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ア・ラ・カルト


●比良・蓬莱山遊覧

 さわやかな秋晴れに恵まれて、琵琶湖の展望が素晴らしい打見山、蓬莱山へ。近年、施設がまるごと新しく作り替えられたロープウエイのゴンドラは120人乗りという大バコのうえ、所要時間も5分という快速で上り下りします。ただし、運賃も往復1800円と、尻込みしそうな高さです。

その代わり、JR志賀駅と山麓乗り場間のバスは、平日のみ無料です。土休日はバス代片道320円が要るので、大阪駅からの利用を考えると、交通費だけで5000円くらいかかり、気軽に出かける気にはなりません。

六甲山上からの大阪湾の眺めと夜景のすばらしさ。そして、この蓬莱山からの琵琶湖の大観は、京阪神の行楽客にはお馴染みになっていますが、関東や名古屋方面の人には見ることができない絶景です。この二つを組み合わせた名古屋発バスツアーを関東、中部方面の観光客向けに売り出せば、企画の珍しさで売れるかも・・と、貧乏性駄目男はセコいこと考えてしまうのでありました。(9月29日)

■びわ湖バレイの案内はこちら・・・
http://www.biwako-valley.com/


蓬莱山2 

ゴンドラというより、部屋ごと上昇する気分。
蓬莱山1 

山頂近くは、傾斜が35度くらいある。画面中央下にゴンドラ。
蓬莱山3 

ロープウエイ駅から蓬莱山まで、スキー場の草原をハイキング
蓬莱山  


ただいま測量中・・・蓬莱山山頂三角点
 蓬莱山山頂には一等三角点があります。たまたま当日は業者が測量に来ていたので、少し話を聞きました。測量といっても、今や計測自体はすべてIT化していて、目で測るなんて作業はありません。

三脚の上、即ち三角点(+印)の真上にお盆型の受信機をとりつけ、24時間、衛星からの電波を受信し、データを専用のソフトで解析して答えを出します。24時間も測量するのは、複数の衛星間の距離に多少のズレがあるため、何度も測って補正する必要があるからです。

機器やソフトの能力がアップするにつれ、計測も緻密になってきて、測量誤差は小さくなります。月の満ち欠け=潮の干満によって地球の地殻への圧力もビミョーに変わり、それが基準点間の距離の変化に影響することもあるそうです。最近、日本が打ち上げた測量衛星「みちびき」が本格活用されたら、精度はさらに向上すると思われます。

それはいいとして、国土地理院からの仕事の発注はだんだん減っており、業者間の仕事の取り合いは、なかなか厳しいらしい。ひと昔まえは、業者のテリトリーは概ね決まっていたが、今は、大阪の業者が静岡の仕事を取りに行くこともできる。入札できれば、どこでも仕事できるという自由競争が測量業者の経営を脅かしてる。はためには、大きなリュック担いだハイカーのようにみえるこの人たちも、しっかり、不況や規制緩和の影響を受けているのでした。

お盆型の受信機はまだ取り付けていない状態
蓬莱山4 


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読書と音楽の愉しみ


●大フィル定期演奏会から(9月)

バッハ作曲「ミサ曲ロ短調 BWV232」

 「9割の確率で、生涯の聴き納めになる曲」と思うと、なんだか切ない気分になるのであります。バッハにとっても最大にして最後の曲。人生のどたんばまで、あれこれ手を加え、「でけた~っ」とペンを置いて間もなく死んでしまった。

出だしの、オタマジャクシ10個ぶんくらいの合唱がたまりません。石づくりの大伽藍の中に身を置いたような、なんとも言えない荘厳さと高揚感。以後、一曲で延々2時間を超える演奏になるのですが、指揮者、ヘルムート・ヴィンシャーマンは、なんと御年90才であります。現役で世界トップかもしれない。えらくノッポなので、指揮台不要、悠揚迫らぬといった貫禄十分の指揮ぶりでした。

歌詞は全編、我らを救い賜え、哀れみ賜え、主の栄光は天地に満てり、と同じような言葉の繰り返しですが、神の子羊ではない自分の脳裏に何度も浮かんだのは、あの「はやぶさ」が最後に燃え尽きるシーンでありました。
(9月22日 ザ・シンフォニーホール)

ア・ラ・カルト


●復元「遣唐使船」を見学 
~平城京跡~

 平城遷都1300年祭には何ほどの興味もないけど、会場の一角に遣唐使船が実物大で復元展示されてるというので出かけました。 全長30m、排水量300トンというサイズで、今なら、やや大型の漁船と似たスケールです。

復元した、といっても、実は図面などの資料が皆目無いため、外観も構造もほとんど想像するしかなかった。リアルさでは相当ええ加減なシロモノです。また、復元船では、材木の加工、仕上げは機械でやってますが、昔は全部手作業ですから、ずいぶん荒っぽいつくりだったはずです。

当時は、造船所なんか無いので、浜辺に掘っ立て小屋をつくり、丸太で足場を組んで船体を組み上げていったとして、例えば船の重心位置を決めるのにどんな技術があったのか。左右の重心は左右対称型につくることで解決できても。前後の重心をどうして決めたのか、こんな単純なことにも興味が尽きません。もし間違えて作って海に浮かべたら、前のめり、尻上がりの船になったりして、まともに進めない。バランスをとるために石なんか積むと、たちまち貨物や食料の積載量に影響して航行に不利となります。

説明書きでは、こんな船に150人くらい乗船したのでは、と推測しています。食料や水は無論、唐の皇帝への献上物や遣唐使など高官のドレスアップ用衣装なんかも積むので、人間の居住空間はほとんど無かったかもしれません。乗船者のうち、半分くらいは水夫、船の漕ぎ手で、交代制とはいえ、命がけの過酷な労働だったでしょう。早く進むために、一応、帆船のつくりにはなっていたけど、実際、どれほど役に立ったか不明です。

船団は、通常4隻で構成され、遭難のリスクを分散するため、高官は分かれて乗船しました。出港は今の住吉大社のすぐ前の浜から。4隻、のべ600人もの大団体で唐へ・・・。これって、かの小沢一郎がコキントウにゴマすり会見に行くために連れていった500人の大団体と似てるじゃありませんか。あれは平成の遣唐使ってか。

レーダーやGPSなんか無いので、航海士ならぬ占い師を乗せて出港。瀬戸内海経由で東シナ海の波濤の彼方へ向かいました。ある本の記事によると、200年間にのべ40隻の遣唐使船が唐へ向かったうち、12隻が遭難(沈没)したというから、3割は死出の旅になってしまったわけです。これだけ死亡率が高けりゃ、いくら親切で強欲なアリコでも保険加入お断りですね。

そして、無事に上陸できても、さらに2ヶ月、1400キロ(東京~鹿児島くらいの距離)の陸路の旅もしなければならない。もし、空海や最澄の乗った船が遭難していたら、日本の宗教は相当違うものになっていたかもしれません。10年くらい前、墓誌発見で話題になった留学僧「井真成」のように、現地で病死した人もいる。

船に隣接する資料館では、大型スクリーンで航海の様子や平城京の風景を紹介しています。1300年前は、唐は日本にとって、畏怖、尊敬、憧憬、の対象になる偉大な国だった。しかし、なんでもかんでも真似したがった風潮のなかで、科挙や纏足の文化までコピーしなかった日本人の見識は評価に値する。そんな唐の末裔が、今は世界中から顰蹙をかう「ヤクザ国家」に落ちぶれている。偉大な唐とサイテーのリアル中国。観客は複雑な気分になるのであります。

会場へは、JR、近鉄奈良駅から無料シャトルバスがあります。今回は遣唐使船見学(500円要)~太極殿~徒歩~近鉄西大寺駅 コースでした。

■博覧会のご案内
http://www.1300.jp/


遣唐使船1 

賄い部屋という四角い部屋で調理をしたらしい
遣唐使船2 

帆布など無かったので、帆は網代網が使われた。折りたたみ式で、重くて扱いにくかったらしい。
遣唐使船3 

閉場5分前に「大極殿」にすべりこみ。

平城京1 

遣唐使船同様、おおかた想像でつくられた大極殿。古代建築に見えて、実は正面には、保護用ガラスがはめられ、本体は免震装置も装備されてるハイテク建築。ただ、木造部の造作は昔の手道具で施工されている。八角形のボックスは天皇の謁見室。
平城京2

プチ・ケチの研究


●尊敬します、A級けちんぼさん

 鮎と越乃寒梅のゼータクな夕餉記事のあと、俄然プアな話になります。ブログランキングには「節約・貯蓄」というカテゴリーがあって、そこの人気ナンバーワンが「三十路独身女のいつものごはん」。食費一日500円内を目指し、しっかり実績を残してきた、その内容とデータをセキララに公開しているのであります。

■三十路さんのブログ・トップページ
~一人暮らしの哀愁漂う節約ごはん日記~
http://ameblo.jp/yurigohan/

三十路さんの実績は、酒代も含めて一ヶ月15000円内。えらいなあ!駄目男のお手本にしたいケチンボでありますが、酒代別でも、平均15000円超の駄目男は、なんだか、第四コーナーで5馬身くらい離されてるようで、追いつくのは至難であります。けちんぼにも、野暮なけちとスマートなけちの両方があって、三十路さんのそれはスマート派であり、けちんぼの達人、A級けちんぼと言えるでせう。でなければ、ランクのトップになれません。

実力の差はどこにあるのか。
① 仕入れが上手い。
② 使い回しが上手い。 に尽きると思います。

ちなみに、今年の駄目男の食料費は(毎月20日〆・端数四捨五入)
1月:18900円   2月:14700円
3月:15400円   4月:17800円
5月:21800円   6月:15100円
7月:16500円   8月:22800円
9月:16400円   合計:159400円

平均すると、17700円。全部内食なら一日当たり、約600円。酒代平均100円を足したら700円。(三十路さん、駄目男とも外食費は含まない計算。駄目男の外食は月に7~8回程度)

数字の裏付けなしに正しいけちんぼ生活はあり得ない。よって、かようなデータがあるわけですが、なにしろ、レシートをマグネットで冷蔵庫ドアに貼り付けて、合計金額の積算だけしているだけなので、後でよく見ると「仏花390円」とか、「コーヒーフィルター178円」なんかも混じってたりして、かなり怪しい。でも、これに勝るシンプルな家計簿はないでせうね。

三十路さんのスゴイところは、食費の内容までデータにして公開してること。この表を見ただけで「けちのエリート」と、尊敬の念を抱いてしまいます。

■三十路女の日々サバイバル「年間食費表」
http://www.3suv.com/kakei/gohan.html

 閑話休題。一年くらい前、テレビで、生活保護費受給者の暮らしぶりを伝えるニュースを見た。東京の身寄りのない一人暮らしの老人を写していたが、ナレーションで言うに「一ヶ月の給付金は14万円、ここから家賃と食費4万円を差し引くと、いくらも残らない」・・オイコラ!ちょっと待て、食費4万円とは何事や。なんちゅう贅沢な生活や・・と、ムカついたのでありました。

察するところ、老人は自炊をせずに外食や弁当の買い食いをしているようでした。だったら、一日に千円以上、4万円は要りますよ。風呂も使わず、銭湯通い。要するに、だらしない暮らしが貧しさを助長しているのであります。ニュース番組は同情を誘いたかったのかもしれないが、逆にムカついた○ビ視聴者も相当いたと思います。

たまには外メシ


●うおまん 淀屋橋 odona店

 前述の8日「大阪クラシック」コンサート帰りに寄った店。御堂筋沿い「odona」の地下にあり、客席の大半が個室ふうのしつらえなので、グループ使いに向いています。料亭より下、居酒屋より上、というポジション、ビジネス街にうまくマッチしているのでしょうか。

うおまんって名前、最近よく目にするので、ググッてみたら、関西中心にかなりの店舗展開している業者でした。業態のメインは企業や公共、福祉施設への給食で、あちこちの大企業の社員食堂で給食しているようです。従業員数1600余名とあれば、大手かもしれません。この業界の原点が町なかの「仕出し屋」さんであることを考えれば、すごい変身ぶりです。 

下の料理+酒代で一人4200円ナリ。居酒屋以上、料亭未満のグレードにピッタリの値段でした。

■うおまん 淀屋橋店の案内
http://r.gnavi.co.jp/k021713/

店は地下鉄淀屋橋駅に直結しているので便利です。
うおまん淀屋橋 


一番上がシーザーサラダ。以下、刺身盛り合わせ、さっぱりサラダ、蛸の唐揚げ、牛すじの煮込み、握り鮨、  ほかに枝豆、四万十鶏の味噌焼き、
うおまん2 

うおまん3 

うおまん4 

うおまん5 

うおまん6 

うおまん8終わり

■シーザーサラダの正体
最初に、何気なく注文した「シーザーサラダ」・・のシーザーって何のこっちゃねん? 前から気になってましたので調べました。答えはレシピを考えた人の名前でした。あのジュリアス・シーザーとは関係なしでした。 何のこっちゃねんと気になる人、けっこう多いと見えて、模範解答みたいな情報も用意されているのでコピーします。「シーザーサラダ友の会」管理人さんの文章です。(青色文字がコピー文)

■シーザーサラダの歴史と現状

「アメリカで作られた最も偉大なレシピ」シーザーサラダの誕生には、なかなか面白いドラマがあります。1924年7月14日の暑い夜、メキシコ・ティファナのホテル「シーザーズ・パレス」のことでした。ハリウッドからの客が、大挙してシーザーズ・パレスに押し寄せてきました。

時は禁酒法真っ盛り、パーティーのためにハリウッドから国境を越えて人がやってくることは珍しいことではありませんでした。ただ、その日のシーザーズパレスは、大問題に直面しました。レストランのほとんどの材料が底をついてしまい、この大勢の、突然の客をもてなすには全く足りなかったのです。

このレストラン・ホテルのオーナーである、シーザー・カーディーニは、悩んだ末に、カートにレタス、ガーリックオイル、レモン、卵、パルメザンチーズ、ウスターソース、クルトンとコショウを載せて、客のいるダイニングの中央に進みました。そして、鮮やかな手つきで材料を混ぜ合わせ、一つのサラダを作り上げたのです。そしてこのサラダは、一夜にして伝説となり、西海岸に、全米に、そしてヨーロッパにまで広がっていきました。

1938年、シーザー・カーディーニはホテルを売り払ってロサンゼルスに移り住み、グルメストアをオープンしたそうです。そこは、古いワインボトルに入れられた彼のドレッシングを求める客で繁盛しました。10年後、彼と娘のローザは、会社を作り、瓶詰め、ラベル付きのオリジナル・シーザー・ドレッシングの販売をはじめました。このドレッシングは、いまでもアメリカ中のスーパーで手に入れることができます。

シーザー・カーディーニは1956年に亡くなりました。もちろん、彼のサラダは、いまでも全米で愛されています。
[y
shibana@mail.doshisha.ac.jp]

シーザーサラダ友の会
http://maple.doshisha.ac.jp/etc/caesar/

プチ・ケチの研究


●よう考えるなあ・・① 
はんぶんこ出来る、御飯パック

 電子レンジで2分チンする便利なごはん。これもいろんなメーカーができて過当競争になっています。なんとか、特色を出す、差別化をはかりたいと考えてつくったのが、この「パパッとライス」です。

ふつう、一食180~200グラムのところ、真ん中で仕切って100グラムでも使えますというのがウリです。な~るほど。お茶漬けだけ食べたいときや、麺類といっしょに、ちょこっと食べたいときに重宝なサイズです。チン時間も半分の1分で済みます。売れ行き良かったら、さっそく他のメーカーがマネするだろうから、たちまち横並びになりそうですね。

製造の「はごろもフーズ」って缶詰メーカーのような気がします。買った店は「ローソン100ストア」でした。値段は税込み105円。

               右は普通サイズのご飯パック
パパットライス

読書と音楽の愉しみ


●これぞ、大阪クラシック!

 はや五年目を迎えた「大阪クラシック」今年は9月5日から11日までに87公演が企画されました。駄目男が聴いたのは、中央公会堂とフェニックスホールでの有料公演。といっても、500円ですから助かります。

中之島中央公会堂三階「中集会室」で演奏されたのは、ヴィヴァルディ「調和の霊感」から5番と10番。アンコールに1番。それと、ディッタースドルフのコントラバス協奏曲。下の写真でおわかりのように、バロック音楽とこの古めかしいホールは、雰囲気といい、音の響きといい、これ以上ないといえる相性の良さで、弦楽アンサンブルの魅力を堪能できます。むろん、演奏はスタンディング(立ったまま)で行われます。(9月6日)

ザ・フェニックスホールでは、シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」D667一曲のみの演奏。コンビニであわててチケットを買ったら、最前列の席でした。オーケストラなら最悪の場面ですが、室内楽なので「かぶりつき」席でアンサンブルを楽しめました。(9月8日)

重要文化財のホールでクラシック音楽鑑賞・・500円で贅沢なひとときを過ごすことができました。 聴衆は約300人。

大阪クラシック 中央公会堂

ア・ラ・カルト

●播州たつの散歩  ~信金広報誌「いこい」で紹介~

 平成の大合併により、「龍野」が「たつの」と平仮名書きに変わりました。この町を訪れるのは四十数年ぶりでしたが、観光の町としては、こじんまりして、静かで、自分好みの雰囲気を保っていました。幸い、観光エリアは「龍野」と昔のままの漢字です。

驚いたのは、ここでは国民宿舎が未だに観光拠点として活躍していること。世間では、もう過去の遺物みたいに思われがちですが、宿泊や集会にしっかり機能しています。自分が二十歳代のときに宿泊した記憶があるので、開業は1960年代、堂々たる国民宿舎の老舗です。宿舎の名は「赤とんぼ荘」おお、懐かしい・・と思い出した方もおられるでしょう。

ほかの観光都市と同じように、町並みの整備、ミュージアムなど観光施設の建設がすすんで、昔より中身の濃い観光都市になっていました。龍野は中世から城下町であったうえに、明治からは、三木露風、三木清、矢野勘治、といった文人を輩出したせいか、商売感覚がないというか、ケバイ看板一つ見あたらない地味なたたずまいが好感度を高めています。しかし、人によっては、物足りない、退屈という印象にもなるでしょう。

大阪駅からは、姫路乗り換えで姫新線「本竜野」駅まで100分くらい。桜か紅葉の時分がベストシーズンです。大阪市内でも住所により、ジパング割引が使え、青春18きっぷでも使いでのある観光ポイントです。

下に紹介の「いこい」誌、2010年秋号に快道メーカー流、龍野散歩のガイドを掲載しています。お近くに信用金庫のある方は窓口で尋ねてみて下さい。無料です。(配布していない信金もあります)

■赤とんぼ荘のホームページ
http://www.akatonboso.com/


観光龍野の大功労者、三木露風。いうまでもなく「赤とんぼ」の作詞者
龍野市1

山のふもとにある茶室「驟遠亭」 土日は抹茶の接待もある。
龍野市2

龍野城は、もともと天守閣はなかったらしいが、一部で城郭の復元が行われている。
龍野市3

「表御殿」という建物が藩主の仕事場兼住居であったという。
これも復元された建物。
龍野市4

うすくち龍野醤油資料館。ご存じ「ヒガシマル」の昔の工場を資料館にしていて
入館料10円ナリ。
龍野市5

「いこい」2010年 秋号表紙
龍野市6

たまには外メシ


●ロッジ舞洲のバーベキュー

 大阪市此花区の「ロッジ舞洲(まいしま)」で「BBQ付き一泊プラン」なる夏の臨時企画があったので利用してみました。夕食はテラスでバーベキュー、さらにビール一杯のオマケつきです。
 当日も35度の猛暑日でしたが、海辺ゆえに風もあり、火を使っても汗だくにはなりませんでした。風呂上がりにビールとバーベキュー。きれいな夕陽をバックに、都会とは思えないシチュエーションで、しばし、アウトドア気分を楽しみました。

この企画で、和室10畳室を四人で使った場合、値段は一泊二食付き7400円。朝食はバイキングとなります。(通常価格より若干安い?)戸建てのログハウスもあります。この施設は、当初、大阪市の外郭団体が運営しましたが、ご多分にもれず赤字続き。現在はスポーツ用品メーカー「ミズノ」が委託のかたちで経営しています。会社の社員研修会、スポーツクラブの合宿、修学旅行生の宿泊利用が多いが、もちろん、個人でも利用できます。

遠出して道路や列車の混雑に悩まされるのがイヤな人には、安い、近い、ラクチンな穴場と言えるでしょう。(9月1日~2日)

■ロッジ舞洲のホームページ
http://lodge.maishima.co.jp/howtostay.html


わんぱく舞洲3


わんぱく舞洲2 


わんぱく舞洲1

たまには外メシ


●中之島「GARB WEEKS」

 中之島の島内の飲食店といえば、中央公会堂地下の「中之島倶楽部」くらいしか無かったけど、今夏、公会堂東側にこの店ができて便利になりました。店の雰囲気からして、中之島倶楽部はシニア御用達、この店は若者ご愛用と使い分けられそうです。

運営は、全国でレストランやカフェを展開している「バルニバービ」社。メニューはイタリアン。ワインを豊富に取り揃え、といった感じの店ですが、値段は安い。こんなセンスの店が増えると、「和民」や「笑笑」から若者が遠ざかり、シケたオッサンが取り残されるという、業態の変遷が加速するかもしれない。飛ぶ鳥を落とす勢いだった「和民」も、はや斜陽化しつつあるようで・・。

■和民の赤字転落を伝える時事通信ニュース
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201008/2010081000812

■中之島 GARB WEEKS のHP案内・・・
http://www.garbweeks.com/


屋根をテント地にしてるので、仮設建物のように見えます
中之島ガーブ1 

店内
中之島2 

前菜盛り合わせのプレート(3~4人用)。これだけでもお腹ふくれます。
中之島3 

店の斜め向かいが中央公会堂。夜景がなかなかきれい。
中之島4 おわり 

読書と音楽の愉しみ


●美達大和著「死刑絶対肯定論」を読む

 二件の事件で二人を殺害し、服役中の受刑者が書いた死刑肯定論。自信をもって「凶悪犯はビシバシ死刑にせよ」と説いています。思わず「お前が言うな」とツッコミたくなります。

本書を読んでアタマが混乱しそうになるのは、二人も殺した凶悪犯が書いた本にしては、極めて冷静にして論理的、かつ高い教養に裏付けられた文で自説を述べていることです。ボキャブラリーの豊富さでは、駄目男は勝てない。カントやヘーゲルやモンテスキューを引き合いに出されては、お前、ほんまに人殺ししたんか? と尋問したくなります。

ムショ暮らしについていろいろな事が書いてあるけど、もっともウエイトが大きい記述は、凶悪犯(著者)が観察した凶悪犯の生態、ホンネであります。一般人では絶対経験できない、ムショでの人間観察記です。そして、著者は明快に加害者性悪説を唱えています。但し、全ての殺人犯に対してではなく、上に「凶悪」の二文字がつく殺人犯に対して、彼らは根っからのワルと断じています。

彼らのほとんどは人を殺すという重罪を犯しながら、反省や悔悟の念をほとんど持っていない。むしろ、被害者を恨んでいるケースがままある。民家へ盗みに入って家人に見つかり、騒いだので殺した。おとなしくしていれば殺す必要はなかった。捕まったのは被害者の対処が悪いせいである。ま、こんなふうに運の悪さを嘆き、被害者を恨む。

もっとも、法廷では、こんなホンネを言うはずがない。罪を認め、心にもない謝罪の言葉も述べる。そんなことは十分わきまえているし、弁護士から指図されることも普通にある。 そんな、凶悪にして反省ナシの面々が暮らす刑務所は・・「明るい暮らし」の雰囲気十分なのであります。著者は重罪ながら初犯だったので、この風景を見て「本当に、みんな人殺しか?」と驚く。それほど罪の意識は薄い。こんな連中が刑期を終えて再び世間に戻ったら・・まじめに更生してフツーの人として社会にとけ込むことはほとんどない。

一方で、著者は、被害者や遺族の苦しみ、無念は生涯消えることなく、加害者の何倍もの苦痛を背負わされる。加害者の「明るいムショ暮らし」を知れば、到底、許す気にはならないだろうと言います。まさに「お前が言うな」としかいえないけれど、著者が見た刑務所、殺人犯のありさまは、かくのごとしであります。

本書を読んだ人が、幸か不幸か裁判員に選ばれたら、確実に被告への心証は悪くなります。特に無抵抗の子供を殺したり、女性を強姦のあげく殺した犯人などには、情状酌量の余地などなくなるでしょう。

駄目男も明快に死刑存続論者であって、この考えは生涯ぶれない。死刑廃止論者は世間知らずの偽善者だと思っている。(新潮新書 2010年7月発行 700円+税)

死刑に関する記事、前にも書いたような・・と思って探したら、カテゴリー「閑人帳」08年6月10日~13日に「死刑廃止論はなぜ支持されないか」の題で書いていました。おひまな人はどうぞ。(1~3連載)
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-entry-353.html

本 死刑肯定論