宝くじ(はギャンブル?)などはかまわない。ギャンブルの全面禁止はアメリカの「禁酒法」の失敗と同じで、現実的ではない。


近年、疑惑のマナコで見ているのは、とんでもない児童虐待事件の多発。我が子を虐待する、殺すの裏側にパチンコがあるのでは、という疑問である。負け続けた怒りを無抵抗の子供にぶつけてるのではないか。報道では常にあいまいなことしか伝えないが、仮に、パチンコ狂いが原因であったとしても、業界の味方である警察は情報を隠し、まれに情報を公開しても、マスコミが隠蔽する。親の多くが定職についていないような状況から察しても、パチンコが幼児や児童虐待の原因になってる可能性は強い。


著者の反パチンコの情熱はわかるけど、できれば写真や図表をたくさん使って、ヴィジュアルな表現もしてほしかった。もしや、時間不足だったのかもしれないが・・。次回はぜひ日本での「パチンコ撲滅論」を書いてほしい。しかし、暗殺されるリスクを考えると、ビビッてしまうでせうね。
(祥伝社新書 2010年12月発行 760円+税)

本・韓国パチンコ廃止

犬町・猫町情報

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              5月号表紙 by ぽんさん

表紙11-5月号 

               
               「電車ごっこウオーク」

              身近な心配ごと・・落ちこぼれ

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


●5月例会ご案内  
担当 きなこさん

新緑の美しい古都を、zigzag 歩こう~♪♪

■2011年5月8日(日曜日) 雨天中止
■集合・・・午前10時 京都市営地下鉄 烏丸線 国際会館駅改札口
①阪急梅田8:49発 快速急行→烏丸9:33着   乗り換え
京都市営地下鉄烏丸線 四条9:41発→国際会館9:57着

②JR大阪8:45発 近江今津行 新快速→京都9:14着 乗り換え
京都市営地下鉄烏丸線 京都9:30発→国際会館9:50着


■コース・・国際会館駅~宝ヶ池~京都府立植物園(昼食)~鴨川河川敷~賀茂御祖神社(下鴨神社)糺の森~京阪出町柳駅 距離7~8キロ 

※ 京都府立植物園は、府民に関わらず、60歳以上の方は入園料が無料です。氏名及び生年月日が明記された、身分証明書を忘れずにご持参ください。

ア・ラ・カルト


●加賀・大聖寺のお花見

 京阪神の桜はもう散ってしまったけど、湖北から北は丁度満開。そのなかで加賀市大聖寺の桜を見物、同地の「山の文化館」も訪ねました。ここは、加賀温泉郷という観光エリアの一部ですが、かの「震災自粛モード」のせいか、ベストシーズンというのに、温泉街も含めて観光客の姿、かいもく見えず、し~んと静まりかえっていました。


大聖寺の花見は熊坂川沿いが中心、九谷焼美術館の裏手から住宅街に通じ、少し上流は舟遊びができます。舟の乗り場横に「山の文化館」があって、元は織物工場だったところ、市が買い取って深田久弥(作家・登山家「日本百名山」の著者)の記念館に改装しました。なつかしい木造、瓦葺きの建物でいい感じです。


■山の文化館 HP
http://www1.kagacable.ne.jp/~yama/


加賀温泉日帰り 

加賀温泉 

加賀温泉 

加賀温泉 


山の文化館
加賀温泉 

加賀温泉 

駄目男がはじめて読んだ深田久弥の本は、この「山秀水清」だった。50年くらい昔の話。
加賀温泉 

図書室。山岳関係の珍しい本は寄贈を受け付けている。
加賀温泉 

柴山潟の湖畔から白山を望む。深田久弥の「ふるさとの山」である。(4月17日)
加賀温泉おわり

読書と音楽の愉しみ


●若林克彦著「絶対にゆるまないネジ」を読む

 東大阪市に何千社とある中小零細企業のなかで、いま一番元気のある会社はこの「ハードロック工業(株)」ではないかと思います。苦心のあげく、絶対ゆるまないナットを発明、商品化して、いわゆるオンリーワン企業になった。競争相手がないという断然強い会社です。本書は、社長さんが書いた、発明の苦労と成功に至る話をわかりやすくまとめたものです。読んでいて実に楽しい。読者はみんな応援団になりそうです。


激しい振動を加えてもゆるまないネジ(ナット)。そんなもん、とっくの昔に発明されてたのでは?と思いがちですが、これがなかったのですね。世界中の発明家、技術者がアイデアを出し、研究したはずですが、なぜか成功しなかった。そこで、もともとこの分野に取り組んで来た若林さんが、これが出来たら、モノづくりに役立ち、儲かるハズと、必死のパッチで考えました。


しかし、あーだ、こーだと寝食忘れて考えても、ぜんぜん名案は浮かばない。精根尽きた、トホホ気分で、ある日、大阪市の住吉大社へお参りに行きました。エンジニアが神頼みって、なんちゅうこっちゃねん・・そやけど、もう理屈ゆうてる場合やおまへんねん。


神社には鳥居があります(当たり前や!)住吉大社でなにげにそれを見ているとき、ある部分を目にして、ピカピカ、ガーンとひらめきました。それは、鳥居を組み立てるとき、横バーに打ち込むクサビです。(下の写真)


 これやっ、これやがな!! 神のお告げは、鳥居のパーツに秘められていたのであります。住吉大神もどっちらけたのではないでせうか。要するに、クサビの締め付け原理が発明のモトになったのです。そして、また夜に日を継いでの猛研究。いろいろ失敗も重ねて、ついに「絶対ゆるまないナット」が完成しました。 クサビの原理をどうしてボルト、ナットの締め付けに応用したのか、ここで説明するのは難しい。


若林社長のえらい点は、発明や特許に注力するだけでなく、同時に営業戦略も進めたことです。いくら良い商品でもセールスを怠ったら売れない。まして販売力の無い中小企業なら、いかに売り込むかの作戦が重要です。普通の発明家は、その点、自己満足に陥りがちなところ、発明者にして経営者だから、バランスのとれた戦略ができました。


社員わずか50人、年商12億の典型的町工場であるこの会社が、いまどんなところに納品しているか。JR新幹線各社、台湾高速鉄道、中国高速鉄道、英国、ドイツの高速鉄道、瀬戸大橋、東京スカイツリー、ETC。
すでに世界中に向けて納品しています。最後の開発先はボーイングなど航空機メーカーだそうです。こんな顧客あてに年間数百万個のゆるまないナットを納品しています。まさに「中小企業の星」といえるでしょう。


大学生の「就活」は、なにはさておき大企業を目指しますが、こんな優れた中小企業もある、ということです。小さいぶん、社員一人一人の活躍が業績に大きく反映する。むろん、それだけ責任も大きいのですが、入った途端に組織に埋没する大企業よりずっと働きがいがあると思いますね。


いま、大震災のせいで日本製パーツの不足が世界のモノづくりビジネスに影響を及ぼし、難儀をかこっていますが、この「ハードロック工業」も、すでに世界で無くてはならない会社になっています。特許や生産設備の関係で、ヨソでつくるわけにはいかない、オンリーワン企業です。毎日、生産、販売に励む社員にとって、最高にやりがいと誇りを感じる「中小企業」ではないでしょうか。(2011年3月 中経出版発行 1300円+税)


ひらめきを生んだ、鳥居に使われてるクサビ
ゆるまない 


ゆるまない・・

製品の仕組みの解説図 文章ではさらりと書かれてるだけだが、クサビの原理を使った「ゆるまない仕掛け」のポイントは、ナットの穴を偏心させることらしい。
ゆるまないナット

大阪日暮綴


●お花見兼ねて、ベイエリアの低山徘徊を愉しむ (その2)


新夕陽丘(26m)
 天保山から渡船を利用した場合、徒歩10分でJR桜島駅前に行き、民営バス(北港アクティブバス)で舞洲緑地へ行きます。約15分・200円。緑地のサクラはまだ成木ではないけど、十分鑑賞できるほど育ちました。広い芝生の原っぱの中にあり、花見の快適さでは大阪市内一番といっても良いくらいです。休日は混雑するけど、平日はちらほらしか人影がありません。夕方までいるなら「新日本夕陽百選」に選ばれた、丘の上からのサンセットシーンを見物して下さい。

桜・舞洲 

舞洲 

舞洲 




蘇鉄山(7m)
 お花見、散歩コースとしては、南海本線「七道駅」下車、旧内川沿いの 遊歩道を堺駅まで歩くのが楽しい。堺駅から内港に沿って阪神高速をくぐると、日本で一番古い木造の燈台があります。まわりは無粋な工場風景で、沖合右手に見えるハコモノはシャープの液晶パネルや太陽電池の工場。大浜公園に入り、南寄りに進めば蘇鉄山登山口で、天保山と違い、ちゃんと坂道があるので登山気分が味わえます。・・といっても、30秒くらいですけど。


山頂に説明がありますが、蘇鉄山は「一等三角点を有する、日本で一番低い山」です。等級を問わず、日本一低いのが天保山。この違い、山に興味のない人には「それが、どないしてん」と何やらシラけた気分にしかならないみたいであります。このコースは「なにわ快道100キロガイド」の「商都コース」で案内しています。


■「なにわ快道100キロガイド」の案内はこちら・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html

七道駅前から堺駅まで遊歩道が続く 
蘇鉄山 
 

阪神高速の向こうに明治時代の木造燈台が見える
蘇鉄山


蘇鉄山登山口の道標
蘇鉄山


山頂風景
蘇鉄山

大阪日暮綴


●お花見兼ねて、ベイエリアの低山徘徊を愉しむ(その1)
 
昭和山・・天保山・・・・・・・・・・・新夕陽丘・・蘇鉄山

 拙著「なにわ快道ガイド」では、大阪市内の6山と堺の蘇鉄山を案内しています。その中で、海ぎわの4山はお花見も楽しめます。安い・近い・楽しい・三拍子そろった○ビ派向きの地味名所。むろん、サクラが無くても楽しい散歩コースです。

■昭和山(33m)
 地下鉄堺筋線のトンネル工事残土を積み上げてつくった山。歳月を重ねて樹木が生長し、今やナチュラル感十分の風景になっています。緑の少ない大正区では貴重なオアシス的空間です。JR・地下鉄大正駅からバスで10分。大正区役所前下車。山の東側に天然温泉「やまとの湯」があり、市街地で「登山と温泉」が楽しめるのはここだけです。


山麓のヨウコウザクラが先に満開になります。
昭和山 

山頂の標識
昭和山 

山頂からは三つの大きな橋が重なって見えます。
奥から 港大橋 なみはや橋 千歳橋
昭和山 



■天保山(4,5m)
 山名が地形図に復活してから、はや15年、低さも低山ブランドでもナンバー1。山のまわりのどこから眺めても山頂が目線より下という難儀な
山であります。「見下げる山頂」なんて、あっていいのか。山男は悲憤慷慨するも、山頂を見上げること遂にかなわず、すごすごと下山します。


最近は、地元商店会のはからいで、山頂近くの店で「登頂証明書」がもらえるようになりました。公園西入口前の喫茶「憩」食堂「乃なか」菓子店「ドルチェ」の3軒です。昭和山から天保山へ縦走?したい人は「なにわ快道」でコースを案内しています。バス利用の場合は昭和山山麓、大正区役所前から天保山行き(毎時一本)に乗って、地下鉄大阪港停留所で下車、徒歩6分で山頂到着です。


天保山から新夕陽丘へ行くときは、山頂そばの桟橋から渡船にのり桜島へ。JR桜島駅前から民営バスで終点のロッジ舞洲停留所下車、すぐ前が登山口です。


「なにわ快道 100キロガイド」マップの案内はこちら・・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html


天保山公園の桜並木
天保山 

いつのまにか、看板も新しくなっていました。地元商店会の寄贈らしい。
天保山 

登山証明書も公園入口前の店でもらえます。 右側半分は絵はがきとして利用できます。
天保山登山証明書 

渡船のりばから見たUSJのホテル群
天保山 

対岸の桜島側から見た天保山公園。桜並木がピンクのラインに見えます。

天保山 

(つづく)

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●野楽路会 4月例会レポート

枚岡から暗峠へ (4月6日 担当 ふうさん)

 当会はじめての平日例会です。近鉄枚岡駅に集合、枚岡神社、梅林を経て展望台へ。ここで早めのランチ、午後は酒を飲んだ面々は楽な近道を、マジメ組は遠回りして暗峠で合流。下りの途中、棚田の眺めのよいところでコーヒータイムとって南生駒駅へ。案内ではアップダウン200mでしたが、地形図を読み直したら400mありました。しんどいはずや! おかげでミュンヘンのビールが旨かった。


枚岡梅林は咲き残りの梅と桜、両方が楽しめました。暗峠


展望台から大阪市街地のパノラマ風景を展望
暗峠


暗峠は大阪府と奈良県の境界、石畳の道が100mほどあるが、これは近年つくったもので、昔は普通の土道だった。
暗がり峠 

暗峠 


サウダージさんのスケッチは峠手前の山里風景
暗峠スケッチ作品


下りは奈良方面の展望が良い道が続く。
暗峠

読書と音楽の愉しみ


●大フィル 震災チャリティコンサート 
(4月7日 ザ・シンフォニーホール)

 「なか卯」で牛丼並290円をかき込んでホールへ行けば、続々と詰めかけるお客さん。指揮者・大植氏の話では、チケットは発売後3時間で売り切れたとのこと。宣伝時間がほとんどなかったにしては上出来です。


黙祷のあと、プログラム通りに演奏が進み、休憩時間では、ナゼか聴衆全員で童謡「ふるさと」を歌い(三番まで歌詞を知ってる人が多くて驚いた)ナゼか、歌舞伎笛方の藤原寛さんが宮城道雄の「春の海」を奏し、終了後にナゼかモーツアルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が弦楽と混声合唱で演奏されました。2000円にしては、具だくさんの演奏会でした。大植さんと大フィル及び関係者に感謝です。聴衆のマナーもGOOD。


たった4分ほどの小品ながら、モーツアルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の天国的美しさに感銘した人がたくさんいた・・とこれは期待を込めて言うのですが、しかし、どうしてこんなに綺麗な旋律が生まれたのか、と問えば、神がモーツアルトに手を添えて書かせた・・と。これが尤もらしく伝わるところ、天才の余得と言えませうか。


ちゃんと音の出る動画が見つからないのですが、これが見本です。
http://www.youtube.com/watch?v=6KUDs8KJc_c


なお、当日会場で集まった義援金は201万2114円。聴衆一人当たり約1200円になりました。(事務局HPによる) あれこれ考えても、自分のような無職年金生活者にはこんな程度の支援しかできない。

 
■故郷

兎追いしかの山
小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷

如何に在ます父母
恙なしや友がき
雨に風につけても
思い出ずる故郷


志をはたして
いつの日にか帰らん
山は青き故郷
水は清き故郷


作詞:野辰之
作曲:岡野貞一
1914年(大正5年) 発表

読書と音楽の愉しみ


●青柳恵介著「風の男・白洲次郎」を読む

 政財界で、表には立たないが、ウラで駆け引きや指南する人物を「黒幕」って呼びます。これには字の如くダーティなイメージがつきまといますが、だったら、白洲次郎は「白幕」役だったのかもしれない。私欲抜き、国益優先で難題に立ち向かい、解決に力を発揮しても、決して手柄話なんかしない。そんな稀有の人物だったことが本書でわかります。


妻の白洲正子の書いた本を読んだ人は、たいてい、この人の亭主ってどんな男だったのか興味を持ちますが、その答えにもなる本です。夫妻とも個性強烈、人脈、教養一流にして自他共に認めるわがまま。こんな夫婦がなんで離婚せずにおれたのか。ぶしつけに尋ねた友人に次郎は答えた。「別れないための秘訣は、いっしょにいないことです」ナットク、であります。


彼ほど有能な人物はどの世界に身を置いてもトップリーダーになれる、なるべきだと周囲の人は考えたが、それは望まなかった。トップでなく、セカンドのポジションで活躍した。トップになったのは東北電力の会長になったことくらいで、ほとんどは脇役、今風にいえばコーディネーター的な立場を好んだ。役は脇役でも、トップの決断のお膳立てをするのが役目だから、限りなくトップに近いセカンドである。また、彼は、自分で配下の組織をもち、人を使いこなす管理職的な役目は大の苦手だった。部下なしで一人で立ち回るほうが性にあっていた。


本書のハイライトは、敗戦後の新憲法づくりでの裏方役である。占領軍と日本政府の間に立って、アチラを怒らせず、コチラの不利にならないように、憲法の草案づくり時点からモロに関わって調整に奔走する。圧倒的に弱い立場の日本ではあるが、そこをなんとか、ギリギリの妥協点を探る。歴史上ではぜんぜん評価されないが、これが一番のハードワークだった。


彼の死後、白洲次郎に匹敵するような人物が出たかといえば・・残念ながらいませんね。最晩年はエリートしか入れない軽井沢ゴルフ倶楽部の理事長におさまっていたが、毎日、長靴はいて草取りに精出すのが日課だった。山ほど得た名誉になんの未練も持たず、1985年(昭和60年)83才で亡くなった。遺言はたった8文字「葬式無用 戒名不要」だった。(新潮文庫 平成12年11月発行)


本・白洲次郎

犬町・猫町情報

private

●大フィル・コンサートご案内

大植英次指揮 チャイコフスキー・セレクションNo.1

ザ・シンフォニーホール 19:00開演(18:00開場)

日時:2011年7月20日(水)
プログラム
■ミステリーピースⅠ(お楽しみ)
■ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
(ピアノ:マキシム・ベッケルマン )
■交響曲 第4番 ヘ短調 作品36

チケット料金(割引価格)
A4500円・B3600円のいずれか。
座席(料金)は購入時に決めます。
■ご希望の方は4月11日夜までにお知らせ下さい。

ア・ラ・カルト


●紀州漆器の里 黒江と温山荘訪問

 漆器の四大産地の一つと言われながら、黒江(和歌山県海南市)は関西でもあまり知られていません。(あとの三つは、輪島塗、山中塗、会津塗)だから案内しようと信金広報誌「いこい」で紹介させてもらいました。電車ならJR和歌山駅で紀勢線に乗り換え、三つ目の黒江駅で下車します。


町に入って最初に目につくのは「黒牛茶屋」。名手酒造の敷地にあって「黒牛」ほかの地酒の試飲と販売をしています。先月紹介した交野市の「山野酒造」と同じような零細企業で、20人ほどの社員で細々生産しています。


漆器の見学は「うるわし館」と「ぬりもの館」で出来ます。生産自体は別の工場団地でやっているため、古い町並みに工房が並んでるといった風景はありません。「ぬりもの館」では軽食もとれ、雑貨の展示が多くて楽しめます。漆器といっても、樹脂素材に塗装した商品が多く、伝統的な、高価な漆器は少ないのが現状。なんとか新分野の開発を、という試みもなされ、うるわし館ではオートバイに塗装した見本もありました。


町並みを抜けて国道を渡ると「温山荘」の玄関、知名度はイマイチかと思いますが、戦前の大金持ちの遺産として見応えがあります。明治時代にベルトの製造で成功した新田長治郎という人が自らの保養のためにつくった別荘で敷地は4万㎡くらいあります。珍しいのは、庭園の池が潮入式といって、潮の満ち引きによって水位が変わること。一見、普通の庭園に見えますが、満潮のときは池の飛び石が水面下に沈んだりして面白い。(入場料400円 65才以上300円)


庭園のすぐ隣に「和歌山県立自然博物館」があり、小規模ながら、海の生き物を中心に、子供にも理解しやすいように分かりやすい解説がされています。65才以上なら県外の人も無料なので、ぜひ立ち寄って下さい。(一般は入館料460円)

「いこい」誌は近畿信用金庫協会加盟の信金店頭でもらえます。(置いてない店もあります)協会加盟店はこちらで・・・
http://www.shinkin.co.jp/tikubetu/kinki.htm


■いこい 2011年春号表紙
黒江


黒牛茶屋
黒江


民家を改造した「ぬりもの館」
黒江


ぬりもの館の内部 小物雑貨の展示と販売をしている
黒江


温山荘庭園と茶室
黒江


潮の満ち引きで水面が上下する潮入式の池
黒江


別荘の邸宅へ海からの涼風を取り入れたいという理由で、山に掘られたトンネル。手掘りで50mくらいある。
黒江


和歌山県立自然博物館の水槽
黒江水族館


■温山荘案内
http://kanko.gnavi.co.jp/spot/92/30000592.html


■和歌山県立自然博物館のHP
http://www.shizenhaku.wakayama-c.ed.jp/

たまには外メシ


●なつかしい・・
廣田屋の豆めし

 戦前から大阪市の南部に住んでおられる方なら、たいていはご存じの「廣田屋の豆めし(ご飯)」すでに絶滅したのかと思っていたら、住吉に残っていました。南海本線住吉大社駅の南50m、高架沿い にあります。読者に「え、ほんま?」と驚いた方いるかも。・・いや、そんな、戦前生まれの人、あんまりネットやってませんね。残念。


豆ごはんといえば、普通はエンドウ豆を炊き込んだご飯ですが、こちらのは大豆を煎って皮をむいたものを炊き込みます。こんなものがナゼ有名ブランドになったのか不思議な気がします。かといって、エンドウ豆のご飯なら、ありきたりで更に人気は出ないでせう。


廣田屋は当初、天王寺と住吉に2軒あり、駄目男がかすかに覚えているのは天王寺のほう。西門交差点から逢坂を下った、安居神社の近くにありました。古びた木造の料亭だったと思います。この店が無くなったあと、つい最近まで阿倍野筋の東側に同名の店があったので、跡継ぎだったのかも知れません。


住吉の店も「廣田屋の豆めし」にこだわったせいか、時代のトレンドにおいてけぼりにされた感じで、田舎町の食堂ふうです。こういう店の業態の転換って難しいですねえ。HPには、高島屋で弁当したての豆めしを売ってるとのことなので、忘れなければ買ってみようと思います。(忘れそう)


■廣田屋のHPはこちら・・・
http://www.oct.zaq.ne.jp/hirotaya/index5.html


注文したのは刺身定食 1100円ナリ。
廣田屋豆ごはん 

廣田屋 

廣田や

閑人帳


●元祖・日本一低い山
 仙台の「日和山」津波で消滅

 天保山が日本一低い山として認知されるまで、低さ一番をうたっていた
日和山(6,05m 仙台市宮城野区)がこのたびの大震災による津波で消滅した、という記事が見つかりました。


■河北新報 4月1日の記事一部引用
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110401-00000025-khk-l04

 東日本大震災は、渡り鳥の飛来地として知られる仙台市宮城野区の蒲生干潟も壊滅させた。約13ヘクタールの潟湖はほぼ砂で覆われ、かつてあった自然豊かな湿地帯は見る影もない。宮城県は「元の姿に戻るのは不可能ではないか」とみている。
 七北田川河口に広がる蒲生干潟は、潟湖を中心に約48ヘクタールが国の「海浜鳥獣保護区特別保護地区」に指定されている。淡水と海水が混じり合うため、ゴカイ類や貝類など水生生物が豊富に生息。ヨシ原があり、シギ類やチドリ類をはじめ多くの野鳥が集まる場所だった。(略)
 
 干潟を一望できた日和山(6.05メートル)は消滅し、頂上に立っていた一本松は地べたに横たわる。干潟の西側に建てられたばかりの高さ約4メートルの防波堤は所々が決壊し、押し寄せる海水を止めることはできなかった。(以下略)


2000年(平成12年)に東北旅行をしたおりに登山したことがあり、天保山とちがって、広大な干潟を見晴らす、自然環境に恵まれたところで、野鳥の楽園と呼ばれていました。それが、今回の大津波で山は消滅、一帯は砂で埋まってしまったとあります。日和山は、元々人工の築山ですが、山頂が波に呑まれるという、今まで冗談で言っていたことが本当になってしまいました。


2000年10月15日の登山記念撮影
仙台日和山

山頂から見た干潟の風景
この写真は「貞山運河の魅力再発見」からコピーさせてもらいました。
http://www.teizan-unga.com/photo/gamouhigata01.html
仙台日和山

読書と音楽の愉しみ


●最近の演奏会から

びっくりオーケストラ・・SNS管弦楽団 第3回演奏会

 こんな名前のオーケストラ、聞いたことありませんね。駄目男も最近まで知りませんでした。というか、実体がない、半分幻のオケです。SNSとは「ソーシャル ネットワーク システム」のことで、普段は組織、団体としてはどこにも存在せず、演奏会の企画が生まれてから希望者が自発的に参加してオケができる、終わったら解散します。SNSに参加している人で、そこそこウデに覚えがあれば、ハーイと手を挙げて楽団員になれます。(ドヘタな人は練習でふるい落とされるのでせうか)


プログラムを見て、目が点になりました。えっげつなあ~。

チャイコフスキー作曲
交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
交響曲 第5番 ホ短調 作品64
交響曲 第6番 ロ短調 作品74
指揮・・森 和幸

これって、昼メシに焼き肉定食を注文したら、カツ丼と天ぷら盛り合わせも一緒に出てきた・・みたいな、てんこ盛りすぎるメニューです。普通は一公演のメインになる曲を三つまとめて演奏するんだから、聴く方も休憩時間にパンシロン飲まなきゃ消化不良になりそう。てなわけで、昼12時30分に始まって、終わったのは4時前でした。


肝心の演奏の出来映えはどうだったのか。これが予想に反して上出来なのでまたビックリ。そこそこ歴史と実績のあるアマ楽団に比べて遜色がないどころか、十分鑑賞に耐えうる良い演奏でした。指揮者がえらいのか、楽員個々のウデが良いのか、たぶん、両方の成果だと思いますけど。2曲目、5番のステージを遠眼鏡で見ると、おお、トランペット3本は全員20歳代のギャルではありませんか。すごいなあ。ぐわんばれ!と応援したくなりました。


ビックリついでに書けば、なんと入場無料なのであります。ホール代ほか、モロモロの費用は全部メンバーがワリカンで負担したのでせうか。そこまで身銭を切ってもやりたいのか。今どき、奇特な人もいるもんですねえ。もっとも、この「無料」にはワケがあるらしくて、プログラムの言によれば、お金をもらって、お客様のニーズを考えて企画するのではなく、自分たちのやりたい曲をやる、これが大事なんだと。ゼニもらって気遣いするより、ウチら勝手にやらしてもらいまっさ、いやならお帰り、ってことか。


1400人入るホールに、聴衆は約300人ほど。最初は義理拍手がパラパラでありましたが、最後は300人なりに盛大な拍手が起きて、情熱溢れる演奏を讃え、重労働をねぎらったのでありました。次回も期待して、草場の陰で応援しておりますぞ。(3月20日 八尾プリズムホール


■SNS管弦楽団の情報
http://plaza.rakuten.co.jp/snsorchestra/


アンコールでチャイコフスキー「序曲 1812年」を熱演
管弦楽団

読書と音楽の愉しみ


●たなかよしゆき詩集

 夏の朝の愉しみは 新発行ご案内

 里山、歴史道歩き「古道紀行おおばこの会」を主宰している田中さんが、標題の詩集を発行されました。これで10冊目の作品になるそうです。

■古道紀行おおばこの会 行事ご案内
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-17.html 


A5サイズ・50頁。1000円+税 購入、お問い合わせは下記へ・・
639-0253 奈良県香芝市田尻430-4 田中義行さん
電話・FAX 0745-79-6452

田中さん詩集

閑人帳


●「新潮45」拾い読み(2011年4月号)

高峰秀子著「ボケへの恐怖」

 戦後映画界の花形女優だった高峰秀子さんは、昨年12月に86才で亡くなった。以下の文は、彼女が70才ごろのときに本誌へ寄稿したものの、再録である。女優業から徐々に身を引き、落ち着いた平和な暮らしが続いていたある日・・・以下、青色文字は引用箇所


 
私は毎朝、起き抜けにまず台所へ直行、夫のヨーグルトを用意し、次いでサイフォンにコーヒーを仕掛け、ミルクとコーヒーカップを温める。この手順は、十年一日変わらない。いや、変わらないはずだった。
 ところがある朝、台所へ行ったは行ったが、何をどうしていいか、さっぱり分からない。手は脳の出張所というけれど、脳からの指令がないから、両手はだらりと下がったままである。
 私は呆然と突っ立ったまま呟いた。「いよいよ来たか、えらいこっちゃ」


映画女優のなかでは最もインテリだったと思われる高峰秀子サンにして、おそらく60歳代で「痴呆症、キタ~ッ!」を経験し、せっかく安穏な日々だったのに、ボケに身構える暮らしを余儀なくされる。この体験を新聞に書いてみたら、あの有名な女優がボケたんだって、と世間で話題になり、「もっと詳しく書け」「ボケ日記を発表しろ」と出版社から注文が殺到した。忙しくてボケてる暇がなくなった。つまり、救われた(笑)やっぱり、有名人はトクですね。


彼女は「台所仕事」がボケ防止に役立つと考えた。レシピを考え、材料をてきぱきとさばき、包丁や火という危険物を扱い、きちんと味付けし、きれいに器に盛る。ふだんは余り意識しないが、結構神経を使う作業なのだ。
 しかし、あの「両手だらり」の日以来、肝心の指先の動きが鈍くなり、調理のテンポが乱れてきた。冷蔵庫の扉を開けてみたものの、何を出すのか分からず、呆然とする。そのときの言いしれぬ空しさ・・。


せっかく、誰にも煩わせられない、落ち着いた暮らしを獲得したのに、彼女が思い知らされたのは「人間に不可欠なのは、一にも二にも<絶え間のない緊張感>」だった。緊張感に欠けた、平和で落ち着いた暮らしが、ボケを助長する、とはなんとも因果なことであります。

 新聞記事などでは、高峰秀子さんは肺ガンで亡くなったと。最晩年は認知症だったのかどうか分からない。(注)当時は認知症という言葉がなく、痴呆症・呆けが一般語でした。


■上の話とぜんぜん関係ないけど、西区九条の「シネ・ヌーヴォ」で高峰秀子特集の上映会がありますのでご紹介。駄目男も何本か観る予定です。


■シネ・ヌーヴォのHP(上映日程表)
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/takamine/takaminesche.html


高峯秀子